転生したらメタルギアREXだった件 作:段ボール
死んだ。たぶん、そうだったはずだ。
最後に何があったのか、思い出そうとしても記憶の端が繋がらない。確かなのは、そこで自分の人生が途切れたということだけだった。意識が戻って最初に浮かんだのは、「助かった」よりも先にこれだ。
(なんで俺、まだ考えられてるんだ?)
目を開けようとした。真っ暗で何も見えない。瞼を閉じたままなのかと思い、もう一度力を込めてみる。
おかしい。瞼を動かした手応えそのものが、そもそもない。
息もしていなかった。胸が上下する感じも、肺に空気が入る感じもない。鼻と口で吸おうとしても何も起こらず、それなのに苦しくない。
(いや、待て。これ普通にまずくないか?)
心臓の鼓動も聞こえない。代わりに、低く重い唸りが身体の奥から響いていた。一定ではなく、ときどき不規則に揺れる。耳を澄ますと、ギィ、と何かが軋む音や、どこかで回る機械音まで混ざっていた。
(……なんだ、これ)
声に出したつもりだった。だが人間の声は聞こえない。喉が震えた覚えも、口を開けた覚えもない。頭の中では確かに喋っているのに、外では何も起きなかった。冷や汗が出そうな状況で、汗すら出ない。
(とりあえず落ち着け。分かるところから確認だ)
まず右手を動かそうとする。何も起こらない。痺れているわけでも、力が入らないわけでもなく、右腕という存在が身体のどこにも見当たらなかった。
(……ん?)
左も同じだ。肩から先が麻痺しているのとは違い、命令を送ろうにも送り先がない。
腕がない。
(……は?)
慌てて脚に意識を向けると、こちらには反応があった。ただし、知っている脚ではない。
膝を曲げようとした途端、それまで意識の外にあった巨大な構造物が、遅れて自分の身体として浮かび上がってきた。筋肉を使う感覚はない。内部のどこかで重い駆動音が立ち上がり、いくつもの機械部品を経由して、関節らしき場所へ力が伝わっていく。布団の上で脚を持ち上げるのとはわけが違った。巨大な機械を内側から無理やり動かしているような抵抗が返ってくる。
しかも二本ある。関節の位置も曲がり方も人間とは違うのに、どちらも自分の脚だという感触だけははっきりしていた。
(手はないのに、脚はある……? 意味が分からない)
寝かされているのか。事故で身体がどうにかなったのか。ここは病院なのか。そんなことを考えているうちに、暗闇に白い線が一本走った。
一瞬だけ視界が明るくなり、何かが映ったと思った次の瞬間には、半分以上が砂嵐に呑まれていた。数秒おいて、また光が走る。今度は横に何本ものノイズが入り、その向こうに灰色の輪郭が浮かんだ。
見える、と言っていいのか怪しい。視界の右側は黒く欠け、左側には白いノイズが断続的に走っている。辛うじて像を結ぶのは中央だけで、近いのか遠いのかも分からない。人間の目なら自然に掴めた距離感が、ごっそり抜け落ちていた。
何度か映像が乱れたあと、目の前のものだけは判別できた。岩だ。荒い岩肌がすぐそこまで迫っている。視線らしきものを動かせば、上にも岩、下にも同じ地面が続いていた。少なくとも病室の天井ではない。
(洞窟……?)
周囲は相当に暗いらしい。生き残った何かが明るさを補正しているのか、岩の輪郭は拾えるが、映像には細かなノイズが絶えず混じる。視界の端には、数字や意味不明な線、途切れた文字列が重なっていた。赤や黄色の表示が点滅を繰り返し、目を凝らさなくても最初から視界に貼り付いている。
(ゲームの画面みたいだな……)
思ってから、あまり笑えない例えだと気づいた。
試しに右を向こうとした。普通なら首を動かせば済む。ところが意識した途端、身体のどこかでモーターのようなものが回り出した。
ギ……ギギギィ……。
金属同士の擦れる鈍い音が洞窟に響き、視界がゆっくり右へ流れる。途中で映像が大きく乱れ、岩壁の位置が一瞬飛んだ。
(……今の、俺か?)
止めると軋みも止まる。もう一度、少しだけ向きを変えてみた。ギギギ……。
(俺だな)
間違いない。動くたびに鳴っているのは俺だ。油の切れた重機を無理に動かしているような音で、よく聞けば駆動音だけでもなかった。複数の金属部品が干渉しているのか、低く引きずる響きが重なり、ときどき怪獣の唸り声に変わる。
(身体から出ていい音じゃないだろ、これ……)
視界の中央に文字が浮かんだ。
《SYSTEM CHECK》
続けて、いくつもの表示が上書きされる。
《ERROR》
《ERROR》
《SENSOR ERROR》
《――――》
英語だ。読める。読めること自体はどうでもいい。問題は、なんでそんなものが視界に直接出ているのかだ。
疑問を口にする前に、音声が流れた。
《警告。外部光学センサーに重大な異常》
(いや警告されなくても分かる!)
《複数箇所に機能異常を確認》
『うおっ!?』
今度は音が出た。ただし聞き慣れた自分の声ではない。低くくぐもった声が、巨大なスピーカーを通したように洞窟へ反響した。自分で喋ったのに、自分の声とは思えない。
『誰だ!?』
返ってくるのは残響と、機体内部から鳴り続ける軋みだけだ。
『おい、今の声。聞こえてるなら何か――』
《右脚部。応答不良》
『いや、俺の質問は!?』
また沈黙。会話相手ではないらしい。質問を理解している様子はなく、異常を検知した時にだけ決まった警告を流している。
(システム音声か……)
呼吸もない。心臓もない。腕もない。視界には謎の表示が重なり、身体の内側では機械が鳴り、向きを変えれば金属が軋んで、知らないシステムが故障箇所を次々に報告してくる。急に、自分の身体が気味悪くなった。
(俺、いったい何になってるんだ?)
じっとしていても何も分からない。動くなら、起き上がって確かめるしかなかった。
左脚に意識を集中させる。内部で駆動音が強まり、巨大な脚らしきものが岩肌を擦りながら位置を変えた。少し動かしただけで床から振動が返り、ただでさえ悪い映像が一瞬崩れる。左脚はどうにか動く。
問題は、さっきから警告されている右脚だ。慎重に力を送ると、内部で何かが引っかかった。駆動音が不自然に途切れ、金属を無理に捻ったような嫌な振動が返ってくる。それでも反応はわずかにある。完全に死んでいるわけではないらしい。
(ゆっくりなら、いけるか?)
左へ重心を寄せて、右脚を動かそうとした。
ガンッ、と足元から鈍い衝撃が突き上げた。
《警告》
『えっ』
右脚側の支えが一気に抜け、視界が大きく傾く。距離感が狂っているせいで、横にあったはずの岩壁が想像以上の速さで正面へ滑り込んできた。
『ちょっ――!』
反射的に手を出そうとした。人間だった頃なら、それで身体を支えていた。だが命令を送る先がない。手がない。
『待て待て待て!』
ドゴォンッ!!
巨大な何かが岩壁に激突し、洞窟全体が揺れた。痛みというより、全身を強烈な振動が駆け抜ける。頭上から砕けた岩がいくつも降り、装甲らしき表面に当たるたび硬い音が連続した。視界はそのまま砂嵐に変わる。
《姿勢異常》
《右脚部出力低下》
《駆動系エラー》
《外部映像信号低下》
『分かった! もう動かないから!』
システムに言っても意味がないのは分かっている。分かっていても、黙っていられなかった。
しばらくして視界が戻ってきた。左半分にはまだ砂嵐が走っているが、傾いた姿勢のおかげで、今まで見えなかった自分の一部が視界に入る。
巨大な金属板だった。最初は、洞窟に誰かが置いた人工物かと思った。試しに身体へ力を入れると、金属板も一緒に動いた。
(……これ、俺か?)
表面はひどい有様だ。塗装は広い範囲で剥げ、装甲には大小の傷が走っている。汚れも染みつき、ところどころは長年雨風に晒された機械のように色が変わっていた。新品どころではない。壊れた機械が、何かの間違いでもう一度動き出したようにしか見えなかった。
(なんか見たことあるぞ、これ)
これ以上傾けないよう、慎重に視界を動かす。映像は途切れ途切れだが、身体から伝わってくる巨大な二本脚と、辛うじて見える装甲の形を照らし合わせていく。高すぎる視点。腕のない巨大な胴体。人間とは全然違う、異様に生物的な二本脚。前方に張り出した機体構造。
断片でしかないそれらが頭の中で繋がった瞬間、昔遊んだゲームの映像が蘇った。
(……いや、まさか)
さすがにそれはない。細かなスペックなんて覚えていないし、武装の配置も説明できない。メタルギアシリーズも、昔遊んだことがある程度だ。それでも、この姿には見覚えがあった。巨大な二足歩行兵器。動物のような脚。腕を持たない独特の機体形状。画面の向こうで見た、あの兵器。
『……メタルギア』
低い声が洞窟に響いた。冗談のつもりだった。だが名前を口にした途端、目の前の形が記憶の中のものと重なった。
『REX……?』
システムは肯定も否定もしない。ろくに映らない視界の隅で、異常表示を点滅させているだけだ。
(いやいや、待て)
似ているだけかもしれない。偶然そう見えているだけかもしれない。そう思いたい。
けれど、呼吸のない身体、存在しない腕、巨大な二本脚、金属の装甲、視界に重なるシステム表示、記憶と一致する機体の輪郭。ここまで確かめて、まだ違うと言い張れるほど楽観的にはなれなかった。
『俺……REXになってる?』
口に出した途端、現実味が増した。笑えない。人間だった頃なら頭を抱えていたところだが、今はその手もない。ノイズの走る傾いた視界のまま、暗い洞窟を眺めるしかなかった。
しかも、正体が分かっても安心できる材料はひとつもない。REXなら、とんでもなく強い兵器だったはずだ。少なくとも普通のロボットではない。
だが今の俺は、外を見ることすらまともにできない。立ち上がろうとして壁に突っ込み、動けば怪獣のような音が鳴り、視界にはエラーが並ぶ。自分の身体なのに、どう動かせばいいのかも分からなかった。
(しかもこの傷だらけの装甲。REXはREXでも、だいぶボロボロじゃないか?)
新品の最強兵器になったわけではないらしい。巨大な兵器になった実感より、壊れかけた機械そのものになった不安のほうが先に立つ。
改めて意識を身体全体に向けると、暗闇に横たわる自分が、ようやく一つの巨大な輪郭として感じられた。脚をわずかに動かせば岩が震え、身体を傾ければ壁にぶつかる。これが俺だ。さっきまで田中だった身体が、今は傷だらけの金属の塊になっている。
どう受け止めればいいのか考え始めたところで、ノイズ混じりの視界の中央に赤い表示が割り込んだ。
《警告。右脚部駆動系に重大な損傷を確認》
数秒、その文字を眺めた。
『……いや、そこから教えてくれよ……』