つい昨日クリアしていてもたってもいられずに作りました!
拙い文章ですがお付き合いください。
目覚まし時計が鳴る三分前、俺は目を覚ました。
カーテンの隙間から差し込む朝日。遠くで聞こえる鳥の声。階下から漂ってくる味噌汁の匂い。
春の朝としては、なかなか悪くない。
「……あと五分」
春の朝の心地よさに抗う気も起きず、俺は布団を頭まで被った。今日はギリギリまで惰眠を貪ることにしよう。
「涼太ァー!起きろー!朝飯冷めるぞー!」
そのまま意識を離そうとすると、階下からじいちゃんの声が響いた。
「じいちゃん、声でけぇよ!近所に怠惰なお孫さんだと思われたらどうしてくれる!」
「返事があるなら生きてるな!よし!」
「死んだとでも思ったか!あと確認方法が雑!」
俺は全力で布団を蹴飛ばして起き上がった。
洗面所で顔を洗い、鏡を見る。そこには、肩あたりまで伸びた長い髪を寝癖であちこち跳ねさせた俺の姿があった。
「…今日から二年か」
都内の蒼山にある、どこにであるような進学校、秀尽学園に入学して、もう一年。
この一年の間、特別なことがあったわけでもない。友達がいて、授業があって、たまに教師に小言を言われ、ボーッとしてるとチョークが飛んでくる。
まあ、普通の高校生だ。
少なくとも、今のところは。
寝癖を整えて居間に入ると、じいちゃんが雑誌を片手に朝食をかき込んでいた。テーブルの端には他にも釣り道具のカタログとバイク雑誌が積まれている。
「じいちゃん、朝から何読んでんの」
「次の相棒を探してるんだよ」
「バイク?」
「いや、釣り竿」
「また竿か。この前もなんか新しいの買ってなかった?」
「男は常に次の相棒を探すもんだ」
そうやって次から次へと増えていく相棒たちが一体今どれだけいるんだろうか。
「ばあちゃん、これ止めなくていいの?」
「涼太、朝ご飯食べてからにしなさい。おじいちゃんの話は長いから」
我が家の慈母神であるばあちゃんに聞いてみると台所から声が返ってきた。
「ほら、ばあちゃん公認で長話認定されてる」
「お前たち、もうちょっと大黒柱を敬おうとは思わんのか?」
「敬ってる敬ってる。尊敬と呆れは両立するから」
じいちゃんが大げさに肩を落とす。ばあちゃんは呆れたように笑いながら、俺の前に味噌汁を置いた。
「今日は始業式だったわね」
「うん。クラス替えはないけどね」
「忘れ物は?」
「ない」
「宿題は?」
「春休みの課題なら昨日終わらせた」
「本当に?」
「……ばあちゃん、俺のこと信用してない?」
「してるわよ。だから確認してるの」
「それ、よくない意味での信用ですよね…」
この信用、なくしてやりたい。
ばあちゃんは笑って、弁当箱を差し出した。
何でもない朝だった。
誰かが怒鳴ることもない。顔色をうかがって、次に何が起きるか身構える必要もない。
ここでは、失敗しても怒られる前に、まず「大丈夫か」と聞いてもらえる。
俺は弁当を受け取り、少しだけ目を細めた。
「……ありがと、ばあちゃん」
「はいはい。気をつけて行ってらっしゃい」
「涼太!」
玄関へ向かいかけた背中に、じいちゃんが声をかける。
「帰ったらバイクの手入れ、手伝えよ」
「今日から憂鬱な新学期で疲れてると思うんだけど!」
「帰ったら、バイクの手入れ、手伝えよ!」
「やだなに、無限ループ?…わかったよ、じゃあまた帰ってからね」
RPGあるあるの、了承するまで延々と繰り返される問答の予感がしたのですぐに了承する。
指定の革靴を履き、玄関の戸を開ける。
春の風が頬を撫でた。
なんだか新しい出会いの予感がする。たぶん。
「行ってきます!」
「行ってらっしゃい!」
祖父母の声を背に、俺は秀尽学園へと向かった。
◇
最寄りの駅のホームを出た時、空は薄い雲に覆われていた。
天気予報では晴れだったはずだが、春の空なんてそんなものだろう。
春の風が頬を撫でる。道端には桜の花びらが散り始めていて、いかにも新学期といった景色だ。
こういう時、少しくらい感傷に浸ってみるのも悪くない。
……なんて考えていた、その時。
ぽつり。
「……ん?」
頬に冷たいものが当たった。
もう一滴。
そして、あっという間に雨粒が地面を叩き始めた。
「いやいやいや、聞いてないんだけど!?」
慌てて鞄を頭にかざす。
朝のじいちゃんの言葉が脳裏をよぎった。
――傘、持ってけよ。
「……じいちゃん、疑って悪かった」
先達のありがたい助言を無碍にするものではないな、と思いながら鞄から折り畳み傘を取り出し、開く。
少しだけ濡れた髪を指で払った。
春の雨は思ったより冷たい。
けれど、まあ、これくらいなら大したことはない。
そう思いながら、俺は傘を差して再び歩き出した。
◇
秀尽学園に到着する頃には、雨は少し弱まっていた。
昇降口には、久しぶりに顔を合わせた生徒たちの声が響いている。
春休み明け。新学期。
新しいクラス、新しい出会い。そんな言葉が似合う季節だが、この学校には2年に上がる際のクラス替えはない。
つまり、去年と同じ顔ぶれである。
「おー、陸奥! 久しぶり!」
「おう。生きてたか」
「お前こそな。春休み何してた?」
「じいちゃんのバイク磨いて、ばあちゃんの買い物に付き合って、あとは惰眠を貪ってた」
「地味だなぁ」
「うるせえ。お前だって似たようなもんだろうよ」
「ばっ、おま、俺は俺で忙しかったんだよ…!」
久しぶりに会うクラスメイトとそんなくだらない会話を交わしながら、教室へ向かう。
久しぶりに会う連中も、昨日まで一緒にいたような顔で話しかけてくる。
春休みの旅行だとか、ゲームだとか、宿題が終わらなかっただとか。
どこにでもある、普通の高校生の新学期。
俺もその輪の中で適当に笑い、適当に相槌を打つ。
こういう距離感は嫌いじゃない。
誰かと話すのは楽しいし、くだらないことで笑い合うのも好きだ。
ただ、誰かと仲良くなることと、自分の内側まで見せることは、また別の話だった。
……まあ、そんなことを朝っぱらから考えるほど、俺は意識の高い人間じゃない。
教室に入ると、見慣れた顔の一つが目に入った。
「陸奥くん、おはよう」
「ああ、鈴井さん。おはよう」
鈴井志帆。
同じクラスの女子で、普段からそれなりに話す相手だ。
特別親しいというわけではないが、会えば自然に会話をする。そんな関係。
「春休み、どうだった?」
「じいちゃんとばあちゃんにこき使われてた」
「ふふっ、何それ」
「いや、笑い事じゃないんだよ。朝からバイクの手入れを手伝えって言われてさ」
「陸奥くん、バイク好きなの?」
「じいちゃんほどじゃないけどね。あの人、趣味に関しては少年の心を忘れないタイプだから」
「いいじゃない。楽しそう」
「楽しそうなのは本人だけだよ。こっちは休日の朝から労働力として徴用されてるんだから」
志帆がくすくすと笑う。
その笑顔を見て、俺もつられて笑った。
何でもない会話。
こういう時間が、案外一番楽だったりする。
◇
始業式は、特にこれといった事件もなく終わった。
校長先生の話が長かったことくらいしか覚えていない。まあ、聞いても聞かなくてもどちらでもいいような話であったことは確かだ。
そして昼休み。
春休み明けの教室は、久しぶりに顔を合わせたクラスメイトたちの声で賑わっていた。
俺も適当に会話に混ざりながら、ばあちゃん特製の弁当を広げる。
「陸奥、それうまそうだな」
「だろ? うちのばあちゃんの卵焼きは絶品なんだ」
「一個くれよ」
「お前の唐揚げと交換なら考える」
「交渉成立!」
卵焼きと唐揚げを交換する。
こういう時、交渉というものは実に平和であるべきだと思う。
世の中の争いも、全部唐揚げと卵焼きで解決すればいいのに。
……いや、さすがに無理か。
そんな馬鹿なことを考えていると、隣の席にいた鈴井さんがこちらを向いた。
「そういえば、陸奥くん」
「ん?」
「今日、転入生が来るんだって」
「転入生?」
「うん。二年生に。始業式の前に先生たちが話してるのを聞いちゃった」
「へえ。新学期早々、イベント発生ってわけ?」
「イベントって……ゲームじゃないんだから」
「いやいや、クラス替えもないし、こういう変化は貴重だろ。新年度最初の大型アップデートだよ」
「ふふっ、何それ」
「新キャラ追加。既存キャラの性能調整。あと、俺の成績が上方修正される予定」
「最後のは自分で頑張らないとだめじゃない?」
「運営に要望出してみる」
「もう……」
鈴井さんは呆れたように笑った。
その顔を見て、ふと気づく。
……あれ?
さっきから、少しだけ様子がおかしい。
笑顔はいつも通り。声も普段と変わらない。
けれど、返事がほんの少し遅れる時がある。
視線が合うと、すぐに逸らされる。
気のせいと言われれば、それまでの程度。
でも、何となく引っかかった。
「そういえば、鈴井さんは春休みどうだった?」
「えっ? ああ、うん。普通だったよ」
「そっか。部活は?」
「……うん。大丈夫」
…ん?
俺は一瞬だけ、その顔を見る。
何かを隠しているというより、何かを聞かれるのを避けているような。
「……陸奥くん?」
「ああ、いや。何でもない」
俺は肩をすくめた。
「部活も大変そうだなって思っただけ。無理はするなよ」
「うん。ありがとう」
鈴井さんはまた笑った。
その笑顔を見て、俺はそれ以上聞くのをやめた。
本人が話したくないことを、無理に聞き出す趣味はない。
「そうだ、陸奥くん!」
少し間を置いて、鈴井さんがぱっと声を上げた。
「今日、転入生が来るんだって」
「それさっき聞いた」
「あっ、そっか」
「きっと今話題の高校生探偵のような超絶美少年だよ。早いうちに唾つけときな」
「もう! そういう話じゃなくて!」
俺が冗談めかしていうとら鈴井さんは少し頬を膨らませた。
その様子に、俺は小さく笑う。
さっきまでの、どこか張り詰めたような雰囲気は少しだけ薄れていた。
「どんな人なんだろうね」
「さあな。転入初日から校則違反で呼び出されるタイプかもしれない」
「そんな人いる?」
「俺の知らないところで、きっと」
「陸奥くん、適当すぎ」
「人生、適度な適当さが大事なんだよ」
そんなことを言い合っているうちに、昼休みの教室に別のざわめきが広がった。
◇
「おい、坂本! お前、今までどこにいた!」
廊下から教師の怒鳴り声が聞こえた。
「うっせーな! こっちだって色々あったんだよ!」
続いて、聞き覚えのある男子生徒の声。
教室の何人かが廊下を覗き込む。
「あれ、坂本じゃね?」
「また何かやったのかよ」
「新学期初日から元気だなぁ」
俺も騒がしい廊下へ目を向けた。
そこには、金髪に近い髪を逆立てた男子生徒が、教師に何か言い返しながら歩いていた。
坂本竜司。
同じ学年だし、顔くらいは知っている。
なんならちょこちょこ話すし。
去年の騒動についても、俺は一通り聞いていた。
教師への暴力だとか、素行不良だとか。噂話も含めれば、まあ色々だ。
けど、だから何だって話だ。
少なくとも、俺が知っている坂本は、口が悪くて短気で、ちょっと騒がしいだけの同級生だ。
……まあ、ちょっと、の範囲は人によるかもしれない。
「おーい、坂本!」
俺が声をかけると、坂本は面倒くさそうに振り返った。
「ん? ああ、陸奥か。何だよ」
「いや、昼休みまで登校してこないとは、なかなか優雅な新学期だなと思って」
「うっせ! こっちだって好きで遅刻したわけじゃねえんだよ!」
「はいはい。で、昼飯は?」
「……まだ」
「そっか」
俺は弁当袋から、ばあちゃんが持たせてくれた予備のおにぎりを一つ取り出した。
「食う?」
「は?」
「おにぎり。鮭だけど」
「いや、いいって。別に腹減ってねえし」
ぐう。
「…………」
「…………」
「今のはお前の腹?」
「うっせえ!!」
「いや、自己主張の強い腹だなと思って」
「だからうっせえって!」
俺は笑いながら、おにぎりを坂本に差し出した。
「ほら。余ってるから。遠慮すんなよ」
「……マジでいいのか?」
「いいって。俺が二個食うと午後の授業で寝るから」
「それ、お前の都合じゃねえか」
「そうとも言う」
坂本は少しだけ迷ってから、おにぎりを受け取った。
「……サンキュ」
「どういたしまして。今度なんか奢ってくれ」
「お前、結局見返り求めてんじゃねえか!」
「冗談だよ。半分くらい」
「半分は本気なのかよ!」
坂本は呆れたように息を吐き、おにぎりの包みを開いた。
相変わらずいじり甲斐のある面白いヤツだ。
一口かじって、少しだけ表情が緩む。
「……うめえな、これ」
「だろ? うちのばあちゃんの手作りだからな」
「へえ、いいな」
坂本は残りのおにぎりを頬張った。
その様子を眺めながら、俺はふと思い出す。
「そういや坂本。今日なんで遅刻したんだ?」
「あー……それな」
坂本は少し気まずそうに頬を掻いた。
「朝、転入生の奴と一緒にいたんだけどよ」
「転入生? ああ、噂になってた奴か」
「そうそう。そいつと色々あって……」
「色々?」
「学校がよ、城になっててさ」
「…………は?」
思わず聞き返した。
なに言っちゃってるんだこいつ。頭がパーになったのか。
「いや、だから! 学校が城になってんだよ! んで、変な化け物とか出てきて!」
「…………」
「俺とそいつで逃げ回ってたら、気づいた時には遅刻してたっつーか……」
「坂本」
「おう?」
「寝ぼけてた?」
「ちげえよ!!」
「いや、だって学校が城って……」
「だから!」
坂本は何かを言いかけて、急に口を閉じた。
数秒の沈黙。
「……いや、あれは夢だ! 夢!」
「夢?」
「そう! 夢! 朝から変な夢見てよ! それで寝坊したんだよ!」
「へえ……」
「なんだよ、その目!」
「いや、夢の中でも遅刻するくらい学校が好きなんだなって」
「絶対バカにしてんだろ!」
「褒めてる褒めてる」
「どこがだよ!」
坂本は不満そうに唸りながら、最後のおにぎりを口に放り込んだ。
……まあ、本人が夢だと言うなら、そういうことにしておこう。
「で、その転入生は?」
「雨宮って奴。今、職員室に行ってるはずだぜ」
「ふーん。そいつも大変だな」
「だろ? 俺まで巻き込まれてよ……」
「巻き込んだの間違いではなくて?」
「うっせ!」
坂本の声が廊下に響く。
俺は笑いながら弁当を片付けた。
雨宮、か。
朝、鈴井さんから聞いた転入生の噂。
どうやら、その本人は坂本と一緒にいたらしい。
どんな奴なんだろうな。