FF14で現代ダンジョン 作:黒蓮華
朝靄が晴れ渡るミスト・ヴィレッジの白亜の豪邸。その広々としたテラスでは、閃の愛鳥であるラヴィアンローズだけでなく、丹精込めて育てられた赤、青、白といった色鮮やかな毛並みの四羽のチョコボたちが、穏やかな潮風を受けながらのんびりと羽を休めていた。
あの日から幾ばくかの時が流れ、日下部閃は既に21歳となっていた。
世界は目まぐるしい変化を遂げている。ダンジョンの現在の攻略最前線は、灼熱のマグマが渦巻く第十三層『火山エリア』。
ダンジョンからもたらされた革新的な資源は、地上社会の常識を塗り替えつつあった。『エリクサー』による難病治療が医療界で正式に認可され、これまで不治の病と諦められていた多くの命が救われるようになった。さらに『ライトニングクリスタル』を動力源とする次世代EV車の一般販売が開始され、まだ少数ながらも街の道路を静かに、爽快に駆け抜け始めている。
また、冒険者の居住区であるハウジングエリアにも新たな地平が開かれた。ミスト・ヴィレッジの爽やかな洋風景観とは一線を画す、オリエンタルでどこか懐かしい木造建築と静かな波音が調和する『海の家』エリアが追加されたのだ。和の情緒と海の魅力が融合した風光明媚なその景観は、多くの探索者や居住者の憧れの的となっていた。
そして何より――探索者たちの街の風景を一変させたのは、彼らの傍らに寄り添う色とりどりのチョコボたちだった。定番の黄色だけでなく、ゼルファトルの果実やドマの果実などで丹精込めて育てられた赤、青、黒といった色鮮やかな相棒たちが、探索者の頼もしいパートナーとして日常にすっかり溶け込んでいる。
◆
ミスト・ヴィレッジの白亜の豪邸。陽光が穏やかに注ぐテラスで、閃は温かいコーヒーを口に含みながら、遠くの水平線を眺めていた。
あの日、第八層の雲海で内閣情報調査室の鷹野と相まみえ、個人ハウジング『森の家』にて政府高官たちと極密裏に行われた交渉。あの場で自分の正体――日下部閃が『光の騎士』であることを自ら明かしてしまったわけだが、今のところ生活の上で特に不都合や支障は起きていない。
政府側もこちらの意図を正しく汲み取り、互いの領域を侵さない良き協力関係を保ってくれている。どうも俺が海外の勢力に引き抜かれたり、国外流出したりするのをやたらと恐れていたようで、少し可笑しくもあり、印象的だった。
圧倒的な武力と深い知見を背景に主導権を握った閃は、政府から様々な便宜を図ってもらえることになった。
その最たる恩恵が、隣で優雅に紅茶を淹れているルトラと、四羽のチョコボの毛並みを丁寧にブラッシングしているミエルの『身分保障』だった。二人は戸籍が存在せず、身分証もないため、正式な探索者ライセンスを取得出来ていなかったのだ。これまでは閃のプライベート空間であるミスト・ヴィレッジを拠点に、実質的な無免許状態でダンジョンに潜っていた。だが今や、政府から特別に発行された身分証とライセンスを手にし、堂々と表の探索者として活動できるようになっていたのだ。
「マスター、ブラッシング終わったにゃ! みんな毛並みツヤツヤで気持ちよさそうだにゃ〜!」
「ふふ、ミエルちゃん、ありがとうございます。ローズたちもすっかりご機嫌ですわね」
「サンキュ、二人とも」
閃は穏やかに口元を緩めた。
あの第十層『蒼穹神殿』での『魔黒竜』との死闘以来、『光の騎士』としての出番は一度も訪れていない。『バディ・チョコボ』の普及によって人類全体の戦力が大幅に底上げされ、各攻略ギルドが自力でダンジョンの試練を乗り越えられるようになってきたからだ。
人類全体の戦力水準は確実に上がってきた。チョコボの育成も世界中に行き渡り、マテリアの流通量も十分に揃ったと言えるだろう。
閃は胸の中でそう確信し、静かに頷いた。そろそろ次の段階へ進む頃合いだった。
閃はソファーから立ち上がると、リビングのデスクに向かい、ノートパソコンの画面を開いた。ブラウザを立ち上げ、世界中の探索者や職人たちが24時間注視しているSNSと攻略掲示板の送信画面を呼び出す。
「閃くん、いよいよ公開するのね?」
リビングのソファに腰掛けていたエリカが、コーヒーカップをそっとテーブルに置き、閃の肩越しに画面を覗き込んだ。
閃はニヤリと不敵で頼もしい職人神の笑みを浮かべ、キーボードのエンターキーの上に指を添えた。
「ああ。世界中に十分な数のマテリアが行き渡った今なら、この技術を解禁してもいいだろう」
画面に表示されているのは、前世のゲームにおいて数多のプレイヤーを破産と悲鳴の底に突き落とした、マテリアシステムの最終奥義。
――『マテリア禁断装着』に関する完全解説データ。
本来なら装着枠が一つや二つしかない装備に対し、絶望的な成功確率の壁を幾度も乗り越え、三つ、四つ、五つとマテリアを強引にエーテル融合させて叩き込む、至高にして狂気の強化術式である。
「まあ、今出回ってるのは最高でもマテリガだ、まだまだ優しい方だよ……健闘を祈る…」
静かな部屋に、カチッ、とマウスのクリック音が心地よく響いた。
職人神・日下部閃が放った新たな一石が、再び世界を大熱狂と混乱の渦へと巻き込もうとしていた。
◆
財務省・特例対策課の執務室。
この間の『海の家』エリア解禁時も、膨大な市場通貨が激しく吸い上げられた際にも凄まじい緊迫感が走ったが、今夜の執務室を包んでいるのは、過去のハウジング解禁時とはまったく質の異なる、胃が縮み上がるような冷や汗と、間一髪で壊滅を免れた重々しい安堵の空気だった。
「……本日十九時二分、職人神による『マテリア禁断装着』の解説データ公開と同時に、全国のハウジング決済用D口座におけるマテリア関連の取引量が爆発しました。ですが、事前に入手していた情報を元に用意した『マテリア適正流通規制』により、転売目的の短期保有に対する八割重加算税、および口座ごとの週購入上限が完璧に機能しております」
モニターの目まぐるしく跳ね上がる数値を凝視しながら、部下がハンカチで額の汗を何度も拭い、震える声で報告を続けた。
「D口座外での闇取引・買占めルートも警察庁および国税庁と連携し、即座に検挙および口座凍結を開始。懸念されていた海外の投機グループや国内闇ギルドによる市場の買い占め、およびマテリア単価の爆発的な跳ね上がりは……なんとか阻止できました」
課長の神崎は、すっかり冷めてしまったお茶の入った湯呑みをゆっくりと机に置くと、深く深くパイプ椅子に身体を沈め、震える手で大きく息を吐き出した。
「……危なかった。本当に、間一髪だったな……」
神崎の脳裏を過ったのは、もし光の騎士との裏ルートでの交渉がなく、事前の情報提供なしに無防備な状態で『禁断装着』が世に放たれていた場合の地獄絵図だ。
成功率十数パーセントという壁を打ち破るため、世界中のSランク探索者や巨大ギルドが、何千個、何万個というマテリアを喉から手が出るほど欲することになる。
もし政府が事前の情報を得て対策を打てていなければ、潤沢な資金を持つ投機ファンドや転売ヤー達が市場のマテリアを根こそぎ買い占め、価格を数十倍、数百倍どころか数千倍にまで跳ね上げていただろう。
最前線の攻略組は必要なマテリアを手に入れられず、装備を強化できずに足止めを食らう。地上ではマテリア暴騰に乗じた莫大な投機マネーが暴れ回り、猛烈なハイパーインフレと経済の混乱で、国家が根底から崩壊していたはずだったのだ。
「職人神側から事前にこの情報が得られていなければ、我々は手出しすらできずに経済が破壊されるのを見ているだけだった……」
「はい……。職人神の情報から最悪の市場混乱を予測し、D口座での取引一元化と厳格な購入制限、即時転売への重加算税という超法規的な規制案を省内で練り上げた時は、その苛烈さに他省庁から激しい異論も出ましたが……今となっては、あれ以外の選択肢など存在しませんでした」
部下が青ざめた顔で深々と頷く。言葉を重ねるごとに、自分たちがどれほど巨大な破滅の淵に立たされていたかを思い知らされる。
「もし対策なしでこの『禁断装着』という超大型の爆弾が投下されていたらと思うと、背筋が凍りつきます。買い占めによる市場麻痺で、現在攻略が進んでいる最前線の第十三層『火山エリア』の進行すら完全にストップしていたでしょう……」
神崎は深くため息をつき、顔すら知らぬ『職人神』、そして実質的な協力体制を敷いてくれている『光の騎士』という存在に対し、深い敬意を抱いた。
ただ圧倒的な技術や情報を与えて混乱を引き起こすのではなく、国家が壊滅しないよう絶妙なタイミングで事前の警告を与え、コントロールの余地を残してくれる。その配慮こそが、彼らが単なる破壊者ではなく、ダンジョン社会における真の秩序の守護者である証左だった。
「無茶な破滅を回避し、国家の秩序を保てたのは、事前に情報を渡してくれた彼らのおかげだよ……」
神崎は自嘲気味に息を吐くと、立ち上がって窓の外に広がる東京の夜景を見つめた。
数日のうちに全国の工房では、無謀な挑戦に散ったマテリアが静かに破砕音を立てる事になるだろう。しかし、それは恐怖と混乱の悲鳴ではなく、ルールに基づいた健全な「ロマンへの挑戦」の音だ。今日こうして地上の人々が変わらず穏やかに暮らし、探索者たちが正当な価格でマテリアを手に入れて自分の限界へ挑めているという事実。
だが――神崎の瞳の奥には、拭いきれない重い陰影が落とされていた。
「……だが、これで一安心というわけにはいかん。今回の『禁断装着』のような次元の異なる強化方法が必要になるほど、この先のダンジョンは……我々の想像を遥かに超えた異様で過酷な変化を遂げていくということだ」
最前線の第十三層『火山エリア』を超えたその先で、一体どのような未知の脅威や理不尽な環境が人類を待ち受けているのか。
階層を重ねるごとに加速度を増すダンジョンの変容と、それに伴って地上へ押し寄せる予測不能な波乱の予感に、神崎は静かに拳を握りしめた。
「……次に何が起きるか分からん。備えを怠るなよ」
深く息を吸い込んだ官僚たちの安堵と、まだ見ぬ未知への緊張が交錯する溜め息が、夜の静かな執務室の中にゆっくりと広がっていった。