転生したらメタルギアREXだった件 作:段ボール
狭い…
目の前の通路を見ながら、俺はもう一度だけ自分の機体幅を意識した。リムルなら何の問題もない。少し身体を変形させれば、むしろ余裕を持って通れる程度の隙間だ。対して俺は、どう角度を変えても装甲のどこかが岩壁へ引っかかる未来しか見えなかった。
『……横向きなら?』
『試してみるか?』
『いや、待って。下手したら挟まる』
右脚がまだまともではない状態で、洞窟の壁へ巨大な機体をねじ込む勇気はなかった。それでも念のため身体の角度を少し変えてみたが、装甲の端が岩壁へ触れる直前で止める。ほぼ同時に、視界へ警告が出た。
《警告。前方通路、機体通過幅を下回ります》
『知ってる』
俺はその場で動きを止めた。《無限牢獄》には何もできず、今度はただの洞窟の幅にまで行く手を阻まれている。少なくとも、こんなところで立ち往生するような兵器じゃなかった気がするんだけど。
(兵器が通路に負けるって何だよ)
少し離れた場所で、リムルの身体が小さく揺れた。
『笑った?』
『いや?』
『今笑っただろ』
『気のせいだって』
絶対に笑っている。それでもリムルは、「じゃあ先に行く」とは言わなかった。
『俺が向こう見てくる。途中で広くなってるなら、別の場所から合流できるかもしれないし』
『一人で大丈夫か?』
『たぶんな。それに田中……じゃない、レックスはここから分かる範囲を調べてくれ』
名前を呼ばれて、一瞬だけ反応が遅れた。レックスという音は、まだ自分の名前として聞き慣れていない。昨日までなら、誰かがそう呼んでも自分のことだとは思わなかっただろう。
『……分かった。気をつけろよ』
『そっちもな』
リムルはそのまま狭い通路へ滑り込むように消えていった。俺も待っているだけでは仕方がないので、使える範囲で周囲の地形を探る。
《TERRAIN SCAN》
ノイズ混じりの表示が視界へ広がった。岩盤の向こうまですべて透けて見えるわけではなく、空間の広さや、大きな空洞らしき反応を途切れ途切れに拾える程度だ。それでも何度か角度を変えて探っているうちに、今いる場所とは別方向へ比較的大きな空間が続いているらしいことが分かった。
《前方経路、通過困難》
《迂回経路を推奨》
(……推奨なんて言うようになったな)
目覚めた直後は故障箇所や警告を一方的に表示するだけだった。それが今は、得られた情報から進路まで提案してくる。単に俺がシステムの扱いに慣れてきただけなのか、それとも本当に何かが変わっているのかは分からない。
そんなことを考えているうちに、狭い通路の奥から青い身体が戻ってきた。
『駄目だ。向こうもしばらく狭い』
『こっちは別方向に広い場所がありそうだ』
『じゃあ、そっち行ってみるか』
『出口から遠ざかるかもしれないぞ』
『でもレックスが通れないなら仕方ないだろ』
あまりにも普通に返されて、言葉に詰まった。
『……俺だけならもっと早く出られるんじゃないか?』
『そうかもしれないな』
『だったら――』
『別に急いでるわけでもないし、一緒に行ける道探せばいいだろ』
リムルはそれだけ言うと、もう迂回路の方へ身体を向けていた。こっちが少し申し訳なくなっていたのが馬鹿らしくなるくらい軽い。
(……ありがたいけどさ)
俺も右脚を慎重に動かし、その後を追った。こうして俺たちの洞窟脱出は、最初に想像していたよりずっと長いものになった。
最初の数日は、ほとんど道探しに費やした。リムルが先へ行き、俺が後ろから地形や反応を拾う。狭ければ戻り、広ければ進み、俺のセンサーでは先が分からなければリムルが実際に確認してくる。最初のうちは一つ進路を決めるだけでも何度も立ち止まったが、そのうち互いに何をすればいいのか分かるようになっていった。
途中では魔物にも何度か遭遇した。最初は俺も反応が出るたび身構えていたが、何度か戦ううちに、それとは別のことの方が気になり始める。
『また食うの?』
『何だよ、その言い方』
目の前で倒した魔物が、リムルの身体へ吸い込まれていく。これでもう三度目だった。
『いや、ヴェルドラも食っただろ。今度は魔物だろ。さっきも食ってたし』
『だから《捕食者》だって』
『分かってるけど、見た目がな……』
倒した獲物が跡形もなく消える光景は、何度見ても妙だった。しかも、厄介なのはそれで終わらない。
『お、できた』
少し離れた場所で、リムルが今取り込んだばかりの魔物と似た能力を試している。さっきまで相手が使っていたものと似た現象が、今度は青いスライムの側から起きた。
『……また何か増えてる』
『便利だぞ、これ』
『楽しそうだな』
『そりゃ新しくできること増えたら試したくなるだろ』
その感覚だけは分かった。俺だってゲームで新しい武器や能力を手に入れれば、とりあえず一度は使ってみたくなる。ただし、リムルの場合はゲーム画面の数字が増えるのではなく、本当に自分の身体へ能力そのものが追加されている。
(……いや、その違いがでかいんだけど)
それでも数日もすると、俺も一々驚かなくなった。魔物が出る。リムルが倒す。《捕食者》で取り込む。何かが増えれば、とりあえず試してみる。気づけば、それがいつもの流れになっていた。
(こいつ、本当に何でも食うな……)
ある時は、小型の魔物が数匹、通路脇の岩陰から一斉に飛び出してきた。俺のセンサーでも捉えられる距離で、動きも追える。照準を合わせるところまでは問題なかったが、射撃しようと意識を向けたところで表示が重なった。
《射線上に友軍反応》
リムルがいる。
撃つこと自体はできる。しかし、その先にいる小型の敵へ向けて30mmの弾丸をばら撒けば、近くにいるリムルがどうなるか分からない。そこまで判断している間に、当の本人は自分で魔物を片づけてしまった。
『今、撃とうとした?』
『やめた』
『何で?』
『お前がいたから』
『ああ……』
リムルが自分のいた位置と、その後ろを確かめるように身体を動かす。
『それはやめて正解だな』
『だろ?』
俺の30mm機関砲が実際にどれほどの威力なのか、この時点ではまだ見たことがなかった。それでも「近くにリムルがいる」という理由だけで引き金を引かなかった判断は、たぶん間違っていない。
それを実際に確認する機会は、別の日に訪れた。
迂回を繰り返した先で、久しぶりにかなり広い空洞へ出た。天井も高く、左右にも余裕があり、俺が身体の向きを変えても装甲が壁へ当たらない。その中央付近まで進んだところで、岩陰から大型の魔物が姿を現した。
種族なんて分からない。四本の太い脚に、岩を重ねたような甲殻を持っている。俺ほどではないが、リムルと比べれば十分巨大で、こちらを見つけた瞬間に低い唸り声を上げて突進してきた。
『リムル、下がれ!』
『分かった!』
今回は条件が違う。敵との間には十分な距離があり、周囲の空間も広い。リムルが射線から外れたことをレーダーで確認し、岩盤まで巻き込まない角度へ照準を修正する。
《30mm GATLING GUN》
《FIRING SYSTEM――READY》
(本当に撃てるのか……)
自分の身体の一部なのに、まだ半信半疑だった。照準が大型魔物の胴体へ重なり、細かな補正が自動で入る。
《射線上、安全確認》
《短時間射撃を推奨》
『……よし』
意識を兵装へ向けた瞬間、洞窟の空気が破裂した。
ドドドドドッ!!
『うおっ!?』
自分で撃ったのに驚いた。反動が機体全体へ叩き込まれ、修復途中の右脚まで細かく震える。飛び出した弾丸は大型魔物の甲殻へ連続して着弾し、硬い表面を削り飛ばしながら奥へ食い込んだ。
岩片と甲殻の破片が周囲へ弾け、魔物の巨体が大きくよろめく。そこで射撃を一度止め、照準がまだ対象へ重なっていることを確認してから、もう一度だけ短く撃った。
数秒後には、大型魔物が岩床へ崩れ落ちていた。
《警告。兵装系負荷上昇》
《連続射撃を非推奨》
『もう止めてるよ』
硝煙と削れた岩の粉が空洞へ広がっている。少し離れた場所では、リムルがこちらを向いたまま止まっていた。
『……レックス』
『何?』
『お前、それ街の近くじゃ絶対撃つなよ』
『俺も今そう思った』
30mmという数字を知っているつもりでも、実際に撃つのとはまるで違った。音も反動も予想以上で、弾が直撃した場所だけではなく、破片や衝撃で周囲の岩まで削れている。
(これ、人の近くで使う武器じゃないな……)
自分の身体に付いているものが、ようやく少し分かった気がした。
『……リムル』
『何だ?』
『お前、まさか』
リムルが倒れた魔物へ近づいていく。
『せっかくだしな』
『やっぱ食うのかよ』
数秒後、大型魔物の死体は《捕食者》へ跡形もなく消えた。あれだけのものを何事もなかったように収納する姿を見ていると、どちらが物騒な生き物なのか分からなくなってくる。
(スライムって俺より兵器してない?)
その疑問は、胸の内にしまっておいた。
さらに何日か進んだ頃、今度は戦闘ではなく周囲の岩へシステムが反応した。
《異常鉱物反応を検出》
『ん?』
壁の一部だけが、周囲とは明らかに違う反応を返している。近づいて魔力感知も重ねると、その場所に含まれる魔素がほかより濃いことが分かった。
『リムル、この辺の石、何か違う』
『石?』
リムルも壁際へ近づき、少し間を置いて答える。
『魔素が多いな。俺にも分かる』
俺は機体の一部を岩へ触れさせてみた。すると接触した瞬間、新しい表示が走った。
《高濃度魔素含有鉱物を確認》
《素材適合性――一部確認》
《吸収可能》
『……吸収?』
意識を向けると、岩に触れている部分から何かが少しずつ取り込まれていく感覚があった。周囲の魔素だけではない。鉱物そのものの成分まで、ごく僅かではあるが機体内部へ流れ込み、損傷した箇所へ回されている。
《修復効率上昇》
視界を走っていたノイズが、一瞬だけ薄くなった。劇的な変化ではないが、さっきまでとは確実に違う。
『これ、俺の身体を直す材料になるっぽい』
『へえ。じゃあレックスも食って強くなってるようなもんじゃないか』
『一緒にするな』
『でも石を吸ってるぞ』
反論しようとして、言葉が止まった。目の前では実際に岩の一部が少しずつ削れ、その成分が俺の身体へ取り込まれている。
『俺は機体修復。お前は捕食。全然違う』
『結果は似てるけどな』
『言うな』
その日から、移動の途中で使えそうな鉱石を見つければ、少しずつ取り込むようになった。リムルほど何でも対象にできるわけではないが、ただ周囲の魔素を吸収しているより修復速度は明らかに上がっている。
そうして数日、さらに十数日と洞窟を歩き続けた。右脚の軋みは少しずつ減り、足を動かすたびに怪獣みたいな低音が響くことも少なくなった。視界を覆っていた砂嵐も薄くなり、以前ならノイズへ紛れていた遠くの動きまで追える。装甲の浅い亀裂にはいつの間にか塞がっているものもあり、30mm機関砲の状態表示も最初に撃った時より安定してきた。
もっとも、完全復活なんて言葉からは程遠い。目覚めた直後よりはましになったというだけで、まだ壊れている部分はいくらでもある。
それでも、変わったのは身体だけではなかった。
『レックス、前見てくる』
『分かった。右側に反応二つ。小さい』
『了解』
いつの間にか、それだけで話が通じるようになっていた。狭い場所はリムルが先へ行き、広い場所なら俺が遠くまで探る。小型で素早い相手ならリムルが対処し、大型で十分な距離と射線が取れるなら俺が受け持つ。危険そうなら待ち、分からなければ無理せず戻る。
最初はいちいち相談していたことを、いつからか言われなくてもやるようになっていた。
そんなある日、先行していたリムルが狭い岩場を抜けようとしたところで、頭上から低い地響きが伝わってきた。
《警告。上方より落下物》
『リムル!』
『え?』
天井の一部が崩れ、大きな岩塊がリムルの真上へ落ちてくる。敵なら撃てばいい。しかし今度は、落下地点のすぐ下にリムルがいる。30mmを撃てば助けるどころか、一緒に吹き飛ばしかねない。
手もない。
だったら、使えるものは一つしかなかった。
俺は身体を前へ出し、リムルの真上へ覆いかぶさるように機体を滑り込ませた。次の瞬間、落下してきた岩塊が背部装甲へ直撃する。
ドゴォンッ!
衝撃が機体全体を走り、視界が大きく揺れた。複数の赤い表示が一斉に重なる。
《ARMOR DAMAGE》
《WARNING》
『レックス!?』
『大丈夫。お前は?』
『俺は平気だけど……』
『ならいい』
頑丈なのは、こういう時には便利だった。そう思いながら身体を起こそうとしたところで、右脚に力を送ったはずなのに動かないことに気づく。
『……あれ?』
《異物による可動阻害を検出》
落ちた岩の一部が脚部の隙間へ入り込み、関節周辺に噛み込んでいるらしい。少し動かそうとすると、さっきまでなかった硬い抵抗が返ってくる。このまま無理に動かせば、修復してきた箇所をまた壊しかねない。
『嘘だろ』
『挟まった?』
『たぶん。岩が入ってる』
『取れないのか?』
『手がない』
『……ああ』
二人で数秒黙った。こういう時、巨大で頑丈なことよりも、細かい作業ができないことの方が問題になる。
するとリムルが俺の脚へ近づいてきた。
『ちょっと見てくる』
『入れるのか?』
『むしろ俺の得意分野だろ、こういう隙間』
青い身体が装甲と関節の間へするりと入り込み、すぐに俺の光学センサーから見えなくなる。
『変なところ触るなよ』
『人を整備士みたいに言うな』
『今やってること整備だろ』
『それはそう』
しばらくして、関節の奥で何かが動く感触があった。小さな岩が一つ床へ落ち、少し遅れてもう一つ転がり出てくる。
『動かしてみて』
恐る恐る右脚へ力を送ると、さっきまで引っかかっていた部分が途中で止まらず動いた。
『……動く』
『よし』
リムルが装甲の隙間から這い出してくる。
『助かった』
『こっちも助けてもらったし、お互い様だろ』
『……そうだな』
今まで、どこかで自分の方が守る側だと思っていた。俺の方が大きく、装甲も厚く、武器まで積んでいる。さっきのように落石が来れば、リムルを庇うことだってできる。
でも、それだけではなかった。リムルには俺にできないことが山ほどある。俺の装甲なら落石からリムルを守れるし、リムルの小さな身体なら、俺の装甲の隙間へ入り込んで詰まった石を取り除ける。
(得意なことが違うだけか)
ようやく、そのことが実感として分かった気がした。
それからも洞窟生活は続いた。何日目なのかは途中から正確に数えなくなったが、ヴェルドラと別れてから数十日は経っているはずだ。その間にもリムルは魔物を取り込み、新しい能力を覚えては試し、俺は使えそうな鉱石を見つけては機体の修復へ回した。
『また増えた?』
『増えた』
『恐ろしい子……』
『何だその言い方』
そんなやり取りも珍しくなくなった頃、先へ進んでいた俺のセンサーが、今までとは違うものを拾った。
《AIR FLOW DETECTED》
洞窟の奥から、ごく僅かな空気の流れがある。これまでほとんど変化のなかった周囲の空気にも、ほんの少しだけ違う成分が混じっていた。
『リムル』
『どうした?』
『たぶん、近い』
『何が?』
『外』
リムルの動きが止まり、次の瞬間には勢いよく前へ跳ねた。
『マジか!』
『多分な。空気が動いてる』
俺たちは、それまでより少しだけ速度を上げて進んだ。何十日も狭い道を避け、魔物と戦い、鉱石を探し、何度も行き止まりを引き返してきた。ようやく、それが終わるかもしれない。
少なくとも、その先へ着くまではそう思っていた。
しばらく進んだ先に、一本の通路があった。その向こうからは間違いなく風が流れてきている。リムルなら何の問題もなく通れそうな幅だった。
俺は通路を見る。
次に、自分の機体幅を確認する。
そして、もう一度通路を見る。
《前方通路、機体通過不能》
視界の端に、見覚えのある警告が浮かんだ。
『……最後までこれかよ』