FF14で現代ダンジョン 作:黒蓮華
『防雷のマテリア』という新たな強化システムがもたらされたことで、人類のダンジョン攻略は劇的な加速を見せた。
これまで即死級の脅威だった雷雲エリアの落雷も、マテリアをはめ込んだ防具の前では「耐え得るダメージ」へと激減したのだ。さらに、第九層はこれまでの階層に比べて面積がさほど広くなかったこともあり、探索者たちは僅か三ヶ月という驚異的なスピードで、階層の最奥へと到達していた。
――第九層、最奥の広場。
バチバチと紫電が弾ける漆黒の空の下、Sランクを始めとする合同攻略チームが、巨大なモンスターと激しい死闘を繰り広げていた。
宙をうねるように泳ぐ、細長く禍々しい漆黒の龍――『雷電竜』。
全身から高圧電流を撒き散らし、咆哮と共に広範囲の雷撃を放ってくる大物だ。だが、十分な雷耐性対策を整えた攻略チームの動きは統率が取れていた。
「――『ヴァルファイア』!」
エリカの放った灼熱の魔法が雷電竜の鱗を焼き焦がし、ルトラの槍が雷の障壁を穿ち、ミエルの聖なる回復魔法が前衛のタンクたちを強固に支える。
この戦いも一時間程続いているが、そろそろ終盤だろう。
「よし、これなら、エリカたちと他の攻略チームで十分押し切れる」
通常ならば、あの雷電竜こそが第九層の『階層主』だと思われるだろう。実際、周りの攻略チームの誰もが「こいつを倒せば第十層への扉が開く」と信じて疑わず、総攻撃を仕掛けている。
だが、前世のあらゆる知識を統合している閃の目は誤魔化せなかった。
(……いや、こいつはどう見ても階層主の器じゃない)
雷電竜は確かに強力だが、攻撃のパターンや纏う魔力の質が、どこか単調で底が浅い。せいぜい「ダンジョンの中ボス」といったところだ。第八層のあの巨大な白鯨の後に来る『階層主』としては、明らかに格が足りない。
閃が周囲に視線を巡らせると、激闘が繰り広げられている広場の奥――巨大な岩盤にぽっかりと開いた、洞窟のような暗い大穴が見えた。
そこが第十層へと続く道であることは疑いようもないが、問題はそこから漏れ出している『気配』だった。
ビリビリと肌を刺すような、純粋で圧倒的な「闘気」。
雷のピリつきとは違う、強者だけが発する濃密な殺意が、その洞窟の奥から静かに、だが確実にこちらを見据えていた。
(……本命は、あっちか)
閃はガンブレードの柄を握り直すと、前線で魔法の詠唱を終えたエリカたちの元へと素早く駆け寄せた。
「ルトラ、ミエル、エリカ! こっちの雷電竜はもう消化試合だな。あとは他のチームと協力してトドメを任せていいか!」
「閃くん? ええ、もちろんよ! あともう少しで倒し切れるわ!」
「マスター、どこかに行くのにゃ?」
「ああ。奥の洞窟に……嫌な気配がする。本物の『階層主』はたぶんあの中だ。ちょっと俺一人で先に見てくる」
閃の言葉に、ルトラが鋭く目を細めて洞窟の奥を睨みつけた。
「なるほど……。承知いたしました閃様。ここは私たちで確実に片付けます。どうぞ、ご武運を」
「頼んだ」
頼もしい三人の返事に背中を押され、閃は戦火の上がる広場を離れ、単身、不気味な暗闇が口を開ける洞窟へと足を踏み入れた。
◆
洞窟の中は、外の雷鳴が嘘のように静まり返っていた。
青白い発光ゴケに照らされた岩肌の道をしばらく進むと、やがて視界が開け、円形の広大な闘技場のような空間へと出た。
その最奥には、第十層へと続く荘厳な大門がそびえ立っている。
そして、その門の前。
圧倒的な威圧感を放ちながら、ドカリと胡座をかいて待ち構えていた『門番』が、静かに立ち上がった。
「……やっぱりな」
閃は短く息を吐いた。
そこにいたのは、昆虫を思わせる漆黒と真紅の硬質な甲殻に全身を覆われた、見上げるほどの巨体。
背中には巨大な翅を持ち、そして何より特徴的なのは、その胴体から伸びる『四本の太い腕』だった。
それぞれの腕には、炎のように赤熱した刀身を持つ大太刀が握られている。
ただのモンスターではない。武を重んじ、闘争を悦びとする武神。
その姿は、閃の記憶に深く刻み込まれている『武神ラーヴァナ』とあまりにも似ていた。
『――我が領域に単身で踏み入る者よ。貴様、武の心得があるな』
四本腕の鬼武者の口から、地鳴りのような重低音の声が響いた。
言語を解する階層主。闘技場を揺るがすほどの闘気に、閃は一瞬だけ口角を上げた。
「まさかここでラーヴァナが来るとはな…」
『ラーヴァナ……? 我に名はない、それよりも貴様の魂からは、心地よい闘争の気配を感じる』
四本の腕が流れるような動作で太刀を構え、鬼武者の全身から紅蓮の炎が噴き上がった。
灼熱の熱波が閃の頬を撫でる。
攻略チームが全員で束になっても、この圧倒的な武力の前には、文字通り切り刻まれて全滅する未来しか見えなかった。
「仕方ない。外の連中には荷が重すぎる……ここは、俺が相手になろう」
閃は背中のホルダーからガンブレードを引き抜き、カシャリとシリンダーを回転させた。
ソイルが装填され、刃の奥で青白い光が脈動する。
『さあ、語り合おうぞ………武によってな!』
「いくぞ――ッ!」
紅蓮の闘気を纏う四本腕の鬼武者と、漆黒のジャケットを翻すガンブレイカー。
密閉された地下闘技場で、誰の目にも触れることのない、一対一の死闘が、静かに、知識と閃光を交えて幕を開けた。
◆
地鳴りのような咆哮と共に、鬼武者の巨躯が弾けた。
巨体に似合わぬ神速の踏み込み。四本の腕が握る赤熱した大太刀が、上段、下段、そして左右から同時に閃を襲う。逃げ場など存在しない、完全なる必殺の剣陣。
だが、閃の瞳に焦りは一切なかった。
瞬時にガンブレードの腹を盾のように構え、自身の周囲に青白い結晶状の魔法障壁を展開する。
――ガガガガァァンッ!!
絶対的な強度を誇る防御障壁が、四方向からの斬撃を受け止め、激しい火花と衝撃波を闘技場に撒き散らす。障壁はわずかに亀裂を入れたものの、閃の身体には傷一つ届いていない。
「四刀流か……手数が多くて厄介だが、太刀筋は素直だな!」
障壁が砕ける反動を利用し、閃は前傾姿勢で鬼武者の懐へと滑り込んだ。
鋭い袈裟斬り、続いて下から斬り上げる連撃。刃が交錯する中で、閃は己の身体にバリアを纏わせながら、ガンブレードのシリンダーへソイルを次々と充填していく。
『浅いぞ!』
鬼武者が哄笑し、四本の腕を風車のように回転させた。紅蓮の炎が渦を巻き、闘技場を焼き尽くすほどの灼熱の竜巻となって閃を飲み込もうとする。
閃は迷わず引き金を引いた。
――ドガァァァァンッ!!
シリンダーに込められたソイルが解放され、ガンブレードの刀身から極大の爆発が放たれる。その爆発の反動を利用して炎の竜巻を強引に切り裂き、閃は鬼武者の死角へと回り込んだ。
(ここから一気に削る!)
充填されたソイルを一気に消費し、閃の怒涛の連撃が始まる。
獣が牙を剥くような荒々しい斬撃。その刃が鬼武者の甲殻に食い込んだ瞬間、閃はトリガーを引く。
斬撃、そして至近距離での爆発。
さらに刃を引き抜く動作にすら爆破の推進力を乗せ、次々と斬撃と爆炎の追撃を叩き込んでいく。流れるような三連撃と、その合間すべてに挟み込まれる爆発のコンビネーションが、強固な鬼武者の装甲をメリメリと砕いていく。
『ヌウゥッ……! やるな、……だが!』
甲殻を砕かれた鬼武者が怒りに満ちた咆哮を上げ、全身からさらに強大な闘気を噴出させた。
背中の翅が広がり、闘技場の天井に届くほどの巨大な炎の蝶の幻影が浮かび上がる。四本の大太刀がすべて紅蓮の炎に包まれ、空間そのものを断ち割るかのような、鬼神の全霊を込めた大技の構え。
『さあ! 耐えてみせよ!!!』
四本の炎の太刀が、巨大な一つの斬撃となって閃の頭上へと振り下ろされる。
直撃すれば、歴戦の重戦士ですら塵一つ残さず消し飛ぶであろう絶対的な破壊の光。
だが、閃は避けない。
それどころか、己の内に眠る闘争本能――リミッターを完全に解除し、ガンブレードを両手で真上へと掲げた。
「全部、ぶち抜く……ッ!」
全身の魔力を限界まで練り上げ、自身の攻撃力を極限まで高める。
ガンブレードの刃が、炎をも焼き尽くすほどの青白い超高熱のエーテルを帯びて光り輝く。
降り注ぐ鬼神の炎の斬撃に対し、閃は大地を蹴り上げ、真っ向から迎撃の連撃を放った。
初撃。
青白いエーテルを纏った横薙ぎの一閃が、四本の太刀が織りなす炎の壁を強引に弾き飛ばす。トリガーが引かれ、閃光のような爆発が鬼武者の巨体を大きく仰け反らせた。
次撃。
空中で体勢を立て直そうとする鬼武者に対し、閃はさらに高く跳躍し、脳天から真っ二つにするような強烈な縦斬りを叩き込む。再びの爆発が、鬼神の炎のオーラを完全に吹き飛ばした。
『馬鹿、な……! 我が武が、力負けするだと……!?』
驚愕に目を見開く鬼武者の胸元が、完全に無防備に開かれていた。
シリンダーに残された最後のソイル。そこに閃の全魔力を圧縮し、ガンブレイカーとしての究極の一撃を放つ。
「これで、終わりだッ!」
空中で身を捻り、遠心力と爆発の推進力のすべてを乗せた刃を、鬼武者の硬質な胸甲へと深々と突き立てた。
自由を奪う間もなく、最後にして最大の引き金を引く。
――『エンド・オブ・ハート』。
カチッ、という小さなトリガー音の後。
闘技場のすべてを白く塗り潰すほどの、極大のエーテル爆発が炸裂した。
ドゴォォォォォォォォォォンッ!!!!!
獅子の咆哮にも似た凄まじい爆発音が地下空間に木霊する。
超高圧のエーテル爆発は鬼武者の巨体を内部から完全に破壊し、その分厚い甲殻ごと、背中の翅すらも跡形もなく粉砕した。
光が収束していく中。
閃はゆっくりと地面に着地し、ガンブレードをカシャリと振って熱を逃がし、背中のホルダーへと納めた。
『……その力、見事なり……』
満足げな重低音を響かせ、四本腕の鬼武者の巨体が光の粒子へと還元されていく。
閃が短く息を吐き、張り詰めていた魔力を解いた、まさにその瞬間だった。張り詰めていた魔力を解き、手袋を嵌め直そうとした――その時だった。
『――閃様、聞こえますか?』
頭の中に、脳裏へ直接語りかけてくるような、澄んだルトラの声が響いた。
『リンクパール』前世のゲームにおいて、遠く離れた仲間と瞬時に念話で通信を行える代物だ。閃はこの世界でもルトラ、ミエル、エリカの四人だけに繋がる専用のリンクパールを作成し、連絡用として活用していたのだった。
「ルトラか。こっちの真の階層主、今倒し終わったぞ。そっちの雷電竜はどうなった?」
『お見事です、閃様。こちらも無事に雷電竜の討伐を完了いたしました。……ですが……』
念話の向こうから、ルトラの少し急警を告げるような声が返ってきた。
『洞窟の奥からの凄まじい爆発音を聞いた攻略チームがそちらへと向かっております』
「――っ!? マジで!?」
焦った閃は冷や汗を流しながら、一人で広大な闘技場の真ん中に立っている己の姿を省みた。
ここで、探索者の日下部閃として立っていれば、「四本腕のバケモノ階層主をソロで完封撃破した」という常軌を逸した事実が、他の精鋭探索者たち全員に完全にバレてしまう。
「くそっ、教えてくれて助かった! すぐに対応する!」
『はい。どうぞお気をつけて、閃様』
念話を切ると同時に、閃は虚空のシステムウィンドウを光の速さで操作し、登録してある着替え用の装備ボタンをタップした。
シュァァァンッ!
――ドドドドドッ!
広間の入り口から激しい足音が響き渡り、攻略チームの精鋭たちが広大な地下闘技場へと勢いよくなだれ込んできたのは、まさにその直後だった。
「な……なんだ、ここは!?」
「おい、見ろ! あれは……!!」
駆け込んできた数十人の探索者たちは、目の前に広がる光景に息を呑み、文字通り足の根を張ったように固まった。
彼らの眼前にあったのは、雷電竜など足元にも及ばないほどの絶大な威圧感を残し、まさに今、光となって消滅しかけている巨大な鬼武者の残骸。
そして――降り注ぐ光の粒子の中央で、純白の甲冑を纏い、一振りの聖剣を携えて静かに佇む一人の騎士の背中だった。
「ひ、光の騎士だ……!」
「あれが、第六層で氷獄竜を一撃で屠ったっていう……!」
「まさか、あそこに倒れてるやつが本当の階層主か!?」
畏怖と驚愕の入り混じったどよめきが、探索者たちの間に波紋のように広がっていく。
探索者たちが狼狽え、誰一人として声をかけられずにいる中。
純白の騎士は、振り返ることすらしなかった。
彼らに語る言葉など何もないとばかりに、ただ静かに聖剣を鞘に収め、第十層へと続く大門の方へと歩みを進める。
「ま、待ってくれ! あなたは一体――」
一人の探索者がたまらず声を張ったが、遅かった。
光の騎士の足元から、青白いエーテルの帯が螺旋を描くように立ち昇る。
それは、最上位の探索者たちだけが知る『テレポ』の発動エフェクトだった。
シュォォォン……ッ!
眩い閃光が闘技場を包み込み、光が収束した時には――純白の騎士の姿は、跡形もなく完全に消失していた。
「消え……た……?」
「またしても、俺たちを救って去っていったのか……」
静まり返った地下闘技場。
残されたのは、鬼武者が放っていた闘気の余韻と、再び現れた伝説の騎士に対する、探索者たちの底知れぬ畏敬の念だけだった。
「……すげえ。やっぱ、とんでもねえ化け物だわ、あの騎士様は」
誰かがぽつりと呟いたその言葉に、全員が無言で頷く。
その横でルトラたち三人は、周囲にバレないようにこっそりと小さな笑みを交わし合っていた。
人類が第九層を突破し、未知なる第十層への扉が開かれたこの日。
『光の騎士』の伝説は、また一つ、確固たる真実として世界中の探索者たちの心に深く刻み込まれるのだった。
【リンクシェル】【リンクパール】
リンクシェルと呼ばれる貝から採れる真珠がリンクパール。 これに念じることで、同じ貝から採れたリンクパール同士が共鳴し、遠く離れた相手とも声を交わすことができる。
光の戦士は、これのせいで頻繁にお使いをする羽目になった。