正しい答え   作:はい

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プロローグに描写を追加しました。


第19話

 

 

 

雄英高校。

 

午後。

 

会議室の扉を開けると、零無は少しだけ眉を上げた。

 

前回より、人が増えている。

 

根津、塚内、相澤、ホークス。

 

そこまでは予想していた。

 

だが、今日は緑谷に加え、見慣れた金髪の生徒と、紫色の髪をした生徒まで座っている。

 

さらに、正面の大型モニターにはエンデヴァーとベストジーニストの姿があった。

 

「……随分と大人数ですね」

 

「やあ、金木君」

 

根津が顔を上げる。

 

「今日は最終確認だからね」

 

「最終確認?」

 

「ああ。前回話した作戦の具体的な内容が決まったんだ。君にも確認しておいてもらいたくてね」

 

零無は室内を見渡した。

 

「……なるほど」

 

視線が、金髪の生徒で止まる。

 

「まさか物間まで参加するとは思いませんでしたが」

 

「おや!」

 

物間寧人が大袈裟に顔を上げた。

 

「これはこれは。元A組の問題児君じゃないか!」

 

「……」

 

「いやあ、ようやくA組以外の生徒にも脚光が当たる時代が来たというわけだね! もっとも、君の場合は少々事情が違うようだけど!」

 

「物間」

 

隣に立っていたブラドキングが低い声で制した。

 

「……分かっていますよ」

 

物間は肩を竦める。

 

「別に、喧嘩を売っているわけではありません」

 

「十分売っていただろう」

 

「そんな! 少々事実を述べただけですよ!」

 

零無はその様子を見ていた。

 

それから。

 

「……相変わらずだな、物間。少し安心した」

 

「何だい、その反応は!」

 

「いや。元気そうで何よりだと思ってな」

 

「君にだけは言われたくないね!」

 

相澤が溜息を吐く。

 

「始めるぞ。座れ」

 

「はい」

 

零無は空いている椅子へ腰を下ろした。

 

隣には緑谷が座っている。

 

「……金木君」

 

「何だ、緑谷」

 

「体調、大丈夫?」

 

「問題ない。何故?」

 

「いや、最近ずっと会議とか事情聴取とか続いてたから」

 

「大した負担じゃない。昨日も十分に休んだ」

 

「……そっか。それなら良かった」

 

零無は机の上へ視線を向ける。

 

資料は数枚。

 

前回の会議とは違い、それぞれ具体的な役割や手順が記されていた。

 

「……もう、ここまで決まったんですね」

 

「ああ」

 

塚内が答えた。

 

「細かい配置は直前まで調整するが、作戦の骨組みはこれで決定だ」

 

零無は頷いた。

 

「分かりました。では、お願いします」

 

     ◇

 

「まず、前回の会議で残っていた問題から話そうか」

 

ホークスが口を開いた。

 

モニターへ映し出されたのは、一枚の地図だった。

 

「AFOをどうやってこちらの用意した場所へ誘い出すか。そこが一番の問題だった」

 

「ええ。僕を使う方法についても話しましたが、あまり現実的ではないという結論になりましたね」

 

「そう。君の内通が発覚している以上、もう一度信用させるのは難しい」

 

ホークスは地図の一点を指した。

 

「だから、別の方法を取る」

 

「……ほう」

 

「緑谷君に囮になってもらう」

 

零無の視線が、隣へ向く。

 

緑谷は驚かなかった。

 

既に説明を受けているらしい。

 

「……なるほど。ワン・フォー・オールを利用するわけですか」

 

「そういうこと」

 

ホークスが頷く。

 

「AFOが確実に欲しがっているものだからね」

 

「確かに。しかし、緑谷本人を使うとなれば危険も大きいでしょう」

 

「分かってるよ」

 

ホークスはあっさり認めた。

 

「だから、緑谷君自身にも確認した」

 

零無は隣を見る。

 

「君は納得しているのか?」

 

「うん」

 

緑谷は頷いた。

 

「僕はやるよ」

 

「……」

 

「もちろん、一人でAFOと戦うつもりじゃない。皆で決めた作戦だから」

 

零無は数秒、緑谷を見た。

 

それから資料へ視線を戻す。

 

「……そうか。なら、僕から言うことはない」

 

以前なら、別の言葉を返していたかもしれない。

 

だが、緑谷は既に一度、一人で全てを背負おうとしている。

 

その結果、何が起こったのかも理解しているはずだった。

 

ホークスが説明を続ける。

 

「緑谷君には、雄英の外へ出てもらう。敵が自分達の情報網で居場所を掴めるようにするんだ」

 

「こちらから直接連絡するわけではない、と」

 

「うん。元内通者から怪しい連絡が来るよりは自然でしょ?」

 

「それはそうでしょうが……」

 

零無は腕を組んだ。

 

「少々露骨では?」

 

ホークスが笑う。

 

「やっぱり、そう思う?」

 

「ええ。厳重に保護していたワン・フォー・オールの継承者が、突然雄英の外へ出てくる。偶然と考えるには都合が良すぎます」

 

「そうだね」

 

「しかも、敵に発見されることを前提にしている。AFOが疑わないとは考えにくい」

 

零無はホークスを見る。

 

「彼が欲しがるものを見せれば、必ず飛びつくと?」

 

「いや。そんな都合の良い話だとは思ってないよ」

 

ホークスは首を横へ振った。

 

「罠だと疑われることは承知してる。だから、緑谷君が本当にそこにいると確認出来る状況を作るんだ」

 

「……本人だと確認出来れば、危険を冒してでも動く可能性がある」

 

「そういうこと」

 

ホークスが頷いた。

 

「こちらに罠があると分かっていても、向こうには欲しいものがある。問題は、その危険をどこまで許容するかだね」

 

「……なるほど」

 

零無は少し考えた。

 

「ただ、AFOが別の人間だけを送り込む可能性もありますね」

 

「当然あるよ」

 

「本人が現れなかった場合は?」

 

「緑谷君を撤収させる。敵の出方を見て、次の機会を探す」

 

ホークスは資料を指した。

 

「何が何でも今回の囮で決着をつける、というつもりはない」

 

零無は頷いた。

 

「それなら理解出来ます」

 

そこで塚内が口を開いた。

 

「ただし、敵がこちらの想定以上の戦力を投入してきた場合は、即座に計画を切り替える」

 

「……どういう意味です?」

 

「AFOが死柄木や敵連合の主力を伴って現れる可能性がある」

 

零無は資料を見た。

 

「……そうですね。彼らが別々に行動するとは限らない」

 

「だからこそ、敵を分ける手段が必要になる」

 

ホークスが頷いた。

 

「そこが次の話だね」

 

モニターの画面が切り替わった。

 

映し出されたのは、大きな仮設施設の設計図だった。

 

「仮設要塞、トロイア」

 

ホークスが説明する。

 

「敵がまとまって現れた場合、こちらのヒーローを投入して交戦を始める。その後、敵をこの施設の区画に閉じ込め、別々の戦場へ移す」

 

零無は図面を見る。

 

建物の内部は幾つもの区画に分かれていた。

 

「……なるほど。倒すためではなく、分断するための施設ですか」

 

「そうだよ」

 

根津が答えた。

 

「AFOと死柄木、それに他の主力まで同じ場所で相手にするのは、あまりに危険だからね」

 

「同感です。ただ……」

 

零無は図面の一角を指した。

 

「ここで敵を閉じ込めたとしても、移動させる前に脱出される可能性はあるでしょう」

 

「あるよ」

 

根津は頷いた。

 

「だから、閉じ込める時間は可能な限り短くする」

 

「……つまり、転移を使う」

 

零無が顔を上げる。

 

「前回も聞きましたが、その準備が整ったわけですね」

 

「そういうこと!」

 

横から、待ちかねたような声が上がった。

 

零無がそちらを見る。

 

物間が、実に満足そうな顔で腕を組んでいた。

 

「フフフ……! ようやく僕の出番というわけだ!」

 

「……なるほど。君か」

 

「何だい、その反応は!」

 

「転移を扱える人間が必要だとは思っていたが、君が担当するとは予想していなかった」

 

「残念ながら、今は僕以外に適任がいないのさ!」

 

物間は胸を張った。

 

「僕の個性は『コピー』。触れた相手の個性を、一時的に使うことが出来る」

 

「知っている」

 

「最後まで聞きたまえ!」

 

零無は小さく息を吐いた。

 

物間は続ける。

 

「今回、僕が借りるのは黒霧の『ワープゲート』だ」

 

零無の表情が僅かに変わった。

 

「……黒霧の?」

 

「ああ。セントラル病院に収容されている彼から個性をコピーする。そうすれば、離れた戦場へ人間を移動させられる」

 

零無は少し考えた。

 

「……なるほど。あの個性なら、一度に複数の人間を移動させることも可能でしょうね」

 

「そういうことだよ!」

 

「だが、実際に扱えるのか?」

 

物間の目が細くなる。

 

「……ほう?」

 

「黒霧の個性は、移動先を正確に把握する必要がある。コピー出来たとしても、同じように使える保証はないだろう」

 

「フフ……!」

 

物間は笑った。

 

「君にも、その程度のことは分かるようだね!」

 

「……質問に答えてほしいんだが」

 

「当然、訓練は済ませているさ!」

 

物間は資料を叩いた。

 

「転移先の位置、ゲートの大きさ、維持する時間。全部確認した。僕が間違えれば味方が死ぬからね!」

 

そこだけは、いつもの芝居がかった調子ではなかった。

 

零無は少しだけ目を細めた。

 

「……そうか」

 

「ああ」

 

「なら、期待している」

 

物間が一瞬止まった。

 

「……は?」

 

「君が失敗すれば、作戦そのものが成立しないんだろう? ならば、期待するしかない」

 

「……」

 

「責任重大だな、物間」

 

物間は数秒、零無を見た。

 

それから。

 

「……君に言われると、妙に腹が立つね」

 

「何故?」

 

「何故だろうね!」

 

緑谷が小さく笑った。

 

相澤は呆れたように息を吐いたが、物間もそれ以上は何も言わなかった。

 

「……物間の役割は、それだけじゃねぇ」

 

相澤が口を開いた。

 

零無が顔を上げる。

 

「まだあるんですか?」

 

「ああ」

 

「随分と酷使しますね」

 

「必要だからな」

 

相澤は資料を指した。

 

「ワープゲートによる移送が終わったら、物間は雄英へ移動する。そこで俺の個性を使ってもらう」

 

零無は少し考えた。

 

「……抹消ですか」

 

「ああ」

 

相澤は頷いた。

 

「今の俺は、以前のように個性を使えねぇ」

 

その説明に、誰も口を挟まなかった。

 

相澤の負傷については、既に全員が知っている。

 

「だから、代わりに物間が使う」

 

モニターの地図が、雄英高校へ切り替わった。

 

「死柄木は、雄英の専用戦場へ送る。そこで個性を封じる」

 

零無は図面を見る。

 

「……なるほど。死柄木の個性を封じた上で、緑谷達が対応するわけですね」

 

「そうだ」

 

「しかし、物間のコピーには時間制限があるでしょう。長期戦になれば問題が生じませんか?」

 

「そこも考えてある」

 

相澤は頷いた。

 

「俺も近くで待機する。必要になれば、もう一度コピー出来るようにする」

 

「……なるほど」

 

零無は少し考えた。

 

「ただし、個性を封じている間も、物間自身が狙われる危険はありますね」

 

「当然だ」

 

相澤は即答した。

 

「だから、物間を守る役目の人間も配置する」

 

物間が大袈裟に肩を竦めた。

 

「いやあ、本当に無茶な要求ばかりだよ! 転移を成功させた上で、死柄木の個性まで封じろとは!」

 

「嫌なのか?」

 

ブラドキングが尋ねた。

 

「まさか!」

 

物間は即答した。

 

「そこまで頼られて、断るわけがないでしょう!」

 

零無は、そのやり取りを見ていた。

 

物間が優秀であることは知っている。

 

だが、普段はA組へ何かと突っかかってばかりいる男が、ここまで重要な役割を任されているのは少し意外だった。

 

もっとも、本人にしてみれば、ようやく自分の能力が正当に評価されたということなのだろう。

 

「……物間」

 

「何だい?」

 

「一つだけ」

 

「何かな?」

 

「緊張はしていないのか?」

 

物間が目を瞬かせた。

 

「……何だって?」

 

「今回の作戦は、君の個性に大きく依存している。失敗した場合の責任も、それだけ重いはずだ」

 

「……」

 

「随分と楽しそうに見えるから、少し気になった」

 

物間は数秒、零無を見た。

 

それから。

 

「……当然、緊張くらいしているさ」

 

そう答えた。

 

「でもね。僕の個性は、昔から他人がいなければ何も出来ない個性だと言われてきたんだ」

 

「……」

 

「その個性が、今回の作戦には必要なんだよ」

 

物間は、少しだけ笑った。

 

「だったら、僕がやらなくて誰がやるっていうんだい?」

 

零無は、その顔を見ていた。

 

そして。

 

「……なるほど」

 

小さく頷く。

 

「君らしい答えだな」

 

「当然だろう!」

 

物間は得意そうに笑った。

 

隣では、ブラドキングが満足そうに腕を組んでいた。

 

     ◇

 

「……ところで」

 

零無が資料を一枚めくった。

 

「心操の役割について聞いても?」

 

それまで静かに話を聞いていた心操人使が、顔を上げる。

 

「……俺?」

 

「ああ。君も今回の作戦に参加するんだろう?」

 

「そうだけど」

 

「何を任された?」

 

心操は少し考えた。

 

それから、相澤へ視線を向ける。

 

相澤が頷いた。

 

「話していい」

 

「……分かりました」

 

心操は資料を開いた。

 

「俺は、敵の連絡や情報確認を邪魔する役目だ」

 

零無は少しだけ目を細めた。

 

「……ほう」

 

「敵に見つからず近づく必要があるから、簡単じゃないけどな」

 

「具体的には?」

 

心操は机の上の資料を指した。

 

「俺の個性は『洗脳』。相手が俺の呼びかけに答えれば、そいつを操れる」

 

「ああ。知っている」

 

「今回は、その使い方を少し広げてる」

 

零無は腕を組んだ。

 

「ペルソナコードも使うわけか」

 

「そうだな」

 

心操は頷いた。

 

「敵の仲間の声に似せて呼びかければ、相手が答える可能性も高くなる」

 

「……なるほど」

 

零無は少し考えた。

 

「なら、敵の情報伝達を一時的に止めることも出来る」

 

「ああ。偵察に来た奴を足止めしたり、仲間への連絡を遅らせたりな」

 

「だが、相手が返事をしなければ成立しないだろう?」

 

「そうだよ」

 

心操はあっさり答えた。

 

「そこは変わらない。それに、何でも命令出来るわけじゃないしな」

 

零無は頷いた。

 

「作戦の成否を、君一人に任せるわけではないんだな」

 

「当然だろ」

 

心操は肩を竦めた。

 

「俺は、出来ることをやるだけだ」

 

「……そうか」

 

零無は少しだけ口元を緩めた。

 

その時。

 

「フフフ……!」

 

横から笑い声がした。

 

「実に素晴らしいじゃないか!」

 

物間だった。

 

「かつて敵向きだと言われた個性と、主役にはなれないと言われた個性! その二つが、今やヒーロー側の重要な戦力なんだからね!」

 

心操は少しだけ目を細めた。

 

「……別に、皮肉でも何でもないだろ」

 

「おや?」

 

「個性の使い方が変わっただけだ」

 

心操は答えた。

 

「誰のために使うかなんて、俺が決めることだし」

 

物間は一瞬黙った。

 

それから。

 

「……フッ」

 

小さく笑う。

 

「君も言うようになったじゃないか」

 

「……うるさいな」

 

「褒めているんだよ!」

 

「そうは聞こえないけど」

 

零無は二人のやり取りを見ていた。

 

自分と同じ年頃の生徒達が、最終決戦の重要な役割を任されている。

 

物間も心操も、失敗した場合の危険を理解しているはずだ。

 

それでも、自分に出来ることをしようとしている。

 

「……頼もしいな」

 

心操が顔を上げた。

 

「……何?」

 

「いや」

 

零無は頷いた。

 

「君達が味方で良かったと思っただけだ」

 

物間の目が僅かに細くなる。

 

「……随分と都合の良いことを言うじゃないか」

 

「そうだな」

 

零無はあっさり頷いた。

 

「今の僕が言うには、少々都合が良すぎるかもしれない」

 

「……」

 

「だが、嘘を言ったつもりもない」

 

物間は数秒、零無を見た。

 

それから。

 

「……君は本当に、面倒な男だね」

 

「そうか?」

 

「ああ!」

 

物間は腕を組んだ。

 

「君が何をしたかは知っている。だからといって、僕が君をどう評価するかまで、勝手に決めないでもらいたいね!」

 

零無は僅かに眉を上げた。

 

「……ほう」

 

「僕が言いたいのは、それだけさ」

 

零無は少し考えた。

 

それから、小さく笑った。

 

「……なるほど。失礼した」

 

「フン!」

 

物間は満足そうに頷いた。

 

「分かればいいんだよ!」

 

心操が呆れたように息を吐く。

 

「……ほんと、調子いいな」

 

「何とでも言いたまえ!」

 

物間は、いつものように笑った。

 

     ◇

 

「……続いて、戦力配置について確認する」

 

塚内が資料を一枚めくった。

 

モニターには、いくつもの地名が表示された。

 

雄英高校。

 

群訝山荘跡地。

 

神野区。

 

奥渡島。

 

それぞれ、離れた場所にある。

 

「敵を分断した後は、各戦場に配置した部隊で対応する。互いに合流されないことが最優先だ」

 

零無は地図を見た。

 

「死柄木は雄英。AFOは群訝山荘跡地、ですか」

 

「ああ」

 

ホークスが頷く。

 

「死柄木は緑谷君達、AFOはエンデヴァーさんと俺を中心に対応する。他の敵についても、それぞれの能力に合わせて部隊を組んでる」

 

「……なるほど」

 

零無は資料を確認した。

 

「ただ、物間が移動した後の転移は?」

 

「原則として、期待しない」

 

塚内が答えた。

 

「敵を分断するための転移が終われば、物間君は死柄木への対応に移る。何度も転移を使わせるわけにはいかない」

 

「つまり、一度分断した後は、それぞれの戦場で決着をつける必要があるわけですね」

 

「そうだ」

 

零無は少し考えた。

 

「……随分と思い切りましたね」

 

「他に方法がない」

 

エンデヴァーが言った。

 

「奴らを一箇所に集めたまま戦えば、こちらが先に潰れる」

 

「ええ。それは理解しています」

 

零無は頷いた。

 

「問題は、分けた後ですね」

 

ホークスが顔を上げる。

 

「何か気になる?」

 

「想定より早く、どこかの戦線が崩れた場合です」

 

零無は資料を指した。

 

「例えば、死柄木を相手にする部隊が敗れたとしても、物間は他の戦場の援護には向かえないでしょう」

 

「そうだね」

 

「逆も同じです。AFOがエンデヴァー達を突破した場合、別の戦場からすぐに増援を呼べるとは限らない」

 

ホークスは頷いた。

 

「だから、各戦場に予備の戦力を置く」

 

「……なるほど」

 

「それと、撤退するための経路も用意する。最初の分断が成功したからって、必ず最後まで予定通りに進むとは思ってないよ」

 

零無は少し考えた。

 

「……なら、異論はありません」

 

「随分あっさりしてるね」

 

「何がです?」

 

「もう少し何か言われるかと思った」

 

「全ての危険をなくすことは出来ないでしょう」

 

零無は答えた。

 

「戦力差を考えれば、分断が必要なのは明らかです。多少問題があるとしても、僕に代案があるわけではありません」

 

ホークスは小さく笑った。

 

「そっか」

 

そこで、ベストジーニストが口を開いた。

 

「無論、戦場を分けたからといって連携がなくなるわけではない」

 

零無がモニターを見る。

 

「通信ですか」

 

「ああ。各部隊の状況は可能な限り共有する。撤退や救援についても、現場ごとの判断に任せきりにはしない」

 

「……分かりました」

 

「ただし、通信そのものが妨害される可能性もある」

 

ベストジーニストは続けた。

 

「その場合にどう動くかについても、事前に決めておく必要がある」

 

零無は頷いた。

 

「そうですね」

 

「そこで、君の配置についての話になる」

 

塚内が別の資料を取り出した。

 

金木零無。

 

記載されていたのは、前回の会議で話し合われた内容だった。

 

後方待機。

 

負傷者の救助。

 

撤退時の援護。

 

必要に応じた敵の足止め。

 

「君には、AFOと交戦する部隊の後方で待機してもらう方向で調整した」

 

零無は顔を上げた。

 

「……群訝ですか」

 

「ああ。ただし、最初から直接戦闘へ参加させるつもりはない」

 

ホークスが補足する。

 

「前線から離れた場所で、救援部隊と一緒に待機してもらう。戦闘が始まっても、まずは負傷者の救出や撤退の手伝いだ」

 

「……なるほど」

 

「必要になれば別の役割を任せることもあるけど、そこは現場の判断になる」

 

零無は少し考えた。

 

「僕の校外活動制限については、どういう扱いになります?」

 

「今回の作戦に限り、例外的に参加を認める方向で承認が下りた」

 

塚内が答えた。

 

「無条件ではない。決められた部隊の指揮下で行動してもらう」

 

「でしょうね」

 

「戦闘が終了すれば、元の制限に戻る。処分が決まったわけでもない」

 

「理解しています」

 

零無は頷いた。

 

「では、その条件で構いません」

 

ホークスが少しだけ目を細める。

 

「……君、意外と嬉しそうだね」

 

「そう見えますか?」

 

「少しね」

 

「気のせいでしょう」

 

零無は資料を閉じた。

 

「与えられた役割は果たすつもりですが、別に喜ぶような話でもありません」

 

「そう?」

 

「ええ」

 

零無はホークスを見る。

 

「僕を戦力として利用するのは合理的だと思います。ですが、それで過去の行為が帳消しになるわけでもないでしょう」

 

「……そうだね」

 

「何より、AFOに個性を奪われれば、かえって被害が増える可能性があります」

 

ホークスは頷いた。

 

「分かってるよ」

 

「なら結構です」

 

零無は小さく息を吐いた。

 

「僕も、そう簡単に奪われるつもりはありませんが」

 

「そうしてくれると助かるね」

 

ホークスは笑った。

 

「ただでさえ厄介な相手なのに、これ以上面倒な個性を増やされたら困る」

 

「……随分な言い方ですね」

 

「褒めてるんだよ」

 

「そうですか」

 

零無は少しだけ眉を寄せた。

 

「それなら、もう少し分かりやすい表現をお願いしたいものですが」

 

「注文が多いなあ」

 

緑谷が吹き出しかけた。

 

相澤は何も言わなかったが、僅かに呆れたような顔をしていた。

 

     ◇

 

会議も、終わりに近づいていた。

 

各戦場の担当者。

 

通信手段。

 

撤退の条件。

 

そして、作戦そのものが失敗した場合の対応。

 

確認するべきことは多かったが、前回とは違っていた。

 

既に決められた内容を、一つずつ確かめていく。

 

誰が何をするのか。

 

何が出来るのか。

 

そして、何をしてはいけないのか。

 

その違いは、零無にもよく分かった。

 

「……最後に」

 

根津が口を開いた。

 

「全員に確認しておきたい」

 

室内が静かになる。

 

「今回の作戦は、敵を全て倒せることを保証するものではない」

 

モニターには、最初に表示されていた地図が映し出されていた。

 

「分断に成功しても、それぞれの戦場で何が起こるかは分からない。逆に、敵が現れなければ作戦そのものを実行出来ない」

 

「……」

 

「それでも、今の我々に出来る準備としては、これが最善だと考えている」

 

誰も異論を挟まなかった。

 

根津は続ける。

 

「だからこそ、皆にはそれぞれの役割を果たしてほしい。自分の担当以外まで、一人で何とかしようとする必要はない」

 

零無は、その言葉を聞いていた。

 

前回の会議でも、似たことを言われた。

 

そして、それについては既に答えている。

 

「……金木君」

 

根津が呼んだ。

 

「はい」

 

「君も、それでいいね?」

 

零無は頷いた。

 

「ええ。異論はありません」

 

それから、少し考える。

 

「……ただ、一つ確認させてください」

 

根津が首を傾げた。

 

「何だい?」

 

「現場で、僕がAFOと交戦する必要が生じた場合についてです」

 

ホークスが顔を上げる。

 

零無は続ける。

 

「指示が届かない状況であれば、僕自身の判断で動いて構いませんか?」

 

相澤が口を開いた。

 

「指示が届く状況なら従え」

 

「当然です」

 

「届かねぇ場合は?」

 

「状況に応じて判断します」

 

「……」

 

「無論、撤退も選択肢に入れます。勝算のない戦いを好んでするつもりはありません」

 

相澤は、しばらく零無を見た。

 

それから。

 

「……分かった」

 

短く答えた。

 

ホークスが少し笑う。

 

「一応、前回の話は覚えてるみたいだね」

 

零無はそちらを見る。

 

「僕の記憶力を疑っているんですか?」

 

「いやいや」

 

ホークスは笑った。

 

「覚えてるのと、実際にやるのは別だからさ」

 

「……否定はしませんが」

 

「でしょ?」

 

零無は小さく息を吐いた。

 

「……全く」

 

根津が資料を閉じる。

 

「では、これで確認は終了だ」

 

その言葉を合図に、室内の空気が少し緩んだ。

 

塚内が資料を回収し、ブラドキングは物間へ何かを伝えている。

 

心操も席を立った。

 

モニター越しのエンデヴァーが、最後に口を開く。

 

「金木零無」

 

零無が顔を上げた。

 

「はい」

 

「お前が何をしたかは聞いている」

 

「……ええ」

 

「だが、戦場でそれを考えている余裕はない」

 

エンデヴァーは続けた。

 

「任された仕事をしろ。それだけだ」

 

零無は少し考えた。

 

「……承知しました」

 

短く頷く。

 

「そちらも、お気をつけて」

 

エンデヴァーはそれ以上何も言わなかった。

 

通信が切れる。

 

続いて、ベストジーニストも挨拶を済ませた。

 

零無は椅子から立ち上がった。

 

その時。

 

「……金木君」

 

隣から声がした。

 

緑谷だった。

 

「何だ?」

 

「一つだけ、いいかな」

 

「構わない」

 

緑谷は少し考えた。

 

「……さっき、物間君に期待してるって言ったよね」

 

「ああ」

 

「心操君にも」

 

「そうだな」

 

「……僕にも?」

 

零無は、少しだけ目を細めた。

 

「……何故そんなことを聞く?」

 

「いや……」

 

緑谷は少し困ったように笑った。

 

「君が今回の作戦をどう思ってるのか、ちゃんと聞いておきたくて」

 

零無は数秒、緑谷を見た。

 

それから。

 

「……期待している」

 

そう答えた。

 

緑谷の目が僅かに動く。

 

零無は続ける。

 

「君が死柄木をどうするつもりなのか、僕には全て分からない。AFOについても、僕の知っている情報だけでは判断出来ないことが多い」

 

「……うん」

 

「ただ、君がそれでも戦うと決めたことは知っている」

 

少し間を置く。

 

「それなら、僕から余計なことを言う必要もないだろう。期待している、緑谷」

 

緑谷は黙った。

 

やがて、小さく笑った。

 

「……そっか」

 

「ああ」

 

「ありがとう、金木君」

 

零無は僅かに眉を寄せた。

 

「礼を言われるようなことじゃないだろう」

 

「そうかな」

 

「そうだ」

 

緑谷は少しだけ笑った。

 

「……でも、嬉しいよ」

 

零無は、それ以上何も言わなかった。

 

二人は並んで、会議室を出た。

 

     ◇

 

夕方。

 

一年A組寮。

 

訓練を終えた生徒達が戻ってくる頃、零無は共有スペースで本を読んでいた。

 

正確には、開いていた。

 

同じページを、もう何分も見ている。

 

会議で確認した内容を、頭の中で整理していたからだ。

 

敵を誘い出す。

 

分断する。

 

各戦場で倒す。

 

作戦としては理解出来る。

 

成功すれば、敵の連携を断つことが出来る。

 

ただし、敵が必ずこちらの予想通りに動くわけではない。

 

AFO。

 

死柄木。

 

荼毘。

 

トガ。

 

スピナー。

 

それぞれが、自分の目的を持って動く。

 

少なくとも、零無が知っている限り、彼らはAFOの命令に無条件で従うような人間ばかりではなかった。

 

もっとも、そんなことは作戦を立てた人間達も承知しているだろう。

 

「……零無?」

 

聞き慣れた声がした。

 

零無が顔を上げる。

 

「……透か」

 

「うん!」

 

葉隠透が、ソファの向こうから顔を覗かせた。

 

もっとも、顔そのものは見えない。

 

制服の襟元と袖が動き、その位置に彼女がいることを教えてくれる。

 

「何してるの?」

 

「本を読んでいた」

 

「……ほんと?」

 

「何が?」

 

「だって、さっきから同じページじゃない?」

 

零無は本を見る。

 

確かに、開いたままのページは変わっていなかった。

 

「……よく見ているな」

 

「でしょ!」

 

透は得意そうに笑った。

 

声だけで分かる。

 

「隣、座っていい?」

 

「構わない」

 

「やった」

 

透はソファへ腰を下ろした。

 

制服のスカートが、零無の隣で形を変える。

 

しばらく、二人は何も言わなかった。

 

共有スペースの向こうでは、上鳴と瀬呂が何か話している。

 

芦戸の笑い声も聞こえた。

 

以前と比べれば、随分と賑やかな寮に戻った。

 

零無は本を閉じた。

 

「……訓練は終わったのか?」

 

「うん。今日は結構大変だったよ」

 

「そうか」

 

「零無は?」

 

「何が?」

 

「今日、また会議だったんでしょ?」

 

「ああ」

 

透は少しだけ身体を寄せた。

 

「……作戦、決まった?」

 

零無は頷いた。

 

「大まかにはな」

 

「そっか」

 

透は小さく息を吐いた。

 

それから。

 

「……零無も、参加するんだよね」

 

「ああ。許可は下りた」

 

「……やっぱり」

 

その声は、少しだけ複雑そうだった。

 

零無は彼女の方を見る。

 

「……不満か?」

 

「ううん」

 

透は首を横に振ったらしい。

 

襟元が左右へ揺れた。

 

「不満じゃないよ」

 

「そうか」

 

「……でも、心配」

 

零無は少し考えた。

 

「……そうだろうな」

 

「そこは否定しないんだ?」

 

「否定しても仕方がないだろう」

 

「いや、いつもの零無なら『心配する必要はない』とか言いそうだから」

 

「……」

 

零無は少しだけ眉を寄せた。

 

「それを言って、君が納得するのか?」

 

「しない!」

 

即答だった。

 

零無は小さく息を吐いた。

 

「なら、言う意味もない」

 

透が笑った。

 

「……ほんと、そういうとこ変わんないね」

 

「何が?」

 

「全部、ちゃんと理由がいるところ」

 

零無は少しだけ首を傾げた。

 

「理由がない方が困るだろう」

 

「……まあ、零無はそうだよね」

 

透は苦笑した。

 

その声を聞いて、零無も僅かに口元を緩めた。

 

     ◇

 

しばらくして、透が口を開いた。

 

「……ねえ、零無」

 

「何だ?」

 

「私の方も、配置が決まったんだ」

 

零無は顔を上げた。

 

「……そうか」

 

「うん。青山君達と一緒に、敵が残った場合の対応をすることになったよ」

 

「……なるほど」

 

零無は少し考えた。

 

「青山のレーザーを使うのか?」

 

「えっ」

 

透が驚いたように声を上げた。

 

「何で分かったの!?」

 

「君の個性との相性を考えれば、そう不思議な話でもないだろう」

 

「……あー、そっか」

 

透は少しだけ悔しそうだった。

 

「せっかく驚かせようと思ったのに!」

 

「それは残念だったな」

 

「もっとびっくりしてよ!」

 

「無理を言うな」

 

透は笑った。

 

それから、少しだけ得意そうに続ける。

 

「でもね、前よりずっと上手く出来るようになったんだよ」

 

「そうか」

 

「うん!」

 

透は手を持ち上げたらしい。

 

白い袖が、零無の前で揺れる。

 

「光を曲げるのも、前よりずっと上手くなったし。青山君ともいっぱい練習したから!」

 

零無は、その様子を見ていた。

 

「……頑張ったんだな」

 

「当然!」

 

透は胸を張ったようだった。

 

「私だってヒーロー科だもん!」

 

「ああ。知っている」

 

「あっ」

 

透が何かを思い出したように声を上げる。

 

「それとね、青山君が――」

 

そこで、少しだけ言葉を切った。

 

「……あ、これはまだ言っちゃ駄目かも」

 

零無は小さく笑った。

 

「なら、言わなくていい」

 

「……ごめん」

 

「謝る必要はない」

 

零無はあっさり答えた。

 

「僕が知らなくても困らない話なら、教えない方がいい」

 

透は少し黙った。

 

それから。

 

「……そういう考え方、まだちょっと嫌い」

 

零無は彼女を見る。

 

「……そうか」

 

「うん」

 

透は頷いた。

 

「ちゃんとしてるのは分かるんだけどね」

 

「……」

 

「でも、たまには普通に『教えてほしい』って言ってもいいんだよ?」

 

零無は少し考えた。

 

「君が訓練で何をしているかは、今聞いたじゃないか」

 

「うん」

 

「それ以上、無理に聞き出す必要もないだろう」

 

「……そっか」

 

透は少しだけ笑った。

 

「まあ、それならいいや」

 

零無は彼女の方を見る。

 

「……透」

 

「ん?」

 

「訓練で怪我はしていないか?」

 

「してないよ!」

 

「そうか」

 

少しの沈黙。

 

それから、透が笑い出した。

 

「……あはは!」

 

零無の眉が寄る。

 

「何だ?」

 

「いや、やっぱり零無だなって!」

 

「どういう意味だ?」

 

「それ、前からずっと聞いてたじゃん!」

 

零無は少し考えた。

 

「……そうだったな」

 

「そうだよ!」

 

透は笑った。

 

「今日は誰といた、何時に帰る、怪我してないか、一人で帰るなって!」

 

「……」

 

「あの頃、すっごくうるさかったんだから!」

 

零無は黙った。

 

かつて、彼女の安全を確かめるために、何度も繰り返した質問だった。

 

そして、その裏にあった理由を、透は今では知っている。

 

零無は少しだけ目を伏せた。

 

「……悪かったな」

 

透の笑い声が止まった。

 

「……え?」

 

「何だ?」

 

「……謝るんだ」

 

「迷惑だったんだろう?」

 

「……まあ、そうだけど」

 

透は少し考えた。

 

それから。

 

「……でも」

 

声が、少しだけ柔らかくなった。

 

「今は、ちょっと嬉しいかな」

 

零無は彼女を見る。

 

「……そうか」

 

「うん」

 

透は頷いた。

 

「零無が心配してくれるのは、嫌じゃないよ」

 

少し間を置く。

 

「……私が自分で決めたことまで、止められなければね」

 

零無は小さく息を吐いた。

 

「……分かっている」

 

「ほんと?」

 

「ああ」

 

「じゃあ、よし!」

 

透は満足そうに笑った。

 

零無は、その様子を見ていた。

 

本当に、よく笑う。

 

以前からそうだった。

 

何でもないことで笑う。

 

少しくだらないことでも、楽しそうにする。

 

そして、気に入らないことがあれば、遠慮なく文句を言う。

 

零無は、そんな彼女を昔から見てきた。

 

その全てが、今も変わらず好きだった。

 

     ◇

 

「……ねえ」

 

透が、少しだけ声を落とした。

 

「零無」

 

「何だ?」

 

「……怖くない?」

 

零無は顔を上げた。

 

「……何が?」

 

「戦争」

 

透は続けた。

 

「AFOと、また会うかもしれないんでしょ?」

 

零無は少し考えた。

 

「……可能性はある」

 

「うん」

 

「ただ、最初から直接戦う予定ではない」

 

「……そっか」

 

透は小さく頷いた。

 

「でも、可能性はあるんだよね」

 

「そうだな」

 

二人の間に、少しだけ沈黙が流れた。

 

零無は、何と答えるべきか考えた。

 

怖い。

 

その感覚が、全くないわけではない。

 

死ぬ可能性もある。

 

個性を奪われる可能性もある。

 

AFOが何をしてくるのか、完全には分からない。

 

ただ、それらは以前から理解していたことだった。

 

「……怖くない、と言えば嘘になるな」

 

零無は答えた。

 

透が、少しだけ動いた。

 

「……そっか」

 

「ああ」

 

「零無でも、怖いんだ」

 

「当然だろう」

 

零無は僅かに眉を寄せた。

 

「僕を何だと思っているんだ?」

 

「えー?」

 

透は少し考えるような声を出した。

 

「……すごく頭が良くて、何でも出来て、なのに自分のことは全然分かってない人?」

 

「……」

 

零無は黙った。

 

透が笑う。

 

「あはは! 今のは冗談!」

 

「……そうか」

 

「半分くらい!」

 

「……透」

 

「ごめんごめん!」

 

透は楽しそうに笑った。

 

零無は小さく息を吐く。

 

「……全く」

 

だが、不思議と嫌な気分にはならなかった。

 

昔からそうだった。

 

透と話していると、どうにも調子が狂う。

 

考えていたことを先回りされる。

 

意図しないところで笑われる。

 

そして、時々、自分が何を考えていたのかさえ、どうでもよくなってしまう。

 

「……でもさ」

 

透が、再び口を開いた。

 

「私も怖いよ」

 

零無は彼女を見る。

 

「……そうか」

 

「うん」

 

透は頷いた。

 

「死柄木も、AFOも、すっごく強いんでしょ?」

 

「ああ」

 

「他の敵だって、何をしてくるか分からないし」

 

「そうだな」

 

「……でも」

 

透は少しだけ背筋を伸ばしたようだった。

 

「それでも、戦うよ」

 

零無は黙った。

 

「だって、ヒーローになりたくて雄英に来たんだもん」

 

「……」

 

「怖いからって、何もしないのは嫌だし」

 

透は続ける。

 

「私にも出来ることがあるなら、ちゃんとやりたい」

 

零無は、しばらく彼女を見ていた。

 

そして。

 

「……そうか」

 

静かに頷いた。

 

「君らしいな」

 

透は少しだけ笑った。

 

「……でしょ?」

 

「ああ」

 

「……零無」

 

「何だ?」

 

「私、ちゃんと強くなったんだよ」

 

零無の目が僅かに動く。

 

透は続ける。

 

「昔みたいに、何にも出来ないわけじゃないから」

 

「……」

 

「だから、私のことも信じてね」

 

零無は少し考えた。

 

自分にとって、透は何よりも大切な人間だった。

 

それは、今も変わらない。

 

彼女が危険な目に遭うのは嫌だ。

 

出来ることなら、戦場へ出てほしくないとさえ思う。

 

だが、彼女自身がそう望んでいないことも知っている。

 

何度も話した。

 

そして、その度に、自分の考えを突き付けられた。

 

零無は静かに息を吐いた。

 

「……信じている」

 

そう答えた。

 

透は黙った。

 

零無は続ける。

 

「君が何も出来ないなんて、思っていない」

 

「……」

 

「雄英へ入ってから、随分と強くなっただろう」

 

透の袖が、少しだけ揺れた。

 

「……見てたの?」

 

零無は少しだけ眉を寄せた。

 

「同じクラスだったんだ。見ていないわけがないだろう」

 

「……そっか」

 

透は嬉しそうに笑った。

 

「そっかぁ……」

 

零無は、そんな彼女を見ていた。

 

そして、少し考えてから付け加える。

 

「……ただし」

 

「あっ」

 

透が声を上げた。

 

「出た!」

 

「……何が?」

 

「零無の『ただし』!」

 

「……」

 

「絶対、何か言うと思った!」

 

零無は僅かに眉を寄せる。

 

「まだ何も言っていないんだが」

 

「どうせ『無理はするな』とかでしょ?」

 

「……」

 

「ほら!」

 

透が笑った。

 

零無は小さく息を吐いた。

 

「……分かっているなら、言う必要もなさそうだな」

 

「あはは!」

 

透は、しばらく笑っていた。

 

零無も、少しだけ口元を緩めた。

 

     ◇

 

やがて、共有スペースにいた生徒達が、それぞれの部屋へ戻り始めた。

 

上鳴と瀬呂の声が遠ざかる。

 

芦戸も、明日の訓練がどうだとか言いながら階段を上っていった。

 

気づけば、残っているのは二人だけになっていた。

 

窓の外は、もう暗い。

 

零無は時計を見た。

 

「……そろそろ戻った方がいいんじゃないか?」

 

透が首を傾げた。

 

「……零無は?」

 

「僕はもう少しここにいる」

 

「じゃあ、私も」

 

即答だった。

 

零無は彼女を見る。

 

「……何故?」

 

「一緒にいたいから」

 

あまりにも自然な返答だった。

 

零無は少しだけ黙った。

 

透が笑う。

 

「……何その反応!」

 

「いや」

 

零無は小さく息を吐いた。

 

「……君らしいと思ってな」

 

「そう?」

 

「ああ」

 

透は満足そうに頷いた。

 

二人は、しばらく窓の外を眺めていた。

 

遠くでは、雄英を守るための設備が動いている。

 

工事の音。

 

巡回するヒーロー達。

 

校舎の向こうには、避難民の暮らす場所がある。

 

かつての雄英とは、随分と違っていた。

 

だが、今はそれが日常だった。

 

「……ねえ、零無」

 

透が口を開いた。

 

「何だ?」

 

「戦争が終わったらさ」

 

零無は彼女を見る。

 

「……ああ」

 

「一緒に買い物行こうよ」

 

「……買い物?」

 

「うん!」

 

透は楽しそうに続ける。

 

「最近、全然外に出られないじゃん。お店だって閉まってるところ多いし」

 

「……そうだな」

 

「だから、落ち着いたら!」

 

零無は少し考えた。

 

「……何を買うんだ?」

 

「えー、色々!」

 

「具体的には?」

 

「服とか、雑貨とか、美味しいものとか!」

 

「……範囲が広すぎないか?」

 

「いいの!」

 

透は笑った。

 

「そういうのは、行ってから決めるの!」

 

零無は小さく息を吐いた。

 

「……全く」

 

「で、どう?」

 

「何が?」

 

「一緒に行ってくれる?」

 

零無は少し考えた。

 

「……僕の処分がどうなるか、まだ分からないぞ」

 

透は少し黙った。

 

それから。

 

「……知ってるよ」

 

そう答えた。

 

零無は彼女を見る。

 

透は続ける。

 

「戦争が終わったら、すぐに普通の生活へ戻れるとは思ってない」

 

「……」

 

「零無のことも、まだ全部終わってないし」

 

その声は、少しだけ真面目だった。

 

「……でも」

 

透は顔を上げる。

 

「だからって、何にも約束しちゃ駄目ってことじゃないでしょ?」

 

零無は黙った。

 

透は続ける。

 

「すぐに行けなかったら、行けるようになるまで待てばいいし」

 

「……」

 

「それでも無理だったら、別のこと考える!」

 

零無は、少しだけ目を細めた。

 

「……随分と気の長い話だな」

 

「そう?」

 

「ああ」

 

「いいじゃん」

 

透は笑った。

 

「どうせ、零無とは長い付き合いなんだから」

 

零無は、その言葉を聞いていた。

 

長い付き合い。

 

確かに、そうだった。

 

中学の頃から、ずっと一緒にいた。

 

それ以前のことまで含めれば、自分の人生の中で彼女と過ごした時間は随分と長い。

 

そして、これから先もそうであるとは限らない。

 

自分が何をしたか。

 

その結果がどうなるのか。

 

まだ分からないことは多かった。

 

だが、透はそれを知った上で、未来の話をしている。

 

「……透」

 

「ん?」

 

零無は少し考えた。

 

「……本当に、それでいいのか?」

 

透は、少しだけ笑った。

 

「……零無」

 

「何だ?」

 

「私、まだ怒ってるからね」

 

零無は黙った。

 

透は続ける。

 

「零無が何も言ってくれなかったことも。私達を裏切ったことも」

 

「……ああ」

 

「それは、まだ忘れてないよ」

 

「そうだな」

 

「……でも」

 

透は、少しだけ声を柔らかくした。

 

「それと、一緒に買い物へ行きたいのは、別だから」

 

零無は、静かに目を伏せた。

 

つい最近、似たようなことを別の人間から聞いた。

 

小さな少女。

 

エリ。

 

彼女も、同じようなことを言っていた。

 

悪いことをしたと思う。

 

でも、一緒にいて楽しかった。

 

両方、本当だと。

 

零無は、少しだけ息を吐いた。

 

「……そうか」

 

それから。

 

「ああ。分かった」

 

そう答えた。

 

透が顔を上げる。

 

「……じゃあ!」

 

「行こう」

 

零無は頷いた。

 

「戦争が終わって、僕が自由に動けるようになったらな」

 

「……!」

 

透が嬉しそうに笑った。

 

「約束だよ!」

 

「ああ」

 

「絶対だからね!」

 

「……状況によるとは思うが」

 

「あー!」

 

透が声を上げた。

 

「そういうこと言う!」

 

「事実だろう」

 

「そうだけど!」

 

透は、少しだけ考えた。

 

それから。

 

「……じゃあ、約束を変える」

 

零無は首を傾げた。

 

「……何に?」

 

「戦争が終わったら、まず二人でご飯食べよう」

 

「……ご飯?」

 

「うん!」

 

透は頷いた。

 

「零無の作ったやつ!」

 

零無は少しだけ眉を上げた。

 

「……それなら、いつも食べているだろう」

 

「そうだけど!」

 

透は笑った。

 

「戦争が終わってから食べるのは、また別じゃん!」

 

「……そういうものか?」

 

「そういうもの!」

 

零無は少し考えた。

 

それから。

 

「……分かった」

 

そう答えた。

 

透が嬉しそうに頷いた。

 

「やった!」

 

零無は、少しだけ口元を緩めた。

 

「……何が食べたい?」

 

「え?」

 

「その時の献立だ」

 

透は少し驚いたようだった。

 

それから、楽しそうに考え始める。

 

「……うーん」

 

零無は続きを待った。

 

「カレーもいいし、ハンバーグもいいし……」

 

「……」

 

「でも、零無の豚汁も好きなんだよね!」

 

「……決まらないな」

 

「だって、いっぱいあるんだもん!」

 

透は笑った。

 

「零無が作ってくれるなら、何でもいいよ!」

 

「……それが一番困るんだが」

 

「あはは!」

 

零無は小さく息を吐いた。

 

だが、それでも献立を考えるのは嫌いではなかった。

 

むしろ、好きだった。

 

誰かに食べてもらうために料理を作る。

 

喜んでもらえるように、少し工夫をする。

 

母に教えてもらったことを思い出す。

 

エリと一緒に作ったおにぎりも、まだ記憶に新しかった。

 

「……なら」

 

零無が口を開いた。

 

透が顔を上げる。

 

「ん?」

 

「その時、君が食べたいものを作ろう」

 

透は、少しだけ黙った。

 

それから。

 

「……うん!」

 

嬉しそうに頷いた。

 

「楽しみにしてる!」

 

零無も頷いた。

 

「ああ」

 

少し間を置く。

 

「……僕もだ」

 

透が、ぴたりと止まった。

 

「……え?」

 

零無は彼女を見る。

 

「何だ?」

 

「……今、何て?」

 

「僕も楽しみにしていると言ったんだが」

 

「……」

 

「聞こえなかったのか?」

 

透は数秒、黙った。

 

それから。

 

「……ううん」

 

小さく答えた。

 

「聞こえた」

 

零無は少しだけ首を傾げた。

 

「……そうか」

 

透は、しばらく何も言わなかった。

 

やがて。

 

「……零無」

 

「何だ?」

 

「……絶対、帰ってきてね」

 

その声は、先ほどまでとは少し違っていた。

 

明るくも、軽くもない。

 

ただ、真っ直ぐだった。

 

零無は、彼女を見る。

 

「……透」

 

「うん」

 

零無は少し考えた。

 

必ず生きて帰る。

 

そんな保証はない。

 

それは透だって分かっているはずだ。

 

戦争へ行く。

 

相手はAFO。

 

自分が何を出来るのかも、最後まで分からない。

 

だが、だからといって、今、彼女に何も言わない理由にはならなかった。

 

「……ああ」

 

零無は頷いた。

 

「帰るつもりだ」

 

透は、少しだけ黙った。

 

「……ほんと?」

 

「ああ」

 

「……自分のことも、ちゃんと考えてくれる?」

 

零無は小さく息を吐いた。

 

「……努力する」

 

「そこは、まだそれなんだ」

 

透が少しだけ笑った。

 

「ああ」

 

零無は頷いた。

 

「だが」

 

少しだけ間を置く。

 

「君とご飯を食べる約束をしたからな」

 

透は黙った。

 

零無は続けた。

 

「出来ることなら、守りたいと思っている」

 

その言葉に、透は少しだけ息を呑んだ。

 

それから。

 

「……うん」

 

小さく頷いた。

 

「……私も」

 

零無は彼女を見る。

 

「……何だ?」

 

「私も、ちゃんと帰ってくる」

 

透は続ける。

 

「だから、待っててね」

 

零無は少し考えた。

 

「……ああ」

 

そして。

 

「待っている」

 

そう答えた。

 

     ◇

 

その後、二人はしばらく他愛もない話をした。

 

今日の訓練のこと。

 

上鳴がまた何か失敗したこと。

 

青山が随分と張り切っていたこと。

 

それから、エリと一緒におにぎりを作ったこと。

 

「あっ、それ聞きたかった!」

 

透が嬉しそうに声を上げた。

 

「エリちゃん、どうだった?」

 

「楽しそうだったな」

 

「へえ!」

 

「最初は少し苦戦していたが、すぐに上手くなった」

 

「……いいなあ」

 

透は少しだけ羨ましそうだった。

 

「私も一緒に作りたかった!」

 

「なら、今度やるか?」

 

「……え?」

 

「君も料理をしたいんだろう?」

 

透は少し黙った。

 

それから。

 

「……あはは!」

 

声を上げて笑った。

 

零無の眉が寄る。

 

「……何だ?」

 

「いや、何でもない!」

 

「……?」

 

「……ほんと」

 

透は、少しだけ声を柔らかくした。

 

「零無、変わんないなって」

 

零無は少し考えた。

 

「……そうか?」

 

「うん!」

 

透は笑った。

 

「そういうところ、大好き!」

 

零無は黙った。

 

少しして。

 

「……そうか」

 

短く答える。

 

透が笑う。

 

「そこで『そうか』なの!?」

 

「他に何と答えればいいんだ?」

 

「もうちょっと何かあるでしょ!」

 

零無は少し考えた。

 

それから。

 

「……僕も好きだ、透」

 

そう答えた。

 

透が止まった。

 

数秒。

 

「……っ!」

 

制服の袖が、慌ただしく動いた。

 

「ちょ、ちょっと!」

 

「何だ?」

 

「急にそういうこと言わないでよ!」

 

零無の眉が寄る。

 

「……君が言ったんだろう?」

 

「そうだけど!」

 

「なら、何が問題なんだ?」

 

「……もう!」

 

透は、どうにも困ったような声を出した。

 

零無は彼女を見る。

 

昔から、こんなやり取りは何度もしてきた。

 

違うのは、今では互いにその言葉の意味を知っていることだった。

 

透はしばらく黙っていたが、やがて小さく笑った。

 

「……ほんと、ずるい」

 

零無は少しだけ首を傾げた。

 

「……何が?」

 

「教えない!」

 

「……そうか」

 

「またそれ!」

 

透が笑う。

 

零無も、僅かに口元を緩めた。

 

     ◇

 

夜。

 

そろそろ消灯時間が近づいていた。

 

透は立ち上がる。

 

「……じゃあ、私そろそろ戻るね」

 

「ああ」

 

零無も立ち上がった。

 

「明日も訓練があるんだろう?」

 

「うん!」

 

「なら、早く休んだ方がいい」

 

「……零無もね」

 

「分かっている」

 

「ほんとかなあ」

 

透は少しだけ笑った。

 

それから、階段へ向かいかける。

 

その途中で、足を止めた。

 

「……零無」

 

零無が顔を上げる。

 

「何だ?」

 

透は少しだけ迷ったようだった。

 

それから、彼の方へ戻ってくる。

 

袖が動いた。

 

次の瞬間、零無の手がそっと握られた。

 

姿は見えない。

 

けれど、触れた手の温かさは、確かにそこにあった。

 

「……透?」

 

「……ねえ」

 

透が、小さく口を開いた。

 

「戦争が終わっても、すぐには全部元通りにならないと思う」

 

零無は黙った。

 

「零無のことも、どうなるか分からないし」

 

「……ああ」

 

「でも」

 

透は、彼の手を少しだけ強く握った。

 

「私、これからも零無と色んなことしたいよ」

 

零無は彼女を見る。

 

透は続けた。

 

「ご飯食べたり、買い物行ったり、また学校でくだらない話したり」

 

「……」

 

「まだ、やりたいこといっぱいあるから」

 

零無は、しばらく何も言わなかった。

 

手の中にある温かさを感じていた。

 

それから。

 

「……そうだな」

 

静かに答えた。

 

「僕も、まだ君とやりたいことがある」

 

透の手が、僅かに動いた。

 

「……ほんと?」

 

「ああ」

 

零無は頷いた。

 

「だから、そのためにも帰ってくるつもりだ」

 

透は、しばらく黙っていた。

 

やがて。

 

「……うん」

 

小さく答えた。

 

そして、零無の手を離した。

 

「……じゃあ、おやすみ!」

 

「ああ。おやすみ、透」

 

透は、少しだけ名残惜しそうにしながら階段を上っていった。

 

零無は、その後ろ姿を見送った。

 

やがて、共有スペースには誰もいなくなった。

 

窓の外では、雄英の警備灯が静かに光っている。

 

最終決戦。

 

敵を分断する作戦。

 

AFO。

 

自分が戦場で何をすることになるのか、まだ分からない。

 

それでも、今日一つだけ決まったことがあった。

 

戦争が終わったら、透とご飯を食べる。

 

それだけの約束だった。

 

零無は、手元に残っていた本を閉じた。

 

そして、ふと考える。

 

……何を作ろうか。

 

カレー。

 

ハンバーグ。

 

豚汁。

 

彼女が好きなものは、幾らでも思いつく。

 

今すぐ決める必要はない。

 

その時、彼女に聞けばいい。

 

零無は、少しだけ口元を緩めた。

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