「ならば次は自分とバトルをしてもらおう」
なんか良い感じの雰囲気で帰ろうとした吉政の前に現れた青髪の女性。
そしてその女性は真っ直ぐに吉政の目を捉えて離さない。
吉政も負けじと──ではなく、思考停止状態で目の前の女性を見つめる。もはや相手を人として認識を持っているかは別として。
──なんかあの人と背格好が似てんなぁ。
ぼんやりと眺めていると、吉政はふとそんなことを思い浮かべた。おもわず過去の記憶と赤の他人を重ねてしまった自分がいることに吉政はつい鼻で笑ってしまった。
「なにがおかしい?」
しかし吉政が鼻で笑ったのをみて、相手は目尻をさらにつり上げた。
「いやこっちの話。ところでなんの話だっけ?」
「バトルだ。兼続を下したきさまに自分はバトルを申し込む」
ねー! なんでこの街はこんなバトルジャンキーが多いの?! 世紀末なの!? 目と目が合ったらバトルしなくちゃいけない法律でもできたの!?
頭の中で頭を抱えブリッジする自分を想像した吉政は却って冷静になった。
「……俺と兼続のバトルを見てなかったのか? あれ以上のバトルを今日はできそうにない」
「だからこのまま帰らせてもらいたいな」
取ってつけたような言い訳だが、吉政にとってはかなりいい線をいってると自画自賛していた。それはつい、周りの空気も目の前の相手も視野に入らなくなるほどに。
「この自分が兼続よりも取るに足らない存在だと言いたいのかッ!」
吉政が再び現実世界に戻ってきたのは怒気を含んだ声が脳天に響いたからであった。それを発した女性も苦虫を噛み潰したような表情で吉政を睨みつける。
そんなこと言ってネーヨ! ちょっとキツい言い方はしたけどさぁ!
「確かに今しがた到着したばかりで、きさまらのバトルを自分は目にしていない」
「うん」
「だが、きさまが兼続を打ち倒したことは事実」
「まぁ、それはそう」
「ならばきさまと自分がバトルする理由はそれだけで十分だ」
……なんで? 起承転結がごちゃごちゃになってないか。
もう言い返す気力も残っていない吉政は神妙な顔つきで簡単な相槌を打っていたが、話が2段も3段も飛んでいくせいで話についていけなくなっていた。
「それに西ムサシへ勢力を築き上げようとする中で群青組を意にも介さないとは、泥をかけられたも同然」
「ならば群青組のリーダーとして、この
あ、まずい、この流れは。
「待った──」
さすがにまずい流れを読み取った吉政は待ったをかけたが、その儚い願いは多大な歓声でかき消された。
そして早雲も腰のホルダーからケースを抜き取り、高らかに専用マシーンを呼び出す。
「招来せよ、海神丸!」
もうダメだ。諦めるしかない。
いつの間にか押し進められた船がもう引き返せないと諦観する吉政は、もはや悟りの入り口に立っていた。
早雲の第1ターン。
早雲は青のネクサス『千間観音堂』を配置しターンエンド。
何段にもわたって無数の仏像がそびえ立つそれは、おぞましさと神聖さが相半ばするネクサスであった。
吉政の第2ターン。
吉政はマガツ・ドラグーンをLv1で召喚し、そのままアタック。
アタック時効果で1枚ドローし、早雲のライフを1つ削った。
早雲の第3ターン。
「メインステップ。青海童子をLv1で召喚」
青い鎧に包まれた屈強な肉体。そこへさらに三叉槍を備えたスピリットが現れる。
「さらにネクサス『千間観音堂』をLv2で配置」
早雲の背後に2枚目の『千間観音堂』が配置され、倍化されたネクサスが後光をさすように早雲の後ろで輝く。
その光景に吉政は手の甲で焦点が合わなくなった目を拭う。
くっそ、ただでさえ頭回んないのにあんな目がチカチカするもの出しやがって……。
連戦に次ぐ連戦。しかもラストバトルだと決めて力を振り絞った兼続との激戦もやっとの思いで制したもの。まさに精も根も尽き果てた状態。
疲弊した吉政にとっては火を避け水に陥るものだった。
「アタックステップ。ネクサスの効果で系統『闘神』を持つスピリットにBP+2000。青海童子でアタック」
だが、その疲労を加味せずとも吉政が劣勢なことは間違いなかった。
「そして青海童子のアタック時効果【粉砕】発揮」
「このスピリットと同じLvの数だけ、相手のデッキからカードを破棄」
しかもよりによって青のデッキ破壊……!
「青海童子のLvは1。よって1枚破棄」
吉政のデッキからカードが1枚破棄される。
「ネクサス『千間観音堂』のLv2効果発揮」
「ソウルコアが置かれている自分のスピリットによって相手のデッキを破棄したとき、さらに相手デッキから5枚破棄する」
当然、アタックした青海童子にはソウルコアが置かれている。
早雲の荒波が吉政のフィールドへと差し迫った。
「もう5枚破棄!」
──クソったれ、今ので『メテオストーム』が1枚トラッシュに落ちた。
「ライフで受ける!」
今までのバトルはライフだけを意識すればそれでよかった。しかしこのバトルは根本的に話が違う。
「これできさまは膝まで浸かった」
「ターンエンド」
今回は『千間観音堂』が1つしかLv2に上がってなかったから6枚切りで済んだけど、次からは確実に2枚ともLv2へ上げてくる。
「このままじゃ1ターンで最低11枚は削られる……」
吉政のデッキは既に残り30枚を切っている。それは吉政に残された猶予が約3ターンであるということ。
──ジークヴルムノヴァはもう手札に来てる。
残るはジークヴルムとダークヴルムノヴァを引きに行くだけだ。
吉政のバトルスタイルはいわば大器晩成型。デッキもまた然り、そのスタイルを忠実に貫くために構成されている。
わざと相手にライフを打たせ、コアを溜め、ドローを重ね、そうして耐えに耐えたその瞬間、一気に爆発させる。
だからこそ致命的な弱点もある。
「スピリットの攻撃はふせげてもアタック時効果は防げない……!」
あえて後手に回って、キーパーツを揃えつつ相手の上をいくのが吉政のデッキ。
そのためどんな状況でも1ターンを必ず凌ぐための防御手段はあるが、逆を言えばそれは『相手にも
吉政の第4ターン。
「メインステップ。ソウルホースを召喚」
「身を削る手だけどやるしかない……マジック『ソウルドロー』を使用!」
普段なら気兼ねなく手札を増やすが、青デッキ相手には慎重にならざるを得なかった。
そしてコストにソウルコアを使うことで、吉政はデッキより3枚ドローする。その引き込んだ3枚は今の状況では上々。ほぼ理想的な引きと言ってもよかった。
よし、ダークヴルムノヴァも来た。あとはジークヴルムを待つだけ……!
「それに身を削った甲斐はあったな! マジック『スパイラルヴェイン』!」
「赤シンボルがあることにより『スパイラルヴェイン』の【
赤シンボルの力を受けたマジックで早雲の『千間観音堂』1つを破壊。
「どうだ! その気になればこっちにも打つ手はあるんだ!」
「喚くな。この程度で自分は止められない」
強がってはいるが吉政も実際は延命措置もいいとこだと理解をしていた。
ネクサス1つを破壊しても早雲のデッキ破壊は依然として止まらない。
言ってしまえば、吉政のやっていることは貝殻で必死に海の水を掻き出そうとしているようなもの。
「アタックステップ。マガツドラグーンでアタック!」
「アタック時効果で手札を1枚増やす──まぁ、そう上手くはいかないよな」
一縷の希望をかけたドローも虚しく、望んでいたカードを引き当てられずにいた吉政に焦りが灯る。
「ライフで受ける」
「きさまがなにを待ち望もうとも自分には関係ない。その前にすべてを飲み尽くすだけだ」
「なら前の前に決着をつけてみせる、ターンエンド」
早雲の第5ターン。
「メインステップ。もう1体、青海童子をLv3で召喚」
「これできさまが胸まで浸かる準備は整った」
「アタックステップ! 青海童子でアタック!」
「アタック時効果でデッキから3枚破棄!」
「さらに『千間観音堂』の効果でもう5枚破棄だッ!」
吉政のデッキから合計8枚ものカードが破棄される。破棄されたカードを確認した吉政は露骨に動揺を見せた。
「こんにゃろ……」
デッキから破棄された中には雷皇龍ジークヴルムが2枚含まれていたからであった。
これでデッキに残るジークヴルムは1枚。頼みの綱が途端に削がれた吉政はより一層体に力が入る。
トラッシュのカードに気を取られた隙に青海童子は吉政の目の前まで迫っており、フラッシュタイミングもブロック宣言の時間も残されていなかった。
「ライフで受ける!」
「ターンエンド」
吉政の第6ターン。
「ドローステップ」
──引いたカードはブレイドラ。
「駄目か……」
引いたカードがなんであれ、バトルをしている以上はフィールドの状況、手札、相手のプレイスタイルを考慮して攻め手を考えなければいけない。
「メインステップ。ブレイドラと2体目のマガツドラグーンを召喚」
「さらにマジック『ビッグバンエナジー』を使用」
「このターンの間、手札にある系統『星竜』を持つスピリットのコストを自分のライフと同じ数、つまり3にする」
しかし自身のライフが減れば減っているほど真価を発揮する『ビッグバンエナジー』も、この状況では効果は半減であった。
「コスト3のフル軽減、滅神星龍ダークヴルム・ノヴァをLv1で召喚!」
自身のキースピリットを召喚した吉政はそこで手が止まるほど逡巡する。
──ここでダークヴルムノヴァを【転召】させれば、ジークヴルムノヴァを出すことはできる。
Lv2のジークヴルムノヴァなら早雲のスピリットもライフ、両方削れる。そうなれば早雲も迂闊にはアタックできないはず……。
だけどそれじゃ、
俺のバトルはダブルノヴァを召喚して決めてこそ本当の勝利。
最初から諦めたバトルなんて自分自身が認めない。
だったら次のターンで残り1枚のジークヴルムを引き当てて、ダブルノヴァで本当の勝利を勝ち取ってやる──!
「このままアタックステップ!」
「ジークヴルムノヴァの姿は見えず──か」
スタジアムの傍ら、2人のバトルを見ていた兼続はバトルの流れを俯瞰していた。
「吉政のスピリットはこれで5体。早雲のライフは残り3、ブロッカーは1体のみ」
「点ではなく面で攻めるつもりか」
しかし兼続は知っている。そう容易くアタックを通す生易しい女ではないことを。
「ブレイドラでアタック!」
このまま早雲に流れを渡しちゃ駄目だ。でないと止められなくなる。
アタックを仕掛けて早雲に守りの意識をもたせるんだ。
だがその攻撃も早雲にとっては無意味に等しかった。
「フラッシュタイミング。マジック『ブレイクグラインド』を使用」
Lv3の青海童子をLv1にダウンさせ、早雲は青マジック『ブレイクグラインド』の効果を発揮。
「相手のコスト3以下のスピリット3体までを破壊!」
マジックの効果により吉政のアタック中のブレイドラとソウルホースが手も足も出ずに破壊される。
かろうじて乗り出した策も早雲の一手でことごとく破砕される。
「このタイミングでそのマジックかよ……」
「さらにこの効果で破壊したスピリット1体につき、相手デッキの上から2枚破棄」
「
さらに吉政のデッキは破壊され、手に取らなくても目視で数えられるほどまでに追い込まれる。
マガツドラグーンのアタック時効果は強制……アタックしたらデッキを減らさないといけない。
さらにいえば、早雲のブロッカーである青海童子は『千間観音堂』の効果でBP7000。Lv1のダークヴルムノヴァでは圧をかけるどころか返り討ちで終わる。
「……ターンエンド」
あるゆる可能性を考えても、もはや選択肢はないに等しく、吉政は渋々ターンを返すほかならなかった。
早雲の第7ターン。
「潮は満ちた」
「今こそ出でよ、大海の王。 聖なる蒼き御名の元にっ、天地万物、森羅万象、一切合切飲み尽くすがいい!」
「 ──蒼海明王、降臨!」
高く激しく上がった水柱から現れる早雲のキースピリット。阿修羅の如き巨人、蒼海明王が満を持してフィールドへ姿を見せる。
「これできさまは終わりだ」
「蒼海明王でアタック!」
「蒼海明王のアタック事効果! 相手デッキの上から7枚破棄!」
蒼海明王の一撃で一段と荒れ狂う大波が吉政へと押し寄せ、デッキを破壊。
「さらに『千間観音堂』Lv2効果でもう5枚!」
さらに追随してデッキ破壊。
幾度となく荒波に晒さられた吉政はついにその底を見ることになった。
そしてトラッシュに送られた1番上のカードを見て、吉政は引きつった笑いを見せる。
「よりにもよって、ラスト1枚がジークヴルムだったか」
運がいいのか悪いのか、それすら考えることをせず、呆然とした吉政へ蒼海明王が容赦なく斬りつける。
「ターンエンド」
吉政のライフはまだ残っている。しかし早雲の攻撃はすでに終わった。
「デッキアウト……俺の負けだ」
吉政は目の前が真っ暗になった。
吉政が目を覚まし、視界を遮っていたものを取り払うと、そこに映ったのは知らない天井だった。
「……なんだっけか」
ああ、そっか。俺バトルに負けて──
「目を覚ましたか」
声がする方へ顔を向けると兼続が腕を組みながら壁に背中を預けていた。
「兼続……」
「その分だとずいぶん堪えたようだな」
「あんなバトルして堪えない奴は、それこそ身体が超合金かなんかだろうさ」
吉政はバキポキと体中を鳴らしながら上半身を起こした。自身に緑の羽織が掛けられていた事に気付き、それを丁寧に畳んでそばに置く。
「というか誰だよ、あの早雲ってS級。めちゃくちゃ強いじゃんか」
「群青早雲。西ムサシの港周辺を拠点にする群青組の姫様だ」
また出たよ……組とかチームとか、バッチバチの火種にしかならないような単語。
辟易する吉政はあぐらをかく姿勢に変え、腕を真上に伸ばしながら右へ左へと体を揺らし伸ばす。
「そもそも俺は勢力争いをけしかけたわけじゃないっての」
「そうらしいな」
その返答に吉政の顔色はパッと明るくなった。
ようやく理解者が──! と喜ばしく思ったのも束の間、兼続の続きの言葉を聞いて一気にテンションが下がる。
「だが早雲からおまえに言伝だ。『このムサシを我が身一つで獲ろうなどという大それた夢は、自分を倒してから見ることだな』……そうだ」
あまりにも過激な伝言に吉政は畏怖恐々とするしかなかった。
いつの間にか「西ムサシ」から「ムサシ」に解釈が広がっていることにも嫌な予感がたまらなく沸き立つ。
「……熨斗つけた駄菓子の詰め合わせでも持参して弁明すればわかってくれるかな?」
「おまえはそれで解決できると思うのか?」
「無理」
即答だった。どう考えてもあのストイックな人間に言葉では伝わりそうにない。むしろ挑発だと食ってかかれそうでもある。
「だが吉政。おまえの本心がどうであれ、もはや今回のことはおまえだけの問題ではない」
「え?」
寝台から足をぶらぶらさせ、今後の身の振り方を考えていた吉政に兼続がさらなる一石を投じた。
「俺を打ち倒したことはすぐにムサシの隅々まで広がるはずだ」
「当然、東ムサシを縄張りにする
炎利家──その名は吉政も至るところで耳にしていた。
しかしどちらかといえば話の中心は炎利家率いる『炎組』に関してだったが、なんにせよ、吉政にとってはお近づきにはなりたくない存在であった。
「あー、まぁ……派手にやったのは俺だから、その分の責任はあるわな」
少し天狗になっていた自分にはいい薬だ、と思い返す吉政は寝台から腰を上げて地面へ着地する。
「世話になっちゃったな。このお礼は別の形で返させてもらうから」
そしてしわにならないよう畳んだ羽織を兼続へ渡しつつ部屋をあとにしようとした。
だが去り際に兼続が横から言い添えるように喋り始める。
「いや、礼を返すのは俺のほうだ」
「近いうち、万全を期したおまえに再戦を申し込む。今回の礼はその時に返させてもらう」
それを聞いた吉政は兼続の方を向いて答えた。
もちろん不満ありありの怪訝な顔で。
「……俺の話聞いてた? まぁバトル自体は歓迎だけどさ」
「やるなら草野球ならぬ草バトスピで頼むよ」
そうして吉政はすでに人気がなくなっていたスタジアムをあとにする。先ほどまで人で溢れかえっていたのに今では自分の足音がこだまするほどの静けさであった。
──当然、炎利家の耳にも入るだろう。
そして日が落ちるに伴って街頭が点々と灯り始めた帰り道で、吉政はある決意を胸に宿す。
「よし、決めた」
S級バトラーとして初めてムサシで戦ったこの1日。辛勝と惨敗。その小さくない出来事は吉政に変化をもたらした。
「明日から隠居生活だ」