大海の大嵐   作:近所の戦闘狂

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所詮設定と世界観とストーリーだけ考えてあとはAI君に頑張ってもらって手直ししてるだけなのでほんとにもうお気に入りとか好きにしていただいて大丈夫なんですけど評価だけはしないでくださいなんでもするからaiに書かせた小説でランキングなにがしかでも乗ろうもんならorz


# 第6話 荒凪――船大工、ついに船を造るのをやめる

海へ出ると決めた。

 

決めたんやけど。

 

「……何から始めたらええんや?」

 

俺は港の真ん中で腕を組んでいた。

目の前には白羊号。父ちゃんが昔から使っとる船である。

帆はある。船体もある。舵もある。なんなら船首には立派な白い羊までおる。

完璧やん。

これに乗って海へ出ればええんやな。

 

「ガルド。お前、今から何しようとしとる?」

 

背後からダグの声がした。

 

「出航の準備や」

「具体的には?」

「船を見とる」

「準備の概念が広すぎるやろ」

 

失礼な。

まず現状把握から始めるのは、あらゆる仕事の基本やぞ。

前世の社会人経験が火を噴くところや。

 

「ほな、現状把握の結果を聞かせてもらおか」

「船がある」

「うん」

「海がある」

「うん」

「俺がおる」

「一番不安な要素を最後に持ってくんな」

 

何やねん。

お前、自称右腕のくせに船長への敬意が足らんのとちゃうか。

 

いや、待て。

船長?

 

「……俺、船長なん?」

「お前以外に誰がおんねん」

「お前とか」

「俺は右腕や」

「任命した覚えないんやけど」

「五歳のときから右腕やっとる男に今さら何言うとんねん」

「お前が勝手に名乗り始めただけやろ!」

 

俺が五歳、こいつが九歳。

初対面で食料泥棒と勘違いして殴り倒してから、早十三年。

未だに右腕の辞令を出した記憶がない。

このままでは海賊団の人事制度が崩壊する。

設立前から崩壊しとる組織って何やねん。

 

「で、船長。まず何が必要や?」

「……食料?」

「そうやな」

「水?」

「そうやな」

「航海士?」

「それは絶対や」

「船医?」

「おらんと死ぬ」

「船大工?」

「白羊号を海の藻屑にしたいなら要らん」

 

あかん。

必要なもん多すぎる。

 

「海賊ってもっとこう、勢いで出航するもんちゃうんか?」

「勢いで出航した奴の大半は帰ってこられへんのやろな」

「夢がない!」

「夢を見るにも飲み水は要るんや!」

 

正論パンチ。

やめてくれ。

俺はまだ冒険の第一歩を踏み出したばっかりやぞ。

 

「ほな、まず仲間集めやな」

「せやな。で、誰を誘う?」

「……自警団の連中?」

「全員連れてったら島の防衛は誰がすんねん」

 

あかん。

船長就任から五分で故郷を無防備にするところやった。

 

自警団の詰所には、既に主だった連中が集まっていた。

 

ワカバを筆頭に、ダグ、ミラ、ネネ、バオ、ゴルド、キット、ゼン、ボンゴ、イヴォ、ガロ。それから双子のトーマとトーラ。

俺が呼んだわけやない。

誰かが勝手に集めたらしい。

 

「副団長が海へ出るんやろ。そら会議くらい開くわ」

 

ミラが地図を広げながら言った。

 

「まだ誰を連れてくかも決まってへんのやけど」

「せやから決めるんや」

「なるほど」

 

早くも船長の存在意義が危うい。

俺、もしかして会議室の置物か?

 

「まず確認や」

 

ゼンが帳簿を開いた。

島の会計を一手に引き受けとる男である。

こいつが帳簿を開くと、何となく全員の背筋が伸びる。

ワカバまで煙草を灰皿に置いた。

強い。

たぶん島で一番強い。

 

「白羊号は島の共有財産や。勝手に持っていくわけにはいかん」

「……はい」

「修理費、食料費、予備の帆、縄、工具、薬、航海用の備品。全部でこれだけ必要や」

 

差し出された紙を見た。

 

俺は紙を裏返した。

 

「何しとんねん」

「裏にもっと安い金額が書いてある可能性を探っとる」

「ないわ」

「ゼロが一個多ない?」

「お前の身長に合わせて船内を改装するからや!」

「俺のせい!?」

 

俺が四百五十六センチあるばっかりに!

生まれて初めて縮みたいと思ったわ!

 

「そもそも、俺が船室に入らんでも甲板で寝たらええやろ」

「嵐の日はどうすんねん」

「俺が嵐や」

「お前が嵐でも濡れるもんは濡れるわ!」

 

一同が黙った。

 

……いや、何でや。

今の、ちょっと格好よかったやろ。

「俺が嵐や」やぞ。

主人公の決め台詞やぞ。

 

「ガルド、そういうのは戦闘中に言え」

 

ワカバにまで注意された。

親父、俺の見せ場を潰すのやめてくれへん?

 

「で、誰が行くんや?」

 

ダグが話を戻した。

 

「俺は行く。これは決定事項や」

「お前は最初からそのつもりやったな」

「右腕やからな」

「その肩書きの出どころを一回調べたい」

 

ミラが地図を畳んだ。

 

「うちは行くで。航海士なしでお前らを海に出したら、三日で知らん大陸に上陸して『ここラフテルちゃうか?』とか言い出すやろ」

「言わへんわ!」

「お前、去年、島の北側の入り江を新しい島やと思っとったやん」

「あれは霧が濃かったんや!」

「生まれ育った島やぞ!」

 

くっ。

過去の失敗が採用面接に響いとる。

 

ネネも手を挙げた。

 

「うちも行く。ガルドが海で怪我したら、まともに診られる人間がおらん」

「俺、そんなに怪我せえへんで」

「先週、素振りで肩を脱臼しかけた奴が何言うとんねん」

「あれは木剣の重心が悪かったんや」

「船を木剣代わりに使う男に重心の話をされたないわ!」

 

医者は怖い。

海へ出ても逆らわんとこ。

 

バオは腕を組んでいた。

 

「俺も行くわ」

「おお! 料理人!」

「お前らだけで行かせたら、初日に釣った魚を生で食うやろ」

「刺身って文化があるんやで?」

「寄生虫って文化もあるんやで?」

 

やめろ。

急に現実的な話をするな。

海賊漫画に衛生管理の概念を持ち込むな。

 

その後も何人かが名乗りを上げた。

逆に、島に残ると言った連中もおる。

 

トーマとトーラは、互いの顔を見合わせてから、しばらく黙っていた。

 

「俺ら、どうする?」

「どうする言われてもな」

「二人とも行ったら港の守りが薄なるし」

「片方だけ残るんも何か嫌やな」

「お前、俺がおらんと寂しいんか?」

「いや、別に」

「俺は寂しい」

「素直か!」

 

双子の会話に割って入る隙がない。

こいつら、生まれる前から漫才の稽古でもしとったんか。

 

ワカバが口を開いた。

 

「今ここで全員決めんでもええ。船の準備には時間がかかる。残る奴も、行く奴も、自分で決めろ」

「せやな」

 

俺は頷いた。

誰かを守るために海へ出るのに、仲間の人生を俺が勝手に決めたら本末転倒や。

 

「ただし」

 

ワカバが俺を見た。

 

「ガルド。お前は今日から副団長の仕事を引き継げ」

「……え?」

「島を出るんやろ。後任を決めて、今の仕事を全部渡せ」

「……え?」

「それが終わるまで出航禁止や」

「ちょっと待って! 海賊になるのに引き継ぎ業務あんの!?」

 

あるらしい。

 

夢と自由の大海原へ出る前に、俺は事務仕事に捕まった。

 

三日後。

 

俺は机に突っ伏していた。

 

書類。

書類。

書類。

書類。

 

何やこれ。

政府の役所でもここまで書類ないやろ。

 

「副団長、ここの巡回表、来月分が抜けとるで」

「俺、来月おらへんのやけど」

「せやから引き継ぐんやろ」

「正論やめて!」

 

キットが窓から顔を出した。

 

「ガルド! ゴルドがお前呼んどるで!」

「何や!? 船の修理終わったんか!?」

「知らん! とにかく来い言うとった!」

 

俺は椅子を蹴って立ち上がった。

 

「よっしゃ! 行くで!」

「書類は?」

 

ゼンの声がした。

 

俺は静かに椅子へ座り直した。

 

「……あと何枚?」

「二十七枚」

「海軍に投降してもええかな」

「逃亡奴隷を守った張本人が何言うとんねん」

 

ゼンは強い。

ワカバとの稽古より精神を削られる。

 

結局、二十七枚を片づけてから造船場へ向かった。

なお、途中で三枚差し戻された。

俺は泣いた。

 

造船場に入った瞬間、妙な音が聞こえた。

 

カン。

カン。

カン。

 

金属を叩く音。

 

ゴルドは船大工や。

木を切って、船底を直して、帆柱を組み立てる男や。

金属加工もできるけど、鍛冶場にこもることは珍しい。

 

そのゴルドが、炉の前で大汗をかいていた。

 

「おお、来たか」

 

振り返った顔がひどい。

目の下には隈。髭は伸び放題。服は煤まみれ。

三日で十歳くらい老けとる。

 

「……お前、何があったん?」

「刀を造っとる」

「誰の?」

「お前のや!」

「えっ」

 

思わず間抜けな声が出た。

 

「覚えとるか? お前が十三のとき、廃船の船首つかんで振り回しとったやろ」

「覚えとるで。あれ、意外と握り心地よかったんよな」

「俺の造船場で船首の握り心地を評価すんな!」

 

ゴルドが金槌を振り上げた。

 

「そのとき約束したやろ。いつか、お前専用の刀を造ったるって」

「……ああ」

 

覚えとる。

木剣が次々折れる俺に、ゴルドが半ば泣きながら言うたんや。

 

「まさか、ずっと造っとったん?」

「ずっと構想は練っとった。実際に打ち始めたんは最近や。お前、また背ぇ伸びよったからな」

「成長期やし」

「四百五十六センチの成長期はもうええ!」

 

すまん。

俺も好きで伸びとるわけちゃうねん。

 

ゴルドは炉の横に置かれた巨大な金属の塊を指さした。

 

「最初は普通の大太刀を考えとった。せやけど、お前の腕力やと刃が持たん。かといって厚くしたら、ただの鉄の板や」

「鉄の板でもええで?」

「刀を造る言うとるやろ!」

「でも、鉄の板を武装色で固めたら強そうやん」

「お前、鍛冶職人の存在意義を全否定すんな!」

 

ごもっとも。

 

「せやから、刃の形から考え直した」

 

ゴルドが布を取った。

 

そこには、まだ完成していない巨大な刀身があった。

長い。

とにかく長い。

しかも、ただ長いだけやない。幅も厚みもある。

俺の体格に合わせて造られた、普通の人間なら両手でも持ち上げるのが難しそうな代物や。

 

「……これ、刀?」

「刀や」

「船の竜骨ちゃうん?」

「刀や!」

「俺が知っとる刀とサイズ感が違いすぎるんやけど」

「お前が知っとる人間のサイズ感も大概おかしいわ!」

 

反論できん。

 

ゴルドは刀身の根元を指で叩いた。

 

「刃は少し反らせとる。先端まで力が逃げるようにして、根元は分厚くした。お前が覇気を流しても耐えられるようにな」

「……おお」

「あと、お前は普通の剣士と違う。風を使うやろ」

「使うで」

「せやから、風の流れを邪魔せん形にしたいんや」

 

俺は刀身を見つめた。

ただ巨大な鉄の塊に見えたものが、少し違って見えた。

 

「……ゴルド」

「何や」

「めっちゃ考えてくれとるやん」

「当たり前やろ」

 

ゴルドは鼻を鳴らした。

 

「十三のガキが船首を振り回しとるのを見てから、ずっと考えとったんや。あんなもんを武器にされたら、船大工としての誇りが死ぬ」

「俺への友情より職業倫理が先なん?」

「両方や!」

 

照れ隠しが雑やな。

でも、ありがたい。

 

「で、完成はいつなん?」

「まだ仕上げが残っとる。柄も鞘もこれからや」

「ほな手伝うで」

「お前に?」

「おう」

「鍛冶場で?」

「おう」

「……絶対に炉に触るなよ」

「何でや」

「お前、風を出せるやろ」

「火力上がるやん!」

「鍛冶場を爆発させる気か!!」

 

危ないところやった。

善意で建物を消し飛ばすところやったわ。

 

その日の夕方。

 

俺はゴルドの指示で、刀身を運ぶことになった。

 

「両手で持てよ」

「分かっとる」

「絶対に落とすなよ」

「分かっとる」

「絶対に振り回すなよ」

「……分かっとる」

「今ちょっと間があったな!?」

 

信用がない。

十三歳のときの一件をいつまで引きずるつもりや。

 

俺は刀身を持ち上げた。

重い。

でも、振れへんほどやない。

むしろ、ちょうどええ。

 

……いや、待て。

これ、ちょっと試しに振ったらどうなるんやろ。

 

「ガルド」

 

背後から声がした。

 

ワカバやった。

 

「……何や、父ちゃん」

「今、振ろうとしたやろ」

「してへん」

「目が振っとる」

「目が振るって何やねん!」

 

恐ろしい。

この親父、俺の行動を見聞色なしで読んでくる。

十八年も育てたら、息子の考えくらい分かるんか。

それとも、俺の考えが顔に出すぎなんか。

 

「ええ刀になりそうやな」

 

ワカバが刀身を眺めた。

 

「せやろ。ゴルドが造ってくれとるんや」

「知っとる。材料を選ぶときに相談された」

「……父ちゃんも関わっとったん?」

「少しな」

「少しって、どのくらい?」

「お前の力の癖を教えたくらいや」

「それ、めちゃくちゃ重要な情報ちゃうん!?」

 

ゴルドが奥から叫んだ。

 

「重要どころちゃうわ! 最初の設計、ワカバに見せたら三か所も駄目出しされたんやぞ!」

「三か所?」

「刃の厚みと、柄の長さと、重心や!」

「全部やん!」

「せやから最初から造り直したんや!」

 

俺の知らんところで、親父とゴルドが共同開発しとった。

何やねん。

息子へのサプライズ企画か。

俺だけプロジェクトから外されとるやないか。

 

「父ちゃん、先に言うてくれたらええのに」

「言うたらお前、完成前に振り回すやろ」

「そんなこと……」

 

ゴルドがこちらを見た。

 

ワカバもこちらを見た。

 

俺は刀身をそっと作業台へ戻した。

 

「……反省してます」

 

翌日から、俺は造船場へ通った。

 

と言っても、鍛冶仕事はできへん。

せいぜい材料を運んだり、作業台を押さえたり、ゴルドが寝落ちしそうになったら起こしたりする程度や。

 

「ゴルド、寝るな!」

「寝てへん!」

「今、金槌を枕にしようとしとったで!」

「……ちょっとだけ寝る」

「危ないから普通の枕使え!」

 

途中からネネまでやって来た。

 

「ゴルド。あんた、何時間寝とる?」

「……四時間」

「一日?」

「三日で」

「今すぐ寝ろ!!」

 

医者の一喝で鍛冶場の火が落とされた。

ネネ、強すぎる。

こいつを連れて海へ出るの、ちょっと怖なってきた。

 

ゴルドが寝ている間、俺は港の修理を手伝った。

砲撃で壊れた桟橋は、ようやく半分ほど直っていた。

政府の艦隊が去ってから、島の連中は休む間もなく働いている。

 

「ガルド兄! そっちの木材持ってくれ!」

 

トーマが叫んだ。

 

「おう!」

 

俺は木材を持ち上げた。

 

「……一本でええぞ」

「え?」

「全部持つな! 荷車が空になるやろ!」

 

あかん。

つい癖で。

 

「ガルド兄、力仕事は便利やけど加減ができへんよな」

 

トーラが笑った。

 

「お前らも似たようなもんやろ」

「俺らは斧を振り回すだけや」

「それも大概やぞ!」

 

双子は顔を見合わせて笑った。

 

「なあ、ガルド兄」

「何や」

「俺ら、まだ決めてへんねん。海へ行くか、島に残るか」

「せやな」

「どっちがええと思う?」

 

俺は少し考えた。

 

こいつらは昔から一緒やった。

喧嘩もしたし、訓練もした。

港で騒いでワカバに怒られたことも、一回や二回やない。

 

できれば、一緒に来てほしい。

でも。

 

「俺はお前らと海へ出たいで」

 

二人が顔を上げた。

 

「せやけど、残りたいなら残ってくれ。島のことも心配やしな」

「……何や、引き止めへんの?」

「引き止めたら残るんか?」

「いや、それは……」

「ほな自分らで決めえや」

 

俺は木材を肩に担ぎ直した。

 

「俺ら、もうガキちゃうやろ」

「……お前に言われると腹立つな」

「何でや!」

「さっき荷車の木材全部持ってった奴に大人ぶられてもな」

「それとこれとは別やろ!」

 

二人が笑った。

俺も笑った。

 

海へ出るって、こういうことなんかもしれん。

一緒におるのが当たり前やった連中と、別々の道を選ぶかもしれへん。

それでも、帰ってくる場所が同じなら、縁まで切れるわけやない。

 

……何や。

俺、ちょっと大人になったんちゃうか。

 

「ガルド! その木材、置く場所が逆や!」

 

大人への道は遠かった。

 

さらに数日後。

 

ゴルドから、造船場へ来いと呼び出された。

 

今度はダグも一緒や。

 

「何やろな」

「刀ができたんちゃうか」

「せやったら嬉しいんやけど」

「俺の錨も改造してくれへんかな」

「お前の錨、これ以上でかくしてどうすんねん」

「船ごと引っ張れるようにしたい」

「港湾設備になる気か!?」

 

造船場の扉を開けた。

 

中にはゴルドがおった。

ワカバもおる。

それから、作業台の上に長い布で覆われた何かが置かれていた。

 

「……おお」

 

思わず声が漏れた。

 

ゴルドは腕を組んでいた。

隈はまだ残っとるけど、妙に満足そうな顔や。

 

「完成や」

 

布が外された。

 

そこにあったのは、巨大な一振りの刀だった。

 

長大な刀身。

緩やかに反った刃。

刃元は厚く、切っ先へ向かって鋭く絞られている。

柄は俺の両手でも余裕を持って握れる長さで、滑り止めの巻き方まで工夫されとった。

鞘は頑丈な木を芯にして、外側を金属で補強してある。

 

普通の剣士が見たら、たぶん刀やなくて建築資材やと思うやろな。

 

でも、俺には分かった。

 

これや。

 

これが、俺の刀や。

 

「持ってみい」

 

ゴルドが言った。

 

俺は柄を握った。

持ち上げる。

重みが手に伝わった。

ただ重いんやない。

重心が、俺の腕の動きにぴたりと合う。

 

「……すげえ」

 

自然と声が出た。

 

「せやろ」

 

ゴルドが笑った。

 

「十三のときから考えとった。お前がどんだけ力を込めても折れへんように。お前が風を使っても振り抜けるように。ワカバとも相談して、何回も造り直したんや」

「……ありがとう」

 

俺は刀を見つめた。

 

「名前は?」

 

ゴルドが尋ねた。

 

「え?」

「名前や。刀の名前。お前が決めえ」

 

名前。

そう言われると、急に難しい。

 

俺は刀身を見た。

鈍く光る刃。

重く、荒々しく、それでいて不思議と手に馴染む一振り。

 

海へ出る。

嵐を越える。

守りたいもんを守る。

 

……よし。

 

「荒凪」

 

俺は言った。

 

「荒凪、や」

 

ゴルドが眉を上げた。

 

「ほう。どういう意味や?」

「荒れる海を、凪に変える。……みたいな?」

「みたいなって何やねん! 自分でつけた名前やろ!」

「今、考えたんやからしゃあないやろ!」

 

ダグが横から覗き込んだ。

 

「ええ名前やん。荒凪。俺の錨にも名前つけよかな」

「何にすんねん」

「超巨大錨」

「そのまんまやないか!」

「ほな、超巨大錨・改」

「改造してから名乗れ!」

 

ゴルドが腹を抱えて笑った。

ワカバまで口元を緩めとる。

 

俺はもう一度、荒凪を握り直した。

 

「……ちょっと振ってええ?」

「外でな」

 

ゴルドの返事が異様に速かった。

 

「まだ何もしてへんやろ!」

「お前が『ちょっと振る』言うて、何回造船場を壊しかけたと思っとんねん!」

「……二回?」

「七回や!!」

 

多いな。

俺の記憶、都合よく改竄されとるかもしれん。

 

 

 

 

---

 

造船場の裏手には、広い訓練場がある。

 

俺は荒凪を構えた。

向かいにはワカバ。

 

……何で?

 

「父ちゃん、何で構えとるん?」

「試し斬りするんやろ」

「せやで」

「ほな相手が要るやろ」

「丸太とかでええやん!?」

 

ワカバは仕込み杖型の長剣を抜いた。

 

「刀は、振っただけでは分からん」

「せやけど、初日から親父と試合ってどうなん!?」

「お前が本気で振っても耐えられるか、確かめなあかんやろ」

「それはそうやけど、俺の心が先に折れる可能性は考慮されへんの!?」

 

ゴルドが腕を組んで見物し始めた。

 

「やれやれ! 俺の刀がどこまで持つか見たい!」

「俺の心配もしてくれへん!?」

「お前は多少殴られても平気やろ」

「友情の方向性が間違っとる!」

 

ダグは既に特等席を確保していた。

 

「ガルド! 負けたら船長交代な!」

「お前、今まで一回でも俺に勝ったことあんのか!」

「ない!」

「堂々と言うな!」

 

ワカバが笑った。

 

「始めるで」

 

次の瞬間、空気が変わった。

 

俺は荒凪を構え直した。

見聞色を広げる。

ワカバの呼吸。足の向き。肩の動き。剣先。

一秒先の未来が見えた。

 

右から斬撃。

 

俺は荒凪を横に振った。

 

ガギィン!

 

金属がぶつかる音が訓練場に響いた。

手応えがある。

荒凪はびくともせえへん。

 

「おおっ! 父ちゃん! これ、めっちゃええで!」

「まだ一合目や」

 

ワカバの剣が滑った。

 

あっ。

 

見聞色が次の未来を映す。

左肩。いや、違う。腹。いや、そこも違う。

ワカバが、まだ攻撃を決めてへん。

 

相変わらず意味が分からん。

この親父、未来予知への対策が完璧すぎる。

 

俺は一歩踏み込み、荒凪を振り下ろした。

ワカバは受けた。

剣同士がぶつかる。

衝撃が地面を走った。

 

「……ほう。ええ刀やな」

「せやろ!」

 

俺はさらに踏み込んだ。

右。左。袈裟斬り。切り返し。

荒凪が風を切る。

いや、俺が風を起こしとるから、実際に風を切っとるのかどうか分からん。

何やこのややこしい能力。

 

ワカバの剣が、俺の刃を受け流した。

 

次の瞬間。

 

「うおっ!?」

 

足を払われた。

 

四百五十六センチの巨体が、盛大に地面へ転がる。

 

ズドォン!

 

訓練場が揺れた。

 

「……父ちゃん」

「何や」

「新しい刀の試し斬りやんな?」

「せやで」

「何で俺が地面を試し斬りしとるん?」

「足元がお留守やったからや」

 

くっそ。

正論や。

 

でも、前よりずっとええ。

いつもの木剣やったら、今の打ち合いの途中で折れとった。

荒凪は傷ひとつない。

 

「もう一回や!」

 

俺は立ち上がった。

 

ワカバが笑った。

 

「来い」

 

二度目。三度目。四度目。

何度も打ち合った。

何度も受け流された。

何度か、俺の刃がワカバの守りを突破しかけた。

そのたびに、ワカバは最後の一瞬で動きを変える。

 

悔しい。

でも、楽しい。

 

十八歳になった今なら、ワカバと真正面から打ち合える。

まだ勝てへん。

けど、一方的に転がされるだけのガキでもない。

 

そして、荒凪は俺の力についてきてくれる。

 

……そうや。

 

俺はふと思いついた。

 

「父ちゃん、ちょっと試したいことがあるんやけど」

「何や」

「能力、使ってええ?」

「最初から使えばええやろ」

「いや、新品の刀やし、いきなり能力使うんはどうかと思って」

「お前、今さら道具を大事にすることを覚えたんか」

 

何やその反応。

俺かて成長するんやぞ。

 

「ゴルド! 能力使ってええか!」

「……どの能力や?」

 

妙に警戒した声が返ってきた。

 

「まず風!」

「風ならええ! 雷は待て!」

「了解! まず雷やな!」

「人の話聞けや!!」

 

聞こえとる。

聞こえとるけど、今は風や。

 

俺は荒凪を正眼に構えた。

呼吸を整える。

周囲の空気を集め、刀身に沿わせる。

 

ヒュウウウ……。

 

刃の周りで、細い風が渦を巻き始めた。

最初はそよ風程度。

そこから少しずつ回転を速める。

 

ヒュルルルルッ!

 

荒凪の刀身を、目に見えるほど濃い風の渦が包み込んだ。

 

「……おお」

 

思わず声が漏れた。

 

これ、めっちゃ格好ええやん。

 

「父ちゃん! 見て! 風の剣!」

「見えとる。振ってみい」

 

俺は荒凪を振り下ろした。

 

ゴォッ!!

 

刀身にまとわせた風が、斬撃と一緒に前方へ走った。

地面を削りながら進む風の刃。

訓練場の端に置いてあった丸太が、まとめて吹き飛んだ。

 

ズガガガガッ!!

 

……あっ。

 

「ゴルド」

「何や」

「あの丸太、何に使う予定やった?」

「白羊号の修理用や!!」

「……ごめん」

「謝るなら元に戻せや!!」

 

無理やろ。

綺麗に薪になっとるで。

 

「ほう。風を刀にまとわせたか」

 

ワカバが俺の正面に立った。

 

「せや。今まで風は手から出しとったけど、刀にまとわせたら斬撃の威力も伸びるやろ?」

「理屈は悪ない。せやけど、今のままやと風が外へ逃げすぎや」

「外へ?」

「刀の周りで暴れとるだけや。もっと刃に沿わせてみい」

 

なるほど。

風の量を増やすんやなくて、流れを整えるんか。

 

俺はもう一度、荒凪を構えた。

今度は風を刀身の表面に沿わせる。

刃元から切っ先へ。

切っ先から刃元へ。

細く、速く、何重にも。

 

さっきまで荒々しく渦巻いていた風が、少しずつ収まっていく。

見た目はむしろ地味になった。

 

「……できた?」

「試してみい」

 

ワカバが剣を構えた。

 

俺は踏み込んだ。

 

ガギィィン!!

 

荒凪とワカバの剣がぶつかった瞬間、刀身にまとわせた風が一気に解放された。

 

ドンッ!!

 

衝撃波が訓練場を走る。

 

ワカバの足が、地面を滑った。

 

……え?

 

今、父ちゃんが下がった?

 

「おおっ! 父ちゃん! 今の見た!?」

「見たわ。わしが受けたんやから」

「一歩下がったで!」

「半歩や」

「細かい!!」

 

でも、確かな手応えがあった。

今まで俺の斬撃を平然と受け流しとった親父が、正面からの衝撃で下がったんや。

 

これは使える。

 

「せやけど、まだ甘いな」

 

ワカバが踏み込んだ。

 

俺は荒凪を構え直す。

 

……あかん。

今度は未来が見えへん。

 

ワカバの剣が、俺の風をまとった刃の内側へ滑り込んできた。

 

「うおっ!?」

 

ガンッ!

 

柄で額を小突かれた。

 

「……父ちゃん」

「何や」

「風の剣、強いんちゃうん?」

「強いで」

「何で負けたん?」

「風に気を取られて、足元がお留守やったからや」

「また足元!?」

 

この親父、俺の足元に何か恨みでもあるんか。

 

---

 

「ほな、次や」

 

俺は額をさすりながら立ち上がった。

 

「次?」

 

ワカバが眉を上げた。

 

「雷や」

 

その瞬間、ゴルドの顔色が変わった。

 

「待て待て待て待て! それはあかん!」

「何でや!」

「雷やぞ!? 刀に雷まとわせるって、普通に考えて危ないやろ!」

「俺、雷も出せるで?」

「お前が平気でも俺らは平気ちゃうねん!!」

 

……それもそうか。

 

俺は周囲を見渡した。

ゴルド。

ダグ。

見物に来ていた自警団の連中。

全員、妙に距離が近い。

 

「ほな、ちょっと離れてもろてええ?」

「ちょっとやなくて、めっちゃ離れるわ!」

 

ダグがゴルドの襟首をつかんで走り出した。

 

「おい! 引っ張るな!」

「お前が造った刀やろ! 最後まで見届けろ!」

「製造者責任を命で払わせるな!!」

 

二人が訓練場の端まで逃げていった。

 

ワカバだけが動かへん。

 

「父ちゃんは離れへんの?」

「相手がおらんと試せんやろ」

「……ほんまにええん?」

「遠慮すんな」

 

格好ええ。

 

いや、待て。

雷まとった刀を持った息子に向かって「遠慮すんな」って、どんな親父やねん。

 

俺は荒凪を構えた。

まず武装色を流す。

刀身が黒く染まる。

 

次に、アラアラの実の力を呼び起こした。

 

パチッ。

 

小さな青白い火花が、刃元で弾けた。

 

おお。

 

パチパチパチッ!

 

刀身の表面を、細い稲妻が走り始める。

刃元から切っ先へ。

切っ先から刃元へ。

青白い光が、黒い刀身を何度も駆け抜けた。

 

「……おおおおっ!」

 

めっちゃ格好ええ!!

 

何やこれ!

俺の刀、光っとる!

しかも雷やぞ!

男の子の夢、全部盛りやないか!

 

「ガルド! 出力上げすぎるなよ!」

 

遠くからゴルドが叫んだ。

 

「分かっとる!」

 

俺は雷を少し強めた。

 

バチバチバチバチッ!!

 

「上げとるやないか!!」

 

うるさい!

今、めっちゃ楽しいところなんや!

 

「……ガルド」

 

ワカバが静かに声をかけた。

 

「何や?」

「お前、雷の流れは制御できとるか?」

「……たぶん」

「たぶん?」

 

ワカバの眉が、わずかに動いた。

 

その瞬間。

 

バヂィッ!!

 

荒凪の切っ先から、雷が一本飛び出した。

 

一直線に地面へ落ちる。

 

ドガァァン!!

 

訓練場に穴が開いた。

 

……。

 

……あかん。

 

「……父ちゃん」

「何や」

「ちょっと、雷が元気すぎるみたいや」

「見たら分かるわ!」

 

親父にツッコまれた。

珍しい。

 

「一回、雷を収めろ」

「いや、もうちょっとだけ試したい」

「ガルド」

「……はい」

 

俺は雷の出力を落とした。

青白い光が少し弱まる。

 

……ん?

 

今、気づいたんやけど。

 

風で雷を包んだら、外へ漏れるのを防げるんちゃうか?

 

「父ちゃん、もう一個試してええ?」

「……何を思いついた?」

「風で雷を包む」

「ほう」

 

ワカバの目が、少しだけ鋭くなった。

 

「やってみい」

 

俺は荒凪を構え直した。

まず刀身に武装色を流す。

次に、細い雷をまとわせる。

最後に、その雷を包み込むように風を流した。

 

ヒュウウウ……。

 

バチッ。

 

ヒュルルル……。

 

バチバチッ。

 

刀身の周りで、風と雷が絡み合い始めた。

青白い稲妻を、薄い風の渦が包み込む。

 

……おお。

 

さっきより、雷が暴れへん。

 

「できた……?」

 

俺は荒凪を見つめた。

 

その瞬間。

 

バヂィィィッ!!

 

風の渦の内側で、雷が一気に加速した。

 

……え?

 

待って。

 

これ、包み込んだんやなくて、閉じ込めただけちゃう?

 

「ガルド!」

 

ワカバが叫んだ。

 

「上に向けろ!!」

 

俺は反射的に荒凪を空へ振り上げた。

 

ドッガァァァァン!!!

 

青白い雷光が、訓練場の上空を貫いた。

続いて、猛烈な突風が空へ吹き上がる。

 

頭上の雲が、真っ二つに割れた。

 

……。

 

……。

 

……。

 

静寂。

 

俺は空を見上げた。

 

雲の間から、青空が覗いていた。

 

「……父ちゃん」

「何や」

「今の、めっちゃ格好よくなかった?」

「格好ええかどうかの前に、制御を覚えろ!!」

 

正論やった。

 

---

 

「……つまりやな」

 

ワカバが地面に線を引きながら説明し始めた。

 

「風は、お前の意思である程度自在に動かせる。せやけど雷は、まだ出した後の制御が甘い」

「うん」

「そこへ風を重ねたら、雷の逃げ場がなくなって、余計に威力が上がったんや」

「……なるほど」

「理解したか?」

「つまり、風と雷を合わせたら、めっちゃ強い」

「そこだけ理解すんな!!」

 

親父の教育方針が崩壊しかけとる。

 

でも、分かったこともある。

 

荒凪は、風をまとわせても問題なく振れる。

雷をまとわせても、刀身そのものには傷ひとつない。

武装色も通る。

 

つまり。

 

「……ゴルド!」

 

俺は訓練場の端へ向かって叫んだ。

 

「お前の刀、最高や!!」

 

ゴルドが顔を上げた。

 

「……ほんまか?」

「風も雷もいける! 武装色も問題ない! これ、めっちゃええ刀やで!」

 

ゴルドはしばらく黙っていた。

 

そして。

 

「……っしゃああああ!!」

 

両拳を突き上げた。

 

「俺の刀が! 俺の刀が雷に耐えたぞ!!」

 

感動しとる。

職人が感動しとる。

 

……いや、待て。

 

「ゴルド」

「何や!」

「次はもっと強い雷も試してええ?」

「絶対にあかん!!」

 

即答やった。

 

---

 

試し斬りの最後に、もう一度ワカバと向かい合った。

 

今度は、荒凪に風だけをまとわせる。

雷はまだ危ない。

さっきからゴルドが訓練場の端で「雷禁止」の看板を作っとるし。

 

俺は呼吸を整えた。

 

武装色。

風。

見聞色。

 

三つを同時に使う。

 

ワカバの剣先が動いた。

 

一秒先の未来。

右から来る。

 

俺は荒凪を振った。

 

ガギィン!!

 

刃がぶつかった瞬間、風を解放する。

 

ドンッ!!

 

ワカバの剣がわずかに押し返された。

 

今や!

 

俺は踏み込んだ。

荒凪を返し、斬撃の軌道を変える。

 

ワカバの剣の外側を抜けて、肩口へ迫る。

 

……届く!

 

そう思った瞬間、ワカバが半歩だけ動いた。

 

俺の刃が空を切る。

 

そして、額に軽い衝撃。

 

コツン。

 

ワカバの剣の柄が、俺の額を小突いていた。

 

「……負けた」

「惜しかったな」

「最後、絶対当たったと思ったんやけど」

「思った時点で、まだ甘い」

 

ワカバは剣を納めた。

 

「せやけど、今のはええ一撃やった。風をまとわせた分、今までより斬撃に幅が出とる」

「……ほんま?」

「ほんまや。ただ、雷はもうちょい練習してからにせえ」

「分かっとる」

「人がおる場所では使うなよ」

「分かっとる」

「船の上でも、最初は使うなよ」

「……分かっとる」

「今ちょっと間があったな!?」

 

親父のツッコミが冴え渡っとる。

 

俺は荒凪を見た。

刀身にまとわせていた風が、ゆっくりと消えていく。

 

荒凪。

ゴルドが造ってくれた、俺だけの大太刀。

 

風をまとわせれば、斬撃が伸びる。

雷をまとわせれば、威力が跳ね上がる。

両方合わせれば……たぶん、とんでもないことになる。

 

まだ完全には扱えへん。

でも、これから海へ出るんや。

練習する時間はいくらでもある。

 

「……次は当てるで、父ちゃん」

「楽しみにしとるわ」

 

ワカバが笑った。

 

俺も笑った。

 

そのとき。

 

「ゴルドォォォ!!」

 

ダグの叫び声が響いた。

 

振り返ると、ゴルドが地面に膝をついていた。

 

「……どうしたん?」

「刀が……」

「刀?」

「俺の刀が……」

 

ゴルドは荒凪を指さした。

 

「ワカバ相手にあんだけ打ち合って、風も雷もまとわせて、刃こぼれ一つしとらん……!」

 

目から涙が流れていた。

 

「……完成や……!」

 

あかん。

職人が感動しとる。

 

「ゴルド、ありがとうな」

「おう……! 大事に使えよ……!」

「もちろんや」

「船首はもう振り回すなよ……!」

「それは状況による」

「状況によるな!!」

 

こうして、荒凪の試し斬りは無事に終わった。

 

……いや。

 

訓練場に大穴が開いて、丸太が薪になって、雲が真っ二つになっとる。

 

これを無事と言ってええんか?

 

「ガルド」

 

ワカバが、俺の肩を叩いた。

 

「明日、訓練場の修理な」

「……はい」

 

海賊になる前に、また仕事が増えた。

 

 

 

 

 

その夜。

 

港では、出航の準備が進んでいた。

 

白羊号の帆が張り替えられ、船倉には食料と水が積み込まれていく。

船室も改装された。

俺が入れるように、天井の一部をぶち抜いたらしい。

 

……いや、ぶち抜くって。

 

「これ、船の強度は大丈夫なん?」

「補強したわ!」

 

ゴルドが叫んだ。

 

「お前の部屋だけ、ほぼ倉庫やけどな!」

「船長室やぞ!?」

「お前の体格で個室があるだけ感謝せえ!」

 

反論できへん。

 

ミラは航海図を確認している。

ネネは薬箱を点検している。

バオは食料の在庫を数えながら、ダグが干し肉をつまみ食いするたびに木べらで叩いていた。

 

「痛っ!」

「それは航海中の食料や!」

「一枚くらいええやろ!」

「お前が一枚食うたら、ガルドが十枚食うんや!」

「何で俺が悪いん!?」

 

俺も悪者にされた。

理不尽や。

 

ゼンは最後まで帳簿を握っていた。

 

「ガルド、出航前に確認するで」

「……まだあるん?」

「船の修理費、食料費、備品代。それから島への返済計画や」

「海賊になる前に借金持ち!?」

「白羊号を持っていくんや。タダやと思うなよ」

「自由の大海原とは!?」

 

ワカバが横で煙草を吸っていた。

 

「稼いで返したらええ」

「父ちゃんまで!?」

「海へ出るんやろ。自分の船の面倒くらい自分で見い」

「……はい」

 

海賊王になる前に、まず黒字経営を目指さなあかんらしい。

 

俺の冒険、思っとったんと違う。

 

翌朝。

 

港には、島の連中が集まっていた。

 

白羊号は、出航の準備を終えている。

 

俺は甲板に立った。

腰には荒凪。

隣には、いつものようにダグ。

 

「……いよいよやな」

「せやな」

「緊張しとる?」

「ちょっとな」

「お前でも緊張するんやな」

「そらするやろ。初めての航海やぞ」

「俺は楽しみでしゃあないわ」

「お前、船酔いするくせに」

「……それは言うな」

 

出航前から右腕が青い顔をしとる。

大丈夫か、この海賊団。

 

桟橋の先にはワカバがおった。

 

いつもの服。

いつもの煙草。

いつもの、妙に落ち着いた顔。

 

「ガルド!」

 

親父が声を張り上げた。

 

「忘れもんはないか!」

「大丈夫や!」

「財布は!」

「ある!」

「航海図は!」

「ミラが持っとる!」

「薬は!」

「ネネが持っとる!」

「食料は!」

「バオが管理しとる!」

「船の操縦は!」

「……ミラ?」

「お前は何を担当するんや!?」

 

ぐうの音も出ん。

 

「……戦闘?」

「普段は働かん気か!」

 

島の連中が笑った。

 

俺も笑った。

 

そのとき、ゴルドが桟橋の先から叫んだ。

 

「ガルド! 荒凪、絶対に折るなよ!」

「分かっとる!」

「あと、船を振り回すなよ!」

「それは約束できへん!」

「約束せえや!!」

 

何でや。

海戦中に船を振り回したくなる可能性もあるやろ。

俺の能力と腕力を考えたら、十分あり得る戦術や。

 

……あかん。

ミラがものすごい目でこっちを見とる。

 

「ガルド。白羊号を振り回したら、海に捨てるで」

「すみませんでした」

 

航海士も強い。

 

俺はもう一度、港を見渡した。

 

この島で十八年間、生きてきた。

ワカバに拾われて、育てられて。

ダグと喧嘩して。

自警団に入って。

仲間ができて。

何度も馬鹿なことをして、そのたびに怒られて。

 

その全部が、俺の人生や。

 

「父ちゃん!」

 

俺は叫んだ。

 

「行ってくるわ!」

 

ワカバは煙草を指に挟んだまま、片手を上げた。

 

「おう。行ってこい」

 

たったそれだけ。

 

でも、十分やった。

 

俺は荒凪の柄に手を置いた。

ゴルドが造ってくれた刀。

ワカバが教えてくれた剣。

仲間たちが整えてくれた船。

 

全部持って、海へ出る。

 

「ミラ! 出航や!」

「はいはい。帆を上げるで!」

「ダグ! 錨を上げろ!」

「任せろ!」

 

ダグが鎖を引いた。

 

巨大な錨が、海から引き上げられる。

 

……いや、待て。

 

「ダグ! それ、お前の武器の方や!」

「えっ」

「船の錨を上げろや!!」

「紛らわしいねん! 何で錨が二つあんねん!」

「お前が武器に錨使っとるからやろ!!」

 

出航五秒前に大騒ぎである。

 

島の連中が腹を抱えて笑っていた。

ワカバは額を押さえとる。

ゴルドは何か叫んどる。

 

俺は深く息を吸った。

 

……よし。

 

前途多難やけど。

 

「ほな、行くで!」

 

白羊号の帆が風を受けた。

 

俺は少しだけ、追い風を吹かせた。

 

船が動き出す。

 

港が遠ざかる。

島が小さくなる。

見慣れた景色が、少しずつ水平線の向こうへ消えていく。

 

胸が高鳴った。

 

海の向こうには、何が待っとるんやろ。

 

海賊か。

海軍か。

世界政府か。

それとも、まだ見たこともない怪物か。

 

何が来ても、全部まとめて相手したる。

 

……と言いたいところやけど。

 

「ガルドォォォ!!」

 

ダグが船縁にしがみついていた。

 

「……何や」

「気持ち悪いぃぃぃ!!」

「まだ港出たばっかりやぞ!?」

 

右腕、早くも戦闘不能。

 

俺の冒険は、船酔いした男の絶叫とともに始まった。

 

――第6話 了

 

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