FF14で現代ダンジョン 作:黒蓮
ダンジョンに【魂の再構築】が実装されてから数ヶ月が過ぎた頃――
【CASE1 とある女性会社員】
月曜日の朝、オフィスは始業前から重苦しい静けさと、どこか浮足立った噂話に包まれていた。
都内のIT企業で働く香菜は、デスクでPCの電源を入れながら、同僚たちの会話にそっと耳を傾けた。
「おい、健がダンジョンで死んだらしいぞ」
「マジかよ。でも、ロビーのクリスタルで無事に別種族になって生き返ったらしい。今日から出社してくるってさ」
香菜はデスクの上のマグカップを両手で包み込みながら、複雑な吐息をついた。
数日前、同じ部署の同期である健から告白されていた。
健は真面目で優しく、仕事も手際が良い誠実な青年だ。だが、香菜にはどうしても譲れない条件があった。彼女は極度の面食いだったのである。
健の容姿は決して悪くはないものの、どこか垢抜けず地味で、眼鏡の奥の目も細い。香菜が理想とする背が高く身のこなしのスマートなイケメンとは、あまりにもかけ離れていた。
同じ部署で気まずくなるのは嫌だったため、返事は少し考えさせてほしいと保留にしていたが、この週末明けにやんわりとお断りしようと心に決めていた矢先の出来事だった。
健が友人たちと興味本位で出かけた初心者向けの浅層ダンジョンで、運悪くゴブリンの奇襲を受けて頭を殴られたという。
(健くん、かわいそうに。でも種族変更って完全にランダムでしょう?もしゴツゴツした緑色の巨漢や、幼児体型になって帰ってきたら、ますますお断りする理由が増えちゃうな…ごめんね、健くん)
香菜がそんな申し訳なさと諦めの混ざった思考に沈んでいたとき、カチリとオフィスの扉が開いた。
「おはようございます。ご心配をおかけしました……」
静かに入ってきた声に、フロア中の視線が一斉に注がれる。香菜も何気なくそちらへ顔を向けた。
その瞬間、香菜の手からマグカップが滑り落ちかけた。慌てて両手で抑え込んだものの、心臓が爆発したかのような激しい音を立て始める。
そこに立っていたのは、かつての地味な健の面影など微塵もない人物だった。
銀色の毛並みを誇るしなやかな猫耳と、腰元から伸びる優美な尻尾。切れ長の美しい瞳に、すっと通った高い鼻筋。
以前の少し猫背だった姿勢は、どこか気だるげで洗練された立ち姿へと変わり、ワイシャツの上からでもはっきりとわかる引き締まった身体つきをしていた。
ミコッテ男性。通称オスッテ。
(嘘でしょ、あの人が健くん?私の理想をそのまま形にしたような超絶イケメンじゃないの!)
香菜の頭の中は一瞬でパニックに陥り、視線は彼の整った顔立ちと、周囲の反応に困惑してぴこぴこと揺れる銀色の耳に釘付けになった。
昼休み。オフィスの隅にある給湯室の近くで、健は一人、新しい自分の尻尾を垂らして深く落ち込んでいた。
「はぁ……。ただでさえ香菜ちゃんに告白の返事を保留にされてるのに、こんな猫みたいな見た目になっちゃって……絶対振られるよ……」
健が自嘲気味につぶやいたその時、壁を強く叩く乾いた音が響いた。
ドン、と背後の壁を叩かれた健が驚いて顔を上げると、そこには顔を真っ赤に染め、瞳をギラギラと輝かせた香菜が立っていた。逃げ場を塞ぐ完璧な姿勢である。
「か、香菜ちゃん!?」
「健くん! 私、決めたの。先週の告白の返事だけど」
香菜は健の切れ長で美しい顔と、不安げに揺れる可愛い猫耳を交互に見つめ、息を荒げながら叫んだ。
「喜んでお受けします! 私と付き合ってください!」
「えっ!? あ、いや、でも俺、こんな猫の耳とか尻尾が生えちゃって……」
「それがいいんじゃない! 最高にカッコよくて可愛くてエモいよ! どうして今までダンジョンで死んでこなかったのバカ!」
「ええええええええ!?」
廊下に健の困惑しきった悲鳴がこだました。
数ヶ月後。
香菜のSNSアカウントは、すっかり惚気専用のものへと変貌を遂げていた。
『彼氏が寝ている時、耳がピクピク動くのが尊すぎて無理』
『ちょっと不機嫌な時に尻尾がバタンバタン揺れるの、格好良すぎて心臓が止まる』
『元々性格はすごく優しかったから、今のイケメンな見た目が合わさって本当にパーフェクト超人、モンスターさんありがとう!』
投稿の端々に物騒な感謝が混ざりつつも、タイムラインには幸せそうな写真が並んでいる。
一方の健は、突然怒涛のような愛情を注いでくるようになった香菜に戸惑いつつも、自分を受け入れてくれた彼女の隣で、嬉しそうに銀色の尻尾をゆらゆらと揺らしていたのだった。
一度命を落とすという悲劇すらも、ダンジョンの蘇生システムという偶然の奇跡にかかれば、思いもよらないハッピーエンドへと繋がっていく。
香菜のような素直すぎる手のひら返しは世界中で多発し、人間の価値観と恋愛事情は、ダンジョンという存在によって強制的に新たなフェーズへと押し上げられていくのだった。
◆
【CASE2 とあるオタク夫婦】
達也と沙織は、学生時代からゲームやファンタジー小説の趣味が合い、そのままゴールインしたオタク夫婦だった。
沙織は優しく、料理上手で、達也の趣味や価値観を完璧に理解してくれる最高の妻だ。達也にとって、沙織は容姿以外はすべてがパーフェクトな女性だった。
なぜ容姿以外なのか。それには、達也が社会的な死を恐れて妻にすらひた隠しにしてきた、ひとつの理由があった。彼は極度のロリコン、すなわち幼い少女の容姿をこよなく愛する性癖の持ち主だったのだ。
自分の歪んだ性癖は墓場まで持っていく。大人の女性である沙織を、夫として一生愛し抜く。
そう心に誓って生きてきた達也だったが、現代に突如現れたダンジョンは、そんな夫婦にとって最高のテーマパークとなっていた。休日になれば二人で中級の装備を身にまとい、気分は勇者と魔法使いだねと笑い合いながら、楽しく浅層を探索するのが恒例の過ごしかただった。
しかしある日、事件は起きた。
浅層に運悪く出現した強力なモンスターの激しい攻撃から、沙織が達也を庇い、命を落としてしまったのだ。
「沙織ぃぃぃぃ!!」
光の粒子となって消えていく妻の姿に向かって、達也の痛切な叫びが響き渡る。
達也はすぐさまロビーの再生の大結晶へと走り出した。
息を切らしながらロビーまで辿り着いた達也は、静かに佇む巨大なクリスタルを見やる。
その瞬間だった。
重厚なクリスタルから、溢れんばかりの眩い再生の光が放たれた。
青白く神秘的な光が周囲を優しく包み込み、ゆっくりと収束していく。光の粒子が集まり、そこにひとつの影が形作られていった。
眩い再生の光が収まると、そこには無傷の沙織が膝をついていた。
しかし、その姿は大きく変化していた。三十代の成人女性だったはずの彼女は、身長九十センチほどのぽっちゃりとした可愛らしい姿を持つ種族、ララフェルの女性へと変貌を遂げていたのである。
「た、達也くん……?」
沙織は自分の小さくなった手と、子供のように低くなった視界に気づき、ポロポロと大粒の涙をこぼし始めた。
「どうしよう……私、こんな子供みたいな姿になっちゃった。……嫌いにならないで……!」
小さな身体を震わせて泣きじゃくるララフェルの妻。
普通なら、夫も突然の出来事に困惑し、どう慰めるべきかと狼狽する場面だ。
しかし、達也の内心は完全勝利した大歓喜状態だった。
(神よ。職人神様、ダンジョン様。ありがとう。俺の最愛の妻が、性格も記憶もそのままに、合法ロリになって帰ってきた!!)
脳内でけたたましいファンファーレが鳴り響き、こみ上げる鼻血を必死に堪えながら、達也は夫としての完璧な演技を開始した。
達也は静かに膝をつき、泣いている小さな沙織を優しく抱きしめた。
「沙織。何を言っているんだ」
「えっ……?」
「君がどんな姿になろうと、どんな種族に変わろうと、君は僕のたった一人の愛する妻だ。外見なんて関係ない。君のその優しい魂を、僕は一生愛し続けるって誓ったじゃないか」
外見がララフェルになったことで俺の中のお前は完全体、むしろ満点を超えて百億点になったよ。最高だ。
「た、達也くぅぅん……っ!」
溢れ出る感動を抑えきれず、沙織は達也の胸に顔を埋めて号泣した。
ロビーでこの光景を見守っていた他の探索者たちも、なんて素晴らしい夫婦愛だと感動し、姿が変わっても見捨てない本物の男だと目頭を押さえながら惜しみない拍手喝采を送っていた。
数ヶ月後。
達也と沙織の種族の壁を越えた夫婦愛は、ギルド界隈でも有名な美談として語り継がれていた。
しかし、実際の彼らの自宅の様子は、周囲の感動的なイメージとは少々、いや大いに異なっていた。
「さーおちゃん! 今日は海外のサイトで特注した、このフリフリのエプロンドレスを着てみて! 絶対に似合うから!」
「ええ〜? 達也くん、最近私の服を買うペースが早すぎない? しかも可愛い子供服みたいなデザインばかりだし……」
沙織は少し呆れたような声を出しつつも、夫が自分の新しい姿を受け入れてこんなにも可愛がってくれるのならと、まんざらでもない様子で着替えに向かった。
元々ファンタジー好きの彼女にとって、魔法少女のような可愛らしい衣装を着ること自体は決して嫌いではなかったのだ。
ララフェルになった妻を膝の上に乗せ、その柔らかい髪を愛おしそうに撫でながら、達也は恍惚とした表情を浮かべた。
犯罪にならない。警察にも捕まらない。正真正銘、俺の戸籍上の妻だ。ララフェル最高。ダンジョン最高。
最愛の妻の悲劇的な死と種族変更は、夫が決して口にできなかった業の深い性癖と、完璧すぎる化学反応を引き起こしてしまったのだった。
周囲からは外見が変わっても愛を貫く理想の夫として称賛を受けつつ、達也は内心で力強くガッツポーズを決め、今日もララフェルの妻を世界一甘やかす最高に幸せな日常を謳歌しているのだった。