FF14で現代ダンジョン 作:黒蓮
ミスト・ヴィレッジの個人宅。閃はノートパソコンの画面を見つめながら小さく息を吐いた。
画面に映っているのは、現代の探索者ニュースの死亡記事だ。
『Bランクパーティ、第四層からの帰路で物資が尽き、全滅』
『手負いの状態で浅層のモンスターに襲撃され、二名が犠牲に』
この世界のダンジョンには『デジョン』が存在しない。
探索者たちは何日もかけて奥深くへ潜り、ボスを倒して疲弊しきった体で、再び何日もかけて歩いて地上へ帰らなければならない。死亡事故の半数以上は、この『帰路』で発生していた。
「……やっぱり、なんとかしてやりたいよな」
閃は手元にある一枚の紙切れを指で弾いた。
それは、閃の錬金術レシピにだけ存在したこの世界独自のアイテム――『呪符』だ。
前世のゲームでは、全滅してもスタート地点に戻されるだけだった。だが、この世界では一度HPがゼロになれば文字通りすべてが終わる。回復アイテムが尽き、武器が壊れた状態で、何日もかけて魔物が徘徊するダンジョンを戻らなければならない絶望感は、閃には想像もつかなかった。
すでに『スプリントの呪符』の実物は裏市場に数枚流してテスト済みで、探索者の生存率を跳ね上げる神アイテムとして数百万の高値で取引されている。
だが、実物を裏で売っているだけでは、本当に必要な者たちには行き渡らない。
「閃様。また憂鬱な顔をされて」
背後からルトラが歩み寄り、閃の肩を優しく揉み解した。
「ああ……。外の連中、帰り道で死にすぎなんだよ。俺みたいにいつでも『デジョン』で帰れるなら、絶対に死ななかったはずの奴らがさ」
「マスターが優しいのは知ってるにゃ。だったら、作り方を教えてあげればいいのにゃー!」
ミエルが作業台の上にひょいっと飛び乗り、尻尾を揺らしながら言った。
「そうだな。……もう、世界が少しパニックになるくらいなら、命が助かる方がいいか」
閃は決意を固め、空間から錬金術師の作業台を取り出した。
ターゲットは『名無しの職人(@Craft_God_Unknown)』の大量のフォロワー達。今回は「少し質のいい装備」などという次元ではない。現代ダンジョンの常識――『歩いて帰る』という死の概念そのものを破壊する、オーバーテクノロジーの投下だ。
閃はパソコンの前に座る前に、実際に自らの手で呪符のお手本を作成し始めた。
すり鉢で『蝙蝠の翼』を細かく砕き、そこに慎重に水銀を滴らしていく。
「マスター、お絵かきするのにゃ?」
「ただのお絵かきじゃないよ。魔力を定着させる『魔法インク』の調合だ。……よし、いい色になった」
紫がかった妖しい光を放つインクを羽根ペンに浸し、閃は羊皮紙に向かった。サラサラと、一切の迷いなく複雑な幾何学模様――魔紋を書き上げていく。ペンの軌跡が青白いエーテルを帯び、紙の上に力が封じ込められていくのがわかった。
「流石は閃様。淀みない筆運び……見事な魔力制御です」
ルトラが感嘆の溜息を漏らす。
出来上がった魔紋をスマホで撮影し、閃はキーボードを叩き始めた。
書き上がった文章と「魔法インクの調合レシピ」、そして呪符に描く「幾何学模様の画像」を添付する。
『@Craft_God_Unknown
最近、ボスを倒した後の帰り道で死ぬ奴が多すぎる。だから今回は特別に『呪符』の作り方を教える。
特定の魔法インクを調合して、羊皮紙に添付画像の魔紋を正確に描け。一ミリでもズレたら暴発するから、必ず腕のいいクラフターに書かせること。
【スプリントの呪符】約20秒間、脚力が極限まで強化される。逃走用。
【デジョンの呪符】ダンジョンのどこにいても、破れば一瞬でロビー(入口)に強制帰還する。
テレポ(転移石へのワープ)の呪符もあるけど、こっちは素材が高級すぎるから量産は無理だ。
デジョンがあれば帰りの物資はいらない。生きて帰れよ』
「……送信、っと」
閃がエンターキーを叩いた瞬間。
――世界は、文字通り『ひっくり返った』。
数分後。閃のスマホは通知の処理に耐えきれず、完全にフリーズしてブラックアウトした。
「うおっ、スマホ壊れた!? やっぱりやりすぎたか……!」
「マスターのスマホ、煙出てるにゃ!」
慌てふためく閃たちの知らないところで、世界中のネットワークは歴史上類を見ない狂乱の渦に包まれていた。
◆
【速報】名無しの職人氏、ついにダンジョンの法則そのものを破壊するwwwww
1: 名無しの探索者
おいおいおいおいおいおいおい!!!!!
見たか今の名無しの職人のツイート!!!!
2: 名無しのクラフター
手が……手が震えてインクの調合ができねええええええ!!!
5: 名無しの探索者
『デジョン』!?
ダンジョンのどこにいても、破れば入口に戻れる!?
嘘だろ!? そんな神の奇跡みたいなアイテムが、蝙蝠の翼と水銀で作れるのかよ!?!?
12: 名無しの探索者
先週、裏オークションで『スプリントの呪符』が一枚五百万で落札されてたぞ。
呪符ってなんだよ、って思ってたけどあの出品者、名無しの職人氏だったのか……!
18: 名無しのSランク
今、ギルドの専属クラフターに作らせた『デジョンの呪符』を、第五層で破ってみた。
……一瞬だった。視界が歪んだと思ったら、次の瞬間にはロビーに立ってた。
俺たちは……もう……帰り道で仲間の死体を背負って歩かなくていいんだ……(号泣)
25: 名無しの探索者18
マジかよ……マジなのかよ……!
帰りの分の食料も、野営のテントもいらなくなるってことだろ!?
行きの分だけ物資を持っていけばいいなら、人類の探索範囲は今の十倍以上に広がるぞ!!
33: 名無しのクラフター
やばい、世界中の買取所から蝙蝠の翼と水銀が消滅したぞwwwww
昨日までゴミみたいな値段だったのにwwwwww
42: 名無しの探索者
なあ、誰も触れてないけど、しれっと書いてある『テレポ(転移石へのワープ)』ってヤバくないか?
45: 名無しの特定班
>>42
ヤバいどころじゃない。
もし一度行ったことのある深層へ一瞬でワープできるなら、軍隊を直接最前線に送り込める。
アメリカとか絶対欲しがるぞwww
58: 名無しのクラフター
魔紋の画像保存した!! 印刷して写し書きしようとしたら、プリンターのインクじゃ魔力が乗らなくて失敗したわ。
これ、職人が一筆一筆、魔力を込めながら手書きしなきゃダメなやつだ!
俺たちの腕の見せ所だぞ!!!
95: 名無しの探索者
一生ついていきます、名無しの職人様……!!
だからどうか、アカウントだけは消さないでください!!
110: 名無しの探索者
人類は今日、ダンジョンという名の地獄から解放されたんだ……。
◆
さらに数日後。第三層の最奥部、広大な石造りのボス部屋にて。
「くそっ……! 避けろ! 広範囲攻撃が来るぞ!!」
盾役であるリーダーの悲痛な叫びが響き渡った。彼らの眼前にそびえ立つのは、四本腕の巨大なゴーレム。その四つの拳が赤熱し、床に叩きつけられようとしていた。
ボスの周囲数十メートルを覆い尽くす、即死級の衝撃波。
後衛で杖を構えていた魔術師も、双剣を握る剣士も、もはや逃げ切れる距離ではなかった。前衛でヘイトを集めていた重装備のリーダーに至っては絶望的だ。
「これまでか……!」
死を覚悟した瞬間、リーダーの脳裏に、出発前にギルドの裏ルートで大金をはたいて買った『謎の紙切れ』の存在が過った。
『騙されたと思って持っていけ。いざという時、破れば助かる』
藁にも縋る思いで、リーダーは腰のポーチから『スプリントの呪符』を引き抜き、力任せに引き裂いた。
直後――世界が劇的に変わった。
ビュォォォォッ!!
「な、なんだ!?」
パーティ全員の足元から、突如として緑色の旋風が巻き起こったのだ。足が羽のように軽く、全身に信じられないほどの推進力が宿っているのがわかる。
「走れええええええええええ!!」
リーダーの怒号と共に、全員が全力で地面を蹴った。
それは、現代の物理法則を嘲笑うかのような異常な速度だった。重い甲冑を着たリーダーでさえ、オリンピックの短距離選手を凌駕するスピードで床を滑るように駆け抜けていく。
ドゴォォォォォォォンッ!!!
ゴーレムの拳が床を粉砕し、致命的な衝撃波がドーム状に広がる。だが、その赤い破壊の波が到達する直前、彼らはすでに遥か後方の安全地帯へと退避を完了していた。
「……た、助かった……?」
魔術師がへたり込み、剣士が震える手で自身の足を見る。
あり得ない。絶対に避けられないはずの攻撃から、ただ走るだけで逃げ切ってしまったのだ。反動で動きを止めたボスの隙を見逃さず、彼らは体勢を立て直し、見事にゴーレムを撃破した。
この生還ニュースは、瞬く間に探索者界隈を駆け巡った。
『あの謎の呪符、ヤバいぞ! 絶対に避けられないボスの広範囲攻撃を、ただ走って避けられる!』
『機動力の低い重装備タンクや、詠唱で足が止まる魔術師の生存率が跳ね上がる! 戦闘の常識を変える神アイテムだ!』
たかが「スプリント」が、ギミック処理や逃避行動が文字通り命に直結する現代ダンジョンにおいて、「残機が増えるに等しい神アイテム」として扱われ、格安で作れるはずの呪符一枚に数十万の高値がつくようになるのであった。
◆
「スマホの熱、全然下がらないな……。これもう基盤イカれてるわ」
「マスター、新しいスマホ買ってくるにゃ? お金ならチェストに何十億もあるし!」
「ギルでスマホは買えないな……。まあいいや、ついでに晩飯の買い出しも行くか。ルトラ、今日の夕飯は何がいい?」
「閃様が食べたいものであれば、何でも作ります」
世界が彼の情報を追い求めている中。
全人類の救世主となった高校生は、壊れたスマホをゴミ箱に放り込み、今夜の夕食のメニューに頭を悩ませていた。