FF14で現代ダンジョン 作:黒蓮
ミスト・ヴィレッジの白亜の豪邸。
柔らかな朝の光が差し込む寝室で、閃は姿見の前に立ち、一つ大きな溜息をついた。
「……やっぱり、もう限界か」
鏡に映っているのは、着古した「あずき色のジャージ」を着た冴えない自分だ。
これまでは「目立たず平穏なスローライフを送るためのカモフラージュ」として愛用してきた最強の防具(見た目)だったが、状況がそれを許さなくなっていた。
何しろ今の閃のパーティメンバーは、若手最強格として名を馳せる美少女赤魔道士のエリカ。そして、世界でも類を見ない神秘的な美貌を持つ新種族、アウラのルトラとミコッテのミエルである。
そんな絶世の美女三人を引き連れた男が、上下あずき色のジャージ姿。
『おい、あの赤いコートの『紅の女王』の隣にいるジャージの男、なんだ!?』
『あの角の美女と猫耳の美女も、なんであんな冴えない奴にべったりなんだよ!?』
『弱みでも握られてるのか!? それともヤバい教祖か何かか!?』
最近、地上やロビーを歩くたびに、そんな周囲のヒソヒソ声と、刺すような嫉妬の視線が痛いほど突き刺さるようになっていた。
モブを装うためのジャージが、今や「美女をはべらす不審な男」として、逆説的に世界一目立つ服装になってしまっていたのだ。
「もう隠れて採取するだけの日々じゃないしな……独り立ちもしたことだし、これからはエリカたちと堂々と前線を歩くか」
閃は決意を固め、虚空にシステムウィンドウを展開し、『ミラージュドレッサー』を起動した。
ずらりと並ぶ膨大な衣装のコレクションの中から、閃は「目立ちすぎず、それでいて洗練された動きやすい服」を検索する。
「よし、これにするか」
光の粒子がジャージを包み込み、新たな衣装へと変化する。
現れたのは、漆黒のレザーを基調とした細身のジャケット――『ルシス王子のジャケット』。
革製のジャケットでありながら「半袖」という珍しいデザインで、動きやすさとスタイリッシュさを兼ね備えている。下は細身の黒いパンツと、歩きやすいレザーブーツ。
ゴツゴツとした鎧でもなく、派手な魔法衣でもない。だが、その洗練されたシルエットは、閃の引き締まった体躯によく似合っていた。
「マスター! 朝ごはんできたにゃ――って、ええっ!?」
部屋に入ってきたミエルが、閃の姿を見て目を丸くした。
「……マスター、かっこいいにゃ! どうしたのその服!?」
「ああ。さすがにもうジャージじゃ悪目立ちするから、服装を変えようと思ってさ」
騒ぎを聞きつけて、ルトラとエリカも部屋に駆け込んでくる。
「まあ……! 閃様、大変お似合いです。黒い革の質感が、閃様の隠しきれない王者の風格を引き立てておりますね」
「閃くん……っ! か、かっこいい……! すっごくかっこいいわ!!」
ルトラがうっとりとため息をつき、エリカは顔を真っ赤にして両手で口を覆いながら悶えている。
身内からの大絶賛に少し照れくさくなりながら、閃はジャケットの襟を正した。
「見た目だけ変えても仕方ないからな。これを機に、Dランクのモブ探索者も卒業するよ」
「本当ですか!? ついに閃様が、表舞台でその真の力の一端を……!」
「ああ。それに、使う武器も変える」
閃がインベントリから取り出し、背中のホルダーにカシャリと収めたのは、見慣れた剣やピッケルではない。
重厚な刃の根元に「銃のシリンダー」が組み込まれた、異形の剣。
魔力を込めた特殊な弾薬(ソイル)を撃ち出し、斬撃と共に爆発的な威力を生み出すジョブ――『ガンブレイカー』の象徴たる【ガンブレード】だった。
「今のところ、この世界でガンブレイカーのジョブに就いてる奴はいないみたいだから、目立ちそうだけどな。」
閃はニヤリと笑い、新たな相棒の感触を確かめた。
◆
探索者のランク昇格は、模擬戦のような試験ではなく、「ギルドの査定官が同行し、実際のモンスターとの戦闘内容や実績を評価する」という実戦形式で行われる。
閃はギルドへ赴き、Dランクからの昇格査定を申請した。
査定官の男は、閃の黒いジャケット姿と背中の見慣れない武器を見て、訝しげに眉をひそめた。
「日下部閃……万年Dランクで、素材採取ばかりしていた記録しかないが、いきなり上を目指す気になったのか?」
「ええ、まあ。ちょっと仲間とパーティ組んで高層に行きたくなったんで」
「ふん。まあいい、まずはCランクへの昇格査定だ。第三層の魔物をどう処理するか見せてもらおう」
――そして数時間後。
「な、なんだその武器は!? 剣から爆発が起きたぞ!?」
「『ガンブレード』ですよ。自作したものです」
第三層の荒野。
Cランク昇格の壁となる大型の魔物『サンドウォーム』に対し、閃は流れるような身のこなしで肉薄した。
刃を叩き込むと同時に、トリガーを引く。
『キーン! ドガァァァン!!』
シリンダーに込められた魔力ソイルが爆発し、斬撃の威力を何倍にも跳ね上げる。
閃が放った【ビートファング】の連続コンボ――斬撃と爆発の嵐が、サンドウォームを文字通り一瞬で粉砕した。
「……合格だ。文句なしのCランクだ」
査定官は震える手で合格のスタンプを押した。
閃の快進撃は、そこから止まらなかった。
翌週に行われたBランク昇格査定。
舞台は第五層の洞窟エリア。数十体の凶悪な『ケイブバット』の群れに囲まれるというイレギュラーが発生したが、閃は全く動じなかった。
「弾を込めて……吹き飛べッ!」
ガンブレードのシリンダーに魔力を装填し、周囲を薙ぎ払うようにブレードを一閃。
【バウショック】と【フェイテッドブランド】による全方位への雷撃と爆発が空間を埋め尽くし、魔物の群れは一瞬にして黒焦げの灰と化した。
同行していたベテランの査定官は、あまりの圧倒的な制圧力に膝から崩れ落ち、「化け物だ……」と呆然と呟くことしかできなかった。
さらに数週間後。
ついにAランクへの昇格査定。舞台は第六層『銀白の雪原』。
指定された討伐対象は、Aランクパーティが数人がかりでも手こずる魔獣『ポーラーベアー』だった。
だが、この日の閃はソロではなく、エリカ、ルトラ、ミエルの三人を伴っていた。
「査定はパーティの連携も見られるんだろ? なら、俺たちの本気を見せてやるよ」
閃が駆け出す。
ガンブレイカーは単なるアタッカーではない。パーティの盾となる「タンク」の役割も併せ持つ。
閃は【グレートネビュラ】で強固な防御壁を展開しながら、フロストベアの凶悪な爪撃をガンブレードの腹で的確に弾き返す。
閃が完璧にヘイトを固定している隙に、ルトラが死角から槍を突き入れ、エリカが魔法剣で切り裂く。そしてミエルの強烈な【ホーリー】が魔獣の動きを完全に封じ込めた。
「これでトドメだ――【ブラッドソイル】!!」
瞬時にシリンダーの弾を最大まで装填し、ガンブレードを叩き込む。
爆音と閃光。フロストベアは悲鳴を上げる間もなく、四散して消滅した。
◆
「――信じられん。お前たち、たった一ヶ月でAランクに到達するとは……」
探索者ギルドの応接室。
ギルドマスターは、デスクの上に置かれたAランクのライセンスカードと閃を交互に見比べ、深い溜息をついた。
「特に君だ、日下部閃。万年Dランクの採集マニアだと思っていたら、とんだ食わせ物だったな。その『ガンブレイカー』という未知のジョブ……攻防一体の異常な戦闘力だ。すでにギルド本部でもお前の名が噂になっている」
「光栄です」
黒いジャケットを着こなした閃は、肩をすくめて笑った。
「なあ、日下部。今の君たちなら、間違いなく『Sランク』を目指せる器だ。どうだ? 我々ギルドが政府や大手企業に掛け合って、強力な後ろ盾を手配してやってもいい。Sランクになれば、特権も報酬も桁違いだぞ?」
ギルドマスターの魅力的な提案。
Sランク探索者になれば、専用のヘリ移動や国家ぐるみの支援など、文字通りの英雄待遇が待っている。
だが、閃は迷うことなく首を横に振った。
「いえ、結構です。Aランクで十分ですよ」
「……なぜだ? 欲はないのか?」
「政府や企業の支援を受けるってことは、面倒なしがらみに縛られるってことでしょう? 俺は、自分の好きな時に、好きな仲間と、好きなようにダンジョンを探索したいんです。面倒な政治や派閥争いはお断りです」
閃がはっきりとそう告げると、ギルドマスターは少しだけ残念そうに、しかしどこか安堵したように笑った。
「……そうか。自由を愛する生粋の探索者というわけだな。分かった、無理は言わん。Aランク探索者、日下部閃。これからの君の活躍を大いに期待しているよ」
◆
ギルドの建物を外に出ると、入り口のそばでエリカたちが待っていた。
「閃くん! どうだった!?」
「マスター、どうにゃ!?」
閃が新しく発行された『Aランク』のゴールドカードを指の間に挟んでヒラヒラと振ってみせると、三人は弾かれたように歓声を上げた。
「やったーっ!! さすが閃くんだわ!」
「おめでとうございます、閃様。これでもう、誰にも文句は言わせませんね」
「 マスター、めっちゃくちゃカッコいいにゃー!」
エリカが腕に抱きつき、ミエルが背中に飛び乗ってくる。
行き交う探索者たちが、その光景を見て驚きの声を上げていた。
『おい見ろ、半袖ジャケットの男……ついこの間までジャージだった奴だろ!?』
『Aランクのカード持ってたぞ!? どんだけスピード出世だよ!』
『あの武器ヤバいらしいぞ、剣から爆発が起きるって……』
以前のような嘲笑や疑念の視線はない。
そこにあるのは、圧倒的な実力を証明した新たな実力者への、純粋な驚きと畏敬の念だった。
「さてと。ランクも上がって行ける場所も増えたし、気兼ねなく第七層の奥深くまで行けるな」
「ええ! 私、どこまででも閃くんについていくわ!」
ダサいジャージのモブ探索者から、漆黒のジャケットを纏うAランクのガンブレイカーへ。
仲間たちと笑い合いながら青空の下を歩き出す閃の新たな探索者ライフは、ここからさらに加速していくのだった。
◆
「ねえねえ、舞! この動画見た!? マジでヤバいんだけど!」
中学二年生の日下部舞は、昼休みの賑やかな喧騒の中、給食親友の結衣にグイグイとスマートフォンを突きつけられた。
「ん……? 何の動画?」
舞が首を傾げると、結衣は目を輝かせながら画面をタップした。
「今ネットでめちゃくちゃ大バズりしてる探索者の戦闘動画! ほら、これ!」
画面の中で再生されたのは、第六層『銀白の雪原』と思われる吹雪の映像だった。
カメラが捉えているのは、巨躯を誇る激高したポーラーベアーと、その眼前でしなやかに身を躍らせる一人の男の姿。
男が纏っているのは、漆黒の革で作られたスタイリッシュな半袖ジャケットだ。
手にしているのは、見たこともない異形の武器。太い剣身の根元に銃のシリンダーが組み込まれており、刃を叩き込むと同時
に『ドガァァン!』と凄まじい爆発と凄絶な閃光が炸裂する。
『――新ジョブ『ガンブレイカー』の圧倒的制圧力! 爆炎を纏う未知の剣技――』
動画のタイトルには、そんな文字が踊っていた。画面越しでも伝わってくる圧倒的な緊張感と、洗練された美しい無駄のない動き。
「凄いでしょ!? 剣から爆発が起きてるんだよ!? 『ガンブレイカー』って言うらしいんだけど、名前も技も超カッコ良くない!? 」
「へぇ、すごいね……」
興奮気味に語る結衣の横で、舞は相槌を打ちながら――ふと、画面の中の男の「立ち姿」に目を止めた。
(……あれ?)
何か、猛烈な違和感がある。
音声は吹雪の音とモンスターの咆哮、そして爆破音にかき消され、男が何を喋っているのかは全く聞こえない。顔も引きの映像と激しい動きでハッキリとは見えなかった。
だが。
(この首の傾げ方……それに、この独特の立ち方……)
どこかで、見覚えがある。
というより、毎日のように見慣れていた気がする。
「ねえ、結衣。この人、名前とか出てないの?」
「うん、動画には名前とか載ってないんだよね。噂だとAランクに爆速昇格したチームのリーダーらしいんだけど……あ、でもほら見て! 途中で振り返った時のこの横顔! めっちゃイケメンじゃない!?」
結衣が画面を一時停止し、拡大してみせる。
吹雪の中、見たことのない形をした剣――ガンブレードを構え直し、後方の仲間に何か指示を出している男の横顔。
(……え?)
舞の心臓が、ドクンと大きく跳ね上がった。
すらりと通った鼻筋。少し無造作に揺れる黒髪。そして、どこか冷めていて、けれど確かな自信を覗かせるその目元。
(……いやいやいや! まさか、そんなはずはない!!)
舞は慌てて首をブンブンと横に振った。
だって、画面の中にいるのは「未知のジョブを操り、爆炎を撒き散らして巨大な魔獣をあっさり倒す、世間で大注目の超ハイスペックなAランク探索者」だ。
一方で、自分の兄――日下部閃といえば。
高校を卒業した途端に都内の家賃数万円のボロアパートに引っ越し、「これからは一人暮らしだ」と言って実家を出ていった、あのマイペースな兄である。家にいた頃は、いつものダサいジャージを着て、転がっていた兄だ。
(……いや! たまたま顔が似てるだけ! そもそもお兄ちゃんはDランクの素材回収屋さんって言ってたもん! こんな巨大なクマと戦えるわけがない!!)
「舞? どうしたの、急に顔青くして?」
不思議そうに覗き込んでくる結衣に、舞はひきつった笑顔を返した。
「あ、ううん! なんでもない! ちょっと迫力が凄くてびっくりしただけ!」
「でしょー! マジでカッコいいよね! 私、この『ガンブレイカー』の人なら推せるわ〜」
「そ、そうなんだ……ハハ……」
冷や汗をかきながら、舞はもう一度チラリと画面に視線を落とした。
画面の中の男は、完璧な連撃で巨大なクマを四散させると、ガンブレードを慣れた手つきで背中のホルダーに収め、駆け寄ってきた赤いコートの美少女や綺麗なアウラ族、ミコッテ族の女性たちに囲まれて、どこか照れくさそうに笑っていた。
(あの鼻を少し掻く仕草……やっぱり、お兄ちゃんにしか見えないんだけど……っ!?)
まさか、ね。
絶対に違うよね。
混乱と疑念でパニックになりそうな頭を抱えながら、舞は「今日、お兄ちゃんのアパートに抜き打ちで突撃してみよう」と固く心に誓うのだった。
【ルシス王子のジャケット】
FF15とのコラボイベントで登場した、主人公ノクトの衣装。