転生したらメタルギアREXだった件 作:段ボール
『じゃあ、ついてきてくれ。こっちだ』
そう言って先に進み始めたリムルを、俺は数秒見送った。小さな青いスライムが洞窟の奥へぴょんぴょん跳ねていき、その後ろを傷だらけの巨大二足歩行兵器が付いていく。
(……すごい絵面だな)
他人事みたいに思いながら、右脚へ慎重に意識を向ける。左脚へ体重を寄せ、引っかかるような感触を確かめながら右脚を前へずらした。足を下ろしただけで岩床がズンッと震え、ギギギ、と関節の奥から嫌な軋みが上がる。途中からそれは怪獣の唸り声みたいな低音へ変わり、視界の隅では《RIGHT LEG LOAD》の表示が黄色く点滅していた。
少し先を進んでいたリムルが止まる。
『田中、大丈夫か?』
『大丈夫ではないけど、進める』
『それ、大丈夫って言わないんじゃ……』
『止まってても仕方ないからな』
正確には、例の正体不明のエネルギーを吸収して少しずつ修復しているらしい。ただ、右脚がまともに使える状態には程遠かった。リムルなら数秒で進める距離を、俺は一歩ごとに足場と関節の感触を確かめながら追いかけるしかない。幸い、洞窟は途中からかなり広くなっていて、天井も高い。立ったままでも頭をぶつける心配はなく、横幅にも多少の余裕があった。
もっとも、通れることと歩きやすいことは別問題だ。
(右、次に左……右……)
人間だった頃なら考えもしなかった歩行を、今は一歩ごとに確認している。右脚を庇えば左へ負担が集中し、左へ寄せすぎれば今度は身体全体のバランスが崩れる。そのたびに内部で駆動音が変わり、足裏からは岩床の硬さまで伝わってきた。
そして、その間も壊れかけたレーダーの奥では巨大な反応がちらつき続けている。
《UNKNOWN SIGNATURE》
《MEASUREMENT ERROR》
表示されては消え、数値が出たと思えば次の瞬間には振り切れる。リムルと出会った時の小さな反応とは比べものにならない。距離も正確には取れず、レーダーの一部には細かなノイズまで混じっていた。
(……さっきから出てるこれ、行き先と同じ方向だよな)
まさか、紹介したい奴ってこれじゃないだろうな。
そんな嫌な予感を抱えたまま何度か足を運ぶと、前方の岩壁が途切れた。そこから先は、俺でも窮屈さを感じないほど巨大な空洞になっている。左右の岩壁はかなり遠く、天井へ光学センサーを向けても、ノイズ混じりの視界では高さを測り切れず途中から暗闇へ溶けていた。
その中央に、何かがいた。
『……』
最初、輪郭がうまく掴めなかった。視界にノイズが入っているからではない。
単純に、でかい。
黒い鱗に覆われた巨体。長い首。岩床へ伸びる巨大な四肢と、背から広がる翼。頭部だけでも、人間だった頃の俺なら見上げ続けるだけで首が痛くなりそうな大きさだ。ゲームや映画の画面越しでしか見たことのない姿が、洞窟の中央で普通に呼吸している。
(ドラゴン……?)
そう認識した直後、視界の端に新しい表示が走った。
《警告》
《対象周辺より未知のエネルギー反応》
《測定開始》
数値が一気に流れ、センサーが自動的に対象の周囲を測定し始める。だが次の瞬間、表示が乱れた。
《ERROR》
《MEASUREMENT RANGE EXCEEDED》
《再測定――》
《ERROR》
『……は?』
思わず声が漏れた。距離は分かる。巨体の輪郭も、四肢の位置も、翼の広がりも拾えている。少なくとも「巨大な生物がそこにいる」という観測自体には問題がない。
なのに、その周囲に満ちている何かだけは測れない。
感覚としては、俺の身体を少しずつ直していたものに似ている。ただし、量が違いすぎた。洞窟全体へ薄く漂っていたものとは比較にならない。巨大な竜を中心に、目に見えない何かが溢れている。そこへ意識を向けただけで計測値が跳ね上がり、センサー表示が一斉に乱れた。
《WARNING》
《UNKNOWN ENERGY――》
《――――》
『おいおい……』
メタルギアREX。細かな仕様までは覚えていなくても、まともな状態なら洒落にならない戦闘兵器だったことくらいは知っている。今は壊れているとはいえ、その身体のセンサーが相手を見ただけでまともな数値すら返せない。
『ほう!』
腹の奥まで響くような大声が空洞へ轟いた。巨大な竜がこちらを見ている。
『リムルよ! 随分と面白い者を連れてきたではないか!』
『だろ? 俺もさっき見つけたばっかりなんだけどな』
『見つけたって言い方やめてくれない?』
落とし物みたいじゃないか。
リムルが『悪い悪い』と返す一方、巨大な竜は俺を上から下まで遠慮なく眺めていた。怖がっている様子はまったくない。それどころか、傷んだ装甲や脚部へ視線を向けるたびに、面白そうに首の角度を変えている。
『金属の魔物……いや、ゴーレムとも異なるか。我とは異なる龍の如き姿をしておるな!』
(龍扱いなんだ……)
二本脚で腕もないが、頭部や胴体の形だけ見ればそう見えなくもないのかもしれない。
というか。
『いや、俺よりアンタ何なんだよ』
『む?』
『センサーがさっきからエラー吐きまくってるんだけど』
『センサー?』
当然のように通じなかった。
『田中は機械の身体だから、いろいろ測ったりできるみたいなんだよ』
『ほう。では我の力を測ろうとしたのか?』
『勝手に測定始めたんだよ。で、測れなかった』
『クハハハハ! 当然であろう! 何しろ我は暴風竜ヴェルドラ! この世に四体しか存在せぬ竜種の一体なのだからな!』
胸を張っている……ように見える。巨体すぎて人間と同じ仕草として判断していいのか分からないが、声だけならものすごく得意げだった。
(暴風竜……竜種……)
また知らない単語が増えた。ただ、目の前にいる相手が、その辺にいる普通のドラゴンではないことだけは分かる。
その時、不意に意識の奥へ声が落ちた。機体の警告音声とは違う。外部スピーカーから聞こえたわけでもなく、リムルとの念話とも違う。もっと直接、頭の中へ情報そのものを流し込まれたような感覚だった。
《エクストラスキル『魔力感知』を獲得しました》
(……は?)
疑問を挟む暇もなく、世界の見え方が変わった。光学センサーの映像そのものは変わらない。岩壁も、リムルも、ヴェルドラも、壊れた視界には相変わらずノイズ混じりに映っている。
その上へ、今まで存在しなかった感覚が重なった。
これまで「何か」としか感じられなかったものが、洞窟の中いっぱいに広がっている。空気のように周囲を満たし、岩の隙間にも、自分の装甲の周囲にもある。目で見ているわけでも、レーダーで拾っているわけでもないのに、そこに存在することだけは分かった。
そしてヴェルドラのところだけ、それが桁違いに濃い。
『うわ……』
『どうした?』
『なんか急に、さっきまで分からなかったものが分かるようになった』
『魔素か?』
『これが?』
『多分な。俺も《魔力感知》で周りを見てる』
(魔素……これが)
先ほどから俺の身体へ取り込まれていた正体不明のエネルギー。その候補だったものに、ようやく名前が付いた。視界の端にある《UNKNOWN ENERGY》へ意識を向けてみると、表示自体は変わらないが、感覚としては今までよりずっとはっきりしている。周囲の魔素が装甲のどこかから入り込み、機体内部へ少しずつ流れ込んでいるのが分かった。
だが今は、それ以上に目の前のヴェルドラが気になる。比較対象がないから具体的な量なんて分からない。それでも、洞窟中に広がる魔素と、ヴェルドラの周囲にあるものが同じ尺度で考えていいのか疑いたくなるくらい違っていた。
(俺がでかいとか、そういう次元じゃないな……)
身体の大きさだけなら俺も十分巨大だ。だが、見た目が大きいことと、その内側にどれだけの力を抱えているかはまったく別らしい。
『ところで、おぬしは何者なのだ?』
『田中。一応、元人間』
『元人間?』
『俺と同じ日本人だったらしいぞ』
リムルが補足すると、ヴェルドラがさらに興味を示した。
『ほう! では転生者ということか!』
『多分。それで今の身体が……METAL GEAR REXっていう兵器らしい』
『兵器?』
『元の世界で、戦うために造られた機械だよ』
『つまり、その巨体そのものが武器というわけか! 面白い!』
『そこ喜ぶところなのか?』
『強大な身体というのは良いものではないか』
『俺は今のところ歩くだけで精一杯なんだけど』
『む?』
ヴェルドラが首を傾け、俺の身体を改めて眺める。視線が傷だらけの外装を通り、右脚の辺りで止まった。
『なるほど。確かに随分と傷んでおるな』
『そこ、今一番の問題なんだよ。右脚が壊れてて、さっきようやくまともに一歩歩けたところ』
『自分の身体なのに、思うように動かせぬのか?』
『目覚めてからまだ大して経ってないんだよ。説明書なしでいきなりこれだから、俺も困ってる』
『クハハ、なるほど! 見た目に反して難儀しておるのだな!』
『笑うなよ』
でかいドラゴンに、でかい兵器が身体の不便を笑われている。我ながら意味の分からない状況だった。
それでも、さっきまでセンサーすらまともに通じない相手だと思っていたヴェルドラが、話してみれば普通に会話できることには少し安心した。声も態度もでかいが、少なくともいきなり襲いかかってくるような相手ではなさそうだ。
『そういえば』
『なんだ?』
『ヴェルドラって、ずっとここにいるのか?』
さっきから巨大な身体はほとんど同じ場所から動いていない。俺たちへ近づこうともせず、一定の範囲に留まったままだ。
『ヴェルドラはここに封印されてるんだ』
『封印?』
『《無限牢獄》っていうらしい』
俺は周囲を見回した。岩壁、地面、巨大なヴェルドラ。見えるのはそれだけだった。
『……どれ?』
『どれって?』
『封印。鎖とか檻とか、そういうの』
『そういうものじゃないぞ』
リムルに言われ、もう一度ヴェルドラを見る。光学センサーを拡大。レーダー。さっき手に入ったばかりの魔力感知。使えるものを順番に試してみるが、光学センサーには何も映らない。ヴェルドラの周囲には岩も金属も鎖も見えず、レーダーにも壁らしい反応はない。そこだけ見れば、開けた空間に巨大な竜がいるだけだった。
ただ、魔力感知だけは違った。
ヴェルドラの周囲に、妙な違和感がある。空間そのものがそこで途切れているような、透明な何かに包まれているような感覚。見えないのに、その先へ何かがあることだけは分かった。
(何だこれ)
《UNKNOWN FIELD DETECTED》
《PHYSICAL STRUCTURE――NOT FOUND》
『物理構造なし……?』
『何か分かったのか?』
『いや、逆。何も分からない』
ヴェルドラの周囲へセンサーを集中させる。何かが存在することは分かる。それなのに形も材質も、厚さもない。物体として扱おうとするたび、情報が空振りするような感覚があった。
『解析できるか?』
初期システムへ問いかけてみる。当然、会話らしい返事はない。数秒後、視界へ結果だけが表示された。
《ANALYSIS――FAILED》
《対象の物理構造を確認できません》
『……駄目か』
機械は、そこに何かがあるとまでは認識している。でも、それが何なのか分からない。材質もない。厚さもない。構造もない。それなのに、ヴェルドラを閉じ込めている。
『これ、どれくらい前から?』
『三百年ほどだ』
『三百年!?』
『長くない?』
『長いぞ!』
力強く言い切られた。
そりゃ長いだろう。リムルからすれば友達だというし、俺だって同じ場所へ三百年閉じ込められるなんて考えたくもない。
(何かできないか?)
俺にはREXの身体がある。まともな状態じゃなくても、元々は戦うための巨大兵器だ。もし物理的な壁なら、火力でどうにかできる可能性はある。
(壊す……?)
そこまで考えて、すぐに却下した。
何を壊すんだ。
照準を合わせる対象がない。レーダーにも映らず、光学センサーにも何も見えない。機体は構造そのものを認識できていない。しかも、その正体不明の何かの内側にはヴェルドラ本人がいる。
ここは洞窟だ。仮に今まともな武装が使えたとしても、何も分からないまま撃てばヴェルドラを巻き込むかもしれない。それ以前に、天井や岩壁がどうなるのかも分からない。使える武器があるかどうか以前の問題だった。
『……無理だな』
『何がだ?』
『封印を壊せないか考えてた』
『ほう』
『でも、俺の身体は基本的に「見つけて、狙って、壊す」ためのものなんだ。これは何を狙えばいいのかすら分からない』
言葉にしてみると、思った以上にはっきりした。
俺の身体は巨大だ。本来なら火力もかなりある。壊れた今でも、それだけは何となく分かる。でも、その力を使うには対象が必要だ。
どこにあるのか。何でできているのか。どこを狙えば壊れるのか。
目の前の《無限牢獄》は、その最初の一つすら分からない。
『すまん。俺じゃどうにもできそうにない』
ヴェルドラは少し黙った。失望されたかと思ったが、返ってきたのは大きな笑い声だった。
『クハハハ! 何を謝る必要がある!』
『え?』
『分からぬものを分からぬと言えるのは悪いことではあるまい。それに、おぬしは頼まれてもおらぬのに我の封印を調べていたのであろう?』
『まあ……何かできるなら、と思っただけだけど』
『ならば十分面白い奴ではないか!』
『面白いで評価するのかよ』
『我にとっては重要だぞ?』
ヴェルドラは本気らしい。少なくとも、役に立たなかったからと機嫌を損ねるような相手ではなさそうだ。
その横で、リムルはずっと黙っていた。
『リムル?』
『んー……』
返事はする。でも、何か考えている。俺が《無限牢獄》をセンサーで調べている間も、こいつはこいつで別の方法を探していたらしい。
小さなスライム。俺なら歩く時に踏まないよう気をつけるサイズだ。
でも、少なくとも俺が「分からない」で止まったものに対して、まだ考え続けている。
(こいつ、見た目以上に色々できるのかもしれないな)
最初に会った時は、同じ日本人がいたというだけでかなり安心した。今は、それとは少し違う。身体の大きさも、使えるものも、物事への手の出し方も俺とはまるで違う。
だからこそ、俺ではどうにもならないことに、こいつなら別の方向から手を出せるのかもしれない。
『……よし』
『何か思いついた?』
『一応な。成功するかは分からないけど』
リムルはヴェルドラの方を向いた。
『前に話してた封印の解析だけど、外からじゃなくて別の方法を試してみようと思う』
『ほう!』
『俺には《捕食者》っていうスキルがあるんだ』
『捕食者?』
また新しい単語が出てきた。
『対象を取り込んで、体内に収納したり解析したりできる』
『……収納?』
目の前のスライムを見る。次にヴェルドラを見る。もう一度スライムを見る。
『それで、《無限牢獄》ごとヴェルドラを俺の中に取り込む。中で封印を解析して、ヴェルドラの方からも解析する。それなら時間はかかっても、何とかできるかもしれない』
俺は黙った。
理解しようとした。
巨大な竜。小さなスライム。取り込む。体内。解析。
機械の常識で考える。
無理だった。
人間の常識で考える。
もっと無理だった。
数秒かけて、ようやく一つだけ言葉が出た。
『……食う?』