大海の大嵐   作:近所の戦闘狂

12 / 16
# 第11話「二人の船長」

 

 

 世の中には、適材適所という言葉がある。

 

 力の強い奴には力仕事を。頭のええ奴には頭を使う仕事を。料理の上手い奴には料理を任せ、金勘定の得意な奴には財布を預ける。実に合理的な考え方や。

 

 つまり、戦闘指揮が得意な奴には、戦闘指揮を任せたらええ。

 

「ダグ! 今日の作戦も頼んだで!」

「おう。ほな、始めるぞ」

「俺は何したらええ!?」

「まず黙って座っとけ」

「了解!」

 

 完璧やな。

 

 自分より得意な奴に仕事を任せる。それこそが、優れた組織のあり方というもんや。決して俺が考えることを放棄しとるわけではない。ほんまやで?

 

「……お主ら、本当に船長と副船長なのか?」

 

 ただし、九蛇の女帝様には、この高度な組織運営が理解できへんかったらしい。

 

 翌朝の白羊号。船長室には、俺ら海上自警団の面々と、グロリオーサをはじめとする九蛇の幹部たちが集まっとった。机の上には黒檻島の地図。壁際にはキットが描いた競売場の見取り図。隅っこには、バオが用意した大量の軽食まである。

 

 おお、至れり尽くせりやん。

 

 ちなみに俺の目の前には、昨日の民家修理費の請求書も置かれとった。

 

 何でやねん。

 

「なあ、ゼン。この請求書、今から作戦会議に必要なん?」

「必要だ。今後の注意事項としてな」

「せめて裏返してくれへん? 数字が気になって会議に集中できへん」

「覚えておけ。民家を壊すたびに、こういう数字が発生するんだ」

「ぐうの音も出えへん……」

 

 昨日、グロリオーサと斬り合った際に壊しかけた民家の修理代や。結局、全額うちが負担することになった。

 

 まあ、俺も悪い。いや、だいぶ悪い。

 

 ただ、一つだけ言わせてほしい。戦闘中に崩れかけた家を風で支えたのも俺やねん。せめて、その分だけ減額とかでけへんかったんやろか。

 

「ガルド。聞いておるのか?」

「おう! 修理代の話やろ?」

「違うわ! 何故、お主ほどの男が副船長の指示に従っておるのかと聞いておる!」

 

 グロリオーサが机を叩いた。

 

 昨日はあんなに剣を振り回しとったのに、今日は朝から質問攻めや。九蛇の女帝様、興味のあることは徹底的に調べるタイプらしい。

 

「そら、俺よりダグの方が戦場を見るのが上手いからや」

「自分の判断よりも、部下の判断を優先するのか?」

「部下っていうか、副団長やな。俺の右腕やし」

「それでも、お主が最終的な決定権を持つのであろう?」

「せやで。ダグが立てた作戦を聞いて、俺がええと思ったら、それで決まりや」

 

 グロリオーサが眉をひそめた。

 

「それでは、実質的にその男が船長ではないか」

「いやいや。ダグは戦場の指揮官で、俺は団長や。役割が違うねん」

「どう違う?」

「ダグは、誰をどこに動かしたら全員生き残れるかを考える。俺は、どんな化け物が出てきても全員が帰ってこられるように、その化け物をぶっ飛ばす」

 

 我ながら、完璧な説明やった。

 

 ダグが頷き、ミラも珍しく文句を言わへん。グロリオーサだけが、俺の顔をじっと見つめとる。

 

「自分一人で何もかも成し遂げようとは思わぬのか?」

「無理やろ。俺、十三人分の仕事なんかでけへんで?」

「それほどの力を持っておきながら……」

「力が強いことと、頭がええことは別やからな!」

 

 胸を張って答えたら、なぜかミラが額を押さえた。

 

「そこはもうちょい言い方あるやろ!」

「何でや! 事実やろ!」

「堂々と宣言することちゃうねん!」

 

 解せぬ。

 

 自分の不得意な分野を認めるんは、大事なことやと思うんやけどな。

 

 もっとも、ダグと俺の付き合いは長い。俺が五歳のころから一緒に遊んで、一緒に怒られて、一緒に父ちゃんの稽古で地獄を見てきた仲や。こいつが俺に勝てへん分野もあれば、俺がこいつに絶対勝てへん分野もある。

 

 例えば、剣の腕前なら俺が勝つ。腕相撲も俺が勝つ。大食いも、たぶん俺が勝つ。

 

 戦場全体を見渡して、誰をどこに配置すれば一番うまくいくかを判断する能力。

 

 これは、間違いなくダグの方が上や。

 

 まあ、船酔い対決やったら俺の圧勝なんやけどな。

 

「ガルド。余計なこと考えとらんと、ちゃんと聞いとけ」

 

 ダグが地図を叩いた。

 

「はい!」

 

 グロリオーサが、俺らを交互に見た。

 

「本当に、奇妙な男たちじゃな」

「せやろ!」

「褒めておるわけではない」

「昨日からそればっかりやな!」

 

 そろそろ一回くらい、素直に褒めてくれてもええんちゃう?

 

「ほな、二人とも。そろそろ作戦の話をしてもええか?」

「おう! 頼んだで!」

「妾に指図するでない」

「ほな、女帝さん。作戦を説明させてもらってもええか?」

「……許そう」

 

 俺は二人を交互に見た。

 

 何やろ。ダグとグロリオーサ、意外と相性ええんちゃうか? 少なくとも、昨日の俺みたいに話し合いの途中で剣を抜かれることはなさそうや。

 

 

―――

 

 

「黒檻島の奴隷市場は、大きく三つの施設に分かれとる」

 

 ダグが地図の上に三つの駒を置いた。

 

 一つ目は、街の中央にある大競売場。二つ目は、その北側にある奴隷収容施設。そして三つ目が、港に隣接した奴隷商人専用の船着き場や。

 

「競売場には、今日の正午から貴族や大商人が集まる。警備も一番厳しい。せやけど、ここだけ襲撃しても意味がない」

「何でや? 競売に出された奴らを助けられるやろ?」

「収容施設に残っとる奴らはどうする?」

「あっ」

 

 そうやった。

 

 競売に出される人間が全員とは限らへん。病気や怪我で動けへん奴もおるやろし、まだ売る予定のない奴も収容されとるはずや。

 

「それに、競売場だけ騒ぎになったら、奴隷商人は港から逃げる。買い手も、自分の買った奴隷を連れて船に乗ろうとするやろな」

「なるほど。ほな、港も同時に押さえなあかんな」

「せや。競売場、収容施設、港。この三か所を同時に制圧する」

 

 ダグが、三つの駒を指で結んだ。

 

 俺が一か所で暴れたら、敵は別の場所から逃げてまう。せやけど、三か所を同時に押さえれば、連中は互いに応援を呼ぶことも、奴隷を移動させることも難しくなる。

 

 しかも、今回の目的は敵を倒すことだけやない。捕まっとる人間を、安全に港まで運ばなあかんねん。

 

「競売場には、イヴォとボンゴが買い手として潜入する。キットは上階の監視場所を確保。九蛇の戦士たちは、会場に仲間が連れてこられた時点で動けるよう配置してもらう」

「よかろう。競売台の近くには、妾自身が入る」

 

 グロリオーサが頷いた。

 

 おお。女帝様、自分で行くんか。そらそうやな。捕まっとるんは仲間やもんな。

 

「収容施設には、トーマとトーラを先行させる。ゴルドは檻と首輪の解除。ネネとバオは救助と治療。女帝さん、そっちにも戦士を何人か回してもらえるか?」

「六名をつけよう。妾の戦士たちは、負傷者を運ぶ訓練も積んでおる」

「助かるわ。こっちは競売場よりも、救出する人数が多くなるかもしれへんからな」

 

 ダグが次の駒を動かした。

 

「港はミラとガロや。白羊号と九蛇の船で脱出経路を確保する。ガロは海中から武装船の動きを監視。敵船が出ようとしたら、港の出口へ誘導してくれ」

「沈めてええんか?」

「奴隷が乗せられとらんことを確認してからや。敵しか乗っとらんなら、好きにしてええ。ただし、港の出口は塞ぐなよ」

「任せとけ!」

 

 ガロが、獰猛な笑みを浮かべた。

 

 おお。今、魚人の本領発揮って感じやな。

 

「ゼン。今朝のうちに避難用の商船を二隻、手配してきた。救出した人数を把握して、どの船に何人乗せるか割り振ってくれ」

「承知した。だが、予想より人数が多かった場合は?」

「白羊号の貨物室を空ける。食料と水は多めに積んどるし、最悪、俺らは甲板で寝たらええ」

 

 俺は思わず手を叩いた。

 

「おお! 完璧やん!」

「まだ説明の途中や」

 

 ダグが、最後の駒を競売場の正面に置いた。

 

「ほんで、ガルド。お前の仕事や」

「待ってました!」

 

 ようやく俺の出番や。朝からずっと会議に参加しとったけど、正直、そろそろ身体を動かしたなってきたところや。

 

「競売場の正面には、凄腕の傭兵団が配置される。連中の主力を、全部お前に引きつけてもらう」

「全部!?」

「全部や。お前がおる限り、向こうは無視してほかの施設へ応援を出すわけにはいかへん。そこで時間を稼いでくれ」

「何や、めっちゃ楽しそうな仕事やん!」

 

 ダグが、地図の上に描かれた競売場の正門を指さした。

 

「それから、正面の門と警備兵の詰所は、遠慮せず壊してええ」

「……ほんまに?」

「ほんまや。そこは敵の施設やし、今日の午前中にキットが調べた限り、奴隷も一般人も配置されとらん」

「おおおお!!」

 

 思わず立ち上がってもうた。

 

 何やねん。

 

 最高の仕事やんけ!!

 

「ただし! 奴隷が収容されとる場所と、一般人がおる建物には手ぇ出すな!」

「分かっとるわ!」

「競売場の中も、奴隷たちが退避するまでは崩すなよ。正面の詰所と門を潰して、敵を広場へ引きずり出せ」

「了解!」

 

 完璧や。

 

 今回は、壊してええ場所とあかん場所が、最初からはっきり決まっとる。

 

 昨日の民家とは違う。

 

 敵の拠点や。遠慮する理由がない。

 

「……妾からも一つ、確認しておきたい」

 

 グロリオーサが手を挙げた。

 

「九蛇の戦士への指示は、妾が出す。それでよいな?」

「もちろんや。俺は全体の動きを合わせるだけでええ。女帝さんと俺とで、連絡さえ取れたら問題ない」

 

 ダグが即答すると、グロリオーサは満足そうに頷いた。

 

「よかろう。ならば、この作戦に協力しよう」

 

 俺は立ち上がり、二人の肩を叩いた。

 

「よっしゃ! ほな、みんなで奴隷市場を潰したろか!」

「ガルド。お前は敵の主力を引きつけるんやぞ」

「分かっとるって!」

「正門と詰所は壊してええけど、奴隷たちの避難経路は残せよ」

「分かっとる!」

「ほんまに?」

「……善処します」

 

 あかん。これ以上、追及せんといてくれ。

 

 グロリオーサが、俺の顔を見て小さく笑った。

 

「お主は、まことに部下を信頼しておるのじゃな」

「当たり前やろ。こいつら、俺の仲間やで」

 

 何や。そんなに不思議なことか?

 

 俺が首を傾げると、グロリオーサは何か言いたそうに口を開いたが、結局そのまま閉じた。

 

「……何じゃ。妾の知る船長とは、少々違うようじゃ」

 

 おお。

 

 何や、褒められたんちゃう?

 

「せやろ!」

「調子に乗るでない!」

 

 あかん。

 

 また怒られた。

 

 

―――

 

 

 正午。

 

 黒檻島の大競売場は、貴族や大商人で埋め尽くされとった。

 

 天井には豪華なシャンデリア。壁には金色の装飾。会場の中央には赤い絨毯が敷かれ、最前列には、見るからに金持ちそうな連中がふんぞり返っとる。

 

 俺は今、その競売場を見下ろせる、向かいの倉庫の屋根に座っとった。

 

 理由?

 

 そら、俺が客として潜入しようとしたら、四メートル半の巨体で一発でバレるからや。

 

 グロリオーサには「もっと工夫すればよいではないか」と言われたけどな。

 

 何を工夫せえっちゅうねん。俺を覆えるサイズのマントなんか着たら、それこそ巨大な不審者やろ。

 

「皆様ァァァ! 本日は黒檻島が誇る、大奴隷競売へようこそ!」

 

 競売場の中から、司会者の声が響いた。

 

 窓越しに覗くと、派手な服を着た男が、舞台の真ん中で両手を広げとる。その後ろから、大きな檻が運ばれてきた。

 

 檻の中には、三人の少女。

 

 全員、首輪をつけられとる。手首には鉄の枷。服も汚れ、顔色も悪い。

 

「本日最初の商品は、非常に希少な九蛇の戦士たちでございます!」

 

 会場がどよめいた。

 

 俺は、見聞色を広げる。少女たちは怯えとるけど、そのうち一人は、今にも檻を蹴破ろうとしとるらしい。ほかの二人をかばうように、前へ出ようとしとった。

 

 おお。気ぃ強いな。さすが九蛇や。

 

 ただ、その首輪が気になる。無理に外そうとして爆発でもしたら、洒落にならへん。

 

「こちらの少女は、まだ十三歳! 若く、健康で、しかも戦闘民族! 希少価値の高い逸品でございます!」

 

 司会者の声に、客席から歓声が上がった。

 

「五千万ベリー!」

「八千万!」

「一億だ!」

 

 次々に金額が跳ね上がっていく。

 

 人間に値段をつけて、それを面白がって競り合っとる。実に胸くそ悪い光景や。

 

 俺は荒凪の柄を握り、電伝虫を取り出した。

 

「ダグ。そろそろ始めてええか?」

「まだや。収容施設の班が、最後の警備を確認しとる」

「了解」

 

 待つんは苦手や。でも、ここで俺が飛び出したら、せっかくダグが立てた作戦が台無しになる。

 

 競売場の中へ目を向けると、最前列に座っとるフード姿の女が見えた。

 

 グロリオーサや。

 

 よく見れば、握り締めた拳が震えとる。あの人も、俺と同じ気持ちなんやろな。

 

 大丈夫やで、女帝様。

 

 もうちょっとだけ待っとき。仲間は、ちゃんと助けたるからな。

 

 そのとき、電伝虫からダグの声が響いた。

 

「全班、配置完了。ガルド、準備はええか?」

「いつでも!」

「ほな、作戦開始や!」

 

 俺は立ち上がり、荒凪を抜き放った。

 

 さあ、奴隷商人の皆さん。

 

 長らくご愛顧いただき、誠にありがとうございました。

 

 本日をもちまして、閉店のお時間です。

 

 

―――

 

 

 競売場の時計塔から、正午の鐘が鳴り響いた。

 

 それを合図に、三つの場所で同時に作戦が始まった。

 

 競売場内部では、イヴォとボンゴが買い手に扮して警備兵の注意を引きつける。キットは上階から会場全体を監視し、九蛇の戦士たちはグロリオーサの指示で奴隷たちの救出準備に入った。

 

 収容施設と港でも、各班が動き始めたらしい。

 

 そして、俺。

 

「おっしゃああああ!!」

 

 倉庫の屋根を蹴り、競売場の正面へ飛び降りた。

 

 ただし、今回は着地するだけやない。

 

 空中で荒凪を振り上げ、正門へ狙いを定める。

 

 でっかい鉄製の門。その両側には、奴隷商人が自慢げに飾りつけた金ピカの門柱。さらに、その奥には警備兵の詰所まで並んどる。

 

 しかも、ダグから破壊許可まで出とる。

 

 こんなん、壊すしかないやろ!

 

「おらァァァァ!!」

 

 荒凪を、真正面から振り下ろした。

 

 ドッゴオオオオオオン!!

 

 鉄製の門が真っ二つに割れ、両側の門柱が根元から吹き飛んだ。地面を走った衝撃が警備兵の詰所まで届き、壁をまとめて粉砕する。

 

 瓦礫と砂煙が、広場いっぱいに舞い上がった。

 

 いやあ。

 

 気持ちええな!!

 

 昨日は民家を壊しかけてゼンに怒られたけど、今日は違う。ここは奴隷商人の拠点や。しかも、事前にダグとキットが調べてくれたおかげで、この一帯には奴隷も一般人もおらん。

 

 つまり、遠慮する理由がない。

 

「海上自警団団長! ウラガン・ガルドや!!」

 

 俺は粉々になった正門の上に立ち、荒凪を肩に担いだ。

 

「本日をもって、この奴隷市場は営業終了や!!」

 

 完璧な宣言や。

 

 俺、今めっちゃ格好ええんちゃう?

 

「な、何だてめえ!! 門を壊しやがって!!」

「安心せえ! 門だけで済ます気はないで!!」

「余計悪いわァァァ!!」

 

 何や。正直に言うただけやろ。

 

 ちなみにゼンには申し訳ないが、敵の建物の修理費なんぞ一ベリーも払う気はない。むしろ、こんな商売に使っとる設備は、全部まとめて解体したる。

 

「お、おい! こいつ、どこかで見たことがあるぞ!」

 

 警備兵の一人が、俺の顔を指さした。

 

「まさか……二億八千万ベリーの、ウラガン・ガルドか!?」

 

 おっ。もう名前が売れとるやん。

 

 ええぞええぞ。俺もようやく、大海賊時代の有名人の仲間入りや。

 

「手配書を持ってこい!」

 

 別の男が懐から紙を取り出し、俺の顔と交互に見比べ始めた。

 

 おい、何や。そんなに見つめられたら照れるやろ。

 

「……あれ? こいつ、写真より鼻の穴ちぃせぇな」

 

「……。」

 

 聞こえとるぞぉぉぉおおおおおおおおお!!

 

 何でやねん!! 何で初対面の奴にまで鼻の穴を確認されなあかんねん!! そもそも、あの写真が悪いんや!! あんなもん撮ったカメラマンを今すぐ連れてこい!! 本人の名誉に関わる重大な問題やぞ!!

 

「間違いねえ! この鼻の形は、確かに手配書の男だ!!」

 

「……。」

 

 鼻で本人確認すなぁぁぁあああああああ!!

 

 顔認証ならぬ鼻認証って何やねん!! 海軍の身元確認、どないなっとんねん!!

 

「撃てェェェ!!」

 

 俺の名誉が著しく傷ついとるというのに、警備兵たちは一斉に銃を構えた。

 

 銃声が響き、何十発もの弾丸が飛んでくる。

 

 俺は身体を雷に変え、その場に立ったまま銃弾をすり抜けさせた。普通の鉛玉なら、自然系の俺には通用せえへん。

 

「ば、化け物!」

「海上自警団やっちゅうねん!」

 

 俺は荒凪を軽く振り、刃から風を放った。

 

 ゴオオオッ!!

 

 巻き起こした風が警備兵たちをまとめて吹き飛ばし、残っとった詰所の壁へ叩きつける。

 

 ドゴォォン!!

 

 壁が砕け、屋根が崩れ落ちた。

 

 おお。

 

 今のは、なかなかええ感じやな。

 

 敵の施設は壊れたし、こっちへ増援が集まってくる。ダグの狙いどおりや。

 

「ダグ! 正門と詰所、潰したで!」

「了解! そのまま敵の主力を引きつけろ! 競売場内部は、九蛇が奴隷の救出を始めとる!」

「任せとけ!」

 

 俺は電伝虫を懐へ戻した。

 

 ところが、警備兵たちは次々に倒れ、広場はあっという間に静かになってもうた。

 

 あれ?

 

 主力って、こんなもんなん?

 

 そう思った、そのときや。

 

「何を騒いでおる!!」

 

 競売場の奥から、地響きみたいな声が聞こえてきた。

 

 

―――

 

 

 現れたんは、身長三メートルほどの大男やった。

 

 全身に傷跡があり、右肩には巨大な鉄の肩当て。手には、俺の荒凪にも負けへんほど大きな戦斧を握っとる。

 

 しかも、その斧には、すでに武装色の覇気がまとわりついていた。

 

 おお。

 

 ようやく、それらしい奴が出てきたやん。

 

「貴様が、ウラガン・ガルドか」

 

 男は、俺を見上げて鼻で笑った。

 

「俺は『鉄牙』ザグレイ。かつて新世界に名を轟かせた海賊だ。懸賞金は四億七千万ベリー。今は、この島の傭兵団を率いている」

 

 四億七千万!?

 

 俺より高いやん!!

 

 思わず電伝虫を取り出した。

 

「ダグ! 四億七千万の奴がおるで!」

「分かっとる! そいつが傭兵団長や! 覇気使いやから、油断すんなよ!」

「了解!」

 

 俺は荒凪を構え直した。

 

 なるほどな。さっきの雑魚とは、まるで気配が違う。武装色の練度も高いし、何より身体の使い方がええ。あの巨大な斧を、まるで普通の片手剣みたいに扱っとる。

 

「二億八千万の新顔が、俺に勝てると思うなよ」

 

 ザグレイが、戦斧を肩に担いだ。

 

「海軍の艦隊を五隻沈めたらしいが、そんな程度で新世界の大海賊に敵うと思うな」

 

 おお。

 

 めっちゃ自信満々や。

 

 せやけど、ちょっと待て。

 

「なあ。俺、あの艦隊、全部は沈めてへんで?」

「何?」

「あと、新世界の大海賊って言うても、今は傭兵団長なんやろ?」

「貴様……!」

 

 あっ。

 

 また余計なこと言うてもた。

 

 ザグレイの額に、青筋が浮かんどる。

 

「舐めるなァァァ!!」

 

 大男が地面を蹴った。

 

 速い。

 

 三メートルの巨体とは思えへん踏み込みや。戦斧にまとった武装色が、さらに濃くなっていく。

 

 真っ向からの振り下ろし。

 

 俺は荒凪を横に構えた。

 

 ガァァァン!!

 

 斧と大太刀がぶつかり、凄まじい衝撃が走る。

 

 石畳が爆ぜ、競売場の正面に並んどった装飾柱が次々に砕け散った。

 

 おお。

 

 結構重いな。

 

 せやけど、それだけや。

 

「何だと!?」

 

 ザグレイが、目を見開いた。

 

 俺の足元は、ほとんど動いてへん。荒凪を握った両腕にも、まだまだ余裕がある。

 

「貴様、俺の斧を……!」

「いや、なかなかええ攻撃やで?」

 

 純粋に褒めたつもりやった。

 

 ところが、ザグレイはさらに顔を真っ赤にした。

 

「ふざけるなァァァ!!」

 

 戦斧が、一度引かれる。

 

 次の瞬間、さっきよりも速く、重い斬撃が俺の頭上へ迫った。

 

 おお。

 

 今度は、本気みたいやな。

 

 せやけど。

 

「ほな、次は俺の番や」

 

 俺は荒凪の柄を強く握った。

 

 全身の武装色を、刃へ集中させる。風をまとわせる必要もない。雷を使う必要もない。

 

 ただ、剣を一度振るだけで十分や。

 

「荒凪――!」

 

 俺は、大太刀を振り抜いた。

 

 ギィィィィン!!

 

 ザグレイの戦斧が、真正面から叩き割られた。

 

「なっ!?」

 

 驚愕する大男。その胴体へ、俺は返す刀で荒凪の峰を叩き込んだ。

 

 ドッゴオオオオオン!!

 

 巨体が一直線に吹き飛び、競売場の正面壁を突き破った。そのまま奥の回廊まで瓦礫を巻き込み、派手な轟音を立てて停止する。

 

 うっわ。

 

 めっちゃ飛んだ。

 

 俺は、ぽっかり穴の開いた競売場を眺めた。

 

 うん。

 

 風通し、よくなったな!

 

「ガルド!! 傭兵団長はどうなった!?」

 

 電伝虫からダグの声が響く。

 

「倒したで! あと、正面の壁、ちょっと開通した!」

「ちょっとって、どのくらいや!?」

「白羊号、横向きでも通れそうやな!」

「競売場を港にする気かァァァ!!」

 

 何やねん。

 

 救出用の通路が増えたんやから、むしろ褒めてほしいわ!

 

 俺は、瓦礫の向こうに転がっとるザグレイを見下ろした。

 

 完全に気絶しとる。

 

 白目まで剥いとる。

 

 おいおい。ちょっと期待しすぎたんちゃうか、俺。

 

「ダグ。傭兵団長、完全に沈黙や」

「了解! ほな、広場の残りを制圧して、競売場の内部には入るな。九蛇の連中が奴隷を助けとる最中や!」

「了解!」

 

 なるほど。

 

 俺の担当は、まだ終わってへんのやな。

 

 残っとる傭兵たちが逃げ道を探してうろうろし始めとるし、こっちはこっちで仕事がありそうや。

 

 俺は荒凪を肩に担ぎ直した。

 

「おーい! 残りの傭兵さんたち! まだ続けるんやったら、全員まとめてかかってきてええで!」

 

 その瞬間、広場のあちこちから悲鳴が上がった。

 

「無理だ! 団長が一撃でやられたんだぞ!」

「こんな化け物、相手にできるか!」

「逃げろォォォ!!」

 

 何やねん。

 

 めっちゃ失礼やな。

 

 俺、まだ一人しか本気で殴ってへんで?

 

 

―――

 

 

 競売場の内部では、グロリオーサたちが救出を進めとる。

 

 見聞色で気配を探ると、競売台におった三人の少女は、すでに九蛇の戦士たちに保護されたらしい。イヴォたちも、会場に残っとる警備兵を順調に制圧しとるようや。

 

 おお。

 

 さすがやな。

 

 そのとき、競売場の上階から、聞き覚えのある声が響いた。

 

「ガルド!!」

 

 見上げると、グロリオーサが窓からこちらを見下ろしとった。

 

「貴様、ザグレイを倒したのか!?」

「せやで!」

「たった一撃で!?」

「まあ、そうやな」

 

 何や。

 

 そんなに驚くことか?

 

 グロリオーサは、気絶しとるザグレイと、俺の荒凪を交互に見つめとる。ちなみに、ザグレイはさっきからピクリとも動いてへん。

 

「妾とて、まともに戦えば苦戦を免れぬ相手を……!」

 

 女帝様の声が、途中で途切れた。

 

 俺は首を傾げた。

 

 そんな大層な相手やったんか?

 

 いや、確かに強かったで。武装色も鍛えられとったし、斧の一撃も重かった。

 

 でも、父ちゃんの稽古に比べたら、まだまだやったな。

 

「グロリオーサ! そっちは大丈夫か!?」

「も、問題ない!」

「ほな、俺も手伝おか!?」

「不要じゃ! 妾たちだけで十分じゃ!」

 

 おお。

 

 頼もしい。

 

 さすが、九蛇の女帝や。

 

 俺は手を振った。

 

「ほな、俺は残りの傭兵を片づけてくるで!」

「待て!」

「ん?」

 

 グロリオーサは、俺をじっと見つめとった。

 

 何か言いたそうやな。

 

「貴様、本当に底の知れぬ男じゃな」

 

 おっ。

 

 今度こそ、褒められたんちゃう?

 

「せやろ!」

 

 俺が笑うと、グロリオーサは慌てたように顔を背けた。

 

 何や。

 

 昨日も似たような反応しとったな。

 

 もしかして、ほんまに熱でもあるんちゃう?

 

「グロリオーサ。顔、赤いで?」

「やかましい! 早く自分の仕事に戻らぬか!」

「はいはい!」

 

 あかん。

 

 女帝様、また怒ってもうた。

 

 ほんま、難しい人やな。

 

 

―――

 

 

 その後も、作戦は順調に進んだ。

 

 収容施設では、トーマとトーラが警備兵を制圧。ゴルドが檻と首輪の解除を進め、ネネとバオが負傷者の救助に当たっとる。

 

 港では、ミラとガロが武装船の出航を阻止。九蛇の船も協力して、脱出経路を確保できたらしい。

 

 ダグは三か所からの報告を受けながら、次々に指示を出しとった。

 

「トーマ! 収容施設の東門に増援が向かっとる。トーラを先回りさせろ!」

「了解!」

「ミラ! 救出した奴らが港へ到着する。避難船の準備を頼む!」

「任せとき!」

「キット! 競売場の上階から、まだ動ける傭兵がおらんか確認してくれ!」

「了解!」

 

 俺は、競売場の広場に立って、そのやり取りを聞いとった。

 

 ほんま、見事なもんやな。

 

 俺一人やったら、たぶん競売場を真正面からぶっ飛ばして終わりやった。せやけど、ダグがおるから、ほかの施設に捕まっとった連中まで、ちゃんと助けられとる。

 

 しかも、九蛇の連中とも、昨日出会ったばかりとは思えへんくらい連携できとる。

 

 やっぱり、任せて正解やったわ。

 

「なあ、ダグ」

「何や?」

「お前、ほんまに戦闘指揮うまいな」

「急に何やねん」

「いや、ちょっと思っただけや」

「褒めても何も出えへんぞ」

「分かっとるわ!」

 

 ダグが、電伝虫の向こうで笑った。

 

 ええやん。

 

 こういうの。

 

 頼れる仲間がおって、そいつらと一緒に戦う。しかも、今日は、昨日出会ったばかりの女帝様まで協力してくれとる。

 

 世界は広いなぁ。

 

 俺一人で、全部できると思わんでよかったわ。

 

「よし!」

 

 俺は荒凪を肩に担いだ。

 

 競売場の奥からは、まだ戦闘の音が聞こえとる。収容施設も、港も、完全に片づいたわけちゃう。

 

 ほな、俺も自分の仕事をせなあかんな。

 

「ダグ! 残りの傭兵も、俺が引き受けるで!」

「おう! ただし、奴隷が避難し終わるまでは、競売台のある建物は崩すなよ!」

「分かっとる!」

 

 俺は広場の奥へ歩き出した。

 

 その瞬間。

 

「ガルドォォォ!!」

 

 電伝虫から、ミラの怒号が響いた。

 

 うわっ。

 

 何や!?

 

「競売場の正面に、白羊号が通れそうな穴が開いたって聞いたんやけど!!」

「おう! めっちゃ広いで!」

「そういう意味ちゃうわ!!」

「でも、敵の拠点やし、壊してええってダグが言うたで!」

「それは分かっとる! 問題は、競売場の中にまだ奴隷が残っとることや!!」

 

 おっと。

 

 確かに。

 

 俺は、ぽっかり穴の開いた建物を振り返った。正面の回廊は派手に吹き飛んどるけど、競売台がある奥の建物は、ちゃんと残っとる。

 

「安心せえ! 中の檻があるところまでは壊してへん!」

「ほんまやな!?」

「ほんまや!」

「ほなええけど、これ以上、勝手に建物崩すなよ!」

「了解!」

 

 俺は電伝虫を懐に戻した。

 

 よし。

 

 今回は、怒られずに済んだな。

 

 何や。

 

 俺、めっちゃ成長しとるやん。

 

 そう思った直後、もう一度電伝虫が鳴った。

 

「ガルド!!」

 

 今度はゼンや。

 

「何や!? 今度は何やねん!!」

「さっきから港の商人が『競売場の破片がうちの店まで飛んできた』って騒いでるんだが!!」

「……は?」

 

 ちょっと待て。

 

 確かに敵の正門は吹き飛ばしたけど、そんな遠くまで飛んだか?

 

「お前、瓦礫まできちんと管理したのか!?」

「いや、そこまでは……」

「何のために風を操れるんだァァァ!!」

 

 俺は、空を見上げた。

 

 青い空。

 

 白い雲。

 

 穏やかな風。

 

 そして、遠くで聞こえる商人たちの怒鳴り声。

 

「……。」

 

 やっぱり請求書、来るんかぁぁぁあああああああ!!

 

 何でやねん!! 敵の拠点やから壊してええって言うたやろ!! 俺、ちゃんと許可取ったやん!! 瓦礫の飛距離まで管理せなあかんとか、解体業者でも雇えっちゅうねん!!

 

 こうして、黒檻島の奴隷市場解放作戦は、予定どおり順調に進んでいった。

 

 なお、俺の食費がどうなるかについては、現時点ではまったく順調ではない。

 

 誰か助けてくれ。

 

 頼むから。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。