FF14で現代ダンジョン 作:黒蓮華
コッ……コッ……と、静寂の残る大理石の回廊に、甲冑の澄んだ足音が規則的に響いていた。
無数の窓から差し込む青空の光を背景に、神殿の最奥を離れ、人の気配が途切れた柱の陰へと差し掛かった時だった。
閃は立ち止まり、周囲の誰も見ていないことを確認してから、脱出用の『テレポ』を発動しようと魔力を練り上げた。
――だが、そのまさに直前。
(……ん?)
閃の勘が、急激な違和感を捉えた。
背後――遠く離れた巨大な柱の陰から、密かにこちらを探る視線と、殺しきれていない足音がわずかに耳に届く。
人目のない場所を選んで移動していたはずだ。それなのに、角を曲がった先まで足音すら殺してついてくる気配がある。
(……マジかよ、つけられてる……?)
背後からの視線に冷や汗を流しつつも、閃はあえて焦りを見せずに足を止めた。
ゆっくりと踵を返し、音もなく視線を向けたその先――。
薄暗い大理石の柱の陰から、追跡を隠す気すら失ったように、一人の男がすっと姿を現した。
そこに立っていたのは、攻略チームの精鋭たちと同じく頑丈なタクティカル革甲冑を身に纏い、腰に一振りの小太刀を差した男だった。
先ほどまでの死闘を切り抜けてきた探索者そのものの出で立ちだが、その目つきには一切の疲労や動揺がなく、精悍な隙のなさが漂っている。
男は一切の敵意を見せず、両手をゆっくりと胸の高さまで掲げながら、礼儀正しく、けれど断固とした足取りで間合いを詰めてきた。
「――お初にお目にかかります、『光の騎士』様」
男は甲冑の胸元の隙間に手を入れ、内ポケットから黒い革手帳を取り出すと、滑らかな動作で顔写真入りの身分証を提示した。
「内閣情報調査室の鷹野と申します。……急な非礼をお許しください」
それを目にした瞬間、閃は心中で思わず絶句した。
(内調のエージェントか……!? 精鋭探索者として偽装して攻略チームに潜入してたのか……)
あの『魔黒竜』の地獄のようなブレスや爆風が吹き荒れる極限状態の中、生半可な諜報員が生き残れるはずがない。この男自身も、表向きはAランク帯に匹敵する実力派探索者として登録し、極秘裏に情報収集任務をこなしてきた特別な人材ということだ。
「……何の用だ」
兜越しに、極力低く変声させた重厚な声で短く応じる。
鷹野と名乗る男は、警戒を解かないまま恭しく頭を下げた。
「我々政府としても、貴方という規格外の存在がこの国、ひいては世界にもたらす影響をこれ以上放置しておくわけにはいきません。……ですが、我々とて貴方を敵に回すような愚は犯しません。公に正体を暴くつもりもございません」
鷹野は懐から、特注の通信用端末を取り出し、丁寧な動作で差し出してきた。
「ダンジョン社会の今後について、貴方の持つ圧倒的な知見と武力を踏まえ、改めて意見を伺う機会をいただきたいのです。その端末から、後日ご都合の良い時に一度ご連絡をいただけないでしょうか。今すぐどうこうという話ではありません」
(……ここで無駄に突っぱねて追いかけ回されたり、変に怪しまれるよりは、端末だけ受け取っておいて大人しく引き下がってもらう方が賢明か)
閃は無言のまま手を伸ばし、端末を静かに受け取って甲冑のホルダーへと収めた。
「――感謝いたします」
鷹野が深々と頭を下げた、まさにその一瞬の隙。
閃の足元から、青白いエーテルの帯が螺旋を描くように一気に立ち昇った。
「……ッ!? これは――」
高密度のエーテル光線に目を細めた鷹野がハッと顔を上げた時には、すでに遅かった。
シュォォォン……ッ!
眩い閃光が暗い回廊を包み込み、光が収束した時には――純白の騎士の姿は、影すら残さず完全に消失していた。
「……呪符を使ったようには見えなかった。しかし、今のは間違いなくテレポ……はぁ、やはり規格外だな……」
ぽつんと残された回廊で、鷹野は誰もいない虚空を見つめ、感心と戦慄の入り混じった息を深く吐き出した。
◆
シュォォォン……ッ!
転移の光が収束すると、そこは静かな波の音と心地よい海風が吹き抜けるミスト・ヴィレッジ――白亜の豪邸のテラスだった。
足元が大理石からテラスのウッドデッキへと変わった瞬間、閃はふぅーっと長いため息を吐き出しながらギアセットを切り替えた。
純白の甲冑が光の粒子となって消え去り、いつもの着慣れた漆黒のジャケット姿へと戻る。
「あー……ヒヤヒヤした……。マジで焦ったぞ……」
そのままテラスのソファーへと背中から倒れ込み、頭を抱えた。
まさか内閣情報調査室の人間が、Aランク探索者として第十層の最奥まで潜入しているとは思わなかった。
「……とはいえ、下手に突っぱねずに端末を受け取ったのは正解だったか」
ポケットから、先ほど鷹野から渡されたズシリと重い黒い端末を取り出し、陽の光に透かしてみる。
「政府との話か……さて、どうするか……」
波の音に包まれたテラスで端末を弄びながら、閃は第十層の激闘の余韻と、これから巻き起こるであろう新たな社会の波乱を予感するのだった。
◆
『第十層が攻略されました。バディ・チョコボを開放します』
静寂に包まれたミスト・ヴィレッジのテラス。
海風が心地よく吹き抜ける中、脳内に響き渡った無機質ながらも世界を揺るがすアナウンスを聞き、閃は思わず「おお……」と声を漏らした。
(ついに『バディ・チョコボ』が解放されたか……! これでうちの愛鳥、ラヴィアンローズを堂々と外に連れ出して、一緒に戦わせることができるな)
これまでは移動用や敷地内での愛玩用として可愛がっていたマイチョコボが、これからは頼もしい戦いの相棒として戦場へ連れて行けるようになる。
前世のゲームでも、回復や攻撃をこなすチョコボバディには幾度となく助けられたものだ。ローズの凛々しい羽並みを思い浮かべるだけで、閃の口元が自然と緩んだ。
――それから、数時間が経過した頃。
日も少し傾き始めた夕刻。テラスの転移陣が青白く輝き、第十層の事後処理を終えたエリカ、ルトラ、ミエルの三人が無事に姿を現した。
「ただいま戻りました、閃様」
「閃くん、帰ってきたわよ! 本当にお疲れ様……!」
「マスター! すごかったにゃー! 無事に十階層突破だにゃ!」
「おかえり、三人とも無事でよかった」
ソファーから立ち上がった閃が出迎えると、三人は疲労感を覗かせながらも、無事に大役を終えた安堵の笑顔を浮かべて腰を下ろした。
ルトラが手際よく淹れてくれたハーブティーを一口含み、一息ついたところで、閃は気になっていた懸念を口にした。
「……それで、現場はどうなった? 『魔黒竜』の爆風で、広間から吹き飛ばされた探索者たちがいたが……」
『光の騎士』として全滅を防ぎ、ブレスや連撃を受け止めた閃だったが、魔黒竜が着地した際の凄まじい風圧と熱波によって、防壁の端にいた十数名が場外――遥か上空の雲海へと吹き飛ばされてしまっていたのだ。
閃の問いかけに、桜井たち攻略チームと最後まで現場に留まっていたエリカが真摯な表情で頷いた。
「ええ、その件ですけれど……奇跡的に、吹き飛ばされた方のほとんどは助かりました」
「本当か!?」
エリカの報告に、閃は身を乗り出した。ルトラが少し微笑みながら言葉を続ける。
「はい。あの階層はかなりの高度に位置していたため、落下中に意識のあった探索者の方々は、地面に激突するまでの間に『テレポ』や『デジョン』の呪符を発動させることができたようです。間一髪、皆さま緊急脱出されたと確認できました」
「そうだったのか……。落下の時間が稼げたのが幸いしたな」
高空からの落下という絶望的な状況が、逆に転移呪符の詠唱時間を稼ぐ結果となったのだ。閃が胸をなで下ろすと、エリカがクスリと笑って付け加えた。
「そこで閃くんも、あの時に落下した探索者の中にいたって事にしておいたわ。……落下中の緊急離脱ってことで」
「……そ…そうか、ありがとう」
エリカの言葉に、閃は少しだけ苦笑いを浮かべながら頷いた。ルトラが静かな声で話を戻す。
「ただ……爆風の直撃で気絶してしまった数名の方は……残念ながら命を落とされてしまいました……」
「……そうか……」
「ですが、閃様」
ルトラの言葉に、閃はハッと顔を上げた。
「亡くなられた方々は、幸いにもこれまで一度もダンジョン内で命を落としたことがない『未死亡者』の方々でした。……ですので、『再生の大結晶』で無事に蘇生されました」
――再生の大結晶。
一人につき一度だけ『他種族へ再構成』されて蘇る事が出来る、ダンジョン最大の奇跡。
「……そうか。生きていてくれたなら、いくらでもやり直せる。本当に良かった」
悲惨な全滅事故にならずに済んだ報告を聞き、閃は心底ホッと胸を撫で下ろした。
探索者たちが無事に生還し、第十層が完全に攻略された今――閃は思い出したようにニヤリと笑みを浮かべ、三人を見渡した。
「そういえば、三人とも。さっきまたアナウンスが聞こえたぞ」
「まあ……今回は何が開放されたのですか?」
首をかしげるルトラに、閃は楽しそうに言った。
「『バディ・チョコボ』だよ」
「「「え……!? バディ・チョコボ!?」」」
三人が一斉に目を丸くした。
「ああ。これからは、移動用だったチョコボを戦場に召喚して、攻撃や回復のサポートを一緒にやってもらえるようになる。……つまり、俺たちのチョコボも、これから一緒に戦えるようになるってことだ!」
「本当ですの!? 私たちのチョコボも、閃様と一緒に戦いに参加できるようになるのですか!?」
「わぁぁっ! すごい、すごいわ閃くん! 自分のチョコボと一緒にダンジョンを冒険できるなんて、夢みたい!」
「やったにゃーーーッ!! ミエルのチョコボもいっしょにたたかえるにゃ! いっぱい訓練して、マスターの役に立つ最強のバディにするにゃ!」
先ほどまでの疲労も吹き飛ばしたように、三人は歓喜の声を上げて目を輝かせた。
◆
「バディ・チョコボ」の解放に歓喜の声を上げる三人を見守りながら、閃はポケットから先ほど受け取った重厚な黒い端末を取り出し、テーブルの上にコンと静かに置いた。
「……ところで、十層から帰ってくる時の話なんだが。実は、政府の人間が接触して来たんだ」
「えっ………政府の人間ですか!?」
歓声が一瞬で止み、三人が息を呑んでテーブルの端末を見つめた。
ルトラが察したように眉をひそめ、エリカが心配そうに閃の顔を覗き込む。
「……閃くん、大丈夫だったの? 正体がバレたりは……」
「いや、大丈夫だ。探索者に偽装して潜入していた鷹野って奴でな。こちらの正体を力ずくで暴くつもりはないらしくて、ダンジョン社会の今後について一度意見交換がしたいと、この連絡用端末を渡してきただけだ。渡された瞬間にテレポで逃げてきたけど…」
「まあ……政府も本格的に『光の騎士』へ接触を図ろうとしてきているのですわね」
ルトラが静かに紅茶のカップを置く。ミエルも少し身を乗り出し、パタパタと尾を揺らしながら尋ねた。
「マスター、その端末……どうするにゃ? 政府の人と連絡をとったりするのかにゃ?」
「どうするの、閃くん? 無理に応じる必要はないと思うけれど……」
エリカの問いかけに、閃は端末を指先でトントンと軽く叩きながら、少しだけ不敵で頼もしい笑みを口元に浮かべた。
「いや……ちょっと『考え』があってな」
「考え……?」
「ああ。無闇に突っぱねて陰でコソコソ探られるより、『光の騎士』としての存在価値をうまく使って、俺たちの生活を守りつつ、適度な距離を保ったほうがいい」
エリカは少し呆れたように小さく息を吐きつつも、どこか嬉しそうに目を細めて、閃の手の上に自分の手をそっと重ねた。
「……ふふ、閃くんがそこまで考えているなら、私たちは信じてついていくだけよ。でも――絶対に無茶だけはしないでね?」
「ああ、分かってるよ。無茶なんてするつもりはないさ」
閃は優しく微笑み返し、重ねられたエリカの手をギュッと握り返した。
「マスターが無茶しないって言うときが、一番怪しいのにゃー……」
「ふふ、ミエルちゃんの言う通りですわね。ですが、閃様がどのような道を選ばれようとも、私たちはどこまでもお供いたしますわ」
ミエルのジト目とルトラの温かな言葉に、テラスには再び和やかな笑い声が広がっていった。
海風が心地よく吹き抜けるミスト・ヴィレッジで、四人は新たなパートナーとなるチョコボたちのこと、そしてこれから迎える新たな局面へと想いを馳せるのだった。