ファミコン皇室のреволюция   作:星乃 望夢

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第一話 ツァレーヴィチ・フリスチューシュカ

 

ツァールスコエ・セローのアレクサンドロフスキー宮殿に差す冬の朝光は、どこまでも白く、そして冷徹だった。

 

豪奢な白鳥の羽毛毛布に包まれた寝台のなかで、まだ幼い少女の澄んだ声が響く。

 

「フリスチューシュカ。もう朝よ」

 

青い瞳を輝かせた双子の姉、アナスタシア・ニコラエヴナが、毛布の端を引っ張りながら寝息を立てる弟の顔を覗き込んでいた。

 

「んん、姉さま。もう少し寝てたい」

 

起こされまいと抗うように、フリストフォルは小さな顔を寝具のシーツへ駄々っ子のように擦り付けた。絹の肌触りと、まだ抜けきらない微睡みの心地よさに溺れていたい。

 

「ダメよ。貴方に付き合っていたら、私まで寝坊してしまうわ」

 

アナスタシアは少し困ったように眉を八の字に下げたが、その声音には咎める色など微塵もなかった。

 

「別に良いよ、ちょっとくらい……」

 

フリストフォルがなおも身を丸めて甘えると、姉はふうと吐息を漏らし、たちまち表情を破顔させた。

 

「……仕方ないわね。ちょっとだけよ?」

 

言いながら、アナスタシアは小さな両腕を伸ばし、弟の身体をぎゅっと抱きしめた。 姉は、弟のフリストフォルに対して底抜けに甘かった。

 

この時代にはまだ存在しない概念の言葉をあてるなら、彼は徹底して姉に甘え倒し、その結果として姉は重度の「ブラコン」を患ってしまったと言っていい。抱きしめてくる姉の温もりと薔薇の香油の匂いに包まれながら、フリストフォルは目を細めた。

 

フリストフォル・ニコラエヴィチ・ロマノフ。 それが、彼に与えられた今世の名であった。

 

輪郭の曖昧だった赤子の自意識がようやく覚醒し、己の名を知った当初、彼は「ロシア人に生まれたのか」と漠然と考えた程度だった。

 

しかし、自らのすぐ隣に「アナスタシア・ニコラエヴナ・ロマノヴァ」という名の双子の姉が存在することを知ったその日、彼の意識は底知れぬ恐怖と絶望の淵へと叩き落とされた。

 

なぜ、よりにもよってロマノフ朝の直系に生まれてしまったのか。

 

前世の記憶を持つ彼にとって、その名は呪いに等しかった。

 

ロシア帝国ロマノフ王朝は、1917年のロシア革命によって崩壊する。そしてその翌年、エカテリンブルクのイパチェフ館の冷え切った地下室で、ボリシェヴィキの銃弾と銃剣によって、皇帝一家は誰一人逃れることなく虐殺される運命にある。

 

自らがその血塗られた舞台劇の当事者であり、殺される配役の一人だと知った時の戦慄は、到底言葉にできるものではなかった。

 

何かを変えようと足掻く気力など、彼には湧かなかった。

 

相手は歴史の巨大な潮流であり、貧困と圧政に喘ぐ民衆の怒りであり、共産主義という時代の怪物だ。

 

幼子の小さな手で、どうしてその激流を押し留めることができようか。

 

ならば、と彼は割り切った。 どうせ10数年後には無惨に撃ち殺される運命なのだ。それならば、残された短い余生を、この上なく怠惰に、享楽的に過ごして何が悪い。

 

フリストフォルは皇帝の息子としての研鑽など早々に放棄し、美しく無邪気な姉に甘え倒し、世界で最も豪奢な宮殿の中で、ただ惰眠を貪る生活を選んだ。

 

だが、運命という名の歴史の車輪は、そんな一人の少年の自堕落な逃避を許しはしなかった。

 

コン、コン。

 

重々しいノックの音が、子供部屋の静謐を切り裂いた。

 

寝台の天蓋の外、侍女たちが緊張に身を強張らせながら扉を開ける気配がする。入ってきたのは、豪奢な軍服に身を包んだ侍従武官だった。

 

「アナスタシア殿下、フリストフォル殿下。朝の拝謁の前に、皇帝陛下よりお召しにございます」

 

武官の表情は、氷のように強張っていた。 アナスタシアが不思議そうに小首を傾げる。

 

「お父様が? こんなに早い時間に?」 「はっ……ただいま極東より、至急の電信が入りました故」

 

フリストフォルの背筋に、冷たいものが走った。抱きしめてくれていた姉の体温が、一瞬にして遠のくような錯覚を覚える。

 

極東からの至急報。 その単語が意味するものを、彼は前世の歴史知識から正確に理解してしまっていた。

 

1904年。 大日本帝国との衝突――日露戦争の開戦は、目前に迫っていた。

 

この戦争の敗北が「血の日曜日事件」を引き起こし、第一次ロシア革命の火種となって帝政の屋台骨を揺るがし、やがて一家をイパチェフ館の地下室へと追いやる決定的な第一歩となる。

 

「フリスチューシュカ、行かなくちゃ」

 

アナスタシアが身を起こし、弟の手を引こうとする。 その無垢な瞳を見つめ返しながら、フリストフォルは微かに奥歯を噛み締めた。

 

ただ甘え、ただ怠惰に死を待つはずだった。

 

しかし、時代の怒濤はすでに、子供部屋の扉のすぐ外まで押し寄せていた。ロシア帝国が破滅へとひた走るレールの上で、少年大公フリストフォルは、望まぬ歴史の戦場へと否応なく引きずり出されようとしていた。

 

 

◇◇◇

 

 

侍女たちに手早く身支度を整えられながら、フリストフォルはぼんやりと、自らの意識がこの幼い肉体に宿ったばかりの頃の記憶を呼び起こしていた。

 

自意識に目覚めた彼が、最初にぶち当たった絶望的な壁――それは「言語」であった。

 

人はなぜ、何も知らず無垢なままに生まれてくるのか。その生物学的な必然を、彼は身をもって骨の髄まで理解した。

 

前世の記憶と知性を持ったまま赤子の肉体に閉じ込められるというのは、思考の速度に対して肉体が一切追いつかず、周囲の言葉がただの雑音の奔流として降り注ぐ、一種の拷問に近かったのだ。

 

前世の彼は、ごく平凡な日本人として生まれ育った。

 

ロシア語の知識など、軍事ファンやサブカルチャー好きが聞きかじる程度のものしかない。

 

「ズドラーストヴィチェ(こんにちは)」

 

「ダスヴィダーニャ(さようなら)」

 

「ダー(はい)」

 

そして突撃のときの掛け声である「ウラー(万歳)」くらいしか知らなかったのだ。

 

そんな頼りない知識で、世界屈指の複雑さを誇るロシア語の海へと放り出されたのである。

 

格変化の嵐、完了体と不完了体の使い分け、聞き取りすら困難な子音の連続――それだけでも頭が破裂しそうだったが、何よりも彼を混乱の極みに叩き落としたのは、ロシア語特有の「愛称」の変遷だった。

 

英語の「ボブ(ロバートの愛称)」や「ビル(ウィリアムの愛称)」ですら日本人には直感的でないというのに、ロシア語の愛称体系はそれを遥かに凌駕する複雑怪奇さを誇る。

 

親愛を込めるか、甘やかすか、あるいは冗談めかすかによって、語尾が目まぐるしく変化するのだ。

 

事実、彼は当初、「フリスチューシュカ」こそが自らの本名なのだと本気で思い込んでいた。

 

金髪の母帝アレクサンドラが愛おしそうに彼を抱き上げ、「フリスチューシュカ」と呼ぶ。

 

乳母が「フリストーシャ」と呼びかけ、侍女が「フリスカ」と囁く。

 

それがまさか、格式ある「フリストフォル」という洗礼名から派生した変幻自在な愛称の数々だとは、当時の彼に知る由もなかった。

 

隣にいた双子の姉にしてもそうだ。「アナスタシア」という壮麗な名があるにもかかわらず、誰もが彼女を「ナースチャ」「ナスターシカ」「ナーセンカ」などと自在に呼び変える。

 

一人の人間にいくつの名前が存在するのかと、赤子の彼は本気で頭を抱えたものだった。

 

『ナースチャ姉さま……お水、ちょうだい』

 

そんな風に、覚えたての言葉で必死に頼み込まれた幼少期のアナスタシアが、どれほどの庇護欲と独占欲を刺激されたか。

 

その結果が、今の「重度のブラコン」と化した姉の姿であった。

 

甘やかす姉と、それに付け込んで怠惰を決め込む弟という共依存の構図は、言語の壁という最初の試練の副産物として完成してしまったのである。

 

だが――言語を理解できるようになったことは、彼にとって福音ばかりではなかった。

 

「殿下、コートをお召しください」

 

老侍従が恭しく差し出してきた豪奢な毛皮の外套に腕を通しながら、フリストフォルは宮殿の廊下に漂う張り詰めた空気を感じ取っていた。

 

言葉がわかるようになってしまったからこそ、今、宮殿を行き交う大人たちの囁き声が、鮮明な意味を持って耳に飛び込んでくる。

 

『旅順の太平洋艦隊はどう動く』

 

『極東の黄色い猿どもが、まさか我が大ロシア帝国に歯向かう勇気などあるまい』

 

『ベゾブラゾフ一派の利権が……』

 

理解できてしまう。

 

理解できてしまうからこそ、彼らが今まさに、帝国の破滅を招く日露戦争という名の泥沼へ、愚かにも自ら足を踏み入れようとしていることが分かってしまうのだ。

 

「行きましょ、フリスチューシュカ」

 

アナスタシアが、手袋に包まれた小さな手でフリストフォルの手を握った。

 

その無垢な温もりに引かれながら、フリストフォルは重い絨毯を踏みしめ、父帝ニコライ二世の待つ謁見室へと歩を進めた。

 

 

◇◇◇

 

 

軍令に関する密議が行われていた執務室の空気は、冬の冷気とは別の意味で冷え切っており、そして異様な熱気に満ちていた。

 

壁一面に広げられた極東の地図。その前に陣取るのは、胸元に無数の勲章を佩用したロシア帝国の将軍や提督たちである。

 

幼い皇子と皇女の入室に際し、彼らは形式的な敬礼こそ送ったものの、その口から漏れ出る言葉を改めようとはしなかった。

 

まだ三歳に満たない子供に、国家の最高軍事機密が理解できるはずもないという侮りゆえである。

 

だが、彼らの会話を聞くフリストフォルの内心は、呆れと怒りで急速に冷え切っていった。

 

「極東のマカーキどもが、我が大ロシア帝国に歯向かう勇気などあるはずがない」

 

「仮に奴らが血迷って仕掛けてこようと、ロシア陸軍の巨躯が一歩踏み出せば、蟷螂の斧のごとく踏み潰されるだけのこと」

 

「旅順の太平洋艦隊で威圧すれば、講和を乞うて平伏するでしょう」

 

漂っているのは、世界最大の版図を誇る巨人ゆえの、底なしの侮りと驕慢であった。

 

敵の国力、動員能力、背後にある英米の影、すべてを度外視した根拠なき優越感。

 

(慢心ダメ、絶対……!)

 

フリストフォルは前世において、パソコンの画面にかじりついて歴史戦略シミュレーションゲームを日夜嗜んでいた筋金入りのゲーマーであった。

 

兵站の重要性、索敵の徹底、敵戦力の正確な把握――そうした基本を怠り、己の慢心に溺れた指揮官がどのような末路を辿るか、画面越しに、そして歴史の記録として嫌というほど叩き込まれている。

 

敵を侮って勉強不足のまま戦場へ出向けばどうなるか。

 

それはかつて前世の日本が陥った、あのミッドウェー海戦と同じ轍を踏むということだ。

 

情報軽視と油断の代償に空母四隻を一挙に失った大惨劇と、今目の前の将軍たちがやろうとしていることは完全に同義であった。

 

そして何より、歴史の答え合わせはすでに済んでいるのだ。

 

史実の日露戦争において、ロシア帝国はまさにこの慢心の果てに日本に敗北したのである。

 

もっとも、フリストフォルの知識の主戦場は第二次世界大戦であり、日露戦争についての細部は日本史の授業で習った程度に過ぎない。

 

旅順攻囲戦、奉天会戦、そして日本海海戦でのバルチック艦隊壊滅――記憶にあるのは大まかな戦況の推移だけだ。

 

だが、高校生レベルの歴史知識と戦略ゲームの視座をもってしても、目の前の将軍たちが導き出している戦略は「根本から視座を間違えている」と断言できた。

 

彼らは単線のシベリア鉄道の輸送能力限界を軽視し、極東ロシア軍の弾薬補給の遅れを計算に入れず、日本軍の必死の動員速度をナメ腐っている。

 

旅順艦隊を港に閉じ込められ、ウラジオストクとの連携を断たれればどうなるかすら、真剣に想定していないのだ。

 

(日露戦争に敗けた後、この国がどうなったか……詳しい内政の数字までは覚えてない。けど……)

 

敗戦国の末路なら、嫌というほど知っている。

 

第一次世界大戦で敗北し、パン一個を買うのに天文学的な紙幣の山を積まねばならなくなったワイマール・ドイツのハイパーインフレ。

 

第二次世界大戦で無条件降伏し、国土を灰燼に帰されて占領軍に主権を奪われた日本とドイツ。

 

戦争に敗ける。 その一事が、国家とそこに住まう民にどれほどの地獄をもたらすか。

 

ましてや、ただでさえ国内に革命の火種を無数に抱えているこのロシア帝国において、敗戦という劇薬がどれほどの破滅をもたらすか――考えずとも明白だった。

 

日露の敗北こそが、やがて一家全員をイパチェフ館の地下室へと追いやる革命への、決定的な引き金を引くのだ。

 

どうせ死ぬ運命なら、怠惰に美味いものを食って姉に甘え倒して終わろう。

 

最初はそう考えていた。

 

だが、敗戦による困窮と混迷、そして前倒しでやってくるかもしれない暴力の嵐の中で、惨めにのたれ死ぬことなど断じて受け入れられない。

 

何より、対抗策が思い当たってしまうのだ。

 

日本という国家の当時の限界――圧倒的な国力不足、継戦能力の低さ、講和を急がねば破綻するというギリギリの台所事情。

 

それらを知る身として、ただ将軍たちの愚行を指をくわえて見過ごすなど、戦略ゲーマーとしても、一人の人間としてもナンセンスの極みであった。

 

「……フリスチューシュカ? おててが痛いわ」

 

隣で手を握っていたアナスタシアが、心配そうにフリストフォルの顔を覗き込んだ。

 

無意識のうちに、幼い手に力が入りすぎていたらしい。

 

「あ……ごめんね、ナースチャ姉さま」

 

フリストフォルはフッと表情を緩め、姉の手をそっと撫で直した。

 

そして視線を、部屋の中央で机上の地図を見下ろす男――自らの父であり、ロシア帝国最後の専制君主ニコライ二世へと向けた。

 

優柔不断で、しかし家族を深く愛している父。

 

彼を破滅の淵から引き戻し、帝国の敗戦を阻止するためには、もはや「無邪気な赤子」の殻に閉じ籠もっている猶予はなかった。

 

極東の海に浮かぶ小さな島国をどう料理してやるか、自らの功名をどう立てるか――将軍らの目は、眼前にある矮小な獲物と己の出世にしか向いていない。

 

その熱狂から取り残された部屋の隅、冬の薄日が射し込む窓辺で、フリストフォルは握られたままの姉の手に軽く力を込めた。

 

アナスタシアの青い瞳を見上げ、周囲の雑音に紛れるよう、密やかな声音で問いかける。

 

「姉さま。姉さまはこの戦争をどう思う? ……勝ちたい?」

 

唐突な問いであった。

 

まだ三歳にも満たない幼児同士の会話としては、あまりにも場違いで、異質な響きを帯びている。

 

もしもここで、アナスタシアが「難しい話なんてわからないわ」と小首を傾げ、人形遊びにでも興味を移すようなら、フリストフォルはすべてを諦めて口を噤むつもりだった。

 

歴史の濁流に抗うなど、骨が折れるにも程がある。愛する姉が無邪気なままの無関心を選ぶのなら、自分もまた「何も知らない無垢な幼児」の仮面を被り直し、破滅のその日まで姉に甘やかされる怠惰な余生へと戻る格好の口実になるはずだった。

 

だが、アナスタシアの反応は違った。

 

彼女は地図の前で眉間に深い皺を刻んでいる父、ニコライ二世の後ろ姿をじっと見つめた。

 

その小さな胸の奥で、父の纏う重圧と、母アレクサンドラがここ数日見せている怯えを、幼い感性で敏感に感じ取っていたのだ。

 

ぎゅっと、アナスタシアの小さな手がフリストフォルの手を握り返してくる。

 

「……お父様が、毎晩ため息をついているの。お母様も、お祈りの時に震えてる」

 

アナスタシアの大きな瞳に、大公女としての誇りと、家族を想う切実な光が宿った。

 

「負けるなんて絶対に嫌よ。ロシアが負けて、お父様やお母様が悲しむのは見たくないわ。……勝ってほしい。大帝ロシアは、負けちゃいけないのよ」

 

子供らしい、だが決して揺るぎのない言葉だった。

 

その純粋な祈りを聞いた瞬間、フリストフォルの胸の奥底で、冷え切っていた何かがカチリと音を立てて噛み合った。

 

「――そっか」

 

フリストフォルは小さく息を吐き出し、口元に微かな、しかし酷薄なまでの怜悧さを湛えた笑みを浮かべた。

 

「姉さまが勝ちたいなら、勝ってあげる」

 

その声音には、駄々をこねる幼児の幼さは微塵もなかった。

 

静かで、絶対的な確信に満ちたその響きに、アナスタシアは驚いたように目を丸くする。

 

もちろん、ただ力任せの平押しをするつもりなど毛頭ない。

 

数に任せて兵を突撃させ、大艦隊をただ極東へ送り込めば勝てるという前近代的な発想こそが、史実のロシアを敗北の奈落へと突き落とした元凶なのだ。

 

世界を股に掛けた大戦略ゲームを、何万時間とプレイし続けてきたフリストフォルの視界には、あの将軍たちには決して見えていない盤面の全容が、あまりにも鮮明に映し出されていた。

 

国家の継戦能力を決定づける産業基盤。

 

シベリア鉄道という唯一の補給線が抱える、単線ゆえの致命的な輸送ボトルネックと、バイカル湖迂回線の未完成。

 

そして何より、敵国・大日本帝国の「限界点」だ。

 

日露戦争における日本は、決して無敵の強者などではない。

 

むしろ、国家予算の数倍に達する戦費を英米からの外債で賄い、弾薬も兵力も最初から底を突きかけている、薄氷を踏むような総力戦を挑んできているに過ぎないのだ。

 

日本の狙いは「局地戦での電撃的な勝利の連続により、有利な条件で早期講和に持ち込むこと」ただ一点にある。

 

ならば、ロシアの取るべき最適解は何か。

 

力任せに殴り返すことではない。日本の狙う「短期決戦」の土俵を徹底的に破壊し、彼らの細い兵站と財政の喉首を、冷徹に締め上げることだ。

 

フリストフォルはアナスタシアの手をそっと離した。

 

怠惰な赤子の余生は、たった今終わりを告げた。

 

愛する姉の平穏な未来を買い取るための戦いが、ここから始まる。

 

少年大公は、重厚な絨毯を踏みしめ、地図を囲む巨漢の将軍たちの輪へと、迷いのない足取りで歩み寄っていった。

 

 

 

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