転生したらメタルギアREXだった件 作:段ボール
『……食う?』
自分で口にしておきながら、意味が分からなかった。目の前にいるのは、俺の脚より遥かに小さな青いスライムで、そのさらに向こうには、俺のセンサーですらまともに測れない巨大な暴風竜がいる。それを目の前の小さな身体へ取り込むという。
それを、食う。
『いや、言い方!』
『でも取り込むんだろ?』
『そうだけど、別に噛みついて食べるわけじゃないからな。《捕食者》っていうスキルで、俺の中に収納するんだ』
『収納……』
言い換えられても理解できない。俺は悟を見る。次に、その何十倍あるのかも分からないヴェルドラを見る。そして、もう一度悟へ視線を戻した。
どう考えても、入らない。
『そのサイズ差で?』
『俺にも詳しい仕組みは分からない。でも《捕食者》ならできると思う』
悟の説明によれば、ヴェルドラを《無限牢獄》ごと体内へ取り込み、内側と外側の両方から封印を解析するらしい。ヴェルドラそのものを消すわけではなく、時間はかかっても解析が進めば、いつか封印を解くことができるかもしれない。やろうとしていること自体は理解できるが、その方法は俺の知っている物理法則から盛大にはみ出していた。
『それ……失敗したらどうなる?』
悟はすぐには答えず、小さな身体を僅かに揺らした。
『分からない』
『分からないのかよ』
『そりゃ初めてやるんだからな。でも、このまま何もしなきゃヴェルドラはずっとここだ』
その言葉には、さっきまでの軽さがなかった。俺はヴェルドラへセンサーを向ける。
『ヴェルドラは、本当にそれでいいのか?』
『無論だ。我は既に三百年、この牢獄に封じられておる。何もせずさらに時を重ねるより、可能性があるならば賭けてみる方がよほど良い』
『でも、成功する保証はないんだぞ』
『だからこそ面白いのではないか!』
ヴェルドラの大声が大空洞へ響いた。相変わらず豪快な返事だが、単に面白そうだから決めたわけでもないらしい。
『それに、我は悟を信じておる』
その言葉だけは妙にまっすぐだった。悟もすぐには何も返さない。二人がここでどれだけ話してきたのか、俺には分からないが、少なくとも今の言葉へ横から何かを付け足す気にはならなかった。
(……友達、か)
俺には《捕食者》も《無限牢獄》も分からない。試しに自分のシステムへ意識を向け、危険性を判定できないか問いかけてみた。
《対象現象の解析情報が不足》
《安全性――判定不能》
予想通りだった。魔法もスキルもろくに知らない今の俺に、正しい答えを出せるはずもない。ヴェルドラは危険を承知した上で賭けると言い、悟もそのための方法を考えている。なら、俺が横から止める理由はなかった。
『では、始める前に一つ決めておこうではないか!』
『何を?』
『名だ!』
『名前?』
『うむ。我とお主が友である証として、同じ名を持とうではないか』
俺は少し首を傾けようとして、途中で関節がギギッと軋んだのでやめた。
『同じ名前って、二人とも同じ名前にするのか?』
『そうではない。家名のようなものだ』
『ああ、苗字みたいな』
それなら分かる。悟も考え込んだらしく、しばらく返事をせずにいた。
『ヴェルドラは暴風竜なんだよな……暴風、嵐……』
やがて、何か思いついたように身体を揺らす。
『テンペスト、っていうのはどうだ?』
一瞬だけ大空洞が静かになったかと思うと、次の瞬間にはヴェルドラの声が響き渡った。
『テンペスト! よい! 実によいではないか! 気に入ったぞ! では今日より我は、ヴェルドラ=テンペスト!』
気に入り方がすごい。巨大な尾まで岩床を叩きそうな勢いで、声にも隠す気のない喜びが滲んでいる。その勢いのまま、ヴェルドラは悟へ顔を向けた。
『ならば我からも、お主に名を授けよう』
『俺に?』
『うむ。お主の名は――リムルだ』
リムル。
悟――いや、今名を与えられた本人が、その響きを確かめるように繰り返す。
『リムル……』
『そうだ。リムル=テンペスト! 我が友に相応しい名であろう!』
『自分で言うんだな』
そう言いながらも、リムルの声は嫌そうではなかった。ヴェルドラ=テンペストと、リムル=テンペスト。出会って間もないのに友達同士で同じ家名を持つことになったらしい。随分と急な話ではあるが、二人が納得しているなら悪くはない。
(……いいんじゃないか)
そう思ったところで、ヴェルドラがこちらへ顔を向けた。
『さて、お主はどうする?』
『……俺?』
『他に誰がおる』
『いや、なんで俺まで?』
『お主だけ仲間外れというのも妙であろう』
『妙って……俺、今日会ったばかりなんだけど』
『それはリムルも同じであろう?』
『そう言われるとそうだけど』
ヴェルドラの基準がよく分からない。出会ってからの時間など、ほとんど気にしていないらしい。
『我の封印をどうにかできぬかと考えておったではないか』
『あれは、別に……』
『頼まれてもおらぬのにな』
そう言われると返す言葉がない。
『それに、これからリムルと共に行くのであろう?』
『まあ、そのつもりではいるけど』
『ならば同じ名を持ってもよいではないか!』
強引だ。ものすごく強引なのに、不思議と嫌ではなかった。足元ではリムルもこちらを見上げている。
『田中は嫌か?』
『嫌ってわけじゃないけど……』
そこで、一つ引っかかった。
『そもそも俺、こっちでも田中のままでいいのか?』
田中は前世の名前だ。今も自分が田中だったことに変わりはないし、その名前を捨てたいとも思わない。ただ、この巨大な金属の身体を前にして「田中」と呼ばれると、どうにも見た目との間に妙なずれがあった。
『じゃあREXでいいんじゃないか?』
『それ、機体名なんだよな』
『でも今、その機体がお前なんだろ?』
『そうだけど』
『だったら、ちょっと変えてレックスとか』
レックス。
声に出してみると、妙に違和感がなかった。METAL GEAR REXという兵器に付けられた名前を、人の名前として呼び直しただけのはずなのに、自分へ向けられる呼び名として考えると不思議と馴染む。
『うむ! よいではないか、レックス!』
『いや決定早くない?』
『嫌なのか?』
改めて聞かれ、少し考える。田中は前世で二十年以上使ってきた、間違いなく俺自身の名前だ。そしてレックスは、今の巨大な身体を指す言葉でもある。どちらかを捨てる必要はないし、これからこの世界で今の自分を呼ぶ名前としてなら悪くない気がした。
『……いや。レックスでいい』
その瞬間、身体の奥で何かが揺れた。
『――っ?』
熱ではない。電流でもない。駆動系の振動とも違い、警告表示も出ていない。それなのに、巨大な身体のさらに奥、機械の部品など存在しないはずの場所へ、何かがゆっくりと沈んでいくような感覚があった。
レックス。
今まで単なる機体名だった言葉が、俺自身へ結びついていく。
『……なんだ、今の?』
『どうした?』
『分からない。今、名前を決めたら……なんか変な感じがした』
『変な感じ?』
『うまく説明できない。でも……』
自分の身体へ意識を向ける。右脚はまだ壊れているし、視界も相変わらずノイズだらけで、急に機体性能が上がったような感覚もない。それでも、自分の中の何かがさっきまでとは少し違っていた。
METAL GEAR REXという兵器と、レックスという自分。それまでは同じものとして重なっていた二つの間に、僅かな境目ができたような感覚がある。
『よし! では決まりだ! ヴェルドラ=テンペスト! リムル=テンペスト! そしてレックス=テンペスト!』
『あ、テンペストも付くのか』
『当然であろう!』
『いや、そこまで決定済みだったの?』
『うむ! これで我ら三人は兄弟である!』
『兄弟!?』
リムルと俺の声が重なった。
『ちょっと待て。家名を一緒にする話じゃなかったのか?』
『同じ一族なら兄弟のようなものであろう!』
『話が一段飛んでない?』
『細かいことを気にするな!』
『俺、さっき知り合ったばっかりなんだけど』
『我もだ!』
『それ自分で言うのかよ』
あまりの強引さに、思わず笑いそうになる。機械の身体なので表情も変わらなければ口元が緩むこともないが、兄弟だの家族だのという言葉だけは妙に引っかかった。
目覚めてから、それほど時間が経ったわけではない。それでも、人間ではない身体になって、場所も分からず、自分が何なのかさえ分からないまま一人でいた。そこへ現れたスライムとドラゴンが、出会ったばかりだというのに当然のようにこちら側へ入れと言ってくる。
(……テンペスト、か。悪くないな)
『それじゃ改めて、よろしくな。レックス』
『……ああ。よろしく、リムル』
『クハハハハ! よいぞ! これで決まりだ!』
ヴェルドラの笑い声が大空洞を震わせた。その声がようやく収まると、リムルは身体をヴェルドラへ向け、さっきまでとは少し違う調子で声をかける。
『じゃあ……やるか。本当にいいんだな?』
『無論だ、リムル。我はお主を信じる。必ずこの《無限牢獄》を解き、再び外へ出てみせよう』
『分かった』
リムルも短く返した。俺は二人を見比べながら、結局何もできなかった自分のことを思い出す。
『……俺からは何もできないけど』
『見ておればよい。次に会う時までに、その身体を少しは使いこなせるようになっておけ、レックス!』
『余計なお世話だ』
『クハハハ!』
これがしばらく最後の会話になるのかと思うと、少し妙な気分だった。出会ってから大して時間も経っていないのに、ついさっき兄弟だとまで言われた相手が、これから目の前で消えることになる。
『じゃあ、始めるぞ』
リムルの声に、俺は反射的にヴェルドラへ使える限りの感覚を向けた。光学センサー、レーダー、そして手に入ったばかりの魔力感知。正常に使えるものなどほとんどないが、この瞬間だけは見失わないよう意識を集中する。
リムルの周囲から何かが広がり、ヴェルドラの周囲の反応が大きく歪んだ。
《UNKNOWN PHENOMENON DETECTED》
《SENSOR ERROR》
『おい……』
巨大な輪郭が崩れ始めた。小さくなったわけでも、どこかへ移動したわけでもない。破壊された反応すらないのに、さっきまで確実にそこにあった巨大な質量と、計測範囲を振り切るほど濃かった魔力反応が、一瞬でセンサーから消えていく。
《TARGET LOST》
《MASS SIGNATURE――LOST》
《ENERGY SIGNATURE――LOST》
《CAUSE UNKNOWN》
『……は?』
大空洞が静まり返った。
そこにいたはずの巨大な黒竜がいない。レーダーを探しても反応はなく、魔力感知を広げても、ついさっきまで空洞を埋め尽くすようだった気配が完全に消えている。残っているのは、小さな青いスライムだけだった。
『ヴェルドラ?』
返事はない。もう一度レーダーを走査し、魔力感知も広げてみるが、何も拾えなかった。
『おい、リムル。ヴェルドラは!?』
『大丈夫だって!』
『センサーから完全に消えたぞ!』
『ちゃんと俺の中にいる! 《捕食者》の隔離空間に収容できた』
『本当に?』
『本当だ。ヴェルドラも無事だ』
その返事を聞いて、ようやく少しだけ緊張が抜けた。もちろん俺のセンサーには何も映っておらず、目の前には相変わらず小さなスライムしかいない。その中に、ついさっきまで俺より遥かに巨大だったドラゴンが入っているらしい。
(意味分からねえ……でも、本当にやったのか)
『これから俺の中で、《無限牢獄》を解析する。ヴェルドラも内側から調べるから、両方からやればいつか解除できるはずだ』
『……そっか』
仕組みは今でも理解できない。それでも、リムルは実際にやってみせた。俺のセンサーでも兵装でも手の出しようがなかった《無限牢獄》に、自分にしか使えない方法で手を伸ばし、ヴェルドラもそれを信じた。
巨大兵器になった俺より遥かに小さなスライムを見下ろす。身体の大きさだけなら比べるまでもないが、できることの多さまで大きさに比例するわけではないらしい。
(こいつ、すごいな)
『……ちゃんと出してやろうな』
『ああ』
リムルの返事は短かった。ヴェルドラが消えた大空洞は、さっきまでよりずっと広く感じる。あれだけ響いていた笑い声ももう聞こえないが、隣にはリムル=テンペストがいて、俺も今はレックス=テンペストと呼ばれることになった。まだその名前には少し慣れない。
『よし。じゃあ、俺たちも外に出るか』
『そうだな』
俺も右脚へ力を入れる。ギギギ、と嫌な軋みは相変わらず響いたが、それでも一歩だけ前へ進み、その先に続く通路へ視界を向けた。
リムルなら問題なく通れる。
俺は通路の幅を確認し、次に自分の機体幅を確認してから、もう一度通路を見た。
『……』
狭い。