フィクション依存症 作:たくみきんぱつ
いくつもの草を踏み潰す内にプロミィの言う町に着いた、と思う。
なぜ言い切れないのかは、目の前に広がってる景色を見れば明らかだろう。その町と形容される空間は、まるで積み木のような単純な形でカラフルな色をした家が立ち並び、床も心なしか柔らかい。まるで子供が遊ぶための広場のような空間のようだったからだ。
町の入口のすぐそばにある看板に書いてあるのは、そこにはオテダマタウンという文字だった。
「ここはオテダマタウンっていう町だよ。ここには色々なモンスターが暮らしているんだ!」
そう元気にプロミィがこの玩具の町の説明をした。どうやら、ここが本当にこのセカイに存在する町らしい。町というか、村という方が近いような気がするが。
どうやらこの体は町を隅々まで探索するようで、看板だけでなく、色々なものを見た。民家だろう扉や、町の真ん中にあるピンクの水が湧きたつ噴水。そして、町の住民にも話しかけた。
「あ、こんにちは。……もしかして王子様ですか?」
その流暢に言葉を話す住人を一言で表すのなら、茶色い馬人間といった感じだった。頭は馬で、体も馬だ。だが、四足歩行という訳ではない。二足歩行で、一般的なTシャツとズボンを穿きこなしている。
モンスターというだけあって、あからさまに人間という感じはない。むしろそれらしく、モンスターらしい。まさか、プロミィのフードの中もこんな感じなのだろうか?
「ああ、怖がらなくて大丈夫ですよ。後ろに立たれない限り、誰かを蹴ったりしませんから。こんな風に」
そう言うと、その馬のモンスターは何かを片足で蹴り上げた。
次の瞬間、コケーッという声が辺りに響いて、思わず耳を押さえたくなった。まぁ、押さえたくなったということは、押さえられなかったということだけど。本当に、この自由に動かない体は不便でならない。
そして先ほどのコケーッという声の主はやはりと言ってもいいのか、ニワトリのモンスターらしかった。随分高く蹴り上げられたようで、数秒したのちに地面に激突して、柔らかい地面に堂々と突き刺さるようになっていた。
「あの、ダメですよ。こんな乱暴なことをしては、ハンザイシャになってしまいますからね!」
「もちろん、王子様にはこんなことしませんよ。後ろに立たれなければね。ていうか、アンタ誰?」
「……僕のことはいいですから」
どうやら、プロミィはそこまで町で知られている存在ではないらしい。こんなピンクの塊を見れば、数日は忘れられそうにない気がするが、このセカイではそうでもないのかもしれない。
そういえば、この馬もあのヘビも、プロミィもエンジュも、ボクのことを王子様と呼ぶ。このセカイでボクの体になっているこの赤いモンスターはこのセカイの王子様という設定なのだろうか? 王子様ということは、王様や女王様もいるということなのか?
唯一と言ってもいいボクの自由な思考をまるで遮るかのように、プロミィは遠慮なしに話しかけてきた。
「ねぇノア。今度はあそこにあるお店に行ってみようよ! きっと役立つアイテムが売ってるんじゃないかな?」
プロミィのそんな提案に乗ったのか、この体はその店とやらに向かうらしい。
でも、ボクの疑問は直ぐに晴れるわけではなかった。体が勝手に動く中でボクは少し、このめったに役立たない頭を使おうとした。使おうとしたということは、できなかったということだが。
それはなぜか。店に入った瞬間の衝撃がその胸の内の疑問を撃ち飛ばしたからだ。
店内は何か理解しがたい幾何学なものに溢れていて、外とは全く違うセカイが広がっていたからだ。それらしい歯車に、それらしい十二角形の文様があったりする。そして、木製の天井からは洒落たランプがぶら下がっていた。それらを見た途端、なぜだかボクのココロに何かが湧きたったような気がした。
「ふふふ。とってもかっこいいんだよ、ここのお店はね!」
「おやぁ、お客さんかと思えばぁ、王子様じゃございませんかぁ」
そのやけに間延びした喋り方をするモンスターはどうやら店主のようで、その見た目は黄色い角を生やしながら白と黒の模様が入った動物、牛のようだった。その牛の店主も、言い表すのなら牛人間という感じだ。二足歩行で前足を手のように出していて、オレンジのエプロンを身に着けていた。
「こんにちはぁ。今日はどういったご用件ですかぁ?」
「こんにちは、ウシテンシュさん。今日は買い物をしに来たんです!」
「あなたぁ、誰ですかぁ?」
「……僕のことは、気にしないでください」
そう言うプロミィの声はなにか寂しさを含んだようなモノのような気がした。どうやら、誰だと聞かれることに言われ慣れている訳ではないらしい。ボクにとってはどうでもいい話だが。
この体もプロミィのことをさして気にしていないのか、二人の会話を無視するように、店に置いてある商品の物色を始めた。
店に置いてある商品は、チュロス、人参、草など、モンスターにとって食べ物なのだろうものが並んでいた。随分と店内の雰囲気に合わないラインナップだが、その中でも、どうしてチュロスがあるのだろうか?
「あ、王子様ぁ。何か買われて行かれるのでしたらぁ、これがおすすめですよぉ」
そうやって、差し出されたのは丸い形をしていて表面が焼け焦げている食べ物らしき何かだった。焦げたものを食べる気はしないが、なぜだかいい匂いしてきている。
「表面が焼けているのは、そういう食べ物なんだよ! これはチーズケーキって言うんだ!」
さっきの雰囲気はどこにいったのか、調子を取り戻したかのように、プロミィはそのケーキの解説をした。
チーズケーキは初めて見る。というか、ボクが食べたことのあるケーキは十歳の誕生日に食べた以来のショートケーキだけだ。なぜ、表面が焦げたケーキがおすすめとして出てくるんだろう?
「ノア、きっとおいしいよ! ウシテンシュさん、ありがとうございます。買わせてもらいますね」
そういえば気にしていなかったが、このセカイのお金は何なんだ? ボクはお金なんてこれっぽっちも持っている記憶はない。
「大丈夫だよ、ノア。代金なら、ほら」
「おおぉ、まいどぉ」
ノアがそう差し出したのはドングリに似た木の実らしきものだった。どうやらそれで買い物ができるらしい。ドングリがお金になるかと聞かれれば微妙だと思うが。
「……あ! 大丈夫だよ。心配しないでノア。僕はこれでも結構お金持ちなんだ!」
プロミィが自信ありげにそんなムカつくことをいう。
ボクはお金は好きだが、お金持ちはあんまり好きではない。お金があれば何でもできるが、そうできるのはボクではないということを叩きつけてくるからだ。もちろん、プロミィが嫌味でこんなこと言ってる訳ではないことはわかるが、それで苛立たない理由にはならない。
そんなボクに気がついたのか、プロミィは少し焦ったような素振りを見せながら、話をすげ替えるように、今購入したチーズケーキをこっちに見せてくる。
「ノ、ノア。せっかくならこのチーズケーキは、今食べるんじゃなくて、もっと特別な場所で食べない? きっとそっちのほうがいい気がするな!」
特別な場所とは一体どこのことだろう?
そう疑問に思うと同時に、この体も今はケーキを食べない方針らしく。そのケーキを腰の中にあるポケットの中にしまい込んだ。
今、ボクの中には大きな困惑とポケットの中身を知ることに対する恐怖が生まれた。
ボクはこの体の行動に内心慌てているが、ポケットからチーズケーキが染み込むことなく、そしてその行為にプロミィどころかウシテンシュも誰も気にすることはしなかった。これは何ら間違ったことではないとセカイから言われているようで、なんだか釈然としない。でも、このポケットの中を再び見る勇気はない。
ボクがそう思って、意識をプロミィとウシテンシュから離していると、どうやらその間に店での会話が済んだらしかった。
「ありがとうございました。ウシテンシュさん! また来ますね!」
「アンタは知らないけどぉ、お金くれるならいいよぉ」
「はい! ではまた!」
プロミィがそう言うとボクたち二人はお店を出る。そして、この町ですることはもうないのか、この体は町の出口を目指した。そうするボクの後ろには相変わらずプロミィがついて来ていた。
町の出口にはこれまた幼児が色のついた木のブロックを乱雑に積み上げたようなゲートがあった。そのゲートは無為に背が高いように思えて、これを作ったのはどんな巨人なのだろうという、大した意味のない想像が膨らんでいく。
ゲートを通過して、ボクとプロミィは町の外に出た。また、水色の草原が広がっているのかと思ったが、実際の景色はそうではなかった。
そこには、水色の草が所々に見えるものの、木でできた茶色い板材らしきものがそこら中に転がっていたり、灰色の岩肌が地面から出ていた。なんとなくだが、先ほどの水色の平原よりも進みにくい。
「この先を超えると、お城とその城下町があるんだ。お城までたどり着けば、このセカイから出るための出口があるよ! ちょっと険しい道のりになるけど、頑張ろう!」
気落ちしてるボクの様子に気が付いたのか、プロミィがボクを励ますように言う。お城と城下町、そこにもオテダマタウンにいたよなモンスターがいるのだろうか? だとしたら、同じモンスターだとしても、何かしらの格差があるのかもしれない。
……そんなことをすぐに思い至ってしまう自分が嫌になった。でも、重要なことだと自分に言い聞かせることにする。城があるということは、そこに王様がいるのだろう。大したことではないかもしれないが、この夢のセカイでなぜ自分が王子様と呼ばれるのか、その理由がわかるかもしれない。
そうして、ボクとプロミィはその歩きにくい道のりを進んでいく。迷うことなく、真っすぐと足は動いた。まるで、どこに行くべきなのか、この体はすべて理解しているようだった。
道中を進んでいるとき、プロミィがよそよそしく話しかけてきた。
「あ、あの、ノア。ノアは、本当に家に帰りたい?」
プロミィがそんな妙なことを聞く。ボクは、その質問にどう返すべきなのかわからない。だが、こんなわけのわからない夢の中に居続ける訳にはいかない。そんな至極当然の、言い表しようのない本心を覆い隠した答えしか思い浮かばなかった。
でも、そんなボクの気持ちは露知らず、この口は好き勝手に動く。それには今までよりも明確な意志があった
「……魔王を倒す」
「……? ま、魔王さま?」
この口から発せられたのは、プロミィの質問の答えではなく、まるでゲームの勇者の目的のそれのような的外れなモノだった。
魔王とは、どういう事だろう? あの町の様子からして、誰から虐げられているという感じはしなかった。それなのに、魔王というモンスターがこのセカイにいるのだろうか?
「……そっか。やっぱり、そうなんだね。アナタの目的は、悪い魔王を倒すことなんだ。でも、このセカイにはもう、魔王どころか、王様もいないんだ。だから、アナタを満足させることはできないと思う……ごめんなさい。巻き込んでしまって……」
いったい何の話をしているんだろう? アナタとは、誰のことを言ってるんだろう? そもそも、このセカイにはお城があるのに、王様がいないとはどういうことなんだろう?
「あ! ノッノアは気にしないでいいよ。僕が言ったアナタっていうのは……その、ノアの後ろにいる神様みたいな存在のことで──え?」
神様……? それは、もしかして、ボクのこの体を動かしている存在がいるってことなのか? その存在のことを神様と呼んでいるのか?
そう思ったときだった。歩きながら話すボクとプロミィの踏み込んだ地面の底が突然抜けた。
ボクとプロミィはそこの地面から咄嗟に足を引くことが出来なかった。落ち行くこの体は何にも動じず、逆にプロミィはバカみたいな大声で叫びながら、ボクたちは暗闇の中に落ちていった。
※※※
ボクが次に目覚めた時には、そこはさっきいた岩肌が出ていたり、水色の草が生えていた場所とは全く違った。地面は固く、辺りは暗く見えづらい。地面を抜けて落ちたことを考えるに、どうやらここは地下のようだ。
地上では、上の景色は真っ黒だけど、見える景色はどこも明るく照らされていた。だが、この地下の空間では、その謎の光は届いていないらしい。
「ノア、いるかい? 大丈夫⁉」
そう、ボクの名前を呼ぶプロミィの声が聞こえる。だが、暗くてプロミィがどこにいるのかわからない。この体は近くにあった壁を伝って、その声の近くに移動した。
そうすると、ボクは何かにぶつかった。それは暗くてよく見えないが、ボクよりも大きい図体をしたもので、ボクと同じ大きさをしたプロミィではなさそうだった。
「わぁ‼ 誰、だれ、ダレですちゅう⁉」
そう言った目の前の誰かの声はとても高く、図体からは想像がつかないだろう声をしていた。どうやらボクは、また知らないモンスターに出会ったようだ。少なくとも、人間ではないだろうことは簡単に想像が付いた。
そしていつものことだが、勝手に口が動く。
さっきのプロミィの言ったことを思い出してみれば、たしかに忌々しい程にボクは誰かに操られているのかもしれない。なぜそんな存在のことをプロミィは神と呼ぶのかわからない。むしろボクは、知らない誰かに体を操られるというのはとても気分の悪いことだという学びを、現在進行形で得ていた。
「……勇者」
誰なのかという問いに対しての答えなのだろう。その短く、大仰な意味を持った単語は、確かにこの体から発せられた。
王子の次は勇者なのか、夢のセカイにしても随分とテンプレートな設定だ。神様でもお決まりというくだらないモノが好きなのだろうか? 今のボクにとって唯一自由と呼べるだろう思考の中で、そんな冷めた考えがよぎった。
「勇者、ゆうしゃ、ユウシャ? 何それ、なにそれ、ナニソレ? ていうか、王子様、おうじさま、オウジサマじゃないの? わぁい! あの蛇へびべビと同じおなじオナジ!」
目の前のデカブツは言葉をわざわざ繰り返すうざったい喋り方が好みらしい。その声は、小さな子供らしく、不愉快とまではいかないが好きではない。
そんな子供に対してこの体は、神様は質問を投げかける。自分を操っている存在を神様などとは呼びたくないが、神様はいっぱいいて、悪い神様もいると聞いたことがある。それに、呼び方にイチイチ拘りたくない。不快な存在に対して、これ以上考えたくない。
「……ピンクの見た?」
「ピンクぴんく? さっき見たみたミタよ! あっちだよ、アッチ!」
どうやら、目の前のモンスターはプロミィのことを知っているらしかった。神様もプロミィのことは気にかけているという事だろうか?
そして、この体はそのアッチと呼ばれた方向に向かった。ボクの視界にはアッチと示す指や何かは見えなかったが、神様には何が見えたというのだろう? でも、早くプロミィと合流しなくてはならない。
そのままその方向に壁を伝いながら進むと、足に何かにぶつかった。それはもぞもぞ動く何かは二つあって、モンスターであることが気配でわかった。ボクの身長よりも明らかに低く、プロミィではなさそうだ。
「またダレ! ……王子さま⁉」
「オウジサマなワケ……ホントウだ!」
ここにいるモンスターは全員、この暗闇の中でも周りがすっきり見えるのか、ボクのことを視認した途端にそんなことを言い出す。
少し思ったが、この顔はどうしてこんなにもこのセカイに広がっているんだろうか? ボクはこのセカイには今日初めて来たはずなのに、どうしてこのセカイの住民はこのモンスターのことを王子様だと知っているんだろう? そういう設定なのか?
そんなボクの疑問はどうでもいいのか、それともボクのココロの声は一切聞こえていないのか、神様はさっきとまた同じことを、目の前の二つのもぞもぞと動いてる小さなモンスターに問いかける。そして、二つはそれにもぞもぞと答える。
「……ピンクの見た?」
「ぴんく? それってウサギのことじゃないの?」
「エ、このウサギのマネをしてるやつがいるの? コウエイダナァ、ユルシちゃう! でもでも、タブンソイツ、アッチいるよ!」
勝手に真似されてることにされて、勝手に光栄されて、勝手許されたらしいプロミィはアッチにいるみたいだ。
神様は、アッチを示されたのだろう方向に向かって、この体を動かした。あいかわらず、さっきのモンスターたちの影も形も見ることはできなかったし、示された方角もわからなかったが、神様にはわかっているらしかった。神様は、暗い所が得意なのかもしれない。
示されたのだろう方向に歩き、固い地面を踏みしめる。歩いているとどんどんと先の方に進むほど、道が険しくなっているのがわかる。それに、一人で道を進んでいると、こんなにも時間は長く感じるモノだったのかと気づかされる。ピンクの不審モンスターでも、一緒にいると、ボクはどこか安心していたのかもしれない。
そして、また、何かにぶつかった。
それは、今度こそボクと同じほどの身長をしていた何かだった。気配でモンスターだとわかる。きっと、プロミィに違いない。ボクはそう思った。
だが、神様は動こうとしなかった。プロミィの声も聞こえない。でも、目の前の存在は、目の前のモンスターは確実にいる。
暗いせいで、何も見えない。だけど、何か音がする。空気が揺れて、何かが躍動し、呻いている。
「ノア! 火だ‼ 火を前に‼」
今度こそ、プロミィの声が聞こえた。でもそれは明らかに、何かに焦っている声で、不思議なことにその声は正面からではなく、後ろから聞こえたのだ。
声が聞こえたと同時に、この体は急速に動いた。両手は、何かに引っ張られるようにして、強引に前に突き出した。
ボクはその両手が、正面にいたモンスターに当たってしまうと思ったが、その重ねるようにした両手は目の前の何もない所で止まり、さっきいたモンスターがいたはずの正面には誰もいなかった。
オカシイ、そう思った瞬間だった。ボクの腕の周りが突然光り出した。ボクの視界の中に納まっている腕には、何か糸のようなものがボクの腕に絡みついており、どうやらそれが発光しているようだった。ボクには今、何が起こっているのか、これっぽちも理解が追い付いていない。
そして次に現れたのは、この暗闇の中でひと際目立つように輝く蒼い火だった。その火は、目の前に突き出されたボクの重ねられた両手から生み出されたモノのようだった。
そうして、照らされたセカイをボクは見る。ボクの前には、大きな大きな龍の顔があった。