FF14で現代ダンジョン 作:黒蓮華
潮風が心地よく吹き抜ける海辺のプライベートリゾート、ミスト・ヴィレッジの個人宅。
陽光が差し込む明るいリビングのソファーで、閃はスマートフォンの画面を見つめたまま「ふむ……」と顎に手を当てていた。
「どうされたのですか、閃様? 神妙な顔をして画面を見つめていらっしゃいますが……」
淹れたての紅茶をトレーに乗せて運んできたルトラが、首をかしげながら閃の隣にそっと腰かける。
エリカとミエルも興味津々といった様子で、ソファーの背もたれからひょっこりと顔を覗き込んだ。
「いや……舞のやつから少し前に『試練を越えて踊り子になったよ!』って連絡が来てただろ?」
「ええ、とても喜ばしいことですわね」
「マスター、それがどうかしたのかにゃ?」
ミエルが問いかけると、閃はスマートフォンの画面を三人に見えるように傾けた。
画面上で再生されていたのは、探索者専用の動画共有サイトで急上昇1位に君臨している一本の戦闘動画だった。
「……これ、見てみろよ」
画面の中で舞っていたのは、可憐な衣装に身を包んだ舞だった。
無数のモンスターに囲まれた雪原のただ中で、舞はまるで旋律に合わせてステップを刻むかのように、しなやかかつ軽やかに舞い踊っている。
両手から放たれた二つの円刃――チャクラムが、眩い情熱の光軌を描いて空を駆け、襲い来るモンスターを正確無比に一閃して手元へと戻ってくる。
ただ綺麗なだけではない。味方の士気を極限まで高め、敵を流れるような演武で翻弄するその姿は、観る者を一瞬で惹きつける圧倒的な魅力を放っていた。
「わぁ……! 舞ちゃん、すごく綺麗……! まるで本当に舞台で踊っているみたい!」
エリカが目を輝かせ、思わず感嘆の声をあげる。
「舞踏術と投擲術の融合……素晴らしい動きですわ。『踊り子』のジョブを獲得したのは、間違いなく妹様が世界で第一号でしょうね」
ルトラも優雅に感心したように目を細めた。
「すごいにゃー! この動画、再生数がとんでもないことになってるにゃ! コメント欄も大騒ぎだにゃ!」
ミエルが画面のコメント欄を指差すと、そこには絶賛と驚愕の声が溢れかえっていた。
『この美少女探索者だれ!? 動きが美しすぎて見惚れるんだが!!』
『チャクラムってこんな風に扱える武器だったのかよ……!』
『投げて戻ってくるのどうなってるんだ!? 真似しようとして腕痛めたわww』
『舞姫様マジ天使。俺も明日から工房でチャクラム買って練習するわ』
「ネットでは『謎の舞姫』って呼ばれてバズってるみたい。探索者の訓練場でも、舞ちゃんの真似をしてチャクラムの練習を始める人が急増してるらしいわよ」
「謎の舞姫って、本名当たってるじゃん……」
閃はぽりぽりと頭を掻きながら、苦笑いを浮かべた。
「ふふ、自慢の妹様が世界中で話題になっていて、お兄様としては鼻が高いのではありませんか?」
「まあな。……最初は心配だったけど、動画を見る限り、前衛の暗黒騎士の奴もしっかり盾になってるし、後衛の白魔道士や召喚士のサポートも噛み合ってる。良い仲間に恵まれたみたいで安心したよ」
妹の健闘を称えるように、閃の口元が優しく緩む。
「マスター、無事にジョブも獲得して頑張ってるんだし……何か記念にプレゼントでもしてあげたらどうかにゃ?」
ミエルがパタパタと尻尾を振りながら身を乗り出してきた。
「プレゼント、か……」
閃は腕を組み、真剣に考え込んだ。
「すごく素敵なアイデアだと思うわ、閃くん! 舞ちゃん、お兄ちゃんからのプレゼントだったら絶対に飛んで喜ぶと思う!」
「そうね……でも、舞ちゃんの武器はかなり良いものを使っているみたいだけど……」
エリカが画面のチャクラムを見つめながら呟くと、閃も頷いた。
「ああ、舞のパーティメンバーの兄がクラフターの鍛冶師らしいからな」
「なるほど……でしたら武器ではなく、踊り子の衣装などを贈られてはいかがでしょう? 鍛冶師では、しなやかな布地の衣装を仕立てるのは難しいはずです」
ルトラの的確な助言に、閃はハッと膝を叩いた。
「それだ! 踊り子としての特性と安全性を極限まで引き上げる専用衣装……それなら俺が作ってやるのに打ってつけだ」
閃の瞳に、世界最高峰の職人神としての情熱の火が宿る。
舞が自分の足で立ち、仲間と共に壁を乗り越えて掴み取った『踊り子』という大輪の花。
元万年Dランクの兄としてではなく、妹の無事と成長を陰ながら願う一人の兄として。そして、世界の裏を支える「職人神」として。
「よし。どんな性能にするか……デザインは自信無いからミラプリだな、サベネアンビスチェ……は過激すぎるか?ボレロの方なら行けるか……」
「ふふ、舞ちゃんの喜ぶ顔が今から楽しみね、閃くん!」
「そうだ…せっかくだから他のメンバーの衣装も作ろう、召喚士の子はユウナのコスチュームセットのミラプリを……」
「聞いてないわね……」
呆れたように肩をすくめるエリカを他所に、閃はすでに職人神としてのスイッチが完全に切り替わっていた。
「よし、善は急げだ。舞のパーティの能力を100%引き出しつつ、見た目も完璧な至高の特注防具を仕立ててやる」
閃はソファーから勢いよく立ち上がると、そのまま工房へと向かって歩き出した。
「ふふ、マスターの創作意欲に完全に火がついてしまいましたわね」
「こうなった閃くんは止まらないわね……」
「ミエルも工房でお手伝いするにゃー!」
楽しそうに微笑み合う三人の見守る中、地下工房の重厚な扉がゆっくりと閉じられた。
◆
大河の兄である大平が趣味で営む工房。その裏手にある広々としたテストヤードは、華やかな雰囲気に包まれていた。
「す、すごい……! 何これ、すっごく動きやすい!」
部屋での着替えを終え、最初に飛び出してきた舞は、自身の身を包む新たな衣装にくるくるとその場でターンを決めた。
彼女が着ているのは、肩やへそがわずかに覗くエキゾチックなボレロと、軽快な足捌きを約束するしなやかなボトムスを合わせた、まるで異国の舞姫のような装いだ。激しい跳躍や回転をしてもどこも引っかからず、それでいて布地そのものから微かなエーテルの温もりが伝わってくる。
「舞ちゃん、すっごく似合ってるよ! わたしのも見て見て!」
続いて現れた結衣も、嬉しそうにその場で一回転した。
彼女の衣装は、どこか東方の袴をアレンジしたような、白と青を基調とした可憐なデザインだ。袖や裾にあしらわれた淡い桃色のグラデーションが、彼女の召喚士としての神秘的な雰囲気をより一層引き立てている。
「僕のも……なんだか、すごく身が引き締まるよ。まるで高位の聖職者にでもなったみたいだ」
少し照れくさそうに歩み出てきた海斗は、白地に蒼の装飾が施された、荘厳で気品のある法衣に身を包んでいた。厚手の生地でありながら驚くほど軽く、白魔道士の杖を振るう際の肩の可動域が完璧に計算されている。
そして最後に、ズシッ、ズシッと重厚でありながら軽快な踏み込み音を立ててテントから出てきたのは大河だった。
「兄貴、これ……信じられねぇよ。一見すると分厚い重装甲なのに、前の革鎧より軽く感じる! 関節部分がしなやかで、身体の曲げ伸ばしに一切の引っ掛かりがねぇんだ!」
大河が纏っているのは、過剰な装飾を排した艶消しの黒銀に輝くハーフプレートだった。
急所を完璧に護る胸甲や肩当は強靭そのものだが、関節や側腹部には特殊な魔導繊維が用いられ、前衛としての防御力と、俊敏に踏み込む可動性を極限まで両立させている。まさに『暗黒騎士』というジョブを体現したかのような、威圧感と極上の実用性を兼ね備えた一品だ。
四人がそれぞれの装備の着心地に感動している中。
彼らを出迎えた工房の主である大平と、その傍らに立つ悠希は言葉を失い、食い入るようにその装備を見つめていた。
大平は額に冷や汗をにじませ、ブツブツと呟きながら大河の胸甲や腰回りを撫で回した。自身もクラフターだからこそ、そこに施された「異次元の仕立て」が痛いほど理解できたのだ。
「おいおいおい……冗談だろ……? なんだよこのエーテル量は……。金属の分子構造レベルでエーテルを定着させてやがる。どんな密度の練り上げ方してんだよ……」
「大平、驚くのは鎧だけじゃないよ。彼女たちの衣装も……ちょっと、常軌を逸しているね」
腕を組んで冷静に観察していた悠希が、静かにため息をついた。
「舞ちゃん、結衣ちゃん。その布地、少し触らせてもらってもいいかい?」
「あ、はい! どうぞ!」
悠希は舞のボレロと結衣の袖の生地を指先でそっと挟み、魔力を流し込むようにして感触を確かめた。
その切れ長の目が、わずかに見開かれる。
「……見た目は軽やかな絹のようだけど、魔力の伝導率が規格外だね。それに、布の折り目一つ一つに、極微細な防御術式が編み込まれている。急所部分には、衝撃を面で逃がすための特殊な多重織りが施されているよ。魔法の防具としても、実用的な装備としても、最高峰の仕立てだ」
悠希の冷静かつ真摯な分析に、四人は驚きで目を丸くした。
「おい、舞ちゃん……」
大平がフラフラと立ち上がり、舞に向き直った。
「お前、この装備……本当に君の兄さんから貰ったんだよな? 『知り合いの凄い人に頼んで作ってもらった』って言ってたのか?」
「う、うん。お兄ちゃん、最近すごく忙しそうだったんだけど……『これ、絶対に第七層で役に立つから。知り合いに無理言って仕立ててもらった』って、実家に持って来てくれたの」
舞がコクリと頷くと、大平は天を仰いで深々と息を吐き出した。
「いくらAランク探索者だからって、そう簡単に頼み込んで作ってもらえるようなレベルじゃねえぞ、これ。……はっきり言って『職人神』か、その直弟子レベルの化け物が直接仕立てたとしか思えねえ」
「僕も同感だね」
悠希がふっと苦笑いを浮かべ、海斗の法衣の装飾を感嘆の眼差しで見つめた。
「前衛の防御性能、後衛の詠唱効率、踊り子の可動性と魔導伝導……全員のジョブと身体の特徴を完璧に理解して、一分の隙もなく組み上げられている。これを『ついで』で一人分どころか四人分も用意するなんて、第一線の高級工房でも不可能な芸当だよ」
「お兄ちゃん、そんなすごい人に無理して頼んでくれたのかな……」
舞は胸元のエキゾチックな装飾にそっと手を触れた。
実家ではポテチを食べながらジャージ姿でゴロゴロしていたはずの兄。それが、自分が『踊り子』になったと報告した途端、こんな途方もないプレゼントを四人分も用意してくれたのだ。
「まったく、何者なんだよ……これを造ったクラフターも、そいつに頼める君の兄さんもな……」
大平は半ば呆れ果てたように肩を落としたが、すぐに悔しそうに自分の腰の金槌を握り直すと、真剣な顔になって四人を見回した。
「ちっ……これじゃ俺の造った武器が見劣りするじゃねえか。お前ら、早く第七層に進んで、俺に新しい武器用の素材を持ってきてくれよな!」
「あ、兄貴! 第七層へ潜るなら、まずは飛行マウント用のホルンの素材を最優先で集めさせてくれよ!」
大河が勢いよく手を挙げると、大平は即座に大河の頭をポコンと叩いた。
「バカ言え! 順番が逆だろ! 厳しい霊峰を安全に移動するためにも、まずは敵を確実に仕留められる良い武器を揃えるのが先決だ!」
「だってさぁ! 第七層のあの険しい霊峰を自分の足で登るの大変なんだぞ!? 空を飛べるマウントのホルンがあれば攻略の効率だって段違いだし、なによりカッコいいじゃねぇか!」
「カッコ良さでメシが食えるか! 頑丈な武器があって初めて素材も安全に持ち帰れるんだよ!」
「痛たた……分かったよ! 武器の素材も探すからさ!」
大河と大平の兄弟喧嘩のような賑やかなやり取りに、舞や結衣、海斗たちは思わず顔を見合わせて楽しそうに笑い声を上げた。
「……ふふっ、よし! みんな、新しい装備も手に入ったことだし、第七層へ向けて出発しよう!」
「「「おう!(はい!)」」」
舞の元気な掛け声に、三人が力強く応える。
舞はそっと胸元の布地に手を当て、遠いどこかで今も戦っているであろう兄の姿を思い浮かべた。
(お兄ちゃん、本当にありがとう。この装備と一緒に、みんなで第七層も絶対に突破してみせるからね!)
自分たちを温かく護る至高の防具を纏い、新しいジョブの力を手に入れた若き探索者たちは、希望に満ちた笑顔とともに、険しき霊峰の待つ第七層へと元気に歩みを進めるのだった。