FF14で現代ダンジョン 作:黒蓮華
都会の喧騒から遠く離れた農村の静けさの中、どこか懐かしい泥と草の匂いが漂う小さな畑。沼田は長靴についた泥をトントンと落とし、青々とした大きな葉を広げる野菜を満足そうに見下ろした。
形状はキャベツに似ているが、葉の厚みと微かに立ち上る独特の甘苦い香りが違う。
『ギサールの野菜』――ダンジョンに生息するチョコボの好物でもある、特異な作物だ。
「……よし、今朝もいい育ちだ」
沼田がこの野菜の栽培を始めたのは、まだダンジョンが第七層まで到達したばかりの頃だった。
当時、探索者の間で「チョコボ」の獲得方法が判明し、移動の手間を劇的に減らすマウントとして空前のチョコボブームが到来した。それに伴い、手懐けるのに必要なギサールの野菜の需要は一気に爆発。
種はダンジョン内で採れるものを持ち帰り、栽培自体は思いのほか簡単だったこともあり、沼田の畑でも売り切れが続く「ギサールバブル」が到来したのだ。
だが、流行の熱気というものは長くは続かない。
探索者たちが一通りチョコボを手に入れ、呼び出し用のストックを揃えてしまえば、それ以上の需要はパタリと止まった。
何より、このギサールの野菜には致命的な欠点があった。
――人間が食べるには、あまりに苦すぎるのだ。
「うぐっ……! つっはぁ……やっぱ無理だ、これ!」
売れ残ったギサールの野菜をどうにか出荷できないかと、浅漬けや煮物に調理して味見した日のことを、沼田は今でも苦々しく思い出す。舌が痺れるほどの強烈な苦味とエグみ。いくら身体に良かろうと、人間の食卓に上がる見込みは万に一つもなかった。
周囲の農家は「一発屋の作物だったな」と次々に撤退していった。
それでも沼田は、なんとなく畑の一角でギサールの野菜を細々と育て続けていた。寒さにも強く手がかからない丈夫な葉を見ていると、どうしても引き抜いて捨てる気になれなかったのだ。
「ま、たまに思い出したように買っていく物好きな探索者もいるしな……」
そう自分に言い聞かせながら、細々とした出荷で繋ぐ日々。
――だが、その朝。
沼田の携帯端末が、聞いたこともないような激しい通知音を鳴らし始めた。
ジリリリリリッ! ジリリリリリッ!
「な、なんだ!? 事故か!?」
慌ててポケットから端末を取り出し、画面を開いた沼田は、自分の目を疑った。
農協の出荷受注システムと、個人直売サイトの通知欄が、真っ赤な数字で埋め尽くされている。
『【注文確定】ギサールの野菜:50個』
『【注文確定】ギサールの野菜:100個』
『【即時出荷希望】在庫あるだけすべて買い取ります! 金額は倍払います!』
「な、なんだこれ!? 注文エラーか!?」
指を震わせながらSNSの急上昇トレンドを開いた沼田の目に飛び込んできたのは、世界を揺るがす「神アプデ」のニュースだった。
『【朗報】第十層突破で「バディ・チョコボ」解禁!! 戦闘サポート可能に!』
『【緊急】ギサールの野菜を消費して戦闘召喚可能! ヒーラーにもなる模様!』
『ギサールの野菜が全国で完売祭りwwwwどこで売ってんだよ!』
画面をスワイプするたびに、探索者たちの悲鳴と歓喜の投稿が溢れてくる。
「戦闘……召喚……!? 消耗品として、戦うたびに使うようになったのか!?」
これまでの「一度手懐ければ終わり」の単なる乗り物ではない。
これからは、探索者がダンジョンへ潜るたびに、共に戦い、傷つく相棒のチョコボを呼ぶために――何個でも、何十個でも消費される「絶対の必須アイテム」になったのだ。
「おい、沼田さん!! 畑にギサールの野菜残ってるか!?」
軽トラを猛スピードで横付けした近所の農家仲間が、青ざめた顔で飛び出してきた。
「さっきギルドの購買部から電話があってよ! 『あるだけ全部高い値で買い取るから今すぐ持ってきてくれ』ってパニックになってんだ! お前のところ、まだ作ってたろ!?」
「あ、ああ……残ってる。残ってるぞ……!」
沼田は自分の目の前に広がる、青々と茂ったギサールの野菜の畑を見渡した。
苦くて誰も食べられず、ブームが去って見捨てられた緑の葉たちが、朝日を浴びて瑞々しく鮮やかに輝いて見えた。
「よっしゃあああ! 収穫だ!! 手伝ってくれ、全速力で刈り取るぞ!!」
「おうよ!!」
かつて苦笑いとともに見つめていた苦い野菜は、今やダンジョン社会の最前線を支える「緑の宝石」へと変貌を遂げたのだ。
額の汗を拭い、ザクッ、ザクッと包丁で新鮮なギサールの野菜を刈り取りながら、沼田は弾んだ心で空を見上げた。
静かだった農村に、高らかな収穫の歓声が響き渡っていた。
◆
険しい樹々が鬱蒼と生い茂る、第七層『大霊峰』の麓に広がる樹海。
木漏れ日が差し込む静かな緑の小道を、舞、結衣、大河、海斗の四人は賑やかに歩みを進めていた。
「ねえねえ! 『バディ・チョコボ』って本当にすごいよね! 移動するだけじゃなくて、一緒に戦ってくれたり、怪我を治してくれたりもするんでしょ!?」
舞が弾むような声で振り返る。
彼女の身を包むのは、兄・閃から贈られた『踊り子』の衣装だ。軽快にはためくボレロは動きを一切阻害せず、布地に込められた魔力が樹海の湿気や冷気を心地よく弾いてくれていた。
「うん! 職人神様の解説だと、ギサールの野菜をあげることで一緒に戦ってくれるみたいだね。召喚士として、新しいパートナーが増えるのはすっごく楽しみだな」
結衣が白と青を基調とした可憐な袴風衣装の袖を揺らしながら嬉しそうに頷くと、彼女の肩にちょこんと乗っていた小さな召喚獣――カーバンクルが、「キュイッ!」と可愛らしく同意するように鳴き声を上げた。
「白魔道士の海斗と、ヒーラーのチョコボが合わさったら、私たちのパーティの耐久力も一気に上がりそうだよね!」
「そうだね。僕の回復の手が回らない時もカバーしてもらえるなら、前衛の大河くんをもっと安全にサポートできるようになるよ」
気品ある法衣に身を包んだ海斗が優しく微笑むと、最後尾を歩いていた大河が、真新しい漆黒の鎧を鳴らしながら「へへん」と胸を張った。
「おう! 前衛の俺がしっかり敵を引きつけて、俺のバディチョコボがアタッカーとしてドカンと一撃を叩き込む! 最強のコンビの誕生だな!」
「大河くん、まだ捕まえてもいないのに気の早いやつだなあ」
舞がクスッと笑う。
彼らが目指しているのは、この樹海の奥に広がると噂されるチョコボの生息地だ。
ダンジョンで『バディ・チョコボ』が開放され、ギルドや市場でギサールの野菜が大争奪戦になっている今、彼らも自分たちの「相棒」となるチョコボを手に入れるために立ち上がったのだった。
これまでは徒歩での探索が基本だったが、強力な新装備とマテリアの恩恵により、道中の魔物を軽々と退けながらスムーズに進めている。
「あ、見て! みんな、あそこの低木に何かあるよ!」
先頭を歩いていた舞が足を止め、大きな樹の根元を指差した。
そこには、とても見覚えのある形をした真っ赤な果実が幾つか実っていた。
「これって……『ゼルファトルの果実』じゃないか!? たまにしか見つからないレアな果実だよ!」
海斗が目を丸くして近づき、丁寧に果実を摘み取った。
「ゼルファトル……? リンゴにしか見えないけど……」
「確かにリンゴっぽいけど、これはチョコボにあげると羽の色が変わるアイテムなんだって、他の果物との組み合わせでいろんな色に出来るらしいよ」
「ええっ! 本当!? すごーい! 自分のチョコボを好きな色にできるんだ!」
舞と結衣が目を輝かせる。自分だけのオリジナルカラーのチョコボを持てるとなれば、ワクワク感も倍増だ。
「へえ、羽の色を変えられるのか。じゃあ俺のチョコボは、この漆黒の鎧に合わせて真っ黒でクールなやつにしてやるか!」
大河が腕を組み、ニシシと口元を歪めた。
自由闊達に伸びる樹海の木々を見上げつつ、大河は結衣の肩に乗っているカーバンクルをまじまじと見つめると、意地悪そうにニヤリと笑いかける。
「カーバンクルくんよ。俺がバディチョコボを手に入れたら、ビシバシ鍛え上げて最強のアタッカーにしてやるからな。下手をしたら、お前より強くなっちゃうかもな〜?」
「キュ……?」
カーバンクルは一瞬、くりっくりっの丸い瞳をしばたかせた。
自由になびく耳をピクッと動かした次の瞬間――。
――パコォンッ!!
「ぐへっ!?」
疾風のごとき速度で大河の鼻先へ跳躍したカーバンクルが、その小さな後ろ足で大河の顔面を容赦なくフライングキックで蹴り飛ばした。
「い……いってぇぇぇっ!? こ、このチビ……ッ! 鼻骨が折れたかと思ったぞ!?」
鼻を押さえて悶絶する大河。
着地したカーバンクルは、結衣の肩の上に戻ると「フンッ!」とフリスビーのように鼻を鳴らし、ぷいっと横を向いてみせた。
「こ、こいつ……っ! そこの山に捨ててやろうか……ッ!」
額に青筋を立てて怒る大河だったが、その言葉を聞いた瞬間、結衣の雰囲気がガラリと変わった。
「……大河くん?」
静かだが、どこかひんやりとした声。
結衣はジト目で大河をじっと見つめ、ゆっくりと腕を組んだ。
「そんな酷いこと言ったりしたら……わたし、パーティ抜けてあげるからね?」
「ちょ!?」
結衣の本気で怒った雰囲気に、大河は一瞬で冷や汗をダラダラと流し始めた。結衣が抜ければ召喚士を失うだけでなく、ヒーラーの海斗や舞まで連鎖的にいなくなってしまうのは目に見えている。
「わ、悪かったよ! 冗談だ、冗談! カーくん、すまねぇ! 俺が悪かったから脱退だけは勘弁してくれー!」
大河が両手を合わせて必死に頭を下げると、結衣は「もう……冗談でもそんなこと言っちゃダメだからね」と小さく息を吐き、肩の上のカーバンクルを優しく撫でてやった。
カーバンクルも満足そうに「キュ〜♪」と甘えた声を上げている。
「ふふっ、大河くんは相変わらず自業自得だね」
「まったく、舞ちゃんの言う通りだね。さ、無駄な喧嘩をしてないで、樹海の奥のチョコボの生息地へ急ごうか。他の探索者に見つかる前に着かないと」
「お、おう……! そうだな! よーし、行くぞー!」
鼻をさすりながら前を歩き直す大河の後ろで、舞たちは顔を見合わせて楽しそうに笑い声を上げた。
手に入れた『ゼルファトルの果実』を大事に鞄にしまい、まだ見ぬ未来の「相棒」との出会いに胸を躍らせながら、四人は深い樹海の奥へと足を進めていくのだった。