FF14で現代ダンジョン 作:黒蓮華
第八層にあるエーテライトを開通させた四人は、光の粒子となってミスト・ヴィレッジの我が家へと帰還した。
広々としたリビングには、夕暮れの柔らかい光が差し込んでいる。海風がカーテンを優しく揺らし、長旅の緊張感を心地よく解きほぐしていった。
「あー! やっぱり家が一番落ち着くにゃー!」
リビングに入るやいなや、ミエルがソファへとダイブし、フサフサの尻尾をパタパタと揺らす。
「ふふ、ミエル、まずは手を洗ってからですよ。閃様、エリカさん、温かいお茶をお淹れしますね」
ルトラが甲斐甲斐しく厨房へと向かい、エリカはまだ戦いの興奮が冷めやらない様子でレイピアを手入れしながら閃に笑いかけた。
「でも凄かったわね、閃くん! 事故もなく無事に七層のボスも倒せたし、これで攻略組も安心して先へ進めるわ」
「ああ。これからは八層の空中探索がメインになるし、みんなの装備もまた見直してやらないとな」
閃がジャケットから部屋着のジャージへと装備を切り替えながら答えた、その時だった。
(……ん?)
閃の脳裏に直接、どこからともなく無機質で神聖な、だが彼にしか聞き取れない『アナウンス』が響き渡った。
『第七層が攻略されました。ハウジングエリア【山の家】を解放します』
(……ほう)
――【山の家】。
今回のハウジングエリアは、雲海を望む高い山の上になるようだ。
「閃くん……? どうしたの、急に固まって?」
不思議そうに首をかしげるエリカに、閃はフッと口元を緩めて答えた。
「いや、ちょっとまた『システムアナウンス』が流れてな。七層攻略の報酬で、新しいハウジングエリアが開放されたらしい」
「えっ!? 本当に!?」
「新しいハウジングエリアにゃ!? 今度の『山の家』って、やっぱり山の上とか雲海が見える場所なのかにゃ……!」
ミエルが耳をぴんと立てて跳び起き、ルトラも目を輝かせてお茶のトレイを手に戻ってくる。
「まあ……! 『森の家』の次は、山でございますか。それはまた、どのような素敵な景色が広がっているのでしょうね」
「よし、じゃあ……世間の建築好きやクラフターたちにも教えてやるか。また大騒ぎになりそうだけどな」
苦笑しながら、閃はいつものようにスマートフォンを取り出し、職人公式アカウント(@Craft_God_Unknown)のアナウンスページを開いた。
キーボードを打ち込み、世間を再び揺るがすことになる短い告知文を打ち込んでいく。
『@Craft_God_Unknown
オピニコスの討伐お疲れ。
七層のボス倒したから、新しいハウジングエリア【山の家】が解禁されたぞ。
今度は標高が高い山の上だから、八層の雲海を一望できる絶景の土地ばかりだ。見晴らしの良いマイホーム建てて優雅に景色楽しみたい奴らは金を準備しておきな』
「よし、こんなもんでいいな」
画面上の『投稿』ボタンをタップした瞬間、閃の指先から、世界の攻略と生活の歴史をまた一つ塗り替える情報がネットワークの海へと放たれた。
◆
【朗報】職人神「七層倒したからハウジングエリア『山の家』解禁な」世界「また家増えたあああ!?」【雲海絶景】
1:名無しの探索者
おいおいおいおい!!!!!
オピニコス討伐の余韻に浸って祝杯あげてたら、職人神様からとんでもない投下来たぞwwwww
4:名無しの探索者
『山の家』解禁wwwww
前回の『森の家』の抽選倍率で世界中の億万長者とギルドが大血戦繰り広げたばかりだぞ!? もう次のエリア来るのかよ!!
12:名無しのギャザラー
標高が高い山の上だから雲海が一望できる絶景の土地……?
ロマンの塊すぎてヤバい。あの綺麗な雲海を見下ろしながら住めるマイホームとか最高かよ。
19:名無しの元投資家
頼む……今度こそ……今度こそ俺に土地を売ってくれええええ!!
金塊は暴落してただの鉄クズになったけど、必死こいてダンジョン素材売りさばいて貯めたんだ!! 雲海の見える別荘で現実逃避させてくれえええ!!
27:名無しのBランク探索者
第一弾の『森の家』も、のどかで緑豊かで最高の住宅街だったからな。
まさか第二弾が雲海を臨む山岳エリアとは思わなかったわ。
35:名無しのCランク探索者
ところで山の上ってことは、やっぱり庭のすぐ先が「絶壁・崖」だったりするわけだろ?
……絶対誰か落ちるよね?
42:名無しの探索者
>>35
『森の家』の時も巨大樹に登ったアホが足を滑らせて落ちた事件あったなwww
51:名無しの生産職
>>42
あったあったwwww
でもさ、森の家の敷地内って謎のシステム保護が働いてて、どれだけ高所から落ちても「ふわっ」と着地してダメージゼロだったじゃん。
だから『山の家』の崖から間違って雲海にダイブしても、案外安全補正で無傷で庭に戻される仕様なんじゃないか?
60:名無しのAランク探索者
>>51
いくら安全補正があっても、雲海に向かって絶壁からダイブするのは恐怖で精神崩壊するわwww
度胸試しのバンジージャンプ名所になりそう。
73:名無しのクラフター
ていうか、先月解禁された『プライベートエーテライト』と【山の家】の相性が神すぎるんだわ。
あれ庭にポンと置いておけば、第八層の険しい山道を一切登ることなく、地上や自室から一瞬で雲海絶景の我が家に帰宅できるんだぞ?
84:名無しの一般人
プライベートエーテライト、最初は「個人の庭に空間転移の座標置けるとかマジかよ」って大騒ぎになったけど、一度使うと便利すぎて元の生活に戻れんわ。
仕事終わったら自宅の庭へテレポート、速攻で雲海眺めながら風呂……そんな生活が実現するのか。
92:名無しのギルドマスター
『森の家』は大手ギルドの本拠地として買い占められた感が強かったからな。
今回の『山の家』は、攻略の疲れを癒やす別荘として世界中のトップギルドが死ぬ気で買いに走るぞ。
105:名無しの探索者
職人神(@Craft_God_Unknown)の「土地の買い逃しがないように金準備しておけよ」の威圧感www
全世界の富豪とギルドの口座から、また天文学的なGが吹き飛ぶ音が聞こえる。
118:名無しの生産職
雲海が見えるログハウスとか想像しただけで白飯三杯食えるわ。
建築権限が開放されたら、速攻で絶景デッキと屋外温泉建ててやる!!
130:名無しの一般人
第七層のオピニコス一発クリアで大歓喜 ➔ 第八層の雲海エリアで大興奮 ➔ ハウジング新地区『山の家』発表で大狂乱。
今日、情報過多で探索者界隈のサーバーパンクしてて草。
142:名無しの探索者
マジで職人神様の気まぐれで世界が踊らされまくってるわ。
とりあえず、今夜は土地購入の第一次抽選戦争に向けてギルドの資金集め徹夜確定です!! 雲海の家、絶対当てるぞ!!
◆
財務省・特例対策課の執務室。
そこでは重苦しい緊張感と、どこか狂気じみた安堵の空気が混ざり合っていた。
「……本日十七時三分、第七層の完全攻略に伴い、システム上に『山の家』の土地販売枠が発効されました。指定価格はSサイズ一億円、Mサイズ五億円、Lサイズ十五億円。指定決済手段は――変わらず各国に合わせた通貨です」
部下の報告を聞きながら、課長の神崎は深く深くパイプ椅子に身体を沈め、胃のあたりを軽く押さえた。
かつて、ダンジョンがこの世に現れた時、世界中の経済学者は頭を抱えた。
第一層や第三層から無限に産出される金や銀。それまでの貴金属相場は一瞬で崩壊し、「有事の金」は文字通りのゴミと化した。
それだけに留まらず、ダンジョン素材を売却して莫大な富を得た探索者たちが地上で数億円規模の現金をばら撒き始めたことで、世界経済は歴史上例を見ない悪夢のようなハイパーインフレの危機に直面していたのだ。
増税も、利上げも、通貨の大量増刷と素材売却による「野放図な現金流入」の前には焼け石に水。
各国の財務大臣が胃潰瘍で倒れる中、あの『森の家』の開放時、システムが歴史上初めて地上に向けて突きつけてきたのが――「人類の通貨によるハウジング購入」の仕組みだった。
前回の『森の家』の時は、決済方法の仕様が判明しておらず、「現金で払わなければならないのか」と勘違いした探索者やギルドが一斉に銀行へ殺到し、紙幣の引き出し制限や窓口のパンクという未曾有の大混乱を引き起こしたものだ。
しかし、銀行口座からのデジタル引き落としでも問題なく処理されることが分かってからは、状況は一変した。
「二度目……本当に、二度目もそのまま引き落としによる通貨回収が機能するんだな……?」
「はい。前回『森の家』の土地抽選では、国内の莫大な市場通貨が一瞬にしてダンジョンへ吸い込まれて消滅しました。今回の『山の家』は、Sサイズ一億円からLサイズ十五億円との事ですが、雲海絶景のプレミアム立地です。前回を遥かに凌ぐ超巨大な通貨回収が見込まれます」
「巨額の完全消滅……か」
神崎は乾いた笑いを漏らした。
本来、市場からそれほどの金額が「完全に消えてなくなる」など、経済学的には大不況を招く最悪の事態だ。だが、ダンジョンから毎日数千億円分の新素材が持ち込まれて通貨価値が薄まり続けている今の日本において、この「無慈悲な回収システム」は文字通り国家の救世主だった。
これを受けて政府が最初に行ったのは『ハウジング決済用特殊口座(通称:D口座)』の開設だった。
システムが提示してきた「日本円」という条件を逆手に取り、探索者がダンジョン素材を売却して得た利益を一時的にプールし、そのまま直接ハウジング購入代金として充当できる専用の電子通貨決済ラインを構築したのだ。
あの『森の家』のパニックを経て導入されたこのD口座のおかげで、今回は銀行の窓口に現金引き出しの行列ができることもなく、極めてスムーズに巨額のデジタル通貨が吸い上げられていく。
神崎は冷えたコーヒーを口に含み、壁のモニターに映し出された『職人神(@Craft_God_Unknown)』の掲示板への書き込みを見つめた。
『@Craft_God_Unknown
オピニコスの討伐お疲れ。
七層のボス倒したから、新しいハウジングエリア【山の家】が解禁されたぞ。
今度は標高が高い山の上だから、八層の雲海を一望できる絶景の土地ばかりだ。見晴らしの良いマイホーム建てて優雅に景色楽しみたい奴らは、また土地の買い逃しがないように金準備しておけよ』
「……恐ろしい男だよ、この『職人神』という奴は」
神崎はため息をついた。
この職人神が書き込む魅力的な家、魅力的な庭具、プライベートエーテライト――それらを手に入れるために、血気盛んなSランク探索者たちや億万長者のギルドマスターたちは、地上で家や株を買い占めて経済を荒らすのをやめ、必死になって『D口座』に何億円、何十億円という現金を貯め込み、そして自ら進んでそれをシステムに吸い込ませて消滅させているのだ。
「国家が血反吐を吐きながら行うインフレ抑制策を、たった一人の職人とダンジョンシステムが『夢のマイホーム販売』という餌一つで完璧に完結させている……。地上で土地を買わせず、ダンジョンの安全な空間結界内に富裕層の資産を閉じ込める。国からすれば、これほど都合の良い回収機構はない」
「課長、財務大臣から緊急の打診です。『山の家』の第1期抽選にあわせ、D口座経由での特別管理手数料の比率を現行の二%から三%に微増させてもシステム側に拒否されないか、試したいそうですが……」
「馬鹿者、大臣に言っておけ! 欲を出すなと!」
神崎は即座に一蹴した。
「ダンジョンシステムと職人神が示してくれたこの『奇跡の均衡』に余計な手を出すな。システムが円を要求し、探索者が家を買い、市場の過剰な金が消えて通貨の価値が保たれる……それだけで我々財務省は万々歳なんだ。下手に手数料を上げてダンジョンの機嫌を損ねてみろ、次から『決済は希少素材のみ』なんて仕様変更されたら、来月には日本経済はハイパーインフレで滅亡するぞ!」
「は、はいっ! 直ちに大臣を説得します!」
部下が青ざめた顔で走り去っていくのを見送りながら、神崎は再びパイプ椅子に深く背をもたれかけた。
窓の外には、ダンジョンの狂乱から守られ、今夜も変わらず穏やかな明かりを灯し続ける東京の夜景が広がっていた。金や銀が価値を失った世界で、今日も人々がパンや米を普通に買えているという奇跡。
「感謝するよ、職人神……。どうか次の『第九層』でも、有益な情報を書き込んでくれ……」
官僚の切実すぎる祈りを乗せた夜風が、静かに財務省の窓を叩いていた。