FF14で現代ダンジョン 作:黒蓮華
人類が遂に足を踏み入れた第十層『蒼穹神殿』。
天を突くほどに高い天井と、荘厳な大理石の巨大な柱がどこまでも立ち並ぶその空間は、あまりにも静謐で、そして――狂おしいほどの威圧感に満ちていた。
壁面にずらりと並ぶ無数のアーチ状の窓からは、雲一つない澄み渡った蒼穹――果てしない青空と眩い陽光が差し込み、白い大理石の床を神聖に照らし出している。
「……引き締めていこう。ここからは、今までとまるで別世界だ」
重厚な盾を構え直し、俺――『月光騎士団』のリーダーである桜井は、低く短い声を張った。
『月光騎士団』は、少し前に世間を騒がせたあの『光の騎士』と字面が似ていることもあり、最近ではギルドやネットで単に『月光』と呼ばれている。
「桜井さん、正面の回廊から魔力の反応です! かなり大きい……!」
後方から学者の冷静な声が飛ぶ。彼の肩口からは、淡い光を撒き散らす可憐な霊体――召喚されたフェアリーがパタパタと小さな羽を羽ばたかせ、戦闘態勢に入っていた。
大理石の床を鳴らし、暗がりから姿を現したのは――漆黒の重甲冑を身に纏い、身の丈を超える大剣を携えた巨躯。
『神殿騎士』の形をしたリビングアーマーだ。
その背後からは、空腹に喘ぐような骨の軋み音を立て、ボロボロの法衣を羽織った『スケルトン司祭』と『スケルトン修道士』の群れが、禍々しい紫色の魔力を手に宿しながら湧き出してくる。
「くっ……圧が凄まじいな……!」
かつての第八層や第九層のモンスターとは、放つ威圧感の桁が違っていた。
もし、以前の装備のままこの空間に足を踏み入れていれば、リビングアーマーの一撃で俺の盾ごと粉砕され、スケルトンたちの高威力な魔法の集中砲火を浴びて一瞬で全滅していたはずだ。
だが――今の俺たちには『これ』がある。
職人神の手によってもたらされ、使い込んだ俺たちの愛用装備に埋め込まれた『マテリア』。
俺のナイトの鎧と大盾には、直接的な耐久性と物理防御力を底上げする【剛力のマテリア】と【活力のマテリア】が輝いている。いちいち特別な操作をする必要はない。身に着けているだけで、体内を巡るエーテルと共鳴し、絶え間なく体感できるほどの強化補正を全身に与え続けてくれているのだ。
「桜井さん、先手行きます!」
忍者が疾風の如き速度で影から飛び出し、目にも留まらぬ手数の双剣でスケルトン修道士の喉元を切り裂いた。
【眼力のマテリア】による補正を受けた忍者の動きは、もはや肉眼で追うのが困難な領域に達している。修道士が反撃の呪文を唱える隙すら与えず、一瞬で二頭をチリへと還した。
『――グオオオオオオッ!!』
仲間を散らされたリビングアーマーが怒号のような金属音を響かせ、地面の大理石を叩き割りながら疾走してくる。振り上げられた巨大な大剣が、空気を断ち切る重低音を上げて俺の脳天へと振り下ろされた。
即死級の一撃。
俺は大盾を真っ直ぐに構えて真っ向から受け止めた。
――ガギャァァァァンッッ!!!!
激しい火花と、衝撃波が闘技場のような神殿内に吹き荒れる。
だが――俺の身体は一歩も引かなかった。
「……止めたぞ……っ!」
マテリアによって極限まで高められた耐久力と防御力が、神殿騎士の絶望的な物理破壊力を完全に押さえ込んでいた。
「リーダー、そのまま抑えてろ! 焼き尽くす!」
後方で黒魔道士の男が力強く杖を掲げる。
【知力のマテリア】によって極限まで威力を高められ、放たれたのは、高密度の火炎魔法だった。
「――『ファイジャ』ッ!」
ドゴォォォォォンッ!!
紅蓮の爆炎がリビングアーマーと後方のスケルトン司祭たちを呑み込む。
本来なら強靭な耐久力を持つはずの神殿のモンスターたちが、マテリアの威力を乗せた黒魔法の前には耐え切れず、甲殻を赤熱させながら崩れ落ちていく。
「よし、魔法障壁は維持できてる! フェアリー、リーダーの傷を癒やしてあげて!」
学者の指示を受け、飛翔したフェアリーが可憐な光の粉を俺の頭上に振り撒く。書物から溢れ出る治癒魔法とフェアリーの光が合わさり、俺のわずかな疲労すら瞬時に消し飛んでいく。
【心力のマテリア】によってエーテルの循環が絶え間なく行われている学者とフェアリーのおかげで、パーティ全体の回復力と後衛の魔法補助が枯渇する気配は一切ない。
「ああ……行くぞお前たち! 第十層は突破出来るッ!」
俺は一歩踏み出し、聖なる光を纏わせた剣をリビングアーマーの胸甲へ向けて深々と突き立てた。
◆
激闘の末、リビングアーマーがガラガラと音を立てて崩れ去り、光の粒子となって消滅した。
荒い息を整えながら、俺たちは大理石の床に膝をつくことなく、互いの無事を確認し合う。
「ハァ……ハァ……。なんとか、倒せたな……」
「凄まじい威力だな……。骸骨司祭の放ってきたあの魔法、直撃してたら以前なら即死レベルだったぞ」
黒魔道士の男が額の汗を拭いながら感嘆の息を漏らす。
「ええ。ですがマテリアの補正のおかげで、僕の張った障壁とフェアリーのサポートで完全に相殺できました。……正直、マテリアがなかったら、この第十層は最初の回廊で詰んでいましたね」
学者が眼鏡の奥の目を細め、胸元でパタパタと羽ばたくフェアリーの頭を優しく撫でながら静かに戦慄していた。
この第十層『蒼穹神殿』は、モンスター一頭一頭の基本ステータスが狂っている。
ガーゴイルの空中からの奇襲、ゴーレムの圧倒的な質量攻撃、そしてこの神殿騎士たちの苛烈な連撃――どれ一つをとっても、これまでの常識が通用しない。
だが、俺たちにはマテリアがある。
「……さて、先へ進もう、俺たち『月光』が止まるわけにはいかないからな!」
俺の言葉に、黒魔道士をはじめとする仲間たちが力強く首を縦に振る。
俺たちは盾と武器を握り直し、未知なる巨大な大理石の回廊の奥へと、再び力強い一歩を踏み出したのだった。
◆
第六層の雪原を突き進む冷たい風が、防具の隙間をすり抜けて肌を刺す。
この数ヶ月の間、幾つもの階層を乗り越えてきた。
「ついに、ここまで来たんだね……」
舞は吐く息を白い雲に変えながら、ぎゅっとチャクラムの柄を握り締めた。
大河、結衣、海斗、そして舞の四人組パーティは、雪原の古代遺跡の前に立っていた。
「よし……! ここを超えれば、俺たちも『ジョブ』を手に入れられる……!」
前衛で大盾を構える大河が、興奮と緊張の入り混じった声で息を呑む。
かつて呪術士の杖を振っていた結衣の手には、いまや細かな魔導紋様が刻まれた厚手の魔導書が握られていた。道中のドロップ品で手に入れたその本が驚くほど手に馴染み、巴術士として魔法を操るようになってから、彼女のサポート能力は一段と磨かれていた。
そして――今の四人の防具や武器の穴には、それぞれが命がけで戦いを重ね、自身の愛用装備から自力で精製した貴重なマテリアが数個ずつ埋め込まれていた。まだ数は少ないものの、その微かなエーテルの輝きが、過酷な雪原の寒気や敵の圧力を押し返す確かな力となっていた。
「みんな、油断しないでいこう。自分自身の試練だって聞いているからね」
静かに眼鏡のふちを上げた海斗の言葉に、全員が力強く頷く。
重厚な遺跡の回廊を抜け、たどり着いたのはドーム状の巨大な祭壇の間だった。
中央に鎮座する青白い石碑。舞が一歩踏み出し、そっとその表面に手を触れた瞬間――。
『――己の魂の形を示せ。真なる力は、試練を越えた者に与えられん』
頭の中に無機質な声が響き渡り、視界が強い光に包まれた。
気がつくと、舞は静寂に包まれた透き通るような鏡面の空間に一人で立っていた。仲間たちの姿はない。
そして――目の前には、自分と全く同じ姿をした『影』が立っていた。
影の持つチャクラムが、静かに鋭い殺気を放つ。
(自分自身との戦い……!)
影が鋭く踏み込み、手首のスナップ一閃でチャクラムを投擲してきた。
シュバッ! と風を切り裂く軌道は、舞自身が何度も練習し、身体に叩き込んだ通りの完璧な一撃。
「くっ……!」
舞は反射的に身を翻し、間一髪で円刃をかわす。だが、すれ違いざまに影はすでに間合いを詰め、もう一つの刃で舞の側腹を狙っていた。
速い。そして重い。
影から押し寄せてくるのは、ただの攻撃ではなかった。
『お兄ちゃんに追いつけるわけがない』
『万年Dランクだと思っていたお兄ちゃんは、今は凄腕の探索者で、雲の上の存在なんだ』
『私なんかがいくら頑張ったって、あの背中に手が届くはずない――』
自分自身の胸の奥底にずっと潜んでいた、弱気で臆病な自問自答。
影の繰り出す鋭い斬撃の一発一発が、舞の心を挫こうと重く重くのしかかってくる。
(……ううん、違う!!)
舞は奥歯を噛み締め、ステップを踏んで影の連撃を間一髪で弾き返した。
防具の穴に埋め込んだマテリアが身体の底から微かなエーテルを汲み上げ、折れかけた足を力強く支えてくれる。
(お兄ちゃんがすごいのは分かってる! 雲の上の存在なのも知ってる! でも……追いつけないからって、諦める理由にはならない!)
両手のチャクラムに、熱い魔力が宿っていく。
自分で丹念に手入れし、戦いの中で絆を深めた武具から溢れ出るエーテルの脈動。
兄の背中を追いかけて走り出したあの日。仲間と出会い、笑い合い、助け合いながら、一歩一歩踏みしめてきたダンジョンの道のり。
ただ守られるだけの妹じゃない。自分の足で立ち、仲間を鼓舞し、共に前へ進む存在になりたいという、胸の奥から湧き上がる激しい情熱。
(私は……私のやり方で、みんなと一緒に前へ進むんだ!!)
舞の動きが変わった。
不安や迷いをすべて振り払い、しなやかに、軽やかに、まるで旋律に合わせて舞い踊るかのようにステップを刻む。
旋風のごとき回転。遠心力と魔力を極限まで乗せた舞の身体から、鮮やかな情熱の光が弾けた。
「はぁぁぁっ!!」
放たれた二つのチャクラムは、眩い光の軌跡を描いて空を駆け、影の掲げた防具を強引に弾き飛ばして、その胸元を一閃した。
カシャンッ、と手元に戻ってきたチャクラムを完璧な動作で受け止める。
目の前の影はふっと微笑むような仕草を見せると、一粒の美しい輝きとなって舞の掌へとこぼれ落ちた。
それは、可憐で気品に満ちた桃色の結晶――。
『踊り子』のソウルクリスタル。
戦場を舞い、情熱の踊りで味方の士気を高め、敵を切り裂く魅惑の舞踏手。
脳内に直接流れ込んでくる新たな戦術と技の記憶に、舞の胸が熱く打たれた。
「これが……ジョブ……!」
まばゆい閃光が弾け、幻影の空間が溶けていく。
視界が戻ると、そこは元の古代遺跡の祭壇の間だった。
舞がハッと周囲を見渡すと、すでに他の三人も試練を終え、晴れやかな顔で佇んでいた。
「舞! 無事だったか!」
大河が駆け寄ってくる。その胸元には、暗闇の中に紫の燐光を湛えた、重厚な結晶が輝いていた。
闇の力を糧とし、大切な者を守るために己の痛みを刃に変える――『暗黒騎士』の証。
「大河くん……それ……」
「おう! 俺の魂の形は『暗黒騎士』だ! 前衛として、どんな攻撃からもお前たちを絶対に護ってみせる!」
力強く拳を握りしめる大河の立ち姿には、これまで以上の頼もしさが宿っていた。
「舞、見て! 私のもすごいの!」
結衣が嬉しそうに掲げたのは、召喚獣の魔力を宿す緑色のクリスタル。
「『召喚士』だよ! 巴術士の魔法をもっと極めて、かっこいい召喚獣と一緒にみんなをサポートするんだから!」
「僕のも無事に手に入ったよ」
海斗が穏やかな笑みを浮かべ、胸元に抱いた純白の光を放つクリスタルを見せてくれた。
生命の息吹と治癒の極意を司る『白魔道士』の証。これでパーティの生存能力は格段に跳ね上がるはずだった。
「みんな……!」
舞は手の中の『踊り子』のクリスタルをぎゅっと胸に抱きしめた。
「あれ?舞、それって……何のソウルクリスタルなの?」
「えっとね……頭の中に流れてきた名前は、『踊り子』、っていうみたい」
「……『踊り子』?」
海斗が静かに復唱し、大河と結衣もわずかに目を見張った。
「そんなジョブ、聞いたことがないな……」
「うん、ギルドのデータベースにも載ってなかったはず……。もしかして、未確認のジョブなの?」
結衣の言葉に、海斗は神妙な面持ちでうなずいた。
「おそらく、そうだろうね。世界中の攻略組の発表でも聞いたことがない。……君はとんでもないものを引き当てたかもしれないぞ」
「凄いじゃないか、舞! まさに自分だけの特別な力ってやつだな!」
大河が気恥ずかしそうに笑いながら肩を叩いてくれ、結衣も「うん、本当にかっこいいよ!」と嬉しそうに微笑んでくれた。
「あはは……みんな、ありがとう!」
仲間たちからの静かだが確かな賞賛に、舞は頬を緩ませながら答えた。
自分自身との戦いを乗り越え、それぞれの「真なる力」を手に入れた四人。
自力で抽出し装着したマテリアの力に加え、ソウルクリスタルがもたらす劇的なステータスの上昇と全身に満ち溢れる新たなスキルの感覚に、誰もが未来への高揚感を隠せずにいた。
「よし……帰ろう! 兄貴にも報告しないとな!」
大河が天に向かって叫び、結衣と海斗が笑い声をあげる。
舞は『デジョン』の呪符を取り出しながら、遠いどこかで今も戦っているであろう兄の姿を思い浮かべた。
(お兄ちゃん……私、踊り子になったよ。まだまだ遠いかもしれないけど……少しずつ、お兄ちゃんのいる世界に近づいてるからね)
デジョンの光が四人を包み込み、新たな時代の風を纏った若き探索者たちは、希望に満ちた笑顔とともに雪原の遺跡を後にするのだった。
【剛力のマテリア】【活力のマテリア】【眼力のマテリア】【知力のマテリア】【心力のマテリア】
属性マテリアと同じ運命を辿った、悲しきマテリアたち。 今となっては何の効果も持たない、ただの石ころである。