放課後。
帰り支度を済ませ、教室を出ようとしたところで、廊下の向こうに見慣れた金髪が見えた。
坂本だ。
坂本は少し離れたところにいる川上先生と見慣れない男子生徒の方へ近づいていった。
…なんかお小言言われてるな。
大方、今日の遅刻の件やら髪の色の件などを注意されているのだろう。
坂本はそれを適当にあしらい、男子生徒のそばで何か語りかけたあと、そのまま階段の方へ向かっていった。
上の階は三年の教室や図書室があるくらいで、あの坂本が用があるとは思えない。
そんな風に考えていると、川上先生との話を終えた男子生徒は坂本に続くように階段を登っていった。
「……何してんだ、あいつら」
新学期早々に上級生へのカチコミだろうか、などと馬鹿なことを考えていると、昼休みに坂本から聞いた話が頭をよぎる。
学校が城になっていた。
そんな馬鹿な話し、普段なら笑い飛ばして終わりにするところだ。
けれど、あの時の坂本は妙に真剣だった。
少し気になるな。
それに、あの見慣れない男子生徒はおそらく例の転校生だろう。
鈴井さんから聞いた話しだと、前歴持ちのとんでもない極悪人だという根拠のない噂が出回っているらしい。
「……まあ、ちょっとくらいなら」
俺は転校生の後を追うことにした。
階段を上り、屋上へ続く扉の前まで来る。
扉の向こうから、坂本の声が聞こえてきた。
「だからよ、今朝のアレは絶対夢じゃねえって!」
「……」
「お前もそう思うだろ?」
「……ああ」
……やはり、今朝の遅刻の原因である、例の城について話しているらしい。
俺はそっと扉を開けた。
「坂本。また夢の話か?」
「うおっ!? 陸奥!?」
「いや、そんな驚かれるとちょっと申し訳なくなるじゃん」
坂本が心底驚いた顔で振り返る。
その隣にいた黒髪の男子も、こちらへ視線を向けた。
「……えっと、そちらは?」
「ああ、こいつは陸奥涼太。俺のクラスメイト」
「陸奥です。よろしく」
「雨宮蓮。よろしく」
短い挨拶を交わす。
これが、転入生の雨宮蓮との初めての出会いだった。
「で、坂本。わざわざ転入生を屋上に呼び出して、昼休みに言ってた話についてか?」
「いや、呼び出したっていうか……」
「呼び出したんじゃないの?」
「……まあ、そうなんだけどよ」
「じゃあ呼び出したんじゃん。転入早々ヤンキーに絡まれるなんて、雨宮も可哀想にな」
「そうでもないさ」
「うっせえな!」
いつもの調子で言い返してくる坂本に、思わず笑ってしまう。
雨宮はそんな俺たちのやり取りを、少し不思議そうに眺めていた。
◇
「で、坂本。ちょっと聞こえちゃったけど、また今朝の話か?」
俺が尋ねると、坂本は一瞬だけ雨宮の方を見た。
「ああ、学校が城になってたってやつな。あの時は夢ってことで納得しようとしたけど、流石に無理あんだろって思ってな」
「いや、でも学校が城ってなぁ……」
俺は思わず雨宮を見る。
雨宮は特に表情を変えることなく、こちらを見返していた。
「雨宮も同じものを見たのか?」
「ああ」
「……二人揃って?」
「そうだよ!」
坂本が身を乗り出す。
「朝、学校に来る途中でよ、気づいたら変な城の中にいたんだ。学校のはずなのに、全然違う場所になっててさ」
「城って……」
「しかも、そこには化け物みてえな奴らがうろついててよ。俺たちを襲ってきたんだ」
「化け物が、襲ってきた?」
あまり信じられない言葉に、俺は眉をひそめた。
坂本の話は突拍子もなかった。学校が城になっただの、化け物がいたのだの、普通に考えれば夢か寝ぼけた話としか思えない。
けれど、昼休みの坂本の様子を思い出す。
あの時も、こいつは妙に真剣だった。
「それで、どうなったんだ?」
「そりゃもう大変だったんだよ! 俺たち捕まっちまってさ!牢屋にぶち込まれたんだけど、そこに気持ち悪い格好した鴨志田が出てきてよ!」
「鴨志田?体育の鴨志田先生か?」
「そう、あの鴨志田だ」
鴨志田先生。うちの学校の体育教師でバレー部の顧問。元五輪のメダリストってこともあり、うちの学校じゃ有名人だ。
「なんで鴨志田先生が城になんかいるんだよ?」
「俺にもわかんねぇよ!そんで鴨志田は、その城で王様みたいに振る舞って化け物どもを従えてやがった」
「あの人が王である城ってことか……」
「多分な。そんで、化け物に殺されそうになった時こいつが……」
坂本が雨宮を指さす。
「雨宮が、急に変な力に目覚めたんだよ!」
「変な力?」
「ああ。ペルソナっていうらしい」
雨宮が静かに口を開いた。
「俺自身も、まだよく分かっていない。ただ、あの場所で力を手に入れた」
「……それって、ゲームとか漫画の話?」
「そう聞こえるのは分かる」
雨宮は淡々と答えた。
その反応が、かえって妙に現実味を帯びているように感じられた。
…ある日突然、強大な力に目覚めて戦うなんて言う中学生のような妄想を真剣にするようなヤツ…ってわけでもなさそう。
坂本は納得がいかない様子で頭を掻く。
「とにかく! あの城は本当にあったんだって!」
「……分かった、分かった」
俺は両手を軽く上げた。
俺自身、コイツらが嘘を言っているようには見えない。だが、その内容があまりに現実離れしているから疑いたくもなる。
「坂本が嘘をついてるとは思ってないよ。ただ、話が突飛すぎるんだって」
「だから本当なんだって!」
「はいはい」
「お前、絶対信じてねえだろ!」
「信じてほしいなら、もう少し順序立てて何があったか説明してくれ」
坂本が口を尖らせる。
その横で、雨宮が小さく息を吐いた。
「……信じられないかもしれないが、坂本が言ってることに嘘はない」
「いや、まあそれはわかるんだけどさ」
坂本がこちらを向いた。
「だから俺たちはもう一回、あの城に行くんだ」
「もう一回って……」
「今朝の場所に、もう一度行く」
雨宮の声は変わらず落ち着いていた。
俺はしばらく二人を見比べた。
学校が城になる。
化け物がいる。
その城の王は鴨志田先生。
そして、雨宮はそこで不思議な力を手に入れた。
どれもこれも、現実離れした話だ。
けれど、もし本当なら。
「……ちょっと、気になるな」
思わず口に出していた。
「は?」
坂本が目を丸くする。
「いや、だから、気になるって言ったんだ。学校が城になるなんて、普通に考えてありえないし」
「お、おう……」
「俺も一緒に行っていい?」
「ダメだ」
即答したのは雨宮だった。
「えっ」
あまりの即答ぶりに思わず声が出る。
…恋愛ゲームのように、まだ友好度が足りなかったのだろうか。
「危険な場所だ。何が起きるか分からない」
「そうだぜ、陸奥。俺たちだって、今朝は死ぬかと思ったんだからよ」
坂本まで真剣な顔をしている。
冗談で言っているわけではないらしい。
「……そんなに危ないのか?」
「ああ。あそこにいる奴らは、こっちの都合なんかお構いなしに襲ってくる」
雨宮が答える。
「俺たちだって、まだ何も分かっていない。陸奥を巻き込むわけにはいかない」
「そっか……」
俺は少し考え込んだ。
確かに、二人の話が本当なら、興味本位で首を突っ込むような場所ではないのだろう。
それでも、気になってしまう。
坂本があれほど必死に訴えるほどの出来事が、今朝、本当に起きていたのだとしたら。
それに、城の王が鴨志田先生だと言うのを聞いてから、どうにも引っかかることがあった。
あの教師には、バレー部員への体罰の噂がある。正直、噂程度の話だし、信じている奴も少ない。それに加えて今朝の鈴井さんの反応だ。
「……なあ、雨宮」
「何だ?」
「俺が行きたいって言ってるのは、ただの興味本位だよ。危ないのは分かった。それでも、何が起きてるのか自分の目で確かめたいんだ」
雨宮は黙って俺を見つめた。
坂本も何か言いたげに口を開きかけたが、結局、言葉を飲み込んだ。
「……本当に、いいのか?」
「ああ」
「危険な目に遭う可能性もある」
「それでも」
自分でも、どうしてそこまで気になるのかは分からなかった。
ただ、二人が見たというものを、最初から嘘だと決めつけたくはなかった。
雨宮はしばらく考えた後、坂本に視線を向けた。
「……どうする?」
「どうするって……」
坂本は困ったように頭を掻いた。
「お前がそこまで言うなら、俺は別に……」
「坂本」
「分かってるって! でもよ、こいつだって自分で行くって言ってんだろ?」
二人のやり取りを見て、俺は苦笑した。
「なんか、俺が無理やり頼み込んでるみたいになってない?」
「実際そうだろ!」
「まあ、否定はしないけど。……断られたって勝手に付きまとうぜ?」
少し笑って言うと、坂本は諦めたかのような顔をして、雨宮は小さく息を吐いた。
「コイツ、こういうときホントに付き纏ってくるからな……」
「……分かった。ただし、危険だと判断したらすぐに引き返す。それでいいなら」
「もちろん。死に急いでるわけじゃないんだ」
こうして俺は、二人と一緒に、今朝起きたという奇妙な出来事を確かめに行くことになった。
「あ、でも確かめにいくのは明日な!雨宮、転入早々の大遅刻で保護者がカンカンらしいから」
「そういうの先に言ってくれません…?」
坂本の言葉に思わず文句が出でしまった。
ちょっと色々覚悟決めてるとこだったんですけど。