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Dream of Butterfly, And The Crimson Memory.
――“胡蝶の夢”という言葉がある。
語源は古代中国の説話で、簡単に説明すると、“蝶になった夢を見た思想家が、目を覚ました後に、「蝶が人になった夢を見ているのか、人が蝶になった夢を見ていたのか」と疑問を抱き、やがて「どちらも私だから気にする必要はない」と結論付ける”というものだ。
一般的には、“夢のように一生は儚いもの”“夢と現実は区別がつきにくいもの”という意味で使われる。
同時に、“現在の状況をありのまま受け入れればいい”という無為自然の境地を表した言葉としても有名だ。
――さて、どうしていきなりこの言葉を取り上げたかというと、かくいう私も、この蝶と思想家と同じような状況を経験したことがあるからだ。
いや、説話どおりの意味ならば、「今現在も経験している」と言ってしまっても間違いではないかもしれない。
――どちらにしろ、この説話のオチのように、今がどのような状況であれ“私”は“私”であることに変わりはないから気にすることはないのだが……
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
――目の前に広がったのは紅い色だった。
「あ……」
私――
自らの肉体が、幾つもの不揃いな形でバラバラに崩壊し、全身から“何か”がすっと抜け落ちるかのように消えていくのを感じる。
不思議と痛みはなかった。
――この視界を埋め尽くす
最期の瞬間だというのに、悲観にくれることも悔いを抱くこともなく、のん気にそのようなことを考えてしまう自分に我ながら呆れてしまう。
夜半過ぎに起きた混血による七夜の里襲撃――
どこの酔狂な輩が企てたことかは知らないが、6年前に七夜が退魔を抜けた時からいずれこのような時が来ることは一族皆覚悟していた。
御館様と森の隅々に仕掛けられた罠によって襲撃者のほとんどは殲滅されるであろうが、それでも何人かの討ち損じが里に足を踏み入れることは間違いない。
故に、一族の主だった者たちは“残飯処理”のため森へと駆り出されることになった。
齢15になる私も、そんな“残飯処理”に駆り出された者の1人だった。
混血の暗殺を生業としていた一族の娘として外の世界に出される前に七夜は退魔から足を洗ってしまったため、これが初の実戦――そして、初の“殺人”となる。
――なるはずだったのだが……
「――――」
薄れゆく意識の中、紅く染まった視界に、うっすらと人の姿が浮かび上がった。
おそらく、あれが私を殺した者だろうと思い、その姿を最期に目に焼き付けようと視線を向ける。
「…………」
――視線の先にいたのは、“人”ではなかった。
さらに言ってしまえば、混血でもなかった。
森の外に出たことがなかった私は、混血という存在を一度も見たことはなかったが、七夜であるこの身に宿る退魔の血でそれを理解した。
――赤い鬼神。
人や混血などという次元を軽く超越した紅い鬼がそこにはいた。
(――御館様、よりにもよってとんでもないやつを討ち漏らしてくれましたね……)
内心苦笑いが浮かべる。
というより、もはや笑うしかない。
こんなやつを私が――いや、
むしろ、人の身でコイツと遭遇して生き残れる者がいるというのなら見てみたいものだ――
――そのようなことを心の中で愚痴りながら、私の視界と意識は常闇へと沈んでいった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
――それから、どれだけの時が流れたのかはわからない。
数十年、数百年かもしれないし、もしかしたら数秒程度かもしれない。
気がついた時には、私は常闇の中を延々と漂っていた。
――いや、“漂っていた”という表現は間違いだろう。
今の私には全身の感覚というものが喪失しており、自分が立っているのか、座っているのか、はたまた寝ているのかすらわからないからだ。
現在の状況も、浮かんでいるのか、沈んでいるのかすらわかっていないし、そもそも自分はその眼を開いているのかすらはっきりしない。
――“死”とはこういうものなのかしら?
人は誰もがその生涯に一度は“死”というものに対して考察する。
“死”がどういうものかを知るには実際に死んでみなければわからないため、生者にとってはまさに永遠の謎であるソレ――
だが、実際に死んだ者である今の私から言わせてもらうと、死者でも説明するのが難しい。
まさか、死者でも明確な答えをはっきりと出せないほど“死”というものがよくわからないものであったとは思わなかった。
――あら?
これまたどれだけの時間が経過したのかはわからないが、気がつくと私の視界が徐々に真っ白になってきた。
もしかしたら、ここからが本番なのかもしれない。
この後、自分が辿り着くのは冥府か、それとも地獄か――
やがて、先ほどまで黒一色に染まっていた私の視界は、今度は白一色に塗りつぶされた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
――ゆっくりと目を開く。
視界は靄がかかったかのようにぼやけてはいるが、自分が“目を開いた”ということだけははっきりとわかった。
しかし、それ以外の感覚が全くない。これはどういうことだろう。
「ほら、晃さん。この子が目を開けましたよ」
――?
ふいに誰かの声が聞こえた。
「おぉ……本当だ。千鳥に似て可愛らしい子だね。
まるでお姫様みたいだ……」
未だにぼんやりとした視界に、ふたつの影がうっすらと映る。
その姿ははっきりとはわからないが、それが人であることだけは瞬時に理解できた。
おそらく、今聞こえた声はこの2人が発したものだろう。
――声は続く。
「――それで、この子には何という名前を授けるのですか?」
「あぁ。色々と悩んで考えてこれにしようと決心したんだけど……
実際に今、この子の姿を見た瞬間思った。ちょっとだけ変えようって」
――視界がはっきりとしないため表情まではわからないが、少なくとも声からして目の前の2人はたいそう喜んでいることだけはわかる。
「といいますと?」
「名前の字に一文字加えることにしたよ。
今も言ったけど、お姫様みたいなこんなにかわいい子だ。きっとぴったりだと思う」
――名前?
「《
この子の名前は《
「椿姫ですか……女の子にぴったりないい名前ですね。
きっとその名に恥じない、可愛らしく美しい子に育ってくれるはずです」
「そうだね。僕たちの子なんだから……」
――影のひとつが、少しづつこちらに近づいてくる。
やがて、その影はすっと手を伸ばすと、その指先が私の顔に触れた。
「――というわけだ。お前は今この瞬間から《東雲椿姫》だ。
この名前に負けないくらい、元気で綺麗な女になるんだぞ……?」
――その時、ほんの一瞬だけ私の視界から靄が消え、私を見下ろしながら満面の笑みを浮かべる男と、その側でこれまた私を見下ろしながら微笑んでいる女の顔がはっきりと映し出された。
同時に、言葉では言い表せないほどの急激な眠気に襲われる。
まるで、思いっきり背後から引っ張られているような――そんな感覚がした。
最初は抗おうかと思ったが、すぐさまその必要はないと結論づける。
今は眠っていいのだと、私の全身が、血が、魂が理解していたからだ。
――こうして、私の意識は再び黒い闇の中へと誘われていった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
――《東雲椿姫》に《七夜静流》の精神が再び目覚めたのは、それから3年以上の歳月が経過してからだった。
《七夜静流》という蝶から《東雲椿姫》という人になった“私”の人生は、ここから再び動き始めた。
“胡蝶の夢”はサブカルチャーにおいて度々作品の題材のひとつとして取り上げられることがありますが、読者の皆さんは“胡蝶の夢”と聞くとどんな作品を思い出しますか?
作者は、やはり『ペルソナシリーズ』ですね。