FF14で現代ダンジョン 作:黒蓮華
「――おいおいマジかよ……! あの穴、そういう意味だったのかよ!!」
作業場に、大平の怒号にも似た歓声が響き渡った。
スマホの画面に表示された『職人神』の最新の書き込み――【耐属性マテリア】の解禁と、装備に空いた「謎の穴」の真実を目にした大平は、頭を抱えて作業椅子から立ち上がった。
地元の大学に通いながら鍛冶師として活動する大平にとって、職人神のレシピで作る防具に必ず存在した「意匠にしては不自然な丸い穴」は、長らく用途不明であったのだ。
「凄すぎるだろ、職人神様……。最初からこの耐属性マテリアが解禁されることまで見越して、俺たちに穴あき防具を作らせてたのかよ……」
「へえ……マテリア、か。装備の穴に装着して属性耐性を高める石ね。相変わらずあの人の発想には驚かされるよ」
大平の傍らで悠希が中性的な声を漏らす。しなやかでスタイリッシュな女性の肉体へと変貌を遂げた元・親友は、脚を組みながら感心したように画面を覗き込んできた。
「だがまあ……俺たち一般のクラフターがマテリアを触れるようになるのは、当分先の話だろうなぁ。あーあ、早く実物のマテリア触ってみたい……」
大平はすぐさま興味を失ったように適当な生返事をし、ふくらはぎをボリボリと掻きながら作業台の上の金槌を手に取った。普段から鍛冶のこと以外にはめっぽう適当で無頓着な男なのだ。
「ふふ。相変わらず趣味のことになると目が輝くね、大平は」
悠希が可憐な顔立ちにフッと楽しそうな笑みを浮かべた、その時だった。
「――ただいまーっ!!」
ガチャリと威勢よく玄関のドアが開き、ドタバタと激しい足音が廊下を駆け抜けてきた。居間の引き戸が勢いよく開くと、汗をかいて息を切らした弟の大河が、胸を張って仁王立ちしていた。
その手には、発行されたばかりのプラスチック製のカードが誇らしげに握られている。
「兄貴! 見ろよこれ!! 『ダンジョン探索者ライセンス』! 今日、学校の帰りに速攻で協会行って取ってきたぞ!!」
「んー? ああ、ついに取れたか。おめでとさん」
大平は金槌で金属をカンカンと叩きながら、チラリと視線を向けただけで適当に相槌を打つ。
「おお、おめでとう、大河くん」
悠希がパッと表情を華やがせ、パチパチと手を叩く。十五歳になり、高校入学とともに晴れてライセンスを取得した大河は、カードを指で弄びながら「これで俺もついに探索者だー!」と浮かれモード全開だった。
「よーし、明日からさっそく第一層に潜って、一気にレベル上げてやるぜ! 待ってろよダンジョン!」
拳を握りしめて鼻息を荒くする弟。
その言葉を聞いた瞬間――。
大平の手の動きが、ピタリと止まった。
「……おい」
大平は金槌を作業台に置き、ゆっくりと振り返った。先ほどまでの適当な空気は完全に霧散し、その眼光は鋭く、声は低く真剣なトーンに変わっていた。
「おい大河、浮かれるな。一人でダンジョンに入るのは絶対にやめろ」
「えっ……なんでだよ兄貴! 第一層なんてスライムとか薬草むしりくらいだろ?」
不満そうに口を尖らせる大河に、大平は首を横に振った。
「第一層だろうが命がけの戦場だ。油断した奴から死ぬのがダンジョンなんだよ。……ソロで突っ込むなんて無謀な真似はするな。経験者のいるパーティを探して入れてもらうか、しっかり信頼できる仲間を集めてから潜れ」
大平の言葉には、身内を案じる兄としての強い重みがこもっていた。一度死線をくぐり抜けた経験のある悠希も、優しく、しかし静かに頷いている。
「大平の言う通りだよ、大河くん。最初のうちは前衛と後衛、回復役を揃えて行くのが一番安全だ。……もし素材が必要なら、僕が取ってこようか? 第一層の素材くらいならすぐ集めてきてあげるけど」
悠希が気遣うようにそう申し出た瞬間――大平の顔色がガラリと変わり、立ち上がって大声を張り上げた。
「お前はもう行くな!!!」
「……っ!?」
あまりの剣幕に、悠希も大河も思わず肩を跳ねさせた。
大平はハッと我に返ると、少し気まずそうに頭をかき、言葉を濁しながら悠希から視線を逸らした。
「……いや、その……お前はもう次が無いだろ。これ以上、危険な真似はしてほしくないんだよ。俺の勝手な我儘だけどな」
「……大平……」
悠希は一瞬目を丸くしたが、すぐに困ったような、どこか嬉しそうな微笑みを浮かべた。しなやかな女性の姿になっても、昔と変わらない自分への強い友情と執着。大平の不器用すぎる気遣いが伝わってきて、胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じていた。
二人の様子に呆れたような表情の大河を認めた大平は、雰囲気を切り替えるようにコンコンと作業台を叩き、再びいつものような少し抜けた調子で大河に向き直った。
「……そういうわけだ、大河。とにかく、ちゃんとした仲間が見つかるまでは焦るな。武器だって用意してやる」
「いいのか!?」
「ああ、明日の放課後、時間をとるから工房の武器を選んでいいぞ」
「よっしゃ! ありがとう兄貴!」
大河は満面の笑みを浮かべ、握りしめていたライセンスを大切そうにポケットへと仕舞い込んだ。
「あ、…そうだ」
大河は少しだけ言いにくそうに頭を掻きながら、上目遣いに兄の顔を窺った。
「その……明日の武器選びなんだけどさ。俺、すでに声かけてる奴がいるんだ。そいつらにも工房の武器、見せてやってもいいか?」
「おいおい、まさかもうパーティの目星がついてんのか? 」
「まあ、まだ全員からOKもらったわけじゃないけどな……」
「……まあいいや。明日、学校が終わったらそいつら連れてこいよ。最初の武器くらいは俺の奢りで用意してやる。だけど次からは自力でダンジョンに潜って、ちゃんと素材を中に持ち込んでこい。そしたら俺が最高の装備に叩き直してやるからな」
「マジで!? サンキュ、兄貴! 太っ腹だな!」
大河はパーッと顔を輝かせ、何度も深々と頭を下げた。初心者にとって、職人が仕立てた装備を最初に無償で譲ってもらえるなど破格の幸運だ。
「……ふふ、大平ってば、口では厳しいこと言いながら弟には甘いんだから」
悠希がくすくすと上品に喉を鳴らす。大平は「甘くねぇよ、未来の顧客への先行投資だ」とぶつぶつと照れ隠しの言い訳を呟きながら、再びそっぽを向いて作業台の金属をカンカンと叩き始めた。
「よし、じゃあ俺、明日の放課後連れてくるから頼んだぞ兄貴!」
「おう。変な奴らだったら追い返すからなー」
威勢よく作業場を飛び出していく大河の背中を、大平は苦笑しつつもどこか温かい眼差しで見送った。
◆
翌日の放課後。
日下部舞は、帰りの身支度をしながら親友の結衣と他愛もないお喋りをしていた。
「ねえ舞、帰りに駅前のクレープ寄ってかない?」
「あ、いいね。私、今回はイチゴにしようかなー」
「――なあ、日下部、白石!」
ふいに背後から大きな声で呼ばれ、舞たちが振り向くと、そこには同じクラスの大河が誇らしげな顔で立っていた。その隣には、彼とよくつるんでいる少し物静かな男子生徒、海斗の姿もある。
「もう、大河くん声大きいよ。どうかしたの?」
結衣が呆れたように言うと、大河は胸ポケットから一枚の真新しいカードを取り出し、これ見よがしに突きつけてきた。
「じゃーん! 見ろよこれ! 昨日、ついに『ダンジョン探索者ライセンス』取ってきたんだぜ!」
「えっ、本当!? すごーい!」
ミーハーな結衣が目を輝かせてカードを覗き込む。舞も「へえ、すごいね」と相槌を打ちながらも、内心少し複雑な気分だった。
(大河くんも探索者か……。お兄ちゃんも、あんなカード持ってたっけ)
最近知ってしまった、兄・閃の信じられない「裏の顔」。雲の上の存在になってしまった兄が、普段どんな世界で戦っているのか。妹である舞には、まだ全く想像もついていなかった。
「でさ、」大河は少しもったいぶるように咳払いをして、舞たち三人を見回した。
「海斗には昨日話したんだけど……俺の兄貴がクラフターやってて、自分の工房で探索者用の武器を作ってるんだよ。これから武器を見繕ってもらいに行くんだが……お前らもちょっと、見に来ないか?」
「えっ、武器!?」
舞は思わず声を上げた。
「ああ。剣とか槍とか、魔法の杖とか色々あるぜ。白石たちも探索者に興味あるなら、本物の武器を見る機会なんてそうそうないだろ?」
「わあ、面白そう! 私行くー!」
結衣が即座に手を挙げる。海斗も「クラフターの生作業が見られるなら行ってみたい」と同意した。
(お兄ちゃんが使ってるみたいな、本当の武器……)
舞は少し迷ったが、胸の奥で好奇心が勝った。
(お兄ちゃんがどんな風に戦ってるのか、探索者について知るいい機会かも……)
「うん、私も……見に行きたいな」
「よし、決まりだな! じゃあ俺についてきてくれ!」
大河は思惑通りといった満面の笑みで、三人を引き連れて教室を飛び出していった。
◆
「――ただいまー! 兄貴、いるかー!?」
大河に案内されたのは、市内の外れにある倉庫を改装したような建物だった。中に入ると、カンカンという金属を打つ音と、熱気、そして油と鉄の匂いが充満している。
「おっと、もう来たのか……って、お前、女子も連れて来たのか?」
作業台の奥から顔を出したのは、ゴーグルを頭に引っ掛けた大河の兄、大平だった。普段は無頓着そうな雰囲気を漂わせているが、その腕は確かなものらしく、壁には様々な種類の武器が所狭しと掛けられている。
「まあいいか。よく来たな。刃は潰してあるか鞘に入ってるから、素手で触っても怪我はしねえよ。好きに見てみな」
「お邪魔しまーす!」
大平が再び作業に戻るのを確認すると、大河たちはわあっと工房の中を見て回り始めた。
「すっげえ、これ本物の鉄剣か! 重っ!」
「こっちの杖は先端に宝石みたいなのが埋め込まれてるね。綺麗だ……」
大河と海斗が少年のように目を輝かせ、結衣も「わー、魔法使いみたい!」と杖を持ってポーズを取っている。
舞も並べられた武器を一つ一つ眺めていた。兄が使っていた「剣から爆発が起きる武器」がないか探してみたが、さすがにそんな特殊なものは見当たらない。
ふと、部屋の片隅――他の武器からは離れ、埃を被った木箱の中に無造作に置かれている『二つの金属の輪』に目が留まった。
外側に鋭い刃がついた、フリスビーのような円形の武器。装飾は美しいが、ひどくぞんざいな扱いだ。
「……これ、何ですか?」
舞が木箱を指差すと、手を止めた大平がチラリと視線を向けた。
「ああ、それは『チャクラム』だ。投擲武器の一種だな」
「投擲……投げるんですか?」
「そうだ。少し前に職人神のレシピ通りに造ってみたんだが……実用性が皆無でな」
大平は苦笑しながらタオルで手を拭き、舞のそばにやってきた。
「投擲武器ってのは、投げたら当然飛んでいって終わりだろ? ダンジョンの中でモンスターに向かって投げたら、戦闘後にいちいち拾いに行かなきゃならない。かと言って、使い捨てるには高価すぎる。……ブーメランみたいに手元に戻ってくる魔法の仕掛けでもあれば別だが、今の技術じゃそんなもん誰も作れない。投げたら最後、戻ってこないんだよ」
大平は肩をすくめた。
「だから、誰も使わなくてな。ずっと埃を被ってるのさ」
「そうなんですね……」
舞は少し可哀想に思い、そっとそのチャクラムを手に取った。
――その瞬間。
(……え?)
不思議な感覚が舞の身体を駆け抜けた。金属の冷たさよりも先に、まるで自分の身体の一部だったかのような「しっくりくる」感覚。両手に一つずつ輪を持った途端、自然と足幅が開き、身体の重心がすっと落ちる。
「……あれ? なんかお前、様になってんな」
大平が少し驚いたように眉を上げた。大河たちも集まってくる。
「舞、それ重くないの?」と結衣が不思議そうに聞くが、舞にとっては羽のように軽く感じられた。
「あの……これ、少し投げてみてもいいですか?」
舞自身も、自分がなぜそんなことを口走ったのか分からなかった。ただ、チャクラムから不思議な何かを感じたのだ。
「ああ、裏に空き地があるからそこでならいいぞ。刃は潰してある練習用だから安全だ」
◆
工房の裏手の広い空き地。
大平と大河たちが見守る中、舞は両手にチャクラムを持ち、すぅっと深く息を吸い込んだ。
(どうやって投げるんだろう……。ううん、考えるより……身体の動くままに……!)
舞が軽くステップを踏んだ。
それは武術の構えというより、華麗な「舞踊」のようだった。
クルリと身体を回転させ、遠心力と手首のスナップを極限まで利かせる。足先から腰、肩、そして指先へと流れるような完璧な連動――。
「えいっ!」
鋭い呼気とともに放たれた二つのチャクラムは、空気を切り裂くような甲高い音を立てて飛翔した。
シュババババッ!
凄まじい回転を帯びた円刃は、風の魔力でも纏っているかのように美しい緑色の軌跡を描き、数十メートル先の空き地の木々に設置された的の横を掠めた。
「おっ、すげえ飛んだな!」
大河が歓声を上げた、直後だった。
空中で急ブレーキをかけたように軌道を変えた二つのチャクラムが、信じられないほどの急カーブを描き――ブーメランのように、寸分の狂いもなく舞の元へと戻ってきたのだ。
「えっ」
「嘘だろ!?」
大河と大平の叫びをよそに、舞は手首を優雅に返し、戻ってきたチャクラムの柄を『カシャンッ』と両手で完璧にキャッチした。
髪を風に揺らしながら、舞はきょとんとして自分の手の中の武器を見つめた。
「……あれ? 戻って、きました……?」
静まり返る空き地。
結衣と海斗はポカンと口を開け、大平は目を見開いている。
「なっ……! ま、真っ直ぐ投げた武器が、戻ってきた!? どういう原理だあれ!?」
大平が頭を抱えて叫ぶ。
「すっげええええええ!! 舞、お前天才じゃん!!」
大河が目を輝かせて舞に詰め寄り、大興奮でまくしたてた。
「なあ! 俺とパーティ組もうぜ! 舞のその武器と、俺が前衛で盾になれば、絶対最強のパーティになるって!! 白石と海斗も、一緒にやろうぜ!」
「えっ!? 私も!?」
「面白そうだな。俺、後衛で魔法の練習してみようかな」
大河の強引ながらも熱い誘いに、結衣と海斗もまんざらではない表情を見せる。
「えっと……私、才能あるのかな……?」
まだ状況を飲み込めていない舞だったが、手の中のチャクラムの冷たい感触が、なぜかとても心地よく感じられた。
(お兄ちゃんも、ダンジョンでこんな風に戦ってるのかな……)
ほんの少しだけ、雲の上の存在になってしまった兄の背中に近づけたような気がして。
舞は「……うん、やってみようかな」と、はにかむように微笑んだ。
かくして、若き高校生パーティ結成の産声が、春の空の下に響き渡るのだった。