「正しい答え」   作:はい

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第12話

 

 

 

数日後。

 

雄英高校、校長室。

 

窓の外は、もう暗くなり始めていた。

 

根津の机を挟み、相澤、ミッドナイト、オールマイト、プレゼント・マイク。それに数名の教師が席に着いている。

 

相澤は数日前に退院し、既に雄英へ戻っていた。義足での生活にもまだ完全に慣れたわけではなく、負傷の影響も残っている。それでも、担任として校内で仕事をする程度には回復していた。

 

ミッドナイトも怪我はまだ治りきっていない。以前より長く歩けるようにはなったが、こうして会議に出るだけでも身体への負担は残る。

 

普段なら職員会議に近い顔触れだった。

 

だが、今日の机上にある資料は、一人分だけだった。

 

金木零無。

 

雄英高校ヒーロー科一年A組。

 

AFOとの継続的接触。

 

校内情報の漏洩。

 

敵側への協力。

 

その結果として生じた危険。

 

一方で、AFOが葉隠透を脅迫対象として利用していたことを示す断片的な記録。

 

本人の供述。

 

復元された通信記録。

 

教師陣の観察。

 

クラスメイトから得られた証言。

 

そして、本人が話すことを了承した範囲に限ってまとめられた、幼少期から現在までの支援記録。

 

生みの母。

 

育ての母。

 

父親。

 

三人の親。

 

ただし、そこに書かれていることが彼らの人生の全てではない。

 

特に父親について教師陣が把握しているのは、かつて精神科医だったこと。零無の生みの母を患者として診ていたこと。治療関係が終わった後も交流が続き、やがて交際し、結婚したこと。そして妻を失った後にヴィランとなり、多数の犯罪へ関与して死亡したという事実と、零無自身が語った範囲だけだ。

 

根津は最後の頁まで目を通すと、資料を閉じた。

 

「さて」

 

小さな前足が、紙の束の上に置かれる。

 

「学校として金木君の処遇を判断するための材料は、概ね揃ったと見ていいだろうね」

 

相澤が腕を組んだまま答える。

 

「金木本人についてはな。AFO側の事情はまだ掘れる」

 

「うん。そちらは警察と並行して調査を続けるよ。ただし今日の議題はAFOではない」

 

根津は全員を見る。

 

「金木零無だ」

 

ミッドナイトが椅子へ身体を預ける。

 

「零無の処遇?」

 

「それも含むよ」

 

根津は穏やかに笑った。

 

「より正確には――我々が彼を、何として扱うのか、かな」

 

プレゼント・マイクが眉を上げた。

 

「何としてって?」

 

「雄英の生徒」

 

根津は一つ。

 

「AFOへ情報を渡した加害者」

 

二つ。

 

「葉隠君を利用した脅迫によって行動を強制された被害者」

 

三つ。

 

そして。

 

「脅迫下にありながら、その中で自分自身の思想と判断によって選択した部分もある人間」

 

四つ。

 

根津は首を傾げる。

 

「どれだと思う?」

 

相澤が即答した。

 

「全部だ」

 

「僕もそう思う」

 

オールマイトが重く息を吐く。

 

「しかし、それを同時に扱うのは……簡単ではありませんな」

 

「簡単だったら、こんな人数集めてねぇよ」

 

相澤の答えは素っ気ない。

 

ミッドナイトが僅かに笑った。

 

「そもそも、零無を一つの言葉で片付けようとする方が無理よ」

 

「昔から?」

 

マイクが聞く。

 

「昔から」

 

迷いのない答えだった。

 

何人かがミッドナイトを見る。

 

根津は、その視線が集まるのを待ってから尋ねた。

 

「ミッドナイト」

 

「はい」

 

「君は、この中では最も早い時期から金木君を知っている」

 

「ええ」

 

「小学校高学年の頃からだね」

 

「そうね」

 

「では聞こう」

 

根津の声音から、僅かに柔らかさが消えた。

 

「彼の過去を、今回の処遇にどの程度反映すべきだと思う?」

 

ミッドナイトはすぐには答えなかった。

 

「どういう意味で?」

 

「例えば」

 

根津は資料の一部へ触れる。

 

「処分を軽くする事情として」

 

ミッドナイトは少し考えた。

 

「事情として見るのは当然だと思う」

 

オールマイトが僅かに目を上げる。

 

「ただ」

 

ミッドナイトは資料を見る。

 

「免罪符にはしない方がいいわ」

 

そこに書かれている文字よりも、自分が実際に見たものの方を覚えている。

 

最初にあの家へ入った時の、妙に片付いた室内。

 

整理された薬。

 

洗われた食器。

 

必要最低限の食料。

 

子供が暮らしていたというより、子供が暮らしそのものを止めないよう維持していた家。

 

それから、母親が亡くなった日。

 

救急隊が到着した少し後に駆けつけた時、泣くより先に、自分はこれからどうすればいいのかを考えていた少年。

 

「生みの母親は、生まれ持った個性によって、普通に生きること自体が難しかった」

 

一つ。

 

「育ての母親は精神的に不安定で、零無は子供の頃から自分と母親の生活を維持する側に回っていた」

 

二つ。

 

「父親は社会に強い疑問を持ち、最後にはヴィランになった」

 

三つ。

 

「そんな家庭で育った子が、社会は自分達を必ず助けてくれる、時間をかければきっと良くなる、なんて簡単に信じられなかった」

 

一度、息を吐く。

 

「分かりやすいでしょう?」

 

誰も答えない。

 

「だから危ないのよ」

 

相澤が僅かに目を動かした。

 

「全部」

 

ミッドナイトは続ける。

 

「零無が今の零無になった理由として説明出来ちゃうの」

 

『いつか良くなる』では納得出来ない理由。

 

被害者と加害者を単純に二分しない理由。

 

愛していることと傷つけることが両立すると、あまりにも自然に理解している理由。

 

他人が苦しむことは問題にするのに、自分が耐えられる苦痛は問題として数えない理由。

 

「でも」

 

ミッドナイトは顔を上げた。

 

「理由が分かることと、許されることは別よ」

 

根津が頷く。

 

「同感だ」

 

「過去が悲惨だった。だから情報を流したことを軽くしましょう。あの子には事情があったから仕方ない」

 

口元が僅かに歪む。

 

「そんな話にしたら駄目」

 

相澤が短く言う。

 

「本人が一番嫌がる」

 

「でしょうね」

 

オールマイトが少し考える。

 

「自分の責任を、過去によって減らされたと考えるからか?」

 

「それもある」

 

ミッドナイトが答える。

 

「でも、多分もっと単純よ」

 

「単純?」

 

「事実じゃなくなるから」

 

マイクが眉を寄せる。

 

「どういうことだ?」

 

「脅された」

 

ミッドナイトが指を一つ折る。

 

「でも、自分でも選んだ」

 

もう一つ。

 

「社会を信用していなかった」

 

もう一つ。

 

「でも、クラスメイトは大切だった」

 

もう一つ。

 

「AFOを信用していなかった」

 

さらに。

 

「でも利用した。利用もされた」

 

手を下ろす。

 

「全部、本当なのよ」

 

室内が静かになる。

 

「被害者だったから加害者ではない、にもならない。裏切ったから友人じゃなかった、にもならない。思想があったから脅迫は関係ない、にもならない」

 

少しだけ苦笑した。

 

「どれか一つにすると、零無にとっては不正確なの」

 

根津が目を細める。

 

「実に面倒だね」

 

「今更だ」

 

相澤が即答する。

 

「今更ね」

 

ミッドナイトも続く。

 

マイクが二人を見る。

 

「息合ってんな、お前ら」

 

「一緒にするな」

 

「嫌よ」

 

「何で俺まで嫌がられてる」

 

ほんの少しだけ空気が緩んだ。

 

根津は小さく笑ってから、次の資料を手元へ寄せる。

 

「では、教育機関としての話へ移ろう」

 

空気が戻った。

 

「退学」

 

一つ。

 

「一定期間の停学」

 

二つ。

 

「在籍は認めた上で、授業や実技への参加を長期的に制限する」

 

三つ。

 

「あるいは、現在の監視下で在籍を継続させ、段階的に通常の学校生活へ戻す」

 

四つ。

 

「その場合にも、通常授業、実技、校外活動、通信、資格取得など、個別に制限することが出来る」

 

オールマイトが尋ねた。

 

「校長は、どれを?」

 

「その前に」

 

根津は相澤を見る。

 

「担任へ聞こう」

 

相澤も見る。

 

「何だ」

 

「金木零無を」

 

根津の声が僅かに固くなる。

 

「雄英へ残すべきだと思うかい?」

 

数秒。

 

相澤は黙った。

 

迷っているというより、何を言葉にする必要があるか選んでいるようだった。

 

「残す」

 

短い。

 

ミッドナイトもオールマイトも、相澤を見る。

 

根津だけは特に驚かなかった。

 

「理由は?」

 

「生徒だからだ」

 

「担任としては?」

 

「十分だ」

 

「制度上は足りないね」

 

「面倒臭ぇな」

 

「君の生徒ほどではないよ」

 

「否定出来ないのが腹立つな」

 

相澤は小さく息を吐いた。

 

「なら追加する」

 

腕を組み直す。

 

「退学させることが、責任を取らせることになるとは思ってない」

 

誰も口を挟まない。

 

「雄英から外へ出して、『もう学校の生徒じゃありません』『あとは警察と本人の問題です』で終わらせる」

 

一拍。

 

「一番簡単だ」

 

根津が頷く。

 

「そうだね」

 

「だが」

 

相澤は続ける。

 

「今の金木にそれをやれば、どう受け取る」

 

ミッドナイトが答えた。

 

「当然の結果」

 

「ああ」

 

「裏切ったんだから、学校を失って当然。友達を失って当然。将来を失って当然」

 

「そうだ」

 

「……それで」

 

ミッドナイトの表情が少し硬くなる。

 

「自分から全部捨てる」

 

「そうなる可能性が高い」

 

オールマイトが眉を寄せた。

 

「処罰を恐れない、という意味か?」

 

「少し違う」

 

相澤は言った。

 

「罰を受けたいわけじゃない」

 

「では?」

 

「自分を減らすことに抵抗が薄い」

 

沈黙。

 

「学校を失う。友人を失う。ヒーローになる将来を失う。自分の人生そのものを狭くする」

 

相澤の声は変わらない。

 

「それが責任を取るために必要だと判断すれば、あいつは受け入れる」

 

マイクが顔をしかめた。

 

「それ、反省とは違ぇな」

 

「だから言ってる」

 

「罰を重くすれば?」

 

「重くした分だけ受け取る」

 

「それで変わるか?」

 

「保証はない」

 

「じゃあ何のための罰だよ」

 

「そこだ」

 

相澤は机上の資料へ初めて目を落とした。

 

「責任を取らせることと、自分を壊させることは別だ」

 

根津の目が細くなる。

 

「重要な区別だね」

 

「あいつはそこを混同する」

 

ミッドナイトが小さく訂正した。

 

「混同するというより」

 

相澤が見る。

 

「何だ」

 

「分かってて、同じ計算に入れるのよ」

 

「……ああ」

 

相澤は否定しなかった。

 

「そっちの方が正確だな」

 

自分の生命。

 

自分の将来。

 

自分の人間関係。

 

それらも損失としては認識する。

 

ただ、他人の生命や安全と比較した時、自分だけが異常なほど軽い。

 

「だから残す」

 

相澤は言った。

 

「ここにいれば、勝手に全部終わらせられない」

 

「どういう意味かな」

 

「毎日クラスメイトと顔を合わせる」

 

相澤は淡々と並べる。

 

「裏切った相手と話す。怒られる。許されないこともある。信頼が戻らないこともある。それでも飯を食う。授業を受ける。試験を受ける。明日の予定を立てる」

 

一拍。

 

「自分が壊したものが、どうなっていくのかを見る」

 

その声が僅かに低くなる。

 

「責任を取らせるなら、生きてここにいさせる」

 

「……」

 

「自分だけ途中でいなくなることを、責任と呼ばせない」

 

ミッドナイトが僅かに笑った。

 

「厳しいわね」

 

「優しくしてるつもりはない」

 

「知ってる」

 

「お前も同じこと考えてる顔だろ」

 

「ええ」

 

迷いはなかった。

 

根津が彼女を見る。

 

「では、ミッドナイト」

 

「はい」

 

「君は?」

 

「残してほしい」

 

即答だった。

 

「個人的感情も含む?」

 

「当然」

 

そこも隠さない。

 

「私は零無を助けた」

 

一度。

 

「生きていてほしい」

 

もう一度。

 

「学校から追い出されて、『これで僕が失うべきものは全部失いました』なんて勝手に処理されるのも嫌」

 

少しだけ笑う。

 

「昔から、そういうところがある子だから」

 

根津は何も言わず続きを促した。

 

「でも、それだけじゃない」

 

ミッドナイトは椅子へ座り直す。

 

「零無は、この学校に残った方が苦しいと思う」

 

マイクが思わず顔をしかめる。

 

「それ、残す理由として言っていいのか?」

 

「いいわよ」

 

「怖ぇよ」

 

「何が?」

 

「何でもねぇ」

 

ミッドナイトは続ける。

 

「毎日、裏切った相手と顔を合わせる。許されてないことを知る。怒っている子もいる。それでも、ご飯を食べる」

 

一拍。

 

「授業を受ける。笑うことだってあるかもしれない。次の日の予定を立てる」

 

そして。

 

「生きる」

 

静かだった。

 

「死んで終わり。消えて終わり。退学して終わり。全部失って、『これで支払いは終わりました』」

 

ミッドナイトは苦く笑った。

 

「そっちの方が、あの子には簡単よ」

 

相澤が僅かに彼女を見る。

 

「だから」

 

ミッドナイトは言った。

 

「終わらせない」

 

根津が静かに笑った。

 

「君達は、本当によく似た結論へ到達するね」

 

「一緒にするな」

 

「私も嫌」

 

「だから何で俺まで嫌がられる」

 

「日頃の行い」

 

「お前には言われたくない」

 

マイクがとうとう吹き出した。

 

オールマイトも口元だけを緩める。

 

根津はしばらく二人を眺めてから、表情を戻した。

 

「では、最大の問題へ行こう」

 

笑いが消える。

 

「再び、同じことをする可能性だ」

 

誰も軽く扱わなかった。

 

「金木君は、社会に対する考えそのものを撤回していない」

 

相澤が答える。

 

「してない」

 

「本人も明言しているね」

 

「ああ」

 

「裏切ったことへの評価と、社会への評価は別の問題だ、と」

 

「その通りだ」

 

「実に彼らしい」

 

「面倒だがな」

 

根津は首を傾げた。

 

「でも」

 

「……」

 

「僕は、それ自体を処分理由にするべきだとは思わない」

 

マイクが眉を上げる。

 

「言い切るなぁ」

 

「当然だよ」

 

根津は平然としている。

 

「ヒーロー社会に問題があると思う。現在の制度では救われない人間がいると思う。社会が一度大きく壊れたことで、従来なら起こらなかった変化が進んだと評価する。場合によっては、漸進的改革より大きな崩壊の方が変化を早めると考える」

 

一拍。

 

「考えるだけなら思想だ」

 

相澤が小さく頷く。

 

「本人にも言った」

 

「学校が正しい思想を定めて」

 

根津は続ける。

 

「それに反する考えを持った生徒を排除するなら」

 

目が僅かに鋭くなる。

 

「それこそ、金木君が批判している社会に近付く」

 

「思想だけで退学にはしない」

 

相澤が言った。

 

「考えるのは勝手だ。実行した分は責任を取れ」

 

根津が笑った。

 

「まったく同感だよ」

 

「嬉しくない」

 

「何故?」

 

「また議論する羽目になる」

 

「教育熱心だね」

 

「違う」

 

「ただし」

 

根津の声が変わる。

 

「行動は別だ」

 

静かになる。

 

「情報を流す」

 

一つ。

 

「他者を危険に晒す」

 

二つ。

 

「AFOへ協力する」

 

三つ。

 

「他者の意思を無視し、本人に選択させず、自分だけで結果を決める」

 

四つ。

 

そこで、ミッドナイトと相澤の視線が僅かに動いた。

 

二人とも、最近本人へほとんど同じことを言ったばかりだった。

 

「そこには明確に線を引く」

 

オールマイトが頷く。

 

「思想の自由と、行動への責任」

 

「ああ」

 

根津は言う。

 

「そこを分けることが、彼にとっても最も公平だろう」

 

ミッドナイトが尋ねた。

 

「具体的な制限は?」

 

根津は一枚の資料を取り出した。

 

「現在行っている制限は、当面継続する」

 

「外部通信」

 

「継続」

 

「行動範囲」

 

「同じく。通常授業への復帰は段階的に判断する。実技は教師監督下。AFO関連情報については警察及び教師陣への全面協力を義務とする」

 

「校外活動は?」

 

「停止」

 

「監視は?」

 

「継続」

 

「無断外出」

 

「認めない」

 

相澤が頷く。

 

「妥当だ」

 

「そして」

 

根津は次の紙へ移る。

 

「クラスメイトとの接触についても、現在の方針を継続する。本人達の意思を確認しながら、学校側から一律には切り離さない」

 

マイクが眉を上げた。

 

「葉隠も?」

 

「もちろん」

 

「いや」

 

マイクは少し身体を起こす。

 

「一番直接的に脅迫材料にされた子だぞ」

 

「分かっているよ」

 

根津は穏やかに答えた。

 

「だからこそ、本人への意思確認を外すことは出来ない」

 

「……ああ」

 

マイクが少しだけ考える。

 

「会いたくないなら会わせない。距離を置きたいならそれを尊重する。会いたいなら、安全管理を続けた上でその意思も尊重する」

 

相澤が頷いた。

 

「それでいい」

 

ミッドナイトが少し笑う。

 

「零無本人にも耳の痛い話ね」

 

「かなりな」

 

「透ちゃんの気持ちまで、自分一人で決めた結果が今なんだもの」

 

根津の耳が僅かに動く。

 

「そういえば、葉隠君との間では何か約束したそうだね」

 

相澤が答える。

 

「ああ」

 

マイクが二人を見比べる。

 

「何だ?」

 

「葉隠本人の意思を無視して、自分一人で決めない」

 

ミッドナイトが補足する。

 

「透ちゃんを守るためだからって、透ちゃんがどう思うかまで零無が勝手に決めない。それについては約束したそうよ」

 

根津の目が僅かに細くなる。

 

「彼が?」

 

「ええ」

 

ミッドナイトは少し笑う。

 

「かなり押されたみたいだけど」

 

「相談することについては別だ」

 

相澤が続ける。

 

「誰かに話すことも、最初から選択肢から外さないように努力する、だ」

 

「自分が生き残る方法についてもね」

 

ミッドナイトが言う。

 

「最初から除外しないように考える。でも、無条件には約束出来ない」

 

マイクが少し黙った。

 

「……あいつらしいな」

 

「だから大きく評価しすぎるな」

 

相澤がすぐに釘を刺した。

 

「次も絶対に相談するとは言ってない」

 

「そうね」

 

ミッドナイトもそこは同意する。

 

「危険なら黙る可能性はまだある。自分が正しいと思えば、最後には自分の判断を優先する可能性だってある」

 

「でも」

 

根津が言う。

 

「他者の意思を、最初から無視していいものではなくした」

 

「そういうことだ」

 

「それだけでも」

 

根津は少し考える。

 

「判断式は変わる」

 

ミッドナイトは、そこで少しだけ黙った。

 

そして。

 

「もう一つあるわ」

 

相澤が見る。

 

「何だ」

 

「私が本人と話した時」

 

少し迷った。

 

零無との会話の全てを話すつもりはない。

 

母親が死んだ朝の細部も。

 

「先生に救われたことを後悔していません」という言葉も。

 

「あの日、僕を見つけてくれて、ありがとうございました」も。

 

ここで共有する必要はない。

 

けれど、処遇を決める教師達が知っておいた方がいいことはある。

 

「零無に、自分自身も救う側の計算へ入れなさいって言ったの」

 

誰も口を挟まない。

 

「もちろん反論されたわ」

 

「だろうな」

 

相澤が言う。

 

「かなりね」

 

「で?」

 

「最後に」

 

ミッドナイトは、零無の言葉をなるべくそのまま伝えた。

 

「『僕自身を救える可能性も、最初から除外しない』」

 

静かになった。

 

マイクが数秒して。

 

「……それ」

 

「ええ」

 

ミッドナイトは頷く。

 

「零無にしては、かなり大きい」

 

相澤も否定しなかった。

 

ただ。

 

「約束じゃない」

 

「分かってる」

 

「自分を必ず優先するとも言ってない」

 

「分かってるって」

 

「状況によっては自己犠牲を選ぶ余地を残してる」

 

「消太」

 

「何だ」

 

「私だって浮かれてないわよ」

 

「ならいい」

 

「腹立つわね」

 

根津が小さく笑った。

 

「でも」

 

全員を見る。

 

「重要な変化だよ」

 

笑みを消す。

 

「これまで彼は、自分の生命や将来を計算していなかったわけではない」

 

相澤が頷く。

 

「そこは誤解しない方がいい」

 

「そう」

 

根津は続ける。

 

「計算した上で、極端に低く評価していた」

 

自分が傷つく。

 

他人が傷つく。

 

自分が死ぬ。

 

大切な誰かが死ぬ。

 

その比較で、自分だけがいつも異様に軽い。

 

「そこへ」

 

根津は言う。

 

「『自分が救われる可能性も、最初から除外しない』という条件が一つ加わった」

 

オールマイトが静かに頷く。

 

「結果が変わる可能性はある」

 

「そうだね」

 

少しして。

 

オールマイトが口を開いた。

 

「論理だけでは」

 

全員が見る。

 

「ないのかもしれない」

 

相澤が眉を寄せる。

 

「どういう意味だ」

 

「彼は論理を重視する」

 

「……」

 

「だが、今回の行動全てが論理から始まったわけではない」

 

オールマイトは言葉を選ぶ。

 

「葉隠少女を守りたかった」

 

一つ。

 

「ミッドナイトを死なせたくなかった」

 

ミッドナイトが僅かに目を動かす。

 

「救われなかった母親達のことを、単なる過去として切り捨てられない」

 

そして。

 

「父親についても、単なる一人のヴィランとして片付けてはいない」

 

相澤は黙って聞く。

 

「彼は」

 

オールマイトは続ける。

 

「人を大切に思うからこそ、極端な選択をすることがある」

 

根津が尋ねる。

 

「つまり?」

 

「なら」

 

オールマイトは少し考え。

 

「彼を止めるものも、人なのではないか」

 

沈黙。

 

ミッドナイトが最初に笑った。

 

「本人に言ったら嫌がるでしょうね」

 

「間違いなく」

 

相澤が即答した。

 

「『人間の感情に依存した安全保障は再現性に欠けます』」

 

ミッドナイトが吹き出す。

 

「言う」

 

マイクも頷く。

 

「言うわ」

 

根津は楽しそうに耳を動かす。

 

「でも、現に彼の判断へ影響を与えているものは何だろうね」

 

誰も否定しない。

 

根津は、そこで別の束へ視線を移した。

 

「次に、彼の家庭環境について」

 

空気が少し変わった。

 

「生みの母親」

 

「……」

 

「育ての母親」

 

「……」

 

「父親」

 

ミッドナイトが目を伏せる。

 

「我々が把握しているのは、本人が話した範囲と、支援記録等から確認出来る範囲に限られる」

 

オールマイトが資料を見る。

 

父親についての欄。

 

精神科医だった男。

 

患者だった女性。

 

治療。

 

交際。

 

結婚。

 

妻の死。

 

そして、ヴィラン。

 

「特に父親について」

 

根津が続ける。

 

「金木君の思想との連続性は無視出来ない」

 

相澤が答える。

 

「似てる部分はある」

 

「ただし」

 

ミッドナイトがすぐに言った。

 

「同じじゃない」

 

「もちろんだ」

 

根津も即座に認める。

 

「金木君は、父親の犯罪を擁護していない」

 

「してないな」

 

「それどころか、明確に間違いだったと評価している」

 

「ああ」

 

「それでも」

 

根津は少し目を細めた。

 

「父親が犯罪者だったことを理由に、父親が見ていた社会問題まで誤りだったことにはしない」

 

相澤が低く言う。

 

「父親が間違えたことと、自分が間違っているかは別の命題」

 

「そう」

 

「だから」

 

ミッドナイトが息を吐く。

 

「『お父さんと同じになるわよ』じゃ止まらない」

 

「恐らくね」

 

「分かっています、で終わる」

 

「その後に」

 

根津が少し笑う。

 

「『それは僕の主張への反論になっていません』くらいは付くだろう」

 

マイクが頭を抱えた。

 

「めんどくせぇ……」

 

「今更よ」

 

「今更だ」

 

相澤とミッドナイトの声が重なった。

 

「だから息合ってんだよ!」

 

二人が同時にマイクを見る。

 

「何だよ!」

 

根津はしばらくその様子を眺めてから、資料を閉じた。

 

オールマイトだけが、父親についての頁へもう一度視線を落とした。

 

妻を失ったことが、その男にとって大きな転機だった。

 

そこまでは、もう知っている。

 

だが。

 

人を救う側にいた精神科医が、その喪失の後に何を考え、どうして自分の知るヴィランへ変わっていったのか。

 

そこまでは、まだ知らない。

 

自分が知っているのは、その後の男だ。

 

多くの人間を傷つけたヴィラン。

 

自分が止めるべきだった敵。

 

オールマイトは何も言わなかった。

 

根津が最後の資料を手元へ引き寄せる。

 

「では」

 

全員の視線が戻る。

 

「方針をまとめよう」

 

静かになる。

 

「金木零無は」

 

一拍。

 

「無罪ではない」

 

誰も動かない。

 

「AFOによって脅迫されていた」

 

「……」

 

「葉隠君を人質として利用された」

 

「……」

 

「幼少期から、社会を無条件に信用出来なくなるだけの経験を重ねてきた」

 

「……」

 

「それらは全て、彼を理解するために必要な事実だ」

 

しかし。

 

「彼自身が選択した行動も存在する」

 

根津の声が少し強くなる。

 

「被害者であることは、加害行為を消さない」

 

相澤が頷く。

 

「逆もだ」

 

根津が相澤を見る。

 

「もちろん」

 

すぐに続ける。

 

「加害者であることは、被害を受けた事実を消さない」

 

ミッドナイトの表情が僅かに緩む。

 

「過去に救われなかったことも」

 

「……」

 

「過去に誰かを傷つけたことも」

 

「……」

 

「今後、教育を受ける価値がないという結論には直結しない」

 

一枚。

 

資料を閉じる。

 

「思想を持つ自由」

 

「……」

 

「友人との関係を、自分達で決める機会」

 

「……」

 

「将来について考える機会」

 

「……」

 

「そして」

 

少し間を置く。

 

「生き直す可能性」

 

根津は全員を見る。

 

「それらを、我々が直ちに奪う理由にはならない」

 

相澤が言う。

 

「責任は取らせる」

 

「ああ」

 

「甘くする必要もない」

 

「もちろん」

 

「ただ」

 

相澤の目が鋭くなる。

 

「自分を壊すことを責任だと言い出したら止める」

 

根津は頷いた。

 

そして。

 

言葉にする。

 

「自己破壊を、責任と呼ばせない」

 

ミッドナイトが目を細めた。

 

オールマイトも、静かに頷いた。

 

「それでいい」

 

相澤が言う。

 

「そして」

 

根津は続ける。

 

「我々も、金木君の問いから逃げない」

 

オールマイトが顔を上げる。

 

「彼がクラスへ問いかけた」

 

『いつまでに?』

 

「社会を変える」

 

「……」

 

「制度を整える」

 

「……」

 

「今度は見落とさないようにする」

 

「……」

 

「その言葉が実現するまでに、零れる人間をどうするのか」

 

誰も口を挟まない。

 

「既に死んだ人間に、『これから良くなる』という言葉が届かないことを、どう受け止めるのか」

 

ミッドナイトが僅かに視線を落とした。

 

零無の母親達。

 

もう、どれだけ社会が良くなっても助けることは出来ない。

 

「簡単な答えはない」

 

根津は言った。

 

「だからといって」

 

その目が、教師達を一人ずつ見る。

 

「『裏切り者が言ったことだから』と捨てるのは簡単だ」

 

一拍。

 

「簡単すぎる」

 

オールマイトの拳が僅かに握られる。

 

「理解することと、肯定することは別だ」

 

相澤が言う。

 

「ああ」

 

根津が頷く。

 

「理解しようとすることと、許すことも別だ」

 

オールマイトの目が僅かに動いた。

 

「彼を教育するなら」

 

根津は笑う。

 

「我々の方も、彼が突きつけてきた問題を考える必要がある」

 

相澤が眉を寄せた。

 

「言い方に気を付けろ」

 

「何故?」

 

「本人が聞いたら面倒になる」

 

ミッドナイトが笑う。

 

「『つまり校長も、僕の問題提起には一定の妥当性があると認めたということですね』」

 

マイクが吹き出した。

 

「言う!」

 

相澤が真顔で頷く。

 

「絶対言う」

 

オールマイトまで苦笑した。

 

根津だけが楽しそうだった。

 

「なら、『問題提起の妥当性と結論の妥当性は別だよ』と返せばいい」

 

相澤が即答する。

 

「お前がやれ」

 

「担任の仕事だよ」

 

「校長舐めんな」

 

「それは僕が言う側じゃないかい?」

 

「知るか」

 

また、ほんの少しだけ笑いが起きる。

 

それが収まるのを待って、根津は資料を閉じた。

 

今度こそ、結論だった。

 

「金木零無」

 

一度。

 

「在籍継続」

 

相澤は黙って聞く。

 

「監視及び現在の各種制限は継続」

 

「……」

 

「通常授業への復帰は段階的に判断」

 

「……」

 

「実技、校外活動、外部通信は当面制限」

 

「……」

 

「AFO関連捜査への全面協力を義務付ける」

 

「……」

 

「学校内での具体的処分については、警察側との調整を踏まえて別途決定する」

 

根津は全員を見る。

 

「クラスメイトとの関係については、双方の意思を確認しながら、学校側から一律には切り離さない」

 

そして。

 

少しだけ笑った。

 

「その上で」

 

一拍。

 

「逃げずに、卒業まで面倒を見ようじゃないか」

 

相澤が椅子から立ち上がる。

 

まだ義足での動作には僅かな硬さが残っている。

 

それでも、病室の画面越しに生徒を見ていた頃とは違う。

 

今は、自分の足で学校へ戻っている。

 

「卒業出来ればな」

 

「厳しいね」

 

「担任だからな」

 

「便利ね、その言葉」

 

ミッドナイトもゆっくり立ち上がる。

 

机へ手をついた。

 

一瞬だけ身体が揺れる。

 

相澤が何も言わず、半歩だけそちらへ寄った。

 

ミッドナイトは気付いた。

 

けれど、何も言わなかった。

 

拒みもしない。

 

その視線が、机上に残った一枚の資料へ落ちる。

 

金木零無。

 

幼い頃。

 

何を聞いても。

 

『僕のことは大丈夫です』

 

そう答えた子供。

 

母親が亡くなった日。

 

救急隊の後から駆けつけた自分の前でも、泣くより先に次に何をすればいいのかを考えていた少年。

 

助けた。

 

少なくとも、自分はそう思っていた。

 

けれど、大きくなったその子は、自分より遥かに面倒な理屈を並べ、社会を疑い、仲間を裏切り、人を守るためなら自分だけを平気で差し出そうとした。

 

森の中では、自分を助けるために本当に死にかけた。

 

それを。

 

『借りがありますので』

 

などと呼んだ。

 

だから、言った。

 

命で返すような恩を売った覚えはない。

 

そして、ほんの数日前。

 

ようやく。

 

『僕自身を救える可能性も、最初から除外しない』

 

そこまで言わせた。

 

約束ではない。

 

決意ですらないかもしれない。

 

条件付き。

 

留保付き。

 

いつもの零無らしい、僅かな譲歩。

 

それでも、昔のあの子なら言わなかった。

 

ミッドナイトは、ほとんど独り言のように呟いた。

 

「……ちゃんと生きて卒業しなさいよ、零無」

 

相澤だけが聞いた。

 

「そのために残すんだろ」

 

ミッドナイトは相澤を見る。

 

少しだけ笑った。

 

「ええ」

 

一度、資料から目を離す。

 

「今度は」

 

小さく。

 

けれど、はっきりと。

 

「学校全体でね」

 

相澤は何も返さなかった。

 

ただ、否定もしなかった。

 

校長室の机の上には、まだ金木零無の罪を示す記録がある。

 

情報を渡した。

 

仲間を危険に晒した。

 

選択を誤った。

 

その隣には、脅迫された記録。

 

葉隠透を守ろうとしていた痕跡。

 

幼少期の支援記録。

 

教師による観察。

 

クラスメイト達の意思確認。

 

どれも、同じ人間について書かれている。

 

一つだけ選べば、簡単だった。

 

裏切り者。

 

被害者。

 

思想を持つ危険人物。

 

家庭環境に問題を抱えて育った子供。

 

問題児。

 

友人。

 

生徒。

 

どれか一つにしてしまえば、判断は楽になる。

 

けれど、それでは金木零無という一人の人間を扱ったことにはならない。

 

だから、雄英がその日選んだのは全部だった。

 

罪を消さない。

 

受けた被害も消さない。

 

過去を免罪符にしない。

 

思想を奪わない。

 

行動には責任を取らせる。

 

友人関係を学校が勝手に決めない。

 

彼が社会へ向けた問いも、裏切り者の言葉だからという理由だけで捨てない。

 

そして何より、責任という計算の中から、金木零無自身の人生だけを勝手に差し引かせない。

 

自分を壊すことを、償いとは呼ばせない。

 

生きて。

 

怒られて。

 

考えて。

 

反論して。

 

時には認めて。

 

許されないものを抱えたまま。

 

それでも次の日を迎える。

 

その機会を、学校の側から奪わない。

 

それが、教師達が出した金木零無への答えだった。

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