FF14で現代ダンジョン 作:黒蓮
桜の蕾がほころび始めた早春の午後。
卒業証書が納められた筒を片手に、閃はどこか晴れやかな心地で高校の校門をくぐり抜けた。
周囲の同級生たちが大学進学や就職といったそれぞれの未来へ胸を躍らせる中、閃の進路希望調査票には、ただ一行『探索者』とだけ書かれていた。
(さて……いよいよ本格的に、あっちが本業になるな)
卒業後、閃が最初に行った手続きは、都内の格安アパートの契約だった。
築年数が経過した家賃数万円の小さな一室。世間体としての「住所」と「拠点」を地上に残しておくための最低限の足がかりだ。
だが、彼にとっての本当の「我が家」は別にある。
「――おかえりなさいませ、閃様」
アパートの自室の扉を固く施錠し、テレポを唱えて転移した先。
視界に広がったのは、澄み渡る青空と柔らかな海風がそよぐ南国リゾート――『ミスト・ヴィレッジ』だった。
波の音が心地よく響く広大な敷地には、閃が自らクラフトスキルを駆使して建てた重厚かつ美しい白壁のハウスが佇んでいる。出迎えてくれたアウラ族のルトラが、胸元に手を当てて優雅に一礼した。
「ああ、ただいまルトラ。今日で高校の登校も終わりだ。これからはずっとこっちにいられる」
「まあ……! それでは、これからは毎日、閃様のお食事や身の回りのお世話を心置きなくさせていただけるのですね」
ルトラが心底嬉しそうに角を揺らし、温かな笑みをたたえる。その背後から、「マスター!」と軽やかな足音を立ててミコッテ族のミエルが飛び出してきた。
「卒業おめでとうだにゃ、マスター! これで朝早く起きて学校に行く必要もなくなって、ずっとダンジョンに潜り放題だにゃん!」
「はは、潜り放題というか……クラフトとハウジングの続きだな。まだ内装も手付かずの部屋が多いから」
閃が苦笑しながら答えた、その時だった。
「――ちょっと待って!」
庭園のアーチから、朱赤のコートを羽織ったエリカが勢いよく駆け寄ってきた。
レイピアを腰に下げた彼女は、少し息を荒らげながら、真剣そのものの瞳で閃の眼前に立ちふさがる。
「閃くん! 実家を出てこっち生活するって……本当なの!?」
「ん? ああ。前に言ったろ。ダンジョン探索と、クラフト作業で手いっぱいだからな。実家に帰ってる時間が惜しい」
そう言って閃が頷くと、エリカは一瞬だけ言葉を詰まらせ、それから頬を真っ赤に染めながら、意を決したように拳をギュッと握りしめた。
「じゃあ……じゃあ、私も……! 私も、この家に住みたい!!」
「……え?」
思いがけない申し出に、閃は思わずまばたきをした。
「だ、だって……! 閃くんがこれからずっとここに住むなら、わざわざ通うよりここに住んだ方が絶対に効率がいいわ! それに……その……」
語尾を濁しながら、エリカは恥ずかしそうに視線を泳がせる。
「閃くんの側にいたいの、ずっと……だめ、かしら……?」
上目遣いでまっすぐに見つめてくるエリカ。
その隣で、ミエルが「おや〜? エリカちゃん、ついに同棲のおねだりだにゃ〜?」とニヤニヤしながら冷かしている。ルトラもまた、微笑ましいものを見るような温かな眼差しを向けていた。
閃は少しの間考え込むように顎に手を当てたのち、フッと口元を緩めた。
「ダメなわけないだろ。エリカにはいつも前衛で助けられてるし、部屋なら山ほど余ってる」
「ほんとう……!?」
「ああ。ちょうど二階の南側に、日当たりのいい大きめの部屋があるんだ。景観もいいし、好きに使ってくれていいぞ」
閃がそう答えた瞬間、エリカの顔がパッと花が咲いたように輝いた。
「ありがとう、閃くん……! 私、最高の部屋にするわ! 家具も閃くんに作ってもらおうかしら……!」
子供のように喜ぶエリカの姿に、閃も自然と笑みがこぼれる。
地上の格安アパートと、ダンジョン内に聳え立つ大邸宅。
世間からは相変わらず『謎の職人神』として畏怖され、ネットを賑わせ続ける閃だったが、この温かなハウスで仲間たちと過ごす穏やかな日常こそが、彼にとっての本当の生活の始まりだった。
◆
エリカの引っ越し作業は、まさに怒涛の勢いだった。
「これと、この服と……あ、この本も持っていかなきゃ! 今日の夕方には荷物全部運び込むわね!」
地上に戻り、実家からウキウキで私物をまとめて転移してきたエリカは、さっそく二階の南側の部屋へと飛び込んでいった。
日当たりの良い窓からは澄み切った青い海と綺麗な白い砂浜が一望でき、彼女は「最高のロケーション……!」と感極まったように歓声を上げている。
「よし、それじゃあ約束通り、エリカの部屋の家具を作るとするか」
閃は作業着代わりにいつものジャージの袖を捲り上げると、ハウス敷地内にある工房へと向かった。
オーク材の木香が漂う工房で、閃は手際よく木材を削り出し、魔法の仕上げ塗料を塗り重ねていく。
「エリカの部屋だからな。シックな天蓋付きのベッドと、勉強や作業がしやすいドレッサー付きのデスク、あとはコートが掛けられる大きめのワードローブか……」
トントン、カンカンと心地よい工具の音が響き、あっという間に高級ホテルも青ざめるような極上の木製家具一式が組み上がっていく。
横で見学していたミエルが「相変わらずマスターのクラフト速度はおかしいにゃ……」と呆れ顔で感心していた。
家具の組み上げと仕上げのエンチャントを終え、ふと汗を拭った閃の視界に入ったのは、庭の隅で青く清らかな光を放っている小型のクリスタル――『プライベートエーテライト』だった。
(そういえば、そろそろかもな……)
閃は顎を摩りながら、現在の地上市場の動向に思いを馳せた。
ダンジョン攻略の進行に伴い、かつては高額だった『テレポの呪符』の素材の供給が増え、市場価格もだいぶ落ち着いてきている。今やタクシー代程度の値段で取引されるようになっていた。
(移動手段のコストが下がってきたなら、解禁してもいい頃か。いちいちダンジョン入口のエーテライトを経由するのも面倒だろうし……個人やギルドの拠点に直接飛べる『プライベートエーテライト』と、ついでに他のクラフトレシピを教えてやるか)
閃はPCを開くと、自身が運用する職人公式アカウント(@Craft_God_Unknown)の掲示板・データベース更新ページを開いた。
そして、日々のハウス生活を彩るための『各種庭用クラフトレシピ』をまとめて投下した。
【工房データベース更新】庭園用オブジェおよびリラクゼーション用庭具のレシピ公開
本日、ハウスおよび拠点用の各種庭具レシピを公開・追加しました。
適正レベルの裁縫・木工・鍛冶・彫金スキルがあれば作成可能です。
【木彫りのベンチ&テーブル】(日光浴やティータイム用)
【岩造りの屋外温泉(湯浴みセット付)】
【潮風の噴水(ライトアップ機能付)】
【小型プライベートエーテライト】(※『テレポの呪符』の着地点として登録可能。個人宅やギルドハウスの庭に設置すると、どこからでも一瞬で帰宅可能)
【ガーデン・トピアリー(各種モンスター型)】(庭のアクセントに)
温泉や噴水といった、誰もが欲しがる「癒やし系庭具」のラインナップの4番目に、ごく自然な顔をして『空間転移の座標指定用装置』を放り込んだのだった。
「よし、こんなもんでいいか」
投稿ボタンを送信した閃は、特に深掘りすることもなくPCを閉じると、完成した家具を担いでエリカの部屋へと向かった。
◆
数分後。
エリカの部屋に重厚な天蓋付きベッドと純白のドレッサーが完璧な配置で設置された。
「うわあぁぁ……っ! すごい、すごいわ閃くん! まるで物語に出てくるお姫様の部屋みたい……!」
エリカは目を輝かせ、ふわふわのマットレスの上に飛び込むと、幸せそうに頬をすり寄せた。
「気に入ってくれたならよかった。まだ棚とか欲しいものがあればいつでも言ってくれ」
「うん! ありがとう、閃くん……! 私、本当にここに住むんだなぁ……」
エリカが感無量の面持ちで部屋を見回していると、階下からルトラの上品で爽やかな声が響いてきた。
「閃様、エリカさん! お引越しのお手伝いとお部屋の完成、お疲れ様でした。冷たいハーブティーと焼き立てのスコーンが入りましたよ」
「あ、いくー! ルトラさんのスコーン大好きなの!」
「マスター! エリカちゃん! 早く来ないとミエルが全部食べちゃうにゃー!」
廊下から賑やかな声が聞こえ、閃とエリカは顔を見合わせてクスリと笑い合った。
「さ、降りようか。今日からは毎日、みんなで夕飯を食べられるな」
「……うん! 行こう、閃くん!」
夕陽が南国の海を黄金色に染めていく中、ミスト・ヴィレッジの我が家には、どこまでも温かく穏やかな時間が流れていた。
夕闇がすっかり深まり、ミスト・ヴィレッジの夜空には吸い込まれそうなほど美しい星々が瞬いていた。
暖炉の火が心地よくパチパチと薪を跳ねさせるリビングで、ルトラ特製の魚料理と焼き立てのスコーンを全員で平らげた四人。引越し初日の賑やかな夕食を終え、それぞれがバスタイムを済ませた頃には、夜もすっかり更けていた。
「ふぅ……さて、俺もそろそろ寝るか」
閃は一足先に自室へと引き上げ、2階の主寝室へと向かった。
自分のために作ったその部屋の中央には、大人3〜4人が余裕で横になれるほどの豪奢なキングサイズベッドが鎮座している。上質なシルクのシーツに体を沈め、天井を見上げる。
(実家の狭い布団から、一人暮らしのアパートを経て、これか……)
実家を出て、高校を卒業し、真の意味で自分の人生と拠点を手に入れた最初の夜。
どこか誇らしく、そしてかすかな寂しさを孕んだ独特の静寂が胸を満たす。
目を閉じ、ゆっくりと意識をまどろみに委ねようとした——その時だった。
カチャリ、と静かなドアノブの音が静寂を破った。
(ん……?)
閃が体を起こすより早く、滑り込むように部屋に入ってきたのは、濡羽色の髪を解きほぐしたエリカだった。
着慣れた薄手のルームウェアからは、お風呂上がり特有の甘い湯気とハーブの香りが漂っている。
「……閃くん、起きてる?」
「エリカ?」
エリカはモジモジと指先を絡め、頬を熟した林檎のように真っ赤に染めながら、ゆっくりとベッドの傍らまで歩み寄ってきた。上目遣いの瞳は、潤んで揺れている。
「閃くん、あのね…私…」
「ちょっとズルいにゃー! エリカだけ抜け駆けは許さないにゃん!」
閃が言葉を言い切る前に、ドアの隙間からすばしっこく飛び込んできたのはミエルだった。
普段の軽快な装備とは一転、薄桃色のフリルがついたキャミソール姿で、豊満な胸元やしなやかな太ももが惜しげもなく露わになっている。ピコピコと動く猫耳と尾が、興奮を隠しきれずに揺れていた。
「ミ、ミエル!? なんでここに……っ!」
「ミエルだってマスターとイチャイチャしたいにゃ! 卒業祝いだと思って、今夜はミエルたちの甘え攻めを受け止めるにゃ!」
「ちょっとミエル、静かにしなさいよ! ルトラさんに聞かれたら……っ」
「ふふ、もう聞いておりますよ」
最後に優雅な足取りで入ってきたのは、ルトラだった。
しっとりと濡れた濃紺の髪を肩に流し、胸元が深く開いた藍色のシルクガウンを纏っている。アウラ族特有の妖艶な角と、しなやかなボディラインが月光に照らされて神々しいほどの美しさを放っていた。
「……ルトラまで?」
閃が目を丸くすると、ルトラは恭しく、しかし決して逃がさないという強い意思を込めた瞳で微笑んだ。
「閃様。今夜はご家族からの『独り立ち』をされた記念すべき最初の夜です。これからは私どもが、閃様のあらゆる『欲求』とお体のお世話をお引き受けいたします……覚悟なさってくださいね?」
「え、あ……いや、待て、三人とも——」
「待たないわ! 閃くん……私、もう我慢しない……っ!」
「マスター、今夜は朝まで逃がさないにゃ〜ん!」
「閃様……どうぞ、私たちの全てをお受け取りくださいませ」
その言葉を合図に、三人の美女たちによる怒濤の誘惑が吹き荒れた。
手狭なアパートの格安の一室とは対極にある、ダンジョン内の豪奢な我が家で——閃の「独り立ち」を祝う、どこまでも熱く、甘く、終わりのない夜が更けていった。