フィクション依存症 作:たくみきんぱつ
昨日のことだ。お母さんがいない平日の昼間にお母さん寝室へ忍び込んだ日のことだ。お母さんが大事にしている箱の中身を質屋で売ろうと思って、それを盗んだ昨日のことだ。
ボクはそれを盗んだことがバレない内に、すぐにでも売りへ行こうした。
けど、その前にボクは自分の部屋で箱の中身を確かめることにした。中身に何もなければ、盗み損になってしまうからだ。
そうしてボクは、自分の部屋でその箱の中身を開けた。中には確かに、お母さんが大事に、無くさないためにわざわざ仕舞っていたのだろう結婚指輪があった。
これは、良い値になりそうだ。
やましい気持ちをすべて無視して、そう思った。
だが次の瞬間、その箱の中から出た眩い光がボクの眼を襲った。
ボクは思わず目を閉じた。けど、さっき手に取った大切な結婚指輪は手の中にギュッとしまいこんだ。離したくなかった。卑しいと言われようと、恥と言われようと、この指輪だけは人知れず無くす訳にはいかなかった。
※※※
次第に輝きが目の底から引いていく。ボクはゆっくりと目を開けた。そこには、驚くべき光景がそこにはあった。
辺りは、明らかにボクの部屋ではなかったのだ。虹の花々がボクの周りを取り囲むように咲いている景色が、そこにあった。朱、橙、黄、緑、青、藍、紫、それらの色の花が一輪一輪、その存在を世界に見せつけるように咲いている。そして空なのか、それとも天井なのか、上には真っ暗な空間が広がっていた。だが、見える辺りはなぜか明るく、その不思議なセカイが遠くまで見渡せる。
それだけじゃなない。ボクの体、服装にも変化が起こっていた。明らかに自身の身長が伸びていて、服装もなぜかお伽噺に出てくる騎士のような格好になっている。黒いマントを纏って、灰色の鎧一式に黒い手袋を身に着けいた。他には、腰に剣をぶら下げて、頭には赤いリボンまで巻き付いている。
明らかに、何もかもがオカシクなっていた。でもそれらすべてを置き去りにして、ボクはハッとした。手元にあるはずの感覚がなかったからだ。
ボクは息を飲んだ。ゆっくりと、ゆっくりと、ボクは開いていた自分の掌を見る。
『指輪が……ない……?』
「呼んだかい?』
『ウわぁ!』
ボクは驚いて声を上げながら、腰を抜かして地面に尻もちをつく。さっきまで自分以外の誰も、この虹色の花畑にはいなかったはずだ。なのに、その男の声はボクの背後から聞こえた。
声の主を探るように、後ろを見る。そこには、背が高くなったボクよりも背が高い男がいた。その男は白銀の短髪をしていて、白い長袖に白いベスト、クリーム色のズボンに影を下したような黒い小綺麗ブーツの服装をした、自分とは全く違う普通の恰好をした男だった。あと、ムカつくくらいツラがいい。
でもそんなどうでもいい服装以上の情報に、ボクは目を見開いた。その男の肌の色が、真っ白だったのだ。まるで、人間ではなく、フィクションに出てくる雪の妖精のようだ。
『……なん……だ? お前は?』
ボクがそう言うと、男は首をかしげて片手をズボンのポケットの中に突っ込み、少し困ったような声色で話し始めた。
「うーん。お前は誰だって顔をしているね? それは、こっちのセリフなんだケド……いいよ! ぼくの名前はエンジュさ。よろしくね!」
イチイチ、無駄にキラキラとしたヤツだ。ボクはそのエンジュと名乗った男に対してそう思った。
ボクは自分の名前を、一応名乗った。本当はイヤだけど礼儀のないやつだと思われないためだ。
『ボクの名前は、ノアだ。それよりも、ここはどこだ? お前はなんだ?』
ボクは矢継ぎ早に、男に対して質問を飛ばしていく。だが、男は黙ったままだ。男の目は、ボクを見つめているのにどこかボクではなく、別の何かを見ているようにも感じられた。
何なんだ? 男はどうして何も言わない?
『何か言ったらどうだ!』
ボクは怒鳴りつけるように、立ち上がろうとした。立ち上がろうとしたのだ。そこで、異変が起こった。
ボクは確かに立ち上がりはした。だというのに、ボクの体はそこから指一本も動かなくなった。なぜかは一切わからない。まるで、自分の体が自分のモノではなくなったようだった。
そんな様子のボクを見かねたのか、ようやく男は口を開いた。
「ン、大丈夫かい? どうやら、本当に無口サンになってしまったようだケド?」
ボクはそう言う男、エンジュとかいう奴に対して言い返そうとした。だけど、体は何一切動くことはない。
だが、目の前の男はそんなボクから何を受け取ったのか、エンジュは相手のいる独り言を続けた。
「う~ン。君は本当にあのノアみたいだね。OK! 困ってるようだから、ぼくがこの世界を案内しよう!」
「……ここはどこだ?」
エンジュの言葉に言い返そうとしたら、今度は確かに口が動いた。でも、それはボクが伝えたい内容ではなかった。ボクが意識的に発した言葉の内容ではなかった。
「ここは、そうだね。例えるとするのなら、嘘で出来た世界、誰かの願いが込められたセカイ、誰かがみた夢のセカイ、そんなところさ。でも、君はこの答えじゃきっと満足しないね。そうだねぇ、それ以外でこのセカイを例えるとするのなら、君の見ている幻の世界だよ。これなら、納得できるハズさ」
エンジュは、ボクではないボクの質問にそう答えた。まるで説明になっていないが、ここが夢の世界だとか、幻の世界だと言うのは納得いかないでもない。妙な恰好をしているのも、この虹色の花畑になぜかいるのも、目の前の胡散臭いギザな男はいるのも、すべてボクが勝手に見ている嘘っぱちだというのなら、説明がつく。嘘というのは、とても便利な言葉だ。
「他に聞きたいことはあるかい?」
「……お前は、ニンゲン?」
また、勝手に口が動いて目の前の男と会話を始める。でもその質問の内容はボクも聞きたいことだったので、別にいいかと思った。
「肌の色からそう思ったのかい? でもそれを言ったら君自身もそうだろう? フっ、鏡を用意しよう!」
エンジュはそう言い、上に手を伸ばす。すると、どこからともなく鏡が降ってきた。比喩表現ではなく、本当に降って来たのだ。夢のセカイはなんでもありらしい。
エンジュに言われるまま、その鏡の中の自分を見る。この行動も体が勝手に動いた結果だ。体を捻ったり、後ろを見ようとしても、体が自由に動くことはなかった。
だがそんな言うことを聞かない自身の体のことよりも、目の前の自分の肉体がオカシクなっていることの方が、ボクにとっては目先の事柄だった。
視界に収まったボクの体は、明らかに人間のそれではなくなっていた。顔はボクのものではなくなっていて、ボクの肌は真っ赤になっている。頭からは、取って付けたような猫の耳まで生えていた。
「驚いているね。でも、これもすべては夢のセカイの出来事なんだから、何も気にすることはない。せっかくだし、もっとこのセカイを──」
エンジュがそうボクをどこかに誘導するように何かを言いかけたそのときだった。何か、いや誰かがボクとエンジュの間に割って入るように現れた。
「ダメだダメだダメだ‼ オマエがどうしてここに居る? どうしてノアと一緒にいるんだ‼」
訳の分からないことを大声で叫びながら登場したソイツは、ボクと同じくらいの身長をしていて、ピンクのフードを全身に羽織っていた。そのせいで顔はよく見えない。
当然、ボクは突然現れたピンク野郎にも、エンジュと同じように文句にも似た質問をぶつけようと思った。けどやっぱり、ボクの体は自由には動かない。
「とりあえずエンゲージ、オマエは奥の城に行くんだ!」
「その呼び方はやめてくれって前にも言わなかったかい? ガンコ君に通じるとも思ってないケド、せめてノアの前でくらいカッチリしたのはやめないかい? そっちの方がきっと親しみやすいだろうさ」
「……ムぅ、屁理屈を。わかったからエンジュ、オマエは城に行くんだ!」
「わかったよ。悪いねプリンス、ぼくたちはここでお別れみたいだ。ケド、またすぐに会えるからね」
そう言って、エンジュはボクに後ろ姿を向けてスタスタと歩いて行く。
会って数分の奴に対して恋しいもクソもない。というか、プリンスだとか、王子様だとか、一体誰の話をしている? 城ってなんの話だ?
ボクがそう困惑していると、うるさいピンクマンがその様子に気が付いたようで、ボクに話しかけてきた。
「……えっと、こんにちは王子様。僕はしがない案内役……でもなくて、えっと、えっとまずは名前からだっけ?」
さっきのエンジュに対する物言いはどこへ行ったのか、別人のようにボクに対してよそよそしくしている。
本当に何なんだろうか? ボクのことを王子様と呼ぶのもわからない。それに、気が付けばエンジュはどこかへ消えたのか、この虹色の花園からいなくなっていた。
「……お前は、ニンゲン?」
先ほどにもエンジュに対して勝手に行われた口の動きが、また同じように起こった。本当に、ボクの体はボクのモノではなくなってしまった感覚がする。
「えっと、僕はニンゲンじゃない。実は、僕はモンスターっていう存在なんだ。見ての通り僕は……ってこのフードは、今は取れないんだ。ごめん」
モンスターだって?
ボクは目の前の存在がまるでゲームに出てくるような存在を自称し始めたことに目眩を起こし始めていた。
だが、すべては夢のセカイでの出来事。すべては嘘の物事なのだ。だったら、もう真面目に取り合うのはバカバカしい。ボクが王子と呼ばれることも、さっきの白いニンゲンの姿をしたキザな奴のことも、目の前のピンクマンのことも、全部夢でしかないんだ。
「それで、それで、えっと、僕の名前はプロミィって言うんだ。ノア、よろしくね!」
プロミィ、それが彼女か彼かはわからないが、無駄に能天気そうな声をしているソイツの名前らしい。後ついでに、先ほどのエンジュとの会話を盗み聞いていたのか、名乗っていないボクのことをノアと呼んだのを、ボクは聞き逃さなかった。
「えっと、何か聞きたいことはある?」
「……出口はどこ」
ボクの口は、そう動いた。確かにこの花々は綺麗だがいつまでもこんなよくわからないセカイにはいられない。勝手に動く体に同意するのは癪だが、今はその行動に甘んじることした。
「ああ、たしかに。それもそうだね! だったら、僕がそのこのセカイの出口まで案内するよ。僕はノアの役に立つための存在だからね!」
そう言って、プロミィはボクの後ろについてくるように、ボクの背後に回った。どうやら、ボクが先頭になって進むらしい。
「道なりに進めば町へ行くことが出来るから、まずはそこに行ってみよう! 道に迷いそうになったら、僕が止めに入るからね」
それならなぜ、ボクの前を歩こうとしないのか。どう考えてもボクが先頭ではないだろう。
でも、ボクのこの体はそんなことは気にしないようで、その足はのそのそと動かされた。そうしてその内、走ることを覚えたのか、ボクの足は交互に素早く無理やり動かされた。
次第にボクの体は虹色の花を無慈悲に踏みつけながら、虹色の花畑を抜け出していった。