FF14で現代ダンジョン 作:黒蓮華
それから一時間も経たないうちに、テラスの転移門が眩い光を放ち、三人が姿を現した。
「ただいま戻りました、閃様!」
「閃くん、ただいま!」
「マスター! ただいまにゃー!」
豪邸のテラスに足を踏み入れるなり、賑やかな声が上がった。
無事に帰還した三人の顔には、第九層突破の興奮が未だにくっきりと残っていた。
「おかえり。事後処理は問題なかったか?」
「ええ。第十層『神殿エリア』の入り口に簡易拠点を設営し、後続のギルドへ引き継いでから帰還いたしました」
ルトラが優雅に一礼し、身に纏っていた甲冑を解除してゆったりとした部屋着へと着替える。
「よし、お疲れ様。……で、三人が戻ったらすぐに話そうと思ってたんだが」
閃はソファーから立ち上がり、真剣な表情で三人を見回した。
「……閃くん? 何かあったの? もしかして、また新しいシステムアナウンスがあったとか……?」
エリカが即座に勘を働かせて顔を近づけてくる。ミエルも猫耳をピンと立てて閃の顔を覗き込んだ。
「ああ。さっき『第九層攻略に伴い、マテリアシステムを全面開放する』ってアナウンスが来たんだ」
「全面開放……!? それって、この前開放された耐属性マテリア以外のマテリアも、全部手に入るようになるってことですの!?」
「そうだ。攻撃力やクリティカル率、魔法威力を上げる戦闘用マテリアだけじゃない。クラフターの作業精度を上げたり、ギャザラーの採集効率を上げるマテリアまで、全部開放されたんだよ」
「にゃ、にゃんとーーっ!!」
ミエルが尻尾を逆立てて驚愕の声を上げた。
「属性耐性だけでもあんなに騒ぎになってたのに、もう全部開放なのにゃ!? それはもう、完全にダンジョンの常識が変わっちゃうにゃ……!」
「ええ……世界中の探索者やクラフターが喉から手が出るほど欲しがるはずです」
ルトラも感嘆の吐息を漏らした。だが、閃は人差し指を立てて「だがな」とニヤリと笑った。
「衝撃なのはそこだけじゃない。マテリアの『入手方法』もだ」
「入手方法……? 第九層の入り口みたいに、モンスターからのドロップじゃないの?」
エリカが首を傾げた。
「それもある。だが、これからのメインになる入手方法は別にある。……それは【錬精】、つまり使い込んだ装備からの『マテリア抽出』だ」
「装備からの……抽出……?」
「ああ。長く戦いを共にして使い込んだ装備品には強い思念が宿っていく。錬精度って呼ぶけど、それが上限に達した時、装備から思念を抽出して直接マテリアへと変換できるんだ」
「装備から、マテリアが……!」
エリカの目が丸くなった。
「よし、百聞は一見に如かずだ。さっそく試してみよう。エリカ、お前が今日までずっと使い込んできたその武器を出してみてくれ」
「えっ、私の『レイピア』を?」
エリカは言われるままに、腰に差していた慣れ親しんだレイピアを引き抜いた。
閃が彼女のために製作し、第六層から第九層までの幾多の死闘を潜り抜けてエリカの手に馴染んだ一品だ。閃が心を込めて鍛え上げたその細身の剣からは、幾重にも重なった強い思念の残滓がほんのりと漂っていた。
「よし、武器を両手で包み込むように持って、集中してみてくれ。愛用してきた武具の記憶を『結晶化』させるイメージだ」
「う、うん……やってみるわ!」
エリカは深呼吸をし、レイピアの柄と刀身をそっと両手で包み込んだ。
静まり返るリビング。
エリカがそっと瞳を閉じ、愛剣と共に駆け抜けた激闘の日々に思いを馳せた、次の瞬間だった。
――シュァァァァァン……!
レイピアの刀身から、眩いばかりの澄み渡った淡い光が溢れ出した。光の粒子はエリカの手のひらの上でゆっくりと渦を巻き、やがて凝縮され、小さな結晶となって「カラン」と可憐な音を立てて手の中に落ちた。
「きゃっ……! なにこれ、綺麗……!」
エリカがそっと手を開くと、そこには溢れんばかりの星のような光を宿した、美しく輝く宝珠が鎮座していた。
「……成功だな」
閃はシステムウィンドウでその効果を確認し、少し首をかしげつつ言葉を続けた。
「【雄略のマテリラ】だ。意志力……つまり攻撃力や回復力の基礎値を直接引き上げるマテリアだな」
「攻撃力を……!? っていうか、ちょっと待って! 『マテリラ』って何!? マテリアじゃないの!?」
エリカが名前の響きに思わずツッコミを入れる。
「ああ、説明してなかったな。マテリアにはランクがあるんだ。下から順にマテリア、マテリラ、マテリダ、マテリガ、マテリジャ……といった具合に、ランクが上がるほど効果量も跳ね上がる。……だが、エリカのレイピアはレベル60相当の装備だから、もっと上のランクが出ると思ったんだがな……」
「ニャハハ! すごいにゃエリカ! じゃあミエルもやってみるにゃ! ―――! ほら、【武略のマテリジャ】が出たにゃーーっ!」
「……私からは【詠唱のマテリジャ】が抽出されました、これは私には合いませんね……」
ミエルとルトラも自分たちの愛用武器を取り出して次々と集中し、リビングに色とりどりの輝きを放つマテリアが次々と生まれ落ちていく。
「ん……? マテリジャ?……」
二人の手元で輝く【マテリジャ】を見つめながら、閃は顎に手を当てて思考を巡らせた。
(ルトラとミエルの武器はレベル80相当の装備だ。前世のゲームならレベル80の装備から抽出されるのは、最低でも『メガマテリジャ』や『エクスマテリジャ』あたりのランクだったはず……。なのに出るのは『マテリジャ』止まりか……?)
レベル60装備のエリカから『マテリラ』、レベル80装備のルトラたちから『マテリジャ』。
前世のゲームの適正ランクに比べると、明らかに低いランクが精製されている。
(ううん……現実のダンジョンシステムだと、装備から抽出されるマテリアのランク補正が前世より低めに設定されてるのか。あるいは、使い手のステータスや錬精度の深さが関係してるのか……?)
「マスター、どうされたのですか? 浮かないお顔をされて……」
「いや……レベル80装備で『マテリジャ』かと思ってな。……ちょっと俺も試してみる」
閃は背中のホルダーから、己のレベル100のステータスに合わせた最高峰のガンブレードを引き抜いた。
柄に手をかけ、己の全魔力と幾多の死闘の記憶を乗せてマテリア精製のイメージを練り上げる。
――ピキィィィィィンッ!!!!
「「「きゃあああっ!?」」」
エリカたちの時とは比較にならない、リビング全体を白く塗り潰すほどの暴力的で神々しい光の奔流がガンブレードから吹き荒れた。
あまりの光量と密度の濃い魔力波に、三人は思わず腕で目を覆う。
光がゆっくりと収束していくと、閃の手の中には、エリカたちのマテリアの何倍も大きく、神聖な金色の装飾が施された規格外の宝珠が鎮座していた。
「おお、ちゃんと出たな。【天眼のハイアルテマテリジャ】だ」
「「「…………なにそれ長っ!?」」」
三人の見事なツッコミが美しくハモった。
「強打率を高める最上級マテリアだな。俺のガンブレードはレベル100相当だから、最高ランクが出たみたいだ」
「マスターだけ異次元すぎるにゃ……」
「天眼の……ハイ……アルテ……? 一体どれだけの階級を飛び越えたのですか……」
三人は半ば呆れたような、しかし深く感動したような眼差しで閃の手元を見つめていた。
(しかしどういうことだ……。この世界のマテリア精製は渋くなってるが、俺だけは例外なのか?……まあ、考えても仕方ないか)
閃は手の中の極大マテリアをコロコロと転がしながら、思考を未来の攻略と地上経済へと向けた。
「これから第十層『神殿エリア』の攻略が本格的に始まる。だが……世間の探索者がこの『装備からのマテリア抽出』の仕様を知ったら大騒ぎになるな」
「そ……そうね。今までは古くなった装備って、後輩にあげたりオークションで売ったりするのが当たり前だったじゃない? でも、使い込んで錬精度を100%にすれば、自分だけの強力なマテリアに化けるんだもの……!」
エリカがハッと目を見開く。
「ええ……それどころか、市場の相場も根本から覆ります」
ルトラが腕を組み、冷徹かつ的確な洞察を口にした。
「これからは『強い装備をすぐに買って乗り換える』のではなく、『自分が使い慣れた装備を壊れるギリギリまで酷使してマテリアを抜き取る』という文化が定着するでしょう。ですが……それは同時に危険な兆候でもあります」
「どういうことにゃ、ルトラ?」
ミエルが首をかしげると、ルトラは静かに首を横に振った。
「自分の適正階層に合わない、性能の落ちた古い装備のまま『マテリアを抽出したいから』という理由で上の階層へ潜り続け、能力不足で事故を起こす探索者が続出するということです。……錬精度の欲に目がくらみ、装備の更新を怠って命を落とす者が確実に現れますわ」
「うぐっ……! たしかにありそうだにゃ……。『あと少しで上限だから!』って無理して強いモンスターに突っ込んで全滅するやつ……」
ミエルが耳を伏せて耳の痛そうな顔をする。
「古い装備にしがみつくより、新しい高階層装備に、抽出したマテリアを嵌め込んで強化した方が遥かに強くて安全だからな。……まあ、今の一般的な探索者が手に入れられるのは『マテリア』や『マテリラ』、『マテリダ』あたりが限界だろうが、それでも数値を直接補正できるメリットは計り知れない」
「……閃くん、これ……世界中のクラフターにまた特大のバブルが来るんじゃないかしら?」
「間違いなくな。穴あき高精度防具の受注と、マテリア装着の依頼で工房がパンクするぞ。何より、今まで捨て値で叩かれていた使い捨ての量産防具ですら『マテリア抽出用の錬精素材』として市場で引っ張りだこになるはずだ」
モンスターからの激レアなドロップを待たずとも、探索者が己の装備を愛し、使い込むことによって『強さの結晶』を自ら生み出すことができる画期的なシステム。
そして、そのマテリアを巡って巻き起こるであろう、新たな経済の狂乱と攻略の進化。
「さて……第十層の攻略準備を進めつつ、まずはネットで【錬精】の仕様をどうやって教えてやらないとな」
「ふふ、また『職人神様』のたった一言の書き込みで、世界中のオークションと探索者協会が大パニックになるのが目に浮かびますわ」
「ミエルも早く自分の装備にマテリア詰め込みたいにゃー!」
三人の賑やかな歓声と、リビングに満ちる色とりどりのマテリアの光に包まれながら、閃は静かに口元を緩めた。
第十層の扉が開かれたこの日。人類の探索者とクラフターたちは、これまでにない「強さへの探求と、武具への愛着」という新たな時代の扉を、一斉に叩き開けることになるのだった。