いつも通りの日常。
それが崩れるのは、いつだって突然である。
「...セリカが行方不明?」
アヤネから突如告げられた報告。
それは、昨日までの日常を崩すには十分すぎる威力を持って俺たちに降り注いだ。
「今朝、何度チャイムを押しても出てこなくて鍵を開けて中を見たら帰った形跡も...」
「...わかった。デタラメに探し回らずによく伝えに来てくれた。大丈夫だ、きっと見つけてみせる。」
不安そうに血の気の引いた顔を俯かせるアヤネの肩をつかみ、しっかりと彼女と視線を合わせ真っ直ぐに伝える。
こんな時のために、俺は2年もアビドスにいるんだ。
こんな時にこそ、その経験が役に立つ。
落ち着け、落ち着け...大丈夫。まだ、助けられる。
「ライセ」
ホシノの呼ぶ声が、嫌に大きく聞こえる。
俺はふぅ...と1つため息をつくと、頭の中が冷えていくのを感じながらホシノに向き直る。
「あぁ、わかってる。すぐにセリカを探す...と言っても、闇雲に探したところでこの無駄に広いアビドスじゃ見つからねぇ。」
「...ようやく、あれの出番ってわけだね」
そういうと、ホシノは対策委員会室の本棚から1冊のルーズリーフを取り出す。
ページをめくれば、アビドス高校を中心とした行方不明者捜索マップが姿を表した。
「これって...?」
「俺がこの2年で、ホシノと集めた不良どものたまり場兼、闇取引によく使われるやべぇ場所リストだ。
人を攫ってしばらく安置するならこの印をつけてる場所以外有り得ねぇ。」
先生が声をあげるより先に俺は説明をし、アビドス高校と柴関ラーメンにピンを打ち込む。
「柴関とアビドス高校はここ。んで、セリカの家はここだったな。なら、少なくとも反対側に隔離は有り得ねぇ。」
「どうしてですか?相手が乗り物なら運ぶくらい簡単に...」
「この辺りは俺が前にそういう奴らを減らすためにルートを軒並み潰してある。車で通れる道はねぇ。この辺りで考えられる場所は...ここだ。」
ノノミの指摘に対し返答しながら俺は頭を回す。
俺が仮にセリカを攫うなら、間違いなくブラックマーケットに流す為の人間だ。なら、傷つけるのは避けたい...そうなると...
そうして、俺はひとつの建物郡を指さす。
そこは、アビドス砂漠にほど近い廃ビル群。
かつてはそれなりに大きな不良グループの根城だった場所だ。
「俺が仮にセリカを攫うなら、確実になにか理由がある。不良はわざわざ誘拐なんかしねぇし、アビドス高校を開け渡せって交渉材料にするなら来るのが遅せぇ。つまり...誰かの依頼だ。そうなると、ルートは3つ。砂漠横断、ビル群の内部、そして空路。ただ、わざわざ不良に仕事を依頼するってことは正体を隠したいはずだ。つまりわざわざ出向きはしない...空路とビル群でのやり取りはない。つまり、砂漠横断ルートオンリーって訳だ。」
「待って、確証は?そこにセリカがいないとなると、救助は大幅に遅れる。確証を持って動くべきだよ。それに不良グループがやってる確証は?」
俺が説明を終え出発準備を始めようとすると、先生が横から口を挟んでくる。
...実際、セリカが絶対いる保証は無い。
そこにいなければ、救助は遅れ、動く範囲も大きく広がる...つまり、助けられない可能性が大きくなる。
だが、こうしてる間にもセリカは移動している可能性が大きいんだ。調べている余裕なんてない。
さすがの俺でも、後輩たちにGPSみたいな端末はつけてない。
探す当てなんて、予測と経験で山を当てる他ないんだ。
焦る心が、走り出そうとする足を押し出そうとするのを必死に理性で抑え込む。
今はそんなことしてる場合じゃない。考えろ、冷静になれ。...そのための2年だっただろうが。
「んな事言ったって、調べようがないんだ。博打でもなんでもいちばん可能性の高い場所を叩くしかない。...それに、さっきも言ったように仮に不良グループじゃないならセリカをわざわざ攫うメリットがない。俺たちと明確に敵対してるのはヘルメット団だけ。なら、それ以外の存在が出てくるならそもそももう俺たちの手に追える範囲にいるわけが無い。だから、不良グループの犯行として動く他ないんだ。」
俺が説明を終えると、先生は少し俯き何かを思案したあと顔をあげる。
「5分でいい。5分だけ、私に時間をくれないかい?」
「...5分で一体何を...」
「キヴォトスのサンクトゥムネットワークに接続して、セリカのスマホの位置情報を調べてみる。シャーレの権限なら可能なはずだ」
「...でも、それは犯罪じゃ...」
「...そうだね。でも、今は緊急事態だ。そんなこと言ってる余裕はないし、時間もない。全責任は私が取る...どうかな、ライセ」
真っ直ぐにこちらを見つめ、シッテムの箱と呼ばれるタブレット端末を抱えた先生は真剣な表情で訴えてくる。
...先生は大人だ。アビドスに来て数日の、裏切りかもしれない大人。
...まだ信用はしてない。だが...
...今、セリカの無事や安全以上に優先できるものなんて、ない。
「...五分だけだ。それ以上は待たないし、待てない。」
「...ありがとう、ライセ」
短く会話を終えると、先生は部屋を出て廊下で何かを口に出しながら作業を開始した。
***
「う...ぅうん...」
ガンガンと痛む頭を抑え、私は上体を起こした。
真っ暗な空間。だが、それなりに隙間から光が漏れ、僅かに揺れる感覚がぼんやりとしている意識でもしっかりと認識出来ていた。
「ここは...昨日は...確か...」
昨日の記憶を思い出す。
昨日は柴関ラーメンでのバイトを終えると外で待っていたシロコ先輩と少し話して...それから...
...記憶が途絶えてる。
いや、厳密にはそこで何かガスのようなものが辺りを包んだ所までは記憶しているが、そこからの記憶が無い。
そこで気絶したらしいというぼんやりとした憶測だけが私の中を支配していた。
「...じゃあ私、誘拐されて...!?」
そこまで思い出せば、すぐに判断は着いた。
計画的な襲撃、揺れる空間、そして外からの複数人の話し声とエンジン音。
間違いなく自分は車に詰め込まれ今現在どこかへ運ばれているというのは紛れもない事実だった。
「まずい...何とか脱出を...きゃっ!!」
立ち上がろうとした時に初めて、足に拘束を施されていることに気がつき私の顔から血の気がゆっくりと引いていく。
これじゃあ、脱出どころかまともに動けない。
走る音的に、この車は砂地を走っている。
それはつまり、アビドス砂漠近郊か砂漠を横断しているのだ。
そんな状況でコンパスもなしにアビドス高校へたどり着ける保証もない。
血の気が引いていく私の中を、じわじわと恐怖が支配していく。
ただでさえ、アビドスは天然の迷路と言われるほど入り組んでいるのだ。
そんな場所で人ひとりを見つけるなんてそれこそ砂場に混じった針を見つけ出すようなものだ。
見つかる確率は極わずかであり、見つからない方が大半。
つまり、確率を上げるには自分が動くほか内にも関わらず、動けない現状...詰み。
その言葉が頭に浮かんだ瞬間、私の理性は音を立てて崩れ始めた。
「いや...嫌っ!!こんな、こんなの嫌っ!!脱出を..!!..あぅっ!!」
無理やり壁に近づこうにも、足に施された拘束により壁には近づけない。
当然、愛銃なんてそばに無い。
瞳から、熱い何かがこぼれ落ちる。
「誰か...」
小さな、叫びが暗闇に響いた。
「助けて...」
ドガアアアァァァァァン!!!!
「...っ...!!?」
言葉をこぼした瞬間、激しい爆裂音とともに車体が大きく傾き、同時に扉がゆっくりと開いていく。
その光の中に、人の影が見え...
「...ん、泣き顔のセリカ発見」
...見慣れた銀髪の先輩が、光の中で優しく微笑んでいた。
***
「...ん、泣き顔のセリカ発見」
「...了解。セリカを保護したら下がってろ。」
ライセは1人、セリカを攫ったヘルメット団の装甲車部隊と睨み合っていた。
「大口の取引の邪魔しやがって!!吹っ飛ばしてやれ!!」
ヘルメット団のリーダーが、装甲車の中から指示を飛ばし、その大きな主砲でライセを至近距離から狙い定める。
ドガンッ!!!
発射される装甲車の炸裂弾。
それは、直撃すればたとえキヴォトス人であっても無事ではすまないその威力。
だが、それは"当たれば"の話であり、当たらなければどうということはないのだ。
ガギンッ!!
右腕をライセが大きく振り払う。
すると、アーマーの装甲を撫でるように炸裂弾の側面が滑り、誰もいない砂地に弾かれ、爆裂する。
『あいにく、俺ァ盾なんでな』
数日前、アビドス高校へ攻め入ったヘルメット団相手にかけたその言葉。
その言葉は自称でもなければ、単なる肩書きで収まらない。
アビドス高校3年生、黄泉之ライセ。
かつて小鳥遊ホシノと共に最愛の先輩を失った少年。
...それでも尚ホシノを支え続けた、名実ともに暁のホルスの相棒。
...そして、今やアビドスの不良の間で知らぬものはいない最強の盾。
...それこそが、彼がこの2年失意の中手にした生き様だった。
「よくも可愛い後輩に手ェ出してくれたな...覚悟はいいなァ?」
1歩、装甲車へライセが歩を進める。
瞬間、弾かれたように装甲車からリーダーが飛び出し大声を張り上げ叫んだ。
「て、撤退!!すぐに散れっ!!」
...だが、もう遅すぎた。
「逃がさないよ」
「ひっ!?」
そう、既に装甲車の側面を駆け上がり、情けなくも逃亡を図ろうとしたリーダーを冷たく見下ろす鋭い瞳がそこにはあった。
「ライセがわざわざ注意を引いてるのに気づかないほど、おじさんは衰えてないよ。」
「や、やめ...!!悪かった!!もうしない!!だから今度ばかりは勘弁を...!!」
「...それは、ライセに聞くんだね。」
「そ、そんな...」
***
ドカアアアアァァァァァン!!!!
「ん...帰ってきた」
シロコ先輩がそう言い、内部から爆発した装甲車の方向を指さす。
そこにはのんびりとこちらに歩み寄ってくる2人の先輩の姿があった。
「ホシノ先輩っ!!ライセ先輩っ!!」
「せ、セリカちゃん!?」
私は1にも2もなく二人の元へ駆けていく。
今はただ、2人の声が聞きたかった。
走って、走って、走って...
2人の前にたどり着くと、少し距離があったはずなのに、気がつけばライセ先輩がすぐ目の前に立っていた。
「...セリカ悪かったな、迎えに来るのが遅くなっちまって。怖くなかったか?」
「うへ〜、セリカちゃん。シロコちゃんから聞いたよ〜。怖くて泣いてたんだって〜?ごめんね〜ほら、ママの腕の中でいっぱい泣いていいよ〜」
ぽんぽんと頭を撫でてくれるライセ先輩と
そっと横に寄り添い、優しく抱きしめてくれるホシノ先輩。
普段なら突き放すけど、今は、今だけはこの温もりが安心できて...とっても暖かかった。
少しの間ホシノ先輩の温もりを感じ続けると、そっとホシノ先輩は離れていく。
そうすると、心配そうだったライセ先輩の表情が代わり、穏やかなものに変わる。
「セリカを見つけられたのは先生のおかげなんだ。先生にも...みんなにも、ちゃんとお礼言えよ?」
「...はいっ...!!」
「うし、いい返事だ。...さ、帰ろうセリカ。」
「うへへ、帰ろうセリカちゃん」
ぐしぐしといつもと違い少し乱暴に頭を撫でられると、2人の先輩がそれぞれの手を差し出してくる。
...少し恥ずかしいけど、私はその手を取り、みんなの所へ帰って行った。
帰ってくると、みんな安心したような顔で私を迎えてくれる。
そんなみんなが帰ろうと踵を返し、高校の倉庫に眠っていたらしい突貫修理の車に向かう背に、私は声を投げかける。
「あ、あの...先生...みんな...」
「ん...?」
「どうかした?セリカちゃん」
「どこか痛みますか?」
声をかけると、皆思い思いに心配の声をかけてくれる...でも、私が伝えたいのはそうじゃなくて...
「ち、違うのっ!!あの...あのね...!!...ありがとっ!!助けに来てくれて...!!」
しっかりと、みんなの目を見て感謝を述べる。
顔がすっごく熱いけど、同じくらい心が暖かくなっていくのを感じる。
思わず顔を背けるも、ちゃんと伝えたいから...もう一度、みんなの顔を見つめる。
そんな私に、みんなは優しく微笑んで...
「...ん、当然。可愛い後輩を守るのは先輩の勤め。」
「ですね!!☆」
「生徒を助けるのは先生として当たり前だよ」
「と、友達を助けるのも当然ですから...!!」
「...っ...ふふ...うん..!!」
込み上げてくる熱いものを堪えながら、私は笑う。
だって、今その熱いものは必要ないって...みんなの笑顔が教えてくれてるから。