FF14で現代ダンジョン 作:黒蓮華
日本を代表する大手自動車メーカー『サクラ自動車』――その極秘開発拠点である「次世代動力研究所」のテストコース兼試作工房。
深夜、激しい雨の音が鉄骨の天井を叩く中、白衣の上に耐熱作業着を羽織った主任開発者の高坂は、作業台に載せられた流線形のカーボンシャーシを鋭い眼光で見つめていた。
「高坂主任! 発注していた第九層のライトニングクリスタル、到着しました!」
若手エンジニアの威勢の良い声とともに、頑丈な耐圧・耐衝撃コンテナが運ばれてくる。エアロックが解除され、蓋が開けられると、薄暗い試作工房の中に紫青色の澄んだ光芒がぱっと広がった。
幾重にも結晶化した美しい鉱石が、まるで命を持つ生き物のようにかすかな放電音を立てて自己主張している。
「……信じられんな。これほどの純度の物が、ダンジョンで山のように採掘されるようになったなんてな」
高坂は感嘆の息を吐きながら、その美しくも危険な結晶を見つめた。
ほんの数年前まで、この『ライトニングクリスタルを用いた次世代車』の開発は、一度完全に頓挫した夢物語だった。
ダンジョン攻略の初期、奇跡的に少量だけ地上に出回った結晶を使って試作実験機を組み上げ、超軽量化による爆発的なトルクと加速性能という「究極の自動車」の理論値は叩き出していた。
だが――当時の流通量では、拳大の結晶ひとつでも天文学的な高値。量産など夢のまた夢として、開発計画は厳重に鍵をかけた金庫の奥へと封印されたのだ。
それを一変させたのが、攻略チームによる『第九層』の開拓だった。
巨大な雷雲と落雷が渦巻く第九層において、ライトニングクリスタルは無尽蔵と言ってもいい巨大な鉱脈として発見されたのだ。
採掘と流通が本格化し、市場価格が大幅に落ち着いたという報せを受けた高坂は、その日のうちに社長室へ殴り込み、封印された計画書を社長の机に叩きつけた。
『社長! コストの壁は完全に崩れ去りました! ガソリン車、そしてリチウム電池EVの時代は終わります! 今こそ、我がサクラ自動車が世界の交通産業の常識を塗り替える時です!』
『……高坂、分かっているな? 石油メジャーや海外のEV巨頭を完全に敵に回すことになる。もし失敗すれば我が社の株価は暴落だぞ』
『成功させます。ダンジョンの魔法の力を地上の工学技術と融合させられるのは、我が社の技術者達だけです!』
――だが、現実は想像を絶するほど甘くはなかった。
コストと供給問題が解決した後に高坂たちを待ち受けていたのは、ダンジョンの「エーテル」という地球の物理法則を超えた異様な現象との、泥沼の格闘だった。
「だめです高坂主任! 第六次ベンチテスト、放電量が急激に閾値を突破! 変電ユニットが持ちません!」
「ダメだ、冷却水が瞬時に沸騰・蒸発している! 緊急停止だ! 早くッ!」
警報音が鳴り響くテストルームで、またしても試作ユニットが白煙を上げた。
数百キロにも及ぶ巨大なリチウムイオン電池という「重り」を脱ぎ捨てた超軽量車体は、理論通りスポーツカー並みの初速を見せた。しかし、ライトニングクリスタルが秘める「雷属性エーテル」は、あまりにも荒々しい暴れ馬だったのだ。
アクセルを踏み込んだ瞬間にダイレクトに引き出される高出力のエーテルは、従来のインバーターに代わる『魔導変圧器』の許容量をあっという間に突破し、千度を超える高熱を発して物理的な水冷システムを粉砕した。最悪のテスト事故では、車体全体が激しい紫の放電に包まれ、車載の電子基板が一瞬で全滅して火花を散らした。
「安全性を確保するために鉛や絶縁合金の装甲を厚くすれば、せっかくの軽量化が台無しになる。水冷ポンプの流量を限界まで増やしても熱伝導が物理的に追いつかない……。かと言って出力を絞れば、軽自動車以下のパワーしか出ない。くそっ、どうすればいいんだ……!」
高坂は頭を抱え、幾夜も徹して設計図と睨めっこを続けた。
雷のエーテルは速く、強く、そして異常なほど熱い。地球の工学技術だけでこの異界の暴れ馬を手なずけるのは不可能なのか――開発陣の誰もが諦めかけた、その時だった。
高坂の脳裏に、数ヶ月前に職人神がSNSに投稿していた『エーテル六属性の相克と調和に関する基礎考察』という専門記事が鮮明に閃いた。
(属性……そうか、何も『雷』だけで完結させる必要はないんだ! 魔法やエーテルから生じる熱は、同じエーテルの力で抑え込めばいい……!)
翌朝、目を真っ赤に血走らせた高坂は開発チームを緊急召集し、ホワイトボードに新たな設計図を叩きつけるように描いた。
「ライトニングクリスタルを格納するメインドライブの左右に、補助エーテルスロットを二つ追加する」
「補助……ですか? パワーユニットの構造が複雑化しますが……」
「ああ。一つには『ウォータークリスタル』、もう一つには『ウィンドクリスタル』を組み込むんだ」
エンジニアたちが「まさか」という顔でざわついた。
「雷の放電に伴う致命的な熱に対し、ウォータークリスタルから抽出した永続的な水のエーテルでダイレクトに熱源を冷却する。さらにウインドクリスタルの風エーテルで、発生した排熱を即座に竜巻状のエアロダクトへ乗せて車外へ強制排出させる。『水と風のハイブリッド空水冷システム』……これなら、地球の物理的な冷却装置の限界を遥かに超えられる!」
「しかし主任! 水と風のクリスタルもダンジョン産ですよ!? 毎回そんなものを消耗していたら、維持費がガソリンの比じゃありません!」
「いや、ここが肝なんだ。これらの属性結晶は動力を生み出すエネルギー源として直接消費されるわけじゃない。あくまで冷却と熱循環のための『触媒』だ。熱収支の計算上、一度装填すれば……年にたった一度の定期点検で交換するだけで足りるはずだ!」
「年に、一回……!? それなら、車検やエンジンオイルの交換と同じ感覚で維持できるじゃないですか……!」
実験室に一気に歓喜と活気が戻った。
すぐさま試作ユニットが組み上げられ、三つの属性クリスタルが中央のエンジンルーム――『魔導ドライブコア』へと装填された。
中央で激しく紫のスパークを放つライトニングクリスタル。
その猛烈な熱を包み込むように、左右のサファイアブルーとエメラルドグリーンの結晶が静かに美しい光を放ち、荒れ狂う雷のエーテルを完璧な調和へと導いていく。
「システム、オールグリーン……! 魔導変圧器の温度上昇、完全に停止しました! エーテル出力、一定値を精密に維持!」
「よし……テスト走行に行くぞ! ドライバーは……おい、星野!」
「はいっ! おまかせください!」
指名されたのは、元・探索者という異色の経歴を持つ若手エンジニアの星野だった。ダンジョン内で過酷なエーテル環境を肌で知る彼だからこそ、この「魔導車」の限界を見極められる。
エアロダイナミクスを極限まで突き詰めた最高峰のボディを纏う『サクラ・LCプロトタイプ』が、早朝のテストコースのスタートラインへと静かについた。
星野が緊張で生唾を飲み込み、アクセルペダルを静かに踏み込む。
ブォンという不快なエンジン音も、キュイーンという従来のEV特有のモーター高周波音もない。静寂の中、車内に響くのは「シューン……」という澄んだエーテルの共鳴音だけだった。
次の瞬間――星野の体が、猛烈な加速Gによってシートへ強烈に叩きつけられた。
「――っく……!? すごい……なんだこれ!!」
速い。異次元に速い。
数百キロの重量物だったバッテリーから解放された軽量カーボンボディが、まるで解き放たれた矢のように滑走路を駆け抜けていく。
急カーブ手前での鋭い減速からの立ち上がり。アクセルの踏み込み量に合わせて、遅延ゼロで無限に湧き出すようなトルクが力強くタイヤへと伝わる。
デジタルメーターの速度計が瞬く間に跳ね上がっていくが、車内は驚くほど静まり返っており、ハンドルの振動すらほとんどない。補助の風と水のクリスタルが完璧に熱と出力を抑え込み、かつて暴れ馬だった雷のエーテルは、完全に御者の意のままに動くしなやかな「足」となっていた。
「……勝った。俺たちは、勝ったんだ……!」
テストコースを三周し、ピットインした車から降りた高坂は、熱を帯びた車体を見つめ、震える拳を握りしめた。
コンセントにつないで何時間も待つ長時間の充電作業は、もう必要ない。
絶縁と耐衝撃加工が施された特注カートリッジは、素手で安全に持ち運べる設計になっている。エネルギーを使い切れば、カートリッジ内のクリスタルそのものを新品と交換するだけ。
車重は従来のEVより数百キロも軽く、航続距離は計算上、一度のクリスタル交換で1500キロに達する。
「高坂主任……!! やりました! やりましたよ!!」
駆け寄ってきた開発チームのメンバーたちが、涙を浮かべて歓喜の声を上げ、プロトタイプのボディを何度も叩いた。
◆
しかし、技術的な成功の先に待っていたのは、地上社会の『インフラ整備』という現実的な課題だった。
この『LC車』を社会に普及させるためには、ガソリンスタンドに代わる新たな拠点――『クリスタル・ステーション(CS)』の整備が不可欠だったのだ。
「高坂主任、既存のガソリンスタンド経営者やロードサービスとの提携案、経産省から正式に許可が下りました!」
数ヶ月後、サクラ自動車の本社会議室で、事業開発部の担当者が報告した。
全国津々浦々に一網打尽でステーションを増やすのには時間がかかるため、まずは高速道路のサービスエリアや都市部の主要ガソリンスタンドを改装する形で、順次『クリスタル・ステーション(CS)』が開設され始めた。
CSに到着したドライバーは、スタッフの手を借りて車体側面のドライブポートを開ける。高密度の絶縁樹脂でコーティングされた安全なカートリッジを取り出すと、カチャリとワンタッチで手元へ引き抜くことができる。素手で触れても感電や熱の心配は一切ない。
そこに、CSのラックに備え付けられた新しいクリスタル入りカートリッジを装填するだけだ。
その間、作業に手慣れればわずか一分足らず。ガソリンを給油する感覚と変わらない手軽さで、ドライバーは再び1500キロの長旅へと走り出すことができる。
そして、回収された「エネルギーを使い切って空になったライトニングクリスタル」は、魔導具の素材や工業用の研磨材、あるいは魔導回路の触媒など、また別の用途として余すことなくリサイクル・再利用される持続可能なサイクルが構築されたのだった。
◆
そして――サクラ自動車のプレスリリースは、自動車産業とメディアを大きく賑わせるニュースとなった。
『サクラ自動車、第九層産クリスタルを用いた次世代「LC(ライトニング・クリスタル)車」を正式発表! 航続距離1500キロ、カートリッジ式クリスタル交換システムを採用した新たなクリーンカー』
『主要都市や高速道路のスタンドにて「クリスタル・ステーション(CS)」が順次オープン! ガソリン車・従来型EVからの買い替え補助金制度もスタート』
ニュースを見た人々が感嘆し、モーターショーの会場には試乗を求める人々で長蛇の列ができた。インフラの全国普及にはまだ時間がかかるものの、街の道路には、静かに、そして力強く駆け抜ける流線形のLC車が少しずつ、しかし確実にその姿を見せ始めていた。
かつて過酷なダンジョンで探索者たちが命がけで掘り出した紫青の結晶は、地上の技術者たちの血の滲むような情熱と融合し、人類の交通インフラを塗り替えていく新たな「翼」として、今まさに静かなスタートを切ったのだった。