異世界から帰還した勇者、ダンジョンに挑む 作:くろい
17歳の頃。
――俺は異世界転移した。
いや、異世界に拉致されたというのが正しいか。
勇者として召喚もとい拉致された俺は、世界を滅ぼそうとしている魔王の討伐を命じられた。
そして、俺は命令に従った。
でも、目的は世界を救うことではない。
魔王城の書庫には、地球へと帰還するための手がかりがあったからだ。
不自然なほどに漫画やアニメでは現実世界に興味のない人が多いが俺は違った。
異世界に転移する前の、あの何気ない平穏な日常が好きだ。
だからこそ、俺は世界を救うことではなく、帰還するための手がかりを得るために魔王を討伐してみせた。
そうして、魔王を討伐に成功した俺は魔王城に残されていた書物を研究し、現実世界への帰還魔法を編み出すことに成功する。
それは、俺が異世界にやって来てから、10年が経ったある日のことであった。
「やっと帰れるんだ……」
帰還魔法を魔王城の地下室で起動させた俺はボソッと呟く。
異世界では辛いことをたくさん経験した。
元は涙脆かったというのに、今ではほぼ涙を流すことはない。
魔王を討伐する目的のために少し非道なことにも手を染めた。血も涙もない
俺は涙を流しながら、起動した帰還魔法が無事に実行されるのを待ちわびる。
まばゆい光が辺《あた》りを満たすなか、俺は目をゆっくりと閉じる。
さあ、次に目を開けたらきっとそこは……元居た俺の世界だ。
体がグラっと揺れる。
この衝撃はきっと世界をまたぐ際に生じるモノだろう。
そして、その衝撃が落ち着いた頃、俺は恐る恐る目を開けた。
「あぁ……、やっと帰ってこれたんだ……」
久しぶりの我が家を見て、俺はホッとする。
俺は10年ぶりに元いた世界へと帰ってきた。
「くそっ……。涙が止まんない……」
どこからどう見ても今の俺は不審者だ。
泣き止もう、泣き止もうと、必死にそうしようとしていたときだった。
「……晃《あきら》なの?」
10年ぶりに聞いた安心する声。
勢いよく俺は後ろに振り向くと、そこには少し老けた母さんがいた。
「母さん。ただいま……」
俺は声を震わせながら告げる。
母さんはそんな俺を見てギュッと抱きしめてきた。
「ばかっ! 今までどこに行ってたのよ!!!」
怒っていながらも、どこか温かみのある優しい声だ。
ああ、そうだよな。
10年も姿を消してたら、そりゃ怒られちゃうよな。
※
久しぶりの我が家のリビング。
俺は10年ぶりに再会した母さんに、俺が今まで何をしていたのか話している。
「というわけで、信じられないかもしれないけど異世界に行ってたんだ。で、帰還魔法を完成させてやっとこっちに帰ってきた」
どうせ信じてもらえないよな。
俺は苦笑いで母さんに告げたのだが……
「そうだったのね」
あっさりと母さんは俺の言うことを信じてしまった。
「あれ? 俺の頭がおかしくなったとか思わないの?」
「……10年間も異世界にいたんだもの。こっちの世界が変わったのを知らないのも無理はないわよね」
「え?」
「あのね、晃《あきら》が行方不明になった直後のことよ。私たちの世界は大きく変わってしまったの」
「か、変わった?」
「見た方が早いわね。ほら、これ……」
母さんはスマホらしきものを俺の前に置いた。
あ、10年経ってもスマホはそこまで進化してないんだな……。
なんて思っていたのだけど、俺の期待はいい意味で裏切られる。
「ディスプレイが空中に!?」
ディスプレイが空中に浮かび上がった。
いやいや、さすがに10年でここまで進化するか?
「7年前くらいから映像を空中に投影できる技術が完成したのよ。それでね、お母さんが晃に見せたいのはこれ」
母さんが俺の目の前に表示させた映像を見る。
映像の内容はというと……
『本日2036年1月20日。渋谷ダンジョンの第20階層が攻略されました。約半年ぶりの階層攻略となり、街では記念セールや記念パレードが行われて大賑わいです!』
母さんが俺に見せてくれた映像はニュース番組だった。
だけど、俺はイマイチ内容が飲み込めない。
「だ、ダンジョン!?」
「あなたが行方不明になってから1年くらいたった頃のことよ。この世界のありとあらゆる場所にとてつもなく大きな塔が出現したのよ。その塔の内部には、見たことのないモンスターや物質があって、まるで漫画やアニメに出てくるダンジョンと呼ぶにふさわしいモノだったの」
「……まじか」
「それでね。ダンジョンが世界に出現してからほぼ同時期、人間は身体能力が上がったり、おとぎ話にしか出てこないような魔法が使えるようになったのよ。見てて、お母さんも少しだけ使えるから」
母さんが人差し指をたてた。
すると人差し指の先にボゥッとライターサイズの火が灯った。
「俺の知ってる魔法とちょっと違うな」
「そうなの?」
「術式の構築方法が違う。でも、俺もそれと似た魔法を使えるよ」
母さんの目の前に手を広げて見せる。
そして、俺はすべての指先から、母さんが出したような火を出した。
「さすが異世界帰りの勇者様ね」
「恥ずかしいからやめてくれよ……」
「さてと、話を続けるわ。で、あれよ。さっき見て貰ったニュースの通り、世界ではダンジョンを攻略している真っ最中なのよ」
「大体、こっちの世界が俺のいない間にどう変わったか、なんとなく分かった」
元いた世界がファンタジーに侵食されていた。
それを軽く把握していたときだった。
「お母さん。ただいま~」
女子高生がリビングに入ってきた。
おそらく、年が離れた俺の妹の智春《ちはる》だと思われる。
確信が持てないのは俺が異世界に飛ばされたとき、智春はまだ7歳の少女だった。
そりゃもう、俺の知っている智春とは違いすぎるのだから。
「智春だよな?」
俺は恐る恐る声をかけた。
すると、智春は、え? と驚いた顔で俺ではなく母さんに尋ねる。
「え、誰?」
「忘れちゃったの? 10年前に行方不明になった智春《ちはる》のお兄ちゃんよ」
「え、あ、本当にお兄ちゃんなの?」
いきなり行方不明になっていた兄が帰ってきたんだし、驚かない方が無理があるよな。
俺はぎこちない笑顔で智春に話しかける。
「ひ、久しぶり。随分とおっきくなったな」
「……その感じ、凄くお兄ちゃんっぽいんだけど」
「いや、だから俺は紛れもなく智春のお兄ちゃんだって」
「そ、そうなんだ。てか、今までどこに行ってたの?」
「異世界」
「……異世界かぁ。うん、異世界ね。って、異世界!?」
母さんと違って智春はものの見事にお手本のように驚いてくれた。
ただまぁ、やっぱり驚いただけであり、俺の言うことを完全に狂人のたわごとだと思っていないあたり、地球は俺が思った以上にファンタジーに侵食されているようだ。
「まあ、あれだ。無事に帰ってきたわけだし、またよろしくな」
俺は智春に軽い感じで手を伸ばして握手を求めたのだが……
「お兄ちゃんに鑑定魔法を使ってもいい?」
こっちの世界にもその魔法があるのか。
異世界ではおなじみのステータスやら色々を確認することのできる魔法を使ってもいいかと問われた。
「いいぞ。鑑定妨害もしないようにするから思う存分見てくれ」
「う、うん。じゃあ、行くね」
「おう」
「鑑定!」
その言葉と同時に智春の目が黄金に輝いた。
そして、俺のステータスを見た智春は体を震わせる。
「お、お兄ちゃんのステータスヤバくない?」
「そりゃ異世界で勇者やってましたし。てか、こっちの鑑定魔法だと俺のステータスはどんな感じに表示されてるんだ?」
「まって、鑑定紙にお兄ちゃんのステータスを映すから」
智春はカバンから一枚の古びた羊皮紙を取り出した。
鑑定した内容を転写するためのモノだろう。
智春が手にしている古びた羊皮紙には俺のステータスが書き記されていく。
神宮司《じんぐうじ》 晃《あきら》
レベル 測定不能
種族 普人種《ヒト》?
クラス 元勇者
・ステータス
生命力 測定不能
力 測定不能
素早さ 測定不能
魔力 測定不能
物理耐久 測定不能
魔法耐久 測定不能
・スキル
魔法(?)、魔術(?)、錬金術(A)、治癒術(?)、剣術(?)、呪術(D)
こっちの世界の鑑定魔法もあっちの世界の鑑定魔法と大体同じか。
てか、あれだよな。鑑定魔法で見れるステータスって強くなりすぎると、まったくもって鑑定しても強さとかを測れなくなるんだよな。
しっかりと測定できるように、鑑定魔法を改良してみようかな……。
っと、一人の世界に浸るのは今は違う。
「ほらな? お兄ちゃんはどう見ても異世界帰りっぽいステータスしてるだろ?」
「そ、そうだね。測定不能なんて、ほんとそれっぽいかも」
「てか、今の日本って治安どうなってんだ? 普通に母さんも智春も魔法使ってるし、基本的な人間の身体能力はあがってるんだろ……?」
魔法が一般的になっている世界。
治安がどうなったのか気になるところだ。
「ものすごく悪くなってるわ。だから、智春には護身用に魔法やら武術を身につけさせたくらいだもの」
「……やっぱりか」
平穏な世界に帰ってきたつもりだったのにな。ほんと、残念だ。
まあ、それでもやっぱり異世界と違って色々と清潔だし、文明が進んでいるし、こっちが平和なのは間違いがないんだろうけど。
「お兄ちゃんはこれからどうするの?」
「ん?」
「ほら、異世界から帰ってきたとはいえ、これからはまたこっちの世界で暮らすわけだしどんな風なのかなって」
「あー、今はまだ考え中。まだ帰ってきたばっかりだしさ、ゆっくりと考えるよ」
「あ、ごめん。なんか急かしちゃって……」
「気にしてないよ」
とはいえ、そのうちどう生きていくかはしっかりと考えないとダメだ。
が、しかし、俺の最終学歴は高校中退である。
そんな俺が就ける職業はきっと限りがあると考えると憂鬱でしかない。
いや、待てよ?
俺は母さんと智春に恐る恐る聞く。
「もしかしてだけど、ダンジョンを攻略するとお金を稼げる?」
そんな職業があってもいいはずだ。
そう思って聞いたのだが、智春は気まずそうな顔で俺に教えてくれる。
「あー、うん。あるにはあるよ。冒険者っていうダンジョンを攻略してダンジョン内にある資源を回収したり、モンスターを倒したり、調査したりする職業がね」
じゃあ、それになろうかな。
なんて思ったけれども、智春のどこか歯切れの悪さを感じさせる口ぶりからして、何か重大な問題があるのだろう。
変に話に割って入らず、俺は智春の次の言葉を待った。
「5年以内の死亡率24%な激ヤバ職業だけど」
5年以内の死亡率24%なんて数字は、狂気に満ち溢れている証拠だ。
創作でもここまで酷い数字は滅多に見ないぞ?
どうしてこんな地獄みたいな数字が許されているのか俺は予測を口にする。
「こっちの世界に出現したダンジョンってさ、もしかして攻略をしっかりしないとダンジョンからモンスターがあふれてきたり、こっちの世界に何か良くない影響が出るのか? だから無理矢理、国民に冒険者をやらせて……」
予想は当たりだったようだ。
智春は苦々しい顔で、俺に詳細に教えてくれる。
「うん。ダンジョン内のモンスター数が一定数を超えると、ダンジョン内に沸くはずだったモンスターがダンジョン外に発生しちゃうんだよ。そうならないように冒険者はダンジョンに入ってモンスターを間引き続けたり、ダンジョンを完全攻略してダンジョンを消滅させたり、色々と対策してるんだけど……」
なんとなく俺は察してしまった。
地球に住まう人類はゆっくりと滅びの道をたどっていることに。
「5年以内の死亡率が24%ってことは、ダンジョンの攻略が追い付いてなくて無理してるからってことであってるか?」
「あははは……。まあ、政府はそれを認めないけど、そういうことなんだろうね。現に政府は必死で徴兵制みたいなこともし始めてるし」
「徴兵制?」
「2年前から、身体能力が伸びやすい15歳~25歳までの健康な期間に最低5年間は冒険者としての活動を義務づける法律が出来た」
「なんだそれ……」
「わたしも今年から冒険者として活動させられててさ、お金が貰えるとはいえ、それでも毎日が大変だよ……」
高校生なのに命の危険のある冒険者という職業を智春は今やらされている。
「……はぁ。ゆっくりできると思ってたんだけどな」
久しぶりに再会した妹が、5年以内の死亡率が24%といった冒険者をやらされていると知ってしまった。ゆえに俺はすぐさまに決意する。
「母さん。俺は冒険者になることにした。それで智春を守るよ。大事な妹が危険な目に遭わされているのを黙って見てられない」
もしかしたら、俺はこのために異世界から帰ってきたのかもしれない。
そう、冒険者というヤバい職業をさせられている妹を助けてあげるために。