「正しい答え」 作:はい
同じ頃。
零無が別室で相澤と話している間。
A組の共有スペースでは。
戻ってきてからしばらく、誰も口を開かなかった。
さっきまで確かに、あれだけ喋っていた。
怒鳴った。
問い詰めた。
反論した。
笑いさえした。
なのに。
零無のいない共有スペースへ戻ってきた途端、誰も何を言えばいいのか分からなくなった。
ソファに座る者。
壁へ寄り掛かる者。
意味もなく冷蔵庫を開けて、何も取らずに閉める上鳴。
「……」
もう一度開ける。
「……」
閉める。
耳郎が見る。
「何してんの?」
「分かんない」
「怖」
「俺もそう思う」
瀬呂が乾いた笑いを漏らした。
それから。
上鳴が両手で頭を抱える。
「……いや、重すぎない?」
誰も否定しなかった。
「何なん今日!? 金木が内通者でした! AFOに葉隠を脅しに使われてました! でも社会にムカついてたのも本人の本心でした! 俺らのこと友達だと思ってました! それでも裏切りました!」
一度息を吸う。
「んで葉隠のこと好きでした!」
「最後だけ声でかくするな!」
透がクッションを投げた。
上鳴の顔面に直撃する。
「ぶっ!」
芦戸が耐え切れず吹き出した。
瀬呂も顔を背ける。
耳郎は額を押さえた。
「ほんと最低」
「俺!?」
「今のは上鳴が悪い」
轟が真顔で言った。
「轟まで!?」
少しだけ。
本当に少しだけ、空気が緩んだ。
◇
だが。
クッションを投げた透は、笑っていなかった。
芦戸がそれに気付く。
「……葉隠」
「何?」
「大丈夫?」
「全然」
即答だった。
「だよね」
「めちゃくちゃムカついてる」
耳郎が苦笑する。
「それ、さっきも散々言ってたじゃん」
「まだムカついてる!」
「まあ、そりゃそうか」
透は膝の上で両手を握る。
「何なの、ほんと」
「好きって言ったじゃん」
「うん」
「私が死ぬくらいなら、自分がどうなってもいいって」
「うん」
「それ聞いたら普通……」
そこで止まる。
芦戸が少しだけ身を乗り出す。
「普通?」
「……もっと嬉しいと思うじゃん」
誰も茶化さなかった。
「好きな人に、好きだって言われたんだよ」
透の声が少しだけ小さくなる。
「嬉しくないわけじゃない」
一拍。
「めちゃくちゃ嬉しい」
耳郎が黙って聞いている。
「でも」
透は俯いた。
「それ以上に腹立つ」
「うん」
麗日が静かに頷いた。
「零無の『好き』って、なんかおかしい」
「おかしい?」
「だって」
透は顔を上げる。
「私が生きてれば、自分がいなくなってもいいんだよ」
静かになった。
「私が生きてれば、私に嫌われてもいい。みんなに嫌われてもいい。捕まってもいい。ヴィランになってもいい。死んでもいい」
声が震える。
「そんなの」
一度、唇を噛む。
「好きって言われた側が、喜べるわけないじゃん」
麗日は何も言わず、透の隣へ座った。
◇
口田が小さく口を開いた。
「……かなしい」
全員が見る。
口田は少しだけ肩を縮める。
「葉隠さんが生きてても」
ゆっくり。
言葉を探しながら続ける。
「金木君がいなくなったら、葉隠さんは……かなしいと思う」
透の顔が強張る。
「……うん」
「だったら」
口田は透を見る。
「葉隠さんを守れてないと思う」
静寂。
透が何度か瞬きをする。
「……うん」
今度は少し掠れた声だった。
「そうなんだよ」
◇
「でもさぁ」
上鳴が天井を仰ぐ。
「それ、本人にどうやって分からせんの?」
「何回でも言うしかないんじゃない?」
耳郎が答える。
「でも絶対また屁理屈言うじゃん」
「言うね」
耳郎。
「言うだろうな」
轟。
「言いますわね」
八百万。
「間違いなく言う」
切島。
透がむっとする。
「じゃあ何回でも言う」
芦戸が笑った。
「お」
「だって約束したもん」
「約束?」
「私の気持ちも考えるって」
一瞬。
全員が止まった。
上鳴がゆっくり透を見る。
「……それ、俺らが出た後?」
「うん」
芦戸の目が輝く。
「二人きりで!?」
「そこ食いつかないで!」
「いや食いつくでしょ!」
耳郎が額を押さえる。
「だから廊下まで聞こえてたのか……」
「聞いてたの!?」
「聞こえたの!」
「同じ!」
◇
飯田が大きく咳払いする。
「ともかく!」
全員が見る。
「我々は金木君との今後の関係だけでなく、彼が提示した問題についても考え続ける必要がある!」
上鳴が露骨に嫌そうな顔をした。
「まだ頭使うの?」
「使え!」
「ですよねぇ……」
八百万が少しだけ笑った。
だが。
すぐに表情を戻す。
「飯田さんの仰る通りですわ」
麗日が顔を上げる。
「金木君が言ってたこと?」
「ええ。彼の結論に賛同する必要はありません。ですが、彼が指摘した問題まで否定してしまえば、私達は何も学んでいないことになります」
障子が静かに頷いた。
「俺もそう思う」
視線が集まる。
「社会が誰も取りこぼしてこなかった、と言われたら」
障子は一度言葉を切る。
「俺は否定する」
誰も口を挟まない。
「見た目だけで扱いが変わる場所はある。異形だから怖い。普通と違う。それだけで拒絶される人間もいる」
緑谷が静かに聞いている。
「だから、金木を止めるために『今の社会は正しい』と言うのは違う」
「うん」
緑谷が頷く。
「金木君も、多分そんな答えは求めてない」
「むしろ一番怒るだろうな」
轟が言った。
「うん」
◇
麗日は膝の上で拳を握った。
「……私、考えてたんよ」
「何を?」
緑谷が聞く。
「あの時のこと」
雄英へ戻ってきた緑谷を。
避難民が拒絶した時。
屋上から。
必死に声を張り上げた。
「金木君は、あれを見て……壊れたから初めて変わったって言った」
「うん」
「私、やっぱり悔しい」
麗日は顔を上げる。
「私が喋ったことを否定されたからじゃない」
「金木君、否定してなかったもん」
むしろ。
届いたことを評価していた。
だからこそ。
「そのことまで、金木君の考えを裏付ける材料になってるのが悔しい」
緑谷は何も言わなかった。
麗日は続ける。
「だって」
「次は壊れる前に届かせたい」
静かな声だった。
「誰かが死んでから。誰かがヴィランになってから。みんながボロボロになってから」
一拍。
「そこで初めて『変わらなあかんかった』って気付くんじゃ遅いやん」
「……うん」
「だから」
麗日は少しだけ笑った。
「さっき金木君に言ったこと、やっぱり撤回せえへん」
――これから作る。
まだ存在しない根拠を。
これから作る。
「壊れんでも変われるって、見せたい」
◇
「難しいだろうな」
轟が言う。
麗日が見る。
「うん」
「でも、やるんだろ」
「うん」
「ならいい」
上鳴が轟を見る。
「お前、今日なんかすげぇシンプルだな」
「複雑に言う必要があるのか?」
「いや……ないけど」
◇
「問題は」
八百万が続ける。
「金木さんの主張を否定することだけを目的にしてはいけない、ということですわ」
緑谷が見る。
「どういう意味?」
「彼を論破するために社会を変えるのでは、本末転倒でしょう」
「あ」
「救われなかった人が実際にいた。今も救われていない人がいる。だから変える」
八百万は静かに言った。
「結果として、それが金木さんへの反証になる。それが本来の順序ではありませんか?」
緑谷がゆっくり頷く。
「……うん」
飯田も腕を組む。
「その通りだ!」
◇
爆豪が鼻を鳴らした。
「回りくどいんだよ」
緑谷が見る。
「かっちゃん?」
「社会が悪いところは悪い。救えなかった奴がいる。だから直す」
吐き捨てるように言う。
「壊す必要があるかどうかは、その結果で黙らせりゃいい」
「……うん」
「口で言っても、あの野郎は納得しねぇだろ」
耳郎が苦笑する。
「それはそう」
上鳴も頷く。
「絶対『根拠は?』って言う」
麗日が少し笑う。
「言われた」
「だろ?」
「だから」
麗日は真っ直ぐ前を見る。
「作る」
◇
透は。
その会話を聞きながら、少しだけ別のことを考えていた。
社会が壊れなくても変われること。
誰かが零れ落ちる前に、手を伸ばせること。
それを零無へ見せるのは、きっと大切だ。
でも。
自分にはもう一つある。
もっと小さくて。
もっと個人的で。
多分、零無にとっては社会の話より理解し難いこと。
◇
――好きなら、ちゃんと生きててほしい。
自分を守るために。
自分を捨てるな。
私が生きている未来から。
勝手に自分だけいなくなるな。
◇
零無は。
それをまだ分かっていない。
さっき約束はした。
自分の気持ちも考えると。
でも。
一度言っただけでは足りない。
「……何回でも言お」
透が小さく呟いた。
芦戸が聞き逃さなかった。
「何を?」
「秘密」
「えー!」
「うるさい!」
今度は透も笑った。
◇
緑谷は、皆を見渡した。
誰も。
零無を許したとは言っていない。
怒っている。
傷付いている。
疑っている。
これから以前と同じように接することが出来るかどうかも分からない。
それでいい。
◇
怒るのか。
許すのか。
許さないのか。
距離を置くのか。
また話すのか。
いつかまた友達と呼ぶのか。
呼ばないのか。
それは。
その時。
自分達が決める。
◇
金木零無が。
何をした人間なのか。
その事実は変わらない。
けれど。
これから彼をどう思うのか。
どう関わるのか。
それまで。
零無一人に決めさせる必要はない。
◇
それを。
零無の思い通りにさせるつもりの人間は。
もう。
A組には一人もいなかった。