正しい答え 作:はい
雄英高校。
午後。
会議室の扉を開けると、零無は少しだけ眉を上げた。
前回より、人が増えている。
根津、塚内、相澤、ホークス。
そこまでは予想していた。
だが、今日は緑谷に加え、見慣れた金髪の生徒と、紫色の髪をした生徒まで座っている。
さらに、正面の大型モニターにはエンデヴァーとベストジーニストの姿があった。
「……随分と大人数ですね」
「やあ、金木君」
根津が顔を上げる。
「今日は最終確認だからね」
「最終確認?」
「ああ。前回話した作戦の具体的な内容が決まったんだ。君にも確認しておいてもらいたくてね」
零無は室内を見渡した。
「……なるほど」
視線が、金髪の生徒で止まる。
「まさか物間まで参加するとは思いませんでしたが」
「おや!」
物間寧人が大袈裟に顔を上げた。
「これはこれは。元A組の問題児君じゃないか!」
「……」
「いやあ、ようやくA組以外の生徒にも脚光が当たる時代が来たというわけだね! もっとも、君の場合は少々事情が違うようだけど!」
「物間」
隣に立っていたブラドキングが低い声で制した。
「……分かっていますよ」
物間は肩を竦める。
「別に、喧嘩を売っているわけではありません」
「十分売っていただろう」
「そんな! 少々事実を述べただけですよ!」
零無はその様子を見ていた。
それから。
「……相変わらずだな、物間。少し安心した」
「何だい、その反応は!」
「いや。元気そうで何よりだと思ってな」
「君にだけは言われたくないね!」
相澤が溜息を吐く。
「始めるぞ。座れ」
「はい」
零無は空いている椅子へ腰を下ろした。
隣には緑谷が座っている。
「……金木君」
「何だ、緑谷」
「体調、大丈夫?」
「問題ない。何故?」
「いや、最近ずっと会議とか事情聴取とか続いてたから」
「大した負担じゃない。昨日も十分に休んだ」
「……そっか。それなら良かった」
零無は机の上へ視線を向ける。
資料は数枚。
前回の会議とは違い、それぞれ具体的な役割や手順が記されていた。
「……もう、ここまで決まったんですね」
「ああ」
塚内が答えた。
「細かい配置は直前まで調整するが、作戦の骨組みはこれで決定だ」
零無は頷いた。
「分かりました。では、お願いします」
◇
「まず、前回の会議で残っていた問題から話そうか」
ホークスが口を開いた。
モニターへ映し出されたのは、一枚の地図だった。
「AFOをどうやってこちらの用意した場所へ誘い出すか。そこが一番の問題だった」
「ええ。僕を使う方法についても話しましたが、あまり現実的ではないという結論になりましたね」
「そう。君の内通が発覚している以上、もう一度信用させるのは難しい」
ホークスは地図の一点を指した。
「だから、別の方法を取る」
「……ほう」
「緑谷君に囮になってもらう」
零無の視線が、隣へ向く。
緑谷は驚かなかった。
既に説明を受けているらしい。
「……なるほど。ワン・フォー・オールを利用するわけですか」
「そういうこと」
ホークスが頷く。
「AFOが確実に欲しがっているものだからね」
「確かに。しかし、緑谷本人を使うとなれば危険も大きいでしょう」
「分かってるよ」
ホークスはあっさり認めた。
「だから、緑谷君自身にも確認した」
零無は隣を見る。
「君は納得しているのか?」
「うん」
緑谷は頷いた。
「僕はやるよ」
「……」
「もちろん、一人でAFOと戦うつもりじゃない。皆で決めた作戦だから」
零無は数秒、緑谷を見た。
それから資料へ視線を戻す。
「……そうか。なら、僕から言うことはない」
以前なら、別の言葉を返していたかもしれない。
だが、緑谷は既に一度、一人で全てを背負おうとしている。
その結果、何が起こったのかも理解しているはずだった。
ホークスが説明を続ける。
「緑谷君には、雄英の外へ出てもらう。敵が自分達の情報網で居場所を掴めるようにするんだ」
「こちらから直接連絡するわけではない、と」
「うん。元内通者から怪しい連絡が来るよりは自然でしょ?」
「それはそうでしょうが……」
零無は腕を組んだ。
「少々露骨では?」
ホークスが笑う。
「やっぱり、そう思う?」
「ええ。厳重に保護していたワン・フォー・オールの継承者が、突然雄英の外へ出てくる。偶然と考えるには都合が良すぎます」
「そうだね」
「しかも、敵に発見されることを前提にしている。AFOが疑わないとは考えにくい」
零無はホークスを見る。
「彼が欲しがるものを見せれば、必ず飛びつくと?」
「いや。そんな都合の良い話だとは思ってないよ」
ホークスは首を横へ振った。
「罠だと疑われることは承知してる。だから、緑谷君が本当にそこにいると確認出来る状況を作るんだ」
「……本人だと確認出来れば、危険を冒してでも動く可能性がある」
「そういうこと」
ホークスが頷いた。
「こちらに罠があると分かっていても、向こうには欲しいものがある。問題は、その危険をどこまで許容するかだね」
「……なるほど」
零無は少し考えた。
「ただ、AFOが別の人間だけを送り込む可能性もありますね」
「当然あるよ」
「本人が現れなかった場合は?」
「緑谷君を撤収させる。敵の出方を見て、次の機会を探す」
ホークスは資料を指した。
「何が何でも今回の囮で決着をつける、というつもりはない」
零無は頷いた。
「それなら理解出来ます」
そこで塚内が口を開いた。
「ただし、敵がこちらの想定以上の戦力を投入してきた場合は、即座に計画を切り替える」
「……どういう意味です?」
「AFOが死柄木や敵連合の主力を伴って現れる可能性がある」
零無は資料を見た。
「……そうですね。彼らが別々に行動するとは限らない」
「だからこそ、敵を分ける手段が必要になる」
ホークスが頷いた。
「そこが次の話だね」
モニターの画面が切り替わった。
映し出されたのは、大きな仮設施設の設計図だった。
「仮設要塞、トロイア」
ホークスが説明する。
「敵がまとまって現れた場合、こちらのヒーローを投入して交戦を始める。その後、敵をこの施設の区画に閉じ込め、別々の戦場へ移す」
零無は図面を見る。
建物の内部は幾つもの区画に分かれていた。
「……なるほど。倒すためではなく、分断するための施設ですか」
「そうだよ」
根津が答えた。
「AFOと死柄木、それに他の主力まで同じ場所で相手にするのは、あまりに危険だからね」
「同感です。ただ……」
零無は図面の一角を指した。
「ここで敵を閉じ込めたとしても、移動させる前に脱出される可能性はあるでしょう」
「あるよ」
根津は頷いた。
「だから、閉じ込める時間は可能な限り短くする」
「……つまり、転移を使う」
零無が顔を上げる。
「前回も聞きましたが、その準備が整ったわけですね」
「そういうこと!」
横から、待ちかねたような声が上がった。
零無がそちらを見る。
物間が、実に満足そうな顔で腕を組んでいた。
「フフフ……! ようやく僕の出番というわけだ!」
「……なるほど。君か」
「何だい、その反応は!」
「転移を扱える人間が必要だとは思っていたが、君が担当するとは予想していなかった」
「残念ながら、今は僕以外に適任がいないのさ!」
物間は胸を張った。
「僕の個性は『コピー』。触れた相手の個性を、一時的に使うことが出来る」
「知っている」
「最後まで聞きたまえ!」
零無は小さく息を吐いた。
物間は続ける。
「今回、僕が借りるのは黒霧の『ワープゲート』だ」
零無の表情が僅かに変わった。
「……黒霧の?」
「ああ。セントラル病院に収容されている彼から個性をコピーする。そうすれば、離れた戦場へ人間を移動させられる」
零無は少し考えた。
「……なるほど。あの個性なら、一度に複数の人間を移動させることも可能でしょうね」
「そういうことだよ!」
「だが、実際に扱えるのか?」
物間の目が細くなる。
「……ほう?」
「黒霧の個性は、移動先を正確に把握する必要がある。コピー出来たとしても、同じように使える保証はないだろう」
「フフ……!」
物間は笑った。
「君にも、その程度のことは分かるようだね!」
「……質問に答えてほしいんだが」
「当然、訓練は済ませているさ!」
物間は資料を叩いた。
「転移先の位置、ゲートの大きさ、維持する時間。全部確認した。僕が間違えれば味方が死ぬからね!」
そこだけは、いつもの芝居がかった調子ではなかった。
零無は少しだけ目を細めた。
「……そうか」
「ああ」
「なら、期待している」
物間が一瞬止まった。
「……は?」
「君が失敗すれば、作戦そのものが成立しないんだろう? ならば、期待するしかない」
「……」
「責任重大だな、物間」
物間は数秒、零無を見た。
それから。
「……君に言われると、妙に腹が立つね」
「何故?」
「何故だろうね!」
緑谷が小さく笑った。
相澤は呆れたように息を吐いたが、物間もそれ以上は何も言わなかった。
「……物間の役割は、それだけじゃねぇ」
相澤が口を開いた。
零無が顔を上げる。
「まだあるんですか?」
「ああ」
「随分と酷使しますね」
「必要だからな」
相澤は資料を指した。
「ワープゲートによる移送が終わったら、物間は雄英へ移動する。そこで俺の個性を使ってもらう」
零無は少し考えた。
「……抹消ですか」
「ああ」
相澤は頷いた。
「今の俺は、以前のように個性を使えねぇ」
その説明に、誰も口を挟まなかった。
相澤の負傷については、既に全員が知っている。
「だから、代わりに物間が使う」
モニターの地図が、雄英高校へ切り替わった。
「死柄木は、雄英の専用戦場へ送る。そこで個性を封じる」
零無は図面を見る。
「……なるほど。死柄木の個性を封じた上で、緑谷達が対応するわけですね」
「そうだ」
「しかし、物間のコピーには時間制限があるでしょう。長期戦になれば問題が生じませんか?」
「そこも考えてある」
相澤は頷いた。
「俺も近くで待機する。必要になれば、もう一度コピー出来るようにする」
「……なるほど」
零無は少し考えた。
「ただし、個性を封じている間も、物間自身が狙われる危険はありますね」
「当然だ」
相澤は即答した。
「だから、物間を守る役目の人間も配置する」
物間が大袈裟に肩を竦めた。
「いやあ、本当に無茶な要求ばかりだよ! 転移を成功させた上で、死柄木の個性まで封じろとは!」
「嫌なのか?」
ブラドキングが尋ねた。
「まさか!」
物間は即答した。
「そこまで頼られて、断るわけがないでしょう!」
零無は、そのやり取りを見ていた。
物間が優秀であることは知っている。
だが、普段はA組へ何かと突っかかってばかりいる男が、ここまで重要な役割を任されているのは少し意外だった。
もっとも、本人にしてみれば、ようやく自分の能力が正当に評価されたということなのだろう。
「……物間」
「何だい?」
「一つだけ」
「何かな?」
「緊張はしていないのか?」
物間が目を瞬かせた。
「……何だって?」
「今回の作戦は、君の個性に大きく依存している。失敗した場合の責任も、それだけ重いはずだ」
「……」
「随分と楽しそうに見えるから、少し気になった」
物間は数秒、零無を見た。
それから。
「……当然、緊張くらいしているさ」
そう答えた。
「でもね。僕の個性は、昔から他人がいなければ何も出来ない個性だと言われてきたんだ」
「……」
「その個性が、今回の作戦には必要なんだよ」
物間は、少しだけ笑った。
「だったら、僕がやらなくて誰がやるっていうんだい?」
零無は、その顔を見ていた。
そして。
「……なるほど」
小さく頷く。
「君らしい答えだな」
「当然だろう!」
物間は得意そうに笑った。
隣では、ブラドキングが満足そうに腕を組んでいた。
◇
「……ところで」
零無が資料を一枚めくった。
「心操の役割について聞いても?」
それまで静かに話を聞いていた心操人使が、顔を上げる。
「……俺?」
「ああ。君も今回の作戦に参加するんだろう?」
「そうだけど」
「何を任された?」
心操は少し考えた。
それから、相澤へ視線を向ける。
相澤が頷いた。
「話していい」
「……分かりました」
心操は資料を開いた。
「俺は、敵の連絡や情報確認を邪魔する役目だ」
零無は少しだけ目を細めた。
「……ほう」
「敵に見つからず近づく必要があるから、簡単じゃないけどな」
「具体的には?」
心操は机の上の資料を指した。
「俺の個性は『洗脳』。相手が俺の呼びかけに答えれば、そいつを操れる」
「ああ。知っている」
「今回は、その使い方を少し広げてる」
零無は腕を組んだ。
「ペルソナコードも使うわけか」
「そうだな」
心操は頷いた。
「敵の仲間の声に似せて呼びかければ、相手が答える可能性も高くなる」
「……なるほど」
零無は少し考えた。
「なら、敵の情報伝達を一時的に止めることも出来る」
「ああ。偵察に来た奴を足止めしたり、仲間への連絡を遅らせたりな」
「だが、相手が返事をしなければ成立しないだろう?」
「そうだよ」
心操はあっさり答えた。
「そこは変わらない。それに、何でも命令出来るわけじゃないしな」
零無は頷いた。
「作戦の成否を、君一人に任せるわけではないんだな」
「当然だろ」
心操は肩を竦めた。
「俺は、出来ることをやるだけだ」
「……そうか」
零無は少しだけ口元を緩めた。
その時。
「フフフ……!」
横から笑い声がした。
「実に素晴らしいじゃないか!」
物間だった。
「かつて敵向きだと言われた個性と、主役にはなれないと言われた個性! その二つが、今やヒーロー側の重要な戦力なんだからね!」
心操は少しだけ目を細めた。
「……別に、皮肉でも何でもないだろ」
「おや?」
「個性の使い方が変わっただけだ」
心操は答えた。
「誰のために使うかなんて、俺が決めることだし」
物間は一瞬黙った。
それから。
「……フッ」
小さく笑う。
「君も言うようになったじゃないか」
「……うるさいな」
「褒めているんだよ!」
「そうは聞こえないけど」
零無は二人のやり取りを見ていた。
自分と同じ年頃の生徒達が、最終決戦の重要な役割を任されている。
物間も心操も、失敗した場合の危険を理解しているはずだ。
それでも、自分に出来ることをしようとしている。
「……頼もしいな」
心操が顔を上げた。
「……何?」
「いや」
零無は頷いた。
「君達が味方で良かったと思っただけだ」
物間の目が僅かに細くなる。
「……随分と都合の良いことを言うじゃないか」
「そうだな」
零無はあっさり頷いた。
「今の僕が言うには、少々都合が良すぎるかもしれない」
「……」
「だが、嘘を言ったつもりもない」
物間は数秒、零無を見た。
それから。
「……君は本当に、面倒な男だね」
「そうか?」
「ああ!」
物間は腕を組んだ。
「君が何をしたかは知っている。だからといって、僕が君をどう評価するかまで、勝手に決めないでもらいたいね!」
零無は僅かに眉を上げた。
「……ほう」
「僕が言いたいのは、それだけさ」
零無は少し考えた。
それから、小さく笑った。
「……なるほど。失礼した」
「フン!」
物間は満足そうに頷いた。
「分かればいいんだよ!」
心操が呆れたように息を吐く。
「……ほんと、調子いいな」
「何とでも言いたまえ!」
物間は、いつものように笑った。
◇
「……続いて、戦力配置について確認する」
塚内が資料を一枚めくった。
モニターには、いくつもの地名が表示された。
雄英高校。
群訝山荘跡地。
神野区。
奥渡島。
それぞれ、離れた場所にある。
「敵を分断した後は、各戦場に配置した部隊で対応する。互いに合流されないことが最優先だ」
零無は地図を見た。
「死柄木は雄英。AFOは群訝山荘跡地、ですか」
「ああ」
ホークスが頷く。
「死柄木は緑谷君達、AFOはエンデヴァーさんと俺を中心に対応する。他の敵についても、それぞれの能力に合わせて部隊を組んでる」
「……なるほど」
零無は資料を確認した。
「ただ、物間が移動した後の転移は?」
「原則として、期待しない」
塚内が答えた。
「敵を分断するための転移が終われば、物間君は死柄木への対応に移る。何度も転移を使わせるわけにはいかない」
「つまり、一度分断した後は、それぞれの戦場で決着をつける必要があるわけですね」
「そうだ」
零無は少し考えた。
「……随分と思い切りましたね」
「他に方法がない」
エンデヴァーが言った。
「奴らを一箇所に集めたまま戦えば、こちらが先に潰れる」
「ええ。それは理解しています」
零無は頷いた。
「問題は、分けた後ですね」
ホークスが顔を上げる。
「何か気になる?」
「想定より早く、どこかの戦線が崩れた場合です」
零無は資料を指した。
「例えば、死柄木を相手にする部隊が敗れたとしても、物間は他の戦場の援護には向かえないでしょう」
「そうだね」
「逆も同じです。AFOがエンデヴァー達を突破した場合、別の戦場からすぐに増援を呼べるとは限らない」
ホークスは頷いた。
「だから、各戦場に予備の戦力を置く」
「……なるほど」
「それと、撤退するための経路も用意する。最初の分断が成功したからって、必ず最後まで予定通りに進むとは思ってないよ」
零無は少し考えた。
「……なら、異論はありません」
「随分あっさりしてるね」
「何がです?」
「もう少し何か言われるかと思った」
「全ての危険をなくすことは出来ないでしょう」
零無は答えた。
「戦力差を考えれば、分断が必要なのは明らかです。多少問題があるとしても、僕に代案があるわけではありません」
ホークスは小さく笑った。
「そっか」
そこで、ベストジーニストが口を開いた。
「無論、戦場を分けたからといって連携がなくなるわけではない」
零無がモニターを見る。
「通信ですか」
「ああ。各部隊の状況は可能な限り共有する。撤退や救援についても、現場ごとの判断に任せきりにはしない」
「……分かりました」
「ただし、通信そのものが妨害される可能性もある」
ベストジーニストは続けた。
「その場合にどう動くかについても、事前に決めておく必要がある」
零無は頷いた。
「そうですね」
「そこで、君の配置についての話になる」
塚内が別の資料を取り出した。
金木零無。
記載されていたのは、前回の会議で話し合われた内容だった。
後方待機。
負傷者の救助。
撤退時の援護。
必要に応じた敵の足止め。
「君には、AFOと交戦する部隊の後方で待機してもらう方向で調整した」
零無は顔を上げた。
「……群訝ですか」
「ああ。ただし、最初から直接戦闘へ参加させるつもりはない」
ホークスが補足する。
「前線から離れた場所で、救援部隊と一緒に待機してもらう。戦闘が始まっても、まずは負傷者の救出や撤退の手伝いだ」
「……なるほど」
「必要になれば別の役割を任せることもあるけど、そこは現場の判断になる」
零無は少し考えた。
「僕の校外活動制限については、どういう扱いになります?」
「今回の作戦に限り、例外的に参加を認める方向で承認が下りた」
塚内が答えた。
「無条件ではない。決められた部隊の指揮下で行動してもらう」
「でしょうね」
「戦闘が終了すれば、元の制限に戻る。処分が決まったわけでもない」
「理解しています」
零無は頷いた。
「では、その条件で構いません」
ホークスが少しだけ目を細める。
「……君、意外と嬉しそうだね」
「そう見えますか?」
「少しね」
「気のせいでしょう」
零無は資料を閉じた。
「与えられた役割は果たすつもりですが、別に喜ぶような話でもありません」
「そう?」
「ええ」
零無はホークスを見る。
「僕を戦力として利用するのは合理的だと思います。ですが、それで過去の行為が帳消しになるわけでもないでしょう」
「……そうだね」
「何より、AFOに個性を奪われれば、かえって被害が増える可能性があります」
ホークスは頷いた。
「分かってるよ」
「なら結構です」
零無は小さく息を吐いた。
「僕も、そう簡単に奪われるつもりはありませんが」
「そうしてくれると助かるね」
ホークスは笑った。
「ただでさえ厄介な相手なのに、これ以上面倒な個性を増やされたら困る」
「……随分な言い方ですね」
「褒めてるんだよ」
「そうですか」
零無は少しだけ眉を寄せた。
「それなら、もう少し分かりやすい表現をお願いしたいものですが」
「注文が多いなあ」
緑谷が吹き出しかけた。
相澤は何も言わなかったが、僅かに呆れたような顔をしていた。
◇
会議も、終わりに近づいていた。
各戦場の担当者。
通信手段。
撤退の条件。
そして、作戦そのものが失敗した場合の対応。
確認するべきことは多かったが、前回とは違っていた。
既に決められた内容を、一つずつ確かめていく。
誰が何をするのか。
何が出来るのか。
そして、何をしてはいけないのか。
その違いは、零無にもよく分かった。
「……最後に」
根津が口を開いた。
「全員に確認しておきたい」
室内が静かになる。
「今回の作戦は、敵を全て倒せることを保証するものではない」
モニターには、最初に表示されていた地図が映し出されていた。
「分断に成功しても、それぞれの戦場で何が起こるかは分からない。逆に、敵が現れなければ作戦そのものを実行出来ない」
「……」
「それでも、今の我々に出来る準備としては、これが最善だと考えている」
誰も異論を挟まなかった。
根津は続ける。
「だからこそ、皆にはそれぞれの役割を果たしてほしい。自分の担当以外まで、一人で何とかしようとする必要はない」
零無は、その言葉を聞いていた。
前回の会議でも、似たことを言われた。
そして、それについては既に答えている。
「……金木君」
根津が呼んだ。
「はい」
「君も、それでいいね?」
零無は頷いた。
「ええ。異論はありません」
それから、少し考える。
「……ただ、一つ確認させてください」
根津が首を傾げた。
「何だい?」
「現場で、僕がAFOと交戦する必要が生じた場合についてです」
ホークスが顔を上げる。
零無は続ける。
「指示が届かない状況であれば、僕自身の判断で動いて構いませんか?」
相澤が口を開いた。
「指示が届く状況なら従え」
「当然です」
「届かねぇ場合は?」
「状況に応じて判断します」
「……」
「無論、撤退も選択肢に入れます。勝算のない戦いを好んでするつもりはありません」
相澤は、しばらく零無を見た。
それから。
「……分かった」
短く答えた。
ホークスが少し笑う。
「一応、前回の話は覚えてるみたいだね」
零無はそちらを見る。
「僕の記憶力を疑っているんですか?」
「いやいや」
ホークスは笑った。
「覚えてるのと、実際にやるのは別だからさ」
「……否定はしませんが」
「でしょ?」
零無は小さく息を吐いた。
「……全く」
根津が資料を閉じる。
「では、これで確認は終了だ」
その言葉を合図に、室内の空気が少し緩んだ。
塚内が資料を回収し、ブラドキングは物間へ何かを伝えている。
心操も席を立った。
モニター越しのエンデヴァーが、最後に口を開く。
「金木零無」
零無が顔を上げた。
「はい」
「お前が何をしたかは聞いている」
「……ええ」
「だが、戦場でそれを考えている余裕はない」
エンデヴァーは続けた。
「任された仕事をしろ。それだけだ」
零無は少し考えた。
「……承知しました」
短く頷く。
「そちらも、お気をつけて」
エンデヴァーはそれ以上何も言わなかった。
通信が切れる。
続いて、ベストジーニストも挨拶を済ませた。
零無は椅子から立ち上がった。
その時。
「……金木君」
隣から声がした。
緑谷だった。
「何だ?」
「一つだけ、いいかな」
「構わない」
緑谷は少し考えた。
「……さっき、物間君に期待してるって言ったよね」
「ああ」
「心操君にも」
「そうだな」
「……僕にも?」
零無は、少しだけ目を細めた。
「……何故そんなことを聞く?」
「いや……」
緑谷は少し困ったように笑った。
「君が今回の作戦をどう思ってるのか、ちゃんと聞いておきたくて」
零無は数秒、緑谷を見た。
それから。
「……期待している」
そう答えた。
緑谷の目が僅かに動く。
零無は続ける。
「君が死柄木をどうするつもりなのか、僕には全て分からない。AFOについても、僕の知っている情報だけでは判断出来ないことが多い」
「……うん」
「ただ、君がそれでも戦うと決めたことは知っている」
少し間を置く。
「それなら、僕から余計なことを言う必要もないだろう。期待している、緑谷」
緑谷は黙った。
やがて、小さく笑った。
「……そっか」
「ああ」
「ありがとう、金木君」
零無は僅かに眉を寄せた。
「礼を言われるようなことじゃないだろう」
「そうかな」
「そうだ」
緑谷は少しだけ笑った。
「……でも、嬉しいよ」
零無は、それ以上何も言わなかった。
二人は並んで、会議室を出た。
◇
夕方。
一年A組寮。
訓練を終えた生徒達が戻ってくる頃、零無は共有スペースで本を読んでいた。
正確には、開いていた。
同じページを、もう何分も見ている。
会議で確認した内容を、頭の中で整理していたからだ。
敵を誘い出す。
分断する。
各戦場で倒す。
作戦としては理解出来る。
成功すれば、敵の連携を断つことが出来る。
ただし、敵が必ずこちらの予想通りに動くわけではない。
AFO。
死柄木。
荼毘。
トガ。
スピナー。
それぞれが、自分の目的を持って動く。
少なくとも、零無が知っている限り、彼らはAFOの命令に無条件で従うような人間ばかりではなかった。
もっとも、そんなことは作戦を立てた人間達も承知しているだろう。
「……零無?」
聞き慣れた声がした。
零無が顔を上げる。
「……透か」
「うん!」
葉隠透が、ソファの向こうから顔を覗かせた。
もっとも、顔そのものは見えない。
制服の襟元と袖が動き、その位置に彼女がいることを教えてくれる。
「何してるの?」
「本を読んでいた」
「……ほんと?」
「何が?」
「だって、さっきから同じページじゃない?」
零無は本を見る。
確かに、開いたままのページは変わっていなかった。
「……よく見ているな」
「でしょ!」
透は得意そうに笑った。
声だけで分かる。
「隣、座っていい?」
「構わない」
「やった」
透はソファへ腰を下ろした。
制服のスカートが、零無の隣で形を変える。
しばらく、二人は何も言わなかった。
共有スペースの向こうでは、上鳴と瀬呂が何か話している。
芦戸の笑い声も聞こえた。
以前と比べれば、随分と賑やかな寮に戻った。
零無は本を閉じた。
「……訓練は終わったのか?」
「うん。今日は結構大変だったよ」
「そうか」
「零無は?」
「何が?」
「今日、また会議だったんでしょ?」
「ああ」
透は少しだけ身体を寄せた。
「……作戦、決まった?」
零無は頷いた。
「大まかにはな」
「そっか」
透は小さく息を吐いた。
それから。
「……零無も、参加するんだよね」
「ああ。許可は下りた」
「……やっぱり」
その声は、少しだけ複雑そうだった。
零無は彼女の方を見る。
「……不満か?」
「ううん」
透は首を横に振ったらしい。
襟元が左右へ揺れた。
「不満じゃないよ」
「そうか」
「……でも、心配」
零無は少し考えた。
「……そうだろうな」
「そこは否定しないんだ?」
「否定しても仕方がないだろう」
「いや、いつもの零無なら『心配する必要はない』とか言いそうだから」
「……」
零無は少しだけ眉を寄せた。
「それを言って、君が納得するのか?」
「しない!」
即答だった。
零無は小さく息を吐いた。
「なら、言う意味もない」
透が笑った。
「……ほんと、そういうとこ変わんないね」
「何が?」
「全部、ちゃんと理由がいるところ」
零無は少しだけ首を傾げた。
「理由がない方が困るだろう」
「……まあ、零無はそうだよね」
透は苦笑した。
その声を聞いて、零無も僅かに口元を緩めた。
◇
しばらくして、透が口を開いた。
「……ねえ、零無」
「何だ?」
「私の方も、配置が決まったんだ」
零無は顔を上げた。
「……そうか」
「うん。青山君達と一緒に、敵が残った場合の対応をすることになったよ」
「……なるほど」
零無は少し考えた。
「青山のレーザーを使うのか?」
「えっ」
透が驚いたように声を上げた。
「何で分かったの!?」
「君の個性との相性を考えれば、そう不思議な話でもないだろう」
「……あー、そっか」
透は少しだけ悔しそうだった。
「せっかく驚かせようと思ったのに!」
「それは残念だったな」
「もっとびっくりしてよ!」
「無理を言うな」
透は笑った。
それから、少しだけ得意そうに続ける。
「でもね、前よりずっと上手く出来るようになったんだよ」
「そうか」
「うん!」
透は手を持ち上げたらしい。
白い袖が、零無の前で揺れる。
「光を曲げるのも、前よりずっと上手くなったし。青山君ともいっぱい練習したから!」
零無は、その様子を見ていた。
「……頑張ったんだな」
「当然!」
透は胸を張ったようだった。
「私だってヒーロー科だもん!」
「ああ。知っている」
「あっ」
透が何かを思い出したように声を上げる。
「それとね、青山君が――」
そこで、少しだけ言葉を切った。
「……あ、これはまだ言っちゃ駄目かも」
零無は小さく笑った。
「なら、言わなくていい」
「……ごめん」
「謝る必要はない」
零無はあっさり答えた。
「僕が知らなくても困らない話なら、教えない方がいい」
透は少し黙った。
それから。
「……そういう考え方、まだちょっと嫌い」
零無は彼女を見る。
「……そうか」
「うん」
透は頷いた。
「ちゃんとしてるのは分かるんだけどね」
「……」
「でも、たまには普通に『教えてほしい』って言ってもいいんだよ?」
零無は少し考えた。
「君が訓練で何をしているかは、今聞いたじゃないか」
「うん」
「それ以上、無理に聞き出す必要もないだろう」
「……そっか」
透は少しだけ笑った。
「まあ、それならいいや」
零無は彼女の方を見る。
「……透」
「ん?」
「訓練で怪我はしていないか?」
「してないよ!」
「そうか」
少しの沈黙。
それから、透が笑い出した。
「……あはは!」
零無の眉が寄る。
「何だ?」
「いや、やっぱり零無だなって!」
「どういう意味だ?」
「それ、前からずっと聞いてたじゃん!」
零無は少し考えた。
「……そうだったな」
「そうだよ!」
透は笑った。
「今日は誰といた、何時に帰る、怪我してないか、一人で帰るなって!」
「……」
「あの頃、すっごくうるさかったんだから!」
零無は黙った。
かつて、彼女の安全を確かめるために、何度も繰り返した質問だった。
そして、その裏にあった理由を、透は今では知っている。
零無は少しだけ目を伏せた。
「……悪かったな」
透の笑い声が止まった。
「……え?」
「何だ?」
「……謝るんだ」
「迷惑だったんだろう?」
「……まあ、そうだけど」
透は少し考えた。
それから。
「……でも」
声が、少しだけ柔らかくなった。
「今は、ちょっと嬉しいかな」
零無は彼女を見る。
「……そうか」
「うん」
透は頷いた。
「零無が心配してくれるのは、嫌じゃないよ」
少し間を置く。
「……私が自分で決めたことまで、止められなければね」
零無は小さく息を吐いた。
「……分かっている」
「ほんと?」
「ああ」
「じゃあ、よし!」
透は満足そうに笑った。
零無は、その様子を見ていた。
本当に、よく笑う。
以前からそうだった。
何でもないことで笑う。
少しくだらないことでも、楽しそうにする。
そして、気に入らないことがあれば、遠慮なく文句を言う。
零無は、そんな彼女を昔から見てきた。
その全てが、今も変わらず好きだった。
◇
「……ねえ」
透が、少しだけ声を落とした。
「零無」
「何だ?」
「……怖くない?」
零無は顔を上げた。
「……何が?」
「戦争」
透は続けた。
「AFOと、また会うかもしれないんでしょ?」
零無は少し考えた。
「……可能性はある」
「うん」
「ただ、最初から直接戦う予定ではない」
「……そっか」
透は小さく頷いた。
「でも、可能性はあるんだよね」
「そうだな」
二人の間に、少しだけ沈黙が流れた。
零無は、何と答えるべきか考えた。
怖い。
その感覚が、全くないわけではない。
死ぬ可能性もある。
個性を奪われる可能性もある。
AFOが何をしてくるのか、完全には分からない。
ただ、それらは以前から理解していたことだった。
「……怖くない、と言えば嘘になるな」
零無は答えた。
透が、少しだけ動いた。
「……そっか」
「ああ」
「零無でも、怖いんだ」
「当然だろう」
零無は僅かに眉を寄せた。
「僕を何だと思っているんだ?」
「えー?」
透は少し考えるような声を出した。
「……すごく頭が良くて、何でも出来て、なのに自分のことは全然分かってない人?」
「……」
零無は黙った。
透が笑う。
「あはは! 今のは冗談!」
「……そうか」
「半分くらい!」
「……透」
「ごめんごめん!」
透は楽しそうに笑った。
零無は小さく息を吐く。
「……全く」
だが、不思議と嫌な気分にはならなかった。
昔からそうだった。
透と話していると、どうにも調子が狂う。
考えていたことを先回りされる。
意図しないところで笑われる。
そして、時々、自分が何を考えていたのかさえ、どうでもよくなってしまう。
「……でもさ」
透が、再び口を開いた。
「私も怖いよ」
零無は彼女を見る。
「……そうか」
「うん」
透は頷いた。
「死柄木も、AFOも、すっごく強いんでしょ?」
「ああ」
「他の敵だって、何をしてくるか分からないし」
「そうだな」
「……でも」
透は少しだけ背筋を伸ばしたようだった。
「それでも、戦うよ」
零無は黙った。
「だって、ヒーローになりたくて雄英に来たんだもん」
「……」
「怖いからって、何もしないのは嫌だし」
透は続ける。
「私にも出来ることがあるなら、ちゃんとやりたい」
零無は、しばらく彼女を見ていた。
そして。
「……そうか」
静かに頷いた。
「君らしいな」
透は少しだけ笑った。
「……でしょ?」
「ああ」
「……零無」
「何だ?」
「私、ちゃんと強くなったんだよ」
零無の目が僅かに動く。
透は続ける。
「昔みたいに、何にも出来ないわけじゃないから」
「……」
「だから、私のことも信じてね」
零無は少し考えた。
自分にとって、透は何よりも大切な人間だった。
それは、今も変わらない。
彼女が危険な目に遭うのは嫌だ。
出来ることなら、戦場へ出てほしくないとさえ思う。
だが、彼女自身がそう望んでいないことも知っている。
何度も話した。
そして、その度に、自分の考えを突き付けられた。
零無は静かに息を吐いた。
「……信じている」
そう答えた。
透は黙った。
零無は続ける。
「君が何も出来ないなんて、思っていない」
「……」
「雄英へ入ってから、随分と強くなっただろう」
透の袖が、少しだけ揺れた。
「……見てたの?」
零無は少しだけ眉を寄せた。
「同じクラスだったんだ。見ていないわけがないだろう」
「……そっか」
透は嬉しそうに笑った。
「そっかぁ……」
零無は、そんな彼女を見ていた。
そして、少し考えてから付け加える。
「……ただし」
「あっ」
透が声を上げた。
「出た!」
「……何が?」
「零無の『ただし』!」
「……」
「絶対、何か言うと思った!」
零無は僅かに眉を寄せる。
「まだ何も言っていないんだが」
「どうせ『無理はするな』とかでしょ?」
「……」
「ほら!」
透が笑った。
零無は小さく息を吐いた。
「……分かっているなら、言う必要もなさそうだな」
「あはは!」
透は、しばらく笑っていた。
零無も、少しだけ口元を緩めた。
◇
やがて、共有スペースにいた生徒達が、それぞれの部屋へ戻り始めた。
上鳴と瀬呂の声が遠ざかる。
芦戸も、明日の訓練がどうだとか言いながら階段を上っていった。
気づけば、残っているのは二人だけになっていた。
窓の外は、もう暗い。
零無は時計を見た。
「……そろそろ戻った方がいいんじゃないか?」
透が首を傾げた。
「……零無は?」
「僕はもう少しここにいる」
「じゃあ、私も」
即答だった。
零無は彼女を見る。
「……何故?」
「一緒にいたいから」
あまりにも自然な返答だった。
零無は少しだけ黙った。
透が笑う。
「……何その反応!」
「いや」
零無は小さく息を吐いた。
「……君らしいと思ってな」
「そう?」
「ああ」
透は満足そうに頷いた。
二人は、しばらく窓の外を眺めていた。
遠くでは、雄英を守るための設備が動いている。
工事の音。
巡回するヒーロー達。
校舎の向こうには、避難民の暮らす場所がある。
かつての雄英とは、随分と違っていた。
だが、今はそれが日常だった。
「……ねえ、零無」
透が口を開いた。
「何だ?」
「戦争が終わったらさ」
零無は彼女を見る。
「……ああ」
「一緒に買い物行こうよ」
「……買い物?」
「うん!」
透は楽しそうに続ける。
「最近、全然外に出られないじゃん。お店だって閉まってるところ多いし」
「……そうだな」
「だから、落ち着いたら!」
零無は少し考えた。
「……何を買うんだ?」
「えー、色々!」
「具体的には?」
「服とか、雑貨とか、美味しいものとか!」
「……範囲が広すぎないか?」
「いいの!」
透は笑った。
「そういうのは、行ってから決めるの!」
零無は小さく息を吐いた。
「……全く」
「で、どう?」
「何が?」
「一緒に行ってくれる?」
零無は少し考えた。
「……僕の処分がどうなるか、まだ分からないぞ」
透は少し黙った。
それから。
「……知ってるよ」
そう答えた。
零無は彼女を見る。
透は続ける。
「戦争が終わったら、すぐに普通の生活へ戻れるとは思ってない」
「……」
「零無のことも、まだ全部終わってないし」
その声は、少しだけ真面目だった。
「……でも」
透は顔を上げる。
「だからって、何にも約束しちゃ駄目ってことじゃないでしょ?」
零無は黙った。
透は続ける。
「すぐに行けなかったら、行けるようになるまで待てばいいし」
「……」
「それでも無理だったら、別のこと考える!」
零無は、少しだけ目を細めた。
「……随分と気の長い話だな」
「そう?」
「ああ」
「いいじゃん」
透は笑った。
「どうせ、零無とは長い付き合いなんだから」
零無は、その言葉を聞いていた。
長い付き合い。
確かに、そうだった。
中学の頃から、ずっと一緒にいた。
それ以前のことまで含めれば、自分の人生の中で彼女と過ごした時間は随分と長い。
そして、これから先もそうであるとは限らない。
自分が何をしたか。
その結果がどうなるのか。
まだ分からないことは多かった。
だが、透はそれを知った上で、未来の話をしている。
「……透」
「ん?」
零無は少し考えた。
「……本当に、それでいいのか?」
透は、少しだけ笑った。
「……零無」
「何だ?」
「私、まだ怒ってるからね」
零無は黙った。
透は続ける。
「零無が何も言ってくれなかったことも。私達を裏切ったことも」
「……ああ」
「それは、まだ忘れてないよ」
「そうだな」
「……でも」
透は、少しだけ声を柔らかくした。
「それと、一緒に買い物へ行きたいのは、別だから」
零無は、静かに目を伏せた。
つい最近、似たようなことを別の人間から聞いた。
小さな少女。
エリ。
彼女も、同じようなことを言っていた。
悪いことをしたと思う。
でも、一緒にいて楽しかった。
両方、本当だと。
零無は、少しだけ息を吐いた。
「……そうか」
それから。
「ああ。分かった」
そう答えた。
透が顔を上げる。
「……じゃあ!」
「行こう」
零無は頷いた。
「戦争が終わって、僕が自由に動けるようになったらな」
「……!」
透が嬉しそうに笑った。
「約束だよ!」
「ああ」
「絶対だからね!」
「……状況によるとは思うが」
「あー!」
透が声を上げた。
「そういうこと言う!」
「事実だろう」
「そうだけど!」
透は、少しだけ考えた。
それから。
「……じゃあ、約束を変える」
零無は首を傾げた。
「……何に?」
「戦争が終わったら、まず二人でご飯食べよう」
「……ご飯?」
「うん!」
透は頷いた。
「零無の作ったやつ!」
零無は少しだけ眉を上げた。
「……それなら、いつも食べているだろう」
「そうだけど!」
透は笑った。
「戦争が終わってから食べるのは、また別じゃん!」
「……そういうものか?」
「そういうもの!」
零無は少し考えた。
それから。
「……分かった」
そう答えた。
透が嬉しそうに頷いた。
「やった!」
零無は、少しだけ口元を緩めた。
「……何が食べたい?」
「え?」
「その時の献立だ」
透は少し驚いたようだった。
それから、楽しそうに考え始める。
「……うーん」
零無は続きを待った。
「カレーもいいし、ハンバーグもいいし……」
「……」
「でも、零無の豚汁も好きなんだよね!」
「……決まらないな」
「だって、いっぱいあるんだもん!」
透は笑った。
「零無が作ってくれるなら、何でもいいよ!」
「……それが一番困るんだが」
「あはは!」
零無は小さく息を吐いた。
だが、それでも献立を考えるのは嫌いではなかった。
むしろ、好きだった。
誰かに食べてもらうために料理を作る。
喜んでもらえるように、少し工夫をする。
母に教えてもらったことを思い出す。
エリと一緒に作ったおにぎりも、まだ記憶に新しかった。
「……なら」
零無が口を開いた。
透が顔を上げる。
「ん?」
「その時、君が食べたいものを作ろう」
透は、少しだけ黙った。
それから。
「……うん!」
嬉しそうに頷いた。
「楽しみにしてる!」
零無も頷いた。
「ああ」
少し間を置く。
「……僕もだ」
透が、ぴたりと止まった。
「……え?」
零無は彼女を見る。
「何だ?」
「……今、何て?」
「僕も楽しみにしていると言ったんだが」
「……」
「聞こえなかったのか?」
透は数秒、黙った。
それから。
「……ううん」
小さく答えた。
「聞こえた」
零無は少しだけ首を傾げた。
「……そうか」
透は、しばらく何も言わなかった。
やがて。
「……零無」
「何だ?」
「……絶対、帰ってきてね」
その声は、先ほどまでとは少し違っていた。
明るくも、軽くもない。
ただ、真っ直ぐだった。
零無は、彼女を見る。
「……透」
「うん」
零無は少し考えた。
必ず生きて帰る。
そんな保証はない。
それは透だって分かっているはずだ。
戦争へ行く。
相手はAFO。
自分が何を出来るのかも、最後まで分からない。
だが、だからといって、今、彼女に何も言わない理由にはならなかった。
「……ああ」
零無は頷いた。
「帰るつもりだ」
透は、少しだけ黙った。
「……ほんと?」
「ああ」
「……自分のことも、ちゃんと考えてくれる?」
零無は小さく息を吐いた。
「……努力する」
「そこは、まだそれなんだ」
透が少しだけ笑った。
「ああ」
零無は頷いた。
「だが」
少しだけ間を置く。
「君とご飯を食べる約束をしたからな」
透は黙った。
零無は続けた。
「出来ることなら、守りたいと思っている」
その言葉に、透は少しだけ息を呑んだ。
それから。
「……うん」
小さく頷いた。
「……私も」
零無は彼女を見る。
「……何だ?」
「私も、ちゃんと帰ってくる」
透は続ける。
「だから、待っててね」
零無は少し考えた。
「……ああ」
そして。
「待っている」
そう答えた。
◇
その後、二人はしばらく他愛もない話をした。
今日の訓練のこと。
上鳴がまた何か失敗したこと。
青山が随分と張り切っていたこと。
それから、エリと一緒におにぎりを作ったこと。
「あっ、それ聞きたかった!」
透が嬉しそうに声を上げた。
「エリちゃん、どうだった?」
「楽しそうだったな」
「へえ!」
「最初は少し苦戦していたが、すぐに上手くなった」
「……いいなあ」
透は少しだけ羨ましそうだった。
「私も一緒に作りたかった!」
「なら、今度やるか?」
「……え?」
「君も料理をしたいんだろう?」
透は少し黙った。
それから。
「……あはは!」
声を上げて笑った。
零無の眉が寄る。
「……何だ?」
「いや、何でもない!」
「……?」
「……ほんと」
透は、少しだけ声を柔らかくした。
「零無、変わんないなって」
零無は少し考えた。
「……そうか?」
「うん!」
透は笑った。
「そういうところ、大好き!」
零無は黙った。
少しして。
「……そうか」
短く答える。
透が笑う。
「そこで『そうか』なの!?」
「他に何と答えればいいんだ?」
「もうちょっと何かあるでしょ!」
零無は少し考えた。
それから。
「……僕も好きだ、透」
そう答えた。
透が止まった。
数秒。
「……っ!」
制服の袖が、慌ただしく動いた。
「ちょ、ちょっと!」
「何だ?」
「急にそういうこと言わないでよ!」
零無の眉が寄る。
「……君が言ったんだろう?」
「そうだけど!」
「なら、何が問題なんだ?」
「……もう!」
透は、どうにも困ったような声を出した。
零無は彼女を見る。
昔から、こんなやり取りは何度もしてきた。
違うのは、今では互いにその言葉の意味を知っていることだった。
透はしばらく黙っていたが、やがて小さく笑った。
「……ほんと、ずるい」
零無は少しだけ首を傾げた。
「……何が?」
「教えない!」
「……そうか」
「またそれ!」
透が笑う。
零無も、僅かに口元を緩めた。
◇
夜。
そろそろ消灯時間が近づいていた。
透は立ち上がる。
「……じゃあ、私そろそろ戻るね」
「ああ」
零無も立ち上がった。
「明日も訓練があるんだろう?」
「うん!」
「なら、早く休んだ方がいい」
「……零無もね」
「分かっている」
「ほんとかなあ」
透は少しだけ笑った。
それから、階段へ向かいかける。
その途中で、足を止めた。
「……零無」
零無が顔を上げる。
「何だ?」
透は少しだけ迷ったようだった。
それから、彼の方へ戻ってくる。
袖が動いた。
次の瞬間、零無の手がそっと握られた。
姿は見えない。
けれど、触れた手の温かさは、確かにそこにあった。
「……透?」
「……ねえ」
透が、小さく口を開いた。
「戦争が終わっても、すぐには全部元通りにならないと思う」
零無は黙った。
「零無のことも、どうなるか分からないし」
「……ああ」
「でも」
透は、彼の手を少しだけ強く握った。
「私、これからも零無と色んなことしたいよ」
零無は彼女を見る。
透は続けた。
「ご飯食べたり、買い物行ったり、また学校でくだらない話したり」
「……」
「まだ、やりたいこといっぱいあるから」
零無は、しばらく何も言わなかった。
手の中にある温かさを感じていた。
それから。
「……そうだな」
静かに答えた。
「僕も、まだ君とやりたいことがある」
透の手が、僅かに動いた。
「……ほんと?」
「ああ」
零無は頷いた。
「だから、そのためにも帰ってくるつもりだ」
透は、しばらく黙っていた。
やがて。
「……うん」
小さく答えた。
そして、零無の手を離した。
「……じゃあ、おやすみ!」
「ああ。おやすみ、透」
透は、少しだけ名残惜しそうにしながら階段を上っていった。
零無は、その後ろ姿を見送った。
やがて、共有スペースには誰もいなくなった。
窓の外では、雄英の警備灯が静かに光っている。
最終決戦。
敵を分断する作戦。
AFO。
自分が戦場で何をすることになるのか、まだ分からない。
それでも、今日一つだけ決まったことがあった。
戦争が終わったら、透とご飯を食べる。
それだけの約束だった。
零無は、手元に残っていた本を閉じた。
そして、ふと考える。
……何を作ろうか。
カレー。
ハンバーグ。
豚汁。
彼女が好きなものは、幾らでも思いつく。
今すぐ決める必要はない。
その時、彼女に聞けばいい。
零無は、少しだけ口元を緩めた。