FF14で現代ダンジョン 作:黒蓮華
見渡す限りに広がる、真っ白な雲の海と突き抜けるような青空。
第八層の空域を、閃は心地よい風を全身に浴びながら滑空していた。
「――うん、やっぱりこっちの方が断然快適だな」
閃が跨がっているのは、巨大な鷲の頭と翼、そして獅子の胴体を持つ幻獣――『グリフィン』だ。オピニコスと違って足は鳥の鉤爪になっている。
第七層にいた怪鳥ズーも悪くはなかったが、あちらは背中がゴツゴツしていて風の抵抗も強かった。一方、このグリフィンは背中の筋肉がしなやかでクッション性が高く、何より飛行の安定感が段違いである。
「……やっぱりみんなで来るべきだったな…」
しかし、気流に乗って優雅に空を舞う閃だったが、本来なら彼の隣には、3人の美しい従者たちが常に付き従っているはずである。
なぜ今、閃が第八層の空を「たった一人で」飛んでいるのか。
それには、数時間前の出来事が深く関係していた。
◆
――数時間前、ミスト・ヴィレッジの自宅。
突如アポ無しで突撃してきた妹の舞と鉢合わせした後、気を取り直して二人でアパートの軽い掃除を済ませたのだが――そこからが不味かった。
妹に「彼女」と名乗った事実がエリカのテンションを異常なまでに跳ね上げさせてしまい、狭いアパートの一室でいちゃいちゃタイムに突入してしまったのだ。
結果として、ミスト・ヴィレッジへの帰還は予定時刻を大幅に過ぎることになった。
『――おかえりなさいませ、閃様。ずいぶんと遅かったですね?』
『郵便物を見るだけなのに、何時間かかってるにゃ?』
転移してリビングの扉を開けた瞬間、腕を組んで待ち構えていたルトラとミエルから、絶対零度の声がかかった。
閃がなんとか誤魔化そうと口を開く前に、あろうことかエリカは、緩み切った顔で頬を染めながら、全ての事実を嬉々として語ってしまったのだ。
――ピキッ。
その瞬間、リビングの空気が文字通り凍りついたのを閃は肌で感じた。
『……なるほど。閃様の妹君に、ご自身だけ抜け駆けでご挨拶を。しかも、その後に二人きりで……』
ルトラは完璧な微笑みを浮かべたまま、こめかみに青筋を浮かべていた。
『ミエルたちを差し置いて、一人だけ正妻ヅラするなんて絶対に許さないにゃ……!』
ミエルの全身の毛が逆立ち、フサフサの尻尾が怒りでバンバンと床を叩き始める。
『エリカさん。第七層で得たあなたのその力の成果……少し庭で「確認」させていただきましょうか』
『2対1の特別メニューにゃ! 手加減は一切しないにゃ!!』
『えっ? あ、ちょっと待って! なんで二人とも武器構えてるの!? ひゃあっ!!』
エリカの首根っこを掴み、庭へと引きずり出していく二人。
直後、静かなミスト・ヴィレッジの庭園から『ホーリー』の爆発音、竜騎士のジャンプによるクレーター形成の轟音が響き渡った。
飛び交う魔法と剣戟。その激しすぎる女たちの2対1の『戦闘訓練(という名の制裁)』を窓越しに一瞥し、閃はそーっと玄関のドアノブに手をかけた。
(……巻き込まれる前に、逃げよう)
そうして閃はこっそりとテレポの詠唱を開始し、第八層の雲海へと一人で逃亡してきた――というわけである。
◆
「はぁ……帰る前に言い訳を考えておけば良かった…」
閃は上空の冷たい風を浴びながら、肩をすくめた。
エリカのステータスはすでにレベル60のカンストに達しているとはいえ、相手は息の合ったルトラとミエルのコンビだ。今頃、疲れ果ててダウンしていることだろう。
第八層へ逃げてきた閃は、雲海を適当に探索している最中、たまたま上空に浮かぶ浮島の一つで『ホルン(飛行マウント用)』が強く反応するポイントを発見した。
そこに生息していたのが、このグリフィンだったというわけだ。
「スピードもズーより速いし、何よりこのモフモフした背中が最高なんだよな」
閃はグリフィンの滑らかな飛行を楽しみながら、ポケットからスマートフォンを取り出した。
現在、世間のトップギルドたちは、大喜びで第七層の上空を飛び回っている真っ最中だ。だが、第八層の雲海エリアを本格的に探索するとなれば、飛行の安定性や速度の面でズーよりもグリフィンの方が圧倒的に有利になる。
「俺だけ快適な思いをしてるのも悪いし……そろそろ、このグリフィンの取得場所もネットに流してやるか」
閃は手慣れた様子で『名無しの職人(@Craft_God_Unknown)』のアカウントを開くと、第八層の空の上から、下界の探索者たちに向けた新たな「神託」のツイートを打ち込み始めた。
『@Craft_God_Unknown
第八層まで来た奴ら、ズーの乗り心地に不満はないか?
雲海エリアの北東、滝が流れ落ちてる浮島に『グリフィン』の巣がある。ズーと同じホルンが使える、こっちの方が飛行速度も安定性も段違いに高いから、乗り換えたい奴は行ってみろ。ただし、気性が荒いから落ちないように気をつけろよ』
「送信、っと」
画面をタップした瞬間、世界中のスマートフォンの通知が鳴り響き、またしても探索者界隈が大騒ぎになることは確定事項だった。
だが、閃にとってはそんなネットの狂騒よりも、対処しなければならない事がある。
「さてと。エリカのお仕置きもそろそろ終わった頃だろうし、ケーキでも買って帰るか」
閃はグリフィンの手綱を引き、青空の彼方へと優雅に旋回しながら、帰還の途についた。
◆
下界の地上やダンジョンロビーでは、閃が投下した『グリフィン発見』のツイートによって、世界中の探索者たちのスマートフォンが狂ったように通知音を鳴らし始めていた。
『ズーより速いだと!?』『第八層の滝の島だな、すぐ行く!!』とネット上が新たなマウント情報に沸騰している頃。
「ただいまー……っと」
閃は地上で買ってきた有名店のケーキ箱を片手に、恐る恐るミスト・ヴィレッジの我が家へとテレポで帰還した。
視界が開け、海風が頬を撫でる。
美しい白亜の邸宅の前に広がる自慢の庭園は――あちこちの芝生が焦げ、無数のクレーターが穿たれ、さながら激戦地の跡のように荒れ果てていた。
その庭の中央で、大の字になって天を仰いでいる赤いコートの女性――エリカ。
そして、その傍らに設置されたガーデンテーブルで、優雅に紅茶を傾けているルトラとミエルの姿があった。
「あ、おかえりなさいませ、閃様」
「マスター、遅かったにゃ。どこに行ってたのにゃ?」
二人は涼しい顔で出迎えてくれたが、その瞳の奥にはジトッとした冷たい光が宿っている。
ピクッと反応したエリカが、芝生からむくりと上半身を起こし、恨めしそうな目を閃に向けた。
「せ、閃くん……。私を見捨てて逃げるなんて、ひどいわ……。二人とも容赦なさすぎるんだもの……」
「ご、ごめん。でもエリカ、無傷じゃないか」
「それは終わった後にミエルさんが回復してくれたからよ! 精神的なダメージは残ってるの!」
抗議するエリカに続き、ルトラがティーカップを置いてすっと立ち上がった。
「エリカさんの言う通りです。私たちを置いて一人で逃げ出すとは、少々薄情ではありませんか?」
「そうにゃ! 隠れてないで、ちゃんとマスターも間に入ってほしかったにゃ!」
三方向からの非難の視線が閃に突き刺さる。
「いや、ほら! お詫びに駅前で一番人気のケーキを買ってきたからさ! これで機嫌を直して……」
閃が顔を引きつらせながらケーキ箱を掲げるが、三人の反応は冷ややかだ。
「ケーキは嬉しいですが、それだけで誤魔化せると思わないでくださいね?」
「マスターのお仕置きも必要な気がするにゃ」
ジリジリと距離を詰めてくる絶世の美女三人。圧倒的なプレッシャーに、閃は冷や汗を流した。
(マズい、なにか方法は……っ!そうだ、あれを使おう!)
閃の脳裏に、とっておきの切り札が閃いた。
「ま、待て! ケーキの他にも、とっておきの詫びを用意してるんだ! ……俺の『愛車』で、空のドライブなんてどうだ!?」
「「「愛車……?」」」
三人が揃って首を傾げる。
閃は庭の広いスペースへ歩み出ると、虚空に向かって指を弾き、とあるマウントを呼び出した。
空間が歪み、青白いエーテルの光とともに、一台の巨大な『車』が姿を現した。
漆黒の重厚なボディ、滑らかな流線型のフォルム、そして四人がゆったりと座れるオープンカー仕様。
かつて異世界からエオルゼアへと持ち込まれたコラボアイテム――四人乗りマウント『レガリア TYPE-G』である。
魔導アーマーを始めとした機械系のマウントは転生の際に取り上げられていたが、なぜかこれだけは所持を許された。
「うわぁ……! 何これ、車!? でも、地上の車よりすごく大きくてカッコいい……!」
エリカが目を丸くしてレガリアのボディを撫でる。
「マスター、これで空を飛ぶのにゃ!? タイヤがついてるけど、どうやって飛ぶのにゃ?」
ミエルも興味津々で車の周囲をぐるぐると回り始めた。
「まあ見ててくれ。ミスト・ヴィレッジ以外で出すと目立ちすぎてヤバいから今まで控えてたんだけど、ここなら誰にも見られる心配はないからな」
現在のミスト・ヴィレッジは、この広大なエリアに閃の家しか建っていない、完全な独占状態だ。
「さあ、乗ってくれ」
閃が運転席のドアを開けて乗り込むと、三人も弾かれたようにレガリアへと乗り込んだ。
助手席には、長い脚を組んで優雅に座るルトラ。
閃の真後ろの後部座席には、はしゃいで立ち上がりそうになるミエル。そしてその隣には、少し緊張気味にシートベルトを探すエリカが座った。
「いくぞ。しっかり掴まっててくれよ」
閃が運転席のコンソールを操作すると、レガリアのエンジンが低く重厚な唸りを上げた。
次の瞬間。
ガシャァァン! という機械音と共に、車の後部がウィング状に変形し、ゆっくりと上昇を始めた。
「きゃっ!?」
「うにゃあああっ! 浮いたにゃ!!」
レガリアは重力を無視するようにふわりと浮き上がると、そのまま一気にミスト・ヴィレッジの青空へと舞い上がった。
風防ガラスが強風を遮り、オープンカーでありながら車内は快適そのものだ。
「すごい……! 閃くん、本当に車で空を飛んでるわ!!」
エリカが後部座席から身を乗り出し、眼下に広がる絶景に歓声を上げた。
「ふふ、素晴らしい乗り心地ですね。ズーとは安定感がまるで違います」
助手席のルトラも、風に髪を揺らしながら満足そうに微笑んでいる。
グングンと高度を上げるレガリア。
閃はハンドルを握りながら、眼下に広がる美しいミスト・ヴィレッジの全景を見下ろし、内心で密かに感動を噛み締めていた。
(前世のゲームじゃ、ハウジングエリアの中では飛べなかったんだよな……)
真っ白な石畳の街並み。エメラルドグリーンに輝く広大な海。そして、ぽつんと建っている自分たちだけの白亜の豪邸。
ゲーム時代には見ることの叶わなかった「ハウジングエリアの空からの景色」は、閃にとっても信じられないほど新鮮で、息を呑むほどに美しかった。
「マスター! あっちの海の方まで行ってみるにゃ! 波がキラキラしてて綺麗だにゃー!」
閃の肩越しに、ミエルが身を乗り出して指を差す。
「よし、行くか。落ちないように気をつけろよ」
閃がアクセルを踏み込むと、レガリアは海風を切り裂きながら、エメラルドの海上へと滑らかに降下していく。
「あははっ! 最高ね、閃くん!」
「閃様、このドライブ、とても気に入りました」
「マスター! 今度は夜に星空ドライブも連れてってほしいにゃ!」
三人の華やかな笑い声が、青空に吸い込まれていく。
先ほどまでの険悪な空気はすっかり吹き飛び、女性陣の機嫌は完全に直っていた。
(よしよし、これでケーキと一緒に美味しくお茶が飲めそうだ)
誰にも邪魔されない、自分たちだけのプライベートな空。
空飛ぶ車で南国のリゾートを優雅に飛び回りながら、閃は仲間たちと共に、ダンジョンならではの極上のドライブを心ゆくまで満喫するのだった。
【レガリア TYPE-G】
FF15とのコラボイベントで登場した初の4人乗りマウント。
ノクティスの愛車「レガリア」のレプリカである。