海へ出ると決めた。
決めたんやけど。
「……何から始めたらええんや?」
俺は港の真ん中で腕を組んでいた。
目の前には白羊号。父ちゃんが昔から使っとる船である。
帆はある。船体もある。舵もある。なんなら船首には立派な白い羊までおる。
完璧やん。
これに乗って海へ出ればええんやな。
「ガルド。お前、今から何しようとしとる?」
背後からダグの声がした。
「出航の準備や」
「具体的には?」
「船を見とる」
「準備の概念が広すぎるやろ」
失礼な。
まず現状把握から始めるのは、あらゆる仕事の基本やぞ。
前世の社会人経験が火を噴くところや。
「ほな、現状把握の結果を聞かせてもらおか」
「船がある」
「うん」
「海がある」
「うん」
「俺がおる」
「一番不安な要素を最後に持ってくんな」
何やねん。
お前、自称右腕のくせに船長への敬意が足らんのとちゃうか。
いや、待て。
船長?
「……俺、船長なん?」
「お前以外に誰がおんねん」
「お前とか」
「俺は右腕や」
「任命した覚えないんやけど」
「五歳のときから右腕やっとる男に今さら何言うとんねん」
「お前が勝手に名乗り始めただけやろ!」
俺が五歳、こいつが九歳。
初対面で食料泥棒と勘違いして殴り倒してから、早十三年。
未だに右腕の辞令を出した記憶がない。
このままでは海賊団の人事制度が崩壊する。
設立前から崩壊しとる組織って何やねん。
「で、船長。まず何が必要や?」
「……食料?」
「そうやな」
「水?」
「そうやな」
「航海士?」
「それは絶対や」
「船医?」
「おらんと死ぬ」
「船大工?」
「白羊号を海の藻屑にしたいなら要らん」
あかん。
必要なもん多すぎる。
「海賊ってもっとこう、勢いで出航するもんちゃうんか?」
「勢いで出航した奴の大半は帰ってこられへんのやろな」
「夢がない!」
「夢を見るにも飲み水は要るんや!」
正論パンチ。
やめてくれ。
俺はまだ冒険の第一歩を踏み出したばっかりやぞ。
「ほな、まず仲間集めやな」
「せやな。で、誰を誘う?」
「……自警団の連中?」
「全員連れてったら島の防衛は誰がすんねん」
あかん。
船長就任から五分で故郷を無防備にするところやった。
自警団の詰所には、既に主だった連中が集まっていた。
ワカバを筆頭に、ダグ、ミラ、ネネ、バオ、ゴルド、キット、ゼン、ボンゴ、イヴォ、ガロ。それから双子のトーマとトーラ。
俺が呼んだわけやない。
誰かが勝手に集めたらしい。
「副団長が海へ出るんやろ。そら会議くらい開くわ」
ミラが地図を広げながら言った。
「まだ誰を連れてくかも決まってへんのやけど」
「せやから決めるんや」
「なるほど」
早くも船長の存在意義が危うい。
俺、もしかして会議室の置物か?
「まず確認や」
ゼンが帳簿を開いた。
島の会計を一手に引き受けとる男である。
こいつが帳簿を開くと、何となく全員の背筋が伸びる。
ワカバまで煙草を灰皿に置いた。
強い。
たぶん島で一番強い。
「白羊号は島の共有財産や。勝手に持っていくわけにはいかん」
「……はい」
「修理費、食料費、予備の帆、縄、工具、薬、航海用の備品。全部でこれだけ必要や」
差し出された紙を見た。
俺は紙を裏返した。
「何しとんねん」
「裏にもっと安い金額が書いてある可能性を探っとる」
「ないわ」
「ゼロが一個多ない?」
「お前の身長に合わせて船内を改装するからや!」
「俺のせい!?」
俺が四百五十六センチあるばっかりに!
生まれて初めて縮みたいと思ったわ!
「そもそも、俺が船室に入らんでも甲板で寝たらええやろ」
「嵐の日はどうすんねん」
「俺が嵐や」
「お前が嵐でも濡れるもんは濡れるわ!」
一同が黙った。
……いや、何でや。
今の、ちょっと格好よかったやろ。
「俺が嵐や」やぞ。
主人公の決め台詞やぞ。
「ガルド、そういうのは戦闘中に言え」
ワカバにまで注意された。
親父、俺の見せ場を潰すのやめてくれへん?
「で、誰が行くんや?」
ダグが話を戻した。
「俺は行く。これは決定事項や」
「お前は最初からそのつもりやったな」
「右腕やからな」
「その肩書きの出どころを一回調べたい」
ミラが地図を畳んだ。
「うちは行くで。航海士なしでお前らを海に出したら、三日で知らん大陸に上陸して『ここラフテルちゃうか?』とか言い出すやろ」
「言わへんわ!」
「お前、去年、島の北側の入り江を新しい島やと思っとったやん」
「あれは霧が濃かったんや!」
「生まれ育った島やぞ!」
くっ。
過去の失敗が採用面接に響いとる。
ネネも手を挙げた。
「うちも行く。ガルドが海で怪我したら、まともに診られる人間がおらん」
「俺、そんなに怪我せえへんで」
「先週、素振りで肩を脱臼しかけた奴が何言うとんねん」
「あれは木剣の重心が悪かったんや」
「船を木剣代わりに使う男に重心の話をされたないわ!」
医者は怖い。
海へ出ても逆らわんとこ。
バオは腕を組んでいた。
「俺も行くわ」
「おお! 料理人!」
「お前らだけで行かせたら、初日に釣った魚を生で食うやろ」
「刺身って文化があるんやで?」
「寄生虫って文化もあるんやで?」
やめろ。
急に現実的な話をするな。
海賊漫画に衛生管理の概念を持ち込むな。
その後も何人かが名乗りを上げた。
逆に、島に残ると言った連中もおる。
トーマとトーラは、互いの顔を見合わせてから、しばらく黙っていた。
「俺ら、どうする?」
「どうする言われてもな」
「二人とも行ったら港の守りが薄なるし」
「片方だけ残るんも何か嫌やな」
「お前、俺がおらんと寂しいんか?」
「いや、別に」
「俺は寂しい」
「素直か!」
双子の会話に割って入る隙がない。
こいつら、生まれる前から漫才の稽古でもしとったんか。
ワカバが口を開いた。
「今ここで全員決めんでもええ。船の準備には時間がかかる。残る奴も、行く奴も、自分で決めろ」
「せやな」
俺は頷いた。
誰かを守るために海へ出るのに、仲間の人生を俺が勝手に決めたら本末転倒や。
「ただし」
ワカバが俺を見た。
「ガルド。お前は今日から副団長の仕事を引き継げ」
「……え?」
「島を出るんやろ。後任を決めて、今の仕事を全部渡せ」
「……え?」
「それが終わるまで出航禁止や」
「ちょっと待って! 海賊になるのに引き継ぎ業務あんの!?」
あるらしい。
夢と自由の大海原へ出る前に、俺は事務仕事に捕まった。
三日後。
俺は机に突っ伏していた。
書類。
書類。
書類。
書類。
何やこれ。
政府の役所でもここまで書類ないやろ。
「副団長、ここの巡回表、来月分が抜けとるで」
「俺、来月おらへんのやけど」
「せやから引き継ぐんやろ」
「正論やめて!」
キットが窓から顔を出した。
「ガルド! ゴルドがお前呼んどるで!」
「何や!? 船の修理終わったんか!?」
「知らん! とにかく来い言うとった!」
俺は椅子を蹴って立ち上がった。
「よっしゃ! 行くで!」
「書類は?」
ゼンの声がした。
俺は静かに椅子へ座り直した。
「……あと何枚?」
「二十七枚」
「海軍に投降してもええかな」
「逃亡奴隷を守った張本人が何言うとんねん」
ゼンは強い。
ワカバとの稽古より精神を削られる。
結局、二十七枚を片づけてから造船場へ向かった。
なお、途中で三枚差し戻された。
俺は泣いた。
造船場に入った瞬間、妙な音が聞こえた。
カン。
カン。
カン。
金属を叩く音。
ゴルドは船大工や。
木を切って、船底を直して、帆柱を組み立てる男や。
金属加工もできるけど、鍛冶場にこもることは珍しい。
そのゴルドが、炉の前で大汗をかいていた。
「おお、来たか」
振り返った顔がひどい。
目の下には隈。髭は伸び放題。服は煤まみれ。
三日で十歳くらい老けとる。
「……お前、何があったん?」
「刀を造っとる」
「誰の?」
「お前のや!」
「えっ」
思わず間抜けな声が出た。
「覚えとるか? お前が十三のとき、廃船の船首つかんで振り回しとったやろ」
「覚えとるで。あれ、意外と握り心地よかったんよな」
「俺の造船場で船首の握り心地を評価すんな!」
ゴルドが金槌を振り上げた。
「そのとき約束したやろ。いつか、お前専用の刀を造ったるって」
「……ああ」
覚えとる。
木剣が次々折れる俺に、ゴルドが半ば泣きながら言うたんや。
「まさか、ずっと造っとったん?」
「ずっと構想は練っとった。実際に打ち始めたんは最近や。お前、また背ぇ伸びよったからな」
「成長期やし」
「四百五十六センチの成長期はもうええ!」
すまん。
俺も好きで伸びとるわけちゃうねん。
ゴルドは炉の横に置かれた巨大な金属の塊を指さした。
「最初は普通の大太刀を考えとった。せやけど、お前の腕力やと刃が持たん。かといって厚くしたら、ただの鉄の板や」
「鉄の板でもええで?」
「刀を造る言うとるやろ!」
「でも、鉄の板を武装色で固めたら強そうやん」
「お前、鍛冶職人の存在意義を全否定すんな!」
ごもっとも。
「せやから、刃の形から考え直した」
ゴルドが布を取った。
そこには、まだ完成していない巨大な刀身があった。
長い。
とにかく長い。
しかも、ただ長いだけやない。幅も厚みもある。
俺の体格に合わせて造られた、普通の人間なら両手でも持ち上げるのが難しそうな代物や。
「……これ、刀?」
「刀や」
「船の竜骨ちゃうん?」
「刀や!」
「俺が知っとる刀とサイズ感が違いすぎるんやけど」
「お前が知っとる人間のサイズ感も大概おかしいわ!」
反論できん。
ゴルドは刀身の根元を指で叩いた。
「刃は少し反らせとる。先端まで力が逃げるようにして、根元は分厚くした。お前が覇気を流しても耐えられるようにな」
「……おお」
「あと、お前は普通の剣士と違う。風を使うやろ」
「使うで」
「せやから、風の流れを邪魔せん形にしたいんや」
俺は刀身を見つめた。
ただ巨大な鉄の塊に見えたものが、少し違って見えた。
「……ゴルド」
「何や」
「めっちゃ考えてくれとるやん」
「当たり前やろ」
ゴルドは鼻を鳴らした。
「十三のガキが船首を振り回しとるのを見てから、ずっと考えとったんや。あんなもんを武器にされたら、船大工としての誇りが死ぬ」
「俺への友情より職業倫理が先なん?」
「両方や!」
照れ隠しが雑やな。
でも、ありがたい。
「で、完成はいつなん?」
「まだ仕上げが残っとる。柄も鞘もこれからや」
「ほな手伝うで」
「お前に?」
「おう」
「鍛冶場で?」
「おう」
「……絶対に炉に触るなよ」
「何でや」
「お前、風を出せるやろ」
「火力上がるやん!」
「鍛冶場を爆発させる気か!!」
危ないところやった。
善意で建物を消し飛ばすところやったわ。
その日の夕方。
俺はゴルドの指示で、刀身を運ぶことになった。
「両手で持てよ」
「分かっとる」
「絶対に落とすなよ」
「分かっとる」
「絶対に振り回すなよ」
「……分かっとる」
「今ちょっと間があったな!?」
信用がない。
十三歳のときの一件をいつまで引きずるつもりや。
俺は刀身を持ち上げた。
重い。
でも、振れへんほどやない。
むしろ、ちょうどええ。
……いや、待て。
これ、ちょっと試しに振ったらどうなるんやろ。
「ガルド」
背後から声がした。
ワカバやった。
「……何や、父ちゃん」
「今、振ろうとしたやろ」
「してへん」
「目が振っとる」
「目が振るって何やねん!」
恐ろしい。
この親父、俺の行動を見聞色なしで読んでくる。
十八年も育てたら、息子の考えくらい分かるんか。
それとも、俺の考えが顔に出すぎなんか。
「ええ刀になりそうやな」
ワカバが刀身を眺めた。
「せやろ。ゴルドが造ってくれとるんや」
「知っとる。材料を選ぶときに相談された」
「……父ちゃんも関わっとったん?」
「少しな」
「少しって、どのくらい?」
「お前の力の癖を教えたくらいや」
「それ、めちゃくちゃ重要な情報ちゃうん!?」
ゴルドが奥から叫んだ。
「重要どころちゃうわ! 最初の設計、ワカバに見せたら三か所も駄目出しされたんやぞ!」
「三か所?」
「刃の厚みと、柄の長さと、重心や!」
「全部やん!」
「せやから最初から造り直したんや!」
俺の知らんところで、親父とゴルドが共同開発しとった。
何やねん。
息子へのサプライズ企画か。
俺だけプロジェクトから外されとるやないか。
「父ちゃん、先に言うてくれたらええのに」
「言うたらお前、完成前に振り回すやろ」
「そんなこと……」
ゴルドがこちらを見た。
ワカバもこちらを見た。
俺は刀身をそっと作業台へ戻した。
「……反省してます」
翌日から、俺は造船場へ通った。
と言っても、鍛冶仕事はできへん。
せいぜい材料を運んだり、作業台を押さえたり、ゴルドが寝落ちしそうになったら起こしたりする程度や。
「ゴルド、寝るな!」
「寝てへん!」
「今、金槌を枕にしようとしとったで!」
「……ちょっとだけ寝る」
「危ないから普通の枕使え!」
途中からネネまでやって来た。
「ゴルド。あんた、何時間寝とる?」
「……四時間」
「一日?」
「三日で」
「今すぐ寝ろ!!」
医者の一喝で鍛冶場の火が落とされた。
ネネ、強すぎる。
こいつを連れて海へ出るの、ちょっと怖なってきた。
ゴルドが寝ている間、俺は港の修理を手伝った。
砲撃で壊れた桟橋は、ようやく半分ほど直っていた。
政府の艦隊が去ってから、島の連中は休む間もなく働いている。
「ガルド兄! そっちの木材持ってくれ!」
トーマが叫んだ。
「おう!」
俺は木材を持ち上げた。
「……一本でええぞ」
「え?」
「全部持つな! 荷車が空になるやろ!」
あかん。
つい癖で。
「ガルド兄、力仕事は便利やけど加減ができへんよな」
トーラが笑った。
「お前らも似たようなもんやろ」
「俺らは斧を振り回すだけや」
「それも大概やぞ!」
双子は顔を見合わせて笑った。
「なあ、ガルド兄」
「何や」
「俺ら、まだ決めてへんねん。海へ行くか、島に残るか」
「せやな」
「どっちがええと思う?」
俺は少し考えた。
こいつらは昔から一緒やった。
喧嘩もしたし、訓練もした。
港で騒いでワカバに怒られたことも、一回や二回やない。
できれば、一緒に来てほしい。
でも。
「俺はお前らと海へ出たいで」
二人が顔を上げた。
「せやけど、残りたいなら残ってくれ。島のことも心配やしな」
「……何や、引き止めへんの?」
「引き止めたら残るんか?」
「いや、それは……」
「ほな自分らで決めえや」
俺は木材を肩に担ぎ直した。
「俺ら、もうガキちゃうやろ」
「……お前に言われると腹立つな」
「何でや!」
「さっき荷車の木材全部持ってった奴に大人ぶられてもな」
「それとこれとは別やろ!」
二人が笑った。
俺も笑った。
海へ出るって、こういうことなんかもしれん。
一緒におるのが当たり前やった連中と、別々の道を選ぶかもしれへん。
それでも、帰ってくる場所が同じなら、縁まで切れるわけやない。
……何や。
俺、ちょっと大人になったんちゃうか。
「ガルド! その木材、置く場所が逆や!」
大人への道は遠かった。
さらに数日後。
ゴルドから、造船場へ来いと呼び出された。
今度はダグも一緒や。
「何やろな」
「刀ができたんちゃうか」
「せやったら嬉しいんやけど」
「俺の錨も改造してくれへんかな」
「お前の錨、これ以上でかくしてどうすんねん」
「船ごと引っ張れるようにしたい」
「港湾設備になる気か!?」
造船場の扉を開けた。
中にはゴルドがおった。
ワカバもおる。
それから、作業台の上に長い布で覆われた何かが置かれていた。
「……おお」
思わず声が漏れた。
ゴルドは腕を組んでいた。
隈はまだ残っとるけど、妙に満足そうな顔や。
「完成や」
布が外された。
そこにあったのは、巨大な一振りの刀だった。
長大な刀身。
緩やかに反った刃。
刃元は厚く、切っ先へ向かって鋭く絞られている。
柄は俺の両手でも余裕を持って握れる長さで、滑り止めの巻き方まで工夫されとった。
鞘は頑丈な木を芯にして、外側を金属で補強してある。
普通の剣士が見たら、たぶん刀やなくて建築資材やと思うやろな。
でも、俺には分かった。
これや。
これが、俺の刀や。
「持ってみい」
ゴルドが言った。
俺は柄を握った。
持ち上げる。
重みが手に伝わった。
ただ重いんやない。
重心が、俺の腕の動きにぴたりと合う。
「……すげえ」
自然と声が出た。
「せやろ」
ゴルドが笑った。
「十三のときから考えとった。お前がどんだけ力を込めても折れへんように。お前が風を使っても振り抜けるように。ワカバとも相談して、何回も造り直したんや」
「……ありがとう」
俺は刀を見つめた。
「名前は?」
ゴルドが尋ねた。
「え?」
「名前や。刀の名前。お前が決めえ」
名前。
そう言われると、急に難しい。
俺は刀身を見た。
鈍く光る刃。
重く、荒々しく、それでいて不思議と手に馴染む一振り。
海へ出る。
嵐を越える。
守りたいもんを守る。
……よし。
「荒凪」
俺は言った。
「荒凪、や」
ゴルドが眉を上げた。
「ほう。どういう意味や?」
「荒れる海を、凪に変える。……みたいな?」
「みたいなって何やねん! 自分でつけた名前やろ!」
「今、考えたんやからしゃあないやろ!」
ダグが横から覗き込んだ。
「ええ名前やん。荒凪。俺の錨にも名前つけよかな」
「何にすんねん」
「超巨大錨」
「そのまんまやないか!」
「ほな、超巨大錨・改」
「改造してから名乗れ!」
ゴルドが腹を抱えて笑った。
ワカバまで口元を緩めとる。
俺はもう一度、荒凪を握り直した。
「……ちょっと振ってええ?」
「外でな」
ゴルドの返事が異様に速かった。
「まだ何もしてへんやろ!」
「お前が『ちょっと振る』言うて、何回造船場を壊しかけたと思っとんねん!」
「……二回?」
「七回や!!」
多いな。
俺の記憶、都合よく改竄されとるかもしれん。
---
造船場の裏手には、広い訓練場がある。
俺は荒凪を構えた。
向かいにはワカバ。
……何で?
「父ちゃん、何で構えとるん?」
「試し斬りするんやろ」
「せやで」
「ほな相手が要るやろ」
「丸太とかでええやん!?」
ワカバは仕込み杖型の長剣を抜いた。
「刀は、振っただけでは分からん」
「せやけど、初日から親父と試合ってどうなん!?」
「お前が本気で振っても耐えられるか、確かめなあかんやろ」
「それはそうやけど、俺の心が先に折れる可能性は考慮されへんの!?」
ゴルドが腕を組んで見物し始めた。
「やれやれ! 俺の刀がどこまで持つか見たい!」
「俺の心配もしてくれへん!?」
「お前は多少殴られても平気やろ」
「友情の方向性が間違っとる!」
ダグは既に特等席を確保していた。
「ガルド! 負けたら船長交代な!」
「お前、今まで一回でも俺に勝ったことあんのか!」
「ない!」
「堂々と言うな!」
ワカバが笑った。
「始めるで」
次の瞬間、空気が変わった。
俺は荒凪を構え直した。
見聞色を広げる。
ワカバの呼吸。足の向き。肩の動き。剣先。
一秒先の未来が見えた。
右から斬撃。
俺は荒凪を横に振った。
ガギィン!
金属がぶつかる音が訓練場に響いた。
手応えがある。
荒凪はびくともせえへん。
「おおっ! 父ちゃん! これ、めっちゃええで!」
「まだ一合目や」
ワカバの剣が滑った。
あっ。
見聞色が次の未来を映す。
左肩。いや、違う。腹。いや、そこも違う。
ワカバが、まだ攻撃を決めてへん。
相変わらず意味が分からん。
この親父、未来予知への対策が完璧すぎる。
俺は一歩踏み込み、荒凪を振り下ろした。
ワカバは受けた。
剣同士がぶつかる。
衝撃が地面を走った。
「……ほう。ええ刀やな」
「せやろ!」
俺はさらに踏み込んだ。
右。左。袈裟斬り。切り返し。
荒凪が風を切る。
いや、俺が風を起こしとるから、実際に風を切っとるのかどうか分からん。
何やこのややこしい能力。
ワカバの剣が、俺の刃を受け流した。
次の瞬間。
「うおっ!?」
足を払われた。
四百五十六センチの巨体が、盛大に地面へ転がる。
ズドォン!
訓練場が揺れた。
「……父ちゃん」
「何や」
「新しい刀の試し斬りやんな?」
「せやで」
「何で俺が地面を試し斬りしとるん?」
「足元がお留守やったからや」
くっそ。
正論や。
でも、前よりずっとええ。
いつもの木剣やったら、今の打ち合いの途中で折れとった。
荒凪は傷ひとつない。
「もう一回や!」
俺は立ち上がった。
ワカバが笑った。
「来い」
二度目。三度目。四度目。
何度も打ち合った。
何度も受け流された。
何度か、俺の刃がワカバの守りを突破しかけた。
そのたびに、ワカバは最後の一瞬で動きを変える。
悔しい。
でも、楽しい。
十八歳になった今なら、ワカバと真正面から打ち合える。
まだ勝てへん。
けど、一方的に転がされるだけのガキでもない。
そして、荒凪は俺の力についてきてくれる。
……そうや。
俺はふと思いついた。
「父ちゃん、ちょっと試したいことがあるんやけど」
「何や」
「能力、使ってええ?」
「最初から使えばええやろ」
「いや、新品の刀やし、いきなり能力使うんはどうかと思って」
「お前、今さら道具を大事にすることを覚えたんか」
何やその反応。
俺かて成長するんやぞ。
「ゴルド! 能力使ってええか!」
「……どの能力や?」
妙に警戒した声が返ってきた。
「まず風!」
「風ならええ! 雷は待て!」
「了解! まず雷やな!」
「人の話聞けや!!」
聞こえとる。
聞こえとるけど、今は風や。
俺は荒凪を正眼に構えた。
呼吸を整える。
周囲の空気を集め、刀身に沿わせる。
ヒュウウウ……。
刃の周りで、細い風が渦を巻き始めた。
最初はそよ風程度。
そこから少しずつ回転を速める。
ヒュルルルルッ!
荒凪の刀身を、目に見えるほど濃い風の渦が包み込んだ。
「……おお」
思わず声が漏れた。
これ、めっちゃ格好ええやん。
「父ちゃん! 見て! 風の剣!」
「見えとる。振ってみい」
俺は荒凪を振り下ろした。
ゴォッ!!
刀身にまとわせた風が、斬撃と一緒に前方へ走った。
地面を削りながら進む風の刃。
訓練場の端に置いてあった丸太が、まとめて吹き飛んだ。
ズガガガガッ!!
……あっ。
「ゴルド」
「何や」
「あの丸太、何に使う予定やった?」
「白羊号の修理用や!!」
「……ごめん」
「謝るなら元に戻せや!!」
無理やろ。
綺麗に薪になっとるで。
「ほう。風を刀にまとわせたか」
ワカバが俺の正面に立った。
「せや。今まで風は手から出しとったけど、刀にまとわせたら斬撃の威力も伸びるやろ?」
「理屈は悪ない。せやけど、今のままやと風が外へ逃げすぎや」
「外へ?」
「刀の周りで暴れとるだけや。もっと刃に沿わせてみい」
なるほど。
風の量を増やすんやなくて、流れを整えるんか。
俺はもう一度、荒凪を構えた。
今度は風を刀身の表面に沿わせる。
刃元から切っ先へ。
切っ先から刃元へ。
細く、速く、何重にも。
さっきまで荒々しく渦巻いていた風が、少しずつ収まっていく。
見た目はむしろ地味になった。
「……できた?」
「試してみい」
ワカバが剣を構えた。
俺は踏み込んだ。
ガギィィン!!
荒凪とワカバの剣がぶつかった瞬間、刀身にまとわせた風が一気に解放された。
ドンッ!!
衝撃波が訓練場を走る。
ワカバの足が、地面を滑った。
……え?
今、父ちゃんが下がった?
「おおっ! 父ちゃん! 今の見た!?」
「見たわ。わしが受けたんやから」
「一歩下がったで!」
「半歩や」
「細かい!!」
でも、確かな手応えがあった。
今まで俺の斬撃を平然と受け流しとった親父が、正面からの衝撃で下がったんや。
これは使える。
「せやけど、まだ甘いな」
ワカバが踏み込んだ。
俺は荒凪を構え直す。
……あかん。
今度は未来が見えへん。
ワカバの剣が、俺の風をまとった刃の内側へ滑り込んできた。
「うおっ!?」
ガンッ!
柄で額を小突かれた。
「……父ちゃん」
「何や」
「風の剣、強いんちゃうん?」
「強いで」
「何で負けたん?」
「風に気を取られて、足元がお留守やったからや」
「また足元!?」
この親父、俺の足元に何か恨みでもあるんか。
---
「ほな、次や」
俺は額をさすりながら立ち上がった。
「次?」
ワカバが眉を上げた。
「雷や」
その瞬間、ゴルドの顔色が変わった。
「待て待て待て待て! それはあかん!」
「何でや!」
「雷やぞ!? 刀に雷まとわせるって、普通に考えて危ないやろ!」
「俺、雷も出せるで?」
「お前が平気でも俺らは平気ちゃうねん!!」
……それもそうか。
俺は周囲を見渡した。
ゴルド。
ダグ。
見物に来ていた自警団の連中。
全員、妙に距離が近い。
「ほな、ちょっと離れてもろてええ?」
「ちょっとやなくて、めっちゃ離れるわ!」
ダグがゴルドの襟首をつかんで走り出した。
「おい! 引っ張るな!」
「お前が造った刀やろ! 最後まで見届けろ!」
「製造者責任を命で払わせるな!!」
二人が訓練場の端まで逃げていった。
ワカバだけが動かへん。
「父ちゃんは離れへんの?」
「相手がおらんと試せんやろ」
「……ほんまにええん?」
「遠慮すんな」
格好ええ。
いや、待て。
雷まとった刀を持った息子に向かって「遠慮すんな」って、どんな親父やねん。
俺は荒凪を構えた。
まず武装色を流す。
刀身が黒く染まる。
次に、アラアラの実の力を呼び起こした。
パチッ。
小さな青白い火花が、刃元で弾けた。
おお。
パチパチパチッ!
刀身の表面を、細い稲妻が走り始める。
刃元から切っ先へ。
切っ先から刃元へ。
青白い光が、黒い刀身を何度も駆け抜けた。
「……おおおおっ!」
めっちゃ格好ええ!!
何やこれ!
俺の刀、光っとる!
しかも雷やぞ!
男の子の夢、全部盛りやないか!
「ガルド! 出力上げすぎるなよ!」
遠くからゴルドが叫んだ。
「分かっとる!」
俺は雷を少し強めた。
バチバチバチバチッ!!
「上げとるやないか!!」
うるさい!
今、めっちゃ楽しいところなんや!
「……ガルド」
ワカバが静かに声をかけた。
「何や?」
「お前、雷の流れは制御できとるか?」
「……たぶん」
「たぶん?」
ワカバの眉が、わずかに動いた。
その瞬間。
バヂィッ!!
荒凪の切っ先から、雷が一本飛び出した。
一直線に地面へ落ちる。
ドガァァン!!
訓練場に穴が開いた。
……。
……あかん。
「……父ちゃん」
「何や」
「ちょっと、雷が元気すぎるみたいや」
「見たら分かるわ!」
親父にツッコまれた。
珍しい。
「一回、雷を収めろ」
「いや、もうちょっとだけ試したい」
「ガルド」
「……はい」
俺は雷の出力を落とした。
青白い光が少し弱まる。
……ん?
今、気づいたんやけど。
風で雷を包んだら、外へ漏れるのを防げるんちゃうか?
「父ちゃん、もう一個試してええ?」
「……何を思いついた?」
「風で雷を包む」
「ほう」
ワカバの目が、少しだけ鋭くなった。
「やってみい」
俺は荒凪を構え直した。
まず刀身に武装色を流す。
次に、細い雷をまとわせる。
最後に、その雷を包み込むように風を流した。
ヒュウウウ……。
バチッ。
ヒュルルル……。
バチバチッ。
刀身の周りで、風と雷が絡み合い始めた。
青白い稲妻を、薄い風の渦が包み込む。
……おお。
さっきより、雷が暴れへん。
「できた……?」
俺は荒凪を見つめた。
その瞬間。
バヂィィィッ!!
風の渦の内側で、雷が一気に加速した。
……え?
待って。
これ、包み込んだんやなくて、閉じ込めただけちゃう?
「ガルド!」
ワカバが叫んだ。
「上に向けろ!!」
俺は反射的に荒凪を空へ振り上げた。
ドッガァァァァン!!!
青白い雷光が、訓練場の上空を貫いた。
続いて、猛烈な突風が空へ吹き上がる。
頭上の雲が、真っ二つに割れた。
……。
……。
……。
静寂。
俺は空を見上げた。
雲の間から、青空が覗いていた。
「……父ちゃん」
「何や」
「今の、めっちゃ格好よくなかった?」
「格好ええかどうかの前に、制御を覚えろ!!」
正論やった。
---
「……つまりやな」
ワカバが地面に線を引きながら説明し始めた。
「風は、お前の意思である程度自在に動かせる。せやけど雷は、まだ出した後の制御が甘い」
「うん」
「そこへ風を重ねたら、雷の逃げ場がなくなって、余計に威力が上がったんや」
「……なるほど」
「理解したか?」
「つまり、風と雷を合わせたら、めっちゃ強い」
「そこだけ理解すんな!!」
親父の教育方針が崩壊しかけとる。
でも、分かったこともある。
荒凪は、風をまとわせても問題なく振れる。
雷をまとわせても、刀身そのものには傷ひとつない。
武装色も通る。
つまり。
「……ゴルド!」
俺は訓練場の端へ向かって叫んだ。
「お前の刀、最高や!!」
ゴルドが顔を上げた。
「……ほんまか?」
「風も雷もいける! 武装色も問題ない! これ、めっちゃええ刀やで!」
ゴルドはしばらく黙っていた。
そして。
「……っしゃああああ!!」
両拳を突き上げた。
「俺の刀が! 俺の刀が雷に耐えたぞ!!」
感動しとる。
職人が感動しとる。
……いや、待て。
「ゴルド」
「何や!」
「次はもっと強い雷も試してええ?」
「絶対にあかん!!」
即答やった。
---
試し斬りの最後に、もう一度ワカバと向かい合った。
今度は、荒凪に風だけをまとわせる。
雷はまだ危ない。
さっきからゴルドが訓練場の端で「雷禁止」の看板を作っとるし。
俺は呼吸を整えた。
武装色。
風。
見聞色。
三つを同時に使う。
ワカバの剣先が動いた。
一秒先の未来。
右から来る。
俺は荒凪を振った。
ガギィン!!
刃がぶつかった瞬間、風を解放する。
ドンッ!!
ワカバの剣がわずかに押し返された。
今や!
俺は踏み込んだ。
荒凪を返し、斬撃の軌道を変える。
ワカバの剣の外側を抜けて、肩口へ迫る。
……届く!
そう思った瞬間、ワカバが半歩だけ動いた。
俺の刃が空を切る。
そして、額に軽い衝撃。
コツン。
ワカバの剣の柄が、俺の額を小突いていた。
「……負けた」
「惜しかったな」
「最後、絶対当たったと思ったんやけど」
「思った時点で、まだ甘い」
ワカバは剣を納めた。
「せやけど、今のはええ一撃やった。風をまとわせた分、今までより斬撃に幅が出とる」
「……ほんま?」
「ほんまや。ただ、雷はもうちょい練習してからにせえ」
「分かっとる」
「人がおる場所では使うなよ」
「分かっとる」
「船の上でも、最初は使うなよ」
「……分かっとる」
「今ちょっと間があったな!?」
親父のツッコミが冴え渡っとる。
俺は荒凪を見た。
刀身にまとわせていた風が、ゆっくりと消えていく。
荒凪。
ゴルドが造ってくれた、俺だけの大太刀。
風をまとわせれば、斬撃が伸びる。
雷をまとわせれば、威力が跳ね上がる。
両方合わせれば……たぶん、とんでもないことになる。
まだ完全には扱えへん。
でも、これから海へ出るんや。
練習する時間はいくらでもある。
「……次は当てるで、父ちゃん」
「楽しみにしとるわ」
ワカバが笑った。
俺も笑った。
そのとき。
「ゴルドォォォ!!」
ダグの叫び声が響いた。
振り返ると、ゴルドが地面に膝をついていた。
「……どうしたん?」
「刀が……」
「刀?」
「俺の刀が……」
ゴルドは荒凪を指さした。
「ワカバ相手にあんだけ打ち合って、風も雷もまとわせて、刃こぼれ一つしとらん……!」
目から涙が流れていた。
「……完成や……!」
あかん。
職人が感動しとる。
「ゴルド、ありがとうな」
「おう……! 大事に使えよ……!」
「もちろんや」
「船首はもう振り回すなよ……!」
「それは状況による」
「状況によるな!!」
こうして、荒凪の試し斬りは無事に終わった。
……いや。
訓練場に大穴が開いて、丸太が薪になって、雲が真っ二つになっとる。
これを無事と言ってええんか?
「ガルド」
ワカバが、俺の肩を叩いた。
「明日、訓練場の修理な」
「……はい」
海賊になる前に、また仕事が増えた。
その夜。
港では、出航の準備が進んでいた。
白羊号の帆が張り替えられ、船倉には食料と水が積み込まれていく。
船室も改装された。
俺が入れるように、天井の一部をぶち抜いたらしい。
……いや、ぶち抜くって。
「これ、船の強度は大丈夫なん?」
「補強したわ!」
ゴルドが叫んだ。
「お前の部屋だけ、ほぼ倉庫やけどな!」
「船長室やぞ!?」
「お前の体格で個室があるだけ感謝せえ!」
反論できへん。
ミラは航海図を確認している。
ネネは薬箱を点検している。
バオは食料の在庫を数えながら、ダグが干し肉をつまみ食いするたびに木べらで叩いていた。
「痛っ!」
「それは航海中の食料や!」
「一枚くらいええやろ!」
「お前が一枚食うたら、ガルドが十枚食うんや!」
「何で俺が悪いん!?」
俺も悪者にされた。
理不尽や。
ゼンは最後まで帳簿を握っていた。
「ガルド、出航前に確認するで」
「……まだあるん?」
「船の修理費、食料費、備品代。それから島への返済計画や」
「海賊になる前に借金持ち!?」
「白羊号を持っていくんや。タダやと思うなよ」
「自由の大海原とは!?」
ワカバが横で煙草を吸っていた。
「稼いで返したらええ」
「父ちゃんまで!?」
「海へ出るんやろ。自分の船の面倒くらい自分で見い」
「……はい」
海賊王になる前に、まず黒字経営を目指さなあかんらしい。
俺の冒険、思っとったんと違う。
翌朝。
港には、島の連中が集まっていた。
白羊号は、出航の準備を終えている。
俺は甲板に立った。
腰には荒凪。
隣には、いつものようにダグ。
「……いよいよやな」
「せやな」
「緊張しとる?」
「ちょっとな」
「お前でも緊張するんやな」
「そらするやろ。初めての航海やぞ」
「俺は楽しみでしゃあないわ」
「お前、船酔いするくせに」
「……それは言うな」
出航前から右腕が青い顔をしとる。
大丈夫か、この海賊団。
桟橋の先にはワカバがおった。
いつもの服。
いつもの煙草。
いつもの、妙に落ち着いた顔。
「ガルド!」
親父が声を張り上げた。
「忘れもんはないか!」
「大丈夫や!」
「財布は!」
「ある!」
「航海図は!」
「ミラが持っとる!」
「薬は!」
「ネネが持っとる!」
「食料は!」
「バオが管理しとる!」
「船の操縦は!」
「……ミラ?」
「お前は何を担当するんや!?」
ぐうの音も出ん。
「……戦闘?」
「普段は働かん気か!」
島の連中が笑った。
俺も笑った。
そのとき、ゴルドが桟橋の先から叫んだ。
「ガルド! 荒凪、絶対に折るなよ!」
「分かっとる!」
「あと、船を振り回すなよ!」
「それは約束できへん!」
「約束せえや!!」
何でや。
海戦中に船を振り回したくなる可能性もあるやろ。
俺の能力と腕力を考えたら、十分あり得る戦術や。
……あかん。
ミラがものすごい目でこっちを見とる。
「ガルド。白羊号を振り回したら、海に捨てるで」
「すみませんでした」
航海士も強い。
俺はもう一度、港を見渡した。
この島で十八年間、生きてきた。
ワカバに拾われて、育てられて。
ダグと喧嘩して。
自警団に入って。
仲間ができて。
何度も馬鹿なことをして、そのたびに怒られて。
その全部が、俺の人生や。
「父ちゃん!」
俺は叫んだ。
「行ってくるわ!」
ワカバは煙草を指に挟んだまま、片手を上げた。
「おう。行ってこい」
たったそれだけ。
でも、十分やった。
俺は荒凪の柄に手を置いた。
ゴルドが造ってくれた刀。
ワカバが教えてくれた剣。
仲間たちが整えてくれた船。
全部持って、海へ出る。
「ミラ! 出航や!」
「はいはい。帆を上げるで!」
「ダグ! 錨を上げろ!」
「任せろ!」
ダグが鎖を引いた。
巨大な錨が、海から引き上げられる。
……いや、待て。
「ダグ! それ、お前の武器の方や!」
「えっ」
「船の錨を上げろや!!」
「紛らわしいねん! 何で錨が二つあんねん!」
「お前が武器に錨使っとるからやろ!!」
出航五秒前に大騒ぎである。
島の連中が腹を抱えて笑っていた。
ワカバは額を押さえとる。
ゴルドは何か叫んどる。
俺は深く息を吸った。
……よし。
前途多難やけど。
「ほな、行くで!」
白羊号の帆が風を受けた。
俺は少しだけ、追い風を吹かせた。
船が動き出す。
港が遠ざかる。
島が小さくなる。
見慣れた景色が、少しずつ水平線の向こうへ消えていく。
胸が高鳴った。
海の向こうには、何が待っとるんやろ。
海賊か。
海軍か。
世界政府か。
それとも、まだ見たこともない怪物か。
何が来ても、全部まとめて相手したる。
……と言いたいところやけど。
「ガルドォォォ!!」
ダグが船縁にしがみついていた。
「……何や」
「気持ち悪いぃぃぃ!!」
「まだ港出たばっかりやぞ!?」
右腕、早くも戦闘不能。
俺の冒険は、船酔いした男の絶叫とともに始まった。
――第6話 了