「正しい答え」 作:はい
雄英高校。
午前。
「……相澤先生」
廊下を歩いていた相澤が、横目で零無を見る。
「何だ」
「昨日の件ですが」
「エリか」
「……よく分かりましたね」
「他に心当たりがない」
「そうですか」
零無は少しだけ目を細めた。
「では、話が早いですね。何故、僕のところへエリを寄越したんです?」
「本人が行きたがったからだ」
「それは聞きました」
「なら何だ」
「先生は、僕がどういう立場にあるのか理解していますよね?」
「当然だろ」
「でしたら、なおさら理解出来ませんね」
零無は続けた。
「僕はAFOの内通者だった人間です。現在も監視と行動制限を受けている。そんな人間のところへ、幼い子供を会わせるのは不用心でしょう」
「安全確認はした」
「それで?」
「寮の監視体制は変わってねぇ。送迎の教師にも話は通してある」
「……」
「その上で許可した」
零無の眉が寄った。
「先生は、僕がエリに危害を加える可能性を考えなかったんですか?」
「考えた」
「なら――」
「問題ないと判断した」
即答だった。
零無は口を閉じた。
相澤は足を止める。
「金木。お前が自分を信用できない人間だと思ってるのは分かってる」
「……」
「だが、俺まで同じ判断をする必要はないだろ」
零無は数秒、相澤を見た。
「……随分と強引ですね」
「そうか?」
「ええ。そもそも、本人に何の相談もありませんでしたが」
「それは悪かった」
あっさりと認められた。
零無は僅かに眉を寄せる。
「……随分と素直ですね」
「間違ってた部分だからな」
「普段からそうしていただけると助かるんですが」
「お前もな」
「……」
相澤は再び歩き始めた。
零無も、その後に続く。
「それで、エリはどうだった」
「どう、とは?」
「勉強だ」
「ああ」
零無は少し考える。
「真面目でしたよ。理解も早い。以前より随分と出来ることが増えているようですね」
「そうか」
「ええ」
「楽しかったらしいぞ」
零無が顔を上げる。
「……そうですか」
「ああ。また教えてほしいって言ってた」
「それは本人から聞きました」
「なら話は早いな」
零無の目が細くなる。
「……先生」
「何だ」
「もう次の予定を立てるつもりですか?」
「嫌なのか」
「そういう話はしていません」
「ならいいだろ」
「……」
相澤は前を向いたまま続けた。
「エリが何をしたがるかまで、俺達が決める必要はねぇ」
零無は少し黙った。
「……それはそうですが」
「安全面は俺達が判断する。お前が嫌なら断ればいい」
「……」
「それだけだ」
零無は小さく息を吐いた。
「……全く」
相澤は何も言わなかった。
しばらくして。
「……先生」
「まだあるのか」
「次からは、事前に連絡してください」
「分かった」
「必ずですよ」
「しつこい」
「先生が不用心だからでしょう」
「……金木」
「何です?」
「着いたぞ」
零無が顔を上げた。
そこには、会議室の扉があった。
「……なるほど」
零無は小さく息を吐いた。
「随分と都合の良いタイミングですね」
「偶然だ」
「そういうことにしておきます」
相澤は返事をせず、扉を開けた。
◇
会議室には、既に何人かの人間が集まっていた。
根津。
塚内。
ホークス。
机の上には資料が並び、大型モニターには日本各地の地図が映し出されている。
「やあ、金木君」
根津が顔を上げた。
「来てくれたね」
「……ええ」
零無は室内を見渡す。
「随分と物々しいですね」
「そうだね」
根津は頷いた。
「今日は少し、今後の話をしようと思っているんだ」
零無の視線がモニターへ向く。
地図上には、複数の地点が記されていた。
「……最終決戦ですか」
塚内が頷く。
「ああ」
「僕に見せても構わないんですか?」
「必要な部分だけだ」
「……なるほど」
「君が持っている情報を、実際の作戦にどう生かせるか検討したい」
「それなら構いませんが」
零無は用意された椅子へ腰を下ろした。
相澤も隣に座る。
ホークスが少し笑った。
「随分あっさりしてるね」
「何がです?」
「もう少し嫌がるかと思ってた」
「情報を制限するのは当然でしょう。何か問題があります?」
「いや。助かるよ」
ホークスは机の上から二枚の資料を取り出した。
AFO。
そして、死柄木弔。
「まず、これを見て」
二枚の資料が、隣同士に並べられる。
「この二人を同じ戦場で相手にするのは、出来るだけ避けたい」
零無は頷いた。
「でしょうね」
「だから、分ける」
ホークスは二枚の資料を離した。
「他の敵も含めて、一度こちらの用意した場所へ誘い出す。そこから、それぞれ別の戦場へ移す。大まかには、そういう作戦を考えてる」
「……なるほど」
零無はモニターへ視線を向けた。
「移動手段は?」
「準備してる」
「転移系の個性ですか?」
ホークスが僅かに眉を上げる。
「そう考える?」
「離れた場所へ同時に移動させる必要があるんでしょう。それが有力だと思いますが」
「まあ、そうだね」
「ただ」
零無は二枚の資料を見た。
「移動させた先に、相手を倒せるだけの戦力が必要になりますね」
「そういうこと」
ホークスは頷いた。
「死柄木には死柄木を止められる人間。AFOにはAFOを止められる人間。それぞれ用意しなきゃならない」
「……」
「しかも、相手に気づかれないようにね」
零無は少し考えた。
「……それ以前に、敵が集まってくれる保証もありませんね」
「うん」
ホークスは笑った。
「そこが最初の問題なんだ」
塚内が口を開く。
「特にAFOだ。こちらが動いていることは、向こうも察しているはずだからな」
「でしょうね」
零無は頷いた。
「それで、僕を呼んだんですか」
ホークスが顔を上げる。
「話が早いね」
「以前の内通者ですからね。利用価値があると考えるのは自然でしょう」
「君自身はどう思う?」
「……難しいでしょうね」
即答だった。
ホークスが少し笑う。
「理由は?」
「僕の内通が発覚しているからです」
零無は資料へ視線を落とす。
「AFOがその事実を把握していないとは考えにくい。今更、僕から連絡したところで信用される保証はありません」
「そうだね」
「そもそも、以前の連絡経路が現在も機能しているのか不明でしょう」
塚内が頷く。
「ああ。復元出来た記録はあるが、今も同じ経路が使えるとは限らない」
「でしょうね」
零無は頷いた。
「なら、僕を使うことを前提に作戦を組むべきではありません」
ホークスは少しだけ目を細めた。
「随分と慎重だね」
「何がです?」
「君なら、もう少し積極的に自分を使うよう提案するかと思ってた」
零無は僅かに眉を寄せた。
「……成功する見込みが低いのに?」
「そう」
「何故です?」
「……いや」
ホークスは笑った。
「何でもない」
零無は少しだけ不満そうに見たが、それ以上追及しなかった。
ホークスは二枚の資料を重ねた。
「じゃあ、少し考えてみようか」
◇
「金木君」
ホークスが言った。
「例えば、君がAFOだったとして」
「……随分と嫌な仮定ですね」
「まあまあ」
ホークスは笑った。
「以前の内通者から、突然連絡が来たとする。雄英に捕まったはずなのに、また協力したいって言ってきた」
「……」
「信用する?」
「しませんね」
「だよね」
「少なくとも、何故そんな連絡をしてきたのかは疑うでしょう」
「うん。じゃあ、どうすれば信用すると思う?」
零無は少し考えた。
「……難しいですね」
「何故?」
「AFOが現在、僕をどう評価しているか分からないからです」
ホークスは頷いた。
零無は続ける。
「僕を再び利用する価値があると考えているのか。それとも、既に不要な人間だと判断しているのか。そこから不明です」
「なるほどね」
「それに、僕が何を伝えたところで、本人が直接確認する必要はないでしょう。別の手段で情報だけ得られれば、それで済む」
塚内が頷いた。
「確かにな」
ホークスは少し考えた。
「じゃあ、君が絶対に断れない理由があったら?」
零無の視線が動く。
「……何の話です?」
「AFOは以前、君をどうやって従わせていた?」
零無は答えなかった。
ホークスも、すぐには続きを口にしない。
数秒。
「……透ですか」
零無が言った。
ホークスは頷いた。
「君がもう一度AFOへ協力するとしたら、理由としては一番分かりやすい」
「……」
「例えば、彼女が危険な状況にあると伝わったら?」
「却下です」
返答は早かった。
ホークスは少しだけ笑った。
「まだ提案したわけじゃないよ」
「提案する前に断っただけですが」
「理由は?」
零無はホークスを見た。
「僕を利用するために透を危険へ晒す必要があるなら、その作戦から僕を外してください」
「危険がないとしたら?」
「どうやって保証するんです?」
ホークスは黙った。
零無は続ける。
「そもそも、僕がAFOの要求を受け入れた理由を、AFO自身が知っているんですよ。そんな状況を再現すれば、こちらの意図を疑われるでしょう」
「……」
「仮に騙せたとしても、今度は僕が冷静に判断出来るか分からない」
ホークスの笑みが、僅かに薄くなった。
「自分でもそう思う?」
「ええ」
零無は頷いた。
「以前と同じ状況になれば、同じ判断をする可能性はあります。少なくとも、ないとは言い切れません」
少し間を置く。
「そんな人間を作戦の中心に置くべきではないでしょう」
塚内が腕を組んだ。
根津は黙って二人のやり取りを見ている。
ホークスは、やがて小さく息を吐いた。
「……そっか」
「何です?」
「いや。そこまで分かってるならいい」
「……試したんですか?」
「少しね」
零無の目が細くなる。
「……随分と趣味の悪い確認ですね」
「否定しないよ」
ホークスはあっさり答えた。
「でも、AFOならもっと嫌なやり方をしてくると思う」
零無は黙った。
「君が何を守りたいか知ってる。どうすれば言うことを聞くかも知ってる。そういう相手なんでしょ?」
「……ええ」
「だから、先に確認しておきたかった」
ホークスは机の上の資料を指した。
「君を利用するつもりで誘い出したら、逆にこちらが利用される。そんなことになったら目も当てられないからね」
零無は少し考えた。
「……その可能性は、以前から説明していますが」
「うん。聞いてる」
「なら――」
「でも、実際に君がどう反応するかは別でしょ?」
零無は口を閉じた。
ホークスは小さく笑った。
「そういうこと」
零無は数秒、彼を見た。
それから。
「……全く」
呆れたように息を吐いた。
相澤が口を開く。
「話は済んだか」
「ひとまずは」
ホークスが答えた。
「金木君を誘導に使うのは、今のところ難しいね」
根津が頷く。
「そうだね」
「別の方法も考えてはいるけど、まだ足りないものが多い」
ホークスはモニターへ目を向けた。
「相手にこちらの情報を信じさせる方法。それから、実際にAFOを動かす理由」
零無は頷いた。
「両方必要ですね」
「そう」
ホークスは言った。
「例えば、嘘をつかせずに相手へ話をさせる方法はないか。あるいは、敵が無視できない状況を作れないか」
零無は少し考えた。
「……心操ですか?」
相澤の目が僅かに動いた。
「何故そう思った」
「以前から、洗脳の運用について研究していたでしょう。本人の意思とは別に喋らせられるなら、使い道はあると思いますが」
「……可能性はある」
相澤は短く答えた。
「ただ、それでAFOを騙せるかは別だ」
「でしょうね」
零無は頷いた。
「彼がどうやって嘘を見抜いているのかも、分かっていませんから」
ホークスが口を開く。
「そうなんだよね」
少しだけ、笑みを薄くする。
「本人の言葉を聞いて判断してるのか。それとも、別の手段があるのか。そこを間違えると、最初から見抜かれる」
「ええ」
「だから、誘導についてはまだ決められない」
ホークスは資料を閉じた。
「そこは、俺達の宿題かな」
零無は少しだけ首を傾げた。
「……僕は?」
「今のところ、君に出来ることは少ないね」
「そうですか」
「不満?」
「いえ。出来ないことを無理にやる必要はないでしょう」
「そうだね」
ホークスは笑った。
「そこは同感」
根津が口を開く。
「では、誘導については引き続き検討しよう」
「ええ」
塚内が頷いた。
「別の情報源も含めて確認する必要があるな」
「そうだね」
根津はモニターへ目を向けた。
「次は、戦力配置について話そうか」
◇
「AFOとの戦闘については、エンデヴァーさんと俺を中心に考えてる」
ホークスが言った。
地図上には、複数の戦闘候補地点が表示されている。
零無はそれを見た。
「……ホークスもですか」
「うん」
「以前の負傷は?」
「万全じゃないね」
ホークスはあっさり答えた。
「でも、出来ることはある。エンデヴァーさんとの連携も取れるし」
「……なるほど」
零無は頷いた。
「ただ、AFOの保有個性が分からない以上、戦力としての相性までは判断出来ませんね」
「そこが厄介なんだよね」
ホークスが頷く。
「相手が何を持ってるか分からない。しかも、一つとは限らない」
零無は資料へ視線を落とした。
「でしょうね」
「だから、予備の戦力も必要になる」
そこで塚内が別の資料を取り出した。
金木零無。
個性の運用記録。
昨日、新たに作成されたものだった。
「君の個性も、候補として考えている」
「……なるほど」
零無は頷いた。
ホークスが口を開く。
「正直、戦力としてはかなり魅力的だと思ってる」
「そうですか」
「ただし」
ホークスは資料を指した。
「これがAFOのものになったら、困るんだよね」
零無は頷いた。
「否定しません」
「だから、簡単には前線へ出せない」
「でしょうね」
ホークスは少し考えた。
「……随分あっさりしてるね」
「何がです?」
「自分が戦力として使えないかもしれないのに」
「僕を使うことで被害が増えるなら、使わない方がいいでしょう」
「……なるほど」
零無は資料を見る。
「ただ、一つ確認しても?」
「何?」
「AFOが僕の個性を奪うことについて、どういう状況を想定しているんです?」
ホークスが僅かに眉を上げる。
「……どういう意味?」
「そのままの意味ですよ」
零無は続けた。
「AFOが僕に触れれば危険だ、という話は理解しています。ですが、その『触れる』というのは、具体的に何を指しているんですか?」
塚内が顔を上げた。
「……奪取の条件についてか?」
「ええ」
零無は頷いた。
「以前から、少し気になっていたんです」
ホークスが腕を組んだ。
「……聞こうか」
零無は机の上の資料へ視線を落とした。
「例えば、セメントス先生の個性です」
相澤が顔を上げる。
「……セメントス?」
「ええ」
零無は頷いた。
「セメントス先生は、コンクリートを操ることが出来ますよね」
「ああ」
「では、彼が動かしているコンクリートにAFOが触れた場合、個性を奪えると思いますか?」
塚内が少し考えた。
「……いや」
ホークスも首を横へ振る。
「それはないんじゃないかな」
「理由は?」
「コンクリートは本人の身体じゃないからね」
零無は頷いた。
「そうですね」
少し間を置く。
「では、エンデヴァーの炎は?」
ホークスが目を細める。
「……炎?」
「ええ」
零無は彼を見る。
「AFOが炎に触れた場合、エンデヴァーの個性を奪えると思いますか?」
ホークスは少し考えた。
「……それも違うと思う」
「理由は?」
「本人じゃなくて、個性で出した炎だからね」
「ええ」
零無は頷いた。
「僕も、そう考えています」
塚内が資料へ目を落とす。
「つまり、個性によって生じたものに触れるだけでは、本人の個性を奪えない可能性があると?」
「可能性というより、そうでなければ説明しづらいことが多いでしょう」
零無は答えた。
「仮に炎へ触れただけで奪えるのであれば、AFOは相手の身体へ接近する必要がありません」
「……」
「敵が攻撃してきたものへ触れれば済む。ですが、少なくとも僕が知る限り、そういう奪い方をしたという話は聞いたことがありません」
ホークスは頷いた。
「確かにね」
「もちろん、知らないだけという可能性もありますが」
「そこは分けて考えよう」
ホークスは資料へ視線を落とした。
「今のところ、個性を奪うには本人へ触れる必要がある。そう考えるのが自然だね」
「ええ」
零無は頷いた。
「ただし」
少しだけ間を置く。
「その本人、というのが問題なんです」
ホークスが顔を上げた。
「……なるほど」
視線が、零無の資料へ移る。
「君の個性の話か」
「ええ」
零無は頷いた。
「僕の個性は、生体組織を生成する能力です」
相澤が腕を組む。
「昨日も確認したな」
「はい」
零無は自分の右手へ視線を落とした。
「ただ、普通の腕や脚とは仕組みが違います」
塚内が顔を上げる。
「どういうことだ?」
「例えば」
零無は、机の上に置かれていたペンを手に取った。
「普通の人間の腕は、腕そのものが伸びたり縮んだりするわけではありませんよね」
「……そうだな」
「ですが、僕の個性は違う」
零無はペンを机へ戻した。
「根元から新しい組織を作り、先端では古い組織を消していく。そうやって、形を維持しています」
ホークスが少し考えた。
「……つまり?」
「一本の組織が、そのまま伸び続けているわけではないということです」
零無は答えた。
「見た目には同じものが伸びているように見えても、実際には絶えず作り直されている」
塚内が資料を見る。
「……昨日の実演でも、随分と自在に形を変えていたな」
「ええ」
零無は頷いた。
「通常の肉体とは、かなり性質が違うでしょう」
ホークスが口を開いた。
「ちょっと待って」
「何でしょう」
「形を維持してる間も、ずっと作り直してるんだよね?」
「ええ」
「じゃあ、例えば先端を掴まれたら?」
「必要がなければ、その部分を消すだけですね」
「……なるほど」
ホークスは少し考えた。
「掴まれたものを、そのまま残しておく必要はないわけだ」
「そうです」
「相手が引っ張ったとしても?」
「同じですね」
零無は頷いた。
「もっとも、それだけで全ての拘束から逃れられるわけではありませんが」
「だろうね」
ホークスは資料へ目を落とした。
「……で、君が気になってるのは」
「ええ」
零無が頷く。
「僕の生体組織にAFOが触れた場合、どうなるのか」
会議室が静かになった。
塚内は、改めて資料を確認する。
「……君自身の身体ではなく、生成した組織に触れた場合か」
「そうです」
「それなら、先ほどの炎と同じように考えられるんじゃないか?」
零無は首を横へ振った。
「そこが分からないんです」
「……?」
「炎やコンクリートとは違って、僕が作るものは生体組織です」
零無は続けた。
「しかも、身体から伸びている。完全に切り離されたものとは違います」
ホークスが頷く。
「……確かに」
「AFOの個性が、それを僕の身体の一部として扱うのか。それとも、僕の個性によって作られたものとして扱うのか」
零無は資料を見る。
「その違いで、結果が変わる可能性があります」
塚内が少し考えた。
「君自身は、どう考えている?」
「……後者ではないかと思っています」
「理由は?」
「先ほど説明した通りです」
零無は答えた。
「僕が生成したものは、通常の肉体とは違う。形を維持している間も、組織そのものは入れ替わっています」
「……」
「それを身体の一部として扱うより、個性によって作り出されたものとして扱う方が自然だと思いますが」
ホークスが頷く。
「……理屈は分かる」
「ええ」
「でも、確かめたことはないんだよね?」
「当然でしょう」
零無は即答した。
「AFOに触れさせて確認するわけにはいきませんから」
ホークスが小さく笑った。
「それは困るね」
「ええ」
「失敗したら、もう一度試すことも出来ない」
零無は頷いた。
「ですから、安全だと断定するつもりはありません」
根津が口を開いた。
「つまり、現時点では二つの可能性があるということだね」
「ええ」
零無は頷いた。
「生成した組織に触れられるだけで個性を奪われるのか。それとも、僕自身の身体に触れられる必要があるのか」
「……」
「そこが分からない以上、僕の個性をどう使うかも慎重に考える必要があります」
ホークスは腕を組んだ。
「……そうだね」
少し間を置く。
「でも、一つ気になるな」
「何でしょう」
「君の考えが正しかったとして、AFOがそのことを知らなかったら?」
零無は少し考えた。
「……どういう意味です?」
ホークスは机の上に手を置いた。
「例えば、AFOが君の生体組織を掴んだとする」
「ええ」
「本人に触れなくても個性を奪えると思ってたら、そこで奪おうとするかもしれない」
「……そうですね」
「でも、奪えなかったら?」
零無は少し考えた。
「……僕自身を狙うでしょうね」
「そう」
ホークスは頷いた。
「じゃあ、最初から奪えないと知ってたら?」
「……」
「その時は、最初から君の身体を狙ってくる」
零無は黙った。
ホークスは続ける。
「どっちにしても、君自身に接近される危険はあるわけだ」
「……そうですね」
零無は頷いた。
「それは否定しません」
塚内が口を開いた。
「なら、生成した組織に触れられても個性を奪われないと仮定しても、危険がなくなるわけではないな」
「ええ」
零無は答えた。
「そもそも、AFOが個性を奪うことだけを考えているとも限りません」
ホークスが僅かに目を細める。
「……というと?」
「僕を倒すだけなら、個性を奪う必要はないでしょう」
「……」
「身体へ直接触れずとも、攻撃する手段はあるはずです。少なくとも、僕の知っているAFOはそういう人間でした」
ホークスは、しばらく零無を見ていた。
それから。
「……なるほどね」
小さく息を吐いた。
「確かに、その通りだ」
相澤が口を開く。
「要するに、分からねぇってことだろ」
零無が横を見る。
「……身も蓋もありませんね」
「違うのか」
「いえ」
零無は少し考えた。
「……結論としては正しいですね」
「ならいい」
「ただ、考察すること自体には意味があるでしょう」
「ああ」
相澤は頷いた。
「だから聞いてる」
零無は少し黙った。
そして。
「……そうですか」
短く答えた。
ホークスが小さく笑った。
◇
「じゃあ、一度整理しようか」
根津が言った。
「まず、AFOは他人の個性を奪える。ただし、どのような接触が必要なのか、その全てが分かっているわけではない」
塚内が頷いた。
「そうだな」
「そして、金木君の個性で作られたものが、奪取の対象になるかどうかも不明だ」
「ええ」
零無が頷いた。
根津は続ける。
「なら、今はどう扱うべきだと思う?」
ホークスが答えた。
「危険があるものとして扱うべきでしょうね」
「そうだね」
根津は頷いた。
「ただし、奪われない可能性があることも忘れない」
零無が顔を上げる。
「……どういう意味です?」
「君の個性の使い方を考える時、役に立つかもしれないということだよ」
根津は資料を指した。
「例えば、君の身体をAFOへ近づけずに攻撃出来るなら、それ自体に意味がある」
「……そうですね」
「生成した組織に触れられても個性を奪われないのであれば、さらに有利になる可能性もある」
「ええ」
「ただし、それはまだ分からない」
零無は頷いた。
「その通りです」
ホークスが口を開く。
「だから、今の段階で君にAFOとの直接戦闘を任せるつもりはないよ」
零無はそちらを見る。
「……でしょうね」
「でも、全く使えないとも思ってない」
ホークスは資料を指した。
「後方での支援。負傷者の救助。撤退する味方の援護。そういう役割なら、君の個性はかなり役に立つはずだから」
零無は少し考えた。
「……それは、確かに」
「ただし、全部任せるつもりはないよ」
「当然でしょう」
零無は頷いた。
「僕一人で全てを担当するのであれば、最初から戦力配置を考える意味がありませんから」
ホークスが笑った。
「そうだね」
「ですから、優先順位を決めるべきでしょう」
「うん」
ホークスは地図へ目を向けた。
「まず、後方で待機してもらう」
「ええ」
「前線に問題が起きた場合、必要に応じて救援へ向かってもらう。ただし、AFOへ接近する場合は別途判断する」
「……なるほど」
「それなら、最初から君をAFOの前へ出す必要はない」
零無は頷いた。
「妥当だと思います」
塚内が資料へ目を落とした。
「問題は、前線が崩れた場合だな」
零無が顔を上げる。
「……そうですね」
「仮にエンデヴァーとホークスが戦闘不能になった場合、AFOを止められる人間は限られる」
「ええ」
「その時、君を投入する可能性はある」
零無は少し考えた。
「……それは構いませんが」
ホークスが口を開いた。
「簡単に言うね」
零無がそちらを見る。
「何がです?」
「相手はAFOだよ」
「知っています」
「君の個性を奪われるかもしれない」
「ええ」
「それでも構わない?」
零無は少し考えた。
「……状況によります」
ホークスが腕を組む。
「じゃあ、例えば」
零無の前へ、一枚の資料を滑らせた。
「俺とエンデヴァーさんが戦闘不能。AFOはまだ動ける。君は後方にいて、援軍の到着には時間がかかる」
「……」
「その時、どうする?」
零無は資料を見る。
「……AFOは何をしています?」
「前線を突破しようとしてる」
「何処へ?」
「分からない」
「目的は?」
「不明」
「こちらの残存戦力は?」
「君だけ、としておこうか」
零無は数秒、ホークスを見た。
「……随分と都合の悪い状況ですね」
「そうだね」
ホークスは笑った。
「でも、戦場じゃ起こり得るでしょ?」
「否定しません」
零無は少し考えた。
「……撤退は?」
「可能だとする」
「なら、まず撤退を検討します」
ホークスが僅かに眉を上げた。
「……へえ」
零無は続ける。
「僕が単独でAFOと交戦することには、相応の危険があります。援軍が来る見込みもないのであれば、無理に留まる理由はないでしょう」
「なるほど」
「ただし」
零無は顔を上げた。
「AFOがこのまま前進すれば、避難民や他の戦線に被害が及ぶ可能性があるんですよね?」
ホークスの笑みが、少しだけ薄くなった。
「……そうだね」
「なら、話は別です」
会議室が静かになる。
零無は地図を指した。
「AFOを通すことで生じる被害と、僕が交戦する危険を比較する必要があります」
塚内が口を開く。
「その結果、交戦が必要だと判断したら?」
「対応するでしょうね」
「一人でも?」
「他に誰もいないという前提なら、そうなるでしょう」
零無は平然と答えた。
ホークスは、しばらく零無を見ていた。
それから。
「……なるほどね」
小さく息を吐いた。
「やっぱり、そこなんだ」
「……何がです?」
「君、最初から死ぬつもりでいるわけじゃないんだね」
零無の眉が寄る。
「当然でしょう」
「でも、必要だと判断したら、その危険を受け入れる」
「ええ」
「そこは変わらない」
零無は少し考えた。
「……何か問題があります?」
ホークスは答えなかった。
代わりに、相澤が口を開く。
「ある」
零無が隣を見る。
「……先生」
「お前が一人で判断することだ」
零無は黙った。
相澤は続ける。
「戦場で必要な判断はある。そこまで否定するつもりはねぇ」
「……」
「だが、お前が一人で何とか出来ると思ったからって、勝手に全部背負うのは認めねぇ」
零無は少し考えた。
「……僕が一人で判断することを認めないのであれば、現場での行動が遅れる可能性がありますよ」
「分かってる」
「なら――」
「だから、判断基準を先に決める」
零無が口を閉じた。
相澤は資料を指す。
「どの段階で交戦する。何処まで対応する。どの条件を満たせば撤退する。それを決めておけばいい」
「……なるほど」
零無は少し考えた。
「……それなら、反対する理由はありませんね」
相澤は頷いた。
「そうか」
ホークスが小さく笑った。
「助かるよ。ここで『自分一人で十分です』なんて言われたら、どうしようかと思ってた」
零無の眉が寄る。
「……僕を何だと思っているんです?」
「放っておくと、勝手に無理する子?」
「……随分な評価ですね」
「根拠はあると思うけど」
「是非聞きたいですね」
「昨日までの話、最初からやり直す?」
「……結構です」
ホークスが小さく笑った。
相澤は呆れたように息を吐いた。
◇
その後も、会議は続いた。
AFOを誘い出す方法。
敵を別々の戦場へ移動させる方法。
それぞれの戦場へ配置する戦力。
決めなければならないことは、まだ多い。
ただ、少なくとも零無については、一つの方向性が見えていた。
参加を認める場合は、後方の予備戦力。
AFOとの直接戦闘は、最初から任せない。
そして、参加そのものについては、まだ決定しない。
「……金木君」
根津が口を開いた。
「一つ、確認しておきたい」
零無の眉が僅かに寄る。
「……まだあるんですか」
根津が楽しそうに笑う。
「本当に最後だよ」
「その言葉は、あまり信用していません」
ホークスが小さく吹き出した。
相澤は呆れたように息を吐く。
「聞くだけ聞け」
「……はい」
根津は笑みを残したまま尋ねた。
「君は、最終決戦への参加が認められなかった場合、その判断に従えるかい?」
零無は少し考えた。
「……基本的には」
「基本的には?」
「判断に必要な情報が不足していると思えば、確認くらいはしますよ」
根津は頷いた。
「もちろん、それは構わない」
「なら、従います」
「分かった」
根津は小さく笑った。
「ただし、参加を認める場合も、一つ忘れないでほしい」
「何でしょう」
「君を戦わせるのは、罪を償わせるためじゃない」
零無は黙った。
根津は続ける。
「必要な役割があるからだ。君が危険を冒すことで、過去の行為が帳消しになるわけではない」
「……理解しています」
「うん」
根津は頷いた。
「その上で、君が生きて帰ることも作戦の一部だと思ってほしい」
零無は少し考えた。
「……それは、当然では?」
根津の耳が動いた。
「そうかな?」
「ええ」
零無は答えた。
「僕が戦力として参加するのであれば、作戦終了後も戦力として残る方が合理的でしょう。僕が戦闘不能になれば、その分の負担が他の人間に回る」
「……」
「ですから、出来る限り生存を優先するべきだとは思っていますよ」
ホークスが零無を見る。
「……出来る限り、ね」
「ええ」
「そこは譲らないんだ」
零無は少し考えた。
「……状況によっては、誰かが危険を引き受ける必要もあるでしょう」
「それはそうだね」
ホークスは頷いた。
「でも、その役を君が最初から引き受ける必要はない」
零無は黙った。
ホークスは続ける。
「俺達は、作戦で誰が何をするか決めるために集まってるんだ。君一人に判断を任せるためじゃない」
「……」
「だから、参加するならそこは守ってもらうよ」
零無は少し考えた。
「……分かりました」
根津が頷く。
「うん。それならいい」
相澤が立ち上がった。
「行くぞ」
「はい」
零無も椅子から立ち上がった。
二人は会議室を出ていった。
◇
扉が閉まる。
しばらく、室内は静かだった。
やがてホークスが資料を手に取った。
「……難しいですね」
塚内が顔を上げる。
「金木君のことか?」
「ええ」
ホークスは資料を捲った。
「戦力としては魅力的です。昨日確認した個性の運用も、AFO相手に一定の効果は期待出来ると思います」
「……そうだな」
「ただ、奪われた時のことを考えると、簡単には出せない」
塚内が頷いた。
「本人も理解しているようだったが」
「ええ」
ホークスは少し考えた。
「むしろ、本人が理解しているからこそ難しい部分もありますね」
根津が口を開く。
「どういうことだい?」
「金木君、自分の危険を計算に入れてるんですよ」
「……」
「その上で、必要なら受け入れる。別に死にたがってるわけじゃない。むしろ、生き残る方が合理的だと考えてる」
ホークスは資料へ目を落とした。
「ただ、それでも、誰かを守るために必要だと思えば、危険を引き受けるでしょうね」
根津が頷いた。
「そうだね」
「それに」
ホークスは一枚の資料を抜き出した。
「今日の話で、もう一つ気になったことがあります」
塚内が見る。
「何だ?」
「AFOが、金木君の個性をどこまで知っているかです」
「……」
「俺達は昨日、かなり詳しく確認しました。でも、AFOが同じ情報を持っているとは限らない」
塚内が頷いた。
「確かに」
「逆に、俺達が知らないことをAFOが知っている可能性もある」
ホークスは資料を閉じた。
「だから、相手がどう出てくるか分からないんですよね」
根津は少し考えた。
「その不確かさを前提に、作戦を立てる必要があるね」
「ええ」
ホークスは頷いた。
「それと、個性を奪う条件についても、本人の推測だけでは判断出来ません」
「……そうだな」
塚内が答えた。
「なら、金木君を前線へ出す場合は、相当慎重に考える必要がある」
「ええ」
ホークスは小さく息を吐いた。
「ただ、考え方は面白かったですね」
「何がだ?」
「普通なら、身体から伸びているものは身体の一部だと思う。でも、あの子はそこを疑っていた」
ホークスは少し笑った。
「自分の個性なのに、随分と冷静に考えてる」
根津が頷く。
「自分の能力を、出来るだけ客観的に見ようとしているんだろうね」
「でしょうね」
「けれど、それだけじゃないと思うよ」
根津の言葉に、ホークスが顔を上げた。
「というと?」
「金木君は、自分が出来ることと、出来ないことを分けて考えている。少なくとも、そうしようとはしているんだ」
「……ああ」
ホークスは頷いた。
「確かに、そこは徹底してますね」
「自分がAFOの計画を知らないことも、個性を奪われる条件が分からないことも、隠そうとはしなかった」
塚内が言った。
「そうだな。事情聴取でも同じだった」
「ええ」
ホークスは資料を机へ置いた。
「……だから、つい忘れそうになるんですよね」
根津が首を傾げた。
「何をだい?」
「年齢ですよ」
ホークスは少しだけ苦笑した。
「話してると、相手が高校生だってことを忘れそうになる」
塚内が顔を上げた。
「……ああ」
「こっちが聞いたことには筋道立てて答えるし、知らないことは知らないって言う。自分に都合の悪い話でも、必要だと思えば普通に認める」
ホークスは指先で資料を軽く叩いた。
「気づいたら、同じ立場で作戦を考えてるような気になってるんですよ」
塚内は少し考えた。
「……言われてみれば、分からなくもないな」
「でしょ?」
ホークスは笑った。
「でも、まだ一年生なんですよね。雄英の」
その言葉に、塚内は机の上の資料へ視線を落とした。
書類には、金木零無の名前とともに、年齢や在籍する学年が記載されている。
「……そうだな」
短く答えた。
ホークスは椅子の背へ身体を預けた。
「しかも、普通の高校生が経験しなくていいことまで経験してる」
「……」
「それで、ああいう考え方になったんでしょうけど」
ホークスは少しだけ目を細めた。
「だからって、何でも任せていい理由にはならないんですよね」
根津が頷いた。
「その通りだよ」
ホークスは資料を見た。
「戦力として評価すると、つい忘れそうになる。あれだけの個性を持っていて、あれだけ状況を理解しているなら、多少の無理は任せられるんじゃないかって」
少し間を置く。
「……でも、それじゃ駄目なんでしょうね」
塚内が頷いた。
「ああ。能力があることと、責任を負わせていいことは別だ」
「そうですね」
ホークスは小さく笑った。
「そこは、大人の仕事か」
根津は二人のやり取りを聞いていた。
そして。
「そもそも、金木君はまだ僕達の生徒だからね」
そう言った。
「今回の件で彼がしたことは、決して軽いものではない。責任を問われるべき部分もあるだろう」
「……」
「けれど、それと彼を守る必要があるかどうかは別の話だよ」
ホークスが頷いた。
「ええ」
根津は資料を閉じた。
「少なくとも、彼が自分の年齢を忘れてしまうことまで、僕達が許してはいけないね」
少しの沈黙。
やがてホークスが、いつものように軽く笑った。
「……いやあ、本当に難しいですね」
「簡単なら、君達を集めていないよ」
根津が答える。
「それもそうですね」
ホークスは肩を竦めた。
それから、机の上に並んだ二枚の資料へ目を向けた。
AFO。
金木零無。
「……まあ、まずはこっちですね」
一枚目の資料を指す。
「AFOをどう引っ張り出すか。そこが決まらなきゃ、金木君をどうするか以前の問題ですから」
塚内が頷いた。
「そうだな」
根津もモニターへ目を向けた。
「では、続けようか」
会議は、再び動き始めた。
◇
廊下。
零無は、相澤の少し後ろを歩いていた。
しばらく無言が続く。
やがて。
「……金木」
相澤が口を開いた。
「はい」
「お前、本当に参加するつもりか」
零無は少し考えた。
「必要なら」
「そうじゃねぇ」
「では?」
相澤は前を向いたまま答えた。
「お前自身は、どうしたい」
零無は黙った。
少しして。
「……参加したいとは思っていますよ」
「理由は?」
「先ほど説明したでしょう」
「俺にも聞かせろ」
零無は相澤を見る。
「……先生も会議にいたでしょう」
「聞いてた」
「なら、何故?」
「もう一度聞きたいからだ」
零無は小さく息を吐いた。
「……随分と面倒ですね」
「お前に言われたくねぇ」
「最近、皆さんそればかりですね」
「事実だからな」
零無は少し黙った。
それから。
「……AFOを止めたいからです」
そう答えた。
相澤は何も言わなかった。
零無は続ける。
「僕が何をしたかと、AFOを止める必要があるかどうかは別でしょう」
「そうだな」
「僕は彼について知っていることがある。戦力として役に立つ部分もあるでしょう」
「……それだけか」
零無は少し考えた。
「……何か不足しています?」
相澤は横目で零無を見た。
「別に」
「なら、聞かないでください」
「そうか」
二人は廊下を進む。
少しして。
相澤が言った。
「金木」
「はい」
「生きて帰れよ」
零無は顔を上げた。
相澤は前を向いたままだった。
「……随分と簡単に言いますね」
「簡単じゃねぇよ」
「でしょうね」
「だから言ってる」
零無は少し考えた。
「……努力はします」
「努力だけじゃ足りねぇ」
「では、どう答えれば納得するんです?」
相澤は零無を見る。
「……お前な」
「質問に答えてください」
「勝手に自分の命を勘定から外すな。それだけだ」
零無は黙った。
少しして。
「……善処します」
短く答えた。
相澤は呆れたように息を吐く。
「それも聞いた」
「他に答えようがありません」
「……そうか」
二人は再び歩き始めた。
その先には、中庭が見えていた。
訓練を終えた生徒達が、何人か戻ってきている。
零無は、そちらへ一度だけ視線を向けた。
以前なら、自分もそこにいた。
同じ訓練を受け。
同じように疲れ。
くだらない話をしながら寮へ戻っていただろう。
今は、少し違う。
だが。
以前と全く別の場所へ来てしまったわけでもなかった。
「……先生」
「何だ」
零無は少し考えた。
「仮に僕の参加が認められなかったとしても、情報提供は続けます。それで構いませんよね?」
相澤は頷いた。
「必要ならな」
「そうですか」
零無は小さく息を吐いた。
「なら、問題ありません」
相澤が横を見る。
「……本当にそれでいいのか」
「何がです?」
「戦えなくても、納得するのか」
零無は少し考えた。
「……別に」
そう答えた。
「AFOを止める方法が、僕自身の戦闘参加である必要はないでしょう」
相澤は黙った。
それから。
「……そうだな」
短く答えた。
零無は、それ以上何も言わなかった。
ただ。
もし、自分が戦場へ出ることになったなら。
その時、何をするべきなのか。
それについては、既に考え始めていた。