「正しい答え」 作:はい
AFOから「雄英高校を受けろ」と命じられた時、零無は断らなかった。
正確には、断れなかった。
◇
「雄英?」
透が聞き返した。
「うん」
「零無も!?」
「受ける」
ぱっと、透の声が弾んだ。
「ほんと!? 私も受ける!」
零無は一瞬、何も言わなかった。
「……ヒーロー科?」
「もちろん!」
「そうか」
「何その反応!」
「別に」
「絶対なんか思ったでしょ!」
「思ってない」
嘘だった。
やめてほしかった。
ヒーローになど、ならないでほしかった。
透は普通に生きればいい。
学校へ行く。友人を作る。くだらない話をする。好きなものを食べる。好きな服を着る。
恋をするかもしれない。
結婚するかもしれないし、しないかもしれない。
働く。遊ぶ。時々、嫌なこともある。
それでも、大きな事件にも、ヴィランにも、AFOにも関係なく生きる。
そんな、つまらないくらい普通の人生を生きればいい。
ヒーローは危険だ。
人を助けるために、誰もが逃げる方向とは逆へ走る。
零無は、その職業をあまり好きではなかった。
少なくとも、透が選ぶ職業としては。
「やめた方がいい」
そう言うことは出来た。
透なら理由を聞いただろう。
何で。
危ないから?
私じゃ無理だと思う?
零無なら、いくらでも言葉を並べられた。
説得することだって出来たかもしれない。
だが、何も言わなかった。
AFOが自分の選択肢を奪った。
そのことを、零無は嫌というほど知っている。
だから。
透の選択肢まで、自分が奪うことは出来なかった。
「分かった。頑張れ」
「零無もね!」
「ああ」
本当は、頑張ってほしくなかった。
落ちて。
笑って。
仕方ないねと言って。
別の学校へ行ってくれれば、少し安心出来た。
そんなことを考えた自分を、零無はかなり嫌った。
◇
雄英へ入る前、零無は一人の少女と出会っている。
トガヒミコ。
明るい。
よく笑う。
人懐っこい。
そして、明らかに普通ではなかった。
正確には――零無は「普通ではない」という言葉自体を、あまり好きではなかった。
何を基準に普通とするのか。
彼女には彼女なりの感情がある。
好き。
可愛い。
なりたい。
血。
それらが、彼女の個性とあまりにも近過ぎた。
社会が受け入れやすい欲求ではなかった。
家族も周囲も、それを抑え、普通であることを求めた。
零無は彼女の話を聞いた。
そして、写真の中の母を思い出した。
同じではない。
絶対に、同じではない。
母は母。
トガはトガ。
境遇も。
個性も。
選んだ行動も。
何もかも違う。
それでも一つだけ、嫌な共通点があった。
生まれ持った個性が、本人の生き方そのものへ深く食い込んでいる。
そして周囲が、それをどう扱えばいいのか分からなかった。
零無は、トガを可哀想だから正しいとは思わなかった。
彼女が誰かを傷付ければ、その責任は彼女にある。
それは変わらない。
だが同時に、こうも思った。
――この子が誰も傷付ける前に。
――誰かが、別の方法で見つけることは出来なかったのか。
その問いに、答えは出なかった。
それから零無は、雄英高校を受験した。
透も受験した。
二人とも合格した。
そして雄英高校ヒーロー科一年A組で、金木零無は――
後に、絶対に失いたくないと思う人間達と出会った。
◇
最初の印象は、うるさい、だった。
爆豪は特にうるさい。
飯田も別の意味でうるさい。
上鳴と峰田もうるさい。
芦戸もかなりうるさい。
青山は何故か光っている。
緑谷はずっと何かを呟いている。
轟はあまり喋らない。
常闇は時々、言葉の選び方がおかしい。
耳郎は冷静に見えて、意外と周囲をよく見ている。
八百万は自分よりずっと真面目だった。
切島は暑苦しい。
麗日はよく笑った。
蛙吹は思ったことをかなり正確に言う。
障子は静かだった。
尾白も。
砂藤も。
口田も。
瀬呂も。
それぞれ、普通だった。
普通の高校生だった。
それが零無には、妙に新鮮だった。
AFOへ渡すために彼らを見る。
個性。
性格。
判断。
得意。
不得意。
人間関係。
教師。
施設。
授業。
警備。
最初は、それだけだった。
◇
USJに敵が来た。
初めて教室の外で、クラスメイト達が本物の危険へ晒された。
零無はそこで、一つ知った。
――こいつらは、逃げない。
怖くても動く。
自分に出来ることを探す。
誰かが危なければ、手を伸ばす。
合理的ではない。
場合によっては、非常に非合理的だった。
だが零無は、その非合理さを嫌いになれなかった。
◇
体育祭。
全国から注目され、プロヒーローに自分を売り込む場でもある大会で、零無は様々な人間を見た。
勝ちたい者。
認められたい者。
家族から逃れたい者。
誰かに追いつきたい者。
自分を証明したい者。
轟焦凍を見て、少しだけ考えた。
親とは、面倒なものだな。
自分は父に似ている。
否定する気はない。
顔も。
頭も。
物の見方も。
おそらく、似ている部分はかなり多い。
だから何だ。
それだけだった。
◇
体育祭を終え、職場体験で実際のプロヒーローの仕事へ触れた。
学校で学ぶヒーローと、現場にいるヒーローは少し違った。
制度。
警察との連携。
市民。
事務所。
人気。
金。
責任。
法律。
判断。
ヒーローとは、ただ悪人を殴る職業ではない。
それは良い発見だった。
同時に、悪い発見でもあった。
仕組みが見えるようになったからだ。
誰を救えるのか。
誰を救えないのか。
何がヒーローの仕事なのか。
何が警察の仕事なのか。
何が福祉の仕事なのか。
何が家庭の責任なのか。
そして。
その隙間に、誰が落ちるのか。
そんなことを考える時、零無は以前会った少女を思い出すことがあった。
トガヒミコ。
あの少女は、どこで零れた?
家庭か。
学校か。
社会か。
個性そのものか。
それとも、本人か。
一つだけを選べば、きっと間違える。
零無は以前より、もっと考えるようになった。
◇
林間合宿をヴィラン連合が襲撃した。
常闇は取り戻せた。
だが、爆豪は連れ去られた。
零無はAFOへ情報を渡していた。
全部を、そのまま渡したわけではない。
少し遅らせる。
一部を曖昧にする。
数字を僅かに変える。
判断を誤らせる。
ヒーロー側が、少しだけ有利になるように。
そして別の日には、逆をする。
ヴィラン側が有利になるように。
透がいる。
それだけで、零無は完全には逆らえない。
だから計算した。
どこまでなら変えられる。
どこまでなら気付かれない。
どこまでなら透を危険にせず、被害を減らせる。
人間を数字として扱った。
三人。
十人。
一人。
こちらを守れば、あちらが危険になる。
こちらへ嘘をつけば、あちらで誰かが傷付く。
その度に零無は記憶した。
自分が。
何を選んだのか。
◇
神野。
オールマイト。
AFO。
テレビ越しに、そしてその後に起きた全てを通して、平和の象徴というものがどれほど巨大な役割を一人で背負っていたのか、零無は改めて理解した。
一人の人間を、社会の柱にする。
おかしい。
その人が倒れれば、社会全体が揺れる。
――どうして。
――そんな仕組みを、誰も当たり前だと思っていた?
◇
仮免。
救助。
戦闘。
判断。
ヒーローという仕事を学べば学ぶほど、零無はヒーローを嫌いではなくなった。
むしろ、尊敬するようになった。
だからこそ。
ヒーロー社会を以前より信用出来なくなった。
矛盾しているようで、零無には全く矛盾していなかった。
こんなにも善良な人間達へ。
どうして、これほど多くを背負わせる?
◇
インターン。
実際の事件。
一人の少女。
エリ。
ヒーロー達は多くを失いながら、彼女を救い出した。
良かった。
本当に、そう思った。
同時に、また考えた。
何故、ここまでになるまで救われなかった?
何故、子供一人を救うために、これほどの犠牲が必要になった?
事件になる前は?
誰が、見つけた?
トガの時と同じ問いだった。
◇
それでも。
雄英での日々は楽しかった。
本当に、楽しかった。
寮。
授業。
食事。
訓練。
そして、くだらない会話。
上鳴が余計なことを言えば、耳郎が刺す。
芦戸が笑い、切島が暑苦しく同意する。
爆豪が怒鳴り、飯田が注意する。
瀬呂が笑い、麗日が止める。
緑谷が分析を始めれば、八百万が真面目に考える。
轟は時々、妙な方向から会話へ入ってくる。
その中で、透が笑っている。
それだけで良かった。
AFOから命じられて入った学校だった。
なのに。
いつの間にか、帰りたくなる場所になっていた。
◇
文化祭。
最初、零無はそこまで興味がなかった。
ヒーロー科以外の生徒も含め、学校全体を楽しませたい。
そのためにA組はステージをすることになった。
芦戸を中心にダンス。
耳郎を中心にバンド。
ある日。
零無は、一人で悩んでいる耳郎を見つけた。
「何してる?」
「うわっ……びっくりした。足音なさすぎ」
「普通に歩いてた」
「アンタの普通は信用しない」
「好きにすればいい」
そのまま通り過ぎようとする。
数歩進んで、零無は止まった。
「耳郎」
「何?」
「困っている?」
「……別に」
「そう」
また歩き出す。
「……待って」
零無が振り返った。
「何?」
「……ちょっとだけ」
「何に困っている?」
「色々」
「それじゃ分からない」
「そういうとこだよ」
「困ってることまでは分かった。内容までは無理だろう」
「普通はもうちょっと察するの」
「無茶を言うな」
「……あーもう。分かった、話す」
それから聞いた。
演奏。
構成。
皆の練習。
自分が中心になっていること。
本当に、これでいいのか。
別に、自分がやる必要はない。
文化祭だ。
世界が変わるわけではない。
誰かの命が救われるわけでもない。
だから。
手伝った。
理由は、それだけだった。
耳郎が困っていた。
友人だった。
だから。
機材を運んだ。
時間を調整した。
練習に付き合った。
足りないところを探した。
誰と誰をどこへ置けばいいか考えた。
ある日の練習終わり。
耳郎が、ふと零無を見た。
「金木」
「何?」
「アンタさ……なんで、こんな本気なの?」
「何が?」
「文化祭」
耳郎は呆れたように眉を下げる。
「最初、全然興味なさそうだったじゃん」
「今も文化祭そのものには、大して興味ない」
「うわ。言い切った」
「嘘を言っても仕方ないだろう」
「じゃあ何でここまでやってんの?」
零無は少し考えた。
「耳郎が、かなり悩んでいたから」
「……それだけ?」
「他に何か必要か?」
「……別に。そういうんじゃないけど」
「なら何?」
「……もういい」
「そう」
少しして。
「……零無」
零無が耳郎を見る。
「今度は何だ?」
「……ありがと」
零無は数秒、耳郎を見た。
「礼は終わってからでいい。まだ成功してない」
「……ほんっと、そういうとこ」
零無は特に何も言わなかった。
耳郎も。
今し方、自分が呼び方を変えたことには触れなかった。
◇
当日。
音が鳴った。
A組が動く。
耳郎が歌う。
生徒達が笑う。
歓声。
拍手。
光。
音。
零無は、それを見ていた。
楽しかった。
ただ、それだけだった。
何かを分析する必要もなかった。
社会の問題を考える必要もなかった。
母も。
父も。
AFOも。
関係ない。
友人が必死に何かを作った。
それが上手くいった。
皆が笑った。
嬉しかった。
それだけで良かった。
自分に、まだこんな熱量が残っているとは思わなかった。
誰かに命じられたわけではない。
誰かを救うためでもない。
未来を変えるためでもない。
ただ。
耳郎のために。
友人のために。
動いた。
後から考えれば。
あの文化祭は、零無にとってかなり大切な日だった。
世界を変えなくても。
人は、誰かを少しだけ幸せに出来る。
そんな当たり前のことを。
一日だけ。
信じられた。
◇
時は流れた。
A組とB組の対抗戦。
冬のインターン。
ヒーロー達の現場。
社会。
ヴィラン。
家族。
知識が増えた。
知れば知るほど、単純な善悪から遠ざかった。
善良なヒーローは大勢いる。
善良な市民も大勢いる。
だから、社会も正しい。
そんな式は成立しない。
悪い人間がいる。
だから、社会が悪い。
それも成立しない。
では、何が間違っている?
制度?
文化?
家族?
教育?
個性?
ヒーロー?
市民?
全部、少しずつ。
そして誰も。
全部には責任を持たない。
それが一番怖かった。
◇
やがて、戦争が始まった。
超常解放戦線を止めるため、ヒーローと警察は大規模作戦へ入り、雄英の生徒達も戦場へ出た。
零無もいた。
クラスメイト達もいた。
もう、学校の訓練ではない。
人が死ぬ。
街が壊れる。
ヒーローが倒れる。
ヴィランが倒れる。
市民が巻き込まれる。
そして戦場の混乱の中。
零無は、ミッドナイトの危機を知った。
考えるより先に身体が動いた。
彼女は、幼少期の自分の異変に気付き、手を伸ばしてくれた人だった。
あの時。
自分を見つけてくれた人だった。
今度は。
自分が見つけた。
ミッドナイトは既に酷い負傷を負っていた。
それでも、生きていた。
なら。
十分だった。
「先生」
反応は弱い。
「聞こえますか」
僅かに反応があった。
生きている。
それだけ確認すると、零無は彼女を抱き上げた。
敵がいる。
自分も負傷している。
退路も安全ではない。
そんなことは全部分かっていた。
分かっていたが。
選択肢にはならなかった。
――助ける。
それだけだった。
自分がどうなるかなど、その時はほとんど考えなかった。
零無自身も重傷を負った。
それでも、ミッドナイトを置いていくことだけはしなかった。
結果として。
彼女は生き残った。
零無も生き残った。
後になって、当然のように怒られた。
それでも。
あの時、別の選択をする自分を零無は想像出来なかった。
昔。
彼女が自分へ手を伸ばした。
だから今度は。
自分が手を伸ばした。
それだけのことだった。
◇
戦争は終わった。
勝ったとは、とても言えなかった。
街。
人。
ヒーロー。
信頼。
失ったものが多過ぎた。
ヒーローや一般市民に多数の犠牲が出た。
荼毘による暴露も重なり、ヒーローへの信頼は急速に崩れていった。
零無はニュースを見た。
ヒーローを責める声。
辞めるヒーロー。
自分達で武器を持つ市民。
不安。
怒り。
疑念。
どこかで見たことがある。
父の事件。
規模も。
原因も。
何もかも違う。
それでも、人間の動き方が似ていた。
恐怖。
不信。
自衛。
善意。
それらが互いを傷付ける。
そして。
タルタロス。
AFOが出た。
多くのヴィランも解き放たれた。
秩序が壊れた。
零無は街を見た。
ヒーローが守る。
市民が守られる。
ヴィランが捕まる。
そんな分かりやすい境界は、なくなった。
市民が武装する。
ヒーローを信用しない。
避難所を信用しない。
他人を信用しない。
零無は思った。
――ああ。
――壊れた。
本当に。
壊れた。
そしてそれが、恐ろしいほど自分の想像と似ていた。
零無は昔、考えたことがある。
――この社会は平和なままでは、根本から変われないのではないか。
――一度、前提そのものが壊れなければ、人々は自分達が当然だと思っているものを疑わないのではないか。
そして今。
人々は疑い始めている。
遅過ぎる。
変われるなら。
もっと早く変われ。
母が死ぬ前に。
誰かがヴィランになる前に。
家族が壊れる前に。
子供が、自分の個性を嫌いになる前に。
――どうして。
――壊れてからなんだ。
その問いが、頭から離れなくなった。
◇
緑谷が雄英を出た。
周囲を危険に巻き込みたくないと考え、AFOと死柄木を追うため、一人で戦い続けた。
零無はそれを聞いた。
腹が立った。
自分でも驚くほどに。
何故、一人で行く。
何故、自分だけ犠牲になればいいと思う。
そこまで考えて。
零無は黙った。
人のことを言えない。
それでもA組は、緑谷を追った。
誰も、彼を一人にはしなかった。
零無は彼らを見た。
まただ。
いつも、そうだ。
こいつらは。
誰かが一人で全部を背負おうとすると、追いかける。
合理的かどうかなど、後回しにする。
手を伸ばす。
飯田が手を伸ばした。
爆豪が言葉を伝えた。
皆が緑谷へ、戻ってこいと言った。
零無は思った。
強い。
個性ではない。
こいつらは、強い。
自分がずっと社会に求めていたものを。
こいつらは、最初から持っている。
見捨てない。
間に合わなかったからと、次を切り捨てない。
失敗しても。
また手を伸ばす。
自分には出来ないと分かっていても。
出来るつもりで動く。
零無は、そんな彼らを好きになっていた。
とっくに。
だから。
苦しかった。
彼らを見れば、世界は変えられるのではないかと思う。
街を見れば、そんな期待は馬鹿げていると思う。
A組は温かい。
世界は冷たい。
どちらも事実だった。
◇
そして緑谷が雄英へ戻った。
避難している人々は、彼を拒絶した。
当然だった。
怖い。
AFOに狙われている。
ここへ置けば、自分達が危険になるかもしれない。
誰だって家族を守りたい。
悪人ではない。
だから。
厄介だった。
零無は群衆を見た。
誰も悪人ではない。
誰も、間違った感情を持っているわけでもない。
それでも。
一人の疲れ切った少年を、外へ押し出そうとしている。
これだ。
零無が、ずっと嫌っていたもの。
悪意ではない。
正当な恐怖。
正当な都合。
正当な事情。
それらが積み重なって。
一人を見捨てる。
誰も。
自分を悪人だとは思わない。
その時。
麗日が動いた。
高い場所へ上がる。
声を張る。
緑谷出久も、一人の人間なのだと訴える。
ヒーローだから、何でも耐えられるわけではない。
ヒーローだけに、全てを背負わせるのではない。
疲れた人間が。
休める場所を。
彼女は必死だった。
零無は聞いていた。
人々も聞いていた。
最初は怒っていた。
怖がっていた。
拒絶していた。
だが。
少しずつ、声が減る。
一人。
また一人と。
聞く。
考える。
見る。
緑谷を。
ヒーローではなく。
一人の少年として。
零無はそれを見ていた。
そして胸の中に。
二つの、全く逆の感情が生まれた。
一つ。
嬉しかった。
変われる。
人は話を聞ける。
恐怖を越えて。
他人を、一人の人間として見ることが出来る。
自分がずっと見たかったものだった。
そして。
もう一つ。
腹が立った。
――どうして、今なんだ。
どうして。
ここまで壊れなければ聞けなかった。
平和な時に。
同じことを言えなかったのか。
ヒーローだって人間だ。
個性が、その人の全てではない。
社会に馴染めない人間を、本人だけの責任にするな。
誰かが壊れてから、理由を探すな。
そんなことを。
何故。
街が壊れる前に考えられなかった。
零無は麗日を見た。
素晴らしい。
本当に、そう思った。
だからこそ。
苦しかった。
彼女の言葉が、届いてしまった。
社会が壊れた後に。
届いてしまった。
零無は昔から考えていた。
一度壊れなければ。
人間は、自分達の当たり前を疑えないのではないか。
その考えを。
否定してほしかった。
A組に。
透に。
麗日に。
緑谷に。
自分が間違っていると。
証明してほしかった。
なのに。
目の前で起きていることは何だ。
壊れた。
そして。
変わった。
僅かでも。
人々は、それまで当然だったものを疑い始めた。
零無は目を閉じた。
母。
育ての母。
父。
トガ。
エリ。
AFO。
ヒーロー。
市民。
そして。
一年A組。
考える。
この世界は、間違っている。
でも。
ここには。
自分が世界にあってほしいと思うものが、確かにある。
だったら。
どうすればいい。
この人達を守ったまま。
この人達のような人間が損をしない世界を。
どうやって作る。
少しずつ?
待つ?
十年?
二十年?
その間に死ぬ人間は。
では。
壊す?
その時に死ぬ人間は。
どちらも。
誰かを犠牲にする。
どちらも。
完全ではない。
なら。
何を選ぶ。
零無はまだ。
答えを持っていなかった。
ただ。
麗日の声を聞きながら。
一つだけ。
はっきりと思った。
――僕は、この人達に。
――僕より、正しい答えを出してほしい。
それは。
金木零無が、まだ誰にも言っていない期待だった。