「正しい答え」   作:はい

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第3話

 

 

 

あの会話から、数時間後。

 

零無は別室へ移されていた。

 

事情聴取は一度打ち切られ、A組の生徒達にも休むよう指示が出ている。

 

当然。

 

まともに休めている者など、一人もいなかった。

 

     ◇

 

共有スペースへ戻ってから。

 

誰も、自室へ戻ろうとしなかった。

 

普段なら、誰かがテレビをつける。

 

上鳴や芦戸が騒ぐ。

 

瀬呂が混ざる。

 

峰田が余計なことを言う。

 

耳郎が突っ込む。

 

爆豪が怒鳴る。

 

飯田が注意する。

 

それが、この場所の日常だった。

 

今日は。

 

テレビの電源すら入っていない。

 

「……クソ」

 

爆豪が舌打ちした。

 

上鳴はソファへ深く沈み込んでいる。

 

「頭痛ぇ……」

 

「それは考え過ぎじゃない?」

 

耳郎が反射的に返す。

 

「いや考えるだろ普通!」

 

「……まあね」

 

いつもなら。

 

そこで少しくらい笑いが起きる。

 

今日は。

 

誰も笑わなかった。

 

芦戸も床へ座ったまま、膝を抱えている。

 

「何かさ……」

 

「うん」

 

瀬呂が応じる。

 

「頭ん中でずっと、金木の言ってたこと回ってる」

 

「私も」

 

「反論出来るところもあったんだけどさ」

 

芦戸は顔を伏せる。

 

「全部違うって言えないのが、すっごい嫌」

 

砂藤が腕を組んだまま言った。

 

「多分、あいつもそれ分かってて話してたんだろ」

 

尾白も頷く。

 

「答えを教えるつもりじゃなかったんだと思う」

 

「僕の言葉がおかしいなら反論しろ、か」

 

常闇が低く呟く。

 

「……腹立つな」

 

耳郎だった。

 

上鳴が顔を向ける。

 

「耳郎?」

 

「ずっと考えてたんだけど」

 

耳郎は顔を上げない。

 

「やっぱ、ムカつく」

 

「金木に?」

 

「それ以外に誰がいんの」

 

短く返して。

 

少し黙る。

 

「……文化祭の時」

 

何人かが耳郎を見る。

 

「アイツ、手伝ってくれたじゃん」

 

誰も口を挟まない。

 

「最初、全然興味なさそうだったくせに」

 

「こっちが困ってたら、機材とか予定とか、勝手に色々考えて」

 

少し間が空く。

 

「私が礼言ったら」

 

一拍。

 

「『礼を言うのは終わってからにしろ。まだ成功してない』って」

 

上鳴が僅かに口元を緩める。

 

「……言いそう」

 

「言ったんだよ」

 

耳郎は少し苛立ったように返す。

 

「で、さっき聞いたら」

 

一拍。

 

「楽しかったって」

 

静かになる。

 

「……そこ、嘘だった方が良かった?」

 

芦戸が聞く。

 

「知らない」

 

即答だった。

 

「分かんない」

 

耳郎は髪を掻く。

 

「全部嘘なら楽だったんだよ」

 

「最初から任務でした」

 

「私達なんかどうでもよかったです」

 

「そうなら最低って言って終われる」

 

「……うん」

 

「でも違うんでしょ」

 

声が低くなる。

 

「楽しかったのも本当」

 

「友達だと思ってたのも本当」

 

「私達に期待してるってのも、多分本当」

 

そして。

 

「それで裏切ってんの」

 

耳郎は吐き捨てた。

 

「……意味分かんない」

 

     ◇

 

「私も」

 

麗日が言った。

 

全員がそちらを見る。

 

「私も、腹立ってる」

 

声は大きくない。

 

けれど。

 

抑えた分だけ、重かった。

 

「私があそこで喋ったことを、金木君がどう受け取るかは」

 

「私には決められない」

 

膝の上で。

 

指がゆっくり握られる。

 

「でも」

 

「あれを、壊れたから人は変わったって証拠みたいに言われるのは」

 

「やっぱり嫌」

 

緑谷が麗日を見る。

 

「お茶子ちゃん……」

 

「あの人達」

 

「怖かったんだよ」

 

「デク君が嫌いだったわけじゃない」

 

「ヒーロー全部が嫌いだったわけでもない」

 

「家族がおって」

 

「生活があって」

 

「やっと逃げてきた場所で」

 

「また危ない目に遭うかもしれない」

 

「怖かっただけなんだよ」

 

一度。

 

息を吐く。

 

「それでも最後には聞いてくれた」

 

「私は、それを」

 

「壊れたから、だけで片付けたくない」

 

誰も口を挟まない。

 

「……でも」

 

麗日は目を伏せた。

 

「金木君が言ってることも」

 

「全部間違ってるって言えへん」

 

「平和だった時に同じこと言って」

 

「みんながあんなふうに聞いてくれたかって聞かれたら」

 

一拍。

 

「分からへん」

 

少しだけ。

 

眉を寄せる。

 

「だから余計に腹立つ」

 

顔を上げた。

 

「何であの人」

 

「そんなこと、一人でずっと考えてたんやろ」

 

「もっと早く言えばよかったやん」

 

「社会がおかしいって」

 

「間に合わへん人がおるって」

 

「私らが答えられへんかったら」

 

「何回でも言えばよかった」

 

声は静かなままだった。

 

「何で」

 

「全部終わってから言うんやろ」

 

「裏切って」

 

「捕まって」

 

「もう自分がどうなってもええみたいになってから」

 

麗日は視線を落とす。

 

「……ずるい」

 

そして。

 

「今になって」

 

「君達なら考えられる、って」

 

一拍。

 

「それやったら」

 

「最初から信じてよ」

 

     ◇

 

緑谷は答えられなかった。

 

自分にも。

 

似たところがあったからだ。

 

一人で雄英を出た。

 

皆を危険から遠ざけるために。

 

自分一人が背負えばいいと思った。

 

そして。

 

皆に否定された。

 

「……デク君」

 

麗日が呼ぶ。

 

「うん」

 

「金木君」

 

「本当に、全部話してたと思う?」

 

緑谷はすぐには答えなかった。

 

「……分からない」

 

「話してねぇだろ」

 

爆豪が吐き捨てる。

 

「かっちゃん?」

 

「あの野郎」

 

「聞かれたことには答えてやがる」

 

「けど」

 

「自分から余計なことまで喋るタマじゃねぇ」

 

蛙吹が頷く。

 

「私もそう思うわ」

 

「梅雨ちゃんも?」

 

「嘘を言っている感じではなかったけれど」

 

「聞かれていないことを」

 

「自分から話していない感じがしたの」

 

轟も頷いた。

 

「ああ」

 

「俺もだ」

 

「どこ?」

 

「葉隠の話になった時」

 

空気が変わった。

 

     ◇

 

葉隠は部屋の隅にいた。

 

ずっと。

 

黙っていた。

 

「……私?」

 

「ああ」

 

轟は葉隠を見る。

 

「お前が」

 

「私のためだった、って聞いた時」

 

一拍。

 

「あいつは、明らかに答えを切り上げようとしてた」

 

飯田も腕を組む。

 

「確かに」

 

「僕が決めた」

 

「君には関係ない」

 

「その繰り返しだった」

 

八百万が続ける。

 

「葉隠さんが理由を尋ねても」

 

「自身の責任だ、という話へ戻していました」

 

耳郎が低く言う。

 

「……あそこだけ」

 

「絶対、こっちに触らせたくない感じだった」

 

芦戸が眉を寄せる。

 

「今考えると……変じゃない?」

 

葉隠は自分の腕を抱いた。

 

「でも、零無は……」

 

言葉が止まる。

 

――君には関係ない。

 

あの声が。

 

頭から離れない。

 

     ◇

 

「葉隠さん」

 

八百万が尋ねた。

 

「以前から」

 

「何か違和感はありませんでしたか?」

 

「違和感?」

 

「金木さんの行動に」

 

葉隠は考える。

 

長い付き合いだった。

 

中学の頃から。

 

だからこそ。

 

一つ一つは気にしていなかった。

 

「……あった」

 

全員が葉隠を見る。

 

「いつからか分かんないけど」

 

「私が一人になるの」

 

「すごく嫌がるようになった」

 

緑谷の表情が変わる。

 

「一人に?」

 

「うん」

 

「買い物とか」

 

「移動とか」

 

「ちょっと外に出るだけでも」

 

「誰かと一緒に行けって」

 

耳郎が眉を寄せる。

 

「過保護?」

 

「違う」

 

即答だった。

 

「もっと変だった」

 

「理由聞いてもちゃんと説明しないし……」

 

一拍。

 

「私の予定」

 

「妙に細かく確認してた」

 

緑谷が顔を上げる。

 

「それ……」

 

「え?」

 

「監視じゃなくて」

 

一拍。

 

「安全確認だったんじゃ……」

 

葉隠の身体が固まった。

 

     ◇

 

「そういえば」

 

尾白が言う。

 

「俺も聞かれたことある」

 

「何を?」

 

「今日、透と一緒に帰るか、って」

 

「……え?」

 

「普通に仲が良いから」

 

「気にしてるんだと思ってた」

 

瀬呂も顔を上げる。

 

「俺もある」

 

「俺も」

 

上鳴。

 

芦戸も。

 

「……私も」

 

少しずつ。

 

点が繋がっていく。

 

「ちょっと待って」

 

芦戸の声が小さくなる。

 

「それ」

 

「かなり前からじゃん」

 

障子が静かに言う。

 

「直接」

 

「常に守ることは出来ない」

 

「だから」

 

「周囲に誰かがいるか確認していた」

 

一拍。

 

「そう考えれば、辻褄は合う」

 

葉隠の手が震えた。

 

「……何それ」

 

耳郎がすぐに口を開く。

 

「まだ決まったわけじゃない」

 

「でも」

 

「決まってない」

 

少し強く言った。

 

「アイツが何考えてたかなんて」

 

「本人に聞かないと分かんない」

 

「……うん」

 

葉隠は小さく頷いた。

 

     ◇

 

それから。

 

さらに時間が経った。

 

一時間。

 

二時間。

 

教師側からの連絡はない。

 

一度は自室へ戻るよう言われた。

 

それでも。

 

何人かは共有スペースに残った。

 

結局。

 

残った者のところへ。

 

部屋へ戻った者達も。

 

少しずつ戻ってきた。

 

そして。

 

日付が変わる頃。

 

玄関側の扉が開いた。

 

塚内が入ってくる。

 

ほぼ同時に。

 

共有スペースのモニターへ電源が入った。

 

病室の相澤が映る。

 

その時点で。

 

全員が立ち上がった。

 

「先生」

 

緑谷がモニターへ近付く。

 

「何か分かったんですか」

 

相澤は。

 

昼間よりさらに疲れた顔をしていた。

 

「少しな」

 

「少し?」

 

「あいつ」

 

相澤は眉間を押さえる。

 

「徹底的に消してやがった」

 

     ◇

 

テーブルへ。

 

塚内が端末を置く。

 

「金木本人の端末には」

 

「まともな通信履歴はほとんど残っていない」

 

八百万が尋ねる。

 

「復元出来なかったのですか?」

 

「端末そのものからは、ほぼ無理だった」

 

塚内が答える。

 

「通常の削除じゃない」

 

「履歴」

 

「バックアップ」

 

「一時保存」

 

「接続先の情報」

 

「復元に使えそうなものを」

 

「定期的に潰している」

 

緑谷が息を呑む。

 

「定期的に……」

 

「ああ」

 

相澤が続ける。

 

「捕まる直前にまとめて消したわけじゃない」

 

「ずっと前からやってる」

 

「自分が調べられる可能性を」

 

「最初から想定してたんだろう」

 

耳郎の顔が険しくなる。

 

「……アイツ」

 

「ですが」

 

八百万が口を開く。

 

「でしたら」

 

「何が分かったのですか?」

 

「本人の端末だけなら、ほぼ何も分からなかった」

 

塚内は端末を操作する。

 

「だから」

 

「別の記録と照合した」

 

画面へ。

 

大量の情報が表示される。

 

雄英側の通信記録。

 

入退場記録。

 

時間だけが残った接続ログ。

 

そして。

 

これまで警察が押収していた。

 

敵連合やAFO関連拠点の通信機器。

 

「零無の供述で」

 

「使用していた時期と方式の目星はついた」

 

塚内が続ける。

 

「それを基に」

 

「以前押収した中継機器の記録を洗い直した」

 

「完全な会話は残っていない」

 

「暗号化もされている」

 

「ただ」

 

「通信があった時刻」

 

「データ量」

 

「どの中継先を使ったか」

 

「その程度の断片は残っていた」

 

「それだけで?」

 

緑谷が聞く。

 

「内容までは分からない」

 

「ああ」

 

塚内は頷く。

 

「だから」

 

「内容を復元したんじゃない」

 

「周囲の記録と照合した」

 

     ◇

 

そこから。

 

さらに説明が続いた。

 

通信日時。

 

事件発生時刻。

 

ヴィラン側の移動。

 

雄英側の予定。

 

生徒達の入退場記録。

 

クラスメイト同士に残っていた当時のメッセージ。

 

そして。

 

葉隠の行動。

 

それらを。

 

一つずつ重ねた。

 

     ◇

 

「最初は」

 

「俺達も気付かなかった」

 

相澤が言った。

 

「何にですか?」

 

「金木が渡していた情報の偏りだ」

 

八百万の目が鋭くなる。

 

「偏り?」

 

「ああ」

 

塚内が。

 

いくつかの記録を表示する。

 

「完全に近い情報を渡している時もある」

 

「だが」

 

「妙に精度が落ちている通信がある」

 

「時刻が少しずれている」

 

「人数が曖昧になっている」

 

「移動経路が一つ抜けている」

 

「重要度の低い情報が先に出ている」

 

緑谷が画面を見る。

 

「……わざと?」

 

「可能性は考えた」

 

相澤。

 

「だが」

 

「それだけなら証明出来ない」

 

「じゃあ……」

 

「葉隠の行動と重ねた」

 

全員が止まった。

 

     ◇

 

塚内は画面を切り替える。

 

「金木が情報の精度を落としている時期」

 

「その直後に」

 

「葉隠が敵側の行動範囲へ入る可能性が生じているケースがある」

 

一件。

 

二件。

 

三件。

 

「逆に」

 

八百万が尋ねる。

 

「葉隠さんが安全な位置にいる時は?」

 

「情報の精度が上がっている例がある」

 

葉隠の顔から。

 

血の気が引いていく。

 

「……偶然」

 

誰かが言った。

 

相澤が答える。

 

「その可能性も考えた」

 

「だから」

 

「それだけなら」

 

「ここまでの話はしていない」

 

     ◇

 

塚内が。

 

別のデータを開く。

 

「押収済みの中継端末に」

 

「一時記録として残っていた音声片があった」

 

「音声……」

 

「三秒弱だ」

 

「それだけ?」

 

「ああ」

 

「前後は欠損している」

 

「通信全体が保存されていたわけでもない」

 

「たまたま残った一部分だ」

 

「声紋は照合した」

 

そして。

 

再生。

 

ノイズ。

 

酷い。

 

ほとんど聞き取れない。

 

『――……条件……』

 

零無。

 

そして。

 

ノイズ。

 

『……予定……変わった』

 

AFO。

 

また。

 

ノイズ。

 

『――彼女は?』

 

     ◇

 

それだけ。

 

音が切れる。

 

葉隠が瞬きする。

 

「……これだけ?」

 

「ああ」

 

相澤が答える。

 

「これだけだ」

 

「じゃあ」

 

「これだけなら何も分からない」

 

「だから」

 

「その日を調べた」

 

     ◇

 

その通信が行われた日。

 

葉隠は。

 

当初の予定を変更していた。

 

放課後。

 

芦戸達と外出する予定だった。

 

だが。

 

急遽取りやめた。

 

当時のメッセージが残っていた。

 

「……覚えてる」

 

芦戸が呟く。

 

「私が用事出来て」

 

葉隠も思い出す。

 

「それで」

 

「私、一人で帰ろうとして……」

 

「その十五分後」

 

塚内。

 

「金木から通信が入っている」

 

さらに。

 

二十分ほど後。

 

別の断片。

 

文字の一部だけ。

 

《対象――変更――同行――確認》

 

「対象?」

 

緑谷が呟く。

 

「誰かは分からない」

 

塚内は答える。

 

「だが」

 

次。

 

その日の雄英への帰校記録。

 

葉隠と尾白が。

 

ほぼ同じ時刻に戻っている。

 

尾白の顔が変わる。

 

「……あの日」

 

思い出す。

 

「金木に言われた」

 

「何を?」

 

「悪いけど」

 

一拍。

 

「透と一緒に帰ってくれないか、って」

 

静寂。

 

葉隠が尾白を見る。

 

「……私」

 

「覚えてない」

 

「普通だったから」

 

「金木が何か頼んでくること自体は珍しかったけど」

 

尾白は息を呑む。

 

「理由聞いたら」

 

「何て?」

 

「僕は少し用事がある、って」

 

     ◇

 

誰も。

 

すぐには喋れなかった。

 

「……待って」

 

耳郎が言った。

 

「じゃあ」

 

「その時点でアイツ」

 

言葉が詰まる。

 

「透が一人になったこと」

 

「把握してたってこと?」

 

「可能性は高い」

 

相澤。

 

「そして」

 

「AFO側も」

 

「葉隠の予定を把握していた可能性がある」

 

葉隠の肩が震えた。

 

     ◇

 

「まだある」

 

塚内が言う。

 

今度は。

 

復元された文章の断片。

 

《――必要性がない》

 

《――彼女を含める理由を説明してください》

 

《――作戦上――》

 

欠損。

 

《――なら別の人間で構わない》

 

一同が固まった。

 

     ◇

 

緑谷が。

 

ゆっくり画面を見る。

 

「これ……」

 

八百万も理解する。

 

「誰かを」

 

「作戦から外そうとしている……?」

 

「断定は出来ない」

 

塚内は言った。

 

「名前は残っていない」

 

「前後も欠けている」

 

「だが」

 

次の資料。

 

通信日時。

 

その直後。

 

敵側から。

 

別の生徒に関する行動情報が要求されている。

 

「……通ったんだ」

 

上鳴が呟く。

 

「アイツ」

 

「交渉して」

 

「透を外した……?」

 

     ◇

 

「そして」

 

塚内が言った。

 

「一番分かりやすいのが」

 

「これだ」

 

最後。

 

音声。

 

僅か四秒。

 

やはり。

 

ノイズだらけ。

 

最初に。

 

AFOの声。

 

『――随分と慎重だね』

 

ノイズ。

 

そして。

 

零無。

 

『あなたが信用出来ないので』

 

AFOの声。

 

『葉隠透について?』

 

一瞬。

 

無音。

 

そして。

 

零無。

 

『質問に答えてください』

 

そこで。

 

切れる。

 

     ◇

 

誰も。

 

喋らなかった。

 

葉隠も。

 

動かなかった。

 

耳郎が小さく。

 

「……あ」

 

それだけだった。

 

全てが証明されたわけではない。

 

断片ばかりだ。

 

前後もない。

 

完全な会話ではない。

 

それでも。

 

今までの行動と重ねれば。

 

あまりにも。

 

繋がり過ぎていた。

 

     ◇

 

最初から。

 

「透を守れ」

 

などとは言っていない。

 

そんな言葉を残せば。

 

自分が何を恐れているのか。

 

AFOへ。

 

改めて示すことになる。

 

だから。

 

零無は言わない。

 

彼女を外せ、とも。

 

出来る限り直接は言わない。

 

作戦上の必要性を問う。

 

別の人間で代替出来ると主張する。

 

情報の精度を落とす。

 

誰かを同行させる。

 

予定を確認する。

 

AFO側が葉隠へ関心を向ける度に。

 

理由を聞く。

 

条件を確認する。

 

別案を出す。

 

そして。

 

その痕跡すら。

 

出来る限り残さない。

 

     ◇

 

「……何、それ」

 

葉隠が呟いた。

 

「何、それ……」

 

今度は。

 

少し大きかった。

 

「ずっと?」

 

相澤は答えない。

 

断定出来ないからだ。

 

だが。

 

葉隠には。

 

思い当たることが多過ぎた。

 

一人で帰るな。

 

誰かと行け。

 

今日は何時に帰る。

 

明日は誰といる。

 

休日はどこへ行く。

 

何度も。

 

何度も。

 

鬱陶しいと思った。

 

「大丈夫だって」

 

そう言った。

 

その度。

 

零無は。

 

「分かった」

 

とだけ返していた。

 

     ◇

 

「……アイツ」

 

爆豪の声が低い。

 

「マジで」

 

拳が握られる。

 

「何も残す気なかったんじゃねぇか」

 

「恐らくな」

 

相澤が答えた。

 

「自分が捕まった後に」

 

「こういう部分まで発覚することを」

 

「避けようとしていた可能性が高い」

 

麗日が顔を上げる。

 

「……何で」

 

誰に聞くでもなく。

 

呟いた。

 

「何でそこまで」

 

一拍。

 

「自分が悪いってことだけ、残そうとするんやろ」

 

     ◇

 

「違うと思う」

 

緑谷が言った。

 

麗日が見る。

 

「悪いことにしたいんじゃない」

 

「……」

 

「金木君は」

 

「本当に、自分が悪いと思ってるんだ」

 

誰も言わない。

 

「葉隠さんを脅迫材料にされた」

 

「でも」

 

「それでも自分には、他の選択肢があったって思ってる」

 

「相談出来た」

 

「逃げられたかもしれない」

 

「戦えたかもしれない」

 

「もっと早く」

 

「助けを求められたかもしれない」

 

緑谷は拳を握る。

 

「その全部をやらずに」

 

「AFOの要求を飲んだ」

 

一拍。

 

「だから」

 

「自分の責任だって」

 

     ◇

 

「ふざけないでよ」

 

耳郎だった。

 

誰も。

 

声を挟めなかった。

 

「何それ」

 

「自分の責任だから」

 

「だから何?」

 

声が。

 

次第に強くなる。

 

「脅されたことまで消していい理由になんないじゃん!」

 

「こっちには」

 

「全部考えろって言ったくせに!」

 

「自分のことだけ」

 

「最初から答え決めてんじゃん!」

 

芦戸が。

 

「耳郎……」

 

「だってそうでしょ!」

 

耳郎は止まらない。

 

「自分は悪い」

 

「自分が選んだ」

 

「自分が責任取る」

 

「だから透には関係ない」

 

「私達にも関係ない」

 

「全部!」

 

拳が震える。

 

「全部」

 

「自分で決めてんじゃん!」

 

一拍。

 

「……文化祭の時」

 

声が。

 

少しだけ落ちた。

 

「私が困ってる時は」

 

「聞かなきゃ分かんないって言ったくせに」

 

「何に困ってるって」

 

「ちゃんと聞いてきたくせに」

 

「自分の時は」

 

唇を噛む。

 

「何で」

 

「誰にも聞かせないの」

 

     ◇

 

「私も」

 

麗日が言った。

 

耳郎ほど。

 

声を荒らげてはいなかった。

 

「それは嫌」

 

皆が麗日を見る。

 

「さっき」

 

「私達に期待してるって言った」

 

「君達なら考えられるって」

 

一度。

 

息を吐く。

 

「だったら」

 

「透ちゃんが危ないって分かった時も」

 

「考えさせてほしかった」

 

「デク君も」

 

「先生も」

 

「私らもおった」

 

「……」

 

「頼ってほしかった、って言うたら」

 

少し違う気もする。

 

麗日は言葉を探した。

 

「違う」

 

そして。

 

顔を上げる。

 

「選ばせてほしかった」

 

誰も口を挟まない。

 

「一緒に守るか」

 

「危なくても助けに行くか」

 

「それを」

 

一拍。

 

「最初から無いことにせんといてほしかった」

 

     ◇

 

葉隠が。

 

立ち上がった。

 

「……透ちゃん?」

 

麗日が見る。

 

葉隠は震えている。

 

「会いたい」

 

塚内を見る。

 

「零無に」

 

一拍。

 

「今」

 

塚内は。

 

すぐには答えなかった。

 

モニターの相澤を見る。

 

相澤も。

 

少し考える。

 

「……塚内」

 

「ああ」

 

塚内が頷く。

 

「もう一度だけ」

 

「俺達の立ち会いで話そう」

 

葉隠は。

 

強く頷いた。

 

結局。

 

誰一人。

 

自室へは戻らなかった。

 

     ◇

 

拘束室。

 

扉が開く。

 

零無が顔を上げた。

 

葉隠。

 

その後ろ。

 

緑谷。

 

爆豪。

 

麗日。

 

飯田。

 

轟。

 

八百万。

 

切島。

 

蛙吹。

 

障子。

 

常闇。

 

耳郎。

 

上鳴。

 

芦戸。

 

瀬呂。

 

尾白。

 

砂藤。

 

口田。

 

青山。

 

峰田。

 

二十人全員。

 

さらに。

 

塚内。

 

数名の警察官。

 

壁のモニターには。

 

病室の相澤。

 

零無は。

 

一度だけ全員を見る。

 

「……休むよう指示されていなかったか?」

 

爆豪。

 

「誰のせいだと思ってんだ」

 

「僕だろうな」

 

「てめぇ以外にいんのか」

 

「だから」

 

「そう言っただろう」

 

葉隠は。

 

何も言わない。

 

端末を。

 

机へ置く。

 

零無の目が。

 

ほんの僅かに変わった。

 

     ◇

 

「これ」

 

葉隠。

 

「何?」

 

零無は画面を見る。

 

復元された断片。

 

数秒。

 

沈黙。

 

「……随分」

 

「拾いましたね」

 

相澤の眉が動く。

 

「お前な」

 

「全て消したつもりでした」

 

「だろうな」

 

「君が使った端末からじゃない」

 

塚内が言う。

 

「押収済みの中継記録と」

 

「周囲のログを照合した」

 

零無が。

 

僅かに眉を寄せる。

 

「そこまで残っていましたか」

 

耳郎が。

 

「そこじゃない!」

 

零無が見る。

 

「何だ?」

 

「何で消したの!」

 

「残す理由がない」

 

「あるでしょ!」

 

「何が?」

 

「これが!」

 

耳郎は端末を指差す。

 

「アンタが」

 

「透を守ろうとしてたってこと!」

 

零無は。

 

一拍。

 

黙った。

 

「それがどうした?」

 

耳郎の顔が引きつる。

 

「……それがどうした?」

 

「僕が君達を裏切った事実と」

 

「何の関係がある?」

 

「あるに決まってんでしょ!」

 

     ◇

 

葉隠が机を叩いた。

 

「何で、言わなかったの」

 

零無は透を見る。

 

「言う必要がなかった」

 

「ある」

 

「ない」

 

「ある!」

 

「ない」

 

あまりにも。

 

いつも通りだった。

 

葉隠の声が震える。

 

「私のせいだったんでしょ」

 

零無の目が変わった。

 

「違う」

 

即答。

 

「でも!」

 

「違う」

 

もう一度。

 

「AFOが私を――」

 

「透」

 

声が。

 

明確に鋭くなる。

 

「そこを混同するな」

 

葉隠が止まる。

 

     ◇

 

「AFOが君を脅迫材料にした」

 

「事実だ」

 

部屋の空気が変わった。

 

零無は続ける。

 

「僕がそれを受けて」

 

「要求を飲んだ」

 

「それも事実だ」

 

「だが」

 

一拍。

 

「僕が以前から」

 

「今の社会に問題があると考えていたことも」

 

「要求を飲んだ後」

 

「渡す情報を自分の判断で操作したことも」

 

「被害を減らせる場所では減らそうとしたことも」

 

「全部」

 

「僕の行動だ」

 

「でも」

 

「僕は元々」

 

「AFOの思想に賛同していたわけではない」

 

静かに。

 

「だからといって」

 

「君を脅迫材料にされたから仕方がなかった」

 

「それだけで終わらせるつもりもない」

 

     ◇

 

「私がいなかったら」

 

葉隠が言った。

 

「やめろ」

 

一瞬だった。

 

全員が零無を見る。

 

「それだけは言うな」

 

「……」

 

「君が存在したから僕が裏切った。そう言いたいのか?」

 

「だって……」

 

「なら聞く」

 

零無は拘束されたまま、僅かに前へ身体を傾ける。

 

「僕が君を好きになったことは、君の罪か?」

 

「……違う」

 

「僕が君を守りたいと思ったことは?」

 

「違う……」

 

「AFOがそれを利用したことは?」

 

「違う」

 

「僕が要求を飲んだことは?」

 

葉隠は答えられない。

 

「僕だ」

 

零無は言った。

 

「そこだけは僕だ」

 

「君に渡すつもりはない」

 

葉隠は俯いた。

 

「……でも」

 

「何?」

 

「AFOに、選ばされたんでしょ」

 

零無は少し黙った。

 

「ああ」

 

否定しなかった。

 

「拒める形ではなかった」

 

「……」

 

「それは事実だ」

 

それでも。

 

零無の声は変わらない。

 

「だが、最後に要求を飲んだのは僕だ」

 

「だから」

 

一拍。

 

「その責任まで、君に渡すつもりはない」

 

     ◇

 

「勝手に背負わないで!」

 

「君に言われたくないな」

 

「何で!」

 

「僕が先にやっているからだろう」

 

「だからだよ!」

 

葉隠が机を叩く。

 

「零無が」

 

「勝手に一人で持ってったんじゃん!」

 

「そうだ」

 

「認めるの!?」

 

「事実だからな」

 

「何で!」

 

「君に持たせる必要がない」

 

「私が決める!」

 

「これは」

 

「君の感情の話じゃない」

 

「同じだよ!」

 

「違う」

 

「同じ!」

 

     ◇

 

「ねえ」

 

耳郎だった。

 

零無がそちらを見る。

 

「何だ?」

 

「文化祭の時」

 

「……」

 

「私が困ってるの」

 

「見つけたよね」

 

「ああ」

 

「私が何も言わなくても」

 

「困ってることまでは分かったって」

 

「言った」

 

「じゃあ」

 

耳郎は零無を見る。

 

「何で」

 

「自分が困ってる時だけ」

 

「誰にも見つけさせないの」

 

零無は。

 

すぐには答えない。

 

「……見つけられれば」

 

「君達は来る」

 

「は?」

 

「助けようとする」

 

「当たり前でしょ!」

 

「だから困る」

 

耳郎の顔が歪む。

 

「何それ」

 

「君達なら」

 

「僕を助けようとする」

 

「透を助けようとする」

 

「AFOに挑む」

 

「誰かが傷付く」

 

「最悪の場合」

 

「死ぬ」

 

一拍。

 

「なら」

 

「僕一人で済ませた方がいい」

 

     ◇

 

「それ」

 

緑谷が言った。

 

「僕もやった」

 

零無を見る。

 

「皆を危険に巻き込みたくなくて」

 

「一人で雄英を出た」

 

「……」

 

「でも」

 

「皆が来た」

 

「ああ」

 

「僕は」

 

緑谷の拳が握られる。

 

「間違ってた」

 

「状況が違う」

 

「同じところもあるよ!」

 

「僕の場合」

 

「透は明確に脅迫材料にされていた」

 

「だからって!」

 

緑谷の声が響く。

 

「僕らの選択肢まで」

 

「奪っていいことにはならない!」

 

     ◇

 

「そう」

 

麗日が言った。

 

零無が見る。

 

麗日は。

 

泣いてはいなかった。

 

目元は赤い。

 

それでも。

 

声は落ち着いていた。

 

「そこ」

 

「私も同じこと思う」

 

「……」

 

「金木君」

 

「私らなら助けに来るって」

 

「分かってたんやろ?」

 

「ああ」

 

「私らなら」

 

「危なくても」

 

「透ちゃんも」

 

「金木君も」

 

「助けようとするって」

 

「ああ」

 

「その点は」

 

一拍。

 

「信用してたんや」

 

零無が僅かに止まる。

 

「そうだ」

 

麗日は。

 

しばらく零無を見る。

 

「だったら」

 

静かに。

 

「私らが選ぶことまで」

 

「金木君が決めんといて」

 

零無の目が僅かに細くなる。

 

「危険を選ばせろ、と?」

 

「そうは言ってない」

 

「では?」

 

「危険かどうかも含めて」

 

麗日は答える。

 

「こっちにも考えさせてって言ってる」

 

一拍。

 

「金木君一人で」

 

「最初から答えを決めんといて」

 

「君達が死ぬ可能性が上がる」

 

「うん」

 

「それでも?」

 

「だから」

 

麗日は零無を見る。

 

「それを決めるのも」

 

「金木君だけじゃない」

 

     ◇

 

零無は答えなかった。

 

麗日は。

 

少しだけ眉を寄せる。

 

そして。

 

先程の言葉を思い出した。

 

「……金木君」

 

「何?」

 

「さっき」

 

一拍。

 

「AFOに」

 

「選ばされたって言ったよね」

 

零無の目が。

 

僅かに動く。

 

「……ああ」

 

「透ちゃんを使われて」

 

「断れんようにされたって」

 

「ああ」

 

麗日は。

 

一歩も動かなかった。

 

ただ。

 

真っ直ぐ零無を見る。

 

「じゃあ」

 

一拍。

 

「金木君が」

 

「私らにしたことは何なん?」

 

「……麗日」

 

「私らなら助けに来る」

 

「危ないことも選ぶ」

 

「だから言わない」

 

一つずつ。

 

「私らが何するか」

 

「何を選ぶか」

 

「先に金木君が決めた」

 

零無は黙っている。

 

「危ないからって」

 

「最初から」

 

「選ばせんかった」

 

「それ」

 

一拍。

 

「AFOと何が違うの」

 

     ◇

 

長い沈黙。

 

零無の目が。

 

明確に鋭くなる。

 

「……その比較は」

 

一拍。

 

「かなり不愉快だな」

 

「うん」

 

麗日は引かなかった。

 

「でも」

 

「違うなら」

 

静かに。

 

「違うって言って」

 

零無は。

 

口を開く。

 

止まる。

 

何かを言おうとして。

 

結局。

 

「……否定し難い」

 

それだけだった。

 

麗日の指が。

 

僅かに握られる。

 

「……そっか」

 

それ以上。

 

何も言わなかった。

 

     ◇

 

「お前さ」

 

砂藤が言う。

 

「誰かが危険になるくらいなら」

 

「ずっと」

 

「自分一人で片付けてたのか?」

 

「必要なら」

 

「必要かどうかも」

 

「お前が決めるんだろ」

 

「……」

 

「結局」

 

「誰にも頼る気ないんじゃないのか」

 

「必要があれば頼っていた」

 

「自分で必要だと思った時だけだろ」

 

零無は黙る。

 

「……そこは」

 

「否定しない」

 

     ◇

 

「……こわかった?」

 

口田が。

 

小さく聞いた。

 

零無が見る。

 

「何が?」

 

「葉隠さんが」

 

「傷付けられるの」

 

零無は。

 

少しだけ止まった。

 

「……ああ」

 

短かった。

 

だから。

 

誰も。

 

聞き間違えなかった。

 

口田は続ける。

 

「だったら」

 

「一人で怖がらなくても」

 

「よかったんじゃないかな」

 

零無は。

 

すぐには答えない。

 

「……その点は」

 

一拍。

 

「君の言う通りかもしれない」

 

     ◇

 

青山が。

 

静かに言う。

 

「怖かった人間が」

 

「助けて、と言うことまで」

 

一拍。

 

「罪にはならないよ」

 

「分かっている」

 

青山は。

 

少しだけ首を傾げる。

 

「知識として?」

 

零無が。

 

少し黙った。

 

青山は。

 

それ以上言わなかった。

 

     ◇

 

葉隠が。

 

零無を見る。

 

「じゃあ」

 

「何だ?」

 

「今度は」

 

「私達に選ばせて」

 

「何を?」

 

「零無をどうするか」

 

「……」

 

「助けるか」

 

「怒るか」

 

「許すか」

 

「許さないか」

 

「一緒にいるか」

 

「嫌いになるか」

 

声は。

 

震えている。

 

「全部」

 

「零無が決めないで」

 

     ◇

 

零無は。

 

何も言わない。

 

「私のせいじゃないって言うのは」

 

「分かった」

 

「でも」

 

「だからって」

 

「私に何もさせないのは違う」

 

一歩。

 

近付く。

 

「私は」

 

「零無が私を守ろうとしたことを」

 

「嫌だって言う権利もある」

 

「……」

 

「嬉しいって思う権利もある」

 

「……」

 

「怒る権利もある」

 

そして。

 

「それでも」

 

一拍。

 

「好きでいる権利もある」

 

零無の表情が。

 

止まった。

 

     ◇

 

「……それは」

 

言葉が。

 

ほんの少し遅れた。

 

「随分」

 

「都合が良いな」

 

葉隠は。

 

泣きながら。

 

少しだけ笑った。

 

「知ってる」

 

「僕を許すのか?」

 

「まだ決めてない」

 

「……」

 

「自分で決める」

 

長い沈黙。

 

「分かった」

 

それだけ。

 

「それでいい」

 

とは。

 

言わなかった。

 

既に。

 

自分にその決定権がないことを。

 

突き付けられている。

 

     ◇

 

「お前さ」

 

瀬呂が言った。

 

「さっき」

 

「社会が人を置いていくのが嫌だって」

 

「散々言ってたじゃん」

 

「ああ」

 

「で」

 

一拍。

 

「自分で俺ら置いてったんだな」

 

零無は黙る。

 

耳郎が続ける。

 

「しかも」

 

「置いてかれたって」

 

「こっちが気付かないように」

 

「……」

 

少し。

 

間が空く。

 

「私が一人で抱えてたら」

 

「勝手に見つけたくせに」

 

「……」

 

「自分の時だけ」

 

「見つけさせないんだ」

 

零無は。

 

耳郎を見る。

 

耳郎は。

 

逸らさない。

 

「それ」

 

声が。

 

僅かに掠れた。

 

「ずるいよ」

 

「……」

 

「私達のこと」

 

「友達だって言うなら」

 

一瞬。

 

言葉が詰まる。

 

「……そういう時くらい」

 

一拍。

 

「友達にさせてよ」

 

零無は。

 

何も返さなかった。

 

     ◇

 

緑谷が。

 

零無を見る。

 

「金木君」

 

「何だ?」

 

「君が社会について言ってたこと」

 

「全部間違いだとは思わない」

 

「そうか」

 

「でも」

 

緑谷は。

 

復元された記録を見る。

 

「君自身も」

 

「一人で全部決めることで」

 

「誰かを置いていってたんじゃないかな」

 

「……」

 

「社会が人を置いていくことを」

 

「嫌ってた君が」

 

「今度は」

 

「僕らを置いていった」

 

一拍。

 

「それって」

 

「君が一番嫌ってたことじゃないの?」

 

     ◇

 

長い沈黙。

 

今度は。

 

社会の話ではない。

 

制度でもない。

 

父でも。

 

二人の母でも。

 

AFOでもない。

 

金木零無。

 

本人の話だった。

 

     ◇

 

やがて。

 

「……そうかもしれない」

 

零無が言った。

 

誰も。

 

勝ったとは思わなかった。

 

零無も。

 

負けたとは思っていない。

 

ただ。

 

否定出来なかった。

 

「ただし」

 

上鳴が顔をしかめた。

 

「まだあんのかよ!」

 

「ある」

 

爆豪。

 

「言え」

 

零無は。

 

全員を見る。

 

そして。

 

透を見る。

 

「僕が間違っていたとしても」

 

「次に同じ状況になれば」

 

一拍。

 

「また同じことをする可能性は高い」

 

葉隠。

 

「何で!」

 

零無は答えた。

 

「君が死ぬよりは」

 

一拍。

 

「ましだからだ」

 

     ◇

 

空気が。

 

完全に止まった。

 

その言葉だけは。

 

あまりにも自然だった。

 

理屈ではない。

 

比較検討でもない。

 

社会論でもない。

 

零無自身が。

 

一瞬遅れて。

 

それに気付いた。

 

葉隠が小さく。

 

「……それ」

 

一拍。

 

「今の」

 

零無は。

 

僅かに間を置く。

 

「聞かなかったことにしてくれ」

 

「するわけないでしょ!」

 

「そうか」

 

「そうか、じゃない!」

 

「では訂正しよう」

 

「訂正しなくていい!」

 

「何故?」

 

「そうやってすぐ言い直すから!」

 

     ◇

 

芦戸が。

 

小声で。

 

「……今の」

 

耳郎。

 

「うん」

 

上鳴。

 

「完全に」

 

瀬呂。

 

「うん」

 

峰田。

 

「好きじゃん」

 

「ちょっと!!」

 

葉隠が叫ぶ。

 

「黙ってて!」

 

「何で俺だけ!?」

 

耳郎。

 

「いや」

 

「今のは峰田が悪い」

 

「何でだよ!」

 

爆豪。

 

「全員黙れ!」

 

怒鳴り声。

 

ほんの僅かに。

 

空気が崩れた。

 

     ◇

 

それでも。

 

葉隠は零無を見る。

 

「零無」

 

「何だ?」

 

「それでも」

 

「次は言って」

 

「状況による」

 

「またそれ!」

 

「絶対に言うとは約束出来ない」

 

「じゃあ」

 

葉隠は。

 

食い下がる。

 

「一人で決める前に」

 

「誰かに話すことを」

 

「選択肢に入れて」

 

「……」

 

「私じゃなくてもいい」

 

「デク君でも」

 

「先生でも」

 

「誰でもいい」

 

「……」

 

「最初から」

 

「自分一人しかいないみたいに」

 

「決めないで」

 

     ◇

 

零無は。

 

長く考えた。

 

「……それなら」

 

一拍。

 

「努力する」

 

「努力」

 

「ああ」

 

「約束出来るのは」

 

「そこまでだ」

 

葉隠は。

 

少し黙る。

 

そして。

 

「……分かった」

 

小さく。

 

「今は」

 

「それでいい」

 

     ◇

 

爆豪が。

 

鼻を鳴らす。

 

「で」

 

「何だ?」

 

「てめぇ」

 

「まだ自分だけで全部やるつもりか」

 

「状況による」

 

「ぶっ殺すぞ」

 

「拘束中の人間に言う台詞じゃないな」

 

「うるせぇ」

 

     ◇

 

相澤は。

 

モニターの向こうで。

 

ずっと黙っていた。

 

最後に。

 

零無を見る。

 

「金木」

 

「はい」

 

「お前の責任については」

 

「今後、正式に整理する」

 

「はい」

 

「AFOに脅迫されていたことも」

 

「お前自身が選んだ部分も」

 

「両方だ」

 

「はい」

 

「どっちか一つに逃げるな」

 

「そのつもりはありません」

 

一拍。

 

「それと」

 

「はい」

 

「勝手に」

 

「自分一人で刑まで決めるな」

 

零無の目が。

 

僅かに動いた。

 

「……先生」

 

「何だ」

 

「それは」

 

「僕が決めることではないでしょう」

 

「分かってるなら」

 

相澤は。

 

疲れた目で零無を見る。

 

「余計な真似するな」

 

沈黙。

 

「……はい」

 

     ◇

 

その返事を。

 

A組の全員が聞いていた。

 

葉隠透を。

 

AFOは。

 

零無を縛るための脅迫材料にした。

 

その事実を。

 

零無は。

 

誰にも知られないようにした。

 

通信履歴を消した。

 

記録を消した。

 

自分が葉隠を危険から遠ざけようとした痕跡さえ。

 

可能な限り消した。

 

残ったのは。

 

消し切れなかった。

 

ほんの僅かな断片だけ。

 

そして。

 

警察と教師達が。

 

零無の供述を手掛かりに。

 

過去の記録を拾い。

 

繋ぎ。

 

照合して。

 

ようやく。

 

A組は知った。

 

それでも。

 

零無の罪が消えるわけではない。

 

本人も。

 

消すつもりはない。

 

社会への怒りも。

 

本物だった。

 

一度壊れなければ。

 

変われないのではないかと考えたことも。

 

AFOの要求を飲んだ後。

 

自分の判断で情報を操作したことも。

 

仲間を裏切ると分かっていながら。

 

情報を渡し続けたことも。

 

全部。

 

嘘ではない。

 

だが。

 

それと同時に。

 

葉隠透を。

 

どうしても。

 

死なせたくなかった。

 

それも。

 

同じくらい。

 

本当だった。

 

どちらか一方なら。

 

簡単だった。

 

脅されただけの被害者。

 

自分の思想で仲間を売った裏切り者。

 

どちらかなら。

 

怒ることも。

 

許すことも。

 

ずっと簡単だった。

 

けれど。

 

金木零無は。

 

そのどちらかだけではない。

 

だから。

 

耳郎は怒った。

 

楽しかった時間まで。

 

嘘ではなかったから。

 

友達だと思っていたことまで。

 

嘘ではなかったから。

 

それなのに。

 

自分達を友達として頼ることだけは。

 

しなかったから。

 

だから。

 

麗日は怒った。

 

ただ。

 

声を荒らげるだけではなかった。

 

零無が何を考え。

 

どうしてそうしたのかを聞いた上で。

 

それでも。

 

他人が選ぶ余地まで。

 

一人で奪ってはいけないと考えた。

 

零無自身が。

 

AFOに選ばされたと言ったからこそ。

 

なおさら。

 

そして。

 

葉隠は初めて知った。

 

自分が何も知らずに過ごしていた日々の裏で。

 

零無が。

 

どれほど細かく。

 

自分が危険へ近付かないように手を回していたのかを。

 

誰かと帰れ。

 

一人になるな。

 

予定を教えろ。

 

あの日。

 

あの時。

 

何気なく言われた一つ一つが。

 

全部。

 

違う意味に変わっていく。

 

けれど。

 

零無は。

 

それを恩にするつもりすらなかった。

 

だから。

 

消した。

 

自分が透を守ろうとしたという。

 

証拠まで。

 

そして。

 

A組は。

 

ようやく彼の危うさを。

 

別の角度から知り始める。

 

金木零無は。

 

誰かを大切に思えない人間ではない。

 

むしろ。

 

逆だった。

 

大切であればあるほど。

 

その人間を。

 

自分の問題から遠ざける。

 

守るためなら。

 

嫌われてもいい。

 

誤解されてもいい。

 

自分だけが悪人になってもいい。

 

自分だけが罰を受ければいい。

 

そして最後には。

 

自分自身まで。

 

守られる人間の数から外してしまう。

 

それが。

 

彼の一番危険なところだった。

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