カチカチと、アビドス高校の校庭端で工具の音が響く。
使い慣れたように工具を変え、丁寧に部品を並べ、ライセは一人アーマーの手入れをしていた。
所々に多くの弾痕が付き、長い間使用された結果だろうか。黒く染色されていたであろうアーマーはかなり色が落ち、ダークグレーの様な色になっている。
ねじを外し、ボルトを交換し、部品の汚れをふき取り...
額の汗をぬぐいながら作業を続けていると、後方から不意に足音が近づいてきているのに気が付き、俺は顔をあげ振り返る。
すると足音は俺のすぐそばで止まり、振り返ろうとした頬に冷たいものが触れる。
「や、ライセ。整備は順調かい?」
振り向くとそこにはコンビニ袋を抱えた先生が立っており、その袋からスポーツドリンクを差し出しながら先生は俺にそう声をかけてくる。
...さっきの冷たいのはこれか。
危うく喉から出かけた声を押さえながら、俺はそのドリンクを受け取る。
「...ありがと...ございます先生。順調っすよ」
「...‼」
「...なんすかその顔は...」
俺が感謝を述べると、先生は目を見開き少し驚いたような表情をした後顔を綻ばせ、嬉しそうに俺の横に腰かける。
「ふふ、いや...初めてだなって。ライセが私に敬語を使ってくれるのは。どんな心境の変化があったんだい?」
「...別に...セリカの一件で世話になりましたから...」
嬉しそうな先生と対照的に、俺の中は冷めていた。
随分と都合のいい話だ。
セリカの誘拐事件。
今だ数日しかたっていないあの事件で、俺は先生の頼みを聞き、五分時間を与えた。
あれにより、先生はセントラルネットワークを介しセリカのスマホの位置情報を発見し、俺たちはセリカの救助に成功した。
後輩が世話になったのだ。
先輩として、今までの様な対応は不誠実と言うものだろう。
...だが、本当にこれでいいのか。俺はその問いに答えを出せずにいた。
当然だ。アビドス高校にわざわざ来てくれた先生に対して失礼な態度を取り続けた癖に、信用できる...なんて、耳障りのいい言葉で誤魔化しているが、要は”利用できる”という確信ができたから先生に敬意を払うようになったと言われてしまっても言い訳できないだろう。
...それは、俺の嫌いな大人たちと何も変わらない。
自分の行動が過去の奴らの行動や態度と重なり、反吐が出る。
先生が来てから、一言二言喋ってからは先生は無言で俺の作業の様子を眺めている。
...嫌な沈黙だった。
俺たちの間には共通の話題なんて対策委員会のことしかないが、先生から話題を振ってくれないと俺から話題を振ることもできない。
流れる風はジメッとした嫌な風で、俺の燻っている嫌なか感情を吹き飛ばすには心許ない。
それどころか、余計に空気を重くするのに十分な熱波を帯びていた。
ギィギィと嫌な音を立てて、心が軋んでいく。
そんなかつての行いからの罪悪感やら嫌悪感から、思わず俺は先生に頭を下げた。
「...すみませんでした、先生。今まで生意気な態度で...」
突然の行為に、先生は少しフリーズしたかと思うと慌てたように両手を前に出し、大きく首を左右に振る。
「え...い、いやいや!ライセたちから見たら当然だよ!頭をあげて⁉」
俺の肩に手を置き、どこか諭すように先生は言葉を続ける。
「私だってライセの立場なら突然助けに来たよなんて言う大人は信用出来ないし、疑うよ。それに、それがずっと当たり前の世界だったんだ、当然だよ。だから、顔を上げて?ね?」
切羽詰まったように早口なのに、その言葉は俺の頭にスっと入り込み、俺はおずおず頭をあげる。
そうすると先生は安心したように大きくため息を着くと、俺の目をしっかり見て微笑みながらさらに言葉を続けた。
「それにねライセ。私に敬語は別にいらないよ。そりゃあしてくれた方が尊敬されてるって感じがあって嬉しいけど、ライセが無理してまでやる必要はない。好きなように話して欲しいな」
ぽんっと先生の手が頭に触れ、優しく俺の頭を滑る。
髪越しに感じる先生の手に温度は、いつか感じた熱に似ていて、思わず俺は目を潤ませる。
「あ、ご、ごめん!!嫌だった...!?」
「...ぃ、いえ...大丈夫です」
潤んだ瞳を誤魔化すように俯くと、再び先生は優しく俺の頭に手を置き、そっと頭を撫でてくれる。
その熱がどこか心地よくて、俺はしばらく先生の手に頭を預けるように立ち尽くしていた。
...それから、先生が撫でる手を止めるとまたしばらくして沈黙が訪れ、再び工具の音が響き始める。
それでも、そこに先程までの嫌な空気は漂っていない。
カチカチと工具の奏でる金属音をBGMに、先生も隣で自身の仕事を片付け始めた。
それから10数分後、ホシノ達は柴関ラーメンへ出かけていくのを見送り、俺と先生は再び自身の作業を再開した。
***
私は、隣で自身の装備である"右腕のみ"のアーマーの整備をしている、キヴォトスで初めてみた男子生徒...黄泉之ライセの横顔を眺めていた。
カチカチと金属音を奏でながら整備する彼の手際は見事なもので、幾度となくこの作業を繰り返してることが伝わってくる
...だが、私の目線が注がれているのはそんな艶やかな作業の手ではない。
外での作業で、暑いからだろうか。
ライセは普段しっかり来ているアビドスの制服を脱ぎ、作業用のタンクトップに身を包んで作業をしている。
聞けば、昔は上裸でやっていたが後輩たちも服を着るように言われて暑いが仕方なくタンクトップで作業をするようになったらしい。
...でも、彼女たちが服を着て欲しかった理由はきっと、恥ずかしいだけじゃないんだろう。
私はそう思いながら、彼の着るタンクトップの布地に隠れずに露になる無数の傷を眺めていた。
...アビドスは荒廃している。
人も、街も、当然ながら環境も。
砂漠という砂の海は、陸地にありながらこの学区を陸の孤島へと変貌させていた。
そんな場所で、実に二年近くを"盾"として過ごしてきた彼の体には当然ながらその歴史が生々しく刻まれていた。
弾痕、裂傷、痣、火傷跡...見えるだけでも、肩口から腕には無数の傷跡が残り、完全に風化したそれはもはや現代医療を持ってしても治りはしないだろう。
そんな痛々しい傷の数々が、彼のこれまでの歩みを教えてくれていた。
...こんなになるまで、彼らは戦っていたのか...
ズキリと胸の奥が傷んだ。
私がもっと早く来ていれば。
私にもっと力があれば...
きっと、こんな事を言ったってライセやホシノ達は喜ばないだろう。
...でも、それでも...
私は先生だから...
彼らの平穏を、願わずにはいられなかった。
***
それからしばらくして、熱い日差しと熱波に煽られながら、俺は何とかアーマーの整備を終え、ガチャガチャと組み直す。
ジ...ジジ....
「...よし、動作も問題なし」
組み上げたアーマーに着いている機能を一通り再起動させると、弱々しく緑色のランプが内部で光り輝く。
昔拾った時はずっと光っていたのだが、気づけば戦闘の余波からか再起動時しかつかなくなったそれはいつしか俺の中で整備終了の合図になっていた。
「ライト、すごい弱々しいしすぐ消えちゃったけど大丈夫なの?」
「元々はずっと着いてたんですけどね。気づいた時には再起動した時に一瞬光るだけになってまして...まぁ、いつもの事なんで平気ですよ」
横から覗き込んでいた先生は少し心配そうに問いかけてくるが、俺は昔後輩たちに説明したみたいに簡単に大丈夫だということだけ伝える。
「というか、先生こそいいんですか?こんな所にいて。書類、連邦生徒会からしこたま送られてるんでしょう?」
俺がジト目で問いかけると、先生は困ったように頭を掻きながら苦笑いを浮かべる。
「あはは...大丈夫。昨日のうちに片付けたし、今もライセが整備してた横でずっと処理してたから」
「そうですか...なら、俺らもそろそろ涼しい室内に引っ込みましょう。そろそろ暑いですし」
「そうだね。...お疲れ様、ライセ」
「...はい、お疲れ様です。先生」
少し汗ばんだ額の汗を拭いながら俺たちは言葉をかわし、対策委員会室へ戻った。
....ジジ...