フィクション依存症 作:たくみきんぱつ
花畑を抜けた先には草原が広がっている。その草原は草の色も普通の緑色ではなく水色で、辺りに茂っていた。
でも、そんなことは気にも留めないのか、この足は止まるところを知らない。
「ねぇ、ノア。そこの草の中に何かあるみたいだよ。取ってみる?」
取るわけないだろ。
ボクはそう思ったが、勝手に動く体はそうじゃないらしい。この体はまるで誰かの、その好奇心が赴くままにプロミィの指した草の根をかき分けて、その奥側を見ることになった。
そこには、小さくてなんだか心もとないくらいにボロっちい、周りにツバがついた革の帽子がある。そしてこの体はそんなものに対して何の警戒心もないのか、ひょいとその帽子を拾い上げてしまった。
「えっと、その帽子は装備もできるからね。もしよかったら、ここで装備してみる?」
装備? 帽子なら装着、いや普通に被るが正しいような気がするし、なんだか言葉選びがオカシイ気がする。
でも、そんなことはこの夢のセカイにおいて気にされることはないらしい。この体がその帽子をピンクの布の上に問答無用で被せたのが、その答えだった。
「えっと、ノア? その、似合ってるのかな?」
ボクは、その布を取って素顔の上に被せたほうがいいんじゃないかと、目の前のピンクマンには思わずにいられない。どうしてフードの上に帽子を被るんだろうか、そのセンスがわからない。
「このフードは、その……まだ取るべきときではないんだ。その、気になるだろうけど、今はガマンしてね」
まるで自分の方がワガママを言っているようだ。何もしていないのに、この世にある当然の疑問を抱いているだけなのに。まるで、このセカイそのものに、そんな常識を求めるのは早々にやめるべきだと嘯かれているようだ。
そこから、帽子を被ってピンクのフードを纏ったプロミィと一緒に道なりを進んだ。そうすると、目の前また知らない化け物が草の間から現れた。
「化け物じゃないよ⁉ あの子は僕と同じモンスターで、このセカイに暮らす住人の一人なんだ。それで……」
プロミィの説明はそこで唐突に、ボクが見つめるセカイともに区切られた。目の前のセカイが急変し、背景が黒くなり、ボクは勝手に動く体と自然とシンクロするように腰にある剣を抜いた。
現れたモンスターとの戦闘が始まったようだ。
そのモンスターはここらに生えている雑草らしきものと同じ水色の体をしており、その形は丸っこく、その体は布でできているようだった。そして、丸く黒い目を二つ持ち、赤い舌をその口から飛び出させていた。
「わぁ、おうじさまだ。こんにちは!」
まただ。このセカイの住人はボクのことを何の根拠を持ってか、どこぞの王子様だと勘違いしているらしい。そして、相手はその口調から幼く、こちらに敵意がないのだろう。
でも、そんなことは関係ないと言わんばかりに、この体は戦闘態勢に自動で移行する。どうやら、一方的にそこの弱そうな存在を倒すつもりらしい。
「ままま、待ってノア! その子はこっちを襲ってくる気はないんだ。ちょっと一緒に遊ぼうとしているだけで……」
そう言いながら、プロミィがボクの隣に来て、ボクと目の前のまんまるモンスターとの戦闘を止めようと、ボクに呼び掛けた。
この体にもその思いが届いたのか、剣を抜いたまま構えるだけで、それ以上のことは起こさないようだった。どうやら、勝手に動くこの体にも一定の思考回路が存在するらしい。でなければ、ここで意図的に立ち止まることはしないだろう。
「えっと、ノア、その剣はただあるだけでいいんだ。誰も傷つける必要なんてない。そんな、優しいセカイが、ここにはあるんだ」
そう言うプロミィの面持ちは、さっきとは打って変わって至極真面目なものだった。ボクだって暴力沙汰にはしたくない。けど、この体であるはずの別のモノがそれを許してくれないかもしれない。
けど、そんな緊張の中、どこかで本当に他人語事のようにこのセカイを見つめている自分がいるのも、また事実だった。さっきの虹色の花園からある、ボクの気持ちは変わっていない。このセカイはどうせ何もかも夢で、幻でしかないのだから、バカ真面目に取り合う必要なんて本気でないだろうという奢りにも似た何かが、今の自分にはあった。
プロミィはそんなボクの部分には気づいていないのか、この戦闘の説明を続けた。
「あのね、この戦闘であの子は僕たちと一緒に遊びたいだけなんだ。だからできれば、誰かを傷つける選択ではなく、あの子と遊んであげる選択をしてほし──」
そう、プロミィがこの戦闘の本来の形を説明し終わった途端だった。
この体は突然走り出し、剣を大きく振りかぶった。その剣はそのまんまるのモンスターへ無情に突き刺さる。その一連の動きは、目の前のモンスターにも、プロミィにも、ボクも止められるものではなかった。そして、刺されたモンスターが抵抗する間もなく殺されたという結果だけが残る、夢の光景が進行している。
眼前にいる幼いモンスターは、悲痛な断末魔を上げる間もなく息絶え、キラキラとし虹色の小さな大量のたまにへと変貌を遂げた。
ボクは数秒の間、放心してしまった。そうなったのは、優しいだけだと勘違いしていたことにか、それとも夢の中でさえボクはこんなにも無力だったのかと気づいたからか、今の僕には判断はつかなかった。
気が付けば、周りの黒い背景はさっきと同じ水色の平原へと元通りになっていた。戦闘が終わったということだろう。そして、その虹色の玉はこの体内に吸収されたのか、少し自分の体が強くなったような気がした。
「あ、あああ、そんな、そんな」
悲痛な声を上げたのは、今、確かにこの体が刺殺したモンスターではなく、目の前で起こってしまった惨劇を止めることのできなかったのだろうプロミィだった。
ボクは、間違えたのだろうか。だが、その物言いには異議を唱えざるえない。これは、ボクが行ったことではない。この体が勝手にやったことだ。ボクのせいだなんて、そんなはずはない。
「……ノア、わざとじゃ……ないんだね? そっか、そうだね……大丈夫! 大丈夫だよ!」
何が大丈夫なのか。プロミィのその表情は、明らかに引きつったものになっていた。それは、同族を殺されたことから来るものかもしれないし、この体の行動を止める事が出来なかったことから来ているのかもしれない。
この体はなんなんだろう? どうして勝手に動くのか、夢にしては都合が悪い。文字通り、夢見の悪い光景に広がっている。
そう思った時だった。
……間違えた。
そんな、誰かの声が胸の底から、ココロの奥底の部分から聞こえた気がした。
そのとき、視界に映り込むセカイのすべてが真っ白に消し飛び、ボクの意識とともにセカイは暗転した。当然、何が起こっているのかなんて、ボクには理解できない。
最後に見えたプロミィは、フードに隠れて表情は見えなかったが、どこか少し驚いているように見えた。でもその様子は、何か足りなかった。少なくとも、ボクと同じ状況には見えなかった。
まるでこの唐突すぎる現象が何かわかっていて、その先のことをプロミィは見ているようだった。
※※※
「あの、ノア。そこの草の中に何かあるみたいだよ。取ってみる?」
取るわけないだろ。
ボクはそう思ったが、勝手に動く体はそうじゃないらしい。この体は誰かの好奇心が赴くままにプロミィの指した草の根をかき分けて、その奥側を見た。
そこには小さくてなんだか心もとないくらいにボロっちい、周りにツバがついたの革の帽子があった。そしてこの体はそんなものに対して何の警戒心もなくなってしまったのか、ひょいとその帽子を拾い上げた。
「えっと、その帽子は装備もできるから……」
プロミィは急に言葉を歯切れ悪くした。
というか装備? 帽子なら装着、いや普通に被るが正しいような気がするし、なんだか言葉選びがオカシイ気がする。
「のっノア、えっと何の話だっけ?」
プロミィは鳥ではないだろうに、ついさっきした会話を忘れてしまったらしい。プロミィから始めた会話だろうに、それをすぐに忘れるのはどういうことだろう?
「あ、ああそうだったね。この帽子は……装備ができるんだ。えっと、こんな風にね!」
そう言うと、プロミィはボクからその帽子を取り上げて、自身のピンクのフードの上に被せた。
その布を取って、素顔の上に被せたほうがいいんじゃないかと、目の前のピンクマンに対してそう思った。どうしてフードの上に帽子を被るんだろうか、そのセンスがわからない。
「どっどうかな? 装備についてわかった?」
「……さっき聞いた」
この口はそう答えた。
さっき聞いたも何も、ボクはないも知らない。なぜ、この体はそんな無責任に勝手なことを言うのだろうか?
「えっと。そっか! それなら、その、よかったよ。装備は身を守るための基本的なことだからね。しっかり忘れず覚えておこう!」
そうして会話が一時終わった後、ボクはこっちの外れた道から戻って、さっきの場所に戻ってまた道なりを進もうとする。
けど、そのときまた、プロミィに話しかけられた。
「あ、あの、ノア。そのぉ、君のしたいことを邪魔するわけじゃないんだけど、こことは別の道を使って町に行かない? 実は、そっちの方が近道なんだ!」
いまさらな話だが、いきなり何を言い出すのだろう、このピンクマンは。
町に行こうと提案したのはプロミィで、この道に案内したのもプロミィのはずだ。なのにどうして近道を最初から言おうしないのか。
多分、この体が自由なら、そんな文句を出会って数分の怪しいピンクマンに言っていたことだろう。しかし、そんなたらればは叶わない。
この体はその提案を聞くだけ聞いて無視するのか、そのプロミィの言う近道は使わないようだった。この足は自然と道なりの方に動く。
「あ、えっと、待って! ノア! その先には──」
プロミィが何かを言いかけたその時だった。草の間の先から、知らない化け物が現れた。
その化け物はここらに生えている雑草らしきものと同じ水色の体をしており、その形は丸っこく、その体は布でできているようだった。そして、丸く黒い目を二つ持ち、赤い舌をその口から飛び出させていた。
「待って、お願い! その子と戦わないで! 戦う必要なんてないんだ‼」
プロミィの叫びはそこで唐突に、ボクが見つめるセカイともに区切られた。目の前のセカイが急変し、背景が黒くなり、ボクは勝手に動く体と自然とシンクロするように腰にある剣を抜いた。
現れたモンスターとの戦闘が始まったようだった。
「わぁ、おうじさまだ。こんにちは!」
水色のまんまるモンスターはそんなセリフを、まるで幼児のような言葉づかいで喋る。どうやら、このセカイの住人はボクのことを何の根拠を持ってか、どこぞの王子様だと勘違いしているらしい。
そんなことに頭を回しつつもも、何もかもが突然なことでボクの中には困惑しかなかった。なぜ、プロミィはそんなに焦っているのか。この異質な真っ黒な空間は何なのか。対して優秀でもないボクはこの状況についていくのに必死だった。
「……えっと、こんにちは。ヘビ君。ここは危ないから、町に戻れるかな?」
「おまえ、だれ?」
「えっと、僕はその、僕のことは気にしないでね……」
「あっそう。うん、わかったよ」
プロミィはボクとヘビというらしいモンスターとの間に割って入るようにして、そのヘビとの会話を始めた。会話の内容から推察するに、プロミィはモンスターの子供らしき存在から舐められていることがわかる。
あとなんとなくだが、プロミィはボクの前に立って、そのヘビを見えにくくしているように位置を取っている気がする。プロミィは、ボクとそこのまんまるモンスターに戦って欲しくないのだろうか?
「……その、ノア。お願いだから、あの子に攻撃するのはやめて。その剣は、本当に飾りでいいんだ」
使われることない道具程、虚しいものはないような気がする。だがこんなボクにでも、あのヘビというのが子供で、こちらに敵意がないことはわかる。ボクだって、あのモンスターに攻撃しないことは、プロミィに言われるまでもないことだった。
でも、この体を以てしまってはそう簡単にいかない。何をしだしても、ボクにはそれを止めるすべはないのだろう。現に、体を必死こいて動かそうとしているがびくともしない。まるで、蜘蛛の糸に体が雁字搦めにさせられて、無理やりこの戦闘態勢にさせられているようだった。
そして少しの、どこか緊張感を孕んだ間が、ボクとプロミィの間にはあったような気がした。次第に、その時間が過ぎ去る。
この体は読み込み時間を終えた機械のように、急速に行動を始めた。
プロミィがボクを、ボクの行動をじっと見ていた。
「……へ?」
そのマヌケな声は、プロミィのものだった。
この体は、手にしていている剣を流れるように鞘にしまい込んだ。そして、プロミィの後ろにいるヘビに近づき、その頭を撫でた。プロミィはその行動を咎めようとはせず、なぜか少し固まったまま、ボクの様子を見ていた。
この体はそうして、手元の頭だろう部分を撫で続けた。そうすると、ヘビは次第に満足そうになった。
随分と、平和主義なことだと感じた。この勝手な体にも一定の理性はあるようで、やはりここはお気楽な夢の中なのだろう。そう思うと、体が自由にならないながらも少しは楽に感じた。どうせ、すべて夢のなのだから、やさしいセカイなのだから、気を無駄に張る必要もないのだ。
「わぁ、おうじさまになでてもらちゃった! くっくっく、みんなにじまんしちゃお!」
そう、誰かが聞いてもそう聞こえるだろう機嫌をよくした子供の声は、次第に遠ざかっていた。ヘビはおそらく、そのみんなとやらがいる町の方にいってしまったらしい。
ヘビがこの真っ暗な空間からいなくなると、モンスターとの戦闘が終了したのか、セカイがさっきいた水色の草原へと戻った。どうやら、あの空間は戦闘のための空間らしい。本当に、ゲームのセカイを模しているようだ。
だけど、不思議なことにボクはそこまでゲームに詳しくない。というか、ゲームをそこまでやっていない。もしかしたら、ゲームをやってみたいという夢を、このセカイが叶えてくれているのかもしれない。なんとも都合のいい夢だ。
「あ、あの、ノア。その……ありがとう。戦うことを選ばないでくれて」
プロミィがそう言って話しかけてくる。プロミィはどうやら、このセカイでは戦わないでほしいらしい。そして、この体はその要望にしっかり応えた。この体は、プロミィの言うことは聞くと言うのだろうか? ボクの言うことはちっとも聞かないクセに?
そうブツクサと片隅の意識の中で思うと、プロミィが声を重くして話してきた。
「あのね。ノア、よく聞いて。君はね、実はこのセカイの王子様と呼ばれる存在なんだ。そして、ニンゲンのココロを持ってる。だから、僕たちモンスターと戦うことができる。けど、できれば今みたいに戦う以外の方法で、モンスターに接することが出来るんだ。だからできれば、これから会うみんなに、そうしてあげてほしい。もちろん、都合のいい話だとは、わかっているけれど……」
そんなこと、ボクに言われてもどうしようもない。今のボクに、この体の制御なんてできそうにないのに、そんなことを言われても困る。そもそも、王子様も何もボクの知ったことではない。
そう思うが、プロミィの真剣な顔を見ると、何かそれがただ事ではないのだろうことが、嫌でも察することができた。プロミィはよほど、ボクの存在に構わなければならない業務でも課せられているらしい。
「……やさしくする」
気づけば、ボクの口はそんなことを口走っていた。もちろん、ボクの意志ではない。
でも、ボクも同じことをプロミィに言ったかもしれない。誰だって相手の機嫌が悪くなることを望んだりなんてしないし、そもそも暴力なんて手に頼らないで済むのなら、それに越したことはないからだ。
「……ありがとう、ノア。きっと、さっきはその、本当は傷つける気なんてなかったんだね? だから……」
さっき? いったい何の話をしてるんだ?
ボクがそう思うと、すかさずプロミィは何かを誤魔化すように返事をした。思えば、さっきからプロミィはボクのココロを読んでいるかのように返事をする。
もしかしたら、動かない体でも表情だけはボクのモノなのかもしれない。そう、淡い期待を抱くと同時に、次に鏡を見るときは表情を確認しようと思った。
「あ、ごめん! 何でもないよ! さぁ、早く町へ行こう。ノア!」
そう言って、プロミィはボクの後ろをついてくるようになる。やはり先ほども思ったが、道案内なら案内する係が前に立つべきじゃないのか? まさか、王子だからと先頭に立たされているのではないだろうか?
「そっそんなことはないよ! でも、こういうのはリーダーが先頭に立つものだっていうお決まりって聞いたことあるから……」
どこのお決まりなのか。そもそもボクは何かのリーダーになった覚えなんてないのに、その役が決定しているらしい。正直、不満と疑問しかない。
「ははは、大丈夫だよ。さぁノア、町に行こう!」
リーダーであることに不安があるんじゃない!
そう言いたいが、この体にはそんな不満はないのか、道なりをその隊列のままどんどんと進んでいった。