「正しい答え」 作:はい
雄英高校。
午前。
会議室の机には、昨日までの事情聴取で使用された資料が残されていた。
塚内がそのうちの一枚を手に取る。
緑谷出久の報告書。
金木零無との交戦記録だ。
「……本人に確認するしかないな」
「でしょうね」
ホークスが頷いた。
「緑谷君の報告だけじゃ、判断できない部分が多すぎます」
「問題は、どこまで見せてもらえるかだね」
根津が言う。
相澤は椅子に座ったまま、資料へ目を落としていた。
「見せるだろ」
ホークスが顔を上げる。
「言い切りますね」
「今のあいつが隠しておく理由はない」
「そうですかね」
「少なくとも、隠したところで状況が良くならないことくらい分かってる」
相澤は資料を閉じた。
「それに、聞かれれば答える奴だ」
「……全部?」
「質問次第だな」
ホークスは苦笑した。
「なるほど。面倒そうだ」
「今更だ」
根津が小さく笑う。
「では、まずは本人に説明してもらおうか。必要なら実際に使用してもらう」
「安全面の確認も必要ですね」
塚内が付け加える。
「当然だね」
根津は頷いた。
「ただ、今日は限界まで能力を使わせるつもりはないよ。あくまで、これまで把握していなかった部分の確認が目的だ」
「分かりました」
ホークスは時計を見た。
「じゃあ、始めましょうか」
◇
「……全部ですか」
零無は、相澤の説明を聞き終えてからそう言った。
「ああ」
「使用条件や制限も含めて?」
「当然だ」
「随分と時間がかかりそうですね」
ホークスが笑う。
「そんなに種類があるの?」
「種類というより、運用の問題です」
「運用?」
「同じ能力でも使い方によって出来ることは違うでしょう。何処までを別の能力として扱うかによります」
「なるほどね」
零無は根津へ視線を向けた。
「実演も必要ですか?」
「出来ればね」
「分かりました」
あっさりとした返答だった。
ホークスが少し意外そうに眉を上げる。
「……素直だね」
「拒否する理由があります?」
「いや、ないけど」
「なら、何も問題ないでしょう」
「……まあ、そうなんだけど」
相澤が立ち上がる。
「行くぞ」
「はい」
零無も椅子を離れた。
◇
数時間後。
会議室。
机の上には、新たに作成された資料が置かれていた。
塚内はその内容を確認し、最後の頁を閉じる。
「……なるほどな」
ホークスが椅子の背にもたれた。
「まあ、そういう反応になりますよね」
「本人の申告は?」
「少なくとも、確認した範囲で食い違いはありませんでした」
「限界までは?」
「試してません。流石にそこまでやるわけにはいきませんから」
根津が頷いた。
「いくつか追加で検証する必要はあるだろうね。ただ、現在の戦力評価を見直すには十分な情報が得られた」
「AFOは、どこまで知っているんでしょうね」
ホークスが呟いた。
相澤が答える。
「本人は、全てを見せたわけじゃないと言っている」
「でしょうね。ただ、見せなかったから知らないとは限らない」
「そうだな」
「……厄介ですね」
ホークスは資料を机に戻した。
その表情から、先ほどまでの軽さが消えていた。
「何が出来るかは確認できた。けど、それがAFO相手にどこまで通用するかは、また別の問題です」
塚内も頷く。
「戦力としての投入については、引き続き検討する必要があるな」
「そうだね」
根津は一度時計を見た。
「それと、もう一つ確認しておこうか」
「敵連合ですか?」
塚内が尋ねた。
「うん。AFOについては随分詳しく聞けたけれど、彼以外の構成員についても確認しておきたい」
「金木君は、かなりの人数と接触していたようですからね」
ホークスが言った。
「俺も連合に潜入していましたけど、全員の考えを把握できたわけじゃありません。別の立場から見ていた金木君の情報は、参考になると思いますよ」
塚内は資料を捲った。
そこには、複数の人物の名前が並んでいた。
死柄木弔。
荼毘。
トガヒミコ。
スピナー。
Mr.コンプレス。
「……そうだな」
塚内は頷いた。
「本人を呼ぼう」
◇
「……まだあるんですか」
会議室へ戻ってきた零無は、机に増えた資料を見て眉を寄せた。
「悪いね」
根津が笑う。
「もう少しだけ付き合ってもらいたい」
「内容を先に聞いても?」
「敵連合についてだ」
零無は資料へ目を向けた。
「……なるほど」
「君はAFOの指示で、彼らとも接触していたね」
「ええ」
「彼らについて、君が知っていることを聞きたい」
零無は少し考えた。
「僕の知識に、どれほどの価値があるかは分かりませんよ」
「何故?」
「AFOと違って、全員と長く接触していたわけではありません。本人が話したことを、逐一裏付けていたわけでもない」
ホークスが頷く。
「それで構わないよ。俺達も、君の印象をそのまま事実として扱うつもりはないから」
「当然でしょう」
零無は椅子へ腰を下ろした。
「では、何から?」
塚内が最初の資料を開く。
「死柄木弔について聞こう」
◇
「……死柄木ですか」
零無は資料へ視線を落とした。
「随分と変わりましたからね。現在の彼について、僕がどこまで話せるかは分かりません」
「以前の彼についてで構わない」
「それなら」
零無は少し考えた。
「初めの頃は、随分と幼稚でしたね」
ホークスが僅かに笑った。
「随分な評価だね」
「違います?」
「いや、否定はしないけど」
「なら結構です」
零無は続けた。
「不満があればすぐ態度に出す。気に入らない相手には露骨に敵意を向ける。自分の思い通りにならなければ癇癪を起こす。少なくとも、当初の彼に組織を率いるだけの能力があったとは思いません」
「今は?」
「変化したと思いますよ」
「具体的には?」
「他人に任せることを覚えた」
零無はそう答えた。
「以前の彼は、自分の意思を押し付けることと、他人を動かすことを混同していました。しかし、敵連合が拡大するにつれて、その違いを多少は理解したように見えます」
「リーダーとして成長した?」
「そう表現しても構いませんが」
零無はホークスを見る。
「成長したからといって、好ましい方向に変わったとは限らないでしょう」
ホークスの笑みが薄くなった。
「……確かにね」
塚内が尋ねる。
「AFOとの関係については?」
「そこが問題でしょうね」
零無は資料に記された死柄木の写真を見た。
「AFOは、彼を後継者として育てていた。少なくとも、そういう説明をしていました」
「君は違うと思う?」
「後継者という言葉をどう定義するかによります」
「……どういうことだ?」
「彼が望んでいるのは、自分の意思を継ぐ人間でしょうか。それとも、自分の望む結果を実現するための存在でしょうか」
塚内が黙った。
零無は続ける。
「その二つは似ていますが、同じではありません」
「……なるほど」
「AFOが何を最優先する人間なのか。先日の話を踏まえれば、考える余地はあると思いますが」
それ以上は言わなかった。
根津が小さく頷く。
「参考にさせてもらうよ」
◇
「次は荼毘だ」
塚内が資料を捲る。
ホークスの表情が僅かに変わった。
零無は写真を見る。
「……荼毘ですか」
「彼について、何か分かることは?」
「随分と執念深い人間でしたね」
「以前から?」
ホークスが尋ねた。
「ええ」
「何に執着していたと思う?」
「知りません」
即答だった。
ホークスが少し目を細める。
「……知らない?」
「本人が説明したわけではありませんから」
「でも、何かを抱えているとは思っていた?」
「当然でしょう」
零無は顔を上げた。
「自分自身の素性を隠し、組織への帰属意識も薄い。それでいて、ヒーローに対しては一貫して強い敵意を示していた。何らかの個人的な目的があると考える方が自然です」
「……なるほど」
「ただ、そこから轟家の事情まで推測するのは不可能でしょうね。少なくとも、当時の僕が持っていた情報では」
ホークスは頷いた。
「君とは気が合った?」
零無の眉が寄る。
「……何故?」
「いや、どちらも組織そのものに忠誠を誓っていたわけじゃないからさ」
「それで?」
「似たところがあったのかなと思って」
零無は数秒、ホークスを見た。
「随分と雑な分類ですね」
「……そう?」
「同じ組織に属していたというだけで、目的も手段も同じだと考える理由がありません。そもそも、僕と彼では置かれていた状況からして違う」
「まあ、そうだけど」
「なら、何を聞きたいんです?」
ホークスは小さく笑った。
「……いや。十分かな」
「そうですか」
零無は視線を資料に戻す。
「もっとも、彼の行動を理解するうえで重要なのは、敵連合への忠誠心ではなく、本人の目的でしょうね」
塚内が頷いた。
「それについては、現在判明している事情も含めて検討する必要がありそうだな」
「ええ」
◇
「Mr.コンプレスについては?」
「……随分と芝居がかった人でしたね」
ホークスが笑った。
「それは俺も思った」
「何が楽しいのかは分かりませんが」
「そこまで言う?」
「本人の趣味でしょう。否定するつもりはありませんよ」
零無はそう答えた。
「ただ、あの人は他の構成員と比べても、状況をよく見ていたと思います」
塚内が尋ねる。
「冷静だった?」
「少なくとも、感情に任せて行動することは少なかったように見えました」
「死柄木との関係は?」
「単なる利害関係だけではなかったでしょうね」
「そう思う理由は?」
「自分が不利益を被る状況でも、組織のために動いていましたから」
塚内は頷いた。
「全面戦争での行動とも一致するな」
「ええ」
零無は短く答えた。
「まあ、彼については現在拘束されているんでしょう。本人に聞けることなら、そうした方が確実だと思いますよ」
「……もっともだな」
◇
「伊口秀一。スピナー」
塚内が名前を読み上げた。
零無は頷いた。
「彼とは比較的よく会っていたな?」
「ええ」
「どんな人物だった?」
「……真面目でしたね」
ホークスが眉を上げる。
「真面目?」
「何かおかしいですか?」
「いや、敵連合の構成員に対する評価としては、ちょっと意外だなって」
零無は僅かに目を細めた。
「所属組織と本人の性格を混同していませんか?」
「そういうつもりじゃないよ」
「なら構いませんが」
零無は続けた。
「少なくとも、僕が接触した範囲では、物事をかなり真剣に考える人間でした。ただ、その結論が常に合理的だったとは言いません」
「死柄木への忠誠心が強い?」
「忠誠心というより、個人的な感情でしょうね」
零無は少し考えた。
「彼は、死柄木という人間に何かを期待していた。自分にはないものを見ていたのかもしれません」
「それは彼自身が話したのか?」
塚内が尋ねた。
「一部は。ただ、今の説明は僕の推測です」
「なるほど」
「彼自身の境遇も関係していると思いますが」
「異形型への差別か」
「ええ」
零無は頷いた。
「それまで居場所を見つけられなかった人間が、初めて自分の存在を受け入れてくれる場所を得た。そういう感覚に近かったんじゃないですか」
「だから、死柄木についていく?」
「それだけではないでしょうが、大きな理由ではあると思います」
ホークスが尋ねる。
「君自身は、彼を信用していた?」
「いいえ」
返答は早かった。
「……即答だね」
「信用する理由がありませんでしたから」
「でも、何度も話していたんでしょ?」
「会話する相手を全員信用しているわけではないでしょう」
零無はホークスを見る。
「貴方だって、敵連合に潜入していた時はそうだったんじゃないですか?」
ホークスは数秒黙った。
「……そうだね」
「なら、わざわざ聞く必要があります?」
「一応、確認はしておきたいからね」
「そうですか」
塚内が質問を続ける。
「彼は、仲間に危険が迫った場合、どう動くと思う?」
零無は少し考えた。
「自分に出来ることがあるなら、動くでしょうね」
「危険を冒してでも?」
「場合によっては」
「君はそこまで彼のことを理解していたのか?」
零無は塚内を見る。
「理解という言葉が適切かは分かりませんが」
少し間を置いた。
「少なくとも、彼が仲間を大切に思っていたことは疑っていません」
ホークスが腕を組む。
「自分は信用していない相手でも、その相手が誰かに向けている感情は信じられるってこと?」
零無は僅かに眉を寄せた。
「……信じる、ですか」
「違う?」
「別に。そう考えても構いませんが」
零無は資料へ視線を落とした。
「僕に対して誠実であるかどうかと、彼が仲間を大切にしているかどうかは別でしょう。混同する必要がありません」
「なるほどね」
塚内は記録を取る。
「彼が君をどう評価していたかは?」
「さあ」
零無は肩を竦めた。
「少なくとも、好意的な評価ばかりではなかったでしょうね」
「何故?」
「僕が敵連合のために行動する人間ではないことくらい、彼も理解していたでしょうから」
「それでも接触は続いていた?」
「ええ」
「互いに何か得るものがあった?」
零無は少し考える。
「……会話の内容によります」
塚内が顔を上げた。
「それはそうだな」
「でしょう」
零無はそれ以上、何も言わなかった。
◇
「次は、トガヒミコについて聞きたい」
塚内が資料を開いた。
その名前を聞いても、零無の表情は変わらなかった。
「彼女とも接触していたな?」
「はい」
「回数は?」
「正確には覚えていません。会合で顔を合わせることもありましたし、個別に話す機会もありました」
「個別に?」
ホークスが聞き返す。
「ええ」
「二人きりで?」
零無は顔を上げた。
「……何か問題が?」
「いや、彼女は危険なヴィランだからね」
「知っていますが」
「警戒はしなかった?」
「していましたよ」
「それでも会っていた?」
零無は僅かに眉を寄せた。
「警戒している相手とは会話も出来ないんですか?」
「そういう意味じゃないよ。彼女の方から接触してきたのか、君が接触したのかを確認したいんだ」
「両方ですね」
「なるほど」
ホークスは頷いた。
「彼女は、君をどう見ていたと思う?」
「本人に聞いてください」
「……随分あっさりしてるね」
「本人の感情を、僕が勝手に決めるわけにはいかないでしょう」
「それもそうか」
塚内が話を戻す。
「では、君が直接接触した中で気づいたことを聞きたい」
零無は少し考えた。
「……彼女の言う『好き』を、一般的な意味で捉えない方がいいでしょうね」
塚内の手が止まった。
「どういう意味だ?」
「言葉の意味が、僕達とは少し違うということです」
「詳しく聞かせてほしい」
零無は椅子へ背中を預けた。
「彼女にとって、好きな相手の血液を欲しがることは、特別な行為ではないんでしょう。少なくとも、本人はそう認識しているようでした」
「それは個性の影響だと?」
「一因ではあると思いますが、それだけで説明出来るとは思いません」
「何故?」
「個性が欲求に影響することと、その欲求を本人がどう認識するかは別でしょう」
零無は塚内を見る。
「そもそも、彼女が他人の血液を欲しがる理由を、僕達の持つ基準だけで説明しようとすることに無理がある」
「……」
「本人にとっては、それが好意の表現なんでしょう。僕達が好きな相手に近づきたい、触れたいと思うのと同じように」
ホークスが口を開いた。
「でも、結果として相手を傷つける」
「ええ」
「そこは問題だよね?」
「問題でしょうね」
零無は即答した。
「本人がどう認識しているかと、相手がどう受け取るかは別ですから」
「……」
「ただ、それを確認するだけでは彼女の行動を予測するうえで何の役にも立ちませんよ」
ホークスが頷く。
「じゃあ、彼女が何を求めているのかが重要になる?」
「そういうことです」
零無は続けた。
「彼女にとって、血液を欲しがることと、相手を傷つけたいと思うことは、必ずしも同じではない。そこを混同すると、判断を誤る可能性があります」
塚内が尋ねる。
「では、相手を傷つけるつもりがない場合もあると?」
「本人の認識では、そうでしょうね」
「それでも傷つける?」
「ええ」
「……危険だな」
「今更でしょう」
零無は平然と答えた。
塚内が顔を上げる。
「何?」
「彼女が危険なヴィランであることは、既に分かっているはずです。僕にそれを確認する必要がありますか?」
「危険の性質を確認しているんだ。本人に加害の認識がある場合とない場合では、対処も変わる」
零無は少し考えた。
「……そうですね。それなら、本人の認識と実際の危険性を分けて考える必要があると思います」
「分かった。続けてくれ」
「彼女の行動を予測するなら、血液そのものより、誰に関心を向けているのかを調べた方が有用でしょうね」
塚内が頷いた。
「特定の相手への執着か」
「ええ。ただし、好意を持った相手全員に同じ行動を取るとは限りません」
ホークスが腕を組んだ。
「じゃあ、彼女が強い関心を持った相手について調べれば、行動を誘導できる可能性もある?」
零無は少し考えた。
「……可能性はありますね」
「有効だと思う?」
「方法によります」
「例えば、相手を囮に使うとか」
零無の視線がホークスへ向いた。
「……貴方は、それを有効な手段だと思っているんですか?」
ホークスは肩を竦めた。
「使える情報なのかを確認しているだけだよ」
「そうですか」
零無は少し間を置いた。
「なら、相応の危険があると答えておきます」
「具体的には?」
「彼女が好意を持った相手へどう接するか。それを完全に予測できるなら話は別ですが、そうでない以上、対象者が危害を受ける可能性は高いでしょう」
「……」
「それでも必要だと判断するなら、僕が口を出すことではありません。ただ、その判断に使う情報として、彼女の好意を単純な弱点として扱うのは危険だと伝えているだけです」
塚内が頷いた。
「分かった」
「他には?」
「……彼女は、拒絶された場合どう反応すると思う?」
零無は少し考えた。
「場合によります」
「例えば、血液を求められて断った場合は?」
「本人にとっては好意の表現ですから、単なる要求を断られた時とは違う受け取り方をする可能性があります」
「自分自身を否定されたと感じることもある?」
「あるでしょうね」
零無は頷いた。
「自分の行為を嫌がられたことと、自分自身を嫌われたこと。その違いを、彼女が常に区別できるとは限らない」
「……なるほど」
「もっとも、これは彼女に限った話ではありませんが」
塚内は資料へ何かを書き加えた。
「……彼女の過去にも関係していると思うか?」
零無は顔を上げた。
「過去?」
「家族や周囲との関係だ」
「……あるでしょうね」
「君は、彼女の過去を聞いたことがある?」
「ええ」
「どんな話を?」
零無は一度、資料へ視線を落とした。
「本人の話では、幼い頃から自分の欲求を否定されることが多かったようですね」
「両親から?」
「ええ。それ以外にも」
「個性に対する矯正指導も受けていたはずだ」
「そうですね」
零無は頷いた。
「ただ、僕はその指導の具体的な内容を確認していません。効果についても、本人の話だけでは判断できない」
「それでも、何か問題があったと思う?」
零無は塚内を見た。
「少なくとも、彼女が社会生活を送れる状態にはなっていなかった。それは事実でしょう」
「……」
「もっとも、だからといって指導内容の全てが間違っていたと断定するつもりもありません。必要な情報が足りませんから」
「なるほど」
「ただ」
零無は少し考えた。
「彼女自身が、自分の欲求をどう扱えばいいのか分からなくなっていた可能性はあるでしょうね」
「……どういう意味だ?」
「我慢しろと言われる。普通でいろと言われる。自分の感じる好意を、周囲から否定され続ける」
零無は淡々と続けた。
「それで、本人が何を感じているのかまで変えられるわけではないでしょう」
塚内は黙って聞いている。
「僕は、彼女が誰かを傷つけることなく生きる方法が存在しなかったとは思いません」
「……」
「ただ、それを本人が見つけられなかった。周囲も見つけられなかった。その結果が現在の彼女である、という可能性は考慮するべきでしょうね」
「君は彼女に同情している?」
ホークスが尋ねた。
零無はそちらを見た。
数秒。
「……随分と雑な質問ですね」
「そうかな?」
「彼女の境遇に問題があったと考えることと、彼女に同情することは同じではないでしょう」
「それはそうだね」
「そもそも、同情しているかどうかで何が変わるんです?」
ホークスは零無を見る。
「君の評価に、個人的な感情がどの程度影響しているかは知っておきたいかな」
「……なるほど」
零無は資料へ視線を戻した。
「では、僕が話した情報を裏付ければいいでしょう」
「……それだけ?」
「他に何を?」
零無は顔を上げた。
「僕が彼女をどう思っているかより、説明した内容が事実かどうかの方が重要でしょう。貴方達が必要としているのは、そちらでは?」
ホークスは数秒考えた。
「……まあ、確かにね」
「僕の評価に偏りがあると疑うなら、当然検証するべきです。そもそも、僕の供述を無条件に信用する理由もない」
塚内が静かに頷いた。
「その通りだな」
「ええ」
零無は短く答えた。
そこで相澤が口を開いた。
「金木」
「はい」
「お前自身が、トガヒミコの行動で危険を感じたことは?」
零無は少し考えた。
「……ありますよ」
「どんな時だ」
「接触の距離が近すぎると感じた時ですね」
「具体的には?」
「彼女の個性を考えれば、近距離で刃物を扱われることには相応の危険があります。実際、必要以上に距離を詰められることもありました」
「その時は?」
「距離を取りました」
「抵抗されたら?」
「対応するつもりでしたよ」
「相手がトガヒミコでもか」
零無は僅かに眉を寄せた。
「……当然でしょう」
「……」
「彼女が僕に危害を加えようとしていたと断定するつもりはありません。ですが、実際に危険が生じれば対処しますよ。それだけの話です」
相澤は少し黙った。
それから頷く。
「そうか」
「ええ」
塚内が資料を捲った。
「では、最後にもう一つ」
「何でしょう」
「彼女は今後、敵連合の中でどう動くと思う?」
零無は少し考えた。
「……難しいですね」
「理由は?」
「彼女が何を最優先しているのか、現在の情報では判断できません」
「以前とは違う可能性がある?」
「当然でしょう」
零無は言った。
「僕が最後に会った頃と、今では状況が違う。敵連合も変わっています。彼女自身も、何かを経験したかもしれない」
「……」
「それを考慮せず、以前の彼女を前提に行動を予測するのは危険です」
塚内が頷いた。
「分かった」
零無は少しだけ首を傾げた。
「それで終わりですか?」
「今のところはな」
「そうですか」
塚内は資料を閉じた。
零無は、それ以上トガヒミコについて語ろうとはしなかった。
◇
「……随分と詳しいんだね」
ホークスが言った。
零無はそちらを見る。
「何がです?」
「敵連合の人間達についてだよ。死柄木、荼毘、コンプレス、スピナー、トガヒミコ。どの人物についても、それなりに情報を持っている」
「長く接触していましたからね」
「でも、全員と親しかったわけじゃないんでしょ?」
「当然でしょう」
「その割には、個人的な事情まで知っている」
零無は少し考えた。
「……だから何です?」
「いや、君が彼らをどう見ていたのか、少し興味があってさ」
「先ほどから、そればかりですね」
ホークスが笑う。
「そうかな?」
「ええ」
零無はホークスを見る。
「僕が誰を好いていたか、誰を嫌っていたか。それを聞いて、何の役に立つんです?」
「人間関係は、行動を予測する材料になるよ」
「それは否定しません」
「じゃあ――」
「ただ」
零無は言葉を遮った。
「僕が彼らをどう思っていたかと、彼らがどう行動するかは別でしょう」
「……」
「僕に好意を持っている相手でも、僕の意に反することはする。逆も同じです。そんなことは、貴方の方がよく分かっているんじゃないですか?」
ホークスは数秒黙った。
それから、小さく笑う。
「……そうだね」
零無は視線を戻した。
根津が口を開く。
「では、最後に一つ聞こうか」
「……まだあるんですか」
零無の眉が寄る。
根津は楽しそうに笑った。
「本当に最後だよ」
「随分と信用できない言葉ですね」
「そうかな?」
「少なくとも、今日は何度も聞きましたが」
ホークスが小さく吹き出した。
相澤が呆れたように息を吐く。
「いいから聞け」
「……はい」
根津は笑みを残したまま尋ねた。
「君は、彼らと接触していたことを後悔しているかい?」
零無は少し考えた。
「……何故?」
「AFOの内通者として、彼らと関わっていた。それを今、どう捉えているのか聞いておきたいんだ」
「随分と範囲の広い質問ですね」
「では、彼らと知り合ったこと自体についてはどうかな?」
零無は少し考えた。
「……別に」
「後悔していない?」
「ええ」
「何故?」
零無は根津を見る。
「知り合ったこと自体を後悔する理由があります?」
「彼らはヴィランだよ」
「知っています」
「君を危険に晒した可能性もある」
「それも承知しています」
「それでも?」
零無は僅かに眉を寄せた。
「……校長先生」
「何だい?」
「僕が彼らと知り合ったことと、彼らがヴィランであることを、何故同じ問題として扱うんです?」
根津は答えず、続きを促した。
「彼らと接触したことで、僕が何らかの行動を取った。あるいは、取らなかった。その結果について後悔することはあります」
「うん」
「ですが、知り合ったこと自体を後悔するというのは、少し違うでしょう」
「なるほど」
「それに」
零無は一度、言葉を切った。
「僕がAFOに情報を渡し、関係のない人間を危険に晒したことは、彼らと知り合ったからではありません」
塚内が顔を上げた。
零無は続ける。
「僕自身がそうすると決めた。事情があったとしても、その事実は変わらないでしょう」
「……そうだね」
「ですから」
零無は根津を見る。
「僕のしたことと、彼らについてどう思っているかを混同する必要はないと思いますが」
根津は数秒、零無を見た。
そして、小さく頷いた。
「分かったよ」
「そうですか」
零無は椅子から立ち上がった。
「では、失礼します」
相澤も立ち上がる。
「行くぞ」
「はい」
二人が扉へ向かう。
その途中。
「……金木君」
塚内が呼び止めた。
零無が振り返る。
「何でしょう」
「今日の話は、今後の捜査や作戦の参考にさせてもらう」
「ええ」
「協力してくれてありがとう」
零無は少しだけ首を傾げた。
「……必要なことを話しただけですが」
「それでもだ」
「そうですか」
零無は軽く頭を下げた。
「では」
今度こそ、会議室を出ていった。
◇
扉が閉まる。
しばらく、誰も口を開かなかった。
やがてホークスが椅子に深く座り直す。
「……いやあ」
塚内が顔を上げた。
「どうした?」
「本当に、面倒な子ですね」
根津が笑う。
「そうだね」
「聞いたことには答える。でも、少しでも質問の前提がおかしいと、そこから指摘してくる」
「以前からそうだったそうだよ」
「でしょうね」
ホークスは資料へ視線を落とした。
「……ただ、情報はかなり有用でした」
「そうだな」
塚内が頷く。
「本人の推測と、実際に見聞きした内容を区別していた。そこは評価できる」
「ええ」
「もっとも、全てを信用するわけにはいかないが」
「当然ですね」
ホークスは資料を捲った。
死柄木弔。
荼毘。
Mr.コンプレス。
スピナー。
トガヒミコ。
どの人物についても、零無は一定の情報を持っていた。
しかし、そこに個人的な感情を持ち込むことは、ほとんどなかった。
「……不思議ですよね」
ホークスが呟いた。
根津が見る。
「何がだい?」
「金木君、あれだけ人のことを知ろうとするのに、相手が自分をどう思っているかについては、あまり関心がないみたいで」
「そうかな?」
「少なくとも、今回の話では」
ホークスは少し考えた。
「相手が自分を信用しているかどうかより、相手が何を考えているのかを優先していたように見えました」
塚内が頷く。
「AFOについても、似たようなところがあったな」
「ええ」
ホークスは資料を閉じた。
「まあ、彼が何を考えていたのかは、まだ分からない部分もありますけどね」
根津は小さく笑った。
「全部を理解する必要はないよ」
「……そうですね」
ホークスも笑う。
「必要なのは、彼が今後どう行動するかですから」
◇
廊下。
零無は相澤の少し後ろを歩いていた。
窓の外では、陽が傾き始めている。
「……疲れたか」
相澤が尋ねた。
「多少は」
「そうか」
「……珍しいですね」
「何が」
「先生が僕の返答に何も言わないのは」
相澤は横目で零無を見た。
「文句でもあるのか」
「いえ。ただ、少し意外だったので」
「なら黙って歩け」
「……理不尽ですね」
「うるさい」
零無は小さく息を吐いた。
しばらく、二人は無言で歩いた。
やがて、相澤が口を開く。
「……金木」
「はい」
「お前、あいつらと随分話してたんだな」
「ええ」
「学校に通いながら?」
「そうですね」
相澤は少し黙った。
「……よく続けられたな」
零無がそちらを見る。
「何がです?」
「二重生活だ」
「ああ」
零無は少し考えた。
「続けるしかありませんでしたから」
「……」
「もっとも、今思えば随分無理をしていた部分もありますが」
「自覚はあるのか」
「当然でしょう」
「その割に、当時は平然としてたな」
「平然としていなければ、怪しまれるでしょう」
相澤は小さく息を吐いた。
「……そういうことじゃねぇ」
零無が僅かに眉を寄せる。
「では、どういう意味です?」
「……もういい」
「またですか」
相澤が横を見る。
「何だ」
「最近、先生は説明を途中でやめることが多いですね」
「誰のせいだと思ってる」
零無は少し考えた。
「……僕ですか?」
「他に誰がいる」
「心外ですね」
「勝手にしろ」
零無はそれ以上反論しなかった。
二人は廊下を進む。
少しして、相澤が言った。
「金木」
「はい」
「もう、あいつらに会う必要はない」
零無は顔を上げた。
「……そうですね」
「今のお前の仕事じゃない」
「分かっています」
「だったらいい」
相澤は前を向いた。
零無も、それ以上何も言わなかった。
会う必要はない。
その通りだった。
現在の自分には、敵連合と接触する理由も、許可もない。
そもそも、彼らが今何処で何をしているのかすら知らない。
だから。
零無は前を向いた。
今の自分に出来ることは、限られている。
少なくとも。
今から、新しく何かをすることは。
「……先生」
「何だ」
「夕食の時間までには戻れそうですか?」
相澤が零無を見る。
「……腹減ったのか」
「ええ」
「昼に食っただろ」
「だから?」
「……」
「昼食を取ったことと、夕食を取ることに何か関係があります?」
相澤は数秒、零無を見た。
そして。
「……好きにしろ」
「そのつもりですが」
「だったら聞くな」
「戻る時間を確認しただけでしょう」
「……お前な」
零無は不思議そうに首を傾げた。
相澤は、それ以上何も言わなかった。
◇
雄英高校。
一年A組寮。
夕方。
共同キッチンから、包丁の音が聞こえていた。
とん、とん、とん。
一定の間隔でまな板を叩く音。
火にかけられた鍋からは湯気が上がり、炊飯器も既に動いている。
「……あれ?」
共有スペースへ入ってきた上鳴が足を止めた。
キッチンを見る。
「……金木?」
「何だ」
零無は手を止めずに答えた。
「お前、何してんの?」
「見れば分かるだろう」
「いや、それは分かるけど……」
上鳴は調理台へ近づいた。
切り分けられた野菜。
下処理の済んだ肉。
いくつもの調味料。
そして、大きな鍋。
「……え、マジ?」
「何がだ」
「カネキメシ!?」
零無の眉が寄る。
「……まだその呼び方をしていたのか」
「当たり前だろ!」
「何が当たり前なんだ」
「いやいや! めっちゃ久しぶりじゃん!」
「そうだな」
あっさりとした返答だった。
上鳴は少しだけ黙る。
それから、口元を緩めた。
「……そっか」
零無は切り終えた大根を鍋へ移す。
「ところで、上鳴」
「ん?」
「手伝うつもりがないなら退いてくれ。邪魔だ」
「……もうちょい感動させてくれねえ!?」
「自分で料理すればいいだろう」
「そういう意味じゃねえよ!」
上鳴の声が、共有スペースに響いた。
◇
カネキメシ。
いつからそう呼ばれるようになったのか、正確には誰も覚えていない。
寮生活が始まって間もない頃。
料理好きの零無が、自分のために夕食を作り始めたのがきっかけだった。
もともと食事量が多いこともあり、作る量もそれなりに多い。
そこへ上鳴や切島が興味を示し、食べたいと言い始めた。
零無は特に断らなかった。
以来、時折A組の夕食を担当するようになった。
肉じゃが。
生姜焼き。
豚汁。
炊き込みご飯。
料理は家庭的なものが中心で、どれも評判が良かった。
いつしか、零無の料理はA組のちょっとした楽しみになっていた。
だが。
内通者だったことが発覚して以来、零無がキッチンに立つことはなかった。
◇
「……おっ」
キッチンを覗き込んだ砂藤力道が、僅かに目を見開いた。
「金木。今日お前が作るのか?」
「ああ」
「そっか。久しぶりだな」
「そうだな」
砂藤は調理台を見渡した。
既に下処理を終えた野菜が、いくつもの容器に分けられている。
炊飯器には米が仕込まれ、大きな鍋には出汁が用意されていた。
「何作るんだ?」
「豚汁と炊き込みご飯。あと鶏の照り焼きと、いくつか副菜を」
「結構作るな」
「人数を考えれば、これくらいは必要だろう」
砂藤は笑った。
「まあな。手伝おうか?」
零無は一度、砂藤を見る。
「……そうだな。鶏肉を頼めるか?」
「おう」
「下味はまだ付けていない。冷蔵庫の右側にある」
「分かった」
砂藤は手を洗い、隣の調理台へ立った。
零無は何も言わず、野菜を切り続ける。
砂藤も、鶏肉の下処理を始めた。
しばらく、包丁の音だけが響いた。
「……なあ、金木」
「何だ」
「また一緒に料理できるとは思ってなかった」
零無の手が、ほんの僅かに止まった。
「……そうか」
「ああ」
砂藤は笑った。
「だから、結構嬉しいぜ」
零無は少し考える。
「……僕が作らなくても、君は料理が出来るだろう」
「そういう話じゃねえよ」
「では?」
「お前と一緒に作れるのが嬉しいって話」
零無が黙った。
砂藤は、それ以上説明しなかった。
やがて。
「……なるほど」
零無は短く答えた。
再び、包丁の音が響き始める。
◇
それから間もなく、夕食の準備を知った生徒達が集まり始めた。
「うわっ! 本当に金木が作ってんじゃん!」
芦戸がキッチンを覗き込む。
「いい匂い! ねえ、今日何?」
「完成すれば分かる」
「教えてくれたっていいじゃん!」
「知ったところで完成が早まるわけでもないだろう」
「そういう問題じゃないの!」
その隣で耳郎が笑った。
「……相変わらず面倒くさいね、零無」
「聞かれたことに答えただけだが」
「答えになってないじゃん」
「なら、質問を変えればいい」
「……そういうとこ」
耳郎は呆れたように笑う。
「ま、楽しみにしてる」
「ああ」
少しして、八百万もやって来た。
「あら、金木さん。今日はお料理を?」
「ああ。砂藤にも手伝ってもらっている」
「まあ。私にも何かお手伝いできませんか?」
零無は調理台を確認する。
「なら、ほうれん草の胡麻和えを頼めるか。下茹では済ませてある」
「はい。お任せください!」
八百万が手を洗い始める。
零無はその様子を見てから、共有スペースへ目を向けた。
「上鳴」
「ん?」
「飯田達も戻ってきたら、食器を並べるよう伝えてくれ」
「りょーかい!」
「それと、つまみ食いはするなよ」
「してねえよ!」
「まだ、だろう?」
「……信用ねえな!?」
「普段の行いを省みればいい」
耳郎が吹き出した。
◇
日が沈む頃。
「……あ」
キッチンの入り口で、透が足を止めた。
「零無?」
「ん?」
振り返った零無を見て、透が少しだけ声を弾ませる。
「今日、零無が作ってるの?」
「ああ」
「……そっか!」
透はキッチンへ近づいた。
「久しぶりだね!」
「そうだな」
鍋の中を覗き込む。
「豚汁?」
「ああ。あと炊き込みご飯と照り焼きだ」
「やった! 私、零無の豚汁好き!」
「知っている」
「えへへ」
透は零無の隣に立つ。
少しして。
「……ねえ」
「何だ」
「味見していい?」
「まだ完成していない」
「ちょっとだけ!」
零無は透を見る。
「……昔から待つということを覚えないな、君は」
「いいじゃん!」
数秒。
零無は小さく息を吐いた。
小皿を取り、鍋から豚汁を少量移す。
「熱いぞ」
「ありがと!」
透は受け取って、一口。
「……ん! 美味しい!」
「そうか」
零無は小皿を受け取り、再び鍋へ向き直った。
透はその横顔を眺める。
「……ね、零無」
「今度は何だ」
「また作ってくれる?」
零無の手が止まる。
「何を?」
「ご飯!」
零無は少し考えた。
「……何故、今回限りだと思っているんだ?」
「え?」
「時間と材料があれば、また作る。それだけだろう」
透は黙った。
それから。
「……うん!」
嬉しそうに頷いた。
零無は一度だけ彼女を見る。
「……そんなに嬉しいか?」
「嬉しいよ!」
「そうか」
透は笑った。
「零無は?」
「何がだ」
「また、みんなとご飯食べられるの」
零無は少しだけ考えた。
「……嫌なら作っていない」
「……」
「それでは不満か?」
透は首を振る。
「ううん!」
零無は頷いた。
「なら、食器を運んでくれ。そろそろ出来る」
「はーい!」
透は上機嫌で皿を手に取った。
零無はその後ろ姿を見送り、鍋の火を止めた。
◇
夕食。
大きなテーブルには、次々と料理が並べられていた。
鶏の照り焼き。
ほうれん草の胡麻和え。
だし巻き卵。
具沢山の豚汁。
炊き込みご飯。
それから、大量の白米。
「……すっげぇ」
切島が思わず声を漏らした。
「マジでうまそうだな!」
「そうか」
零無は自分の席へ腰を下ろす。
「冷める前に食べたらどうだ?」
「おう!」
飯田の号令で、全員が手を合わせた。
「いただきます!」
食事が始まる。
途端に、あちらこちらから感想が上がった。
「うまっ!」
「やっぱカネキメシ最高!」
「この豚汁、ほんま美味しいね!」
麗日が笑う。
緑谷も頷いた。
「うん。金木君、これ全部自分で作ったの?」
「砂藤と八百万にも手伝ってもらった。僕一人ではない」
「それでもすごいよ」
「……君達は随分と大袈裟だな」
零無はそう言いながら、炊き込みご飯を口へ運ぶ。
向かいでは轟が黙々と食事を進めていた。
「金木」
「何だ」
「豚汁、おかわりしていいか」
「好きにしろ。まだある」
「そうか。うまいな、これ」
「……そうか」
それだけ言って、零無は箸を動かした。
少し離れた席では、爆豪が無言で照り焼きを追加している。
上鳴がそれを見て笑った。
「爆豪も気に入ったみたいだな!」
「あァ!?」
「いや、だっておかわり――」
「うるせェ!!」
零無が顔を上げる。
「……上鳴。食事中くらい静かに出来ないのか?」
「何で俺だけ!?」
「君が余計なことを言うからだろう」
「正論じゃん」
耳郎が笑う。
上鳴は頭を抱えた。
そんなやり取りの間にも、零無の茶碗は次々と空になっていく。
「……金木、お前もう三杯目か?」
瀬呂が尋ねた。
「四杯目だが」
「マジかよ」
「何を今更」
零無は平然と答えた。
「久しぶりに見ても、君達の反応は変わらないな」
「いや、そりゃ驚くだろ!」
「毎回驚かれても困るんだが」
周囲から笑い声が上がる。
零無は呆れたように息を吐き、再び食事へ戻った。
◇
食後。
「なあ、金木!」
上鳴が声をかけた。
「何だ」
「次はカレーにしようぜ!」
「……気が早すぎないか?」
「いいじゃん、リクエスト!」
「別に構わないが、材料次第だな」
「マジ!?」
「ああ。ただし、次の食事を僕が作るとは言っていないぞ」
「そこは作ってくれよ!」
「図々しいな」
耳郎が笑った。
「まあ、零無のカレー美味しいしね」
零無はそちらを見る。
「……君もか、耳郎」
「何?」
「随分と遠慮がなくなったな」
「今更?」
「ああ。今更だったな」
零無は小さく息を吐いた。
その隣で、透が笑っている。
以前と同じように。
騒がしく、落ち着かない食卓だった。
まだ、何もかもが元通りになったわけではない。
零無の処遇も決まっていない。
自分達がこれから何処へ向かうのかも、誰にも分からない。
それでも。
久しぶりに零無が作った夕食を、皆で囲んだ。
特別なことではない。
かつては当たり前だった、A組の日常。
零無はそんな食卓を見渡して、小さく息を吐いた。
「……全く。騒がしい連中だ」
その言葉に、上鳴が笑った。
「お前もその一人だろ!」
零無は僅かに眉を寄せる。
「……不本意だな」
「そこは否定すんなよ!」
再び、笑い声が上がった。
零無はそれ以上何も言わなかった。
ただ、その席を離れようともしなかった。