「正しい答え」 作:はい
数日後。
雄英高校。
校舎の一角にある、小さな会議室。
金木零無は、長机の片側に座っていた。
向かいには塚内。その隣に根津とホークス。少し離れた席には相澤がいる。
机の上には、何枚かの資料と端末が置かれていた。
零無がAFOとの連絡に使用していた記録。正確には、残っているものと、復元出来たもの。そして、本人の供述によって後から内容を補ったものだ。
記録の一部は、零無自身の手によって消されている。AFOとの接触や脅迫の事実を知られないようにするためだった。
復元された情報だけで、全てを把握出来ているわけではない。
塚内が一枚の資料を捲った。
「今日は、これまでの事情聴取とは少し目的が違う」
「はい」
「君が何をしたのかを改めて確認するためじゃない」
零無は何も言わず、続きを待った。
「AFOについて聞きたい」
零無の目が僅かに動いた。
「僕が知っている範囲で?」
「それ以外を答えられても困る」
「当然ですね」
ホークスが椅子へ浅く座ったまま、零無を見る。
「そういうところ、ちゃんとしてるんだね」
「何がです?」
「知らないことまで知ってる顔して喋らないところ」
「それをしたら情報としての価値が下がるでしょう」
「うん。そういうところ」
零無は少しだけ眉を寄せたが、追及はしなかった。
塚内が続ける。
「AFOの現在位置や保有個性を、君が詳しく知っているとは考えていない」
「知りません」
即答だった。
「彼が保有している個性の総数も、現在使用出来る個性も、僕には分からない。僕に見せる必要のあるものしか見せていなかったでしょうから」
「だろうな」
相澤が言った。
「今日聞きたいのは、そこじゃない」
「では?」
「判断の癖だ」
零無が塚内を見る。
「AFOが何を考えるか。予定外の事態が起きた時、どう動く可能性があるか。人をどう利用するか。君が実際に接触してきた中で、分かることがあれば聞きたい」
零無は少し考えた。
「作戦立案のためですか?」
塚内は答えなかった。
代わりに相澤が口を開く。
「今のお前に共有する必要がある範囲だけ話す」
「分かりました」
それだけだった。
詳しく聞こうとはしない。
ホークスが僅かに目を細めた。
「聞かないんだ」
「何を?」
「何の作戦なのか」
「教えるつもりがあります?」
「今のところはないかな」
「では聞く意味がないでしょう」
「気にならない?」
「気にはなりますよ」
零無は平然と答える。
「気になることと、聞くべきことは別でしょう」
ホークスが少し笑った。
「なるほどね」
塚内が資料へ視線を戻した。
「では、最初から行こう。AFOが人を利用する時、何を基準にしていると思う?」
「広過ぎます」
「というと?」
「利用する目的によるでしょう。戦力として使うのか、情報源として使うのか、他人を動かすための材料として使うのか。それを分けずに傾向を出しても精度は低い」
ホークスが口元を緩める。
「相澤さん」
「何だ」
「ほんとにいつもこんな感じ?」
「もっと面倒な時もある」
「聞こえていますよ」
「聞かせてる」
「そうですか」
零無は塚内へ視線を戻した。
「少なくとも、僕に対してしたことなら話せます」
「頼む」
「AFOは、最初から脅迫したわけではありません」
塚内が頷く。
「最初は勧誘だったんだな」
「ええ。それが上手くいかなかったので、最終的には別の手段を選んだ」
「葉隠さんを利用した」
「はい」
零無の声は変わらなかった。
「ですが、その間にも接触は何度もありました。彼とは随分話しています」
「どんなことを?」
「色々ですね。社会についても、個性についても。僕自身のことや、彼自身のことも」
「彼自身?」
「ええ」
零無は少し考える。
「AFOは、自分について何も話さない人間ではありません。もっとも、全てを信用出来るわけでもありませんが」
「直接、色々聞いてたってこと?」
ホークスが尋ねる。
「そうですね」
「答えてくれるんだ」
「質問によります」
「ふうん……」
ホークスは興味深そうに零無を見る。
「随分と変わった関係だね」
「否定しません」
「怖くなかった?」
「相手はAFOです。警戒していなかったと言えば嘘になります」
「でも話した?」
「会話を成立させる意思があるなら、そこから得られる情報もあるでしょう」
「……なるほど」
塚内が尋ねる。
「その経験から、何が分かった?」
零無はすぐには答えなかった。
少し考えてから、口を開く。
「AFOは、相手へ完全な嘘を与えることに拘っていない」
ホークスの表情が僅かに変わった。
「どういう意味?」
「嘘を信じさせる必要がなければ、事実を使う」
「……」
「相手が既に抱いている不満や欲望、本人が否定出来ない事実を利用する。その方が、何もないところから嘘を信じ込ませるより効率的ですから」
「事実を並べて」
根津が言う。
「その先の答えだけ、自分の望む方向へ誘導する?」
「近いと思います」
零無は頷いた。
「全てを教える必要もない。相手が自分で結論へ辿り着いたと思えるだけの材料を置けばいい」
ホークスの笑みが僅かに薄れる。
「自分で選んだと思わせる」
「ええ」
「君にも?」
「試みてはいましたね」
「効果は?」
「最終的には脅迫に切り替えたんです。それが答えでしょう」
ホークスが一瞬黙った。
それから、僅かに笑う。
「……手厳しいね」
「質問に答えただけですが」
「まあ、そうだけどね」
塚内が資料を見る。
「AFOは、勧誘に失敗した相手を簡単には諦めない?」
「少なくとも、僕に対してはそうでした」
「何故だと思う?」
「正確には分かりません。ただ、彼は自分の望む結果が得られない場合、別の方法を考えることにあまり抵抗がない」
「……」
「相手の考えが変わらないなら、状況を変える。状況が変わっても従わないなら、選択肢を減らす」
零無は塚内を見る。
「そういうことをする人間だとは思っています」
「なるほど」
塚内が頷いた。
「君は彼のそうした行動を、ある程度予測出来た?」
「出来た部分もあります」
「出来なかった部分も?」
「当然です」
零無は即答した。
「僕が彼を理解していることと、彼の行動を全て予測出来ることは別でしょう」
ホークスが少し身を乗り出した。
「でも、かなり詳しいんでしょ?」
「長く接触していましたからね」
「だったら、もっと自信があってもいいんじゃない?」
「何故?」
「何故って……」
「彼は僕が自分を分析していることを知っていました」
零無は平然と言った。
「こちらが相手の行動を予測するなら、相手がその予測を利用する可能性も考慮するべきです」
ホークスが少し黙った。
「……それもそうか」
「それに」
零無は続ける。
「彼も僕を知っています」
一拍。
「僕が何を嫌がるか。何を優先するか。どういう言葉に反応するか。僕自身が思っている以上に把握されている可能性もある」
「だから?」
「僕が彼と直接対峙するなら、その危険も考慮する必要があります」
室内が静かになった。
ホークスが零無を見る。
「随分と面倒な関係だね」
「否定しません」
「嫌じゃないの?」
「何がです?」
「自分のことをそこまで知られてるの」
「嫌ですよ」
零無は即答した。
「ただ、嫌だからといって、知られている事実が変わるわけではないでしょう」
「……そうだね」
ホークスは少しだけ笑った。
「君、AFOにもそんな感じだった?」
「もう少し容赦がなかったと思います」
「自覚あるんだ」
「相手に遠慮する理由がありませんでしたので」
「……よくそれで無事だったね」
「無事ではなかったと思いますが」
あまりにも平坦な返答だった。
ホークスが数秒、零無を見る。
相澤が小さく息を吐いた。
「話を戻せ」
「そうですね」
塚内も頷く。
「では、もう少し具体的に聞こう」
◇
「AFOは、予定通りに動かない相手をどう扱う?」
零無が少し考えた。
「もう少し条件を絞っていただけますか」
「例えば」
ホークスが引き取った。
「自分の予定にない裏切りが起きた」
一拍。
「そいつを殺すことと、自分の目的を達成することが両立しない場合、どちらを取ると思う?」
零無は即答しなかった。
数秒考える。
「……まず、彼にとって本当にその二つが両立しないのかを考えます」
ホークスの目が僅かに細くなる。
「どういう意味?」
「AFOは、自分の望む結果を簡単には諦めない人間です」
「……」
「相手を排除すること自体が目的になる場合もあれば、相手を利用することが目的になる場合もある。場合によっては、従わせることそのものに価値を見出す可能性もあります」
「じゃあ、裏切り者を追いかけ回す?」
「そこまでは言っていません」
零無は首を横へ振った。
「彼は感情的な行動を全く取らないわけではない。ただし、僕達が考える合理性と、彼自身が考える合理性は一致しない場合がある」
「例えば?」
「こちらには無意味に見える会話へ時間を費やすことがあります」
「会話?」
「ええ」
零無はホークスを見る。
「相手の過去を持ち出す。価値観を揺らす。自分が相手を理解していると示す。相手の判断を鈍らせる」
「戦闘中でも?」
「状況によるでしょう。ただ、彼にとってはそれも攻撃の一部です」
少しだけ間を置く。
「会話によって相手の反応を変えられると判断すれば、そうする可能性はある」
ホークスが頷いた。
「じゃあ、例えば君が相手だったら?」
「他のヒーローより、そうした行動を取る可能性は高いかもしれません」
「どうして?」
「僕は彼の勧誘を拒否し続け、最後には彼を裏切った人間ですから」
零無は淡々と答えた。
「ただし、僕を見れば必ず足を止めるなどとは考えません」
「……」
「僕自身の存在を過大評価すれば、こちらの判断を誤ります」
ホークスは少し考える。
「つまり、君がAFOの注意を引ける可能性はある。でも、確実ではない」
「そうですね」
「それに、逆に君が揺さぶられる可能性もある」
「ええ」
「そこは否定しないんだ」
「否定する理由があります?」
零無はホークスを見る。
「僕も人間ですよ」
「……」
「揺さぶられる可能性はある。それを無視して『僕には効かない』などと言い出せば、それこそAFOの思う壺でしょう」
ホークスは少し黙った。
それから、小さく息を吐く。
「なるほどね」
塚内が尋ねた。
「では、AFOが君と接触した場合、何をしてくると思う?」
「分かりません」
即答だった。
「ただ、僕の過去や人間関係については、当然持ち出すでしょうね」
「葉隠さんも?」
僅かな沈黙。
「可能性は高いと思います」
零無は塚内を見る。
「一度、実際に利用しているので」
「君はそれにどう対応する?」
「状況によります」
「例えば、再び危害を加えると脅されたら?」
零無は少し考えた。
「その時点で、彼の言葉だけを根拠に判断するべきではないでしょう」
相澤が僅かに目を動かした。
「以前とは違うな」
「以前の判断にも問題はあったと認めていますので」
「それは分かってる」
相澤は言った。
「だが、同じ状況で冷静に考えられる保証はない」
「ええ」
「なら?」
「僕一人で対応しない方が良い」
零無は答えた。
少し間を置く。
「少なくとも、誰かへ相談することも最初から選択肢へ入れておくべきでしょう」
相澤は黙っていた。
ホークスが二人を見比べる。
「……随分素直だね」
「既に何度も指摘されていますから」
「誰に?」
「色々な人に」
「へえ」
ホークスが少し笑う。
「ちゃんと聞いてるんだ」
「聞くことと、そのまま従うことは別ですよ」
「そこは譲らないんだね」
「当然でしょう」
相澤が腕を組み直す。
「話を進めろ」
「相澤さん、急かしますね」
「こいつと話してるといつまで経っても終わらん」
「僕だけの責任ではないと思いますが」
零無が言った。
「お前も十分原因だ」
「そうですか」
根津が小さく笑う。
塚内は資料を捲った。
◇
「AFO本人と交戦する場合、最も警戒すべきことは何だと思う?」
塚内の問いに、零無は少し考えた。
「……保有個性が分からない以上、戦闘方法そのものについて僕から有用なことは言えません」
「それでも構わない」
「なら」
零無は机の上に置かれた、AFOの写真を見る。
「戦うことを目的にしていると思わない方がいい」
ホークスの目が細くなる。
「続けて」
「こちらがAFOを撃破しようとする。当然、こちらはそのための人員を置く」
「うん」
「でも、AFO側がその人員を倒す必要はない」
僅かな沈黙。
零無は続ける。
「必要な場所へ移動することが目的なら、突破すればいい。こちらの戦力を全滅させる必要もない。戦闘に勝つ必要すらない」
ホークスの表情から、完全に笑みが消えた。
根津も黙っている。
「目的地点があるなら、そこへ着けばAFO側の勝ちです」
相澤が低く聞く。
「何処へ行くと思う」
「知りません」
即答だった。
「死柄木かもしれない。他の何かかもしれない。そもそも僕は現在の作戦目標を知らされていない」
「そうだったな」
「なので、具体的な行き先を推測するには情報が足りません」
一度、AFOの写真から視線を外す。
「ただ、AFOを特定の場所へ留める必要がある作戦なら」
そこで言葉を切った。
ホークスが続きを促す。
「なら?」
「撃破手段だけでは足りない」
「逃走阻止」
「ええ」
「移動系の個性を持っていたら?」
「想定すべきでしょう」
「知らない個性なのに?」
零無がホークスを見る。
「知らないからといって、持っていないと判断する理由はないでしょう」
ホークスが小さく笑った。
「そりゃそうだ」
「ええ」
「他には?」
「AFOが交戦そのものを避ける可能性も考えます」
「……」
「こちらが戦闘を始めるつもりでも、相手がそれに付き合う必要はありません」
ホークスは黙って聞く。
「AFOが別の目的を優先した場合、こちらがどう動くか。その時に戦力をどこまで割けるか。そうした点も検討するべきでしょう」
「なるほど」
塚内が零無を見る。
「君自身、AFOの移動系個性を見たことは?」
「ありません」
「転移系も?」
「少なくとも、本人が使用するところは」
「なら今のは仮定だな」
「はい」
零無はあっさり認めた。
「AFOがこちらの知らない手札を持っている、という前提だけです」
「それでも」
根津が言う。
「考慮する価値はある」
「そう思います」
「他には?」
零無は少し考えた。
「生命維持装置」
ホークスが見る。
「そこまで知ってるんだ」
「以前から装着していましたので」
「機能まで知ってる?」
「いいえ。彼の説明を全面的に信用する理由もありません」
「なるほど」
「ですが、あれが身体の維持に関わっているとすれば、攻撃目標として検討するのは自然でしょう」
「壊せば終わる?」
「そこまでは言えません」
零無は即答した。
「生命維持装置が弱点だとしても、破壊すれば即座に行動不能になるとは限らない」
「何故?」
「AFOだからです」
「それ理由になる?」
「十分でしょう」
ホークスが笑いかけたところで、零無が続ける。
「というのは半分冗談です」
「半分なんだ」
「長期間、個性を収集してきた人間が、自分の生命維持に関する弱点へ何の代替手段も用意していないと期待する理由がない」
「……」
「装置が無ければ長くは活動出来ないとしても、壊した直後に停止するか、一分動くか、十分動くか。それだけで結果は変わる」
根津がゆっくり頷いた。
「弱点を突くことと、弱点を突けば終わると考えることは別」
「ええ」
零無は言った。
「僕なら、破壊後も動く前提で次を用意します」
静かだった。
ホークスが机へ指を置き、何度か軽く叩く。
考えている。
やがて。
「参考になった」
「それなら良かったです」
「もっと得意げでもいいのに」
「何故?」
「役に立ったんだから」
「情報提供は義務でしょう」
相澤が僅かに目を動かした。
「それだけか」
零無が見る。
「何がです?」
「義務だから喋っただけか」
「それ以外に必要ですか?」
「別に」
零無は少し相澤を見る。
だが、今度はそのままにはしなかった。
「……役に立つなら、その方が良いとは思っていますよ」
ホークスが笑う。
「へえ」
「何です?」
「いや。何でも」
「妙な反応をしないでください」
「ひどくない?」
「貴方が言い出したんでしょう」
ホークスが苦笑する。
「金木」
相澤の声。
「はい」
「喧嘩しに来たんじゃねぇ」
「僕から始めていません」
「どっちでもいい」
「雑ですね」
「知ってる」
根津が小さく笑った。
塚内は資料を閉じる。
「今日はここまでにしよう」
零無が少し意外そうに見る。
「もう?」
「足りないか?」
「まだ確認出来ることはあるでしょう」
「ある」
塚内は即答した。
「だから、また呼ぶ」
「分かりました」
「それと」
「はい」
「これはAFO関連捜査への協力の一環だ。今日ここで話したからといって、君の校外活動制限や他の条件が変わるわけではない」
「理解しています」
零無は特に不満を見せなかった。
「君のクラスは今日も外へ出ている」
一瞬、零無の目が動く。
それだけだった。
「知っています」
「行きたいか?」
塚内の問いに、零無は少し考えた。
「戦力が不足している状況で、僕を使わないことが効率的かという疑問はあります」
相澤が目を細める。
「聞いてるのはそこじゃねぇ」
零無がそちらを見る。
「では?」
「お前が行きたいかどうかだ」
少し間が空いた。
「……行けるなら」
零無は答えた。
「行った方が良いとは思います」
「またずらしたな」
「そうですか?」
「まあいい」
相澤は椅子から立ち上がった。
「今は情報を出せ」
「戦力としては?」
「今はそれを決める話じゃない」
零無は数秒、相澤を見る。
「……分かりました」
それ以上は言わなかった。
相澤が扉へ向かう。
「行くぞ」
「はい」
零無も立ち上がった。
二人が会議室を出る。
◇
扉が閉まった後、ホークスが資料を見ながら口を開いた。
「思ってたより、ずっと深く知ってますね」
塚内が答える。
「本人がAFOの組織の中枢まで知っているわけじゃない」
「分かってますよ」
ホークスは、先ほど書き足したメモを見る。
AFO。
相手が持つ不満や欲望を利用する。
事実を使って判断を誘導する。
説得に失敗しても、方法を変える。
相手の心理を利用するための会話。
想定外の離反。
交戦目的とは限らない。
撃破より突破。
未知の移動手段。
生命維持装置破壊後の継戦。
ホークスはしばらく、その内容を眺めていた。
「ただ、あの子が詳しいのは、AFOが何を出来るかじゃないんですよね」
根津が見る。
「というと?」
「何を欲しがるか。何を嫌がるか。相手をどう動かそうとするか。そういう部分です」
ホークスは資料を軽く叩いた。
「能力の情報より、そっちの方が多い」
「そうだね」
「しかも、その情報を得られるだけの時間、直接会っていた」
塚内が頷く。
「何度も接触していたことは確認している」
「ええ」
ホークスは少し考えた。
「AFOにとっても、ただの駒じゃなかったんでしょうね」
根津の耳が僅かに動く。
「そう思うかい?」
「少なくとも、最初から情報を流させるだけのつもりなら、もっと簡単なやり方もあったはずです」
「……」
「あれだけ長く接触して、最後には脅迫してでも従わせた。それなりに執着していたんじゃないですか」
塚内が資料を見る。
「その理由については、まだ確定出来ない部分も多い」
「そうですね」
ホークスは頷いた。
「ただ、今の金木君はもうAFOの側にいない」
「ええ」
「なら、相手がどう出るかは考えておいた方がいい」
根津は否定しなかった。
少しして、ホークスが続ける。
「それに、あの子も同じことを言ってましたけど」
「何だい?」
「AFOがあの子を知っている、という方も気になります」
ホークスは椅子へ背中を預けた。
「AFOの判断を読む人間としては優秀です。でも、AFOに直接ぶつけるとなると、別の問題が出てくる」
「それだけではない」
塚内が言った。
「彼は現在、校外活動を制限されている。内通していた事実も、以前の証拠隠滅も変わらない。今後再び脅迫される可能性もある」
「そうですね」
ホークスは頷く。
「情報源として有用であることと、戦場に出していいことは別ですから」
根津が小さく笑った。
「よく分かっているじゃないか」
「一応、プロですので」
「では、戦力としては?」
塚内が尋ねた。
ホークスは少し考える。
「正直、まだ分かりません」
「意外だね」
根津が言う。
「君は検討すべきだと考えているようだったけれど」
「検討する価値があることと、使えると判断することは別ですよ」
ホークスは答えた。
「それに、緑谷君との交戦記録もありますし」
塚内が頷く。
「学校側が把握していたものとは異なる個性の運用が確認された件か」
「ええ」
ホークスは資料の一枚を引き寄せた。
「緑谷君を短時間で戦闘不能にした。その時、本人もそれまで見たことのない能力を使われたと報告している」
「そうだね」
根津が頷いた。
「ただ、緑谷君自身も何をされたのか正確には把握出来ていない」
「ええ。そこが気になるんですよ」
ホークスは頁を捲る。
そこには、緑谷からの報告を基にした交戦記録がまとめられていた。
雄英で確認されていた尾状の生体組織。それを用いた攻撃、防御、拘束、移動補助。そして、内通発覚時の交戦で確認された、従来とは異なる運用。
ただし、最後の攻撃については、詳細を十分に特定出来ていなかった。
「緑谷君の報告を疑っているわけじゃありません」
ホークスは続ける。
「むしろ逆です。あの子が一年近く金木君と一緒に訓練して、それでも知らなかった能力があった。その方が重要でしょう」
塚内が資料へ目を落とす。
「内通者として、学校に全てを見せていなかった可能性が高い」
「ええ。実際に、少なくとも一部は隠していたと考えるべきです」
「AFOにはどうだろうね」
根津が尋ねた。
「それも分かりません」
ホークスは首を横へ振った。
「学校へ隠していたからといって、AFOにも隠していたとは限らない。逆もあります」
「そうだね」
「だから確認したいんですよ。あの子が、実際にはどこまで出来るのか」
ホークスは手元の資料を軽く叩いた。
「緑谷君を倒した時の能力が、他の使い方の一つなのか。それとも、俺達が把握している個性の運用自体が、そもそも一部分でしかないのか」
根津が目を細める。
「随分と幅があるね」
「本人に聞いてみないことには」
塚内が尋ねる。
「これまでの聴取では、その件について詳しく確認していないのか?」
「緑谷君の報告内容との照合までは行っているよ」
根津が答えた。
「ただ、具体的な使用条件や限界については、まだ十分に確認出来ていない」
「なら、そこからですね」
ホークスは頷いた。
「個性の全容だけじゃない。出力、射程、持続時間、使用後の負荷。それに、実際にどの程度の戦闘能力があるのか」
「それも重要だね」
「ただ、出力が高ければそれでいいわけじゃありません」
「というと?」
「AFOにぶつけるなら、相手の個性を奪う能力を考える必要があります。接近を前提にした戦闘能力では、強くても使いどころが限られる」
「そうだね」
「それに、本人がどれだけ使えるつもりでも、こちらが継戦能力を把握していなければ作戦には組み込めません」
塚内が頷いた。
「本人の申告だけで判断するつもりはない、ということか」
「当然でしょう」
ホークスは答えた。
「身体能力も個性も、実際に確認する必要があります。それと、AFOがどこまで知っているか」
「そこもか」
「ええ。こちらだけが知らない手札だと思っていたら、相手は最初から知っていた、なんてことになれば困りますからね」
根津は少し考えた。
「仮に、戦力として十分な能力を持っていたとしても」
「出すかどうかは別問題です」
ホークスが先に答えた。
「内通者だったことは変わらないし、今も監視下です。作戦の詳細をどこまで知らせていいかという問題もある」
「そうだね」
「それに、今日聞いた話が本当なら、AFOはあの子について相当深く知っている。直接ぶつければ、当然そこを利用してくるでしょう」
根津は頷いた。
「強ければ強いほど、AFOに個性を奪われた場合の損失も大きくなる」
「ええ」
ホークスは少しだけ笑った。
「問題は山積みですね」
「最初から簡単な話ではないよ」
「でしょうね」
根津はしばらく黙っていた。
やがて、机上に置かれていた別の束を手元へ引き寄せた。
金木零無。
個性。
戦闘能力。
雄英での実技評価。
体育祭。
職場体験。
インターン。
そして、内通発覚時の交戦記録。
最後の記録には、緑谷が受けた攻撃についての報告が添えられている。
ホークスはその頁を開いた。
「……しかし」
少しだけ目を細める。
「緑谷君が何をされたのか分からなかった、というのは気になりますね」
塚内が見る。
「それほどか?」
「ええ」
ホークスは答えた。
「緑谷君は、相手の動きをよく見る子です。しかも金木君とは一年近く一緒にいた。その緑谷君が、見たことのない攻撃を受けた」
「……」
「単純に威力が高かっただけじゃないのかもしれません」
根津が頷いた。
「その可能性もあるね」
「ただし」
ホークスは続ける。
「これ以上は、実物を見ないと何とも言えません」
根津は資料を閉じた。
「では、次はそちらを確認しようか」
「本人を呼びますか?」
塚内が尋ねる。
「まずは相澤君とも話そう。金木君の個性については、彼が最も長く直接指導しているからね」
「確かに」
ホークスが頷く。
「それと、緑谷君の報告ももう一度確認したいですね」
「そうしよう」
根津は静かに答えた。
「その上で、金木君には改めて説明してもらうことにしよう。必要なら、監督下で実際に個性を使ってもらう」
「本人が全部話してくれればいいですけどね」
ホークスが言った。
根津は小さく笑った。
「少なくとも、今は話すべき理由があるだろうね」
机の上には、零無の戦闘記録が残されていた。
雄英で何度も見せてきた能力。
そして、緑谷との交戦で初めて確認された、未知の運用。
どこまでが意図的に隠されていたものなのか。何が出来て、何が出来ないのか。AFOがどの程度把握しているのか。
それらを確かめた上でなければ、金木零無を戦力として評価することは出来ない。
まして、AFOとの直接戦闘へ投入するなど論外だった。
ホークスは最後にもう一度、緑谷の報告へ目を落とした。
「……さて」
小さく呟く。
「何が出てきますかね」
根津は答えなかった。
ただ、次の資料を開いた。
金木零無の個性について、まだ確認すべきことが残っていた。
この形なら、緑谷からの報告によって隠していた能力の存在は既知であり、その詳細と全容だけが未確認という関係を保てます。