正しい答え   作:はい

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第22話

 

 

 

地面が砕けた。

 

零無は既に動いていた。踏み込んだ足が岩盤を割り、身体が斜面を横へ駆け抜ける。直後、先ほどまで立っていた場所へ凄まじい衝撃が叩きつけられた。

 

土砂が舞い上がり、周囲の木々が根元から折れる。

 

零無は振り返らなかった。

 

背中から伸びた赤黒い生体組織が岩盤へ突き刺さる。一本を収縮させて身体を引き寄せ、その勢いで地面を蹴った。

 

AFOの左側面。

 

そこへ回り込んだ零無が、赤黒い尾を振るう。

 

AFOは腕を上げた。

 

衝突。

 

硬質化した先端が防御に弾かれ、甲高い音が響いた。

 

だが、零無は攻撃を止めなかった。

 

弾かれた尾が柔らかくしなり、そのままAFOの腕へ巻き付こうとする。AFOが身体を捻ると、先端が幾つにも枝分かれした。

 

鋭い刃。

 

それらが別々の方向から迫る。

 

AFOは衝撃波を放った。

 

赤黒い組織が押し返される。しかし、零無は既に地面を蹴っていた。

 

衝撃の及ばない側面へ回り込み、低い姿勢から再び接近する。

 

AFOが身体を浮かせた。

 

その足元を、赤黒い尾が掠める。

 

空中へ逃れたAFOの周囲で、尾の先端が変形した。

 

細くなる。

 

伸びる。

 

枝分かれした組織が互いに交差し、空中へ格子を形成していく。

 

一瞬のうちに、赤黒い網がAFOを囲んだ。

 

「……ほう」

 

AFOが目を細めた。

 

格子の内側から、無数の刃が突き出す。

 

男は腕を振るった。

 

衝撃波。

 

網が内側から引き裂かれ、赤黒い組織が四方へ飛び散った。

 

しかし、零無はそれを待っていた。

 

千切れた組織の向こうから、一本の太い尾が伸びる。AFOがそちらへ腕を向けた瞬間、零無は地面を蹴った。

 

真下からの接近。

 

背中の組織が平たく広がり、巨大な刃となる。

 

AFOは咄嗟に防御した。

 

衝突。

 

男の身体が横へ弾かれる。

 

零無は追撃せず、少し離れた岩場へ着地した。

 

AFOは空中で体勢を立て直していた。

 

「……面白いね」

 

その顔には笑みが浮かんでいる。

 

「以前、君の個性を見た時は、もっと単純なものだと思っていたけれど」

 

「そうですか」

 

「形状だけではない。動かし方も随分と器用だ」

 

零無の背後で、枝分かれしていた組織が元の四本へ戻っていく。

 

「説明が必要ですか?」

 

「いや」

 

AFOが笑った。

 

「自分で確かめるとしよう」

 

次の瞬間、男の姿が消えた。

 

「――!」

 

零無は反射的に身体を沈めた。

 

頭上を巨大な腕が通過する。

 

衝撃だけで地面が抉れ、背後の岩壁が崩れ落ちた。

 

零無は片手をつき、身体を横へ滑らせる。

 

だが、AFOは既に次の攻撃へ移っていた。

 

男の左腕から、無数の鋭い突起が伸びる。

 

右側。

 

零無が回避しようとした方向だった。

 

「……っ!」

 

赤黒い組織が右腕へ巻き付く。

 

肩から前腕までを覆う、薄い装甲。

 

零無はその腕で突起を弾き、地面を蹴った。

 

人間離れした脚力が、身体を一気に加速させる。

 

突起の間を抜け、そのまま岩壁へ跳ぶ。

 

一度。

 

二度。

 

ほとんど垂直に近い斜面を蹴り上がり、AFOの頭上へ飛び出した。

 

男が顔を上げる。

 

零無は背中の組織を振り下ろした。

 

鋭い刃が、AFOの左肩へ向かう。

 

AFOは腕で受け止めた。

 

だが、零無は刃を押し込まなかった。

 

途中で形を変える。

 

硬質化した先端が柔らかくしなり、AFOの腕を外側から囲んだ。

 

「……!」

 

組織が収縮する。

 

AFOの左腕が、強引に引き下ろされた。

 

そこへ、もう一本。

 

死角から伸びた刃が、男の肩を切り裂いた。

 

血が散る。

 

AFOが右手を伸ばす。

 

零無は即座に身体を引いた。

 

その手に触れるわけにはいかない。

 

個性を奪う男の指先が、眼前を通過する。

 

零無は空中で身体を反転させ、背中の組織を岩盤へ突き刺した。

 

収縮。

 

一気に距離を取る。

 

直後、先ほどまでいた空間を衝撃波が通過した。

 

零無は着地し、AFOを見上げる。

 

左肩の傷は、既に塞がり始めていた。

 

若返り。

 

その顔立ちも、先ほどより僅かに幼くなっている。

 

……やはりな。

 

AFOの身体は巻き戻り続けている。

 

損傷した組織も修復されるが、若返りが止まるわけではない。

 

つまり、無理に倒し切る必要はない。

 

ここで時間を奪い続ける。

 

それだけでも、十分に意味があった。

 

もっとも、相手がそれを理解していないはずもなかった。

 

「……随分と用心深いね」

 

AFOが口を開いた。

 

「私の手が怖いのかな?」

 

「当然でしょう」

 

零無は短く答えた。

 

「貴方が何をする人間なのか、知っていますから」

 

「そうか」

 

AFOは楽しそうに笑った。

 

「それなら、少しやり方を変えよう」

 

男の右腕が、大きく膨張した。

 

複数の個性が組み合わさり、巨大な腕のような構造体が形作られていく。

 

零無は目を細めた。

 

……厄介なものを。

 

巨大な腕が振り下ろされた。

 

零無は横へ跳ぶ。

 

岩盤が砕け、土砂が吹き飛んだ。

 

だが、腕はそこで止まらなかった。

 

地面を抉りながら横へ薙ぎ払われ、零無を追いかける。

 

零無は背中の組織を地面へ突き刺した。

 

身体が持ち上がる。

 

その真下を、巨大な腕が通過した。

 

零無は落下しながら、背中の組織を広げる。

 

四本の尾が細く分裂し、地面へ向かって伸びた。

 

巨大な腕の周囲。

 

そこへ、赤黒い線が次々と突き刺さる。

 

岩盤。

 

木の根。

 

崩れかけた斜面。

 

それぞれの場所へ固定された組織が、巨大な腕を囲むように張り巡らされた。

 

「……?」

 

AFOが僅かに目を細める。

 

零無は地面へ降り立った。

 

そして、全ての組織を収縮させる。

 

巨大な腕が引き絞られた。

 

岩盤へ縫い付けられるように、動きが止まる。

 

AFOは腕を引こうとした。

 

だが、零無は既に動いていた。

 

地面を蹴る。

 

一気に接近。

 

右肩から伸ばした組織が、細長い刃へ変わる。

 

AFOの胴体へ向かって振るわれた刀身。

 

しかし、AFOは左腕を向けていた。

 

「――っ!」

 

零無は咄嗟に刃を折り畳んだ。

 

胸元へ重ね、盾へ変形させる。

 

直後、凄まじい衝撃が叩きつけられた。

 

身体が後方へ吹き飛ばされる。

 

岩盤へ激突。

 

「……っ、ぐ」

 

零無は地面へ手をついた。

 

息が詰まる。

 

胸の奥に、鈍い痛みが走った。

 

……肋骨か。

 

少なくとも、一本は損傷している。

 

零無はゆっくりと身体を起こした。

 

背中の組織が動く。

 

固定していた部分が岩盤から引き抜かれ、再び背中へ戻っていく。

 

AFOは、少し離れた場所へ着地していた。

 

巨大な腕の拘束は、既に破壊されている。

 

ただ、その右腕には幾つもの細い傷が走っていた。

 

組織が巻き付いた際に付けられたものだった。

 

傷はすぐに塞がっていく。

 

「……なるほど」

 

AFOは自分の腕を見た。

 

「拘束するだけではなかったのか」

 

「そうですね」

 

「随分と細かいことをする」

 

零無は短く息を吐いた。

 

「必要ですから」

 

AFOが笑った。

 

「……君らしいね」

 

     ◇

 

戦いは続いた。

 

しかし、互いの動きには少しずつ変化が生まれていた。

 

AFOは、零無が組織を伸ばした場所を見ていた。

 

地面へ突き刺す。

 

岩盤へ固定する。

 

そこから身体を引き寄せる。

 

あるいは、組織を変形させて相手の進路を塞ぐ。

 

一度見せた動きには、次から対応してくる。

 

零無が斜面を蹴って接近すれば、その着地点へ攻撃が飛んだ。

 

背中の組織を広げれば、枝分かれする前の根元を狙われる。

 

空中で方向を変えようとした時には、既にその先へ腕が向けられていた。

 

……速いな。

 

零無は、AFOの攻撃を避けながら考えた。

 

若返りによって、相手の身体能力は向上している。

 

反応速度も、先ほどとは明らかに違う。

 

だが、それだけではない。

 

AFO自身が、こちらの戦い方へ適応し始めていた。

 

零無は一度、距離を取った。

 

左腕に傷がある。

 

脇腹にも浅くない切創が出来ていた。

 

ただし、出血は既に弱まっている。

 

裂けた皮膚が、少しずつ塞がり始めていた。

 

零無の身体は、普通の人間より遥かに高い再生力を持っている。

 

しかし、だからといって無制限に回復出来るわけではなかった。

 

骨の損傷は、すぐには治らない。

 

傷が塞がっても、痛みが消えるとは限らない。

 

何より、個性の使用と身体の再生には、相応のエネルギーが必要だった。

 

……長くは続かないな。

 

零無は呼吸を整えた。

 

対するAFOは、こちらを見ていた。

 

「随分とよく動くね」

 

「どうも」

 

「だが、いつまでも続けられるものではないだろう?」

 

零無は答えなかった。

 

事実だった。

 

このまま同じ戦い方を続ければ、先に限界を迎えるのはこちらだろう。

 

もっとも。

 

だからといって、退くわけにはいかなかった。

 

AFOが顔を上げる。

 

視線の先。

 

死柄木のいる方角だった。

 

零無は、その動きを見た。

 

……来るか。

 

男の身体が浮き上がる。

 

次の瞬間、東へ向かって加速した。

 

零無は即座に動いた。

 

背中の組織を地面へ突き刺し、身体を射出する。

 

だが、AFOの速度はそれを上回った。

 

「……っ」

 

零無は追いかけながら、背中の組織を大きく広げた。

 

しかし、AFOへ直接伸ばすことはしなかった。

 

進行方向の斜面。

 

そこへ、赤黒い組織を突き刺す。

 

次の瞬間、岩盤が砕けた。

 

零無が組織を引き上げたのだ。

 

巨大な岩塊が持ち上がり、AFOの進路へ飛び出す。

 

AFOは即座に腕を振るった。

 

衝撃波。

 

岩塊が粉々に砕ける。

 

だが、その隙に零無は距離を詰めていた。

 

砕けた岩の間を抜け、AFOの進路へ回り込む。

 

赤黒い組織が大きく広がった。

 

今度は格子ではない。

 

幾つもの太い帯が、左右の岩壁から伸びてくる。

 

それらがAFOの前方で交差し、進路を塞いだ。

 

「……!」

 

AFOが上空へ逃れようとする。

 

零無はそれを見ていた。

 

背中の組織を一本、地面へ突き刺す。

 

収縮。

 

身体が一気に持ち上がり、AFOより高い位置へ飛び出した。

 

そこから、赤黒い刃を振り下ろす。

 

AFOが防御する。

 

衝突。

 

男の身体が、再び地面へ押し戻された。

 

零無は着地すると同時に、相手から距離を取った。

 

AFOも少し離れた場所へ降り立つ。

 

数秒。

 

互いに動かなかった。

 

「……本当に、しつこいね」

 

AFOが笑った。

 

「貴方が先へ進もうとするからでしょう」

 

零無は短く答えた。

 

「僕としては、ここにいていただければ十分なんですが」

 

「それは困るな」

 

AFOは東の空を見た。

 

「私にも、やるべきことがある」

 

「知っています」

 

零無は背中の組織を広げた。

 

「だから止めているんでしょう」

 

AFOは、しばらく零無を見ていた。

 

その笑みが、少しだけ深くなる。

 

「……そうだね」

 

男の周囲で、複数の個性が発動した。

 

零無は姿勢を低くする。

 

だが、攻撃は来なかった。

 

代わりに。

 

「……そういえば」

 

AFOが口を開いた。

 

「君に会わせた少女がいただろう?」

 

零無は僅かに眉を寄せる。

 

「……?」

 

「トガヒミコ」

 

零無の視線が、僅かに動いた。

 

AFOはその反応を見て、楽しそうに笑った。

 

「覚えているね」

 

「……ええ」

 

「あの子は、随分と君を気に入っていたようだった」

 

零無は答えなかった。

 

AFOが続ける。

 

「今も、あの子とは仲が良いのかな?」

 

「……何が言いたいんです?」

 

「いや、何」

 

AFOは笑った。

 

「彼女もこの戦場にいるようだからね。君は気にならないのかと思って」

 

零無は、相手の右腕を見た。

 

既に攻撃の準備が整っている。

 

「……」

 

その脳裏に、一人の少女の姿が浮かぶ。

 

金髪。

 

セーラー服。

 

いつも笑っている、騒がしい少女。

 

『零無くん、血ください!』

 

『嫌だ』

 

『一滴だけ!』

 

『断る』

 

『ケチ!』

 

何度も繰り返した会話。

 

それから。

 

『私のこと、嫌いになりました?』

 

『君がやったことを嫌っているのと、君を嫌っているのは別だろう』

 

『……やっぱり変です、零無くん』

 

『今更だな』

 

別の日。

 

『零無くん、私が死ぬの、嫌ですか?』

 

『……嫌だ』

 

『⋯⋯本当です?』

 

あの時、随分と嬉しそうに笑っていた。

 

そして。

 

『……またね、零無くん』

 

『⋯ああ』

 

いつもと同じ別れ方だった。

 

「……」

 

零無は、AFOを見た。

 

男は相変わらず笑っていた。

 

「……気になりますよ」

 

短く答える。

 

「おや」

 

「彼女がどうなっているのか、気にはなります」

 

「そうか」

 

「ですが、今ここで僕が出来ることはありません」

 

零無は姿勢を低くした。

 

「少なくとも、貴方を放置して会いに行くわけにはいかないでしょう」

 

AFOが僅かに目を細めた。

 

「……冷たいね」

 

「そう思うなら、それで構いません」

 

零無は短く答えた。

 

AFOは、しばらく零無を見ていた。

 

「君は本当に、変わらないね」

 

「そうですか?」

 

「ああ。随分と多くのものを大切にするようになったらしいけれど」

 

AFOの右腕が、僅かに動く。

 

「それでも、全てを守れると思っているのかな?」

 

零無は相手を見た。

 

「思っていませんよ」

 

即答だった。

 

AFOが僅かに眉を上げる。

 

「……ほう?」

 

「出来ないことは出来ません。それくらいは理解しています」

 

零無は背中の組織を動かした。

 

「ですが、出来ることまで諦める理由にはならないでしょう」

 

AFOは少しだけ黙った。

 

それから、小さく笑う。

 

「……なるほど」

 

次の瞬間。

 

男の右腕が膨張した。

 

     ◇

 

零無は横へ跳んだ。

 

衝撃波が地面を抉る。

 

しかし、AFOは止まらなかった。

 

先ほどまでとは違う速度で、一気に距離を詰めてくる。

 

零無は背中の組織を広げた。

 

ただし、今度は防壁ではない。

 

赤黒い組織が、全身へ薄く巻き付く。

 

肩。

 

胸。

 

腕。

 

そして脚。

 

体表を覆うように、硬質化した組織が広がった。

 

AFOが目を細める。

 

「……ほう」

 

零無は地面を蹴った。

 

常人とは比較にならない脚力。

 

さらに、脚を覆った組織が収縮し、身体を加速させる。

 

AFOの右側面へ。

 

しかし、男は既に反応していた。

 

左腕が伸びる。

 

零無は身体を捻った。

 

指先が眼前を通過する。

 

そのまま相手の背後へ回り込み、赤黒い刃を振るう。

 

AFOが防御する。

 

零無は刃を引いた。

 

同時に、背中から伸びた別の組織がAFOの足元を薙ぎ払う。

 

男が身体を浮かせた。

 

零無は追った。

 

地面を蹴る。

 

そのまま空中で身体を反転させ、AFOの頭上へ回り込む。

 

赤黒い組織が平たく広がる。

 

巨大な刃。

 

振り下ろす。

 

AFOが右腕で受け止めた。

 

轟音。

 

だが、零無はそこで形を変えた。

 

刃が柔らかくしなり、AFOの腕を外側から囲む。

 

そのまま収縮。

 

AFOの身体が、強引に下へ引き寄せられる。

 

零無はそれに合わせて落下した。

 

背中から伸びた組織が、細い槍へ変わる。

 

AFOの胸元へ。

 

「――!」

 

AFOは咄嗟に左腕を向けた。

 

衝撃波。

 

零無は槍を折り畳み、身体の前へ重ねた。

 

防御。

 

そのまま衝撃を受け流し、斜め下へ移動する。

 

着地。

 

しかし、零無は足を止めなかった。

 

地面を蹴り、再びAFOへ向かう。

 

右肩を覆っていた組織が、鋭い刃へ変わった。

 

AFOが右腕を上げる。

 

零無は、その動きを見ていた。

 

……今だ。

 

刃を途中で折り曲げる。

 

AFOの防御を避け、別の角度から伸ばす。

 

硬質化した先端が、男の脇腹を切り裂いた。

 

血が散る。

 

AFOが身体を捻る。

 

零無は即座に距離を取った。

 

だが。

 

今度はAFOが追ってきた。

 

「……!」

 

速い。

 

先ほどとは、明らかに違った。

 

零無は背中の組織を地面へ突き刺した。

 

身体を横へ引き寄せる。

 

しかし、AFOはその動きを読んでいた。

 

零無の移動先。

 

そこへ、既に右腕が向けられている。

 

「――っ!」

 

零無は反射的に身体を捻った。

 

だが、完全には避けられなかった。

 

衝撃波が、左肩を捉える。

 

身体が大きく弾き飛ばされた。

 

そのまま岩盤へ激突する。

 

轟音。

 

「……っ、が……!」

 

零無は地面へ転がった。

 

肩に鋭い痛みが走る。

 

骨に損傷がある。

 

それだけではない。

 

胸の奥にも鈍い痛みが残っていた。

 

先ほど傷めた肋骨だろう。

 

零無はゆっくりと身体を起こした。

 

左腕を動かす。

 

痛む。

 

しかし、動く。

 

背中の組織も、再形成は続いていた。

 

ただし。

 

……まずいな。

 

零無は短く息を吐いた。

 

今の一撃。

 

防御が間に合っていなければ、戦闘を続けられなかったかもしれない。

 

AFOが、少し離れた場所へ降り立った。

 

「……なるほど」

 

男は零無を見ていた。

 

「君の個性は、思っていた以上に応用が利くね」

 

零無は答えなかった。

 

「それに、君自身の身体能力も随分と高い。傷の治りも早い」

 

「そうですね」

 

「だが、それでも限界はある」

 

零無はゆっくりと立ち上がった。

 

「……当然でしょう」

 

AFOは小さく笑った。

 

「そうだね」

 

その右腕が、再び持ち上がる。

 

「そろそろ、終わりにしようか」

 

零無は身構えた。

 

だが。

 

今度の攻撃は、先ほどまでとは違った。

 

AFOの周囲で、複数の個性が同時に発動する。

 

右腕が膨張する。

 

同時に、周囲の空気が大きく歪んだ。

 

零無は即座に身体を横へ移動させた。

 

しかし、AFOの攻撃はその先へ向けられていた。

 

「――っ!」

 

回避は間に合わない。

 

零無は全身へ組織を纏わせた。

 

同時に、背中の四本を広げる。

 

盾。

 

衝撃。

 

硬質化した組織が大きく軋んだ。

 

零無は残る組織を地面へ突き刺し、身体を支える。

 

だが、AFOの攻撃はそれを上回った。

 

防御が崩れる。

 

衝撃が、零無の身体へ届いた。

 

「――ぐっ!」

 

地面へ叩きつけられる。

 

そのまま斜面を削りながら後退した。

 

岩盤へ激突。

 

零無は歯を食いしばった。

 

身体を覆っていた組織がなければ、戦闘を続けられなかったかもしれない。

 

……いや。

 

零無は、ゆっくりと身体を起こした。

 

呼吸が乱れている。

 

胸の奥が痛む。

 

左腕も、先ほどより動かしにくい。

 

背中の組織は、損傷した部分を補っている最中だった。

 

今の攻撃に、これまでの防御では対応出来なかった。

 

そして、AFOはまだ余力を残している。

 

零無は顔を上げた。

 

男は上空から、こちらを見下ろしていた。

 

「……零無君」

 

穏やかな声だった。

 

「これ以上は、君も保たないんじゃないかな」

 

零無は答えなかった。

 

地面へ手をつき、ゆっくりと立ち上がる。

 

「……そうですね」

 

AFOが僅かに首を傾げる。

 

「おや?」

 

零無は静かに息を吐いた。

 

「今のままでは、難しいでしょうから」

 

「……ほう」

 

AFOの目が細くなる。

 

零無は、自分の身体を確認した。

 

傷は塞がり始めている。

 

しかし、今すぐ完全に治るわけではない。

 

骨の損傷も残っている。

 

個性の使用による消耗も大きい。

 

このまま同じ戦い方を続ければ、先に限界を迎えるのはこちらだ。

 

それは分かっている。

 

ただ。

 

ここで倒れるわけにはいかなかった。

 

AFOが死柄木の元へ辿り着けば、状況はさらに悪くなる。

 

自分がここで止められるなら、止める必要がある。

 

そして。

 

……死ぬつもりもない。

 

零無は背中の組織へ意識を向けた。

 

赤黒い生体組織。

 

これまで、必要以上に見せることを避けてきた力だった。

 

雄英でも、教師達の前でも。

 

AFOに対してさえ、その全容を見せたことはない。

 

だが、今は違う。

 

ここで出し惜しみをする意味はなかった。

 

零無は姿勢を正した。

 

そして、背中の赤黒い尾がゆっくりと動き始めた。

 

     ◇

 

最初は、僅かな変化だった。

 

四本の尾が、零無の背後で広がる。

 

その表面が波打つように蠢いた。

 

AFOは上空から、その様子を見ていた。

 

「……?」

 

赤黒い組織が、少しずつ形を変えていく。

 

太くなる。

 

伸びる。

 

そして、先端が枝分かれした。

 

一本。

 

二本。

 

四本。

 

それまでとは、明らかに違う形状だった。

 

零無は静かに息を吐いた。

 

背中へ強烈な負荷がかかる。

 

だが、痛みによって動きを止めることはなかった。

 

赤黒い組織が、さらに広がる。

 

その中心で、硬質化が始まった。

 

表面が滑らかになり、輪郭が鋭くなる。

 

やがて、一本の巨大な構造体が形作られた。

 

十字。

 

その形を認めたAFOが、僅かに目を細めた。

 

「……おや」

 

零無は答えなかった。

 

背中の組織が、さらに変化を続ける。

 

二つ目。

 

三つ目。

 

四つ目。

 

十字架状の構造体が、零無の背後へ次々と展開されていく。

 

それらは、ただ大きいだけではなかった。

 

それぞれが独立して動き、先端の角度を変えている。

 

まるで、幾つもの巨大な刃が浮かんでいるようだった。

 

AFOは、しばらくその光景を見ていた。

 

「……なるほど」

 

小さく笑う。

 

「まだ隠していたんだね」

 

零無は、ゆっくりと顔を上げた。

 

「貴方に見せる理由がありませんでしたから」

 

「それは残念だ」

 

AFOは笑った。

 

だが、その視線は零無の背後から外れなかった。

 

赤黒い十字架。

 

その一つが、ゆっくりと持ち上がる。

 

その瞬間、AFOが右腕を振るった。

 

衝撃波。

 

零無の前方へ、巨大な十字架が倒れ込む。

 

轟音。

 

硬質化した組織が攻撃を受け止め、表面に亀裂が走った。

 

だが、砕けない。

 

零無はその奥で、静かに顔を上げた。

 

「……ほう」

 

AFOが僅かに目を細めた。

 

これまでの格子や盾とは、明らかに違う。

 

強度。

 

厚み。

 

そして、攻撃を受けても形を保っている組織そのものが。

 

AFOは、もう一度右腕を持ち上げた。

 

しかし、その前に変化が始まった。

 

「……?」

 

最初に変わったのは、十字架の先端だった。

 

赤黒い表面が、薄く色を失っていく。

 

灰色。

 

さらに淡く。

 

やがて、白へ。

 

その変化は止まらなかった。

 

十字架の先端から、根元へ。

 

一本目。

 

二本目。

 

三本目。

 

赤黒い色が、徐々に消えていく。

 

代わりに現れたのは、真っ白な表面だった。

 

骨のようにも見える。

 

だが、単なる骨ではない。

 

硬質化した組織は滑らかで、鋭い輪郭を持っている。

 

赤黒い部分が、白へ置き換わっていく。

 

その境界を、細い赤い線が走った。

 

まるで、内部を流れる何かが透けて見えているようだった。

 

零無の背後で、幾つもの巨大な十字が持ち上がる。

 

その全てが、白く染まっていく。

 

やがて、最後の赤黒い部分が色を失った。

 

「……」

 

AFOは、何も言わなかった。

 

先ほどまでの赤黒い生体組織とは、明らかに異なる。

 

巨大な十字架。

 

幾つもの鋭い先端。

 

真っ白な表面。

 

それらが零無の背後で、ゆっくりと広がっていた。

 

零無は自分の右手を、一度だけ開いた。

 

指を閉じる。

 

背中の構造体が、それに合わせるように動いた。

 

……問題ない。

 

零無は顔を上げた。

 

その視線の先には、AFOがいた。

 

「……随分と」

 

AFOが口を開く。

 

「印象が変わったね」

 

「そうですか?」

 

「うん。こちらの方が、君らしいかもしれない」

 

零無は少しだけ眉を寄せた。

 

「……どういう意味です?」

 

AFOは笑った。

 

「さて。どういう意味だと思う?」

 

零無は数秒だけ相手を見ていた。

 

それから、小さく息を吐く。

 

「……貴方は本当に」

 

そこで言葉を切った。

 

無意味な会話を続ける必要はない。

 

AFOも、既に両腕を持ち上げていた。

 

その周囲で、再び複数の個性が発動する。

 

零無は姿勢を低くした。

 

白い十字架が、一斉に動く。

 

一本が前方へ。

 

二本目が上方へ。

 

残りが左右へ広がった。

 

AFOの笑みが、僅かに深くなった。

 

「……実に興味深い」

 

零無は答えなかった。

 

代わりに、地面へ足を置く。

 

白い十字架が、背後で静止した。

 

一瞬。

 

周囲の音が遠ざかったように感じられた。

 

零無は真正面からAFOを見た。

 

その目に、迷いはなかった。

 

次の瞬間。

 

白い十字架の一つが、ゆっくりと前へ傾いた。

 

そして。

 

二人の間で、空気が震えた。

 

 

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