FF14で現代ダンジョン 作:黒蓮華
ミスト・ヴィレッジの爽やかな海風が吹き抜けるテラス。
夕陽が白亜の豪邸を橙色に染める中、閃はソファーに深く身体を沈め、静かに温かいお茶を口に含んだ。
「――ふぅ……。今回は本当に、一筋縄ではいかなかったな」
「ええ……。第十三層『火山エリア』、まさかあそこまで過酷な試練が待っているとは思いませんでした」
隣で手際よくおかわりのお茶を注ぎながら、ルトラが静かに深く頷いた。その表情には激闘を乗り越えた安堵と、どこか心地よい疲労感が滲んでいる。
「マスター! あの最初のボス、急にドデカい岩の鬼面から手足が生えて動き出したときはビックリしたにゃー!」
ミエルが身を乗り出し、両手を大きく広げて当時の衝撃を表現してみせる。
攻略チームが進んだ先に聳え立っていた、不気味な鬼の形相をした火山島。その岩肌が地鳴りとともに砕け散り、巨大な岩の鬼面から太い手足が生えて襲いかかってきた瞬間の光景は、今思い出しても凄まじい迫力だった。
「でも、本当の戦いはあの鬼の面を砕いた後だったわね。まさか背後の壁に4つの巨大な扉が現れて、その先にあんなものが待ち構えているなんて……」
向かいのソファーで足を組み、エリカが感慨深げに目を細めた。
ボスの巨躯が光の粒子となって崩れ去った跡に現れたのは、重々しい四つの巨大な扉。それぞれの奥に潜んでいたのは、四神の名を冠する強大な聖獣――青龍、朱雀、白虎、玄武の四体だった。
「ああ。最初は安全を取って、日にちを置いて一体ずつ確実に撃破していこうって計画だったんだがな……」
閃は苦笑いを浮かべ、カップをテーブルにコンと置いた。
前哨戦で痛んだ装備の修繕と体力の回復を優先し、一日置いて次の扉へ向かおうとした攻略チームを待っていたのは、無情なシステムだった。
次の日の朝、確認に向かったスカウトが見たのは――倒したはずの四神の一体が、何事もなかったかのように完全復活している絶望的な光景だったのだ。
「一日で四体全てを討伐しなければ次の階層への道が開かれないと分かった時は、流石に現場も蒼ざめていたけれど……みんな、本当に強くなったわね」
エリカの言葉に、閃も深く頷いた。
「ああ。二手に分かれての二連戦なんて無茶な作戦、以前の攻略チームなら全滅しかねなかった。だけど今回は違った」
『バディ・チョコボ』という頼もしい相棒を得て連携の幅が広がり、『マテリア禁断装着』によって極限まで底上げされた探索者たちの戦力。前衛の防壁は強固になり、後衛の火力と回復の回転率は以前の比ではない。
「俺が『光の騎士』として前に出るまでもなかったよ。みんなが自分たちの力で声を掛け合い、命を預け合って、あの恐ろしい四神をすべてねじ伏せたんだからな。本当に……探索者たちの質は上がってきている」
「マスターが影から見守るだけで済むようになったのは、すごく良いことだにゃ! マスターのカッコいいところも見たいけど、みんなで強くなってる感じがして嬉しいにゃ!」
ミエルがパタパタと尾を揺らしながら笑顔を咲かせる。
激闘を終え、無事に第十三層を完全攻略した達成感が、四人の間に心地よく漂っていた。閃はゆっくりとソファーの背もたれに深く体重を預け、夕陽が沈みゆく穏やかな海を眩しそうに見つめた。
「……ま、次の十四層の調査も気になるが、ひとまずは無事に帰ってこられて良かったよ。みんな、本当にお疲れ様」
そう言って微笑む閃に、エリカがクスッと楽しそうに微笑み返す。
「ええ、本当ね。それに……明日はお休みにしてあるし、私たちも今日と明日はゆっくり休みましょう?」
「そうだな。ここ最近はずっと十三層にかかりきりだったし……久しぶりに明日はみんなで街へお出かけでもしようか。美味しいものでも食べて、買い物でもしてさ」
閃の提案に、ミエルがパッと表情を輝かせて「ほんとうにゃ!?」と身を乗り出した。
「やったぁぁぁーっ! 街にお出かけだにゃ! ミエル、あのおしゃれなカフェの新作スイーツが食べてみたかったんだにゃー!」
「ふふ、ミエルったら。ですが、良い案ですね。私も新しくできたショッピングモールを見てみたいと思っておりました。珍しい茶葉を探してみたいです」
「決まりね。じゃあ今夜は明日に備えてゆっくり休みましょう!」
エリカ、ルトラ、ミエルの楽しそうな笑顔に包まれ、閃も肩の力を抜いて優しく口元を緩めた。夕闇が静かにミスト・ヴィレッジを包み込んでいく中、テラスには穏やかな笑い声がいつまでも響き渡っていた。
◆
都内郊外に新しくオープンした巨大ショッピングモールは、大勢の買い物客や探索者たちで賑わっていた。
その三階にある大規模な『ダンジョン探索専門コーナー』。最新の防具や魔法触媒、ダンジョン対応のキャンプ用品などが所狭しと並ぶ店内の一角で、舞、結衣、海斗、大河の四人は真剣な表情で商品を吟味していた。
「ねえねえ! これなんてどうかな!? バディチョコボの鞍の横に取り付ける耐水・耐熱加工のサイドバッグ!」
舞が手に取ったのは、頑丈な革と最新の繊維で仕立てられた、チョコボ専用の大容量バッグだった。
彼らが目指すのは、もちろん『バディ・チョコボ』の本格的な運用と装備の補強だ。すでに自分たちの相棒となるチョコボを手に入れていた四人は、これからのさらなる探索に向けて、より頑丈な本格装備を買い揃えに来ていたのだった。
「いいね、舞ちゃん。それなら激しい戦闘や魔物の攻撃を受けても、中の薬品や予備の資材が破裂する心配がないよ」
「作りもすごくしっかりしてるね。カラーバリエーションも豊富だし、わたしたちのチョコボの羽色に合わせられそう」
海斗が感心したように頷き、結衣も肩に乗ったカーバンクルと一緒にバッグを覗き込んで嬉しそうに微笑む。
「へっ! 俺のチョコボには、この黒レザーに銀の金具がついた厳ついやつがいいな! この大きさならギサールの野菜も詰め込めるし!」
大河が意気揚々と大きなバッグを肩に担いでポーズをとる。
そんな和気藹々とした空気の中――。
「――あれ? 舞に結衣ちゃん……大河くんに海斗くんじゃないか?」
背後から、聞き覚えのある温かく穏やかな声が掛けられた。
四人が一斉に振り返ると、そこには普段の探索着ではなく、お洒落でセンスの良いカジュアルな私服に身を包んだ日下部閃の姿があった。
その隣には、華やかで大人っぽいストリートスタイルのエリカ、エレガントなワンピース姿のルトラ、そして可愛らしいブラウスとスカートでパフェの絵が描かれたショップバッグを嬉しそうに抱えたミエルが立ち、優しく微笑んでいる。
「あ……っ! お兄ちゃん! エリカさんにルトラさん、ミエルちゃんまで!」
舞がパッと顔を輝かせ、四人は慌てて姿勢を正すようにして頭を下げた。
彼らにとって、閃たちは単なる「友達の兄」や「頼れる知り合い」という枠を遥かに超えた存在だった。少し前に一度だけ一緒にダンジョンを探索する機会があったのだが、その時に見せつけられた四人の異次元な戦闘技術、洗練された連携、そして何より溢れ出る圧倒的な「強者」のオーラは、今でも四人の脳裏に鮮烈に焼き付いている。
世間を揺るがす第十三層『火山エリア』の攻略完了がニュースで報じられたばかりの今、目の前にいるこの四人こそがその中心にいた至高の実力者たちなのだと思うと、尊敬と緊張で自然と背筋が伸びてしまうのだった。
「みなさんも来られていたんですね!」
海斗が丁寧な口調で問いかけると、閃は穏やかに笑って頷いた。
「ああ。昨日まで十三層の件でずっとバタバタしていたからさ。今日は息抜きを兼ねて、みんなで街へ買い出しと食事に来ていたんだよ。……そっちこそ、みんなで何か探していたのか?」
「はい! チョコボたちのバディ装備を新しく買い直そうと思っていて。これからもっと深い階層へ行くために、専用のサイドバッグや予備のギアを選んでいたところなんです」
結衣が嬉しそうに話すと、エリカが「なるほど、装備の新調ね!」と目を細め、胸の前で手を打った。
「バディとして一緒に潜る回数が増えると、持っていく資材やバッグの耐久性も重要になってくるものね。良い買い出しじゃない!」
「うんうん! ミエルのチョコボも、専用のバッグをつけてから薬品の持ち運びがすごーくラクになったんだにゃ! 頼もしい相棒と一緒に戦うの、本当に楽しいにゃ〜!」
ミエルがパタパタと語尾を弾ませながら、先ほどまで食べていたというカフェの新作スイーツの美味しさとチョコボの活躍ぶりを、身振り手振りを交えて熱弁する。その愛くるしい様子に、一同の間にフッと和やかな笑いが広がった。
「それにしても……第十三層『火山エリア』の完全攻略、本当におめでとうございます。ニュースで見ましたけれど、鬼面の岩巨人に四神の連続討伐なんて、凄まじい死闘だったみたいですね……」
海斗が深く感服したように言葉を紡ぐと、大河も熱い眼差しで閃を見つめた。
「マジで凄すぎますよ! 攻略ギルドのトップ連中すら絶望しかけてたって聞いたのに、それを一日で全部叩き潰して突破しちゃうなんて……やっぱり閃さんたちは次元が違います!」
真っ直ぐな称賛の眼差しを向けられ、閃は少し照れくさそうに苦笑いを浮かべた。
「いやいや、俺は影からサポートしていただけさ。……それに、君たち四人だって、前に会った時よりも見違えるほど強くなっているじゃないか。すぐに最前線に追いつくだろうね」
閃はそう言うと、不敵で頼もしい笑みを浮かべた。
「っ……! 閃さんにそう言ってもらえると、めちゃくちゃ自信がつきます!」
大河が嬉しそうに鼻を擦り、舞や結衣たちも誇らしげに顔を見合わせる。
「さて、俺たちはそろそろあちらの紅茶専門店を覗きに行こうかと思っているところなんだ。……みんな、これからも無理だけはせず、自分たちのペースで冒険を楽しんでくれ」
俺が軽く手を上げて踵を返すと、ルトラが品のある静かな所作で優雅に一礼し、エリカとミエルも軽やかに手を振る。
「はい! ありがとうございます! 閃さんたちも、今日はゆっくり休んでくださいね!」
舞たちの元気な見送りの言葉を受け、閃たちは楽しそうに言葉を交わしながら、モールの奥へと歩みを進めていった。
去っていく四人の背中を見送りながら、大河がポツリと漏らした。
「……はぁー、やっぱり佇まいからしてカッコいいなぁ。あの四人と並んで戦えるようになるには、まだまだ修行が足りねぇな!」
「ふふっ、大河くん、急に張り切りだしちゃって。私たちも相棒と一緒に、もっともっと強くなろう!」
「うん! まずは装備をカンペキに整えなきゃね!」
結衣の肩の上でカーバンクルが「キュイッ!」と誇らしげに鳴き声を上げる。
大河たちが再び笑顔でチョコボグッズの選別へと戻っていく中、舞だけはモールの雑踏へ消えていく四人の後ろ姿をじっと見つめていた。
(……うん? あれ……?)
ふと、首を傾げる。
お兄ちゃんの恋人は、たしかエリカさんのはずだ。
なのに、歩きながら楽しそうに談笑する四人の距離感は、どこからどう見てもあまりにも自然で、そしてあまりにも近い。
エリカさんがお兄ちゃんの腕に軽く寄り添っているのはもちろんのこと、反対側ではルトラさんがごく当たり前のように腕を組み、ミエルちゃんに至っては「マスター!」と嬉しそうに抱きついてすらいる。
(……前にお試しの探索で一緒に潜った時も思ったけど……いくらなんでも、距離が近すぎない……?)
仲が良いと言えばそれまでだが、何かの一線を超えているようにも見えてしまう絶妙な空気感。
実の妹だからこそ感じ取ってしまう微妙な違和感に、舞は言葉にできないモヤモヤとした疑問を抱きながら、去っていった兄の背中を見送るのだった。
◆
第十三層『火山エリア』の激闘を越え、新たに拓かれた第十四層の扉。
その向こう側へ足を踏み入れ、真っ先に偵察を行ったスカウト部隊は、わずか数分で青ざめた顔のまま地上へと緊急生還を果たしていた。
地上に設置された合同攻略チームの統括本部の一室。
窓から差し込む陽光とは対照的に、部屋の中にはどこか張り詰めた冷たい空気が漂っていた。
「――間違いないんだな?」
デスクの前で腕を組み、重々しい声で問いかけたのは、攻略チームの総指揮を執る桜井だった。その目の前では、まだ呼吸の乱れたスカウト部隊の隊長が、震える手で偵察データを収めた端末を提示している。
「はい……。扉の先に続いていたのは、一見すると一面の雪原のような世界でした。しかしあれは、生命すら完全に拒絶するような不気味な『白い砂漠』でした。――エーテルが完全に枯渇した、焦土のような場所です」
スカウト隊長はゴクリと生唾を飲み込み、思い出すだけで背筋が凍りつくかのように言葉を繋いだ。
「足を踏み入れた瞬間、大気中のエーテル濃度が異常なほどに希薄になっているのを全身で感じました」
「エーテルの枯渇、か……」
桜井の眉間に深い皺が刻まれる。
これまで探索者たちが頼りにしてきた魔法の多くは、空間に満ちるエーテルという存在を前提として成り立っていた。
大気中のエーテルが枯渇しているということは、一度使用した魔力の自動回復が望めないばかりか、魔法そのものの威力が著しく減衰することを意味している。
「これまでの圧倒的な火力押しや、魔法による絨毯爆撃のような力任せの戦術は一切通用しない……。ダンジョンはここに来て、全く新しい質の試練を突きつけてきたというわけか」
「はい、不用意に大部隊を送り込めば、ジリ貧になって全滅しかねません」
隊長の苦痛に満ちた報告に、桜井は深く息を吐き出し、静かに天井を見上げた。
「……分かった、第十四層の本格捜索は一旦見合わせ、即座に攻略ギルド幹部による緊急会議を招集する。これまでの常識を捨てて挑まなければ、その白い焦土に呑み込まれるぞ」
第十三層を乗り越えた先に待ち受けていたのは、より強大な魔物ではなく、世界そのものが牙を剥く「無音の絶望」という試練であった。