FF14で現代ダンジョン 作:黒蓮
政財界にその悪名を轟かせていた大物投資家、剛三の八十二年の人生は、傲慢と搾取の歴史そのものだった。
他人の会社を乗っ取り、負債を押し付けてしゃぶり尽くす。他人を踏み台にし、金と権力だけを信じて生きてきた男だ。当然、敵は数知れず、血の繋がった親族や実の息子たちからすらも、強欲な独裁者として底知れぬ憎悪を向けられていた。
剛三自身、己の肉体が老いと病魔に蝕まれ、余命いくばくもないことは悟っていた。だが、死を受け入れて大人しく財産を譲り渡すつもりなど毛頭なかった。
そんな剛三が着目したのが、現代の悪夢であり奇跡でもあるダンジョンの「魂の再構築」だった。
人間の寿命は精々八十から九十。だが、長寿種族である『ヴィエラ』になれば、その寿命は二百五十年に及ぶという。ヴィエラにおける八十歳など、人間で言えばまだ二十代後半から三十代前半の青年に過ぎない。
病に侵され、老いさらばえた肉体を捨て、長大な寿命と若さを手に入れる。剛三にとって、それは完璧な「第二の人生」の獲得になるはずだった。
剛三は秘密裏に億単位の裏金を使い、非合法な者たちを雇い入れた。そして彼らに自分をダンジョンへと運ばせ、苦痛なく殺してもらったのだ。
『どうせ一度死ねば、新たな器を得てロビーに戻れるのだ。痛みなど一瞬のことよ』
そうして一瞬で首を落とされた剛三は、計画通り、第一層ロビーにそびえ立つ巨大な『再生の大結晶』の前で目を覚ました。
「ふはは……! 成功だ! 成功したぞ……!」
剛三は自分の手を見つめ、歓喜の声をあげた。
皺とシミだらけだった皮膚は瑞々しい張りを取り戻し、頭部からはヴィエラ特有のしなやかで長い兎耳が伸びている。白内障で濁っていた視界はクリアになり、全身に圧倒的な生命力がみなぎっていた。
持ってきた手鏡で自分の顔を見る。寿命二百年以上の肉体を得たことで、外見は見事なまでに美しい青年のそれへと若返っていた。
「よし、この身体の長い寿命があれば、この国を支配することだって……!」
だが、歓喜に震える剛三がまだ気づいていなかった事実があった。
肉体は若返っても、凝り固まった精神の衰えまではリセットされないということ。そして何より――この「名もなき若い肉体」には、かつての権力も資産も、一切紐付いていないという凄惨な現実だった。
◆
「おい、何を言っているんだお前たちは! 私が剛三だ! この会社の筆頭株主で、お前たちの父親であり、上司だぞ!」
数日後、自身の持つ投資会社の本社ビル・最上階の役員室で、ヴィエラとなった剛三は怒号を飛ばしていた。
だが、高級なスーツに身を包んだかつての部下や実の息子たちは、まるで汚物を見るかのような冷ややかな視線を一斉に剛三へ向けるだけだった。
「警備員を呼びなさい。身元不明の青年が不法侵入し、死んだ前会長のふりをしていると」
新社長の座に収まった長男が、手元の書類から顔を上げずに吐き捨てる。
「待て! 私にしか知らない隠し口座の暗証番号を言えるぞ! それにDNA鑑定をしろ! 私の指紋を調べれば……!」
「無駄ですよ」
かつて剛三に徹底的に虐げられ、復讐の機会を虎視眈々と狙っていた専務が、冷酷な笑みを浮かべて囁いた。
「種族が変われば、指紋も声紋も、DNAの塩基配列などのバイオデータもすべて変質する。それに……今、世の中の種族変更に関する法整備がどうなっているか、ご存じないのですか? 本人確認の制度など何も追いついていない。あなたが『剛三氏本人である』と証明する法的手段は、この世に存在しないのですよ」
「な……っ!?」
「さらに言えば」
長男が冷たく言い放つ。
「偉大なる我が父、剛三は、ダンジョン内でモンスターに行く手を阻まれ、悲劇的な事故死を遂げました。死亡届はすでに受理され、遺産相続の手続きは滞りなく進んでおります」
「き、貴様ら……最初から私を……っ!」
剛三はすべてを悟った。
親族や元専務たちは、剛三がダンジョンへ向かう計画を事前に知った上で、あえて泳がせていたのだ。剛三が自ら肉体を捨て、「法的な本人確認が不可能な別の種族」になるその瞬間を待って。
全ては、剛三を心の底から憎んでいた敵対者たちと、遺産を貪り食おうとする親族たちが共謀して仕組んだ、完璧な罠だった。
制度の穴を突かれ、法的に「死亡した人物」と処理された剛三は、どれほど叫ぼうと、どれほど以前の秘密を語ろうと、「死亡した大富豪の資産を狙う、狂った詐欺師の若者」として処理されるしかなかった。
駆けつけた屈強な警備員たちに両腕を掴まれ、剛三は無惨にも自社ビルからつまみ出された。
◆
警察に突き出されそうになりながらも必死で逃げ出し、着の身着のまま夜の街へと放り出された剛三には、身分証明書も、銀行口座も、帰る家すら残されていなかった。
降りしきる冷たい雨の中、剛三は震える手で懐を探る。
ダンジョンに行く直前、お守り代わりにポケットに入れておいた、特注の『純金製ライター』だけが残っていた。かつては数百万円の価値があった業物だ。
(これさえ換金できれば、当面の資金にはなる……。再起して、あいつらに絶対に復讐してやる……!)
裏路地にひっそりと店を構える怪しげな買取所に飛び込み、剛三はカウンターに純金製のライターを叩きつけた。
「こ、これを現金に換えろ! 混じりっけなしの純金だぞ!」
だが、ルーペでライターを見た初老の店主は、鼻でふんと笑ってそれを剛三へ突き返した。
「あんた、山奥で世捨て人でもやってたのか? こんなもん、大した価値もねえよ」
「な……なんだと!? 純金だぞ!?」
「だからだよ。ダンジョンの第三層で『金鉱脈』がゴロゴロ見つかってからというもの、純金の価値なんか大暴落してんだ。今や金は有限の鉱物じゃねえ、その辺の鉄くずと変わらねえよ。他を当たりな」
「あ……ああ……」
店から追い出され、剛三は泥だらけのアスファルトに膝をついた。
己が信じて疑わなかった「金の力」が、このダンジョン時代において完全に無力化していたことを、剛三は痛烈に思い知らされた。
(なぜだ……! 私は二百年の若さと生命を手に入れたのだぞ! なのに、なぜこんな惨めな目に……!?)
その日の深夜、剛三は雨の降る薄暗い路地裏を力なく歩いていた。
すると突如、横付けされた黒い大型ワゴンのドアが勢いよく開き、数人の大柄な男たちが飛び出してきた。
「な、なんだお前たちは――ぐっ!?」
抵抗する隙すらなかった。
剛三はあっけなく男たちに組み伏せられ、口を塞がれたまま強引に車内へと引きずり込まれた。
バンと重いドアが閉まり、車が急発進する。
薄暗い車内の後部座席には、白衣を着た冷徹な眼光の男が座っていた。男は身よじる剛三を見下ろし、嘲笑を浮かべていた。
「……ひっ!?」
「ははは、いいざまだな。政財界で恐れられた強欲な悪魔も、首輪を外されればただのひ弱なウサギちゃんか」
「き、貴様は……私がかつて潰した製薬会社の……!」
「ご名答だ」
白衣の男は足を組み、冷酷な笑みを深めた。
「あんたの息子や専務は、本当に優秀なビジネスマンだよ。あんたから奪った莫大な資産の一部を、私のような非合法な研究機関に惜しみなく投資してくれたんだ。……『あの老害に最高の地獄を見せてやってくれ』という言葉と共にな」
「ひっ……!」
剛三はシートに背中を押し付け、ガタガタと震え出した。
「ヴィエラ族の肉体……特にその二百五十年という異常な長寿を支える細胞のテロメア構造は、我々研究者にとって喉から手が出るほど欲しい検体でね。まだサンプルが少ないんだよ」
白衣の男は剛三の長い耳を乱暴に掴み、顔を近づけて冷酷な二択を突きつけた。
「さて、元会長さん。お前に選択肢をあやろう。『今すぐここで殺されて、解剖用の肉塊になる』か、『生き恥を晒しながら、我が研究所のモルモットとして実験材料になる』か……どちらかを選べ」
「な……解剖……モルモットだと……!?」
剛三の顔から完全に血の気が引いた。
かつて金を積み、人の命すら顎で使っていた男が、生きたまま解剖されるか、人体実験の材料にされるかを迫られている。あまりの惨状にプライドは粉々に砕け散り、恐怖で歯の根が合わなくなった。
「死ねば解剖だ。だがモルモットなら、生きてはいられる。あんたの望んだ『長い寿命』をたっぷりと満喫できるぞ。……さあ、どうする? 」
男たちの冷たい視線が刺さる。断ればこの場で殺され、肉を切り刻まれるだけだ。
頼れる者は一人もおらず、この街の誰も、自分を救ってはくれない。
(私は……投資家の剛三だぞ……! 世界を金で動かしていた、あの剛三なんだ……!)
心の中でどれほど虚しい叫びをあげようと、突きつけられた現実は変わらなかった。
死ぬことも許されず、生きる術も奪われた男に残された選択肢は、はじめから存在しなかったのだ。
「……モルモットだ……。生かしてくれ……頼む、殺さないでくれ……っ!」
絶望に顔を歪め、ボロボロと涙と鼻水を流しながら命乞いをした。
「ククク、賢明な判断だ」
黒塗りの車は、闇に包まれた街を疾走していく。
車窓の外を流れる街の明かりを見つめながら、剛三は自分の愚かな選択を呪い続けた。
手に入れたのは、輝かしい第二の人生などではない。
復讐者の手中で、これから何十年、あるいは百年以上にもわたって、狭いガラス張りの実験室で未知の薬液を注射され、臓器を調べられ、ただ生かされたまま観察され続けるという、終わりなき拷問の始まりだった。
皮肉にも剛三が熱望して手に入れたその「長すぎる寿命」が、彼に永遠の地獄を味わわせる最大の鎖となる。
若く美しいヴィエラの青年の身体は、冷たい車の中で、ただ絶望に震え続けることしかできなかった。
◆
【DDネットニュース】
【訃報】有名投資家の剛三氏、ダンジョンで死亡 種族変更直後に再び突撃か
IT・社会ニュース|20XX.10.12
著名な投資家として知られる剛三(ごうぞう)氏(82)が、都内のダンジョン内で死亡したことが、警察およびダンジョン管理公社の発表で分かった。剛三氏は先日、種族変更(魂の再構築)を目的として同ダンジョンに入り、長寿種族として知られる「ヴィエラ」への種族変更を果たしたばかりだった。
関係者によると、剛三氏はかねてより高齢による健康状態の悪化や老いを懸念しており、若さと長大な寿命を得るために意図的にダンジョンで死亡し、再生の大結晶による種族変更を試みたとみられる。
一度目の蘇生後、剛三氏は20代前半相当の若いヴィエラの肉体を手に入れたことで著しく興奮した様子を見せており、周囲の制止を振り切って「若返ったこの肉体なら何でもできる」などと叫び、そのまま再びダンジョンへと単身突撃していったという。
しかし、ダンジョン内での蘇生機能(魂の再構築)は1人につき人生で1回のみであり、2度目の死亡時には機能しない。剛三氏は突入後間もなく第二層で凶暴なモンスターと遭遇し、命を落としたとみられている。
目撃者の一人は「若いヴィエラの姿になって大はしゃぎしていた。装備もまともに整えず、以前の老人の感覚と新しい肉体の能力差を過信していたようだ。あまりに軽率だったと言わざるを得ない」と証言している。
親族および所属していた投資会社は「本人の身勝手な行動により大変なご迷惑をおかけした。法的な死亡手続きを粛々と進める」とコメントを発表している。
近年、若返りや寿命延長を目的に意図的に死亡し、種族変更を試みる高齢者や権力者が相次いでいるが、公社では「蘇生は1度きりの奇跡であり、肉体が若返っても探索者の知識や技術が身につくわけではない。非常に危険な行為である」として、改めて強い注意を呼びかけている。