FF14で現代ダンジョン 作:黒蓮華
第十層『蒼穹神殿』の攻略が始まってから、数ヶ月の時が流れていた。
天を突くほど高い天井と、荘厳な大理石の巨大な柱がどこまでもそびえ立つ大遺構は、これまでの階層とは異次元の過酷さで探索者たちを拒んでいた。
マテリアの普及によって人類全体の戦力は大幅に底上げされていたものの、神殿を守護するモンスターの攻撃力と耐久力はあまりに絶大。精鋭を揃えた攻略チームであっても、幾度となく撤退と再整備を余儀なくされる苦戦を強いられていたのだ。
――そして、ついにその時が訪れる。
最奥の重厚な大門をわずかに開き、遠目から中の様子を撮影することに成功した攻略チームは、速やかに撤退。
翌日、大型モニターが備え付けられた会議室には合同攻略チームの精鋭たちが一堂に会し、重苦しくも熱を帯びた空気の中で緊急の作戦会議が繰り広げられていた。
「……これが、命がけで撮影してきた第十層の『階層主』の姿だ」
『月光』のリーダー・桜井が操作すると、壁面の大型モニターに高解像度の写真が映し出された。
そこに映し出された光景に、室内に集まった精鋭探索者たちから息を呑む音が漏れる。
「画面中央に座しているのが、白銀と黄金の装飾が施された巨大な甲冑。そして――その周囲を円陣のように囲んでいるのが、一回り小さな十二体の騎士鎧だ」
写真の精細な映像を前に、探索者たちの間で激しい議論が巻き起こった。
「計十三体の騎士鎧だと……!?」
「ただでさえ回廊の神殿騎士一体で手一杯だったっていうのに、ボス部屋で十三体同時に相手しろって言うのかよ……!」
「中央のデカいのがボスで、周りの十二体は親衛隊か何かか? 連携や特殊な攻撃を仕掛けてくる可能性が高いな……」
モニターの写真を指差しながら、タンクの配置や後衛による足止めの順番について意見交換が続く中――。
会議室の後方、控えめに佇んでいた日下部閃は、深く溜め息を吐きそうになるのをぐっとこらえていた。
(大きな騎士鎧が一体に……周りに一回り小ぶりなのが十二体……)
モニターに映し出された敵の陣形を見た瞬間、閃の脳裏には前世のゲームで嫌というほど叩き込まれた、あのド派手な討滅戦の光景が鮮烈にフラッシュバックしていた。
(……これ、どう見ても『ナイツ・オブ・ラウンド』じゃねえか……!!)
かつて世界を支配しようと目論んだ教皇と、それに仕える十二人の騎士たち。
王たる存在を中心に据え、十二人の騎士たちが怒涛の如く連続で大技を繰り出し、絶望的な演出で画面全体を埋め尽くす、決戦と呼ぶに相応しい戦い。
(マジかよ……前世のゲームじゃ、個々の騎士が固有の大技を順番にぶっ叩いてきた後、全員で極大の全体攻撃をぶっ放してくる鬼畜仕様だったぞ。もし現実のダンジョンでアレをそのままやられたら、攻略チームが一瞬で全滅しかねないんだが……?)
閃の額にじんわりと冷や汗が滲む。
「……閃くん、どうしたの? すごく険しい顔をしているけれど……」
隣に座るエリカが、閃の異変に気づいて不安そうに小声で覗き込んできた。背後ではルトラとミエルも、閃のわずかな雰囲気の変化を逃さず察知し、表情を引き締めている。
「……いや、何でもない。ただ、あの十三体の陣形を見てたらな」
閃は小声で囁き返しつつ、シリンダーにソイルが充填されているガンブレードの柄へそっと手を添えた。
「周りの十二体は、ただの雑魚じゃない。おそらく一人ひとりが固有の必殺技を持っていて、決まった連携で畳み掛けてくるタイプだ。……中央の王が力を溜め始めたら、何が何でも全力で攻撃を叩き込んで阻止しないと、全滅必至の全体攻撃が飛んでくるぞ」
「全滅……!? 閃くん、そこまで分かるの……!?」
エリカが息を呑む。閃の言葉に絶対の信頼を置いている三人は、即座に緊張感を高めた。
「承知いたしました、閃様。では、私たちは中央の王の動きを注視しつつ、各騎士の連携を分断する立ち回りを意識いたします」
「ミエルもいつでも飛び出せるにゃ! 突っ込んでくるやつから順番に吹っ飛ばしてやるにゃ!」
頼もしい言葉に頷きつつも、閃の思考はさらにその『先』へと向かっていた。
(あの最奥の広間、壁に巨大な窓があるな、いざとなったら窓から下へ落ちるフリでもして、『光の騎士』に変装すればいいが……問題はそこじゃない)
だが――閃の思考を引き止めたのは、窓の配置ではなく『天井』だった。
写真に写る広間の上部は、ぽっかりと丸ごと切り取られたかのように天井が存在せず、どこまでも広大な青空にそのまま繋がっている。
(……なんであの広間だけ、あんな風に天井が大きく開けてるんだ……?)
ふと、脳裏に第九層での出来事が思い浮かんだ。
前座だと思われていた雷電竜のすぐ後ろ、洞窟の奥に真の階層主である四刀流の鬼武者が控えていた、あの二重構造。
(もし……今回もあれと同じような『仕掛け』があるとしたらどうだ?)
あの大きく開かれた天井。
教皇と十二人の騎士たちを全員倒して終わり――では済まないのではないか。
背筋を駆け上がる拭いきれない嫌な予感を覚えながら、閃は静かに拳を握り締め、熱を帯びる会議室の中でモニターの青空をじっと見つめ続けるのだった。
◆
そして翌日――
最奥の重厚な大門が、重厚な地鳴りを立ててゆっくりと押し開かれた。
視界が一気に開ける。
そこは、果てしなく高い大理石の柱群に囲まれた広大な円形の間。見上げれば、事前に写真で確認していた通り、ぽっかりと丸ごと切り取られた天窓から、どこまでも澄み渡る蒼穹が広がっていた。
そして――広場の中央。
白銀と黄金の装飾が施された巨躯の『王』が、荘厳な玉座に腰掛けていた。
その周囲を円陣のように囲むのは、身の丈を超える大剣や戦斧、槍を携えた十二体の精鋭騎士。十三体の放つ絶望的な圧力が、闘技場全体の空気をズシリと重く押し潰す。
「――作戦通り行くぞ! 前衛はタンクを中心に『王』の周囲を囲め! 後衛は間合いを取って十二騎士の動きを警戒!」
桜井の号令が静寂を破る。
「「「おうっ!!!」」」
合同攻略チームの精鋭たちが一斉に大理石の床を蹴った。
エリカが疾風のごとき踏み込みで先陣を切り、ルトラの槍が空間を穿ち、ミエルが軽快なステップで側翼へ回り込む。閃もまた、周囲の探索者たちに混ざりながらガンブレードを構えて前線へと躍り出た。
『――愚かなる侵入者どもに、神聖なる審判を』
玉座の『王』が静かに立ち上がると同時に、十二体の騎士が一斉に動き出した。
――ガァァァァンッ!!
目にも留まらぬ神速の突撃。
大剣を振るう騎士、突風のような槍撃を繰り出す騎士、巨大なシールドバッシュで後衛の陣形を崩しにかかる騎士。閃の予言通り、十二体の騎士たちは一人ひとりが強力な固有技を繰り出し、絶妙な時間差と連携で攻略チームへ襲いかかった。
「くっ……! 手数が多すぎる! 押されるな、防壁を維持しろ!」
「魔法陣が展開されます! 氷と炎の範囲攻撃が来ます、退避してください!」
桜井の大盾が激しい火花を散らし、学者のフェアリーが必死に治癒の光を振り撒く。
エリカの灼熱魔法が騎士の一体を吹き飛ばし、ミエルの鋭い斬撃が手数を減らしていくものの、苛烈極まる怒涛の連撃に攻略チームは徐々に防戦一方へと追い込まれていく。
(……やっぱりな。個々の連携もヤバいが、本番はこれからだ……!)
閃はガンブレードで騎士の一撃を叩き落としながら、中央の『王』の挙動を鋭く注視していた。
閃の攻撃によって十二体の騎士たちが次々と傷つき、その半数近くが後ろに下がって待機の姿勢になった時、王の動きが変わった。
『――我が騎士たちよ、我に力を! 聖なる裁きを刻まん!』
王が巨大な聖剣を天井へ向けて掲げた。
騎士たちが王の周囲へと瞬時に集結し、祈りを捧げるように円陣を組む。次の瞬間、広場全体が激しく揺れ動き、王の掲げた聖剣の先から、目を焼き尽くすほどの絶大で眩い『光の奔流』が吹き荒れた。
「な、なんだこの魔力量は……!? 空間の全エーテルが吸い寄せられていく!?」
「だめだ……! 魔法障壁が、展開した瞬間に砕かれていく……っ!」
王を中心に広がる光の渦。それは、すべてをチリへと還元する壊滅的な全体攻撃――『アルティメットエンド』の溜めモーションだった。
あまりの熱量と光の前に、精鋭探索者たちは目を覆い、その場に崩れ落ちるように圧し折られた。
「あ……ああ……こんなの……受け止められるわけがない……!」
「全員、防御態勢……っ! くそっ……!!」
攻略チーム全員が絶望に飲み込まれ、視界が真っ白な光で塗り潰された――その一瞬の隙。
(――今だっ!!)
光の暴風の渦中で、閃は虚空のシステムウィンドウを光速でタップした。
シュァァァァァンッ!
閃の身体を一瞬の光が包み込むと、現れたのは眩い星の光を宿した純白の甲冑。手元には、神聖なるエーテルを滾らせる一振りの『聖剣』。
閃光が収束に向かう直前――『王』が両手で掲げた巨大な光の聖剣を、広場の探索者たちへ向けて全力で振り下ろした。
『――消え去れ! アルティメットエンドッ!!!』
天と地を断ち割るほどの、絶対的な破壊の光が降り注ぐ。
――ガアァァァァァンッッ!!!!!!
だが。
世界を白く染め上げるはずだった破壊の力は、探索者たちの元へ届くことなく、空間の半空で完全にピタリと静止した。
「……え……?」
死を覚悟して目を瞑っていた桜井たちが、恐る恐る顔を上げた。
彼らの目に飛び込んできたのは――。
王が放った巨体ほどの光の聖剣を、たった一人で真っ向から『自らの聖剣』で受け止めている、純白の甲冑を纏った騎士の背中だった。
「ひ……光の……騎士……!?」
誰かの震える呟きが、静まり返った広場に響く。
王の圧倒的な質量と威圧感を前に、純白の騎士は一歩も引くことなく、静かに聖剣の刃を斜め上へと受け流すように滑らせた。
「――フッ!」
刹那、光の騎士が腕を一閃させると、王の『アルティメットエンド』の絶大な斬撃波は力任せに半空へと弾き飛ばされ――そのままドーム状に大きく開いた天窓を通って、遥か上空の青空へと抜けて叩きつけられた。
ズドォォォォォォォンッ!!!!!
空を裂く凄まじい爆音と共に、雲が一瞬で吹き飛び、遥か上空で青い空が爆炎のように揺れ動く。
探索者たちを全滅させるはずだった絶望の威力が、何一つ被害を出すことなく、空へと追いやられたのだ。
「す……すげぇ……!! 空へ……攻撃を逸らした……!?」
静まり返る古代の神殿。
歓喜と畏怖の交錯する視線が一身に集まる中、光の騎士はゆっくりと聖剣を構え直した。
『な……我が神聖なる断罪の一閃を、受け流したというのか……!?』
自慢の必殺技を完全に無効化され、巨躯の『王』が動揺に満ちた重低音の声を漏らす。
王の巨大な聖剣と、光の騎士が携える細身の聖剣が放つエーテルが、バチバチと激しい火花を撒き散らしていた。
一歩も引かぬ光の騎士の背中を見つめながら、絶望から生還した探索者たちは言葉を失って立ち尽くしていた。
呆然とする桜井たち攻略チームの中で、真っ先に正体を知るエリカがハッと我に返り、大盾を構える桜井の元へ素早く駆け寄った。
「桜井さん! あの王の相手は、光の騎士様に任せましょう!」
「え……? し、しかし、――」
「大丈夫です! あのお方なら、あの王と対等以上に戦えます! それよりも私たちは、あの十二騎士を叩いて、光の騎士様の足手纏いにならないよう背後を固めるべきです!」
エリカの力強く迷いのない言葉に、桜井は一瞬目を見開き、すぐにハッと腹を括って強く頷いた。
「……分かった! 君の言う通りだ! 全員、標的を変更しろ! 王は光の騎士に集中してもらう! 俺たちは周りの騎士どもを片付けるぞッ!!」
「「「おうッ!!!」」」
エリカの機転の利いた誘導により、攻略チームの意識は一気に周りの十二騎士の残党へと向けられた。
◆
周囲の喧騒が遠のく円形の間の中央で、光の騎士と『王』の一対一の死闘が静かに幕を開けた。
『戯れ言を……! 立ち塞がる者には、死をッ!』
王の巨大が大理石の床を叩き割りながら迫る。白銀と黄金の装飾が施された大剣が、空気を断ち切る重音を上げて振り下ろされた。
――ガァァァァンッ!!
光の騎士は最小限のステップでその大剣をかわし、すれ違いざまに真白な聖剣で王の装飾甲冑を正確に一閃する。
青白いエーテルの光が爆ぜ、王の胸甲に深々と亀裂が刻まれた。
『ヌウゥッ……!?』
どれほどの力で打ち込もうとも、光の騎士の姿はまるで幻影のように王の攻撃をするりと擦り抜ける。
縦横無尽に繰り出される剣撃、鋭い突き、そして至近距離での爆裂するようなエーテルの追撃。
最初は威風堂々としていた王の剣筋は、一撃を繰り出すごとに乱れ、徐々に焦りと恐怖に満ちたものへと変わっていった。
『破れッ! 滅びよッ! なぜ当たらん、なぜ届かぬッ!!』
もはや王に最初の神聖な威厳など微塵も残っていなかった。
甲冑をボロボロに砕かれ、全身から聖なるエーテルをダダ漏れにさせながら、ただ無様に、闇雲に大剣を振り回すだけの巨塊と化していた。
「勝てる……! 光の騎士様が、あのボスを完封してるぞ……!」
「すげえ……神技なんてレベルじゃねえ……!」
十二の騎士達をなんとか倒し終えた攻略チームから、歓喜の声援が上がり始めたその時だった。
――グオオオオオオオオオオオオオオッ!!
重く重い地鳴りのような「咆哮」が、遙か上空から降り注いだ。
光の騎士の聖剣が王の腕を切り落とし、トドメの一撃を叩き込もうとしたまさにその瞬間。
ぽっかりと丸ごと開いた神殿の天窓――どこまでも澄み渡っていたはずの『蒼穹』が、一瞬にして絶望的な漆黒の巨大な陰影に覆い尽くされた。
あまりにも巨大な影。
広大な神殿全体をすっぽりと飲み込むほどの、巨大な「何か」が、上空の雲を突き破って舞い降りてくる――。