転生したらメタルギアREXだった件 作:段ボール
風が来ている。
それだけなら素直に嬉しかった。問題は、その先にある通路だ。リムルなら何の問題もなく通れるし、身体を少し変形させれば余裕すらありそうな幅しかない。対して俺は、どう角度を変えて見積もっても通れそうになかった。
《前方通路、機体通過不能》
『分かってるよ……』
何十日も洞窟を歩き続け、ようやく外気の流れを見つけた。その最後の最後で、また自分の図体に足を引っ張られるとは思わなかった。
リムルが通路の入口まで進み、こちらへ身体を向ける。
『とりあえず俺が先を見てくる』
『頼む。外に繋がってるなら、別の広い道がないかも見てきてくれ』
『了解』
青い身体が狭い隙間へ滑り込むように消えていった。俺はその場で待ちながら、使えるセンサーを周囲へ広げる。目覚めた直後と比べれば視界もずいぶんマシになったが、岩盤の向こうまで何でも見通せるほど便利ではない。空気の流れや温度の揺らぎ、空洞らしき反応など、拾えるものを一つずつ確認しながらリムルの帰りを待った。
その時、レーダーの端に新しい表示が浮かんだ。
《MOVING OBJECT DETECTED》
(ん?)
リムルではない。反応は通路の向こう、外気が流れてくる方向から近づいている。一つ、二つ、三つ。どれも人間と大きく変わらない程度の大きさで、その周囲には別の反応も重なっていた。
《複数の金属反応を確認》
(装備……?)
剣か鎧か、それとも別の何かか。細かいところまでは分からないが、少なくともこれまで洞窟で遭遇してきた魔物とは違う。
やがて狭い通路の奥から、リムルが戻ってきた。
『レックス、人間だ。三人いる』
『こっちでも拾った。金属反応つきだな』
『ああ、全員武装してる』
人間。その言葉を聞いた途端、意識が僅かにそちらへ引かれた。この世界で最初に会った元人間はリムルだが、今の姿はどう見てもスライムだ。今度は、人間の姿をした相手がすぐそこまで来ている。
『……話せるかな』
『行ってみる?』
一瞬だけ考えてから、自分の身体へ意識を向けた。傷だらけの巨大な金属の身体に二本の脚、腕はなく、頭部の脇には30mm機関砲まで付いている。ほかの兵装も完全に失われたわけではない。しかもここは、つい先ほどまで暴風竜ヴェルドラが封印されていた洞窟だ。
そんな場所の奥から、俺が出ていく。
『……やめとこう』
『早いな』
『逆の立場で考えてみろ。ヴェルドラが消えたかもしれないって洞窟を調べに来て、暗闇の奥から俺が歩いてくるんだぞ』
『あー……』
『どう見ても「暴風竜の代わりに変な巨大魔物が出てきた」だろ』
リムルが黙った。否定してくれない。
『しかも武装付き』
『うん』
『絶対警戒される』
『……まあ、されるな』
俺だって人間だった頃、洞窟の奥でこんなものと鉢合わせたら全力で逃げる。ましてメタルギアを知っていれば、近づいて話しかけてみようとはまず思わない。
(無理だろ、どう考えても)
『じゃあ、隠れる?』
『簡単に言うなよ』
リムルなら岩陰へ入れば済むが、俺はそうはいかない。巨体を隠せそうな場所を探し、少し前に通った大きな横穴まで戻ることにした。岩壁が手前へ大きく張り出していて、入口側からなら機体の大部分が影へ入る。完全には隠れないが、暗闇の中で動かなければ巨大な岩の塊に見えなくもない。
《駆動系出力を最低レベルへ移行》
《不要系統を待機状態へ移行》
(最近、本当に気が利くようになったな)
脚部の出力を落とし、関節も動かさない。頭部を固定し、兵装も人が来る方向から外しておく。巨大兵器が息を潜めるというのも妙な話だが、今はそれしかなかった。
リムルは先に岩陰へ消え、三人組の様子を見に行った。しばらくすると遠くから人の声が聞こえてくる。内容までは拾えないが、男が二人と女が一人。話し声に混じって、装備が擦れるような小さな金属音も続いていた。
人間の声だと思うと、それだけで妙に意識してしまう。なのに今の俺は、その人間から隠れるために岩のふりをしている。
(……頼むから、こっち来るなよ)
足音は少しずつ近づき、やがて横穴の前を通り過ぎていった。レーダーに映る三つの反応がこちらへ逸れることはなく、そのまま洞窟の奥へ遠ざかっていく。念のためさらに少し待ち、リムルが戻ってきたところで、ようやく最低まで落としていた各部の出力を戻した。
『行ったぞ』
『気づかれたか?』
『たぶん大丈夫。「何か音がしなかったか」とは言ってたけど、こっちには来なかった』
『ならいい』
『名前も聞こえたぞ。カバル、エレン、ギドって呼び合ってた』
『へえ』
頭の片隅に名前だけ残しておく。また会うかどうかは分からないが、少なくとも今は顔を合わせなくて正解だったと思う。
『じゃあ、あいつらが入ってきた道から出る?』
リムルの提案を聞き、俺はさっきの通路へ視線を戻した。人間三人が通ってきたのだから地上には繋がっているのだろうが、俺の機体が通れる幅になるわけではない。
『無理』
『だよな』
即答だった。無理に岩を削って広げれば、奥へ進んだ三人にも音を聞かれる可能性がある。
『別の場所を探そう』
『また迂回か……』
『今さらだろ。ここまで来たんだ』
『それはそうだけどさ』
俺たちは再び洞窟の奥へ引き返した。ただし、今度は出口そのものを闇雲に探すのではなく、地表へ近い場所を狙って進む。
何十日も一緒に歩いたおかげで、役割はすっかり決まっていた。俺が空気の流れや温度差を拾い、岩壁の向こうに空洞がないかを探る。気になる場所があれば、俺には通れない亀裂や横穴へリムルが入って実際に確かめる。
『こっち、行き止まり』
『了解。次は右』
別の場所では微かな気流を拾い、その先をリムルが調べる。
《微弱な気流を検出》
『リムル、ここの隙間』
『見てくる』
しばらくして戻ってきたリムルが、身体を横に振る。
『駄目。途中で塞がってる』
『じゃあ次だな』
何度か同じことを繰り返した。以前の俺なら、「通れない」と分かるたびに自分の身体の大きさへうんざりしていたと思う。今は、とりあえず調べて、駄目なら次へ行けばいい。いつの間にか、それが二人とも当たり前になっていた。
そして、細い亀裂へ入っていったリムルから、それまでとは違う声が返ってきた。
『レックス!』
『どうした?』
『この先、外だ!』
反射的に機体が前へ出かけ、右脚へ負荷表示が出る寸前で止めた。
『本当か!?』
『光が見える。植物もある。完全に外気だ』
ようやく見つけた。
戻ってきたリムルから詳しい話を聞くと、亀裂の向こうには森が広がっていて、近くには人や魔物の気配もないらしい。俺は目の前の岩壁へセンサーを向け、改めて周囲を探った。僅かに流れ込む空気、洞窟内とは違う温度、その向こうから漏れてくる弱い光。俺のセンサーでも、壁の先が開けた場所だということだけは分かる。
『壁の厚さは?』
『俺が通った亀裂の先までなら、そんなにないと思う』
今まで岩壁を無理に壊さなかったのには理由がある。向こうに何があるのか分からず、岩盤がどこまで続いているかも分からない状態で力任せに崩せば、自分たちごと生き埋めになる可能性があった。
でも今回は違う。
向こうは外で、壁もそれほど厚くない。周囲に誰もいないことも、リムルが実際に確認している。
『……リムル』
『ん?』
『もう壊していいよな?』
一瞬だけ間があった。
『いいんじゃないか?』
許可が出た。
俺は岩壁から距離を取り、使える兵装を頭の中で確認する。レーザーはまだ安定しない。30mm機関砲なら岩を削れるだろうが、閉じた洞窟の中で撃てば跳弾や崩落の危険が大きい。
だったら、もっと単純な方法でいい。
俺は右脚へ意識を集中させた。
《RIGHT LEG》
《DRIVE STATUS――AVAILABLE》
目覚めた直後、この脚はまともに動かなかった。立ち上がるだけで支えを失い、歩こうとすれば関節が悲鳴を上げた。それから何十日も魔素を吸収し、使えそうな鉱物を取り込みながら、少しずつ修復を続けてきた。今でも完全ではないが、最初の頃とは比べものにならない。
少なくとも、蹴るくらいはできる。
『リムル、離れてろ』
『どれくらい?』
『できるだけ』
『そんなに!?』
『俺も初めてだから分からない』
『一番怖い答えだな!』
リムルが慌てて後ろへ下がるのを確認してから、俺は岩壁へ向き直った。左脚でしっかりと地面を捉え、右脚をゆっくり後ろへ引く。それだけで機体内部から駆動音が低く響いた。
《脚部負荷上昇》
《姿勢制御――補正》
今なら少し分かる。目覚めたばかりの頃なら、ただ脚を前へ振り出して終わっていただろう。この巨体で何かを蹴るなら、脚だけ動かせばいいわけではない。
左脚へ重心を寄せ、胴体の角度を調整する。右脚の駆動へ力を回しながら、機体そのものの重量を一緒に前へ乗せる。
『――っ!』
右脚を岩壁へ叩き込んだ。
ドゴォォォンッ!!
爆発したような轟音と同時に、洞窟全体が震えた。岩壁の中央から巨大な亀裂が何本も走り、次の瞬間には表面がまとめて外側へ崩れ落ちていく。
その向こうから光が飛び込んできた。
洞窟の暗さへ慣れていた光学系が一瞬だけ白く潰れ、自動補正が慌ただしく明度を落とす。それとほとんど同時に、新しい空気が大きく開いた穴から流れ込んできた。洞窟の中を巡っていた淀んだ空気とは違い、湿った土と植物の匂いを含んだ風が装甲の表面を撫でていく。
『……開いた』
自分でやったのに、少し呆然とした。後ろへ避難していたリムルが近づき、崩れた岩壁とその先を交互に見る。
『すげえな』
『……最初からこうすればよかったんじゃないか?』
思わず口にすると、リムルもしばらく崩れた壁を眺めた。
『いや、無理だろ』
『だよな』
今だからできたのだ。壁の向こうが安全だと分かっていて、岩盤の厚さもある程度把握できる。右脚も目覚めた直後よりずっと回復し、機体をどう動かせばいいのかも以前よりは分かってきた。洞窟を歩き回った何十日かがなければ、同じことをしようとしても自分の脚を壊すか、天井までまとめて崩していたかもしれない。
『……もっと早く蹴りたかった』
『気持ちは分かる』
リムルが妙にしみじみと返した。
出口を作ったとはいえ、まだ俺が通れるほど綺麗に開いたわけではない。細かい瓦礫はリムルが先へ回って安全を確かめ、大きな岩は俺が脚や機体の重量を使って少しずつ外側へ押し出した。何度か往復するうちに、ようやく俺の胴体でも岩へ擦らず通れそうな穴ができる。
その向こうには、森が広がっていた。
洞窟の中で見続けた灰色の岩壁ではなく、地面を覆う草と、何本もの木、そのさらに向こうには空がある。視界を上へ向けても岩の天井に遮られることはなく、青い色がどこまでも続いていた。
俺はゆっくりと右脚を前へ出す。
岩床から土へ。巨大な足裏が地面へ僅かに沈み、鈍い音を立てた。もう一歩進むと、機体全体がようやく洞窟の外へ出た。
風が装甲の上を流れていく。
『……久しぶりの外の空気だ』
『分かる』
リムルも隣まで出てきた。しばらく二人で森を眺めていたが、先に口を開いたのはリムルだった。
『……俺ら、空気吸ってないけどな』
『言うなよ。今ちょっといい雰囲気だっただろ』
『いや、俺も言ってから気づいた』
それでも、外へ出たことだけは間違いない。風を感じ、空を見上げ、洞窟の中とは違う場所に立っている。その感覚は、人間だった頃に外へ出た時のものと不思議なくらい変わらなかった。
振り返れば、崩した岩壁の向こうに長い暗闇が続いている。そのさらに奥には、ヴェルドラと出会った大空洞があり、何十日もリムルと歩き回った道がある。
そして今、隣にはリムル=テンペストがいる。
俺は、レックス=テンペスト。
ヴェルドラから名前をもらった俺が、初めてこの世界の空の下に立っている。
『さて、これからどうする?』
リムルが森の方へ身体を向けた。
俺も木々の向こうへ視界を向ける。この先に何があるのかも、この世界がどんな場所なのかも、まだほとんど知らない。洞窟を出たからといって、急に行き先が決まるわけでもなかった。
『まずは進むしかないだろ』
『だな』
俺は右脚を持ち上げる。最初は、それだけのことにも苦労した脚だった。今は機体の重さを受け止めたまま前へ出し、地面の状態を確かめながら下ろすことができる。
今度は転ばない。
リムルと並び、森へ向かって一歩を踏み出した。