大海の大嵐   作:近所の戦闘狂

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# 第10話「効かない男」

 

 

 世の中には、絶対に怒らせたらあかん人間がおる。例えば、晩飯前に食料庫の干し肉を盗み食いしたトーラを見つけたバオ。例えば、俺が船体に穴を開けた直後のミラ。例えば、帳簿の数字が合わへんときのゼン。いずれも命に関わる危険人物であり、うちの海上自警団では特に警戒すべき三大災害に指定されとる。

 

 そして今、俺の目の前に、四人目の候補が立っていた。

 

「覚悟はよいな、ウラガン・ガルド」

 

 長い黒髪を揺らし、ゆっくりと剣を構える女。九蛇海賊団を率いる若き女帝、グロリオーサ。その切っ先には、すでに武装色の覇気がまとわりついとる。

 

 ……いやあ、困った。めっちゃ美人やねん、この人。せやけど、目が怖い。笑ってへんときのミラと同じ目をしとる。あれは完全に「とりあえず一発殴ってから話を聞いたろか」という人間の目や。

 

「なあ、ほんまに戦わなあかん?」

「今さら怖じ気づいたか」

「いや、できれば話し合いで……」

「その口で、我らが同胞の居場所を知っていると言うたな」

「言うたけど、酒場で聞いた話やで?」

「ならば、その情報が真実であることも、貴様が敵ではないことも、実力をもって示してみせよ!」

 

 ……何やそれ。面接の実技試験か?

 

 俺が荒凪を構え直した瞬間、グロリオーサが地面を蹴った。

 

 速い。

 

 地面を踏み抜いた音が聞こえたときには、もう俺の懐に入っとる。狙いは右脇腹。剣の軌道も鋭いが、それ以上に踏み込みがえげつない。四メートル半の俺にとって、普通の人間の間合いはほとんど足元や。ところが、この女はそこを一瞬で詰めてきよった。

 

 俺は荒凪を斜めに下ろし、その剣を受け止めた。

 

 ギィィィン!!

 

 黒い刃と黒い刃がぶつかり、火花が散る。足元の石畳が、衝撃で放射状にひび割れた。

 

「おおっ!」

「……何を喜んでおる!」

「いや、久しぶりにちゃんと受け止めなあかん攻撃が来たから!」

 

 言い終わる前に、左から蹴りが飛んできた。

 

 うわ、危なっ!

 

 俺は首を傾けて避けたが、蹴りにまとった覇気が頬をかすめた。ひやりとした感覚が走り、次の瞬間には細い傷から血がにじむ。

 

 ……ほう。なるほどな。

 

「自然系といえど、覇気の前では無敵ではない。知らなんだか?」

「いや、知っとるで。せやけど、実際にやられるんは久しぶりやなと思って」

「……貴様!」

 

 あかん。今の、煽りに聞こえたらしい。俺としては純粋な感想やってんけどな。世の中、言葉選びが難しいわ。

 

 グロリオーサは一度距離を取り、屋根の上に立っとる戦士へ手を伸ばした。

 

「弓を!」

「はっ!」

 

 投げ渡された長弓を受け取ると、彼女はその場で三本の矢をつがえた。矢じりが黒く染まる。いや、矢じりだけやない。矢の全体に、武装色の覇気が流れ込んどる。

 

 ……おいおい。九蛇名物、覇気の矢やんけ。

 

 漫画で見たときから思っとったけど、これ、撃たれる側は全然笑えへんな。

 

「避けてみせよ!」

 

 三本の矢が、同時に放たれた。

 

 俺はとりあえず、いつもの癖で右肩を雷に変えた。普通の矢なら、これで身体をすり抜けて終わりや。ところが、一本目が雷化した肩に触れた瞬間、ばちりと嫌な感触が走った。

 

「いったァ!?」

 

 慌てて身体をひねる。二本目は荒凪で弾き、三本目は左腕の武装色で受け流した。

 

 ……あっぶな!

 

 そうやった。武装色をまとった攻撃は、自然系の実体を捉えられる。分かっとった。知識としては完璧やった。せやけど、頭で分かっとることと実際に矢が飛んでくることは、まったく別問題や。

 

「自然系の能力に頼りきりではないようじゃな」

「そら、父ちゃんが剣士やったからな」

「父……?」

「めっちゃ怖い父ちゃんでな。剣の稽古で一回も褒めてもらえへんかったんや」

「戦いの最中に身の上話をするでない!」

 

 言いながら、さらに五本。

 

 いや、多ない!?

 

 さっき三本やったやろ! 何で会話しとる間に弾幕が増えとんねん!

 

 俺は荒凪を回し、矢をまとめて弾き落とした。弾いた矢が背後の建物に飛ばんよう、刃からごく弱い風を流して地面へ落とす。

 

 ……よし。今のは、我ながら上手いこといったな。

 

 なお、グロリオーサはそんな俺の努力に気づいた様子もなく、さらに弓を引き絞っとった。

 

 あかん。この女、射撃訓練の的か何かと勘違いしとらんか?

 

 

―――

 

 

 結論から言おう。

 

 九蛇の女帝、めっちゃ強い。

 

 まず、速い。弓を撃っていたかと思えば、次の瞬間には目の前におる。剣を持っとると思えば、蹴りが飛んでくる。蹴りを防いだら、今度は肘。肘を避けたら膝。挙げ句の果てに、俺の荒凪を足場にして頭上を飛び越え、背後から覇気をまとった踵落としを食らわせてきよった。

 

 何やねん、この人。全身武器庫か?

 

「遅い!」

 

 グロリオーサの右足が、俺のこめかみを狙って飛んでくる。俺は左手を上げて受け止めたが、衝撃で足元の石畳が砕けた。

 

「おおっ、ええ蹴りやな!」

「……っ!」

 

 続けざまに左足。さらに身体をひねって、今度は剣を横薙ぎに振るってきた。俺は蹴りを手の甲で逸らし、剣を荒凪で受け流す。そのまま一歩前へ出ると、彼女は即座に後ろへ跳んだ。

 

 いや、ほんまに上手いわ。

 

 攻撃を止められたときの判断が早い。俺の懐に入ったままやと不利やと見れば、迷わず下がる。逆に、俺が大太刀を振るった直後は、刃が戻る前に距離を詰めてくる。

 

 しかも、毎回狙う場所が違う。この短時間で、俺の間合いを覚え始めとるんや。

 

「……何故じゃ」

「ん?」

「何故、打ち返してこぬ!」

 

 ……えっ? 俺、ちゃんと打ち返しとるやん。

 

「さっきから剣で受け流しとるやろ?」

「それは防御じゃ! 妾が言うておるのは、攻撃のことじゃ!」

「いや、そら……」

 

 俺は周囲を見回した。

 

 細い路地。左右に並ぶ倉庫。その奥には民家らしき建物が何軒もある。少し離れた場所には、興味本位で集まってきた野次馬までおった。

 

 うーん。ここで荒凪を本気で振ったら、たぶん三軒くらいなくなるんよな。

 

「場所が悪いやん?」

「……何?」

「もっと広い場所やったらええんやけど、ここ民家の近くやし」

「妾を侮辱しておるのか!」

 

 ちゃうねん! 何でそうなるん!?

 

 グロリオーサは地面を強く蹴り、再び俺の懐へ飛び込んできた。今度は剣やなく、武装色をまとわせた拳。俺は左腕でそれを受け止め、荒凪を横へ寝かせる。

 

 ゴガァン!!

 

 空気が震えた。路地の両側に積まれとった木箱が、衝撃だけで転がっていく。

 

「おい! 木箱!」

「よそ見をするな!」

 

 あっぶな!

 

 俺は慌てて視線を戻した。目の前には、すでに次の拳を振りかぶったグロリオーサ。

 

 あかん。この人、話を聞く気が一ミリもない。

 

 しゃあないな。

 

「ほな、ちょっとだけ打ち返すで」

 

 俺は左足を踏み込み、荒凪を下段から振り上げた。狙いはグロリオーサの剣。身体に当てるつもりはない。まずは得物を弾いて、ちょっと落ち着いてもらおう。

 

 ところが。

 

「……っ!」

 

 グロリオーサは即座に剣を引き、刃を斜めに立てて受け流した。そのまま荒凪の刀身を滑るように駆け上がり、俺の顔面へ蹴りを叩き込もうとしてきた。

 

 おいおいおい! 俺の剣、階段ちゃうぞ!?

 

「おらっ!」

 

 左手で足首をつかもうとした瞬間、彼女は空中で身体をひねって蹴りの軌道を変えた。俺の指先をすり抜け、踵が顎の真下へ迫る。

 

 うわ、上手っ!

 

 俺は思わず笑ってもうた。

 

 グロリオーサの表情が、一瞬だけ変わる。

 

 ん? 何や? さっきまで怒っとったのに、何か楽しそうな顔になっとる。

 

「……面白い」

「せやろ!」

「これほどの巨体で、その反応速度……。貴様、いったいどのような鍛錬を積んできた?」

「父ちゃんに毎日ボコボコにされとったで!」

「……何じゃと?」

「朝起きたら剣! 朝飯食ったら剣! 昼飯食ったら剣! 晩飯食ったら反省会!」

「……それは鍛錬というより拷問ではないのか?」

「俺もちょっと思うとった!」

 

 あれ? 何や。ようやく会話が成立したやん。

 

 グロリオーサは、ふっと口元を緩めた。しかし、それも一瞬や。次の瞬間には、鋭い目つきで剣を構え直しとる。

 

「ならば、その鍛錬の成果……妾に見せてみよ!」

「おう!」

 

 俺も荒凪を構えた。

 

 何やろな。最初は面倒くさい女に絡まれたと思っとったのに、だんだん楽しくなってきたで。

 

 しかも、相手が強いからこそ、俺もいつもより細かく力を調整せなあかん。変に力任せで戦うより、よっぽどええ稽古になる。

 

 あれ? もしかして、俺、今めっちゃ得しとる?

 

「行くぞ!」

「来いや!」

 

 再び、黒い刃同士がぶつかり合った。

 

 

―――

 

 

 十合。二十合。三十合。

 

 ……いや、もう数えるの面倒くさなってきたわ。

 

 グロリオーサの剣は、速いだけやない。斬撃の途中で角度が変わるし、体勢が崩れたように見せかけて、そこから蹴りが飛んでくる。しかも、覇気の強弱まで変えてきよるから、受けるたびに感触が違うんや。

 

 最初のうちは、俺も普通に感心しとった。十合目くらいまでは、純粋に剣術勝負。二十合目くらいからは、体術も混ざり始めた。三十合目を過ぎたあたりで、グロリオーサが俺の剣の癖を読もうとし始めた。

 

 いやあ。ほんま、研究熱心な人やな。

 

「そこじゃ!」

 

 グロリオーサが、俺の左膝へ剣を振り下ろした。俺は荒凪で受け止めると、刃をひねって彼女の剣を外側へ弾いた。

 

 ギィン!!

 

 その瞬間、グロリオーサの左拳が俺の腹へ迫る。俺は腹に武装色を集中させ、真正面から受けた。

 

 ドゴンッ!!

 

 鈍い衝撃。

 

 おお。結構効くな。

 

「……何じゃ、その顔は!」

「ん?」

「何故、笑っておる!」

「いや、強いなぁと思って」

「……貴様!」

 

 あっ。また怒らせた。

 

 いや、ちゃうねん。ほんまに褒めとるんやって。

 

 グロリオーサは大きく後ろへ跳び、荒く息を吐いた。肩が上下しとる。額にも、うっすら汗が浮かんどった。

 

 おお。さすがに疲れてきたんか。

 

 俺は荒凪を肩に担いで、ちょっと首を回した。

 

「……何故じゃ」

「何や?」

「妾は、まだ一撃もまともに入れられておらぬ……!」

 

 いや。さっき、頬かすったやん。あと、腹も殴られたで。

 

「いや、結構当たっとるやろ?」

「……貴様にとっては、あの程度なのか!」

 

 えっ。何や。俺、また失言した?

 

 グロリオーサは、ゆっくり剣を握り直した。その刃に、さっきまでよりも濃い武装色がまとわりついていく。

 

 おっ。今度は、ちょっと本気みたいやな。

 

 俺も荒凪を持ち直し、刃に覇気を流した。

 

 さて。どう来る?

 

「妾の全力……受けてみよ!」

 

 グロリオーサが、地面を蹴った。

 

 速い。

 

 さっきまでとは、まるで違う。

 

 俺の見聞色が捉えた未来では、彼女の剣が真正面から迫っとる。しかも、途中で軌道を変える気配がない。

 

 真正面から、力比べか。

 

 おお。ええやん。

 

 俺は荒凪を両手で握り、真正面から受け止めた。

 

 ギィィィィィン!!

 

 激しい金属音が、街中に響き渡る。

 

 そして。

 

 ドゴオオオオオン!!

 

 衝撃が、周囲へ広がった。

 

 ……あっ。あかん。強すぎた。

 

 石畳が砕け、路地の両側にあった木箱がまとめて吹き飛んだ。すぐ近くの倉庫は壁にひびが入り、背後の民家からは、嫌な音が聞こえてきた。

 

 ミシッ。

 

 あっ。あかんあかんあかん!!

 

 俺は、荒凪を押し返すと同時に、背後へ風を流した。

 

 ゴオオオッ!!

 

 ただし、強く吹き飛ばすための風やない。崩れかけた民家の壁を外側から押さえ、屋根を支えるための風や。ついでに、窓から飛び出しかけた木材も空中で受け止める。

 

 よし。今度はちゃんと間に合った。

 

「……っ!?」

 

 グロリオーサが、目を見開いた。

 

 何や。そんな驚かんでもええやん。

 

「おい! そこの家! 誰かおるか!?」

 

 俺は、背後の民家へ叫んだ。

 

「ひ、ひええええ!!」

 

 窓から、年配の男が顔を出した。

 

 おお。おったわ。

 

「大丈夫か!?」

「な、何なんだ、お前らはァァァ!!」

「すんません! ちょっと喧嘩してまして!」

「ちょっとで家が壊れてたまるかァァァ!!」

 

 せやな。ごもっともや。

 

「ほんま、すんません!」

 

 俺は風で壁を支えたまま、頭を下げた。

 

 あかん。ミラに知られたら、絶対怒られる。しかも、今回は海賊船ちゃうねん。普通の民家やねん。

 

 補修費、いくらかかるんやろ。

 

 俺の頭の中で、ゼンが帳簿を投げつけてくる未来が見えた。

 

 これ、見聞色ちゃうで。ただの経験則や。

 

 

―――

 

 

「……貴様」

 

 振り返ると、グロリオーサが剣を下ろして立っとった。

 

 何や? まだ続けるんか?

 

「……今、何をした」

「ん? 風で家を支えたんやけど」

「それは見れば分かる!」

 

 ほな、何を聞いとんねん。

 

「妾の攻撃を受け止めながら、背後の建物にまで能力を使っておったのか?」

「せやけど?」

「……」

 

 グロリオーサが、ゆっくり俺の背後を見た。崩れかけた壁は、まだ風で支えとる。家の中からはさっきの親父が飛び出してきて、必死に荷物を運び出し始めた。

 

 おお。避難してくれるんやったら助かるわ。

 

「……何故じゃ」

「何が?」

「妾との戦いの最中に、何故そこまで周囲へ気を配れる!」

「いや、そら……」

 

 俺は、首を傾げた。何でやろな。別に、難しいことを考えとるわけちゃうねん。

 

「……家、壊したらあかんやろ?」

「……」

 

 グロリオーサが黙り込んだ。

 

 あれ? また何か変なこと言うた?

 

「……貴様、妾との戦いに集中しておらぬのか」

「いや、しとるで?」

「そのうえで、周囲の民家を守り、飛び散る破片まで操っておったと……?」

「せやな。まあ、さっきはちょっと危なかったけど」

 

 俺は頬をかいた。

 

 実際、あれは危なかった。グロリオーサの攻撃を受け止めること自体は、そこまで難しくない。問題は、その衝撃が周りへ逃げることや。

 

 俺一人なら、別にええねん。多少ぶっ飛んでも、雷になったら戻れるしな。でも、民家はそうはいかん。

 

 ほんま、こういう力加減って難しいわ。

 

「……面白い」

 

 グロリオーサが、ぽつりと呟いた。

 

「……何や?」

「貴様ほどの力を持ちながら、なお周囲の人間を気にかけるとは……」

 

 彼女は、ゆっくり剣を構え直した。

 

 おい。またやるんか!?

 

「……妾は、貴様を見誤っておったようじゃ」

「おお! ほな、話し合いを――」

「じゃが、まだ終わりではない!」

 

 あかん。この人、戦闘民族や。絶対、脳みそまで筋肉でできとる。

 

 いや。それ、俺もやって言われそうやから、黙っとこ。

 

「……次で決めるぞ、ウラガン・ガルド!」

「……まだやるん?」

「無論じゃ!」

 

 はあ。しゃあないな。

 

 俺は荒凪を握り直し、足元に弱い風をまとわせた。民家の親父も、ようやく通りの向こうまで逃げてくれた。戦闘の衝撃で飛び散った瓦礫も、全部路地の端へ寄せてある。

 

 よし。これで、ちょっとは動きやすくなったな。

 

「ほな、次は俺から行くで」

「……来い!」

 

 俺は、一歩踏み出した。

 

 そして。

 

 バチィッ!!

 

 身体を雷に変えた。

 

「……っ!?」

 

 次の瞬間、俺はグロリオーサの背後に立っとった。

 

 おお。ちゃんと回り込めたな。

 

 俺は荒凪の峰を、そっと彼女の首筋へ近づけた。

 

「……はい、一本」

 

 沈黙。

 

 グロリオーサの身体が、ぴたりと止まった。

 

 何や。そんな驚くことか?

 

「……いつの間に妾の背後へ?」

「さっきから何回か回っとったけど」

「何回かじゃと!?」

 

 あっ。言うてもた。

 

 グロリオーサが、ものすごい勢いで振り返った。

 

「何故、妾が気づかなんだ!」

「いや、何回か気づいとったやろ? 途中で蹴り飛んできたし」

「あれは気配を感じて反応しただけじゃ! まさか、すでに背後へ回り込まれておったとは……!」

 

 おお。そうやったんか。

 

 俺としては、普通に移動しとるつもりやってんけどな。まあ、雷になったら速いから、しゃあないか。

 

「……貴様、今の速度で最初から動けたのか?」

「せやで」

「……ならば、何故使わなんだ!」

 

 えっ。何でって。

 

「いや、剣の勝負しとったから」

「……」

「雷になって一瞬で背後取ったら、剣術も何もないやん?」

「……っ!」

 

 あれ? 何や。グロリオーサ、めっちゃ悔しそうな顔しとる。

 

 いや、待て。もしかして、俺、また煽った?

 

「いや、ちゃうで!? 別にお前の剣術がどうとか言うとるわけやなくてな!」

「……分かっておる!!」

 

 ほんまか? めっちゃ怒っとるやん。

 

 グロリオーサは、しばらく俺を睨みつけとった。

 

 そして。

 

「……妾の負けじゃ」

 

 おお。ようやく終わった。

 

「せやな! ほな、仲直りしよか!」

 

 俺は、ニッコリ笑って手を差し出した。

 

 グロリオーサが、俺の手を見た。

 

 そして。

 

「……まだじゃ!!」

 

 ええええええ!? 何でやねん!!

 

「今のは勝負に負けただけじゃ! 貴様が信用できる男かどうかは、まだ分からぬ!!」

「いや、もうええやろ!!」

「よくない!!」

 

 あかん。この女帝様、めっちゃ負けず嫌いや。

 

 いや、分かるで。俺も、父ちゃんに負けたときは毎回こんな感じやったしな。でも、ちょっと休憩したいわ。

 

「……なあ、グロリオーサ」

「何じゃ!」

「……腹減らへん?」

「……」

 

 あかん。めっちゃ変な顔された。

 

 

―――

 

 

「そこまでにせえやァァァ!!」

 

 そのとき、路地の入り口から聞き慣れた怒号が響いた。

 

 おっ。ダグやん。

 

 巨大な錨を肩に担ぎ、めっちゃ険しい顔でこっちへ歩いてくる。その後ろにはイヴォ。そして、なぜかミラまでおった。

 

 あっ。あかん。

 

 ミラ、めっちゃ怒っとる。

 

「ガルドォォォ!!」

「……はい!」

「あんた、潜入するんちゃうかったん!?」

「……はい!」

「何で民家が壊れかけとんねん!!」

「……ちょっと剣の稽古を」

「街中で稽古すんなァァァ!!」

 

 あかん。女帝様より、こっちの方が怖い。

 

 俺は荒凪を鞘に納め、素直に頭を下げた。

 

「……すんません」

「謝る相手は私ちゃう! あそこの家の人や!!」

「……はい!」

 

 おお。せやった。あとで補修費も払わなあかんな。

 

 ゼン、ごめん。

 

「……何じゃ、貴様らは」

 

 グロリオーサが、ダグたちを睨んだ。

 

 そういや、こっちはまだ話が終わってへんかったな。

 

「九蛇の女帝さんやな。俺はダグ。こいつの副団長や」

 

 ダグが、巨大な錨を地面に下ろした。

 

「……貴様が、我が戦士たちを制圧した男か」

「せや。けど、全員無事やろ?」

「……それは認めよう」

 

 おお。ダグ、普通に会話できとるやん。俺とは何が違うんやろな。

 

「ほな、そろそろ落ち着いて話そうや。俺ら、あんたらと喧嘩しに来たわけちゃうねん」

「……その男が、妾の前で武器を構えたのじゃぞ」

「お前も構えとったやろ」

 

 おお。ダグ、正論や。

 

 グロリオーサが、ちょっと言葉に詰まった。

 

 いや。俺も最初から、それ言うたらよかったんちゃう?

 

「俺らの目的は、黒檻島の奴隷市場を潰すことや」

 

 ダグが、真面目な顔になった。

 

「競売に出される奴らを助けて、安全な場所まで運ぶ。それが今回の仕事や」

「……何故、そのようなことをする」

「……」

 

 ダグは、俺を見た。

 

 ん? 何や?

 

「ガルド。お前から説明せえ」

「……俺?」

「当たり前やろ。お前が言い出したことや」

 

 ああ。せやった。

 

 俺は、グロリオーサに向き直った。

 

「……俺らの故郷にな、凪岩島って島があるんや」

 

 グロリオーサの表情が、わずかに変わった。

 

「……凪岩島?」

「せや。そこに、昔、逃げてきた奴隷たちが漂着したことがあってな。俺らは、そいつらを助けたんや」

 

 あのときのことは、今でも覚えとる。

 

 首輪をつけられとった奴ら。鎖でつながれとった奴ら。まともに飯も食わせてもらえず、ガリガリに痩せとった子供たち。

 

 あんな光景、二度と見たない。

 

「……黒檻島にも同じような奴らがおるって聞いた。ほな、助けに行こうやってなったんや」

「……それだけか?」

「……それだけやで」

 

 何や。そんなに不思議なことか?

 

「金も名誉も得られぬかもしれぬぞ」

「金は護衛の仕事で稼いだらええし、名誉は……」

 

 俺は、自分の手配書を思い出した。

 

 二億八千万ベリー。しかも、あの最悪な写真。

 

「……名誉は、もうちょい欲しいな」

「何の話じゃ!?」

 

 いや。俺としては切実な問題やねんけど。

 

「ともかく! 俺らは奴隷商人の手先ちゃう。むしろ、奴隷商人をぶっ飛ばしに来たんや!」

「……」

 

 グロリオーサは、じっと俺を見とった。

 

 おお。今度こそ、伝わったか?

 

 頼むで。もう一戦は勘弁してほしい。

 

 俺はまだ元気やけど、民家とゼンの財布がもたん。

 

「……グロリオーサ様」

 

 九蛇の戦士の一人が、彼女に近づいた。

 

「先ほど、我らが倉庫街を調査していた際、この男たちも奴隷商人の動向を探っておりました」

「……何?」

「また、彼らは奴隷を運ぶ荷車に手を出そうとしておりましたが、仲間に止められております。奴隷商人側の者であれば、不自然な行動かと」

 

 おお。見とったんか。

 

 せやで。俺、めっちゃ助けようとしとったで。

 

「……ほら!」

「貴様は黙っておれ!!」

「何でやねん!!」

 

 あかん。まだ信用されてへん。

 

 イヴォが、静かに一歩前へ出た。

 

「女帝陛下。もしよろしければ、我々が救出した奴隷たちの証言をお聞きになりますか?」

「……証言?」

「ええ。昨日、黒檻島へ向かう途中で、奴隷輸送船を一隻拿捕いたしました。乗せられていた人々は、現在、我々が確保した安全な場所で保護しております」

 

 おお。さすがイヴォ。めっちゃ説明が上手い。

 

 俺が同じこと言うても、たぶん「船を一隻ぶっ壊してきたで!」になってまうからな。

 

 いや。今回は、ちゃんと沈めてへんで? 転覆しかけただけや。

 

 あかん。余計悪いわ。

 

「……その話、真実か?」

 

 グロリオーサが、俺を見上げた。

 

「せやで! 護衛船は俺が制圧して、輸送船はダグが助けたんや!」

「……何故、輸送船を助ける必要があった?」

「……ちょっと、俺が風を強くしすぎてな」

 

 沈黙。

 

 グロリオーサが、ゆっくり目を閉じた。

 

「……貴様という男は」

「……何や?」

「……本当に、何を考えておるのじゃ」

「……俺も、たまに分からん」

 

 あかん。自分で言うて、ちょっと悲しなってきた。

 

 

―――

 

 

 それから、しばらく話し合いが続いた。

 

 俺らがベルカで聞いた競売の噂。黒檻島へ向かう途中で助けた奴隷たちの証言。奴隷商人が使っとる倉庫の位置。そして、九蛇海賊団がこの島へ来た理由。

 

 グロリオーサたちは、行方不明になった仲間を探していた。海へ出ていた若い戦士が、何者かに捕らえられ、この島の競売へ送られたという。

 

「……必ず、連れ戻す」

 

 そう言ったときのグロリオーサの顔は、さっきまでの戦闘中とはまるで違っとった。

 

 ああ。この人も、仲間を大事にしとるんやな。

 

「ほな、話早いやん」

 

 俺は、ニッコリ笑った。

 

「俺らは競売場の奴隷を全員助けたい。お前らは仲間を助けたい。目的、一緒やろ?」

「……たしかに、利害は一致しておる」

「ほな、一緒にやろうや!」

「……しかし、妾が貴様を信用したわけではないぞ」

「ええで! 俺もお前のこと、まだよう知らんし!」

「……っ!」

 

 何や。また変な顔しとる。

 

 俺、何かおかしいこと言うた?

 

「せやけど、一緒に戦うんやったら、ちょっとずつ分かるやろ?」

「……」

 

 グロリオーサが、俺をじっと見た。

 

 おお。さっきまでと違って、何やら妙に静かやな。

 

 もしかして、疲れたんか? そらそうや。あんだけ戦ったら、誰でも疲れるわ。

 

「……貴様は」

 

 グロリオーサが、ぽつりと呟いた。

 

「……本当に、妙な男じゃな」

「せやろ!」

「褒めておらぬ!!」

「何でやねん!!」

 

 あかん。この女帝様、めっちゃ難しい。

 

 でも、まあ。悪い奴ではなさそうや。

 

「団長。そろそろ戻りましょう」

 

 イヴォが、俺の袖を引っ張った。

 

 おっ。そうやな。もう日も傾いとるし、帰って作戦を練らなあかん。

 

「ほな、グロリオーサ! また明日な!」

 

 俺は、大きく手を振った。

 

 グロリオーサが、俺を見上げた。

 

 おお。何や?

 

「……待て」

「ん?」

「……明日、どこへ行けばよい」

「白羊号や! 港の西側に停めとる、でっかい船!」

「……分かった」

 

 おお。ちゃんと来てくれるんやな。

 

「ほな、またな!」

 

 俺は、ダグたちと一緒に歩き出した。

 

 いやあ。今日は、なかなか楽しかったな。

 

 九蛇の女帝。グロリオーサ。

 

 あんな強い女がおるんやな。世界は広いわ。

 

「……なあ、ダグ」

「何や?」

「……あの女帝様、強かったな」

「……せやな」

「……また戦いたいわ」

「……お前、ほんまに戦闘狂やな」

 

 何でやねん。俺、平和主義者やで?

 

 まあ、強い奴と戦うんは好きやけど。

 

 

―――

 

 

 白羊号へ戻る途中、ふと気になって、俺は後ろを振り返った。

 

 おっ。まだおるやん。

 

 グロリオーサは、九蛇の戦士たちに何やら指示を出しとった。けど、俺が振り返った瞬間、なぜかこっちを見ていた彼女と目が合うた。

 

「おーい!」

 

 俺は、もう一度手を振った。

 

 グロリオーサが、びくっと肩を揺らした。

 

 ん? 何や?

 

 さっきまで、あんなに堂々としとったのに。

 

 彼女は一瞬だけ俺を見つめ、それから慌てたように顔を背けた。

 

 あれ? 何か、耳まで赤ない?

 

 もしかして。

 

「……なあ、ダグ」

「何や?」

「……あの女帝様、熱でもあるんちゃう?」

「……は?」

 

 いや。だって、顔赤かったで? さっきまで元気に剣振り回しとったのに。

 

 あかん。風邪引いたんかもしれへん。

 

「……ネネに診てもらった方がええかな?」

「……お前、ほんまに何も分かっとらんな」

「……何がやねん!!」

 

 何や。ダグまで、変な顔しとる。

 

 まあ、ええわ。とりあえず、明日、ちゃんと元気に来てくれたら、それでええ。

 

 ちなみに、このときの俺は、まったく気づいてへんかった。九蛇の女帝様が、俺の背中を見送ったまま、しばらくその場を動けずにおったことも。その胸の高鳴りを、本人が必死に戦いの興奮やと思い込もうとしていたことも。

 

 いや、そんなもん分かるか!!

 

 俺、見聞色は使えるけど、人の恋心まで読めるわけちゃうねん!!

 

 しかも、俺自身、女帝様との戦いが、めっちゃ楽しかったんや。

 

 これは、明日の作戦会議、ちょっと楽しみになってきたな。

 

 

――第10話 了

 

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