FF14で現代ダンジョン 作:黒蓮華
どこまでも広大だった蒼穹の光を遮り、天から降り注いだのは――漆黒の絶望そのものだった。
雲を切り裂いて舞い降りてきたのは、巨大な影。
禍々しく硬質な漆黒の鱗に覆われた巨躯、太く禍々しい四本の角、そして血のように赤く光る眼光。かつて絶望の象徴として語り継がれた伝説の邪竜ニーズヘッグを思わせる、異形の巨大龍。
それこそが、第十層の真なる階層主『魔黒竜』だった。
『――グオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!!』
神殿全体を激震させる凄まじい咆哮。
大理石の太い柱群がミシミシと悲鳴を上げ、天井から大量の破片が降り注ぐ。その圧倒的な圧力を前に、大盾を構える『月光』の桜井は足の根を張るのが精一杯となり、後方の攻略チームの面々も息を吸うことすら忘れてその場に固まった。
「な……なんだあいつは……!? ボスは……あの王と騎士たちじゃなかったのかよ……!」
桜井の口から掠れた声が漏れる。
眼下には、これまでの死闘で甲冑を砕かれながらも、なお巨剣を手にギラついた眼光で立ち尽くしていた『神殿の王』がいた。
だが、天から舞い降りた魔黒竜は、その王の存在に一瞥もくれない。ただの邪魔な障害物とばかりに、凶悪な顎を開いた。
ゴオオオオオオッ……!!
喉奥で凝縮されるのは、広場全体を一瞬で蒸発させるほどの灼熱にして凄惨な紅蓮の炎。
満身創痍の王もろとも、目の前にいる人間たちを残らず焼き尽くそうとする絶対的な破壊の吐息だった。
「くっ……だめだ、間に合わない……っ!!」
黒魔道士の男が必死に杖を掲げようとするが、膨大な魔力の波に押し潰され、詠唱が途切れる。
極大の紅炎が魔黒竜の口元から溢れ出し、圧倒的な熱波が桜井たちの肌を焼き焦がそうとした、まさにその刹那――。
――ズシッ!
桜井たちの絶望の矢面に、純白の甲冑を纏った騎士が滑り込んだ。
光の騎士は一言も発することなく、手にしていた聖剣を右手で力強く握り直し、そのまま勢いよく地面の大理石へと深々と突き立てた。
同時に、何もない左手を前方へとかざし、迫り来る劫火を真っ正面から手押しで受け止めるかのように、その手のひらを力強く前へと差し出す。
「――『パッセージ・オブ・アームズ』ッ!!」
直後、光の騎士の背後から、眩い神聖なる「光の翼」が広がり、大きく展開された。
翼は大理石の床を包み込む神聖な光の盾となり、彼らの前に絶対不可侵の領域を構築する。
――ドゴォォォォォォォォォォンッ!!!!!!
降り注ぐ極大の猛火が、掌を突き出す光の騎士へと激突した。
超高熱の炎が周囲へ波及し、地面の大理石がドロドロに溶け落ちていく。
『グァァァァァァァッ……!?』
光の騎士の防壁の「外側」にいた王は、容赦なく紅蓮の炎に呑み込まれ、断末魔の悲鳴を上げながら一瞬で黒炭と化して光の粒子へと消滅した。
そして――。
あまりの熱波の余波と激しい衝撃により、防壁の端にいた探索者たちが吹き飛ばされ、激しく床を転がって火傷や擦り傷を負う。だが、光の翼の「内側」へと滑り込んだ桜井たちの頭上では、幾重もの神聖な膜が地獄の猛火をギリギリのところで弾き返していた。
「ハッ……ハッ……! た、助かった……!?」
大盾の陰で荒い息を吐く桜井。
直撃すれば一瞬で蒸発していたはずの極大ブレスの猛火。その残光が真横で巻き上がる光景を前に、彼らは間一髪で生皮一枚繋がったことを自覚した。
「ふ、フェアリー! 吹き飛ばされた二人を! すぐに手当てを!!」
学者が震える声で叫び、飛翔したフェアリーがすぐさま倒れ込む黒魔道士たちへ治癒の光を振り撒きに走る。
激しい炎の煙が風に流れていく中。
溶けた大理石の上にぽつんと佇み、ゆっくりと聖剣を引き抜く純白の騎士の背中があった。
「……また、間一髪で救われた……のか……」
桜井が冷や汗を流しながら盾を握り直し、光の騎士の背中を見つめる。
魔黒竜は、自らのブレスを真正面から受け止めた純白の存在に対し、魔黒竜は明確な『敵』を見出したように、凶悪な赤眼をギラリと光らせた。
圧倒的な威容を誇る魔黒竜と、聖剣を構えて静かに立ち塞がる純白の騎士。
両者の間に張り詰めた凄まじい殺気が、神殿の冷たい空気をビリビリと震わせていく。
◆
ズズズ……と地鳴りのような重低音が、崩れかけた空間に響く。
大理石の床へと豪快に着地した魔黒竜が、その巨大な翼を力任せに一閃させた。
――ドォォォォンッ!!
着地の衝撃と同時に、翼に纏っていた紅蓮の炎が爆風となって全方位へ吹き荒れる。
あまりの突風と猛火の圧力に、大盾を地面に突き立てていた桜井すらも大きく身体を煽られた。
「ぐあっ……!? 全員、柱の影へ引き打――」
桜井の悲鳴のような怒号すら、猛炎の暴風に吹き消された。
防壁の端で体制を崩していた探索者の十数名が、直撃した爆風によって吹き飛ばされ、壁にぽっかりと開いていた大穴の外――遥か下界の雲海へと無残に放り出されていく。
「しまっ――うわあああああああッ!!」
「助け――ッ!?」
空中へと投げ出された探索者たちの身体は、雲を突き破って下へと落ちていく。
十数名の精鋭を一瞬で失い、残された者たちの顔に、再び濃厚な絶望が広がった。
『――グオオオオオオオオッ!!』
だが、魔黒竜の凶悪な赤眼は、崖下へ消えていった者たちには一切向けられていなかった。
奴の殺意と強大なヘイトの全ては、初手からただ一点――ブレスを受け止め、己の目の前に堂々と立ち塞がる『光の騎士』へと固定されている。
魔黒竜が巨大な前脚を踏み出し、大地を削りながら神速の突進を仕掛けた。
狙いは、完全に光の騎士ただ一人。
だが、光の騎士は動じない。
その手にあるのは、純白の装飾が施された至高の一振りの『聖剣』と、そして神聖なエーテルを力強く宿す見えざる『盾』。ナイトとしての絶対的な構えだった。
――ガギャァァァァンッッ!!!!
山すら砕く魔黒竜の爪撃を、光の騎士は見えざる盾で真っ向から受け止めた。
激しい火花とエーテルの波動が闘技場を揺らし、大理石の床が蜘蛛の巣状に砕け散る。だが、光の騎士の足は一歩も後ろへ下がらない。
「――今だっ! 光の騎士様の背後を支えるわよッ!」
後方で体制を立て直したエリカが、鋭い声で叫んだ。
ヘイトが完全に光の騎士に向いている今こそ、唯一にして最大の勝機。
「『フレッシュ』ッ!」
エリカのレイピアの先から放たれたのは、極限まで高圧縮した『魔力の剣』。超高密度の無属性魔法が撃ち出され、魔黒竜の側腹の鱗を激しく削る。
『――ギァァァッ!?』
「そのお方の背は、渡しません……ッ!」
悲鳴を上げる魔黒竜の頭上高く、風を切り裂いて跳躍する一筋の蒼い閃光。竜騎士の甲冑を纏ったルトラだった。
手にした長大な槍に全身のエーテルを集中させ、流星のごとき速度で首元へと急降下突撃を叩き込む。
「――『ハイジャンプ』ッ!!」
ドスッ、と重厚な手応えと共に、槍先が魔黒竜の首元の甲殻を深く穿った。吐き出されそうになっていた第二波の炎が不発に終わり、魔黒竜が苦悶に身を捩る。
「みんなの傷を癒やすにゃ! ――『メディカラ』ッ!!」
間髪入れず、ミエルの掲げた聖樹の杖から柔らかな白聖光が弾けた。広域へと広がる治癒の波が、爆風で傷を負っていた桜井や学者たちの体力を絶え間なく急速回復させていく。白魔道士としての至高の癒やしが、崩壊しかけていた攻略チームの戦線を力強く繋ぎ止めていた。
「すごい……! あの三人、光の騎士を完璧に援護している……!」
桜井が息を呑む。
光の騎士が前線で絶対的な盾となり、ヘイトを一手で引き受け、エリカが削り、ルトラが大技を潰し、ミエルが全体を癒やす。常人では立ち入ることすら許されない邪竜の死線の中で、彼らは完璧な呼吸で死闘を制しつつあった。
光の騎士の聖剣が幾重もの光軌を描き、魔黒竜の肉体を確実に切り刻んでいく。
追い詰められた魔黒竜の巨躯から、いよいよ命の危機を察したような絶望的な咆哮が上がった。
『――グギィィィィィアアアアアアアッ!!!!』
ズズズズズ……ッ!
次の瞬間、神殿内の温度が異常な跳ね上がりを見せた。魔黒竜の漆黒だった全身の鱗が、内側から噴き出す圧倒的な高熱により、みるみるうちに赤熱化していく。
爪も、角も、巨大な尾も、すべてが太陽の表面のような紅蓮の熱を帯び、周囲の空気そのものが炎となって揺らめき始めた。
「熱い……!? なんだあの姿は……触れることすらできないぞ……!?」
桜井たちがその圧倒的な熱量に圧し折られそうになる中。
身体中を赤熱させた魔黒竜は、血のように赤い目をいっそうギラつかせ、その巨大な口を大きく開けた。喉奥で渦巻くのは、先ほどの炎など比ではない、神殿そのものを融解させるレベルの極大熱線。
そして、すべての標的を殺し尽くすべく、その視線は再び――静かに聖剣を構え直す『光の騎士』へと集中していた。
広間を包み込むのは、神殿の崩壊と全滅の予感すら漂う極限の緊張感。
すべてを焼き尽くさんとする邪竜と、それを迎え撃つ純白の騎士の、互いの全霊を懸けた最後の一撃が今まさに交錯しようとしていた。
◆
グラグラと崩れ落ちる古代の柱、そして融解し灼熱の溶岩と化した大理石の床。
全身を太陽の如く赤熱させた『魔黒竜』から発せられる熱波は、広場全体を灼熱の地獄へと変え、見ているだけで皮膚が焼け焦げるほどの死の領域を作り出していた。
『――グオオオオオオオオオオオッ!!!!』
神殿の天窓を揺るがす最終咆哮。
赤熱した邪竜の喉奥から、広間全体を余すところなく融解させるほどの極大の炎が放たれた。直撃すれば、防具ごと肉体を蒸発させる――まさに絶対的な死をもたらす一撃。
だが、破滅をもたらす炎の奔流を真正面から迎え撃ちながら、純白の甲冑を纏った騎士は一切の怯みも見せず、一歩前へと踏み出した。
「――『インビンシブル』ッ!!」
シュァァァァァンッ!!
神威のごとき神聖な絶対防御の光芒が『光の騎士』を包み込む。
邪竜の猛攻は、一発では終わらなかった。灼熱の炎が次々と吐き出され、轟音とともに光の騎士へと殺到する。
しかし、神の加護を得たかのような純白の甲冑は傷一つつくことなく、灼熱の炎を左右へと受け流していた。
「な……あの豪火を真っ向から弾き返した……!?」
桜井たちがその圧倒的な神域の戦いに息を呑む中、光の騎士はすでに跳躍していた。ブレスを放ち切り、隙の生じた魔黒竜の首元へと肉薄する。
『エリカ、ルトラ、ミエル! 一気に決めるぞッ!』
光の騎士の心からの叫びが、リンクパールを介して三人の脳裏へとダイレクトに響く。
「ええ……! これで終わりよ! ――『コントルシクスト』ッ!」
「マスター、穿ちます……ッ! ――『スターダイバー』ッ!」
「みんなを護るにゃー! ――『ホーリー』ッ!」
エリカの魔力剣が魔黒竜の胸甲に突き刺さり、ルトラの蒼き星の穿ちが背の硬殻を砕き、ミエルの放つ眩い神聖光が邪竜の視界と自由を完全に奪い去る。
三人の寸分狂わぬ極大連撃が魔黒竜の巨体を崩させ、その動きを完全に止めた。
残されたのは、トドメの一撃のみ。
光の騎士は着地と同時に聖剣を両手で力強く握り締め、己の内に眠る全ての神聖エーテルを極限まで練り上げた。
――ズズズズズズ……ッ!
瞬間、魔黒竜の足元の大理石に、眩い黄金の神聖法陣が巨大に描き出された。
次の瞬間、法陣の中心から地を割って現れたのは、巨躯すら貫かんとする一本の巨大な『光の剣』。
『ギ、グァァァァァッ……!?』
巨大な光剣に貫かれ、身動きを封じられた魔黒竜が悲鳴を上げる。
だが、それは至高の連撃のほんの序章に過ぎなかった。
仰ぎ見る遥か上空に、さらに巨大で神聖な法陣が展開され、無数の光の剣が姿を現す。
天から降り注ぐ光の剣雨が、赤熱する魔黒竜の全身を途切れなく穿ち、その巨躯を床へと完璧に縫い付け、巨塊の如き体力を削り尽くしていく。
そして――真の終焉が訪れる。
魔黒竜を穿ち刺さっていた無数の光の剣が、一斉に甲高い音を立てて神聖なエーテルと共に弾け跳んだ。
カキィィィィィンッ……!!
弾けた剣の破片は、まるで春の嵐に舞う色鮮やかな『花びら』のように、光の粒子となって美しく、気品高く空間全体へと舞い散っていく。
――『ブレード・オブ・オナー』。
可憐で神聖な花びらの光に包まれながら、赤熱していた魔黒竜の肉体が内部から完全に砕け散り、静かに、壮大に光の粒子となって消滅していった。
◆
静寂が、崩れかけた『蒼穹神殿』を包み込む。
舞い散る光の花びらの中央で、純白の騎士は静かに聖剣を鞘へと納めた。
天窓から差し込む一筋のまばゆい陽光が、その威風堂々とした後ろ姿を神秘的に照らし出している。
「た、倒した……のか……? あの化け物を………」
桜井が盾を落としそうになりながら、膝を震わせて呟く。
死線の途中で脱落者を出したものの、壊滅必至だった邪竜の襲来を前に自分たちが生き残れたという事実に、探索者たちは茫然自失の体で立ち尽くしていた。
やがて――騎士はゆっくりと踵を返した。
解禁された第十一層へと続く正面の大門には一瞥も与えず、彼らが歩んできた広場の出入り口――第十層の入り口側へと向かって、静かに、そして確かな足取りで歩みを進め始める。
コッ、コッ、と鎧の足音が、静寂の残る古代の神殿に澄んで響く。
「あ、あの……! 光の騎士様……ッ!」
桜井がたまらず一歩を踏み出し、喉を絞り出すように叫んだ。
「感謝……いたします! あなたがいなければ、俺たちは今頃全滅していました……! 一体……あなたは一体……!?」
探索者全員の切実な思いを乗せた声。
だが、純白の騎士が立ち止まることはなかった。
感謝の言葉も、賞賛の眼差しも、自らの手で切り拓いた勝利の栄光すらも、最初から自分には必要ないと言わんばかりに。
騎士は一度も振り返ることなく、白銀の背中を静かに佇ませたまま、広大な出入り口の暗がりの中へと滑らかに没し、そのまま静かに姿を消していった。
「また……名も名乗らずに去っていかれた……」
言葉を失い、深い感動と畏敬の念に打たれて静まり返る探索者たち。
その傍らで、エリカ、ルトラ、ミエルの三人は周囲に悟られないよう静かに視線を交わし合わせると、誰にも聞こえないほど小さな安堵の微笑みを浮かべるのだった。
――だが、安堵と歓喜に包まれる広間の中で、ただ一人、異質な動きを見せる者がいた。
攻略チームの後方、一般探索者に紛れ込むようにして控えていた男。
男は周囲に怪しまれない絶妙な動作で立ち上がると、歓声と安堵の声が響き渡る広間を静かに抜け出した。
そして、暗がりへと消えていった純白の背中を追って、誰の目にも留まらぬ確実な足取りで、暗い回廊の奥へと滑り込んでいったのである。