FF14で現代ダンジョン 作:黒蓮
ミスト・ヴィレッジの白亜のテラスには、今日も穏やかな潮風が吹いていた。
庭の畑で育ったばかりのラノシアオレンジを齧りながら、日下部閃は手元のスマートフォンをスクロールしてため息をついた。
「……ほんと、どいつもこいつも脳筋ばっかりだな」
画面に映っているのは、現代の探索者たちが利用しているSNSのタイムラインだ。
『ダンジョン低層でスライムを100匹狩って、銅鉱石を3個ドロップ! 大赤字だ!』
『武器の修理費が払えなくて引退します……』
『新しい魔石同士を適当に混ぜたら爆発して工房が吹き飛んだ。誰か正しいレシピ知らないか?』
そんな悲痛な叫びが、毎日何千件と流れてくる。
この世界の探索者たちは、とにかくモンスターと戦ってドロップ品を拾うことしか頭にないらしかった。壁に露出している鉱脈を採掘する者もいなければ、草むらに自生している薬草を園芸師のように摘む者もいない。
ましてや、拾った素材を正しい分量で合成する『クラフター(生産職)』の概念など、皆無に等しかった。
「閃様。また外の世界を憂いておいでですか?」
紅茶の入ったカップをテーブルに置きながら、ルトラが静かに尋ねてきた。
「いや、憂いてるってほどじゃないけど。あまりにも効率が悪すぎるなって思ってさ」
「マスターが教えてあげればいいのにゃー」
ソファの背もたれから身を乗り出し、ミエルが閃の首に腕を巻きつけてくる。猫の尻尾が閃の腕をサワサワと撫でて、少しこそばゆい。
「まあ、そうなんだけどさ。いきなり『レベル50の最強装備の作り方』なんて教えたらパニックになるだろ?」
閃は少し考えた後、SNSのアプリを開き、新しい匿名アカウントを作成した。
アイコンは適当なトンカチのフリー素材。ユーザーネームは『名無しの職人(@Craft_God_Unknown)』とした。
「とりあえず、命を懸けなくても稼げる方法をいくつか投下してみるか」
閃はフリック入力で、低レベル帯の『ギャザラー(採集職)』と『クラフター』の基礎知識を打ち込んでいく。
『ダンジョンの第一層、壁が青く光っている場所(岩脈)は、市販のツルハシで特定の角度から叩けば「銅鉱」と「亜鉛鉱」が無傷で採れる。敵と戦う必要なし』
『素材の合成について。銅鉱2:亜鉛鉱1の割合に、風の属性を持つ石を砕いて粉にして混ぜ、熱せよ。不純物のないブラスインゴット(黄銅)ができる』
「よし、投稿っと。これで少しは底辺の探索者も楽になるだろ」
満足げにスマホをテーブルに放り投げると、閃はミエルとルトラと共に、最新のゲーム機を起動して遊び始めた。 ――しかし。
閃の親切心が世界に届くのは、そう簡単ではなかった。 数日が経過しても、閃の投稿は『いいね:2』『リポスト:0』のままだった。
たまについたリプライといえば、
『ダンジョン内で壁を殴る狂人アカウントはこちら』
『敵と戦わずに稼げるわけないだろ。草むしりでもしてろ(笑)』
といった、冷ややかな嘲笑ばかりだった。
「……ま、そりゃそうか。常識が違うもんな」
閃は苦笑いして、あっさりとそのアカウントの存在を忘れかけた。自分が困るわけではない。信じないならそれでいい。
彼は再び、絶対安全圏のミスト・ヴィレッジで、美少女二人との優雅なスローライフに戻っていった。
事態が急変したのは、それから約二週間後のことだった。 閃がソファでミエルに膝枕されながら、ウトウトと昼寝をしていた時のことだ。
テーブルの上に置いてあったスマホが、突如として狂ったように震え出した。 ブブブブッ! ブブブブブブブッ!!
「うおっ!? なんだ、地震か!?」
「マスター、スマホが壊れそうにゃ!」
ミエルの膝から飛び起きた閃は、けたたましくバイブレーションを鳴らし続けるスマホを手に取った。画面を見ると、SNSの通知が滝のような勢いで流れていた。
『+99件の通知があります』
『+99件の通知があります』
「は……? なんだこれ」
通知欄を開くと、かつて自分が投稿したあの『採集法』と『レシピ』のツイートが、目を疑うような数字を叩き出していた。
いいね:15万。リポスト:8万。
そして今この瞬間も、数字はスロットマシンのように回り続けている。
タイムラインには、興奮冷めやらぬ探索者たちの動画や画像が溢れかえっていた。
『おい見ろ!! あの草むしり推奨アカウントの言う通りにしたら、敵と一回も戦わずにリュック一杯の鉱石が採れたぞ!! 時給五万円だ!!』
『信じられない……! レシピ通りに混ぜただけで、市販の武器の三倍の強度を持つインゴットが完成した! 俺の借金がこれで返せる!!』
『あのアカウント、何者だ!? ただの天才か、それとも神か!?』
「…………」
閃は口を半開きにしたまま、スマホの画面と、心配そうに覗き込んでくるルトラとミエルの顔を交互に見た。
「マスター? どうされましたか。顔色が悪いですが」
「……いや。ちょっと、俺の捨て垢が、世界を揺るがしてるっぽい……」
引き攣った笑いを浮かべる閃。 フォロワー欄を確認すると、『日本探索者協会 公式』『Sランクギルドマスター』『世界的企業のCEO』など、地球上のトップ層とも呼べるアカウントがズラリと並び、DM(ダイレクトメッセージ)のアイコンには『999+』の赤いバッジが張り付いていた。
(やばい、これは本当にやばい。こんなのバレたら、絶対に普通の高校生じゃいられなくなる……!)
「マスター、お腹痛いのにゃ?」
「閃様。何か外の連中がご不快な真似をしたのですね。私が今すぐ槍で全員……」
「やめろやめろ! 何もするな!」
好戦的なルトラを慌てて宥めながら、閃はスマホの電源をそっと落とした。
この日から、冴えないDランク高校生・日下部閃は、表舞台には一切姿を現さないまま、世界中から崇拝される『職人神』としての二重生活を余儀なくされることになったのである。
◆
鬱蒼としたダンジョンの第一層。土の匂いが立ち込める草むらの隅で、相沢は膝を抱えていた。
三十路を手前にして、未だに最底辺のDランク探索者。戦闘の才能はなく、かといって別の仕事に就くあてもない。背負い込んだ探索ライセンスのローンと装備の借金は、すでに三百万円を超えていた。
「……もう、終わりだ。引退するしかない」
相沢の手にある安物のショートソードは、先ほどのスライムとの戦闘で刃こぼれし、すっかり使い物にならなくなっていた。修理費すら払えない。あと一回でも魔物に襲われれば、命を落とすだろう。
絶望の中、気を紛らわせるようにスマートフォンの画面をスクロールする。SNSのタイムラインには、才能ある若手探索者たちの華々しい戦果ばかりが流れてきて、相沢の心をさらに抉った。 そんな時だった。
ふと、タイムラインに流れてきた一つの投稿で、相沢の手が止まった。
『ダンジョンの入り口付近、壁が青く光っている場所(岩脈)は、市販のツルハシで特定の角度から叩けば「銅鉱」と「亜鉛鉱」が無傷で採れる。敵と戦う必要なし』
「なんだこれ……」
投稿元は『名無しの職人』という見慣れないアカウントだった。
リプライ欄には『敵と戦わずに稼げるわけないだろ』『草むしり推奨アカウント乙』と、嘲笑のコメントがいくつかぶら下がっている。現代の探索者にとって、ダンジョンとは魔物を殺してドロップ品を奪う場所であり、壁を叩くなど狂気の沙汰だった。
だが、相沢にはもう魔物と戦う武器も、気力も残っていなかった。
「……どうせ死ぬなら、狂人ごっこでもしてやるよ」
相沢は自嘲気味に笑うと、荷物袋の底に眠っていた錆びた市販のツルハシを取り出した。
大きな岩壁がある場所まで行き周囲を見渡すと、投稿の通り壁の一部に淡く青い光を放っている岩脈があった。これまで誰も見向きもしなかった、ただの風景の一部だ。
相沢はツルハシを構え、画面に書かれていた『特定の角度』――下から上へすくい上げるような斜めの軌道を意識して、岩脈に刃を振り下ろした。
カンッ! 澄んだ音が周囲に響いた。
次の瞬間、岩脈の表面がパラパラと崩れ落ち、中からゴロンと二つの鉱石が転がり出てきたのだ。一つは赤茶けた『銅鉱』、もう一つは鈍く光る『亜鉛鉱』。どちらも魔物からドロップすれば、そこそこの値段で売れる素材だった。
「嘘、だろ……? 本当に、採れた」
相沢は震える手で鉱石を拾い上げた。魔物と命がけで戦うことなく、ただ壁を叩いただけで素材が手に入ったのだ。
「い、いける! これなら俺でも……!」
そこからの相沢は狂ったように壁を叩き続けた。スライムの気配がすれば息を潜めてやり過ごし、安全な場所にある青い岩脈だけを狙う。
数時間後。相沢のリュックは、ぎっしりと詰まった銅鉱と亜鉛鉱でパンパンに膨れ上がっていた。
◆
「源さん! 頼む、これを見てくれ!」
地上に戻った相沢が駆け込んだのは、ギルドの裏路地にあるうらぶれた工房だった。
店主の源蔵は、相沢と同じく万年スランプの底辺クラフターだ。今日も失敗作のクズ鉄を前に、やさぐれて酒を飲んでいた。
「なんだ相沢。またスライムの粘液か? そんなモンじゃ修理費にもならねぇぞ」
「違う! 鉱石だ! しかも傷一つない極上品だ!」
リュックをひっくり返すと、作業台の上に大量の鉱石が雪崩れ込んだ。
「なっ……!? お前、これどうしたんだ!? 魔物の群れでも倒したのか!?」
「壁を殴ったんだよ! ……それより源さん、頼みがある。このアカウントの言う通りに、これを合成してくれないか」
相沢が突き出したスマホの画面には、例の『名無しの職人』の二つ目のツイートが表示されていた。
『銅鉱2:亜鉛鉱1の割合に、風の属性を持つ石を砕いて粉にして混ぜ、熱せよ。不純物のないブラスインゴット(黄銅)ができる』
「馬鹿言え!」
源蔵は顔を真っ赤にして怒鳴った。
「鉱石を混ぜる時に『風の魔石』の粉を入れるだと!? 火ならまだしも、風なんざ入れたら炉の温度がおかしくなって失敗するに決まってる!」
「お願いだ源さん! 俺にはもうこれしかないんだ! 失敗したら俺が全額かぶる!」
相沢の必死の形相に、源蔵は舌打ちをした。
「……チッ、どうなっても知らねえぞ」
源蔵は渋々、銅鉱と亜鉛鉱を炉に入れ、言われた通りに細かく砕いた『ウィンドシャード』の粉末をパラパラと振り入れた。
その瞬間だった。 ゴォォォォッ!!
「うおっ!?」
炉の中の炎が、風の魔力と結びついて異常なほど澄んだ青色に変わった。不純物が一瞬にして焼き尽くされ、魔法のような光を放ちながら金属が融解していく。
源蔵は長年の経験から、今、目の前でとんでもない化学反応が起きていることを悟った。
「な、なんだこの反応は……シャードの粉が触媒になって、金属の結合を強制的に引き上げてやがる……!?」
やがて炉の火が収まり、型に流し込まれた金属が冷え固まった。
源蔵が震える手でそれを取り出し、布で磨き上げる。
現れたのは、現代の最高級の工房ですら見たこともないほど美しく、滑らかな光沢を放つ金色の金属塊――『ブラスインゴット(黄銅)』だった。
「……す、すげぇ」
相沢が息を呑む。
源蔵はへたり込み、ボロボロと涙を流し始めた。
「完璧だ……不純物ゼロ。俺みたいな三流が、こんな神がかったインゴットを打てるなんて……ッ!」
借金まみれの探索者と、才能に見放された職人。
社会の底辺を這いずっていた二人は、黄金に輝くインゴットを前に、手を取って狂喜乱舞した。
「相沢! これの作り方と採集法、すぐにネットに上げろ! 俺たちの手柄にするんじゃねえ、この『名無しの職人』って神様を世界に知らしめるんだ!!」
「おう!! 動画も撮ってある! 今すぐアップするぞ!!」
こうして、震える手で投稿された一つの動画が、瞬く間に拡散されていく。
これが、世界中を巻き込む『錬金革命』の引き金であり、ミスト・ヴィレッジで昼寝をしていた閃のスマホが爆発的に鳴り響く、ほんの数時間前の出来事であった。