大海の大嵐   作:近所の戦闘狂

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# 第13話「荒天解放――女帝様、嵐に恋をする」

 

 

 世の中には、物事の終わり際に余計な仕事を増やしてくる奴がおる。

 

 例えば、ようやく船の掃除が終わったところで「ついでに船底も磨いといて」と言い出すゴルド。晩飯を食い終わった瞬間、「食料庫の棚卸しを手伝え」と言い出すバオ。そして、こっちが五百人の傭兵をぶっ飛ばして、ようやく一息ついたところへ、新しい仕事を持ってくるダグ。

 

「ガルド! 港へ戻ってこい! 敵の艦隊が接近しとる!」

「艦隊!? またかいな!!」

 

 黒檻島の正面広場。俺は荒凪を肩に担いだまま、電伝虫を見下ろした。

 

 ついさっき、この島の奴隷商人が集めてきた傭兵と砲兵、約五百人をまとめて制圧したところや。さすがに全員の顔まで覚えとらんけど、もう立ち上がってくる奴はおらへん。

 

 競売場は半壊。奴隷収容施設は開放。港の警備も、ミラたちが押さえてくれとる。

 今日の仕事、完璧に終わったと思うやん?

 ところが、奴隷商人の皆さんは、どうやら残業がお好きらしい。

 

「今度は何隻や?」

「まだ全部は見えてへん! キットが確認中や!」

「ほな、俺が先に見てこよか?」

「お前は港まで戻ってこい! 勝手に敵を刺激すんな!」

 

 ほんま、信用ないなぁ。

 

 俺、さっきはちゃんと住民を巻き込まんように戦ったやろ。暴風で敵を北側の荒れ地へ追い込んで、住宅地も避難経路も守ったんやで?

 これでも、かなり成長しとると思うねんけど。

 

「とりあえず、港で合流やな!」

「おう。九蛇の連中も集まっとる!」

 

 おっ。女帝様もおるんか。さっき別れたばっかりやのに、また会えるとはな。今日はなかなか縁があるやん。

 俺は荒凪を背中へ戻し、身体を雷に変えた。

 

 バチィッ!!

 

 次の瞬間、港の上空へ移動する。眼下には、白羊号と九蛇海賊団の船。それから、ダグが手配してくれた避難用の商船が二隻、桟橋に停泊しとった。

 その周囲では、トーマとトーラが荷物を運び、ネネが負傷者を確認し、バオが食料と水を配っとる。

 

 順調そうやん。

 ところが、俺が白羊号の甲板へ降り立った瞬間、ミラがものすごい形相で振り返った。

 

「ガルドォォォ!!」

「何や!? 俺、まだ何もしてへんで!?」

「着地する前に声かけろ! あんたがいきなり雷になって現れたら、避難してきた人らが驚くやろ!!」

 

 あっ。

 

 俺が後ろを振り返ると、荷物を運んどった男が腰を抜かしとった。

 

「す、すんません!!」

 

 あかん。帰ってきただけで怒られてもうた。

 俺、ほんまに団長なんやろか。

 

 

―――

 

 

「見えたで! 敵艦隊、南東から接近中!!」

 

 マストの上から、キットの声が響いた。

 俺が海へ目を向けると、水平線の向こうに無数の帆が見えた。

 白い帆。赤い帆。黒い帆。商船に見えるものもあるけど、その船腹には大砲の砲門がずらりと並んどる。なかには船体の側面を鉄板で覆った大型艦までおった。

 

「大型艦二十八隻! 小型船十四隻! 合計四十二隻や!!」

「四十二!?」

 

 何や、めっちゃ多いやん!

 

 島で五百人も集めてきたと思ったら、今度は四十二隻の艦隊かいな。黒檻島の奴隷商人、どんだけ金持っとんねん。

 その金があるんやったら、もっとまともな商売したらええのに。

 

「ガルド。敵はお前を倒しに来たわけちゃうで」

 

 ダグが、海図を広げながら言った。

 

「狙いは、助けた奴隷たちや。海の上で逃げ道を塞いで、もう一回捕まえるつもりやろな」

「……ほんま、懲りひん連中やな」

 

 俺は目を細めた。

 

 白羊号の隣では、避難用商船への乗り込みが続いとる。怪我人もおるし、まだまともに歩けへん奴もおる。助けたからって、すぐに海へ出られるわけちゃうねん。

 敵は、それを分かっとって今来たんやろな。

 

「ほな、あの四十二隻、俺が全部止めてくるわ」

「待て待て待て!」

「何や!?」

「今、お前が暴れたら、避難船まで嵐に巻き込まれるやろ!」

 

 俺は、港に並んどる船を見た。

 確かに。

 

 この距離で竜巻なんか起こしたら、敵より先にうちの船がひっくり返ってまうかもしれへん。

 先日の奴隷輸送船の件もある。あのときは、護衛船を止めようとして輸送船まで転覆しかけたんやった。

 

 同じ失敗はせえへんで。

 

「分かった。ほな、どうするん?」

「俺らが避難船を安全な海域まで逃がす。その間、お前は待機や」

「また待機かいな!!」

 

 何やねん。

 最近、俺の役職が団長から待機担当に変わっとる気がするんやけど。

 

「最後に思いっきり暴れさせたるから、今は我慢せえ!」

「……ほんまやな?」

「ほんまや!」

 

 おっ。

 

 その言葉、聞いたで。

 俺は満足して、甲板に置いてあった大きな樽へ腰を下ろした。

 

 バキッ!!

 

 ……あっ。

 

「ガルドォォォ!! それ水樽や!!」

 

 バオの怒号が港に響いた。

 

 俺は、尻の下から流れ出る水を見下ろした。

 

「……。」

 

 椅子やと思ったんやぁぁぁあああああ!!

 

 何でやねん!! こんなところに置いてあったら座るやろ!! いや、普通は座らへんか!! でも、四メートル半の人間が座れる高さの樽って、めっちゃ魅力的やねん!!

 

 結局、出航前に俺は追加の水汲みを命じられた。

 

 この後艦隊四十二隻を相手にする男の仕事が、水汲み。

 

 世の中、ほんまに理不尽や。

 

 

―――

 

 

 補給が終わるころには、敵艦隊の全容がはっきり見えてきた。

 

 四十二隻。

 

 さすがに壮観やな。

 海の上に、ずらりと船が並んどる。先頭には小型の快速船。その後方に大型の武装船。さらに中央には、ほかの船より一回り大きな旗艦が鎮座しとった。

 旗艦のマストには、黒い檻を描いた旗が掲げられとる。

 

 何や、あの旗。めっちゃ趣味悪いやん。

 

「ボンゴ! あの旗、何か知っとるか?」

「黒檻島の奴隷商人組合の旗や! あの旗艦が、今回の艦隊を指揮しとるはずやで!」

「ほう。ほな、あれ潰したら終わりやな!」

「いきなり潰すなよ!」

 

 横からダグに突っ込まれた。

 何やねん。

 まだ剣も抜いてへんやろ。

 

 ダグは海図の上に木片を並べると、ミラとグロリオーサを呼び寄せた。

 

「まず、避難船を南西へ逃がす」

「南西?」

 

 ミラが海図を覗き込んだ。

 

「そっちは、夕方から潮が速うなる海域やで」

「せや。だから、敵の大型艦は追いにくい。俺らは潮を利用して、一気に距離を稼ぐ」

「なるほどな」

 

 俺は、二人の横から海図を覗いた。

 

 ……うん。

 何となく分かった。

 たぶん。

 

「その間、白羊号は避難船の左側。九蛇の船は右側についてもらう。小型船が接近してきたら、左右へ引き離してくれ」

 

 ダグが、グロリオーサへ視線を向けた。

 

「女帝さん。九蛇の弓兵なら、あの距離から敵船の帆や舵を狙えるやろ?」

「無論じゃ。妾の戦士たちを見くびるでない」

「頼もしいわ。ほな、右側は任せたで」

 

 おお。めっちゃ話が早いやん。

 昨日、俺らが初めて会うたときなんか、いきなり剣を向けられたのにな。

 

 何やったんや、あの第一印象。

 

「ガロは海中から敵の小型船を妨害。トーマとトーラは避難船へ移って、敵が接舷してきた場合に備えろ。キットは敵の動きを監視。ボンゴは旗艦からの信号を読み取ってくれ」

「了解!」

「任せとけ!」

 

 ダグが次々に指示を出す。

 その横で、グロリオーサは何やら感心した顔をしとった。

 

「……相変わらず、見事な指揮じゃな」

「せやろ! うちのダグ、めっちゃ優秀やで!」

 

 俺が胸を張ると、ダグが呆れた顔で振り返った。

 

「お前が自慢することか!?」

「俺の副団長やからな!」

 

 何や。間違ったこと言うとらんやろ。

 グロリオーサが小さく笑った。

 

「お主は、本当に仲間を信頼しておるのじゃな」

「当たり前や。俺一人で四十二隻倒せても、避難船四隻を同時に守るんは難しいからな」

 

 俺がそう答えると、なぜかグロリオーサは俺をじっと見つめた。

 

 何や? 顔に何かついとる?

 

「……そうか。ならば、妾も期待に応えよう」

 

 彼女は、堂々とした足取りで九蛇の船へ戻っていった。

 

 ……おお。

 格好ええな、女帝様。

 

 俺も、ああいう威厳が欲しいわ。

 

「ガルド。お前も配置につけ」

「おう! 俺はどこや!?」

「とりあえず船首で待機」

「結局待機かいな!!」

 

 女帝様みたいな威厳への道のりは、まだまだ遠そうやな。

 

 

―――

 

 

 敵艦隊が動き始めたんは、白羊号が黒檻島の港を離れて、しばらく経ったころやった。

 

 敵の小型船十四隻が、左右へ大きく広がる。その後ろでは大型艦が横一列に並び、中央の旗艦から次々に信号旗が上がっとった。

 

 なるほど。

 

 包囲する気やな。

 

 俺らが進む先へ小型船を回り込ませて、動きを止める。そのあと、大型艦で周囲を塞いで、避難船を捕まえるつもりやろ。

 

 ……まあ、普通なら有効な作戦なんやろな。

 

 相手が、うちの副団長でなければ。

 

「キット! 右翼の小型船は何隻や!?」

「六隻! 左翼は八隻や!」

「よし! 九蛇の船に右翼を任せる。左翼はガロが妨害や!」

「了解!」

 

 ダグの指示と同時に、九蛇の船が大きく右へ舵を切った。甲板には、ずらりと並んだ九蛇の戦士たち。

 

 めっちゃ格好ええ。

 

「全員、弓を構えよ!」

 

 グロリオーサの声が響いた。

 次の瞬間、何十本もの矢が一斉に放たれた。

 

 ただの矢ではない、全員が武装色の覇気をまとわせとる。

 

 ドゴォォォン!!

 

 敵の先頭を走っとった快速船のマストが、根元からへし折れた。

 さらに、その後方の船も、帆を支える横木を撃ち抜かれて速度を落とし始める。

 

 おおおお!!

 

 すげえ!!

 

「ダグ! 見たか!? あれ!!」

「見とるわ! お前も自分の仕事に集中せえ!」

「俺の仕事、待機やんけ!!」

 

 何やねん。

 俺、ちゃんと待機しとるやろ。

 

 しかも、今の攻撃はほんまにすごかったで。あの距離から、敵船のマストだけ正確に撃ち抜くとか、普通に考えておかしいやろ。

 

 ……いや。

 

 俺が言うても説得力ないか。

 右側の敵船が動きを止め始めたころ、今度は左側の海面が大きく盛り上がった。

 ガロや。あいつ、海中から敵の舵を破壊しとるらしい。

 

「うわあああ!! 舵が利かねえ!!」

「進路を変えろ! 味方とぶつかるぞ!!」

「何だ!? 海の中に何かいる!!」

 

 敵の小型船が、次々に制御を失っていく。

 

 気持ちよさそうやな。

 俺もちょっと混ぜてもらいたいわ。

 

「ガロ! 俺もそっち行こか!?」

「お前は待機しとけェェェ!!」

 

 海中からまで怒られた。

 

 何や俺、今日だけで何回待機って言われとんねん。

 

 

―――

 

 

 敵の小型船が次々に足止めされると、今度は大型艦が前へ出てきた。

 中央の旗艦を中心に、左右から大型艦が迫ってくる。

 

 さすがに、こっちは迫力が違うな。

 一隻一隻が、白羊号よりもでかい船ばっかりや。

 

 しかも、船腹には大量の大砲。

 

 おいおい。

 砲門の数だけで、うちの船何隻分やねん。

 

「ダグ! 敵の大型艦が来るで!」

「分かっとる! ミラ、南西の海流まであとどれくらいや!?」

「あと少し! もうすぐ流れに乗れるで!」

「よし。避難船は全速力! 九蛇の船も合流してくれ!」

 

 俺は、ダグの指示を聞きながら、敵の艦隊を眺めとった。

 

 大型艦が前へ出てきたせいで、後ろの小型船が進路を塞がれとる。しかも、さっき九蛇の弓兵に帆を撃ち抜かれた船まで混ざっとるから、全体の動きがバラバラや。

 

 ああ。

 

 なるほどな。

 

 敵は俺らを包囲しようとして、自分たちで逃げ道を狭くしとるんか。

 ダグは、最初からそれを狙っとったんやな。

 

「ガルド。そろそろ準備しとけ」

「おっ! ようやくか!?」

「まだや! 全船が海流に入るまで待て!」

 

 何やねん。

 

 希望を持たせてから落とすの、やめてくれへん?

 俺は荒凪を肩に担ぎ、白羊号の船首へ移動した。その間にも、敵の旗艦からは信号旗が上がり続けとる。

 

 ふむ。

 

 どうやら、俺らが逃げると判断したらしいな。

 まあ、正解や。

 避難船は、ちゃんと逃がさなあかんからな。

 

 

 ただし。

 

 

 

 俺まで逃げると思うとったら、大間違いやで。

 

 

―――

 

 

「避難船、全隻、南西の海流へ入ったで!」

 

 ミラの声が響いた。

 続けて、グロリオーサからも報告が入る。

 

「九蛇の船も合流した。負傷者の移送も完了しておる!」

「よし! 全船、そのまま南西へ進め! 白羊号だけ速度を落とす!」

 

 ダグが、海図の上の駒を動かした。

 俺は、敵の艦隊を振り返った。

 大型艦の一部は、まだ避難船を追おうとしとる。せやけど、旗艦から出た指示に従って方向を変え始めたせいで、まともに追撃できてへん。

 

 しかも、九蛇の船が最後の小型船を足止めしてくれたおかげで、避難船の後方には十分な距離ができとった。

 

 完璧やん。

 

「ダグ! もうええか!?」

「待て! あと少しや!」

「あと少しって、何秒!?」

「うるさいわ! 今、最後の船が退避しとるんや!」

 

 あかん、早く暴れたい。

 

 めっちゃ暴れたい。

 

 あんなに敵船が並んどるんやで? しかも、全部奴隷商人の船や。遠慮なくぶっ壊してええんやで?

 こんなん、俺にとっては宝の山みたいなもんやん。

 

 ……いや。

 

 ゼンが聞いたら、絶対「宝の山なら沈めずに拿捕しろ」とか言い出すやろな。

 ほんま、うちの会計担当は夢がない。

 

 そのとき、ダグが電伝虫を握り直した。

 

「ガルド!」

 

 来た。

 俺は、思わず背筋を伸ばした。

 

「何や!?」

「全船退避完了! もう遠慮せんでええぞ!」

 

 よっしゃあああああ!!

 待ってました!!

 

 俺は荒凪を肩から下ろし、ゆっくりと抜き放った。

 

 

 

「おう。ほな、ちょっと天気悪うなるで」

 

 

 刃を掲げた瞬間、周囲の風向きが変わった。

 

 

―――

 

 

 最初は、ほんの小さな風やった。

 

 白羊号の帆を撫でるように吹いとった風が、ゆっくりと海面へ降りていく。次第に波が高くなり、遠くの敵艦隊の上空へ、黒い雲が集まり始めた。

 

 俺は荒凪を構え、空を見上げた。

 

 おお。

 

 ええ天気やな。

 

 残念ながら、本日の天気予報は、ここから大外れになる予定やけど。

 

「アラアラの実――!」

 

 俺が荒凪を掲げた瞬間、黒い雷雲が一気に広がった。

 

 太陽の光が遮られ、海が暗く染まる。巨大な雲の塊が、敵艦隊の頭上を覆い尽くした。

 

 ゴロゴロゴロゴロ……。

 

 雷鳴が、海一面に響き渡った。

 

 おお。

 

 なかなかええ感じやん。

 

「お、おい! 空を見ろ!!」

「何だ、この雲は!?」

「さっきまで晴れてたじゃねえか!!」

 

 敵の船から、悲鳴が上がり始めた。

 

 せやで。

 

 嵐が来るんや。

 

 しかも、普通の嵐ちゃうで。

 

 俺が起こす嵐や。

 

「ダグ! まず後列からいくで!」

「おう! 九蛇の船はまだ少し近いから、南側には風を流すなよ!」

「了解!」

 

 俺は荒凪を横薙ぎに振るった。

 

 ゴオオオオオオオオ!!

 

 凄まじい暴風が、敵艦隊の後列へ襲いかかった。

 巨大な帆が一斉に引き裂かれ、マストが根元から軋み始める。何隻もの船が、横から殴りつけられたように大きく傾いた。

 

「帆が破れたァァァ!!」

「マストを押さえろ!!」

「舵が利かねえ!!」

 

 めっちゃ慌てとるやん。

 せやけど、まだ始まったばっかりやで。

 

「ほな、次は雷やな!」

 

 俺は荒凪を空へ掲げた。

 

 黒い雷雲の中で、無数の光が走り始める。

 

 バチバチバチィィッ!!

 

「落雷!!」

 

 ドッゴオオオオオン!!

 

 雷光が、敵の大型艦へ降り注いだ。

 まずは前部マスト。続いて砲甲板。さらに、船尾の操舵室。

 

 狙った場所へ、次々に雷が落ちる。砲身が爆ぜ、舵が砕け、巨大な船が次々に動きを止めていった。

 

 いやあ。

 

 海戦って、ほんまにええな。

 

 俺の能力、こういうときは無茶苦茶便利や。

 敵船に捕まっとる奴隷がおらんかは、キットとガロからの報告に加えて、見聞色でも確認しとる。こっちへ向かってくるのは、ほとんどが武装した奴隷商人と傭兵の船ばっかりや。

 

 ほな、遠慮はいらんな。

 

「ガルド! 敵の左翼、崩れ始めたで!」

「おう!」

 

 ダグの報告が電伝虫から響いた。

 俺は荒凪を振り下ろし、敵の大型艦二隻の間へ、巨大な風の壁を作った。

 

 ゴオオオオッ!!

 

 二隻の船が、互いに反対方向へ押し流される。

 

 その隙間を縫うように、雷光を走らせた。

 

 バチィィィッ!!

 

 次の瞬間、二隻のマストが同時に爆ぜる。

 

「うわあああ!!」

「何なんだ、あいつはァァァ!!」

「ば、化け物ォォォ!!」

 

 ……。

 

 聞こえとるぞぉぉぉおおおおおおおおお!!

 

 何でやねん!! 人がせっかく格好よく戦っとるのに、もうちょい気の利いた呼び方ないんか!? 『嵐の剣豪』とか『大海の支配者』とか、いろいろあるやろ!!

 

 ……いや、待て。

 

 大海の支配者。

 ちょっと格好ええな。

 

「ガルド! 敵の旗艦が動いたで!」

「おっ!」

 

 ダグの声で、俺は視線を戻した。

 

 敵の旗艦は、残っとる大型艦を中央へ集め始めとった。

 

 なるほど。

 やっと指揮官らしいことし始めたな。

 

 まあ、今さら遅いけど。

 

 

―――

 

 

 九蛇海賊団の船首で、グロリオーサは、目の前の光景から視線を離せずにいた。

 

 彼女はこれまで、数え切れないほどの強敵と戦ってきた。

 

 海軍の将校。名の知れた海賊。巨大な海王類。いずれも、九蛇の戦士として、女帝として、己の剣と覇気で打ち倒してきた相手だ。

 

 だが、今、海の向こうで起こっている戦いは、そのどれとも違っていた。

 

「……何じゃ、これは」

 

 空一面を覆う巨大な雷雲。

 

 敵艦隊だけを襲う暴風。

 

 船のマストを正確に撃ち抜く落雷。

 

 四十二隻もの大艦隊が、たった一人の男によって、次々に戦闘不能へ追い込まれていく。

 しかも、彼女たちが乗る九蛇の船には、危険な風がほとんど届いていない。避難船へ向かう波も、途中で不自然なほど穏やかになっている。

 

 あの男は、味方を守りながら戦っているのだ。

 

 グロリオーサは、自分の胸元に手を当てた。

 心臓が、激しく鼓動していた。

 

 昨日、彼と剣を交えたときのことを思い出す。

 自分は全力を出した。

 

 剣術も、体術も、覇気も。

 

 それでも、最後には雷となって背後へ回り込まれ、首筋に大太刀の峰を突きつけられた。

 あのとき、確かに敗北を認めた。

 

 自分より強い男がいることを、初めて明確に意識した。

 

 しかし。

 

 今、目の前で起こっている光景は、その認識すら覆していた。

 昨日の戦いで、自分が見ていたのは、あの男の実力のほんの一部にすぎなかったのだ。

 

「あの男……妾との戦いでは、まだ力を隠しておったのか」

 

 思わず、声が漏れた。

 グロリオーサは、白羊号の船首へ視線を向けた。

 

 そこには、巨大な大太刀を片手で操る男が立っている。

 

 四メートル五十六センチの巨体。

 肩に担いだ大太刀。そして、海そのものを支配しているかのような、圧倒的な力。

 

 彼女は、今まで自分より強い男を知らなかったわけではない。だが、これほどまでに明確な実力差を、これほどまでに鮮烈な形で見せつけられたことはなかった。

 

 しかも、あの男は、ただ敵を破壊するだけではない。

 仲間の指示を信頼し、避難船を守り、敵を必要な場所へ誘導しながら、嵐を操っている。

 自分なら、あの状況でどう戦うだろう。

 

 おそらく、敵の旗艦へ突撃し、指揮官を討ち取ることを優先する。九蛇の戦士たちを率いれば、四十二隻を相手にしても、決して退くつもりはない。

 

 だが、あの男は違う。

 

 自分一人で、敵艦隊の動きを封じている。しかも、仲間たちが安全な場所へ逃げる時間まで稼いでいる。

 

 彼女は、無意識のうちに唇を噛んだ。

 

 悔しい。

 

 自分も強いはずなのに。

 あの男の隣に立って戦いたいと思うのに。

 今の戦場では、彼の力があまりにも大きすぎる。

 

 だが、その悔しさと同じくらい、いや、それ以上に。

 

 

 胸が、高鳴っていた。

 

 もっと見たい。

 

 あの男が、どこまで強いのか。

 

 どれほどの力を隠しているのか。

 

 そして、あの男が振り返ったとき、自分にどんな顔を見せるのか。

 そこまで考えて、グロリオーサは自分の思考に気づいた。

 

「……っ!?」

 

 頬が、急に熱くなった。

 

 何を考えておる、妾は。

 

 今は戦いの最中じゃぞ。

 

 女帝が、敵艦隊を前にして男の顔を思い浮かべてどうする!

 

 彼女は、慌てて首を振った。

 

「グロリオーサ様! 敵の快速船が、こちらへ接近しております!」

 

 部下の声に、彼女は即座に剣を抜いた。

 

「全員、弓を構えよ! 妾の合図で一斉に放て!」

 

 九蛇の戦士たちが、甲板へ並んだ。

 

 彼女自身も長弓を引き絞り、矢じりに武装色の覇気を流し込む。

 

「放て!!」

 

 何十本もの矢が、一斉に飛んでいった。

 

 ドゴォォン!!

 

 敵の快速船のマストが、次々に砕け散る。

 

 九蛇の戦士たちから、歓声が上がった。

 

 当然じゃ。

 

 妾とて、ただ見ているだけの女ではない。

 

 そう自分に言い聞かせ、彼女は再び弓を構えた。

 

 しかし。

 

 その視線は、どうしても白羊号の船首へ戻ってしまうのだった。

 

 

―――

 

 

 一方、そのころの俺。

 

「ダグ! めっちゃ楽しい!!」

「遊びちゃうわァァァ!!」

 

 怒られとった。何でやねん。

 

 敵の艦隊は、もう半分以上動けへんようになっとる。マストは折れ、舵は砕け、大砲も使い物にならへん。

 しかも、ダグが事前に敵の陣形を崩してくれたおかげで、今の俺は敵船だけを狙えばええ。

 

 これほど戦いやすい状況、なかなかないで。

 

「ガルド! 敵の旗艦が、残った船を集めとる!」

「おっ。ほんまや!」

 

 俺は水平線の向こうを見た。

 そこには、まだ無傷に近い巨大な旗艦が一隻。周囲には、十隻ほどの大型艦が集まっとる。

 

 おお。

 

 残存戦力を集結させるんか。

 

 ええ判断やな。

 

 

 

 

 

 普通の相手なら。

 

「ダグ。あれ、まとめて潰してええ?」

「待て。今、敵の旗艦が避難船の進路から外れたところや。北側へもう少し誘導してからや」

「了解!」

 

 俺は、荒凪を肩に担ぎ直した。

 黒い雷雲は、さらに厚くなっている。

 

 敵の船からは、慌ただしく信号旗が上がり続けとった。

 何やら、俺を包囲しようとしとるみたいやな。

 

 頑張るやん。

 

 せやけど、残念ながら、俺は船に乗って戦わなあかんわけちゃうねん。

 

「ほな、ちょっと行ってくるで!」

 

 俺は、雷になった。

 

 バチィィィッ!!

 

 次の瞬間、敵の旗艦の上空へ移動した。

 

「なっ!?」

「何だ、あの光は!?」

「上だ! 上を見ろォォォ!!」

 

 敵の船から、悲鳴が上がる。

 俺は空中で荒凪を構えた。

 

 

 ……さて。

 最後は、どうしたろか。

 

 雷だけで片づけるんも、ちょっと面白くないな。風だけやったら、さっきから散々使っとるし。

 せっかく、こんだけ大きな雷雲を作ったんや。

 

 ほな。

 

 あれ、やってみよか。

 

「ダグ! ちょっと、でかいの起こすで!」

「おう! ただし、北側やぞ! 九蛇の船がまだ南側におるからな!」

「分かっとる!」

 

 俺は荒凪を大きく振り上げた。

 

 その瞬間、海面の風が、一気に渦を巻き始めた。

 

 ゴオオオオオオオオ!!

 

 黒い雷雲から、巨大な雲の柱が伸びてくる。

 

 海面からは、白い水しぶきが巻き上がった。

 

 そして。

 

 空と海が、一本の巨大な渦でつながった。

 

「何だ、あれは……」

 

 敵の旗艦から、誰かの声が聞こえた。

 

 おお。

 

 ええ反応やな。

 

 もっと驚いてええで。

 

「荒天――!」

 

 俺は荒凪を振り下ろした。

 

「大竜巻!!」

 

 ドッゴオオオオオオオオオオン!!

 

 巨大な竜巻が、敵の旗艦を真正面から呑み込んだ。

 

 マストが折れ、帆がちぎれ、甲板に固定されとった大砲が次々に吹き飛んでいく。

 

 さらに、竜巻の外側を回る暴風が、周囲の大型艦へ襲いかかった。

 

「うわああああ!!」

「旗艦が! 旗艦が消える!!」

「全船、退避しろォォォ!!」

 

 敵艦隊が、完全に混乱し始めた。

 

 そらそうやろな。

 

 旗艦が竜巻に呑み込まれとるんやから。

 

 しかも、ほかの船まで暴風で進路を変えられ、互いにぶつかりそうになっとる。

 

 何や、めっちゃええ感じやん。

 

 俺は荒凪を肩に担いだ。

 

 よし。

 

 これで、最後の仕上げやな。

 

「ダグ! 敵の旗艦、止めたで!」

「確認した! ほな、残りの船もまとめて制圧や!」

「了解!」

 

 俺は、荒凪を空へ掲げた。

 

 黒い雷雲が、最後の雷を蓄え始める。

 

 バチバチバチィィッ!!

 

「ほな、これで終わりや!」

 

 荒凪を、一直線に振り下ろした。

 

 次の瞬間。

 

 ドッゴオオオオオオオオオオン!!

 

 雷光が、敵艦隊の中央へ降り注いだ。

 

 

 

 

 

 轟音。

 

 

 閃光。

 

 

 そして、凄まじい衝撃。

 

 

 

 敵の大型艦が、次々に動きを止めていく。

 

 終わった。

 

 俺は荒凪を鞘に納めた。

 黒い雲が、ゆっくりと晴れ始める。海面には、マストの折れた敵船が、あちこちに漂っとった。

 

 四十二隻。

 

 全部、航行不能。

 

 いやあ。

 大成功やん。

 

「ダグ! 終わったで!」

「分かっとるわ! ほな、さっさと戻ってこい!」

「了解!」

 

 俺は雷になった。

 

 バチィィィッ!!

 

 次の瞬間、白羊号の甲板へ戻った。

 

 いやあ。

 今日も、ええ仕事したな。

 

 

―――

 

 

 グロリオーサは、九蛇海賊団の船首に立ったまま、言葉を失っていた。

 目の前には、凄まじい光景が広がっている。

 

 四十二隻もの大艦隊。

 そのすべてが、一人の男によって戦闘不能へ追い込まれた。

 しかも、避難船には一隻の被害も出ていない。

 

 自分たち九蛇の船も、ほとんど損傷していない。

 あの男は、単に敵を破壊しただけではない。味方を守りながら、海そのものを支配していたのだ。

 

「何という男じゃ……」

 

 グロリオーサは、思わず呟いた。

 

 これまで、数え切れないほどの強者と戦ってきた。海軍の将校。名の知れた海賊。巨大な海王類。それらを相手に、自分は一歩も退かずに戦ってきた。

 

 だが、たった一人で、艦隊を壊滅させる男。

 

 そんな存在は、初めて見た。

 しかも、昨日、自分が剣を交えた男だ。

 あのとき、自分は確かに全力を出した。それでも勝てなかった。しかし、今の戦いを見れば分かる。

 

 あの男は、昨日の戦いでは、まだ本当の実力を見せていなかったのだ。

 

「あの男……妾との戦いでは、まだ力を隠しておったのか」

 

 グロリオーサは、白羊号を見つめた。

 その船首には、先ほどまで海を支配していた男が立っている。

 

 巨大な大太刀を肩に担ぎ、仲間たちへ向かって笑っている。

 

 その姿を見た瞬間、胸が強く締めつけられた。

 

 心臓が、激しく鼓動する。

 

 顔が、熱くなる。

 

 今まで経験したことのない感覚だった。

 

 戦いの興奮ではない。

 

 勝利の喜びでもない。

 

 あの男を見ているだけで、胸が高鳴る。

 

 声を聞きたい。もっと近くで、あの笑顔を見たい。もう一度、あの男と剣を交えたい。

 

 いや。

 

 それだけではない。

 

 あの男の隣に立ちたい。

 

 自分と同じ戦場で、同じ敵と戦いたい。

 

 そして、いつか。

 

 あの男に、自分のすべてを認めさせたい。

 

「……っ!?」

 

 そこまで考えて、グロリオーサは自分の胸元を押さえた。

 

 何を考えておる、妾は。

 

 妾は、九蛇の女帝じゃぞ。

 

 自分より強い男に心を奪われるなど、そんなことが……。

 

 だが、否定しようとするほど、心臓は激しく鼓動した。

 

 グロリオーサは、ゆっくりと白羊号へ視線を戻した。

 

 そこには、雷光とともに帰還したばかりのガルドが立っていた。

 

 四メートル五十六センチの巨体。

 

 巨大な大太刀。

 

 そして、先ほどまで海そのものを支配していた、圧倒的な力。

 

 彼女は、その姿を見つめながら、ついに認めざるを得なかった。

 

 妾は。

 

 あの男に、惚れてしまったのじゃ。

 

 そう自覚した瞬間、顔が一気に熱くなった。

 

 九蛇の女帝としての誇りも、これまで積み重ねてきた戦歴も、今だけはどうでもよかった。

 

 ただ、あの男が眩しかった。

 

 強くて。

 

 自由で。

 

 仲間を信頼し。

 

 自分より弱い人間を守るために、その圧倒的な力を振るう。

 

 そんな男が、この世にいたのだ。

 

「……ガルド」

 

 グロリオーサは、思わずその名を呟いた。

 

 名前を口にしただけで、胸が高鳴る。

 

 自分でも、信じられなかった。

 

 だが、それ以上に。

 

 もう、自分の感情を抑えられる気がしなかった。

 

 

―――

 

 

 さて。

 

 そのころの俺。

 

「ガルドォォォ!!」

 

 帰還早々、ダグに怒鳴られとった。

 何でやねん。俺、さっき四十二隻の大艦隊を一人で壊滅させてきたんやぞ!?

 

 もうちょい、こう、英雄扱いしてくれてもええんちゃう!?

 

「何やねん! ちゃんと全部倒したやろ!」

「お前! もうちょい右で竜巻起こせ言うたやろ!」

「しゃあないやろ! あんなデカい竜巻、微調整でけへんわ!」

「微調整でけへんのやったら、最初からあんなデカい竜巻起こすなァァァ!!」

 

 そらそうやな!!

 

 いや、待て。

 俺、今めっちゃ納得しかけたけど、そもそも敵の艦隊は全部倒したんやで!?

 

「でも、避難船には当たらんかったやろ!」

「当たらんかったからええって話ちゃう! 九蛇の船、あとちょっとで巻き込まれるところやったんやぞ!」

「……マジで?」

「マジや!」

 

 あっ。

 それは、ちょっとまずいな。

 

 俺は九蛇の船へ視線を向けた。

 

 そこには、グロリオーサが立っとった。

 

 おっ。何や。

 

 めっちゃこっち見とるやん。

 

「おーい! グロリオーサ!」

 

 俺は大きく手を振った。

 

「さっきの竜巻、大丈夫やったか!?」

 

 グロリオーサが、びくっと肩を揺らした。

 

 何や? また顔赤いで?

 

「も、問題ない! 妾の船を侮るでない!」

「おお! さすがやな!」

 

 俺が笑うと、グロリオーサは慌てたように顔を背けた。

 何やろ。昨日から、ずっとこんな感じやな。

 

 ほんまに、熱でもあるんちゃうか?

 

「ガルド! 聞いとるんか!」

「聞いとるわ!」

「ほな、次から竜巻はもっと右や!」

「分かった分かった!」

 

 俺はダグの肩を叩いた。

 

「まあ、今回は大成功やったやろ!」

「……せやな」

 

 ダグが、ようやく笑った。

 

「避難船は全隻無事。救出した奴らも、全員安全な海域へ出られた。敵の艦隊も、もう追ってこれへん」

「おお!」

 

 俺は、思わず拳を突き上げた。

 

「よっしゃああああ!!」

 

 甲板に、仲間たちの歓声が響いた。

 

 トーマとトーラが、互いに肩を組んで騒いどる。バオは救出した奴隷たちに飯を配り始めた。ネネは、まだ治療が必要な人間がおらんか確認しとる。

 ミラは、ようやく落ち着いた顔で海図を畳んどった。

 そして、ゼン。

 

「ガルド」

「何や?」

「今回、敵の船は全部沈めたんか?」

「いや、動けへんようにしただけやで?」

「……ほう」

 

 ゼンの目が、急に輝いた。

 

 あっ。

 

 嫌な予感がする。

 

「ということは、船体が残っとる船もあるんやな?」

「まあ、あるで?」

「なら、後で回収できる船材や積荷も……」

「おいおいおい! まだ戦闘終わったばっかりやぞ!?」

 

 ゼンが、ものすごい勢いで帳簿を開いた。

 

 あかん。

 

 こいつ、海戦の直後に商売始める気や。

 

 ほんま、うちの会計担当はたくましいなぁ。

 

「ガルド! 次から敵の船は、できるだけ沈めずに拿捕してくれ!」

「何でやねん!!」

 

 俺の楽しみが減るやろ!!

 

 しかも、さっきまでダグには竜巻の位置で怒られとったのに、今度はゼンに敵船の破壊具合で怒られとる。

 

 俺、船長やで!?

 

 四十二隻を一人で壊滅させた男やで!?

 

 もうちょい、こう、威厳とかないん!?

 

 ないな。

 

 うちの連中に、そんなもん期待したらあかんわ。

 

 

―――

 

 

 その夜。

 

 白羊号と九蛇の船は、避難船を挟むようにして、穏やかな海域を進んどった。

 

 救出された奴隷たちは、ようやく安心して眠れるようになったらしい。甲板では子供たちが毛布にくるまり、大人たちも、久しぶりに落ち着いた顔を見せとった。

 

 俺は船首に座り、夜の海を眺めていた。

 

 昼間、あれほど荒れ狂っとった海が、今は嘘みたいに静かや。

 

 空には星が出とる。

 

 ……いやあ。

 

 ええ夜やな。

 

「ガルド」

 

 背後から声がした。

 

 振り返ると、グロリオーサが立っとった。

 

 おっ。

 

 女帝様やん。

 

「何や? まだ起きとったん?」

「……少し、話がしたくてな」

 

 彼女は、俺の隣へ歩いてきた。

 

 俺は少しだけ身体をずらし、座る場所を空けた。

 

「ほな、座りや」

「……うむ」

 

 グロリオーサは、俺の隣へ腰を下ろした。

 

 しばらく、二人で海を眺める。

 

 ……何や。

 

 珍しく静かやな。

 

 いつもやったら、何かにつけて俺に文句言うてくるのに。

 

「……ガルド」

「何や?」

「……お主は、本当に不思議な男じゃな」

「またそれかいな!」

 

 俺は、思わず笑ってもうた。

 

「昨日から、ずっと同じこと言うとるで!」

「仕方あるまい。妾の知る男の中に、お主のような者はおらぬのじゃ」

「……そうなん?」

「うむ」

 

 グロリオーサは、ゆっくり頷いた。

 

「妾は、これまで数え切れぬほどの強者と戦ってきた。海軍とも、海賊とも、巨大な海王類ともな。だが、今日のような光景は、初めて見た」

「……おお」

「たった一人で、あれほどの艦隊を壊滅させる男など……」

 

 彼女は、そこで言葉を切った。

 

 俺は首を傾げた。

 

「……何や?」

「……いや、何でもない!」

 

 また顔赤いで。ほんまに大丈夫なんか、この人。

 

「グロリオーサ。やっぱり、ネネに診てもらった方がええんちゃう?」

「やかましい!!」

「心配しとるだけやんけ!!」

 

 何やねん。

 女帝様、ほんまに難しい人やな。

 

 でも、まあ。

 嫌いではないで。

 

 むしろ、あれだけ強くて、仲間思いで、しかも俺と普通に斬り合える女なんか、そうそうおらんやろ。

 

「……なあ、グロリオーサ」

「何じゃ?」

「また、今度一緒に戦おうや」

 

 俺がそう言うと、彼女は目を丸くした。

 

「……何?」

「今日みたいなんも楽しかったけど、昨日みたいに直接斬り合うんもええしな。お前、めっちゃ強いし!」

 

 グロリオーサは、しばらく俺を見つめとった。

 

 そして。

 

「……うむ」

 

 小さく頷いた。

 

「妾も、そう願っておる」

 

 めっちゃ素直やん。

 俺は嬉しくなって、ニッコリ笑った。

 

「ほな、約束やで!」

 

 その瞬間、グロリオーサが、なぜか顔を真っ赤にして俯いた。

 

 ……何や。

 

 ほんまに、よう分からん。

 

 俺は空を見上げた。

 

 満天の星。

 

 穏やかな海。

 

 そして、隣には、昨日出会ったばかりの九蛇の女帝様。

 

 いやあ。

 

 何やろな。

 

 世界って、ほんまに広いわ。

 

 ……。

 

 ちなみに。

 

 このときの俺は、まだ気づいてへんかった。

 

 グロリオーサが、俺の隣で必死に胸の高鳴りを抑えようとしとったことも。

 自分より強い男に、心の底から惚れてしまったことも。

 

 そして。

 

 その恋が、これから俺の日常を、とんでもない方向へひっくり返すことになるなんて。

 ……。

 

 知るかァァァァ!!

 

 俺、まだ十八歳やぞ!!

 

 しかも、船出してからまだ数日やぞ!?

 

 恋愛より先に、船の修理代と食費の心配せなあかんねん!!

 

 まあ。

 

 そんなことは、まだ誰にも言わへんけどな。

 

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