転生したらメタルギアREXだった件 作:段ボール
REXになった。
口に出してしまえば短いが、理解したところで状況が好転するわけではなかった。洞窟は相変わらず暗いし、右脚は壊れている。視界の端には見たくもないエラー表示が居座り続け、何より、自分の身体なのにどう扱えばいいのか分からない。
ゲームならコントローラーを握れば済んだ。スティックを倒せば歩くし、ボタンを押せば武器が出る。今の俺には、そのコントローラーすらない。
(……とりあえず、動かせるところから調べるか)
さっき無理に立とうとして壁に突っ込んだばかりだ。同じことを繰り返す気にはなれず、岩壁に身体を預けたまま、意識を機体の各部へ向けた。
腕はない。それはもう分かった。代わりに左右には、胴体から大きく張り出した何かがある。兵装なのか装甲なのか、感覚がまだうまく繋がらない。
まず頭。頭と呼んでいいのかも怪しいが、視界を左へ向けると、内部で重い駆動音が響いた。右へ戻すと、今度は少し滑らかに動く。
(これは動く)
次に上下。下へ向けた瞬間、ギギッ、と金属の擦れる嫌な音が鳴り、上へ戻そうとすると途中で何かに引っかかったように止まった。
《警告。光学ユニット可動域に異常》
(はいはい、無理するなってことね)
少しずつ分かってきた。「首を動かす」と考えれば、内部の何かがその意思を動きに変えてくれる。筋肉を一本ずつ意識する必要はない。ただし、正常に動く保証もない。
次は視界だ。目で見るというより、カメラに意識を合わせる感覚に近い。そう念じた途端、ノイズ混じりの視界の右端に小さな表示が増えた。
《OPTICAL SENSOR》
《LOW LIGHT MODE》
(低照度……?)
表示に意識を向けると、一瞬だけ視界が白く飛んだ。
『うわっ』
すぐに明るさが落ち着き、洞窟の奥が先ほどより鮮明に見えるようになる。映像の一部は欠け、細かなノイズも走ったままだが、岩肌の凹凸、天井から垂れた鍾乳石らしきもの、地面に散らばる小石までは拾えた。人間の目とはまるで違う。暗がりが見えているのではなく、機械が見えるように処理しているらしい。
(便利だな、これ)
この身体になって初めて、少し得をした気がした。直後に視界の端で《ERROR》が二つ点滅して、気分は元に戻ったが。
レーダーも試す。REXなら付いているはずだ。どこにどう付いていたかは覚えていないが、ゲームでは敵の位置を把握する機能があった気がする。
(レーダー……レーダー……)
念じてみても何も起こらない。
(そんな音声コマンドみたいにはいかないか)
もう少し身体の奥を探る。視界とは別の、周囲へぼんやり広がっていく感覚。そこへ意識を向けると、視界の隅に円形の表示が浮かんだ。
《RADAR SYSTEM》
《PARTIAL FUNCTION》
(あるじゃん)
円の中心には自分らしき点があり、周囲にはほとんど何も表示されていない。完全には壊れていないようだ。何かが近づいてくれば分かるかもしれない。たぶん。今の俺に「正常」と言い切れる機能はほとんどないので、信用しすぎるのは危険だ。
次は脚。さっきから一番の問題児である。
左脚に意識を向けると、内部の状態らしきものが視界に浮かんだ。
《LEFT LEG》
《OUTPUT 61%》
続いて右脚。
《RIGHT LEG》
《OUTPUT 23%》
《DRIVE ERROR》
『二十三……』
思わず声が漏れた。何を基準にした二十三パーセントなのかは知らないが、元気でないことだけは確かだ。むしろ、よくさっき立とうとしたな、俺。
(ゲームなら耐久値真っ赤だぞ、これ)
左脚を動かしてみる。今度は急がず、力を入れるのではなく「この方向へ動きたい」と考えた。内部で何かが唸り、巨大な脚が岩肌の上を数センチずつ滑る。
右脚はさらに慎重に。こちらも動くには動いたが、途中で何かが引っかかる。痛みはない。それでも関節の中に砂でも噛んだような抵抗があり、これ以上やれば壊れる、という予感だけははっきり伝わってきた。
(自分の身体なのに、取扱説明書が欲しい。できれば初心者向けの薄いやつ)
各所へ意識を向けるうち、拾える情報が少しずつ増えていった。装甲。駆動系。光学センサー。レーダー。動力。
そして。
《WEAPON SYSTEM》
(来た)
正直、少し期待していた。身体がボロボロなのは分かった。でも俺はREXだ。細かい設定は忘れていても、火力が洒落にならないことくらいは覚えている。
視界に新しい項目が並ぶ。
《MISSILE SYSTEM》
《OFFLINE》
《AUTOCANNON》
《AMMUNITION ERROR》
《LASER SYSTEM》
《OUTPUT INSUFFICIENT》
『……うん』
予想はしていた。ここまで綺麗に全滅していると、むしろ諦めがつく。だが、まだ一つ残っている。REXといえば、あれだ。
(レールガン)
その言葉に意識を向けた途端、視界に枠が開き、数値が猛烈な速さで流れ始めた。機体の隅々まで探しているらしい。
《RAILGUN SYSTEM》
《SEARCHING――》
《UNIT NOT FOUND》
数値の流れが止まった。使えない、壊れている、といった反応ですらない。該当するものが、この身体のどこにも見つからなかった。
『……ないのかよ』
巨大兵器になったのに、看板の武器が丸ごと欠けている。残りの武装もほぼ死んでいて、歩くのも、首を回すのも一苦労だ。今の状態だけ見れば、巨大な置物と大差なかった。
(REXなら強いと思ったんだけどな……)
本来なら強いのだろう。問題は今の状態だ。外装は傷だらけ、右脚は二十三パーセント、武装の大半は死んでいる。どう考えても、ゲーム開始直後の主人公が乗る最新鋭機ではなく、廃棄寸前のボス機だった。
その時、視界に新しい表示が出た。
《UNKNOWN ENERGY DETECTED》
(ん?)
見慣れない項目だった。
《EXTERNAL ENERGY》
《INTAKE――0.03》
『外部エネルギー……?』
周囲を見回しても、あるのは岩ばかりだ。発電機もケーブルもない。それなのに数値だけが、ゆっくり上昇していく。
《0.04》
《0.05》
(どこから入ってる?)
考えている間にも、何かが機体に染み込んでくる。熱とも電気とも違い、目では見えない。自分の外側に満ちていた何かが、装甲を通して少しずつ内部へ取り込まれていく。そんな手応えだけがあった。
錯覚かと思ったが、数分もしないうちに別の表示が出た。
《MINOR RESTORATION DETECTED》
(修復?)
さっき動かした右脚に意識を向ける。
《RIGHT LEG》
《OUTPUT 24%》
『……増えた?』
二十三だった。確かに二十三だった。たった一パーセント、誤差と言われればそれまでだが、内部を探ると、引っかかっていた箇所の感触が軽くなっている。何かした覚えはない。整備もしていない。そもそも手がない。
(勝手に直ってる……?)
もう一度、外部エネルギーの表示を見る。数値は相変わらず少しずつ増えていた。ゲームのREXに、洞窟にいるだけで自己修復する機能なんてあっただろうか。少なくとも記憶にはない。となれば、この身体ではなく、ここにある何かが原因だ。
『この世界……何か変なのがあるな』
言ってから、自分でもおかしなことを言っていると思った。死んだと思ったらREXになって洞窟にいる時点で、今さら「変なものがある」も何もない。それでも、この正体不明のエネルギーが機体を直していることだけは分かった。電気か、熱か、この場所特有の何かか。
(まあ、直るならありがたいけど)
待っていれば全部直る保証はないし、ここで寝転がっているわけにもいかない。周囲の状況を知るためにも、まず移動できるようにならなければ。
脚へ意識を戻す。左脚は六十一パーセント、右脚は二十四パーセント。数字だけ見れば心許ないが、感触はさっきよりいい。
(今度こそ、ゆっくり)
左脚に負担を寄せて姿勢を起こす。機体の奥から低い駆動音が響き、岩壁に預けていた身体が少しずつ離れていった。視界が上がり、天井との距離が一気に縮まる。
(でかっ)
思わず動きを止めた。横たわっていた時は実感がなかったが、起き上がると洞窟の景色がまるで違う。天井が近い。洞窟が狭いわけではなく、人間から見ればかなり広いはずだ。俺が大きすぎる。
(これ、普通の建物とか絶対入れないだろ……)
建物がある場所かどうかも知らないのに、真っ先にそんな心配が浮かんだ。
左脚を少し前へ出し、ゆっくり地面に置く。
ズン、と洞窟全体に振動が走った。小石が跳ね、天井から細かな砂が落ちてくる。
『……』
今のは一歩ですらない。足の位置を変えただけだ。それなのにこの振動。
(俺、めちゃくちゃデカいんだ……)
REXだと分かった時点で、頭では理解していた。でも、ゲームの画面越しに見る巨大兵器と、その重量を自分で背負って動くのとでは、まるで違う。歩くだけで周囲に影響が出る。下手に動けば壁を壊すかもしれないし、場所によっては地面が持たない可能性もある。強いか弱いか以前の問題だった。
(これ、人の近くで普通に歩けるのか……?)
先の心配は後回しだ。今は、まず一歩。
右脚に意識を集中する。内部から嫌な抵抗が返ってくるが、さっきよりは動いた。ゆっくり持ち上げる。機体が傾き始めるたび左脚で支え、右脚の位置を前へずらしていく。
《RIGHT LEG LOAD――WARNING》
『分かってる。もう少しだけ』
警告に返事をしながら、右脚を下ろした。岩の床に触れたところで一気に体重を乗せず、左脚から少しずつ荷重を移す。関節の奥で嫌な振動が走ったが、今度は崩れなかった。
そして、左脚を前へ。
ズンッ――。
洞窟の奥まで重い音が響いた。壁が震え、頭上から砂埃が落ちる。レーダー表示が一瞬乱れて、すぐに戻った。
『……歩けた』
たった一歩。人間だった頃は、意識することすらない動作だった。今は一歩踏み出せただけで、ちょっとした達成感がある。
『よし』
もう一歩。そう思った時、視界の隅でレーダーが小さく点滅した。
《MOVING OBJECT DETECTED》
(……え?)
動きを止める。円形の表示に意識を集中すると、少し離れた場所に小さな反応が一つ浮かんでいた。俺のような大きさではない。しかも動いている。
(何か……いる?)
さっきの一歩の音が洞窟のどこまで届いたのかは分からない。ただ、これだけの巨体が動けば、近くの何かが気づいてもおかしくない。レーダーの中で、小さな反応がゆっくり位置を変えていく。こちらへ向かっているのか、たまたま近くを通っているだけなのか、まだ判断できない。
武器はほとんど使えない。まともに歩くことすら怪しい。そんな状態で、俺は洞窟の奥の小さな反応をじっと見つめた。
『……何だ、あれ』